グレン・グールド(1932-1982)は、J.S.バッハ(1685-1750)のフーガの技法をオルガンとピアノの両方で録音している。この曲は、4段のオープンスコアで書かれており、楽器の指定がないために当時あったハープシコードだけではなく、弦楽四重奏をはじめ、オーケストラや金管楽器でさえも演奏されている。アンサンブルではどの演奏者も目の前の楽譜の音を出す義務を果たそうとし、自己主張を捨て去ることがないので、結果として平板な演奏になりがちだなと主は思っている。
グレン・グールドがこの曲を録音した時期は、オルガンが1962年(コントラプンクトゥス(=フーガ)第1番-第9番)、ピアノが1967年(第9、11、13番)と1981年(同第1、2、4、14番)である。あいにく、どちらも全曲を録音しているのではないが、どちらも十分に聴きごたえがある。というか、グールドが愛したバッハの中で最も評価していた曲であり、両方とも他の演奏者の追随を許さず、傑出している。その二つの楽器によるグールドの演奏だが、オルガンとピアノではイメージが180度違う。
まず、オルガンの方は、速いテンポで弾きとおし非常に聴きやすい。また、オルガンは鍵盤を抑えている間は同じ強さの音が継続する楽器であり、音価(音符の長さ)一杯にレガートで演奏するのが一般的なのだが、グールドはデタシェ(ノンレガート、スタッカート)を基調で始め、終盤の山場に差し掛かるにつれてレガートな奏法も使うことで迫力を出している。オルガン曲といえば、バッハの「トッカータとフーガニ短調」を思い浮かべる人が多いだろう。高音部のメロディーで始まり、轟々と鳴り響く低音のペダルの音で圧倒する。そうした演奏とはあまりにかけ離れているので、グールドの1967年のレコードが発売された時は非難轟々だったらしいが、オルガン演奏のスタイルを覆し、曲全体の良さに感動する。グールドは、どの部分部分を聴いても常に良いのだが、全体を聴いた時に違った発見があるように、楽しめる演奏をする。グールドのこのオルガンの演奏は、第1曲から第9曲まで(終曲は第14番で未完である)なのだが、第9曲にここまでの総決算のような趣があり、クライマックスを迎え全曲を聴きとおしたかのような満足感が得られる。
ピアノの方は逆に、非常に遅い。それも他のアンサンブルやアーティストより圧倒的に遅い。グールドより遅い演奏はおそらくないだろう。遅く演奏することは、テンポを保つことが困難になるため早く演奏するより難しい。グールドはそれができる。それだけ遅く演奏すること、また複数の旋律のうち強調するものを入れ替え、レガートとデタシェの両方で歌わせることで、悠久感というか宇宙の広がりのようなものを感じる。特に未完で終わる終曲の第14番は、3つのパートからなるのだが、パートごとに雰囲気が変わり、天上のメロディーともいえる美しいメロディーが出て来たり、倦むことがない。スコアの上で和音になっていても、同時に鳴らすことはまずない。目立たせたい音をわずかに早く弾き、他の音をずらして弾き、なおかつ、レガートで弾くメロディーとデタシェで弾くメロディーを区別しながら線が繋がっていく。
グールドが1963年にディヴィッド・ジョンソンとの対談で次のように語っている。「・・・ピアノでは、ある特定の声部のうちでは絶対的であるにもかかわらず、しかもなお同じ型のデュナーミク(音量の強弱表現)に一致しないといった、そういう関連性によって思考することができるからです。いい換えれば、ソプラノにある一連の動機をしかじかの強さで演奏し、アルトにある別の動機を、ある小節ではソプラノより3分の1だけ少ない強さにして、ソプラノを支えるためにその下に滑り込ませ、次の小節ではその逆をやる、といったことができるわけです。・・・」
人間の指は10本しかない。しかしながら、その10本の指でグールドは4つの旋律を弾き分ける。強さ、長さを区別して4種類の旋律を弾き分ける。
下のYOUTUBEのフーガの技法第1曲(楽譜は最後にある)を見ていて発見したのだが、アルトから始まり5小節目にソプラノが入ってくる。これをグールドは右手一本で弾き、左手はバスが入ってくる9小節目から弾き始める。右手だけで弾いている8小節の間は、いつものように左手は指揮をしている。
これに対して、次のリンクである福間洸太朗の演奏ではアルトで始まる最初の部分を左手で弾き始め、ソプラノが入ってくる5小節目に早くも右手を使い始める。
もちろん、福間洸太朗の演奏も非常にうまいのだが、この曲に限らず進行するにつれて複雑になる。その時、グールドのように片手で二つの旋律を同時に引き分けることができるというのは並大抵なことではない。というか、こんな演奏家は他にいない。
最後にグールドのモットーというかキャッチフレーズ、彼の芸術観を書きたい。「・・・・芸術の目的は、神経を興奮させるアドレナリンを瞬間的に射出させることではなく、むしろ、少しづつ、一生をかけて、わくわくする驚きと落ち着いた静けさの心的状態を構築していくことです」- この「わくわくする驚きと落ち着いた静けさ」は英語の “wonder and serenity” から来ているのだが、一生の目標が単に “serenity” だけでなく”wonder”を伴っているところが、実にグールドらしい。
おしまい
Glenn Gould-J.S. Bach-The Art of Fugue (HD) 広告の音量に注意!
バッハ/フーガの技法 コントラプンクトゥス1・2/演奏:福間 洸太朗
