グールド(カナダ人ピアニスト1932~82)考その2

天才はどのように生まれるのか?

5歳から2年間、両親の計らいで同時代の子供たちと離れ、音楽に没頭する素晴らしい時期を過ごす事が出来る。一日にピアノを弾く時間は4時間までと決められていて、母親は、グールドをピアノから引き離すためにご褒美を用意する必要があった。放っておくと、何時間でもピアノを弾き続けたという。 6歳以降は、小学校へと行かざるを得なくなるのだが、粗野な同級生と団体行動が全くできず、授業時間ではなく休憩時間が耐え難かったと語っている。周囲からますます孤立して、音楽の世界(対位法の魅力)に深く逃げ込んだと言っている。映画「ヒアアフター(時の向うへ)」で子供時代の写真が出て来るが、この子供が同年代の子と全ての点で違っているのが一目でわかる。完全に内向的で社交性がない。野球をしてグラウンドを駆け回る少年や同級生とふざけあう少年の姿がまったくない。(映画「ヒアアフター」から)少年時代のグールド

下のリンクは、映画「天才ピアニストの愛と孤独」である。自分で「20世紀最後の清教徒」と言っているが、そういう雰囲気が感じられる。グールドが23歳でアメリカCBCのレコードデビューすると、一夜にして大ブレーク、女性ファンが彼の後に押し寄せたという。http://www.uplink.co.jp/gould/

彼が愛したものは三本足(ピアノのこと)、マイクロフォン(コンサートで演奏しなくなる代わりにレコーディングに表現の場を見つけ出す。)、子供時代から死ぬまで使い続けた椅子(巨匠と言われる指揮者ジョージセルとの共演で、リハーサルの前に30分以上延々とグールドがオーケストラを放り出し椅子の高さを調節する≪儀式≫に、頭にきたセルが「椅子の高さを調節するより、ケツを1インチの16分の1削ったら。」と言ったそうだ。)、色分けされたラベルの貼られた薬瓶5種類。(睡眠薬やら頭痛止め、緊張を和らげる薬、血液循環をよくする薬など。グールドは大量の薬を処方してもらうために複数の医者に同時に通っていたという。)他にも愛したものとは言えないが、数々の偏愛の品・奇行を彼は必要とした。

グールドに最も近い友人でバイオリニストのモン・サンジョンは、「ヒアアフター(時の向うへ)」でどんな有名な音楽家でも名誉欲や堕落したところがあると言い、それに比べて私生活でグールドは無欲だったという事を言っている。真の天才は世俗に自然と距離を置くのだろう。合掌。(^^)

投稿者: brasileiro365

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ数年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  

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