老親の医療について (その1 母の場合)

母は、5年前に83歳で亡くなった。歩くことが不自由ということのほかに、間質性肺炎という持病があったのだが、風呂場で倒れているのを父が見つけて救急車で大学病院の救急救命センターへ搬送された。自律呼吸が十分にできずすぐに人工呼吸器がつけられることになった。両親は大阪で住んでいるのだが、主は千葉なので、大阪の郊外に住んでいる妹から連絡を受けて病院へ駆けつけた。父が少し認知症の傾向があり、主が長男ということで医師との治療方針などを決める役回りだった。

5年前のことなので細部は正確ではないかもしれない。だが、救命センターに主が着いた時には母は意識はなかったものの、口にあてるタイプの人工呼吸器をつけていたように思う。ところが、医師は喉を切開して人工呼吸器を装着したいと言った。当然のことながら「病状が回復すれば人工呼吸器を外すことができるのか?もとの状態に戻るのか?」と医師に聞くのだが、「いったん呼吸器を装着すると外せる可能性はほぼない。また、呼吸器をつけているのは苦しいため、麻酔を続けることになる。このため、意識が戻ることもない」という返事だったように思う。子の立場からすると、麻酔をかけられた状態で、人口呼吸器をつけられているのはあまりに痛々しい姿に思え、延命をするのではなく器具を外すことはできないのかと医師に訊ねてみた。しかし、救急センターの担当医は、ここに来た以上治療を続けないわけにはいかない、切開手術をして呼吸器をつけさせて欲しいというのだった。なお、現段階で人工呼吸をやめることは刑事責任を問われかねないのでできないとも言ったように思う。そうして、書類にサインさせられ、回復の見込みがない治療が開始した。

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一方、救急車で運ばれた最新設備の整った救急救命センターは、当然ながら次々と新しい患者が運ばれてくるため、医師に紹介状を書いてもらい1週間ほどで転院させられる。新しく転院した病院は、前の救急医療センターとは大きく異なり、入院病棟の施設は古びていて、如何にも亡くなる直前の患者を多数入院させているため雰囲気も暗いといった病院だった。ここでも最初に治療方針を担当医と確認するのだが、人工呼吸器をつけながらでも(もちろん回復するわけではないが)成分の輸血をするなどの手段を講じることで、延命はいくらでも可能だいう主旨の話になる。松竹梅のコースがあるので選んでくれという感じだった。母に対しては、晩年に十分に楽しい時間をもっと過ごせなかったかとの悔いがあった。しかし、植物人間になってしまっては、それはかなわない。医師には、人工呼吸器を外し元の生活に戻れないのであれば、呼吸器を外すことはできないことは理解するものの、延命のみを目的とする治療は希望しないと伝えた。最終的に、母は転院して約1月後に亡くなった。

ここで主が大きな問題だなあと感じた点を述べよう。それは医療費のことだ。母の場合、救急車で運ばれた救急医療センターの入院・治療費は、総額が130万円ほどだったが、患者の自己負担額はわずかに5万円ほどだった。差額の125万円は、公的なお金が使われるわけだ。健康保険に加えて高額医療に対する補助制度があるからだろうが、こんなことをしていては、国民全体の医療費が赤字になるのが当然な話だ。転院した先の病院の医療費は月額30万円程度だったが、やはり自己負担額は、1割負担のため10分の1だ。10分の9は公的な負担だ。日本中で考えると、このように助かる見込みのない患者の治療に莫大なコストが、かかっているに違いない。おまけに、患者の側が望まない医者の利益のために行われている治療費が、かなりの割合で含まれている。

ところで、麻生太郎副総理兼財務相が2016年6月17日、北海道小樽市で開かれた自民党の集会で、「90になって老後が心配とか、わけのわからないことを言っている人がテレビに出ていたけど、いつまで生きているつもりだよと思いながら見ていた」と発言し、これを複数のメディアが報じたことがあった。

発言の主旨は、老人が個人資産を潤沢に持っていながら、使わないのが問題であるというものだが、主は政治家には珍しいストレートな発言で面白いなと感じた。だが、この麻生大臣の発言に対して、「この物言いは人権侵害だ」と言う人がきっといるのだ。このような分かったような「人権発言」をすることが、日本全体の老人医療の方向性を誤らせ、医療費増大の原因を作っていると主は思っている。

おしまい

 

反面教師としての「舛添要一騒動」 

6月15日、公私混同を厳しく指摘された東京都知事の舛添要一が、ようやく辞任を表明した。masuzoe_blog2

週刊文春の記事が発端で、さまざまな公私混同が発覚したのだが、ご本人は政治資金規正法に照らして、違法ではないとことをよく知っていた。また、高額な出張旅費や公用車の私的使用なども指摘されたが、違法性がないことをよく知っていた。このため、「行った行為に違法なことは含まれていないが、指摘の趣旨に鑑み今後は改める」とは言うものの、「申し訳なかった」とは言わなかった。これにより批判がますますエスカレートし、最終的に支持母体の自民党にも見放され、辞職せざるを得なくなった。このとき、今後の対応として「しっかりやる」とか「きっちりやる」とか「全身全霊でやる」とか言っていたが、具体的なことが何一つ言えず、ますます聞く側の反感が増幅された。

ただ、政治資金規正法がお金の使途を制限せず、政治に使ったと言えばそれで適法とされるのであれば、こうした行為は他の政治家も当たり前のように行っていると思わざるを得ない。説明に窮するような支出がいろんな政治家にあるのではないか。

それはともかく、この舛添要一という政治家を見ていると、何と自己中心的で権力欲が強いのかと呆れる。他の政治家と比べると、この男はとびぬけて世間の空気を読めないのだと思ったが、中身は他の政治家も大同小異なのではないかと思う。

6月14日の産経新聞の記事に中山泰秀議員のことが出ている。ちょっと引用すると、「自民党大阪府連会長で元外務副大臣の中山泰秀衆院議員=大阪4区=が、12日に開かれた大阪市との国家予算要望説明会で『前の市長(橋下徹氏)の時に、秘書が覚醒剤で逮捕されたというのは本当ですか』との趣旨の発言をしたことに関し、橋下氏は14日、自身のツイッター上で「完全な事実無根」として中山氏を激烈に批判。『法的措置を執ります』と明言した。」というのがある。

この後記事は、橋下徹が中山泰秀を「無能政治家」「アホボン」と評したと続くのだが、この中山泰秀もたしかにとんでもない政治家の一人だ。父は中山正暉といい、政治家のキャリアの終盤に建設大臣にしてもらうのだが、大臣になると舞い上がってしまい、きわめて地元に配慮のない発言をし、ヒンシュクをおおいに買ってすぐに辞任に追い込まれたような記憶がある。父親の引退により地盤を引き継いだ息子の泰秀は、無類のスポーツカーマニアで車庫に外車が何台もあると聞いたことがある。真偽のほどはわからないが、イスラム過激派ISILに後藤健二さん、湯川遥菜さんの二人の日本人が拘束され殺害された事件では、外務副大臣として現地の責任者としてヨルダンへ派遣されるのだが、「白米を現地大使館まで送れ」と電話で言ったとバッシングされたことがある。

他に目立ちたがりで思い込みの激しい政治家として浮かぶのは河野太郎だろう。まさに政治家一家に育ったサラブレッドかも知れないが、存在を目立たせたいがために自民党の総裁選挙に当選の見込みもないままに立候補したりする。行政改革にご執心なのは良いが、書類を投げたり罵声を浴びせたりして官僚を痛めつけるという話をよく聞く。成果を上げたいという危機感はわからないでもないが、ボンボン育ちの坊ちゃんのため、何が問題なのか本質のところがわからないまま、功名心だけで突っ走っているように見える。

似たような本質がわからず空回りしている政治家の例として、谷垣禎一がわかりやすいだろう。やはり、先祖からの政治家だ。自民党が民主党に政権を取られ下野していた時期に自民党総裁をつとめ、その後も粉骨砕身努力しているのは伝わってくる。だが、この残念ながら方向性がない。理念がない。

こうした、舛添要一、中山泰秀、河野太郎、谷垣禎一のような政治家は、出世欲や権力への欲求は感じられるが、具体的な理念が感じられない。それでは努力をするにもしようがない。自民党の代議士などの名前を挙げたが、民進党や共産党の議員も同様、いやもっとひどい。

石原慎太郎が「天才」を書き、田中角栄を再評価して見せたが、学歴を誇るのではなく、地に足がつき、人生経験が豊富で、真に日本のあるべき姿を描ける政治家の登場が何より必要だ。

 

 

 

 

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