夏目漱石「草枕」とグレン・グールド

グレン・グールドは、夏目漱石の「草枕」を異常なほどに高く評価していた。もともとこの小説は、1906年(明治39年)に発表されたのだが、英語版は1965年(昭和40年)に「The three cornered world(三角の世界)」という名前で発表されたものだ。グールドは、20世紀最高の小説とまで言い、死の前年である1981年にラジオの朗読番組を作り、死の床には、さんざんに書き込まれたこの翻訳書があったという。

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「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。」で始まり、「智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」さらに「住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。」と続く。

「草枕」というタイトルなら、英訳は「 The grass pillow」などとなりそうなものだが、翻訳したアラン・ターニーは、「The three cornered world」と訳した。これは、本書の中に「して見ると四角な世界から常識と名のつく、一角を磨滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう」と書かれた一節があるからだ。この箇所が内容を最も端的に表していると考えたのだろう。四角四面な浮世において、常識にとらわれない三角な世界に住むのが、芸術家であるということだろうか。

主も明治時代に書かれた「草枕」を実際に読んでみた。実際に漱石が書いた「草枕」は漢語がふんだんに使われ、難解で注釈なしでは読めない。また、変転する筋らしい筋もなく、核となるのは漱石の芸術観だが、簡単に読めるというものではない。また、明治という時代背景のせいだと思うが、現代の今となっては新味に欠ける事柄を新発見したような書き振りのところも多い。また、漱石らしいユーモアが魅力だが、芸術家と市井の人との差異や知識人としてのエリート意識を強く感じる。

この小説では、魅力のある出戻りの「那美」という名前の女性の絵を、「余」がなかなか描けないというのが一つのモチーフになっている。画を書こうとするのだが何かが足りない。だが、最後に「那美」の前に別れた亭主が現れ「憐れ」が一面に浮かぶ。それで、初めて画が描ける、といって話は終わる。漱石の芸術観は「情」に溺れることなく「理」の世界を是とするものの、「情」をなくすことはできないし、「情」なしに芸術は成り立たないということのように読める。

漱石の「草枕」には古色蒼然としている部分があるのだが、グールドが読んだ「The three cornered world」は、ネットでググると外国人にとって非常に読みやすく、日本版とはかなり趣が違うようだ。また、翻訳された1965年にはベトナム戦争がすでに始まっており、ヒッピーなどの新しい文化や価値観が生まれた時代だが、グールドがこの本の朗読をした1981年は、ヒッピーやユートピアを単純に肯定するだけではもちろんすまない。保守、反動、さまざまな価値観がせめぎあった時代だ。

グールドは漱石の芸術観に強く共鳴したのだろう。敬虔なキリスト教徒の両親の教育のもと、グールドは古い時代の価値観を根底に持ちながら大戦後の民主主義や大衆主義が高まる幸福な時代を生きた人だが、漱石の芸術観、何かと棲むのが面倒な浮世から、芸術が常識に囚われない三角の世界へ誘うという考えに強く共鳴したのだろう。

おしまい

 

 

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