GLENN GOULD 中毒 (書籍について その5)

グレン・グールドに関する書籍をさらに読んだ。感想第5弾。

【グレン・グールドシークレットライフ】マイケル・クラークスン著 岩田佳代子訳 道出版 (3200円税抜)

本書は、グレン・グールド(以下GG)の女性関係を追う形で書かれている。GGは、生涯独身を貫き、自分のことを「最後の清教徒」と評しており、ホモセクシュアルが疑われるほど異性関係はまったくないと考えられてきた。GGは、自宅に残された大量の書き物から細心の注意を払って女性関係の手掛かりを完全に消していた。だが、本書でそうした先入観は完全に覆される。

百人を超える人をインタビューをして本書は書かれたとあり、英語名で次々と名前が出て、男性名か女性名かすぐに判別できなかったり、地名にも注意を払わないとならない。このため、細心の注意を払いながら読み進めた。

この本の「はじめに」で、著者は映画”Genius Within : The Inner Life of GG”(日本名:天才ピアニストの愛と孤独 http://www.uplink.co.jp/gould/ )の制作に協力してきたと書いている。また、帯にも「現在、グールド映画の脚本脱稿を目前に控えている。」と書かれている。どうやら、この本はこの映画のネタ本そのものではないのかもしれない。没後30年以上が経ち、別の新しい映画が作られるのであれば嬉しい。

GGは、素晴らしい天才で、音楽そのもののみならず、その背景にある思想や感性はどんなものだったのか主は興味を持っていた。GGの薬物依存や、アスペルガー症候群や心気症、あがり症であったり、対人恐怖であったり。だが、グールドは生涯、私生活を表にすることはなかった。特に女性関係については、生前はもちろん、1982年に没するまで、2007年にコーネリア・フォスがグールドとの恋愛関係を認めるまではそうした女性関係はないものとして語られてきた。だが、実際は違った。

少年期、父母から厳しいキリスト教の教えの元で厳格に育てられた彼だが、ティーンエージャーの最後あたり、トロントで芸術家仲間と奔放な時間をすごし、遅まきながら性に目覚める。GGは、人付き合いや社交性はなかったが、男性よりどちらかといえば女性とは打ち解けることができた。14歳のピアノソロデビュー直後から、カナダ国内では天才と騒がれていたし、23歳でのニューヨークデビューに成功、その翌日にはコロンビアレコードから専属契約を申し込まれ、バッハのゴールドベルク変奏曲の録音で世界一流のピアニストへと駆け上がる。彼の成功は音楽誌だけではなく、一般誌でも取り上げられる熱狂ぶりで、その容姿はジェームズ・ディーンによくたとえられた。精神的に様々な問題を抱えていたものの、その演奏は素晴らしい魅力に満ち溢れており、男女を問わず誰でもその魅力の前には、彼との交際を望み、彼の役に立ちたいと思うのだった。

彼の私生活の中には、エゴイスティックで理不尽な面があるのは事実だ。また、同時に何人もの女性に心惹かれ不実なようにも見える。だが、彼は音楽については、まだまだやりたいことがあり、妥協を許さないワーカホリックだ。そんな彼を女性たちも理解していたのだろう。 

シークレットライフ

 

brasileiro365 について

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ1年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  
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GLENN GOULD 中毒 (書籍について その5) への3件のフィードバック

  1. 畑山千恵子 より:

    これはもととなったクラークソンの新聞記事(音楽の友 2007年10月号、11月号 鈴木圭介訳)、ペイザント、カズディンなどのグールドものの訳、原書とつき合わせてみると誤訳・読み落しだらけ、人名・地名表記もデタラメです。文章もひどく、売り物のレヴェルではありません。

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    • brasileiro365 より:

      コメントありがとうございました。たしかにおっしゃる通りの面があると思います。例えば、“The purpose of art is not the release of a momentary ejection of adrenaline but rather the gradual, lifelong construction of a state of wonder and serenity.”というグールドの発言がありますが、この本では「芸術の目的は、束の間アドレナリンを放出させることではなく、むしろ生涯かけて少しずつ、穏やかで摩訶不思議な状態をつくりあげていくことにある」と翻訳されています。あいにく英語が達者でないので断言できないのですが、この訳は本当なのかなと思いました。後日、分かれば書きたいのですが、別の個所でインターネットで調べても意味の分からないカタカナ言葉が出てきました。タイプミスか、校正ミスではないかと思いました。ただ、やはり日本語訳があるというのは手軽で非常に有難いので、私にとってこういう本の存在は感謝するところです。貴重なご指摘に感謝いたします。

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    • brasileiro365 より:

      最近ちょうど、この本の原書を手に入れていましたので、日本語版と比べてみました。確かにおっしゃるように、少し比べただけですが、びっくりするような脱落を発見しました。段落丸ごと、何十行も翻訳されていない部分がありました。原書の28ページ、2番目の段落(16行あります)は全く日本版にはないです。29ページの2番目の段落(29行あります)も同様です。びっくりしました!!!!
      意味不明と書いた単語は、日本版の54ページ5行目に「興奮した『ゼクエンツ』」とかかれていた部分でした。原文の方は、”the jacked-up sequence…”です。訳もいい加減ですね。『ゼクエンツ』って何でしょうか?(ひょっとしたら、sequenceをカタカナ読みしたのでしょうか。)
      貴方にこの本を改めて翻訳してもらいたいと思います。この本、あまりにひどいですね。

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