ブラジル人 vs パプアニューギニア・高地人 何を大切にしているか?

ブログの主は、ブラジルに住んでしばらく経ったころ、『「自分の価値は、他人に優しく出来ることだ。」とブラジル人は考えていますよね?』と日系人のポルトガル語の先生に質問したことがある。その先生は、「確かにそれはあります。」と答えてくれた。ブラジル人は、自分の寛容さを他人に示す機会が好きだ。だから、住んでいても非常に快適だった。

サルバドールの市内を走るバスの中の光景。車を持っている人はバスに乗らないので、バスに乗っている人は、基本的に中流以下の生活をしている市民だ。そのバスに半身が不自由な人や、家族が病気でお金に困っているからカンパをして欲しいと書いたプラカードを持った人が乗り込んできたりする。この人たちは、後ろ扉の方から乗ってきて、他の乗客をかき分けて徐々に前の方に進んできて、停留所二つ位で降りていく。この時、バスの運転手は、この困っている人たちに運賃を請求するという無粋なことをしない。また、乗客も批判めいた声を上げることなく、小銭を出している。カンパされる側も手作りの小物のカードだったり些細なものを配って、ただ貰いしているわけではない。金持でない者同士が、お互いに自然に助け合っている姿を見て、感動した。

同じことについて、PNG人について少しわかってきた気がする。ただし、ハイランドに住む男性に限ってという事か。(PNGは一括りに出来ないので、今後印象は変わるだろうが・・)

ゴロカショーの旅行の際に、アイヴァンさんという現地人ガイドと二日一緒に歩いた。アイヴァンさんは冷静沈着で有能なガイドだった。別れ際に彼の家族の話になり、女房がゴロカに娘を置いて故郷のマダン(ゴロカは高地だが、マダンは海に面している。)に帰ってしまった。PNGでは「女性は男のところで暮らすしきたり」なので女房をマダンへ取り返しに行ったそうだ。そうすると屈強な親戚の男たちが5人出てきてケンカになったそうだ。相手の攻撃を防ぐときにできた左腕の傷を見せてくれた。その傷は2週間前のものだそうだが、鈍器で殴られるのをかばった際に出来たように見え、皮膚の色がそのあたりだけ白かった。その時の生き生きした彼の表情を見ながら、彼らにとって、強い、負けない男であるということが大事なのだと感じた。

下の写真は、アイヴァンさんの案内でゴロカから車で数十分走った村で我々を迎えてくれたサイモンさん。ツーリストが来るたびサイモンさんは、この格好になる。ディズニーランドのアトラクションみたいなものだ。 この洞窟は、入口がわかりづらい場所にありる。また、先祖代々の神聖な隠れ家で、村にやってくる敵をここで隠れて待ち伏せし、相手を不意打ちする。数十年前まで、実際に相手と殺しあったようだ。人肉を食ったこともあるかも知れない。山の山頂では、誇らしげに自分の土地の境界を説明してくれた。

同じ日に行ったマッカーシー博物館では、彼らの遺跡(というよりごく最近までに実際に使っていた品々。驚くことに、あるのは石器までで鉄器や銅器は一切ない。石で造られた斧や、海岸から持ってこられた装飾品・貨幣代わりの貝殻など。)が展示されていた。また同時に、太平洋戦争当時の日米双方の機関銃などの武器や写真が展示されている。ここを案内してくれた現地人が「日本軍は我々を尊敬してくれた。だから、我々も日本人を尊敬する。」と言っていた。

主は、ポートモレスビーでPNG人に英語を習っている。彼は、日本に留学したこともある優秀な人間なのだが、自己紹介の段階で、漢字で自分を「下の人間」だと紙に書いて説明した。(この言葉がどのように彼にインプットされたのか、今の段階では謎。) 彼は、日系の旅行会社に勤めている。英語教師はアルバイトなのだ。(収入の7割が家のローンに消えるという事だ!) 日本のテレビ局がPNGへ取材に来ることがあり、日本語が通じ現地のことがわかっている旅行代理店が必要なため、彼の会社も使われることがある。この取材陣に通訳や手伝いとして同行することが彼の自慢だ。 その彼が、「今日はバス代がないので教えに行けない!」と悲痛なメールを寄越すのだが、その冒頭「私はあなたを尊敬している。」とある。(このメールの前には、「私の携帯電話に200円分チャージしてくれないか」と言うメールが来ていた。勿論、無視したが。) この男、プライドが非常に高いのだと思う。

我々外国人は、街が危険なので警備が厳重なマンションに住んでいる。敷地内には、扉を開ける役目の警備員や新築工事の作業員が、大勢雇用されている。彼らとすれ違う時、車の中から手を挙げて挨拶すると、必ずまったく同じように彼らも手を挙げて挨拶を返してくる。まるで、「俺とおまえは、仲間(one talk =ワントク)だぞ」と確認するようだ。「俺は扉を開ける役目だが、ガードマンの役目をきっちりやっているんだ」と言わんばかりに。

こうした関係は、当然の帰結なのだと思う。彼らは、石器時代に生きていたところ、突然現代社会と出会い、自分の生活環境の激変に困惑している。最近まで、男になるための厳しいイニシエーションを経て、敵の部族を石器で殴り殺し、自分の土地とワントクを守ってきたのだ。そんな彼らが都会でできる仕事は、扉を開け閉めする仕事位しかない。複雑な仕事はできない。これまでと仕事の内容が180度変わったのだ。

仕事の内容が変わっても、依然、彼らが大事にしているものは、強い男であり尊敬されることに見える。女性はどうなんだろう?と思う。

サイモン(洞窟)サイモン(山頂2)マイカーとガードマン

投稿者: brasileiro365

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ数年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  

“ブラジル人 vs パプアニューギニア・高地人 何を大切にしているか?” への 2 件のフィードバック

  1. 私たちが目にする「未開人」の世界は消えたと思っていましたが、確かに過去のものになっているとしても、今の彼らはそれを引きずっているのですね。でも、明治維新の日本も同じ状況だったのかも。

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    1. コメントをありがとうございます。m(__)m そうですね、過去の価値観はしばらく消えないと思います。ただ、同時に感じたのは彼らはその時々の最良の選択をしてきた結果、現代まで生き抜いてきた(勝ち残った)んではないかと思います。今後も、彼らも新しい道具を知った途端にそれを使って、新しい生活に勝ち残るよりないと思います。日本の明治維新はアジアで珍しく危機的な状況をかなりうまく乗り越えた例かもしれませんね。PNGは資源に恵まれていますので、うまく政府が国民に手を差し伸べ、キャッチアップできることを期待しています。

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