テニスクラブ 猿山に登る猿たちの熾烈な戦い!?

久々にテニスネタを披露したい。

ヨーロッパで唯一、野生の猿が生息する場所として有名なジブラルタルがあり、標高400メートルの「ザ・ロック」に猿たちが暮らしている。(ジブラルタルはスペインの南の端にあり、向かいはアフリカのモロッコである。)

「ザ・ロック」野生の猿

主が所属するテニスクラブは結構規模が大きい方で、テニスコートが約20面あり、そのうちハードコートは4面、残りはオムニコートである。周囲は林に囲まれていて緑も多く、結構恵まれた環境である。

そのため、バブル華やかしころには、プロの下部大会が開かれていた。下部大会には、フューチャーズとチャレンジャーがあり、上位のATPツアー(女子はWTAツアー)を目指す若者が世界を転戦しており、彼らと出くわすことがあった。

錦織選手がお笑い系テニス番組に出たセンターコート

最近では、錦織選手が出演する年末に放送されるお笑い系のテニス番組のロケが行われたことがあり、テニスクラブのメンバーには風呂場で一緒だったという者がいる。

そんなで、規模が大きくメンバーの数も多く、高齢化したメンバーの間で、ジブラルタルの猿山の頂上を目指すシビアなマウンティング合戦が、日々繰り広げられている。

テニスをしない人にはピンとこないかも知れないが、テニスをプレーする場所には、スクールとクラブがあるのだが、日本人選手の活躍で、若者や子供に人気があるのは、スクールの方である。

テニスクラブの方は、テニス人口の絶対数の減少と高齢化による会員数の減少で潰れるクラブが近隣でもかなりある。クラブで相続があると、相続税を払えなくなり、閉鎖する場合もある。

そのような事情で、近隣のテニスクラブが閉鎖されると、市街化調整区域内にある大規模な我がクラブは、ブラックホールのように閉鎖されたテニスクラブのメンバーを吸収してきた。

テニスクラブのメンバーたちの多くが、少なくとも60歳以上の高齢者で、「超」がつくテニスホリックばかりである。彼らは、今の上皇、上皇后さまが、軽井沢でテニスをしていた1960年頃のテニスブームか、天地真理がスコート姿で「恋する夏の日」を歌ってブームになった1980年頃に、テニス歴を開始しており、テニス歴が半世紀ある者もザラである。

アイドルのはしり、天地真理。
「恋する夏の日」は、「あなた~を待つの~、テニス コ~ト」で始まる。メチャクチャヒットしました。

ここの老人たちは、学校の部活の硬式テニスクラブでテニスを習ったわけではなく、大半は自己流である。しかし、キャリア半世紀ともなると、それなりに上達する。ほぼ全員がフォアハンドが大得意である。バックハンドは下手だが、ロブやドロップショットはめっぽう上手い。また、長年のキャリアの蓄積で、相手の下手なところ、人のいないところへ打つ技術も半端ではない。 そのため、若者たちと対戦しても、クラブなどで本格的にやっていなければ、年季に勝る老人たちが勝つことになる。その結果、テニスクラブに気軽に若者が来ないというループが生まれる。

つまり、テニスという競技は不思議なところがあり、年をとっても衰えないどころか、いつまでも練習次第で上達する性質がある。言い方を変えれば、強化ジュニアに在籍する小学生が、大人相手に楽に勝てる競技であり、年寄りも下手な大学生ならばやっつけることができる競技でもある。

サラリーマンなら、現在の定年の年齢は一般的に65歳であるが、以前は60歳だった。この定年を迎えた、時間のたっぷりあるテニスクラブの老人たちは、どうなるか?

当然、他に趣味のない老人たちは、平日もテニスクラブへ通うようになる。そうすると、もともとベテランの彼らは、さらに凡ミスのないボールを自在に操るマウンティング猿への道を歩み始める。

基本的にテニスクラブは、メンバー同士がダブルスの試合を楽しむ場所なので、自然とうまければ尊敬を集める。座布団を積み上げた牢名主の位置に上がることができる。勝てば官軍の世界である。

世の中に上下関係があるように、テニスの技量にもうまい下手があり、大体似たようなレベルの者たちが群れることになる。

人間誰しも、ゲームで負け続けるとめげるし、行きたくなくなる。そのため、ゲームに対する姿勢は真剣だ。爺さん・婆さんたちが、勝敗にこだわってプレーしているのは「いったい何歳になったら煩悩を捨てられるの?!」という話なのだが、勝てばうれしいし、負けると悔しいという精神構造はいつまでも変わらない。むしろ、年齢を重ねるにつ入れて、頑固に、融通が利かなくなるのは間違がなく、感情のコントロールができなくなる。

しばらく前に最高齢の93歳の老猿が辞めたのだが、左右に走るのは得意だったが、前後には全く走れない年齢になっていた。ところが、試合では70歳代の対戦相手がドロップショットをしばしば繰り出していた。「そこまでして勝ちたいか!」と思うのだが、負けたくないのだ、誰も。実際、誰しも弱い相手と試合しても楽しくないし、強い相手に勝った時に最大の満足が得られる。そういう側面があるので、どの試合も真剣勝負になる。

つまり、テニスクラブは楽しみの社交の場ではなく、つまるところ修練・鍛錬の場であるという結論になる。

そうすると暇を持て余した老人たちのテニスの技量が上がるとき、中には技量が上がらない者、加齢により若い時のように体が動かなくなる者もあり、負けが込んできて、やがてクラブを去る者もでてくる。負けが込んできたときに、レベルの低い者たちに混じってプレーする者もあれば、退会してしまう者もある。つまり、誰でも、極端に負けが込まないように注意しつつ、テニスを続けるモチベーションを保とうと四苦八苦しているのは、確かである。

わがテニスクラブが所在するこの県では、年齢別大会、市主催の大会があり、そこでの優勝を目指しているメンバーが結構いる。JOPという5才刻みの全国テニスランキングもあり、このポイント獲得に、国内各地を転戦している者もいる。ベンチで話をしていると、そういう大会で勝つことが最大の目標になるというのが伝わってくる。

しかし、そうした県や市の大会で優勝した場合に得られるのは、自己満足の達成感、同じ価値観を持つ老猿たちの称賛だろう。賞品はせいぜいテニス用品と賞状で、エネルギーの空費なのは間違いない。プロのようなリアルな利得はなんにもない。 それなのに、みな熱い。このエネルギーの空費に、最大の努力を払っている。ジブラルタルの猿山の頂上を目指す戦いを、老猿たちが連日繰り広げている。

おしまい

指揮カラヤン vs バーンスタイン グレン・グールド「ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第3番」聴き比べ

グレン・グールドは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番をバーンスタイン指揮、コロンビア交響楽団による正規録音(1959年5月、ニューヨークコロンビア30丁目スタジオ)の他に、カラヤンとベルリンフィル交響楽団とで1957年5月にライブ録音を残している。

その他にも、1955年の彼のデビュー作「バッハ・ゴルトベルグ変奏曲」の録音直前に、カナダのテレビ局CBCで放送されたハインツ・ウンガー指揮で行ったものもあるようだが、残念ながらこちらは聴いたことがない。

この3つを並べてみると、グールドの出世譚がよくわかる。すでにカナダ国内で人気があったものの、その人気は国内に限られていた彼は、1955年のゴルトベルグ変奏曲の録音が一躍ブレイク、ベストセラーとなり、一夜にして世界一流ピアニストの仲間入りを果たした。

世界中で、ハンサムな人気ピアニストとして、VOGE(ヴォーグ)などの女性誌でも人気沸騰、あっという間にスケジュールが奪い合いになり、1957年に最初のヨーロッパ演奏旅行に出る。この時、東西対立を続けていたソ連各地で演奏を行い、戦後ソ連で初めて公演を行った西側のピアニストとして、また、東西陣営の「雪解け」を象徴するものとして、大成功を収める。

ソ連の聴衆は、グールドの弾くポリフォニー(複数の旋律が独立した多声音楽)が明晰で、自然で理知的な解釈のバッハ、シェーンベルク、ウェーベルンなど初めて触れる西側の現代音楽を聴き、おおいにたまげる。

レニングラードで行われたコンサートでは収容人員の2倍の客が、通路にまで溢れ、バッハとベートーヴェンのピアノ協奏曲2曲の演奏後の休憩時間に、アンコールの拍手が鳴りやまず、とうとう指揮者スローヴァックは、その後に演奏を予定していた《リストの交響詩》の演奏を取りやめ「私は家に帰った方がよさそうだ。演奏会はグールドが終わりにしてくれるから。みんな最後の管弦楽曲など聴く気がないらしい。」と言い、舞台に再びピアノを運び込ませ、予定のなかったグールドは、帰り支度のコート姿のまま、ピアノ独奏の《アンコール・マラソン》で応えた。

そのソ連公演に引き続き、ドイツへ移動したグールドは、ベルリンで3晩連続で、この年49歳のカラヤンとこの曲を共演する。グールドわずか25歳、飛ぶ鳥落とす大御所のカラヤンとの共演である。

このカラヤンとの演奏、コロンビアの正規録音であるバーンスタインとの演奏の双方が、YUTUBEにあるのでうしろに貼り付けた。実際に聴いてもらえると嬉しい。

この2曲を聴き比べると、カラヤンとバーンスタイン(とグールド)の両者の考え方の違いがよくわかる。カラヤンは、この曲を、いかにも大曲、大袈裟、力強く豪勢に演奏するつもりだ。また彼は、グールドの意向を尊重するつもりは全然なく、「さあ、やってごらん!」という感じで、自分の主張を貫きとおしている。ただ、惜しいのは、この1957年のカラヤン版の録音は、ライブ録音であり、客の咳払いも入っているし、モノラル録音で状態があまり良くない。

この曲は、3楽章あり、勇壮で激しい第1楽章アレグロ・コンブリオ(陽気に速く)、ゆったりと美しい第2楽章ラルゴ、ゆったりとはじまりフィナーレで再び勇壮に盛り上がる第3楽章モルトアレグロ(非常に速く)。そのいずれでも、グールドはオーケストラの存在感に負けることなく、出すぎることもなく、美しいピアノの存在感をずっと保っている。

第1楽章はオーケストラの全奏(トッティ)が極めて男性的に演奏された後、グールドが入っていくのだが、グールドも最大限このオーケストラの演奏に合わせている。

グールドのピアノの弾き方は、普通、手首を指先より下において指の独立だけで弾くフィンガータッピングという弾き方をして、手全体を鍵盤に振り下ろす弾き方をしない。このため、フォルテッシモを出せないという批判があり、それがロマン派のチャイコフスキーやメンデルスゾーンを弾けないのだと言われることがある。(何千人も入る大ホールで演奏すると、どうしても爆発的な大音量を出し、有無を言わせず観客を黙らせたくなる心情は、良く分かる。)しかし、なかなかどうして、ベルリンフィルに負けず劣らず爆発するような音で弾いている。 こうして聴いてみると、グールドは爆発するようなデカい音を必要とする、ロマン派の協奏曲も恐ろしい表現力で弾けただろうと思えるし、楽しませてくれただろうと思うと非常に残念だ。

もちろん、グールドの良さは、そのような強烈なオーケストラに負けない大音量だけではなく、むしろ、ゆったりしたフレーズで気持ちのよりリズムを刻みながら、多声をはっきり区別しながら見事に歌うところにある。しかし、この曲の演奏では、最後の部分、オーケストラと一体となった見事なめちゃ盛り上がったフィナーレを聴かせる。カラヤンも十分に満足しただろう。(カラヤンもなかなか色っぽいですね。)

一方、バーンスタイン版。こちらはカラヤンのような強引な圧迫感がない。第1楽章はカラヤンよりゆっくり、抑え目で始まる。このように穏やかに初めの数小節が始まると、のちのちの展開も決めてしまい、冒頭で曲全体の印象が決まるのかもしれない。バーンスタイン版の方は、強引さがない。ある意味民主的。しかし、理知的で説得力があり美しい。何とも言えない切ない美しさがある。

このバーンスタインとグールドは、ブラームスのピアノ協奏曲第1番の演奏をめぐって、表現が適当だかわからないが、「衝突」したことがある。ブラームスのピアノ協奏曲第1番は、流麗で豪華絢爛な曲として演奏されるのが一般的なのだが、グールドは第1楽章を極端にゆっくり演奏するとこで、交響曲全体が統一されたリズムで結ばれ、より一体感が生まれると主張した。そのような演奏は、田舎くさく牧歌的で、前代未聞であり、バーンスタインは承服できない。バーンスタインは、グールドの主張どおりの演奏をすることにしたのだが、観客を前にして、演奏前の舞台から一席ぶったのである。「指揮者とピアニスト、どちらがボスか?」「ぼくは、承服できないが、才能のあるグールドの言うことだからそれを信じて、そのように演奏します。みんなびっくりしないでね。・・・」まあ、そんな感じ。 この演奏は、音楽批評家たちからもさんざんに言われ、後にグールドがコンサートを開かなくなる要因の一つになったと言われている。

ただ、グールドの協奏曲の演奏全般を聴いていると、ヴィルトーゾたるピアニストが、オーケストラを向こうに彼らをねじ伏せる的な演奏を良しとしていなくて、ピアノ協奏曲をなるべく、ピアノ伴奏付きの交響曲のように弾きたい意思を持っているのは明らかだ。彼は、協奏曲に限らず、どんな曲でも、全体としてベストなものを聴かせたいと常に考えていた。 伝統的なピアノの名人芸はそのようなものでなく、男性と女性、正と邪、静と動、陰と陽などの二項対立を原動力にして、曲の推進力にする者が多いが、グールドはそうではなった。

恐るべきなのは、彼はベストな演奏をするために、作曲家が書いたスコアさえもベストでないと判断すると、修正して演奏したことである。よく、彼は「再作曲家」と言われるのだが、これが理由だ。普通、音楽家はスコアを読み込んで、スコアに忠実に絶対と考えた上で、楽器の特性はもちろん、時代背景なども調べて、作曲された時代を忠実に考えることが普通である。作曲家が書いた曲に不足があると考え、楽譜を改ざんするというのは、グールド以外もやっているのだろうか? 非難されこそすれ、手を加えているというのは聞いたことがない。

グールド研究者であるケヴィン・バザーナの「グレン・グールド演奏術」に、この曲の1楽章にあるベートーヴェンが書いたカデンツァ(協奏曲のなかで、ピアノが独奏する部分)にグールドは手を加えていると書かれている。

ケヴィン・バザーナ「グレン・グールド演奏術」から

上が、その本に出てくるグールドの弾いたカデンツァの一部分である。グールドは、原典になかった低音部のメロディを書き足して弾いているということだ。

ただし、カデンツァは作曲者が書いている場合もあるが、ピアニストが作曲する場合も多く、協奏曲の場合には、カデンツァは演奏者の技量だけでなく、音楽性も伺えるハイライト、お楽しみというべき部分で、部分的に改良してもさほど違和感はない。

しかし、ここにはグールドの感性が良く表れており、グールドは右手の旋律だけを重視するショパン弾きなどを「右手の天才」とか言ってバカにしており、右手だけで美しく弾く演奏は嫌いであり、他の旋律が隠れているとか、どの旋律も対等に扱われ、攻守が変わるような曲が好きだったのは間違いがない。

おしまい

せっかく買ったオーディオイヤホン失くしてしまった!

先日買ったオーディオイヤホンなのだが、どこへ行ったか分からなくなってしまった。けっこう値段が高かった(6万円程度)ので、心当たりの店などに問い合わせまくったのだが、出てこず、ガックリである。とほほ。最近加齢とともに、物忘れが酷いのだ。スマホも何度か忘れたことがある。こわ。

ソニーIER-7

今回、デジタルオーディオプレイヤー(DAP)とイヤホンの購入にあたって、日本製品を応援しようと大御所のソニーを選んだのだが、改めて専門雑誌を買ってじっくり比較してみた。この雑誌には、多くの評論家が選んだ様々な機種が紹介されている。

ところで、NHKが、朝の経済コーナーとニュースの2回、紹介していた会社があった。オーツェイドという社員5人ほどのイヤホンメーカーなのだが、安価な製品がバカ売れしており、「良い音を安く提供して、イヤホンメーカーのユニクロ、GUを目指しています」という社長の声を紹介していた。

おはBIZ 「ハイレゾイヤホン ヒットの秘密は“ガラケー”」

そういうわけで、速攻で秋葉原へ行って、実際に試聴してきた。

こちらが、NHKに紹介された会社の最近発売開始になったオーツェイド社のフラッグシップ機だ。安価な製品は、4,000円ほどからある。NHKがインタビューしていたE-イヤホンという専門店で、試聴した。この店では、あらゆるイヤホンが網羅されており、自分の持ち込んだプレイヤーを使って、好きなだけ試聴できる。

社員が5人しかいないこの会社が最近売り出した「受注生産」の《intime翔》を報告したい。音質だが、非常にいい音がする。グールドのバッハのパルティータなどをかけると音の良さだけで涙が出そうになる。音楽の演奏は、音が良いと印象がガラッと良くなる。聞こえてこなかった音が聞こえるからだろうと思う。我々は、生の楽器の音に惹かれることがよくあるが、この現象がイヤホンの良さでも起こる。

intime翔(税込66,000円)

ただ、大オーケストラが演奏するマーラーの交響曲(ハイレゾ)をかけた場合、突然のフォルテッシモになるところでは、シンバルの音などで「?」となる部分はある。データ量が少ないCD音質の録音では、大規模な交響曲の場合、忠実な再現をしようとすること自体が無理だと思う。それ以外の部分では、非常にきれいな音がする。

次は、線路の反対側にあるヨドバシカメラで試聴したスタックスという会社のヘッドホンである。ご覧の通りけっこう変わった形をしている。駆動方式が他のヘッドホンが違うのだが、音もまったく違う。びっくりするほど美しくて奇麗な音だ。ただ、このヘッドホンは、下の写真のドライバーという部品が別に必要だ。このため、二つ買うと結構な値段になる。この二つの製品の組み合わせが、先に書いた雑誌では高評価を得ていた。 しかし、この製品にはほかにも、10万円以下から、70万円くらいまでのラインナップがある。主は、ラインナップの中から、安いタイプのものをお金を貯めて買いたいと思っている次第である。もちろん、値段が高ければ音が良いのだが、安いものでも十分に良い音だ。

SR-L700 MK2(税別148,000円)
SRM-700T(税別298,000円)

あと、例によって辛口批評を一つ。何でもイヤホンを試聴できるE-イヤホンで、ソニーの最高級機IER-Z1R(税抜198,000円)を試聴したのだが、ソニーファンには申し訳ないが、はっきり言ってガッカリした。音に全然魅力がないのだ。雑誌の評価もほとんどないのも頷ける。がんばれ、ソニー!! 再起して、法人税をいっぱい国に収めてくれ!

おしまい

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。