グレン・グールド考 再No.2(PCオーディとお勧め曲)

グールドに熱中するようになったのは、ここ2、3年ほどの事です。私は現在60才ですが、20代の頃は、ピンクフロイド、オールマンブラザーズバンドなどのロック、キースジャレットなどのジャズに熱中していました。1980年代にレコードからCDへとメディアの世代交代があり、ちょうどそのころからクラシックも聴くようになりました。

グールドは、亡くなる直前に録音されグラミー賞も受賞した「ゴールドベルク変奏曲」(1981年発売)を出始めのCDで聴いて、いいなと思っていたのですが、彼の他の録音は1950年代から始まっており、初期のものは、録音状態が悪く敬遠していました。

3年ほど前から(実際はもう少し前だと思います。)、PCオーディオという聴き方が流行ってきました。PCオーディオというのは、CDプレイヤーを使わず、CDの内容をパソコンに書きだし(あるいはインターネット経由でデータをダウンロードして)、デジタル・アナログ・コンバータ(DAC)という機器をつないで聴くのです。この方法ですと、音質の劣化が少なく、安価でも高音質な音楽を楽しめます。もともとCDの規格は30年以上前に定められたもので、かなり以前から、録音時に高音質で録音したデータを、30年前の規格に合うように低品質にダウンコンバートしてCDが売られているのです。

ハイレゾ(High Resolution)という言葉をご存知の方も多いと思います。これはデータ量が多くなり、CDには収まりきらなくなるのですが、インターネットからデータをダウンロードすることで、CDの規格をはるかに超える高音質が手に入ります。ソニーなどはハイレゾウオークマンを発売し、人気が出てきたようです。

このPCオーディオで音楽を聴くと、過去の録音であっても、当時の最高のレベルの機器で再生された音質を簡単に手に入れることができるようになります。安物のステレオ機器の値段で、最高音質の演奏を聴くことができるようになるのです。ざっくり言ってしまうと、録音されたデータとスピーカーから出てくる間には、さまざまなボトルネックが存在するのですが、これらの間をスピーカー以外はデジタル接続することにより、音質の低下を抑えることができるのです。

こうしたことで、「昔の録音でもいい音じゃん!」と思うようになり、グレングールドの音楽の世界に深く足を踏み入れることになりました。昔の録音で、音質が悪くて聴く気がしない、と思っていた音楽も十分に楽しめます。

さて、グールドの魅力の続きです。
普通の音楽はどんなものであれ、主旋律と伴奏という形をとるのが一般的です。クラシックも例外ではありません。ポピュラー音楽もそうですね。かの小澤征爾さんさえ「音楽はメロディー、ハーモニー、リズムから成り立っています」とNHKで言っていました。

ところがジャズやロックを思い浮かべてください。これらの音楽では、異なったミュージシャンが時に主役になったり、脇役になったり、同時に競ったりしています。ジャズやロックは、メロディーもさることながら、この楽器同士(ヴォーカルを含め)の掛け合いが楽しいのだといってよいと思います。

これをグレングールドはクラシックの世界でやってのけた、唯一といっていい人物です。普通ピアノは右手でメロディー、左手は伴奏を受け持ちます。特にモーツアルト以降のロマン派の作品(ショパンやドビッシーなどを思い浮かべてください)はそうなっています。これに対し彼の場合、バッハやベートーヴェンが主なレパートリーですが、10本の指を自在にコントロールしながら、違うパートのメロディーを同時に歌わせるのです。しかもその時、一番重要なメロディーをレガートで強調しつつ、脇役となるメロディーをスタッカートで弾きちょっとコミカルな雰囲気をだしたりします。少しの小節ごとに奏法を変え、音の長さを変え、音量も変えているので聴き飽きるということがなく、常に新発見があります。

この同時に奏でられる複数の旋律のことをポリフォニーといい、ハーモニーとは少し違います。グールドはモーツアルトの曲などでは、主旋律の他に違う旋律(音符)を自分で加えたりしています。このことで『再作曲家』と言われることがあります。また、聴く人を作曲家の気分にしてくれると言われたり、曲の裏側から光をあてたなどと言われます。

では、今回も曲の紹介をしましょう。

1曲目は、バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」です。彼はこの曲でデビューし、死の直前にこの曲を再録音しています。まさに「ゴールドベルグ変奏曲」で始まり「ゴールドベルグ変奏曲」で終わったのです。この曲はアリアで始まり、30の変奏曲の後で再びアリアに戻ります。30番目の変奏曲は他の変奏曲とは趣が異なり(クオドリベット)、当時の俗謡が二つ入っていて非常に聴きやすく、終曲直前にふさわしい楽しい曲です。最後のアリアは静かで非常に美しい。
バッハは、この曲をカイザーリンク伯爵が安眠するため作曲したという逸話があります。この逸話は現在否定されているようですが、弟子ゴールドベルグが伯爵の寝室の隣の部屋で伯爵が眠る前に演奏したというのです。

グールドが最初にピアノ録音をリリースするまで、この曲はチェンバロで演奏するのが通例でした。チェンバロはピアノに比べ表現力という点では劣る楽器です。チェンバロは魅力的な音色を持っていますが、音の強弱、音の長さをコントロールできません。これに対してピアノは、全く次元の違う表現力を持っています。バッハの時代になかったピアノの豊かな表現力でこの「ゴールドベルグ変奏曲」を彼が弾き、バッハを生き返らせ、彼に続くピアニストたちがこぞってバッハをピアノで弾くようになったのです。

以下は、バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」のYOUTUBEのリンクですが、再生回数がなんと2百万回を超えています!!

https://www.youtube.com/watch?v=N2YMSt3yfko

2曲目は、モーツアルトのピアノ協奏曲24番です。グールドは、モーツアルトの曲に対位法的(ポリフォニーの)要素が少ないので、非常に低い評価をしか与えていませんでした。このため、唯一録音されたピアノコンチェルトです。

ピアノソナタ(ピアノ独奏)の場合、彼は普通のピアニストが弾くような弾き方でも素晴らしい演奏ができたのですが、彼は、旧来と同じ演奏をするなら意味がないと考えており、常に新しい解釈を求めていました。このため、かなりエキセントリックなモーツアルトのピアノソナタばかりです。例えば、最後に「トルコ行進曲」が含まれるK331は、最初まるで近所の子供が弾いているかのようなポツポツとした弾き方で始まり、徐々にスピードを上げ、アダージョの変奏曲をなんと『悪魔的に』アレグレットで弾きます。

さて、肝心のピアノ協奏曲24番はそうしたエキセントリックな演奏ではなく、そういう意味では流麗で、リリカルな、堂々としたノーマルな演奏をしています。(ベートーヴェンのピアノコンチェルトをはじめ、協奏曲を弾くグールドは、全般にノーマルな解釈をしています。彼の頭の中では、ピアノ協奏曲はピアノ伴奏付交響曲であるという考え方があり、ピアニストがオーケストラを凌駕し、圧倒し、ねじ伏せるという昔の考え方ではなく、ピアノを含めたオーケストラ全体が一体となった演奏を望んだのです)ノーマルとはいっても、天才ぶりが十分に発揮された素晴らしい演奏です。

指揮者で、バイセクシャルのレーナード・バーンスタインが、観客がいる演奏会でこの曲を指揮し、第1楽章のカデンツァ(ピアノ協奏曲でオーケストラが休止し、ピアニストが名人芸を披露する独奏部)を聴き、「思わずズボンの中でイキそうになった」とコンサート後のパーティーで打ち明けたという話が伝わっています。(ちょっと下ネタになってしまいました)

以下は、モーツアルトのピアノ協奏曲24番のYOUTUBEのリンクです。この上のリンクはバーンスタイン指揮、ニューヨークフィルとのカーネギーホールでのライブ盤(1959)をリンクしました。こうした録音が今もあることを初めて知りました。下のリンクは、発売されているCDの方で1961年、サスキント指揮、カナダ放送協会交響楽団のものです。録音状態はやはこちらがはるかにいいですね。オーケストラもいいと思います。もし、どちらかひとつだけ聴くなら、下の方をお勧めします。

https://www.youtube.com/watch?v=qV_lnAtLYkU

https://www.youtube.com/watch?v=kNV1icyCTt4

つづく
 

投稿者: brasileiro365

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ数年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  

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