何かわかった気がするパプアニューギニア人 Part3

主がよく行く日本人経営で唯一の日本食レストランでは、結構な数のウエイトレス(メリー)が雇われている。日本の店ではありえないことだが、彼女たちはしょっちゅう行く主(に限らず誰でも)に非常に愛想がいい。お互いなかなか通じない英語で会話するのだが、「独身?」「彼はいるの?」「家族は?」といったストレートな質問をしても屈託なく正直に答えてくれる。これと同じことを日本のファミレスの若い女性にしたら間違いなくヒンシュクを買うだろう。若い女性に限らず、60歳の親爺がこのような質問はなかなかできない。

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独立記念日にシンシンの格好をしたメリー

小さな子供たちと目が合った時にこちらから手を振ると、どんな場所でも、実に嬉しそうに手を振り返してくれる。大人でもそうだ。下は道路端で野菜を売っていたおじさん。服装も若いが子供のような屈託のないポーズ。

おじさん

どうもここの人たちはピュア、純真なんだと思う。すれていない、裏表がないという表現もできそうだ。そして、結構誇り高い。下はマンションの入り口の警備員だ。住人が出はいりする際には必ず挨拶をお互いする。現実にはしょっちゅう泥棒が現れる訳ではないので手動で扉を開け閉めするだけだが、彼らは仕事に強い誇りを持っている。

警備員

おしまい

 

何かわかった気がするパプアニューギニア人 Part2

パプアニューギニア(以下PNG)には今なお800以上の部族がおり、それぞれの言語を持っている。PNGでは、一般にピジン語が話されていると思われがちだが、ピジン語は欧米との接触後に作られ、大洋州で広く使われる言語である。ゆえに、各村では今でも800に分かれた昔からの言語がある。例えば、ポートモレスビーでは「モツ語」がここの言葉だ。モツ語はポートモレスビーだけで話される。ポートモレスビーでは、モツ語とピジン語によるラジオ放送局の2種類がある。現地の言葉とピジン語の違いだが、現地スタッフの村では2進法で数を数えており、10進法のピジン語とはまったく違う。ピジン語は言ってみれば第1外国語であり、英語は第2外国語なのだ。

現地スタッフに家族(family)の概念とワントクについての違いを聞いてみた。まず家族。家族には3種類あり、第1(nuclear)は日本で言う家族である配偶者、子供。第2(joint)は田舎に住む親、兄弟が入る。第3(extend)は日本で言う親類の概念であり、配偶者の親、兄弟やその子供たちを含む。一般に高地族は一夫多妻なので、母親は複数あることも多い。彼の場合、第3までのカテゴリーの家族は30人ほどになるそうだ。このカテゴリーまでの家族は、養育が困難になった場合などは面倒を見て、面倒を見てもらった方は豚などで対価を払ったりしてギブアンドテイクの関係になる。一方、ワントクはone talkのことなので、本来は同じ言葉を話す同郷の人を指す。だが、ワントクと言っても、ワントクが故郷以外で出会う場合は、拡大解釈される。例えば、首都ポートモレスビーで暮らすオンボさんにとっては、出身の村だけではなく、出身の村が属する州の出身者がワントクに含まれる。もし、海外でPNG人に出会うと、PNG人全部がワントクとなる。ワントクの場合は、仲間であるが困窮したからと言って生活の面倒までをみるかといえば、そういうことはない。

当たり前といってしまえば当たり前なのだが、ワントクだからといって生活の面倒を見る訳ではない。生活の面倒を見るのは家族までなのだ。家族の概念が今の日本より広く、家族の概念は日本の親戚までが範囲だ。こういう言い方もできるだろう。昔の日本もそうだったのだ、家族の概念は広かった。戦前までは、困窮したものがあれば親類縁者で支えあっていたはずだ。日本における家族の概念が、近年小さくなったのではないか。

こちらでは、「養子」にしたり、親戚の子供を育てているということがしょっちゅうあるようだ。それとて、無料奉仕でしている訳でなく、ギブアンドテイクで子供を預けている方の親は義理を感じているようだ。日本もかつてはそうだったのだと思う。

つづく

何かわかった気がするパプアニューギニア人 Part1

主はすでに60歳になっている。このため来年3月で定年となる。パプアニューギニアに来て1年半が経ち、少しは彼らがわかったような気がするので、書き留めてみたい。

まずは、簡単にこちらポートモレスビーの日常をさらっとおさらいをすると、次のようなる。こちらは、ラスカルという強盗(少年のグループが多いのだ)が、自動車を止めてピストルやブッシュナイフ(長い刃物)で強奪するということがまま起こる。街中では喧嘩がしょっちゅう起こっており、我々外国人は獲物として巻き込まれる可能性が高い。そのために二重に警備されたスーパーマーケットやレストランへ車をピンポイントに使って移動する。目と鼻の先の目的地に歩いていくときには、ガードマンを伴って歩く。そんなわけで、日没後やセトルメントと言われるスラムへは近づかないようにして暮らしている。

とは言っても、主が住むマンションの周りはセトルメントが混在していて、パプアニューギニアには高級住宅地で安全というエリアはない。土地の所有権は部族の共有になっており、マンションの建つ土地は借地であり、どうしても虫食い状態になるのだ。

こうした日常の不便さから、勤め先では半年に1回、安全に関する講習会をやっている。主は、この場で日本語を喋れる現地スタッフとトークを行った。

分かったようで分からないパプアニューギニア人。ワントクというシステムがあり、仲間を大切にするが、他の部族とは少し前までは殺戮しあっていた!そんなイメージを持っていた。

現地スタッフは今年50歳になるわが社で一番の高給取り。高校を卒業して日本の国際基督教大学(ICU)を卒業した日本通である。だが、それも昔の話、普段は英語とピジン語を話しているので「大分忘れた東京弁」でトークを行った。

つづく

 

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