グレングールド考 その6 奏法

ブログの主お気に入りカナダ人ピアニストグレン・グールド(1932-1982)の演奏が、普通のピアニストと違うところは、右手の主旋律だけに重きを置くのではなく、左手の旋律が、右手の旋律と全く対等にに扱われるところだろう。対等に扱うというより、対旋律をある意図をもって効果的に演奏することで、元の曲とは違う曲になると言った方がいいのかもしれない。おかげで、曲が持っている魅力を、新発見できる。

他の演奏者と対比するために、ベートーベンのピアノソナタ第1番などを題材にグールドの演奏と、フリードリヒ・グルダ(1930-2000)の演奏と比べてみた。フリードリヒ・グルダはジャズに傾倒したり、素っ裸で舞台に出たり物議を醸す時期もあったので、クラシックの世界で異端児扱いされることがあり、不当に評価が低い面がある。しかし、クラシック音楽の中心地ウイーンに生まれ育った正統派の巨匠である。(主はグールドにハマる前にフリードリヒ・グルダに熱中していた。)二人は同時代のピアニストでありながら、発言にお互いの名前は全く出てこない。どちらも天才なのだろう。

ピアノソナタ第1番は、当然、ベートーベンの初期の作品だ。初期の作品はモーツアルトの影響が濃いと言われる。フリードリヒ・グルダの演奏は一般的に世間で弾かれるとおり、右手中心に弾いていて、そのメロディーを中心に演奏する。左手は、控えめに弾かれ彩を添える脇役だ。テンポも主旋律に合わせ早くなったり、遅くなったり、緩急を常につける。確かにモーツアルトの影響を強く感じる。しかしこの演奏は、そのメロディーが冴えないときやメロディーが休みの時は、曲がつまらないし、聴いていても楽しくない。発見がないのだ。フリードリヒ・グルダは名ピアニストだが、この人が演奏するベートーベンのピアノソナタで面白いのは、「月光」や「悲愴」や「熱情」と言った有名な曲だけに値打ちを感じることになる。副題のついていない曲は、聴きごたえがない。

一方、グールドの演奏は、常に左右の手のメロディーが拮抗していて、往々に左手の方が強調され、非常に変化に富んでいる。また、グールドはテンポを「どうして?」と思うほど一定にキープし、その一定のテンポの中で、右手と左手をまるで他人が弾いているように独立して演奏し、主旋律、対旋律ごとに強弱を明確につけ、スタッカート、テヌートなど演奏方法を変える。また、その低音部は全曲を通し第1楽章から第4楽章まで通奏低音のように意識させるので、曲のつながりを聴く者に気付かせる。 その曲が持っている全ての価値を伝えるべく、あらゆる旋律が考え抜かれたうえで、聴き手に提示されている。

きっと、作曲したベートーベンもグールドの演奏のような意図はなかっただろう。その作曲者も意図しない魅力をグールドは引き出している。 この複線の旋律を意識しながらグールドの演奏を聴くと、ベートーベンのピアノソナタ32曲すべてが聴きごたえがあることに気づく。ベートーベンの初期の作品は、モーツアルトに似ていると思っていたが、グールドの演奏では、ベートーベンは初めからモーツアルトとは全く違い、むしろ、最初の段階からベートーベン以降のロマン派の作曲家の方法論を先取りしていることに気付く。

グールドは唯一無二というか、違う。 売れないピアニストの「青柳いずみこ」が、「グレン・グールドー未来のピアニスト」という本を書いている。彼女は、グールドにかなりネガティブなのだが、「未来のピアニスト」という副題がどういう意味なのか気になっていた。グールドは、楽譜にない音符を勝手に付け加え、何通りも録音したテイクのうちの最良の演奏が出来たテープを切り張りし、伝統的な表現方法と全く違う方法(彼はすでにある演奏と同じ演奏をするなら、意味がないと言っている。)で弾き、コンサートを否定しスタジオに何日もこもりながらレコードを作っていた。こうしたことは、普通のピアニストである彼女の価値観に収まりきらないのだ。それで、「未来のピアニスト」と言う言葉が浮かんだのだ。

 

 

投稿者: brasileiro365

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ数年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  

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