「最貧困女子」鈴木大介

「最貧困女子」(鈴木大介・幻冬舎新書)を読んだ。

主は、バブルがはじけて20年、長く続くデフレで普通の所得層が貧困層へと低下を余儀なくされ、普通の子たちがセックスワーク(売春や性風俗)をし始めているのかなと思いながらこの本を読み始めた。だが、全く違うのだ。事態はそのような気楽なものではない。どこから手を付ければよいかわからないほど、大きく深刻な問題がある。しかも、なかなか可視化されない。

いやあ、凄い! 日本の現状はこうまで酷いのだと知る。格差の拡大が世界中で問題になっているが、日本は格差の広がりが小さく、比較的まだ平等が保たれていると思っていた。だが、そんな生易しい認識はまったく間違っていると思い知らされた。どうしようもなく、救いがたい「最貧困女子」がいるのだ。

まずは、この本の裏表紙コピーは次のように書かれている。

「働く単身女性の3分の1が年収114万円未満。中でも10~20代女性を特に『貧困女子』と呼んでいる。しかし、さらに目も当てられないような地獄でもがき苦しむ女性たちがいる。それが、家族・地域・制度(社会保障制度)という三つの縁をなくし、セックスワークで日銭を稼ぐしかない『最貧困女子』だ。可視化されにくい彼女らの抱えた苦しみや痛みを最底辺フィールドワーカーが活写、問題をえぐり出す!」

高度成長を経てバブルが終わるころ(20年前)を境に、日本の社会の構造が大きく変容した。爺さん、婆さん、父ちゃん、母ちゃんが居て子供がいるというスタイルから、家族は核家族化した。グローバル競争の掛け声の下、広汎に規制緩和が行なわれ、過当競争が起こり、終身雇用制度は崩れ、非正規雇用を余儀なくされる。従来の父ちゃんが働いて家族を養うスタイルは、父ちゃんの所得の低下で不可能となり、共稼ぎが当たり前となる。当然、子供の出生率も低下する。デフレスパイラルのはじまりだ。

デフレは物価が下がるものの、購買力が上がるため望ましいとするバカな学者もいるが、間違いだ。既得権益を持つ者、金持ちはデフレで購買力が増すことで確かにメリットがあるが、持たざる者にとってさらなる所得の低下は、限界的な生活を強いられることを意味する。社会全体で見ても、社会の持つ潜在成長率を達成できず、資源の遊休が生じる。

こうした不況のなかで、格差は、均等に生じるわけではない。子供を抱えて離婚する女性などが、絶望的な貧困に陥りやすい。社会が変わり、家族の縁が切れ、地域の助けもなく、無知や教育の欠如などが原因で、生活保護などの社会保障を受けることもない。こうした環境で育つ子供は、貧困の連鎖に陥り、学校へ行かない、満足に教育を受けていないため簡単な知識や概念すら理解できない。家を借りたり、就職したり、銀行口座を開いたり、生活保護の申請をしたりと言った事務手続きをすることを思い浮かべることすらできない

人間が十全に成長するためには、衣食住が足りたうえで、なおかつ、親から十分な愛情をもって育てられる子供時代を過ごすことが必要だ。満足な子供時代を過ごすことができないということは、三つの障害(精神障害・発達障害・知的障害)を抱えることにもなりかねない。そうした障害は、職業に就く際やその後の人生で不利に働く。仮にパートナーと共同生活を始めるようになった場合でも、例えば、愛着障害がある場合には普通の関係を築けないことにもなる。対人関係はぎこちないものとなるだろう。

こうした「最貧困女子」は、三つの縁(家族・地域・制度(社会保障制度))がない状態に加えて、三つの障害(精神障害・発達障害・知的障害)を抱え社会の底辺で生きることになりがちなのだが、養護施設、民生委員、ケースワーカーや生活保護など社会保障制度へのアクセスを忌避しがちなためにその存在が社会からなかなか見えない。貧困を抱えながら、たった一人で生きることを選択してしまい、それにより周囲から見えなくなってしまう。

同時に、田舎を捨てて生活費に困ったり、ノーマルな給与だけでは足りない普通の女子たちがセックスワークに参入することにより、障害を持つ「最貧困女子」はパージされ、居場所が狭められる。結果、三大NGの現場(ハードSM、アナル、スカトロ)しか残っていないことになる。歌舞伎町のスカウトに「犬とやったら30万円だって!」といわれた発達障害があるA子の話が哀しい。

これは、「自己責任」なんかじゃない。教育が保障されていない子供が存在するということだと思う。子供の6人に1人は貧困家庭ということだが、社会のポテンシャルを確保する意味からも、機会均等を確保し、社会でその子の面倒を見る仕組みを十分に機能させることが必要だと思う。子供の時に落ちこぼれてしまうと、ハンディキャップを一生背負うことになる、これは本人にとっても社会にとっても不幸だし損失だ。

なお、この本は非常にインパクトがあり、問題の大きさに圧倒される。そのせいだろう、アマゾンのこの本のカスタマーレビューには、他に例を見ないほど多勢の書き込みがある。どれも興味深い力作ぞろいであり、読んでみることをお勧めする。

 

 

 

 

 

brasileiro365 について

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ1年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  
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