グレン・グールド 楽譜の理解の仕方 & ベートーヴェンを弾く前

グールドに関する本を読めば読むほど、グールドって変わった音楽家だったんだと思う。グールドとグールド以外と言っていいくらいに、グールドは違っている。

彼は「再作曲家」と言われることがあるのだが、音高とリズムだけはおおむね守ったものの、それ以外は楽譜を重視しなかったようだ。「グレン・グールド演奏術」(ケヴィン・バザーナ著、サダコ・グエン訳、白水社)に書かれているのは、グールドが「印刷された楽譜のページに記載されたすべてのもの、つまり音符とそれを補足するための音楽用語や記号など、演奏するさい、作品の輪郭をはっきりさせるものすべて」をどのように演奏するかについて、演奏者の自由裁量に委ねられるべきと考えていた。主は、グールドが批判的に考えていたモーツアルトに限ったことだと思っていたが、バッハでも他の作曲家でもそうらしい。グールドは曲(楽譜)を絶対視せず、曲に改善の余地があると考えると積極的に手を加えていた。

そうした彼のエピソードを二つ紹介したい。
一つは音楽を学ぶ学生に向けて語ったもので、もう一つはまだコンサートを開いていた時分、ベートーヴェンのピアノコンチェルトを弾くにあたっての、彼の態度である。

ひとつめ。先に引用した「グレン・グールド演奏術」に、1964年トロントのロイヤル音楽院の卒業生のための講演や、1980年のインタビューで、「お互いの意見や演奏をききあうのは止めなさい」「自分でよく理解し、それなりの見解を持つ前に、あるいは自分の見解をもたずに、同輩の意見や演奏をきくことは、ピアノ演奏の伝統において継続してきた事柄を無反省に受け入れることになってしまうと思う。そして個人としての価値を強く主張するのが困難になるのは確かである」というグールドの発言を紹介している。

おなじく同書で、グールドは「心の耳」(the innner ear of the imagination)ということを言い、「これの『創造のための着想すべて』を生み出す『背景となる、計り知れないほど大きな可能性』の重要さを強調し、演奏者は、知識その他学習によって獲得したものに抑制されぬよう、そして新しい可能性を発見するために、常に現存しないもの、および潜在するものを意識しつづけなければならないと考えていた」と書いている。

バザーナは別のところでこうも言っている。「グールドは、演奏者はスコアに書かれたことに忠実でなければならぬという前提をいとも簡単に拒否したが、それは過去二世紀にわたるクラシック音楽の習慣を支配した価値を拒否したことになるのである」

ふたつめ。「グレン・グールド変奏曲」(ジョン・マクリーヴィ編・木村博江訳、東京創元社)は、グールドの死後間もない1983年に友人たちがグールドの記事を寄せたものだ。このなかに、ニューヨーカー誌のライターであるジョセフ・ロディが、グールドがまだコンサート公演を行っていた1950年代、カーネギーホールで行われたバーンスタインの指揮によるニューヨークフィルとのベートーヴェン・ピアノ協奏曲2番のコンサートの様子を書いている。

ジョセフ・ロディが、午前中のリハーサル後にグールドがホテルへ戻る様子を描いている。「今晩はホールへは9時半近くまで入らないつもりだという。これは演奏予定時刻の数分前であり、コンサートの前半を聴きたくないというのだ。ベートーヴェンのピアノ協奏曲を弾く時には、その前にオーケストラで別の曲は絶対に聴きたくないというのがその理由だった。」「バッハを弾く場合は、その前にシュトラウスでも、フランク、シベリウス、ジュークボックス ― 何でも聴けるんですけどね。でも、ベートーヴェンの前には何もだめです。弾く前に自分を繭(まゆ)みたいなものの中に閉じ込めないと。目隠しをした馬のような感じで出て行くんです。午後は、ベッドで過ごしますよ。風邪をひきそうなんでね」

そして、7時30分、「グールドはベッドから起き上がると、それまで着けていた二組のミトンをはずし、協奏曲の二度目の演奏にとりかかった。部屋にはピアノがあったが、触ろうとはしなかった。その代り、歩き回りながらソロのパートを指で弾き、オーケストラのパートをあごで指揮し、その両方を声高く歌った。これより騒がしくない、手を(お湯に)浸す儀式が8時半頃に始まり、およそ1時間続いた。グールドの出番の1、2分前に、彼はカーネギーホールに着いた。そのいでたちは、まるで北極の氷原を抜けて長期旅行に出かけるようだった。三重、四重のえり巻やコート、毛皮製品の下から現れた彼は、いつものだぶだぶの礼服姿だった。白いチョッキの下に、グールドは分厚い縄編みのセーターを着ていた」

音楽への献身の徹底ぶりは、あまりにも凄いですよね。

おしまい

 

 

 

 

brasileiro365 について

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ1年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  
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