楢山節考 深沢七郎 (医者たちの身勝手さ その4)

我々は、戦前まで医療とは無縁の世界に生きていて、人間も犬猫などの動物と同じで、死ぬのにそれほど苦しまなかったのではと、かねがね主は思っている。人類が誕生してから、700万年といわれるのだが、医療にアクセスできるようになったのは、わずかこの数十年である。

昭和32年に発表された深沢七郎、42歳の処女作、短編小説「楢山節考」は、中央公論新人賞を受賞したベストセラー小説であり、映画のほうも、木下恵介と、今村昌平が監督をし、後者はカンヌ映画祭でパルムドールを受賞したというあまりにも輝かしいものだ。

ネットでの評に、この映画は「日本では昔、棄老がひろく普通に行われていたとの誤解を招く」といったものがあるが、人類の歴史は、生存のための食料の調達があってこそであり、この物語に出てくる、 棄老や嬰児殺しは、世界中で普遍的に、19世紀ころまであっただろう。だからこそ、誰でも理解できる普遍的なこととして、カンヌ映画祭で捉えられ評価されたと思う。

新潮文庫(発表は昭和32年、中央公論社)

あらすじと感想を取り混ぜて書こう。

山梨県あたりの寒村が舞台だが、時期は書かれていない。「銭屋」という家族の話が出てくるので、江戸末期か明治の初期の話と思われる。この 「銭屋」 は、村では流通しておらず、役に立たない貨幣の「天保銭」を1枚持っているので、村人から「銭屋」と呼ばれているからだ。

なお、本文に説明はないが、この「天保銭」は、8枚で1文になるという値打ちのないもので、「価値のない、役立たず」といった意味も込められているらしい。

主人公は、69歳のおりん、45歳の孝行息子の辰平だが、辰平の子供たち、辰平の後家として隣村から来る玉やん、16歳の長男の嫁の松やん、近隣の村人たちが登場し、村の様子がよくわかる。彼らが住むのは、非常に貧しく、毎年冬になると、その一家が餓死をせずに冬を越せるかどうかが問題になるほどの寒村である。彼らにとって、なにより食料にありつけるかどうかが問題である。

村の習わしとして、老人は、70歳になると口減らしに、信仰の神の山である楢山に捨てられる(「楢山まいり」する)ことになっている。

おりんは、若いときは村一番の器量良しといわれたが、亭主を20年前に亡くし、他の後家のような嫌な噂を立てられることもなく、人にとやかく言われることもなかった。楢山に捨てられるにもしっかりして、模範として捨てられようと、その目標を果たす日を前から心待ちに、準備もしていた。おりんは、次の正月をすぎたら、楢山に行こうと心に思っていたが、ひとつ気がかりなことがあった。それは、年齢に不相応な、丈夫な歯をしていることだった。

おりんは、健康でたくさん食べると人から思われる丈夫な前歯を、火打石で砕き、血を流しながら一つ懸案を片付けた、と満足する。しかし、口からの出血が止まらず、口を開くたびに、口から血を流す老婆を見た子供たちは、わーっと逃げ出し、おりんは「鬼婆(おにばばあ)」と不名誉な称号をもらう。

大人は、小さい子におりんのことを、「食いついたら放さんぞ」「食い殺されるぞ」と吹き込み、泣いている子に「おりんやんのうちにつれていくぞ」と殺し文句に利用したりする。

楢山に捨てられようかという老婆が、丈夫な歯をしていることを恥じて、おりんは歯を砕くのだが、血まみれになり、口から流血する鬼婆になり、周囲を驚かせ、「根っこの鬼婆(おにばばあ)」と陰口を叩かれる。

「『根っこ』の鬼婆(おにばばあ)」の 『根っこ』 というのは、おりんの家の前には、大きな木の切り株があり、人が腰を下ろして一休みしていた。その根っこという場所を指している。お互いの家族は、苗字ではなく、 『根っこ』 とか『銭屋』とか呼んでいた。 

おりんには、気がかりがもう一つあった。息子である辰平の嫁が、去年栗拾いに行って、谷底へ転落して死んでしまっていた。辰平には、4人の子供がおり、16歳の長男のけさ吉を筆頭に男が3人、末が3歳の娘だった。あいにく、適当な後家が見つからず、辰平は再婚できないままだった。

ところが、山一つ隔てた隣村で3日前に亭主と死別したという後家が現れ、その後家を辰平の後妻に迎えてくれという使者がやってきて、辰平は再婚することになる。当時、結婚は当事者同士の意思にかかわりなく、年恰好だけで簡単に決められていた。

おりんが孫たちに、すぐに新しいおっかあがやってきて、お前たちの家事も楽になるというと、孫のけさ吉が、意外なことに辰平が後添えをもらうことに大反対する。

ここのところ、家族の在り方がよく表れていて、非常に面白い。

けさ吉向こう村からおっ母あなん来なくてもいいぞ! 俺が、嫁を貰うから後釜なんいらんぞ。 めしのことがめんどうなら俺の嫁にさせるから黙っていろ。」

おりん「バカヤロー!飯を食うな。」 とけさ吉の顔めがけてはしを投げる。

13歳になる次男の孫「けさあんやんは池の前の松やんを貰うのだぞ」と、けさ吉と松やんが仲の良いと知っていることを皆の前で暴露する。

けさ吉バカー、黙ってろ!」

この村では食料事情が厳しいので、晩婚が奨励されており、そのような歌もでてくる。おりん、辰平は、まだ子供だと思っていた16歳のけさ吉が松やんを嫁に貰うと言い出すほど成長していたことに驚き、それを察しないで、うっかり怒ってしまったことを申し訳なく思いもする。

辰平は、後妻を貰うことに照れていたが、隣村で夫を亡くしたばかりの玉やんが、辰平の後妻としてやってくる。玉やんはよい人柄だった。

けさ吉も松やんと結婚し、家族が増え、ますます食料の確保が問題となるのだが、松やんは大飯ぐらいだった。おりんは、「これでは、松やんは、前の家族から厄介払いをされたも同じだ」と思い、「この子は、あっちの方だけが、達者だ」と思うのだが、それでとくに松やんを否定することなく、そんなものだと受け入れている。

そのころ村で、食料泥棒が発覚する。雨屋(=山に入るたびに雨が降るので雨屋と呼ばれている)の亭主が、隣の焼松(=近くに落雷で焼けた松の木がある)の家の豆のかます(=臭いにおいがする納豆のようなもの)を盗んで家人に見つかり、袋叩きにされ、村中が大騒ぎになる。食料を盗むことは、極悪人である。食料を盗むと、最も重い制裁である「楢山さまに謝る」ということをしなければならない。その制裁は、その家の食料を他の家の者たちにすっかり、奪われてしまうことである。分配にあずかる他の家の者たちが、盗人の現場に駆け付けるときにも、掟があり、必ず裸足で駆けつけないとならない。もし、草鞋を履いて駆けつけると、逆に袋叩きに合うことになっており、駆けつける者たちも死に物狂いである。雨屋の家は、「家探し」をされ、芋が縁の下からぞくぞくと出てきて、一坪ほどの山になった。雨屋の亭主は、半殺しの目にあい息も絶え絶えだが、その家族はその横で泣き喚くばかりである。

その3日後の夜遅く、雨屋の家族12人は、裏山の方向に消える。

雨屋の家族が村から消えた興奮が冷めやらぬまま、松やんのお腹が目立って大きくなり始まる。おりんのような老婆が、ネズミっこ(ひ孫)を見るのは、性欲にまみれた一家だと思われ、おりんは早い楢山参りを望む。玉やんは、「ネズミっこが生まれたら、わしが赤子を捨ててやる」と明るく、言う。こんどは、けさ吉が「コバカー、俺が捨ちゃってくらァ、わきゃァねえ」と応じ、松やんが「ああ、ふんとに、たのんだぞ」という。

12月末、いよいよ、おりんは楢山参りを決心する。それまで蓄えてきた食材や振舞酒で、村の重役たちをもてなし、重役たちは言い伝えである楢山参りの注意事項をおりんと、辰平に伝える。順番に要点が伝えられるのだが、このとき、誰も何も喋ることは許されない。重役たちが、順に発言するのみである。

次の夜、辰平は、おりんを背板に乗せ、楢山に向かって出発する。村の重役たちが言ったとおりの光景が順におこる。 最後の楢山の頂では、多くの骸が転がり、カラスが大勢舞っていた。辰平はちょうどよい窪みを見つけ、おりんを下ろす。おりんは、辰平の手を堅く握りしめるのだが、辰平の背をどーんと押した。大粒の涙を流しながらよろよろと山を下っていく辰平。

村へ戻ろうとする辰平だが、やがて、雪が降ってくる。雪は、楢山参りで、吉兆とされていたし、おりんの望みでもあった。辰平は、おりんのところへ戻り、「雪が降ってきた!」とひとこと言いたくて、村の掟にそむいて戻る。再び、戻れと手ぶりをするおりん。

ーーーーーーー

おりんは、村の掟のとおり70歳で死ぬのだが、それは名誉を保ったまま家族の犠牲になることであり、最愛の息子の手によって殺されるのであり、死ぬこと自体は恐ろしいにせよ、嬉しいことだろう。山へ捨てられ、空腹と寒さがやがて意識を遠のかせ、知らずに死んでしまうだろう。 人間が死ぬ瞬間には、β(ベータ)エンドルフィンという幸福ホルモンが放出されるという。

もちろん、今は、昔とあらゆる面で事情が違い、生きること自体はこうまで過酷ではなくなった。しかし、このような過酷な時代でも、人々は淡々と、シンプルで最低限の道徳と、自分たちの生活をしっかり守って生きていた。

いまはどうか。いろいろ知恵はつき、食料事情は改善したが、それがかならずしも生きる幸福に役立っていない。失ったことが、かなり多いのではないか。もちろん母親を背中に背負って山に捨てに行く、嬰児を河原に捨てに行くわけにいかない。

老人が、具合悪くなったら、きっと救急車を呼べ、介護施設に入れろと言われるだろう。しかし、うっかりしていると、ここに大きな落とし穴がある。

楽に静かに穏やかに死ねる、チャンスを逃しているのではないか?

現代は、年老いて、具合が悪くなってもすぐに死ぬことは減ったという言い方ができるのかもしれない。しかし、救命したが、その後、延命措置されています、というのでは意味はない。もとどおりの元気にならないで、胃ろうや人工呼吸器をつけられると、苦しいばかりで、死ぬ間際にこうした幸福ホルモンはきっと出ないに違いない。

おしまい

追記: WIKIPEDIAを読んでいたら、深沢七郎の小説・「楢山節考」とパルムドールを受賞した今村昌平監督の映画では筋が違っているようだ。

映画では、深沢七郎の他の作品も使い、次男以降は、結婚もできないとか、父親の遺言で、セックスできない次男以降とセックスさせられる娘が出てきたり、さらに過激で、こうしたシーンが上手に筋に加えられているらしい。

それで、下のポスターのコピー、「人間の大らかな『生と性』を謳う今村節 笑い・感動・愛・衝撃」ということになるのだろう。

余談だが、1983年のカンヌ映画祭でのパルムドール受賞は、今村昌平監督・「楢山節考」ではなく、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」が大本命だろうと言われていた。ところが、この圧倒的な大方の予想を覆して「楢山節考」が受賞したのだった。

「戦場のメリークリスマス」4K修復版を大規模劇場公開から

brasileiro365 について

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ1年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  
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