グレン・グールド考 お勧め作品(その1)

ブログの主のお気に入り、カナダ人クラシック・ピアノ奏者グレン・グールド(1932-1982)のおすすめCD、DVDを挙げてみよう。グールドって誰?、と言う人に読んでもらえれば幸いである。

グレン・グールドは、今では没後32年という事になる。カナダ人ピアニストなのだが、人気絶頂の31歳の時にコンサートに出なくなる。(コンサート・ドロップアウト。コンサートに来る集団としての聴衆は「悪だ」といっている。)その後、スタジオでレコードの制作を行った。亡くなって30年以上たつが、HMVやタワーレコードなどの大型店のクラシック売り場では、グールドのCDがずらりと並んでいる。また、バッハやベートーベンなどのシリーズものが次々形を変えて発売されている。

主がグールドにハマったきっかけは、ツタヤで借りたレンタル映画2枚「エクスタシス」「アルケミスト(錬金術師)」の2枚だった。映画の中で、グールドがいかに素晴らしいかを絶賛する声とグールドの演奏の二つを同時に見聴き出来る。聴覚と論理の両方から攻められるわけだが、この2点攻撃は強い。

確かにCDで聴くだけより、見る方が強烈だ。脚の一部を切った椅子(床から座面まで35センチしかない!)に座り、時に顔を鍵盤に触れそうになるほど近づけ、また、ハミングしながら上半身を旋回させる。椅子が異様に低いので、身長175センチのグールドの膝がお尻より高い位置に来る。椅子をこれ以上低くすると無理な姿勢になってしなうため、ピアノが数センチ持ち上げられている。この椅子はグールドのシンボルと言えるほど有名で、グールドはこの椅子を亡くなるまで何十年もずっと持ち歩いていた。後年の演奏時には座面の部分がなくなり、お尻が載るところには木の枠だけがあった。グールドの演奏時の姿勢は、巨匠と言われるピアニスト達とは真逆だ。良い姿勢では、上から大きな腕力を鍵盤に一気にかける事が出来、何千人も入る大ホールに響き渡る大音量を出すことが可能だ。グールドはこのような弾き方が出来ないことを自身で認めている。だが、彼のピアノの音色は非常に美しい。録音では、この椅子が軋む音がかすかに入っている。彼がいったん演奏を始めると、天才的な集中力を発揮し、陶酔・恍惚となったトランス状態と自己を超越した状態に同時に入ってしまう。トランス状態にありながら、非常な冷静さ、明晰さを失わない。メロディーを右手だけで弾ける時は、空いた左手をまるで指揮をするように振り回す。子供時代からピアノを弾く時は常に歌っていたので、この習性が大人になっても抜けなかった。このため、彼の演奏には鼻歌が録音されている。ピアノを弾く、イコール無意識にハミングなのだ。映画の中ではコロンビアレコードのプロデューサーが、第二次世界大戦で使われた毒マスクをスタジオに持って来て、ハミングが録音されないよう『これを被って演奏したら?!』と半ば本気で言っている。

かたやオーケストラとの共演では、オーケストラが全奏(トッティ)している間、週刊誌を見ているグールドの姿が衝撃だ。

SMAPの木村拓哉が、グールドのことを女性向けの雑誌クレア(96年5月号)で次のように言っている。「友達が『えーっ、クラシックぅ?ピアノぉ?』って言ってる人にもスンナリ聴けるピアニストを教えてくれたんです。それがグレン・グールドのおっちゃん。あの人って、弾き方もバカにしてるみたいでしょ。猫背で、すごい姿勢も悪くて。それが、いいなあと。」と語っている。いろんな評論家が様々にグールドを評しているが、キムタクのこの発言が一番うまくグールドを表している。正当的なクラシック音楽をずっと聴いていた人より、興味のなかった層に受け入れられやすいことは間違いない。

前置きが長くなっってしまったが、おすすめ作品をはじめよう。まずは、CDから。No.1はやはりこれ、J.Sバッハの「ゴールドベルグ変奏曲」だ。これは後回しに出来ない。デビュー作(23歳。1954年録音)と、遺作(49歳。1981年録音)の2種類がある。(正確にはライブ録音が別に2回ある。)亡くなる直前に、若いころに弾いたこの曲の解釈に不満を感じ、再録音をしたのだ。もちろん、両方の演奏にグールドらしさが溢れているが、この2枚は趣が全く違う。一言で言えば、デビュー作は、溌剌としているが、遺作は深遠だ。どちらも、驚くべき明晰さですべての音がコントロールされており、このことはグールドの演奏すべてに当てはまる。デビュー作の「ゴールドベルグ変奏曲」が世界中で大ヒットし、一躍トップピアニストの仲間入りをした。

グールドは22歳当時、すでにカナダでは人気を博していたが、この人気はカナダ国内にとどまっていた。カナダの次は当然アメリカだ。1954年1月ニューヨークでデビューコンサートを開く。この時、コロンビアレコードのディレクター、オッペンハイムがこれを聴き、翌日には専属契約を申し込んでいる。コロンビアは、バッハの平易な曲である「インベンションとシンフォニア」を専属契約を結んだ最初のレコーディングにしようと考えていた。しかし、グールドは「ゴールドベルグ変奏曲」を主張し、コロンビアが譲歩した。

この曲は、演奏時間がデビュー作で42分、遺作の方は52分だ。冒頭のアリアに続き30の変奏曲が演奏された後、再びアリアに戻る。30番目の変奏曲、つまり最後から2曲目はそれまでの変奏曲の形式とは違っており(『クオドリベッド』という形式で当時の流行りの複数の俗謡が同時に出てくる。)、非常に親しみやすく高揚すると同時に、大曲の終わりも感じさせる。そして最後に、穏やかで美しいアリアに戻る。

真偽は定かでないが、寝つきの悪いカイザーリンク伯爵のためにバッハの弟子ゴールドベルグが寝室の隣室で演奏したという逸話がある。しかし、あまりに素晴らしい曲なので、この曲を聴きながら安眠するのは無理だろう。グールドが登場するまでは、バッハの鍵盤曲はチェンバロやオルガンで演奏することが当然とされていた。それをグールドのピアノが変えてしまった。ピアノはチェンバロやオルガンに比べ格段に表現力が優れており、音色、強弱、音の長短を自由にコントロールできる。このため難解で退屈と言われていたこの曲の評価を、親しみやすいフレーズが続き、曲全体の一体感が楽しめる曲に一変させたのだ。

つづく

 

 

 

投稿者: brasileiro365

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ数年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  

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