「グレン・グールド 神秘の探訪」(ケヴィン・バザーナ サダコグ・エン訳 白水社)
ケヴィン・バザーナは、カリフォルニア大学で音楽史の博士号を持つフリーランスのライター、編集者であり、グールド研究の第一人者だ。「グレン・グールド 神秘の探訪」は大判の単行本でありながら500ページ以上ある大著だ。グールドの両親が結婚する以前から書きはじめられ、微細な調査をもとに、非常に良く書かれている。
唯一書かれていないのは、他の本もそうだが女性関係だ。これがすっぽり抜け落ちている。これは、如何にグールドが細心の注意を払ってプライバシーを守り抜いたかがわかる。
これまで読んだ2冊の伝記「グールド伝ー天才の悲劇とエクスタシー」(ピーター・F・オストウォルド)「グレン・グールドの生涯」(オットー・フリードリック)も深く考察されていたので、グールドの人物像がどのように作られたのか徐々に分かってきたように思う。
当たり前だが、天才は凡人とは全く違う。グールドはなるべくして天才グールドになった。幼児期から他の子供と遊ぶということがなく、母親の教える音楽の世界にはまり込み、言葉を話せる前に楽譜を読めるほどになり、その後も音楽以外の世界を知らない。幼児期から友人と遊ぶことがまったくないまま、音楽の世界の奥深くへつき進んでいく。他人との付き合いについて、次のように語っている。「私は6歳までに重要な発見をしました。つまり自分が人間より動物たちとずっと仲良くできるということです」人間づきあいがまったくできないといっていい。
グールドのことを現代における音楽だけを愛した「最後の清教徒」で聖人君子というイメージを抱いていた。しかし、音楽を愛したというところはそのとおりだが、それ以外のところは全く様相が違う。
あらゆる面で普通ではないのだ。不安症。エディプスコンプレックス。大衆に対する恐怖。ナルシスト。死ぬまで価値観が変わらない。偏執症。他人を理解できない。10代からの薬物依存。潔癖症。運動をしない。抑うつ症。スーパーナルシスト。昼夜の逆転。もちろんそれらに匹敵する美点も多いが、もしグールドから音楽を除いたら何も残らない。