ソロモン ホニアラその2

こちらに来てからはじめて知ったが、ソロモンの首都ホニアラがある島の名前はガダルカナルだった。太平洋戦争の激戦地餓島である。そうしたことから今でもその名残がある。

餓島大砲

上は、市内の中心部に残るものだ。

餓島(沈没船)餓島桟橋

こちらは、ホニアラ市街から少し離れたところだ。日本の沈没した輸送船と桟橋だそうである。 

「海賊とよばれた男」(百田尚樹)は、出光興産を作った出光佐三をモデルにした感動的な小説だ。この時代が背景になっている。日本軍は、開戦直後の半年間は快進撃するが、この快進撃の戦勝気分で気が緩み?!、ミッドウエー沖海戦、ガダルカナル島の戦いで大敗。その後優勢に立つことがなかった。 そもそも、日本は戦前の最大の資源提供国であるアメリカを敵に回した戦争をしていた。そのためアメリカに代わる資源の獲得先が必要であり、マレー半島やボルネオなどの太平洋地域から日本まで資源を運べるということが、戦争遂行の絶対的条件である。しかし、欧米列強をはねのけて、何千キロにも及ぶ地域の制海権、制空権が確保できると考えること自体に無理があったと思う。

パプア・ニューギニア、ソロモンへとジェット機で来て思うが、日本を離れてはるばる来たもんだと思う距離である。この時代の日本人の精神力を考えると圧倒される。しかし今なお、現地人と比べると(こういう比較は良くないかもしれないが)生産性という点では日本人はどこへ行っても通用しそうだ。

brasileiro365 について

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ1年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  
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