ブラジル ボアッチ(出会い系バー)の話

————-2022.8.24追記しました————

第2弾は、ボアッチ(出会い系バー)の話。

いきなり最近の政治ネタになってしまうが、獣医学部設置をめぐる加計特区問題で、文部省の前川前事務次官が出会い系バーに出入りしていたと、読売新聞が報道し、ソースが官邸のリークだと他のマスコミが叩き、三面記事的な話題なこともあり、菅官房長官も入って両サイドから盛大に報道された。

出会い系バーは、ボアッチの日本版だと考えてもらえばよい。とうとう日本も、ブラジル化したもんだと思った。ブラジルの方は少し明るいかもしれない。下は、ググったら出てきた前川前事務次官が行ったという、出会いバーの紹介ムービー(YOU TUBE)だ。

出会い系バーもボアッチも、女性のところへ客の男性が行き、交渉次第でお持ち帰りができるというところは一緒だ。下の写真の1枚目は、ボアッチの感じが出ている。ソファが並べられ、派手な照明とロックなどのうるさい音楽が大音響で流れている。繁盛する時間帯になると、下の写真のようになる。入場料は女性無料、男性5000円くらいか。(昔の話なので、今は違うかもしれない)銀座や大阪・北新地のクラブのように専属の女性がいて、ママやホステスが話し上手で接待するというシステムではない。キャバクラ同様、女の子が客にドリンクをおごってくれとか言ってくる。ブラジル人はこだわりがないので、断っても何の問題もない。

昔は、南米の美人が多い国を、ABCとか、3Cとか表現した。ABCは、アルゼンチン、ブラジル、チリに美人が多いという意味で、3Cというのは、チリ、コスタリカ、コロンビアだと思う。間違っているかもしれないが、ブラジルを除いて、これらの国はみな、欧米が出自の国の女性たちだろうと思う。

主は、これらの国でブラジル以外で行ったことのあるのはアルゼンチンだけだ。だが、アルゼンチン女性は、日本人のことを黄色の洗濯屋くらいに考えており、おそらく、黄色人種は一段下に見られている。(洗濯屋さん、すみませんm(__)m)その点、ブラジルは混血が進んでいることもあって、多民族、多人種なため、日本人に対してもフレンドリー、むしろ、日系移民のこれまでの貢献により、明らかにリスペクトしてくれる。

主が説明するのは難しいが、何故、ブラジルに混血が多いのか。その混血のせいで、人種へのこだわりが少ないように思える。聞いたところだが、遥か昔、アフリカからつれて来られた奴隷を乳母にしたり、子供の面倒を見させたりして、欧米系の子供たちが黒人を身近に感じて育ち、偏見を持たずに育ったからだという。結果、混血の比率が非常に多い。(外務省のHPによると、欧米系48%、混血43%、アフリカ系8%、東洋系1%、先住民0.4%とある)

ポルトガル人がブラジルを植民地にしようと先住民と戦った16世紀、先住民を奴隷にし、先住民同士を戦わせようとしたのだが、彼らは奴隷にされ、いくら酷い仕打ちをされても働こうとしなかったという。それで仕方なく、黒人奴隷をわざわざアフリカから連れてきたとのことだ。

主が好きな文化人類学者のジャレド・ダイヤモンド*の著作「銃・病原菌・鉄」のなかに、南米の先住民たちは、欧米人が持ち込んだチフス、ペストなどの病原菌に対し、免疫が全くないためバタバタ死んだとか、欧米人の銃に打倒され根絶やしにされたとか書かれている。結局、ブラジルの場合、先住民はほとんど絶滅に近く、アマゾンの奥地くらいにしか生き延びることができなかった。

* ジャレド・ダイアモンドは進化生物学、生物地理学等の幅広い知見を持つアメリカ人で、UCLAの教授。著作の「銃・病原菌・鉄」「文明の崩壊」などオススメだ。パプア・ニューギニアでもフィールドワークをしている。壮大なスケールで「人間とは何か」を問い続ける。彼のおかげで、主のぼんやりしていた文明観がかなりはっきりしたと本人は思っている。

泣ける映画だ。(アマゾンから)

前にも書いたが、ブラジルは格差が大きく、お金に困っている人が多い。男が体を売るケースは少ないが、女性は簡単で多い。金に恵まれない男に多い職業で、最初に思いつくのは靴磨きだ。客の靴を乗せる台を肩に担ぎながら、酒場などを回って客の靴を磨く。主が愛するブラジル映画「フランシスコの二人の息子」は、貧乏な息子たちが、苦労しながらセルタネージョ(カントリーミュージック)で大成功を収めるサクセスストーリーだが、子供時代の主人公は、学校へ通いながら靴磨きをしていた。ブラジル映画なかなか、いいっす! 切ないっす!

ブラジリア当時唯一のゴルフ場と湖に架かる自慢の斜張橋。センスの良さが窺える

主がプレーしたゴルフ場のキャディーも、金に恵まれない男の職業だろう。主のキャディーをよくしてくれた男は、「公務員試験を受けるが、倍率が凄いんだ。会場の周りに何百人も受験者がいるんだ」と言っていた。明るい顔をしているがみんな大変なのだ。

最初に戻って、ボアッチネタに戻りたい。主が日本から赴任する直前、周囲のブラジル通からボアッチのことを教えてもらった。現地へ行き、タウン誌に書かれていた広告を見つけ、期待をふくらませながら実際に行ってみた。だが、お店が回転してしばらくすると、どうもカップルがソファなどで抱き合ったりキスしたりしているのだが、男同士に見える。目を凝らすと、男同士だった。店員に確認したら、やっぱり、ここはホモセクシュアル専用のボアッチだった! とほほ(涙)ブラジルは広い!

VICTORIA HAUSという名のLGBT向けのボアッチ

そういう失敗を重ねて、やがて、ブラジリアにも何件も普通の、今風に言えばストレート向けのボアッチがあるのが分かった。どうやら、ブラジルという国どんな小さな田舎でもボアッチはあるらしい。店の扉のところには、屈強な大男がガードしており、(たいていは警官OBらしい)、中には女性たちがいる。男は入場料がいるのだが、女性は無料だ。ブラジル人たちは、お酒を飲みながら何を話しているんだか、ゆったりとだべっている。もう記憶が定かではないが、彼女たちを連れ出すときにお店に料金を別に払うシステムだったと思う。

下記のリンクにボアッチ噺の続編を書きましたので、よろしければご覧ください。

ブラジル ボアッチの話 その2

おしまい

ブラジル 人生観が変わるプライア(海岸)の話

ブラジルの話は帰国して10年以上がたち、ライブな話題を提供できないこともあって、ほとんど書かなかった。だが、トピックが全然ないわけではないので、なるべく軽くて、面白い話をしたい。

ブラジルに住んでいたのは、2002年から2006年までの4年間だ。主が住んでいたのは、首都ブラジリアだった。ブラジルと言えば、サンパウロ、リオデジャネイロ(リオ)が有名だが、ブラジリアは人工的に建設された首都で、当時建都45年くらいだった。そのため、人工的に設計された都市も、かなり老朽化が目立ち、近代的なのか、廃れているのか両方がミックスされた雰囲気があった。人口は、サンパウロ2,000万人、リオ500万人に対し、ブラジリアは周囲の衛星都市を合わせて当時200万人くらいだったように思う。他の都市には、立派な教会のある広場を中心としたセントロがあるが、ブラジリアにはこれといったセントロがなく、商業地域しかない。

ブラジリアの写真(WIKIPEDIAから)
ブラジリア(WIKIPEDIAから)

赴任当初の2002年5月に日韓共催でサッカーのワールドカップが開かれ、ブラジルが5度目の優勝した。ブラジル国内は大騒ぎとなり、セレソン(ナショナルチーム)が凱旋パレードをした記憶が少し残っている。このセレソンは、ブラジリアを含むブラジル国内の主要都市を何か所か飛行機で巡ったのだが、パレードの予定時間が大幅に遅れ、最後のリオだかサンパウロでは、明け方、夜が白々と明けるころ行進し、「(時間にルーズな)ブラジルらしいなあ!?」と思ったのが懐かしい。

下の写真の1枚目は、リオのコルコバードの丘の有名なキリスト像。2枚目は、イパネマ海岸かコパカバーナ海岸といった有名な海岸をビキニ姿で歩く女性たちだ。このビキニは、タンガ(ブラジルビキニ)というのだが、上半身、下半身とも最小限の三角形で体を隠している。女性は年齢を問わず、このタイプの水着を着ている。

このような美しい海岸は、リオだけかと思うかもしれないが、ブラジルのこのような真っ白い砂、真っ青な空の美しい海岸は、赤道のあたりから温帯に入るアルゼンチンの手前までの数千キロにわたっている。

女性の服の話をすると、体の線を隠すのはダサく、体の線をはっきり出すのが恰好いいとみんな思っている。したがって、日本で一般的に着られる、体のラインを隠すゆったりした服は好まれない。スカートは、よっぽどでないかぎり普段は履かない。フォーマルなドレスの時には思い切り着飾り、スカートを着てハリウッド女優みたいな姿になるが、普段はGパンが一般的だ。

親爺らしく日本の説教臭い話題へ。外国から日本へ帰国する時にいつも思うのだが、女子高生が短いスカートを履き、化粧をしていると売春婦に見える。アニメの影響らしいが、どうかと思う。外国では、特にブラジルでは、前述したように女性は老いも若きも、体の線がはっきり出る服を好むが、TシャツにGパンという地味な格好が普段の姿だ。日本女性は、衣服と化粧品に対する嗜好やこだわりが非常に強いと思う。しかし、広告が成功しており、ある種の洗脳状態、強迫観念にかられているのだと思う。日本女性の支出の大きな部分はこの二つだろうが、ブラジルでは全体で見れば所得の高くない人が多いので、服装や化粧にかける金額はわずかだろう。

photo by AllPosters.co.jp

photo by YOSHIOKA Noriaki _ 旅いつまでも・・

話を元に戻そう。ポルトガル語では海岸のことをプライアというのだが、このプライア抜きにブラジルを語れない。ブラジリアは内陸の首都のため、プライアがないことに住民は嘆く。だが、人造湖(ラゴ)があり、この水辺がプライアの雰囲気を少しだけ醸し出している。大西洋に面した本当の海岸線は、実に美しい。日本で有名な海岸は江之島だろうが、あんなに砂が黒くない。真っ白なのだ。空も、雲一つない真っ青な快晴のことがほとんどだ。気温もちょうどいい。日本人は赤道の近くは猛暑だと思っている節があるが、アマゾンの河口の州都ベレンであっても、ずっと日本より快適だ。ちょっと緯度が下がったバイア州の州都サルバドール(日本語にすると『救世主』になる)などでは、ブラジル全土でいえることだが、昔ながらのヨーロッパの風情のある建物が立ち並び、プライアで過ごす時間は何物にも代えがたい。

salvador
APPLEWORLDからサルバドールの街

ブラジル人は、日本人のように海で泳ぐというケチなことはしない。プライアではビーチバレーをしたり、家族や仲間とお喋りをしながら、浜に寝そべって体を焼くのだ。パラソルの影の下のリクライニングチェアで、ビールやココナツジュースを飲むこともできる。このリクライニングチェアとビーチパラソルはレンタルなのだが、当時、1回100円くらいの金額で借りることだ出来た。お兄ちゃんが、スコップで砂を掘り、パラソルを立て、リクライニングチェアを設置してくれる。ブラジルは格差の大きな国なので、リクライニングチェアで寝そべっていると、さまざまな商品を売りに来るお兄ちゃんたちが、目の前を左右に行きかう。売られているのは、サングラス、サンオイル、つまみ類、雑貨など何でもありだ。

そのリクライニングチェアに寝そべり、サングラスの奥から、タンガ(ビキニ)姿の女性を何をするともなく、ビールなどを飲みながら半日くらい眺めていると、日本の満員電車で培われた人生観が変わっていくのが実感できる。脳みその構造が、プライアへ行って半日くらいすると組替わる。ケセラセラ、なるようになる、あくせくしても始まらない! と人生観が変わる。

ちなみに、ブラジル人に限らず一般に外国人が海で泳がないのは、一般の公立学校にはプールがないことが多く、水泳を習っていないからだ。ちゃん、ちゃん。

おしまい

グローバリズム(新自由主義)についての報道は正しいのか?正しくないのか?

27/August/2017

前にグローバリズムのことを否定的に書いたのだが、グローバリズムと言っても、そこには一定のルールがあり、全く規制がないということはないだろう、制約や制限があるのではないかという趣旨の質問をもらった。

たしかに全くないということはないだろう。輸出国、輸入国の双方に法律や慣習、社会の共同幻想といったものが当然あり、それらの制約を受ける。だが、基本的に途上国は、先進国からの投資を呼び込むことと、比較優位にある農産物などの輸出をすることを切望している。輸入国は、相手国の法律、商慣習に従う制約などがあるが、自国と比べて安い労働力を手に入れることを目的としている。この時、双方の国に存在する不平等を是正するような働きや仕組みはない。

国際機関も存在する。GATT(関税及び貿易に関する一般協定)があり、WTO(世界貿易機関)が目を光らせている。UN(国連)もある。COP21・パリ協定(温暖化防止条約)もある。IMF(国際通貨基金)、World Bank(世界銀行)、IDB(開発銀行)も監視している。犯罪関係の監視機関もあるだろう。確かに不正や腐敗を監視し、それらに立ち向かう体裁や仕組みはあるといっていいし、間違いではない。

だがこれらは、いずれも自由貿易にとって不都合なことが行われていないかを監視しており、現状の格差の是正についてはまったく関心がない。いずれも既存勢力の利益(先進国と途上国の支配階層いっていいだろう)を守ることに専念し、理論武装し、「世界の99%を貧困にする経済」*政策をとっていることを気にしていない。

*「世界の99%を貧困にする経済」というのは、アメリカ人ノーベル賞経済学者のスティグリッツが2012年に著した著書のタイトルだ。

主は、特に経済的な側面をつかさどるIMFやWorld Bankは、もっと平等や分配に関心を持ってしかるべきだと思うが、実際は、債権者の利益や損失ばかりを気にかけており、これまでの通貨危機などで債権の保全を重視し、債務国(例えば、ギリシャ、韓国、アルゼンチン)の景気回復に対して逆効果なことばかりを強いてきたと考えている。

なぜ、このようなことが起こったのか。近代経済学は、アダム・スミスを祖としており、その先にケインズ経済学がある。その後に「新古典派」経済学が出てくる。この新古典派は、人間が合理的に行動しさえすればというわずかな前提条件下で、アダムスミスの国富論に書かれている『自由市場では「まるで見えざる手に導かれるように(中略)[各人が]自分の利益を追求すること』が一般にとってよいことを促進するという命題を数学的に証明して見せた。と同時に、新古典派が登場する1950年代の10年間は、経済成長が世界的に大きく起こり、成長の取り分が金持ちより貧乏人の方が多いという奇跡、黄金の時代だった。このことが、貧乏人に対し対策をとらずとも格差は縮小していくので、経済学者は、分配問題を切り離し、経済成長だけを考えるようになってしまった。

だが、この1950年代の10年間は一世紀以上の期間の例外であり、この10年間を除くと、格差は縮まず、拡大を続けた。実際に、自由貿易やグローバリズム、新自由主義が実践され始めたのは、198年代のサッチャー政権、レーガン政権以降だが、経済学者ミルトン・フリードマンの「選択の自由」という有名な本が理論的な背景になっている。その後の30年間で、格差は異常なまでに高まり、前にも書いたが、世界のトップ8の金持ちの資産の合計額が、下位半分の人口(36億人)の総資産の合計額と同じという程度まで広がった。

そこで、登場してきたのが2017年アメリカ大統領選挙のサンダースであり、トランプだった。フランスでは国民戦線のルペンだ。彼らは、これまでの自由貿易やグローバリズムを続けていると1%のエスタブリッシュメントだけが得をするといったのだ。

だが、世はトラップバッシングの大合唱だ。主は、トランプを擁護するつもりはないが、エマニュエル・トッド同様、このバッシングの大合唱は、1%のエスタブリッシュメントの勢力の息がかかった連中がバックにいると考えている。

報道をネットで見ると、極度の貧困層(一日の生活費が1.9ドル以下)が減少したという記事やニュースを見つけることが出来る。へー、めでたいと思う。

だが、これはおためごかしだ。絶対に格差は拡大している! 地球全体で見たジニ係数は拡大しているはずだと主は考えた。だが、ことはそう簡単ではなかった。

まず、一つ目は日経新聞で2017年の経産省が発行する通商白書の要約を載せている。この記事で、『「自由貿易は人々が懸念するような格差の要因ではない」と反論。所得格差を示すジニ係数を分析した国際通貨基金(IMF)の調査を引用し、「自由貿易は教育政策や労働政策と同様に格差縮小に寄与している」とした。』と書き、ジニ係数は縮小している(格差が縮小している)と書かれている。

日経新聞 通商白書の記事(自由貿易、格差縮小に貢献)

通商白書のデータ「貿易による所得格差への影響」

二つ目は、夕刊フジに掲載された経済学者高橋洋一氏の記事。ジニ係数のことが書かれており、ジニ係数には、課税前・社会保障給付前の「当初所得」、課税後・社会保障給付後の「再分配所得」の2種類があること、当初所得で見ると時の経過とともに悪化しているが、再分配所得で見るとほぼ横ばいで、「国際的に見て日本の所得の再分配機能は必ずしも弱いわけではなく、平均的であり、傾向としては再分配機能が強化されているというのが事実である。」と書かれている。

高橋洋一「夕刊フジ 日本の所得格差拡大は本当なのか 再分配機能は強化の方向にある」

上の二つは、どちらも間違っているわけではない。正しいのだが、地球規模でジニ係数が改善したのは、中国とインドの改善の影響が大きい。この後述べるが、先進国ではジニ係数が悪化、格差が拡大している。

こちらは、環境省が 2010年に発表した「環境白書」である。下のリンクは、白書の「序章 地球の行方 -世界はどこに向かっているのか、日本はどういう状況か-」なのだが、この一番下の部分にOECD加盟国(先進国)のジニ係数の推移が書かれている。下の方までスクロールしなければ出てこないので、図表を貼り付け、主の意見を下に書いてみた。

序章 地球の行方 -世界はどこに向かっているのか、日本はどういう状況か-

OECD加盟国ジニ係数

この表は、OECD加盟国(先進国)の1980年代半ばから2000年代半ばまでのジニ係数の変化をグラフにまとめたものだ。この表の見方だが、中心より右に棒があるときに格差が拡大していることを示し、棒が長いほど拡大の程度が激しいことを示している。見るとわかるように、先進国のうち、トルコ、ギリシャ、アイルランド、スペイン、フランスで格差が縮小している。それ以外の国では、格差が拡大している。日本は、OECD加盟国平均よりは低いものの、やはり格差は拡大している。

これを見て気付いた人もいると思うが、この表は2010年に作られており、格差を縮小した国(トルコ、ギリシャ、アイルランド、スペイン、フランス)は、2008年に起こったサブプライムローンが引き起こしたリーマンショックで大きな被害が出た国だ。これらの国で、金持ちたちが大きな被害を被ったのが良く分かる。おかげで、格差が縮小した。他国では、20年間の間に格差は広がったことを示している。リーマンショックがもしなければ、すべての先進国で格差が広がっていただろう。

【結論】自由貿易により格差が縮小したと言われているが、非常に貧しい国の人々の生活がわずかに改善したことが原因だ。縮小の原因が、自由貿易にあると結論付けるのは無理だ。「縮小の原因が貿易にある」というのであれば、いいかもしれない。1ドルで暮らしていた貧しい人が2ドルで暮らせば、倍だ。人数が何億人ともなれば、統計的な影響は非常に大きい。何故ならジニ係数は、1人1票としてカウントされるからだ。

だが、先進国ではジニ係数(格差)が拡大していることが見える。生産や輸出入の金額のウエイトを、両国の企業と貧しい人々の生産高で比べると、両国の企業のウエイトの方が圧倒的に高いだろう。それを考える時、その企業は自由貿易でさらに儲けを大きくし、先進国内での企業家と労働者の格差を拡大しながら、途上国の国民を広く極めて浅く、豊かにしたということだろう。前にも書いたが、これは地球全体で見て、幸せ度が増えたということは言えない。先進国で格差が広がることが、本来のもっと高い潜在成長率の実現を妨げ、途上国ではもっと大きな賃上げが実現されて然るべきだ。この差が儲けとなってエスタブリッシュメントに行っている、というのが主の考えだ。

また、日本のデータを見るとき、高橋洋一氏の指摘にあるように、課税後・社会保障給付後の「再分配所得」のジニ係数はほぼ横ばいだが、課税前・社会保障給付前の「当初所得」のジニ係数は拡大していることを指摘されている。これは何を意味しているか?

これの意味するところは、統計に捕捉されている人(年金生活の老人、生活保護受給者など)は、格差の拡大に対し社会のセーフティーネットがカバーし、その額が大きくなっていることを意味する。だが、統計に表れない子供、学生や特定産業従事者(風俗関係、暴力団員など)、社会保障にアクセスできない人、社会から取り残された人などにとっては、相対的貧困度(格差)が年々、増しているはずだ。

おしまい

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