救いがたい日本 日本人に生まれて情けない その3「情報公開法」で骨抜きの法の趣旨と官僚のネーミング

日本のマスコミは、昔力を発揮していたが、今ではすっかり力量を失ったと思っている。この理由は、「情報公開法」と「個人情報保護法」のせいが大きいと思っている。

次の写真は、テレビ朝日が、森友事件で大阪航空局へ情報公開請求した結果、出された黒塗りの文書である。みなさん、こういう風に、真っ黒になった文書見られたことがあるでしょう。こんなに黒塗りの文書を出すことが許されること自体、おかしいと思う人は多いはずだ。

これに限らず、森友事件で自殺された赤木さんの奥さんへも財務省は、黒塗りだらけだったし、スリランカ人女性が入管で死亡した書類の公開を求めたときも、やはり真っ黒に塗りつぶされた文書ばかりが出てきて、誰もの不信感はますます募ったはずだ。

森友事件の公開文書
こちらスリランカ人ウィシュマさんの公開文書

そこで、「情報公開法」と「個人情報保護法」とは、一体何なのか、主の独断と偏見が大いに交じるが、思うところを書いてみたい。

まず、今回は「情報公開法」である。

正式名称は、「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」で、2001年(平成13年)4月1日に施行され、特殊法人が独立行政法人になったときや、関係法令の改正などに伴って、何度か改正されている。

実際の条文を見てみようと思われる方は、次のリンクをクリックしてください。

情報公開法のリン

この法律を見ると、(目的)第1条には、「行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。」と一見美しいことが書かれている。 ただし、ここでは、国民への説明責任を果たすだけでなく、行政の推進に資するとも書かれており、無条件で説明責任を果たすものではないとも読める。

「行政機関」(=省庁などに加え諮問機関や審議会などが入る)の定義を書いた第1条の次には、(行政文書の開示義務)第5条が置かれて、何を開示して、何を開示しないか規定されている。これが、26条しかない、この短い法律の肝である。

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具体的に開示しない 第5条「不開示情報」 を列挙していく。

  • 1.行政機関の情報について
  • イ.法律、慣行で公になっている、または公になる予定以外の個人に関する情報不開示
  • ロ.生命、健康、生活や財産を保護するために、公にすること必要と認められる以外の情報は不開示
  • ハ.情報のうち、当該公務員の職と職務遂行の内容にかかる部分以外不開示
  • 「非識別加工情報」*であっても、他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものは不開示 

*注:非識別加工情報とは、行政機関等が保有する個人情報について、特定の個人を識別することができな いように個人情報を加工し、当該個人情報を復元できないようにした情報をいう。ここでは、情報を分解して個人を特定できないものであっても、他の情報と照らし合わせることで、個人を特定できるものは、公開不可だと言っている。

  • 2.法人(=民間など)その他の団体の情報について
  • イ.法人、個人の権利など正当な利益を害する恐れがあるものは、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報を除き不開示
  • ロ.行政機関の要請を受けて任意に提供されたもの、通例公にしないもの、合理的と認められるものは、健康、生活又は財産を保護するため、公にすること必要であると認められる情報を除き不開示
  • .外国、国際機関との信頼関係が害されるおそれ、交渉上不利益があると行政機関の長が認めることにつき相当の理由があるときは、不開示
  • 4.犯罪、捜査その他公共の安全と秩序の維持に行政機関の長が認めることにつき相当の理由があるときは、不開示
  • 5.国、独立行政法人、地方公共団体等の情報で、公にすると、国民の間に混乱を生じさせる、不当に利益を与え若しくは不利益を及ぼすおそれがあるものは、不開示
  • ・6.国、独立行政法人、地方公共団体等の情報で、公にすることにより、事業の遂行に支障を及ぼすおそれがあるもので、次に掲げるもの不開示
  • ・イ.監督、検査、取締り、試験、租税賦課、徴収に係る事務の遂行に支障があるおそれ
  • ・ロ.契約、交渉、訴訟の事務に関し、行政機関の財産上の利益、地位を害するおそれ
  • ・ハ.調査研究の事務の遂行を害するおそれ
  • ・ニ.人事管理の事務の遂行を害するおそれ
  • ・ホ.行政機関の事業に関し、利益を害するおそれ

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なんだこれは!! なにも開示しないのと同じだ!!

開示するも、しないも決めるのは、お役人だ。よくこんなのを法律にしたものだ! どこが 情報公開法」 だ!!! これじゃ黒塗りの文書しか出てこないはずだ!

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(結論)

マスコミは、この法律の制定の当初、結構情報公開請求をしていたが、成果が上がらないので最近ではあまりしていないように思える。やっても、埒が明かないからだ。

結局のところ、情報公開法により、行政機関、独立行政法人等、地方公共団体は、その長が、自分の裁量で公開する範囲を決められる、という根拠を持った。

そのため、マスコミはポチと蔑まれながらも、手もみしながらご官公署のご役人のご機嫌をうかがい、床に落ちている情報を拾うしかなくなった。

もちろん被害者は、マスコミだけではない。国民が被害者だ。森友事件で自殺した赤木さんの奥さんが典型だ。被告の国は認諾という手法を使い、民事裁判で、賠償請求額の1億円全額を認めて、裁判を終わらせた。情報公開に応じないということ、認諾で真実を明かさない姿勢、どちらも一体誰を庇っているんだ?

あと、おわかりだと思うが、「情報公開法」というネーミングが絶妙で、国民は情報公開するんだとと気楽に思っているが、実際のところは、説明したとおり、情報公開しない条件が羅列された法律であり、情報公開とは真逆の代物だ。

次回は、「個人情報保護法」を取り上げようと思う。

おしまい

 

 

 

 

 

映画「クレッシェンド 音楽の架け橋」見てきた。内容は凡庸、音楽は最高!

音楽映画は、映画館で見ると音響が良いし、音楽のハイライト集のように一番いいところばかりを流してくれる。これで、筋や物語が面白ければ言うことがない。

そんなで、〈クレッシェンド 音楽の架け橋〉という映画を見てきた。結構政治的な映画で、パレスチナとイスラエルの若者が一つのオーケストラを作り演奏するという映画である。しかも、このオーケストラの指揮をするおっちゃんスポルクはドイツ人で、両親がユダヤ人虐殺のホロコーストの片棒を担いだという設定である。

この映画は、ユダヤ人の大指揮者、ピアニストのダニエル・バレンボイムが、こうした民族融合の試みをしており、それがもとになっているということだ。

「音楽は世界をつなぐ」とか「音楽には国境がない」というような綺麗ごとが言われることがある。

しかし、音楽が共感や感動を引き起こすにしても、父や母、兄弟や姉妹が殺された、アラーの神を信じている、ユダヤ教を信じているという背景の違いや憎しみがあれば、音楽の演奏をつうじて、心をひとつにするのは難しいだろう。

以下は、公式サイトのコピペである。

世界的指揮者のスポルクは、紛争中のパレスチナとイスラエルから若者たちを集めてオーケストラを編成し、平和を祈ってコンサートを開くという企画を引き受ける。オーディションを勝ち抜き、家族の反対や軍の検問を乗り越え、音楽家になるチャンスを掴んだ20余人の若者たち。しかし、戦車やテロの攻撃にさらされ憎み合う両陣営は激しくぶつかり合ってしまう。そこでスポルクは彼らを南チロルでの21日間の合宿に連れ出す。寝食を共にし、互いの音に耳を傾け、経験を語り合い…少しずつ心の壁を溶かしていく若者たち。だがコンサートの前日、ようやく心が一つになった彼らに、想像もしなかった事件が起きる――

https://movies.shochiku.co.jp/crescendo/ ← 上のYOUTUBEと同じものです。

<ネタバレの感想>

ネタバレになってしまうが、このパレスチナ人とユダヤ人のオーケストラの合奏は、みんなの努力の甲斐あって、かなりいいところまで行く。

しかし、パレスチナ人の男のクラリネット奏者とユダヤ人の娘が、恋に落ちてしまい、悲劇が起こって男は死んでしまって、2つの民族の合奏の発表はできなくなる。 

失意の中、ユダヤ人、パレスチナ人の両者が練習先のスイスから帰国する空港の待合ターミナルで、ガラスの壁を挟んで、飛行機を待っている。彼らのひとりが何を言うでもなく、バイオリンの弓のお尻で、ラベルのボレロの特徴のあるリズムを叩き始める。コツ、コツ、コツ。何の曲かすぐに察する団員たち。

ラベルのボレロは、一定のリズムが続く中、小さな音で始まり、少しづつ「クレッシェンド」する曲だ。やがて、フォルテッシモになる終曲で、突然崩壊する。そんな曲だ。

他にも、バッハのヴァイオリン・パルティータ、ヴィヴァルディの四季の冬、パッヘルベルのカノン、ドボルザークの新世界など有名な曲がながれ、とても楽しめる。ヴィヴァルディの四季の冬は、バロック音楽とは思えない変わった解釈で、とても刺激的だった。

やっぱり、映画館の音響は素晴らしい。まるで生の音みたいだ。

おしまい

救いがたい日本 日本人に生まれて情けない その2 マスコミの事件報道

その2 マスコミの事件報道

警察が誰かを逮捕したときに、マスコミはすぐさまどういう容疑で誰が逮捕されたか、認否はどうか、動機はなにかについて、すぐさま報道する。あまりに当たり前に報道されるので、日本人は「どこの国でも、こんなもんだ。」と思っているが、実はこれは異常なことである。

次はサンプルとして事件をコピペしてみたものだ。事件は毎日報道されているので、あくまでサンプルである。この事件は、子供を殺害した母親の事件のようだが、「捜査関係者」が報道機関に漏らしているのが分かる。事件内容を詳しく漏らしているようだが、そもそも漏らすことも報道することも両方が人権無視でありえない行為だ。

例えば、本日のニュース いつもこんな感じである。冤罪やったらどないしますねん!?

つまり、逮捕されただけでは、有罪かどうかはわからないし、「推定無罪」の原則があるので、シロクロは、裁判の結果が出るまでわからない。気安く容疑者が犯罪をしたという前提で報道するのは、「推定有罪」に立っていると言えるくらいの明らかな「人権侵害」である。

しかし、この人権侵害は毎日起こる事件報道で必ず行われている。

マスコミは事件があって、逮捕されたとなると、警察や検察のところへ出向き、上に書いたような情報を担当官からもらって来るのが仕事で、同業他社を出し抜ければ、特ダネとなる。このため、マスコミの警察、検察担当者は走り回っている。マスコミのうち、大手マスコミは、記者クラブという部屋を公的組織の中にあてがわれ、朝からクラブに詰めることが許され、記者会見に優先的に参加でき、事細かな記事をもらう特権がある一方で、公的機関の担当官と個人的にも親しく良好な関係を築こうとする。 わかりやすい例が、東京高検の黒川検事長で、朝日新聞と産経新聞の記者と記者の自宅で、仲良く麻雀をして、連帯意識を醸成していた。

こうしたマスコミが、捜査機関の漏らす情報の意図に沿わない記事を書こうものなら、この情報ソースの担当官は、次回からエサを与えてくれなくなる。このために、忠犬ポチよろしく、公権力の出す情報をそのまま無批判に疑問を挟むことなく、国民に流している。これが、日々の事件のニュースである。

しかし、この警察と検察の捜査情報は、業務上の最高の機密であり、これを漏らすのは国家公務員法100条第1項の「守秘義務違反」であり、109条第12号で「一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」である。

逆に、刑事訴訟法では、公判前整理手続きで、証拠を被告と弁護士に見せなくてはならないとされているものの不十分で、全てを開示しないということらしい。ところが、公判で取り上げる予定の被疑事実をマスコミが報じていたりするという。 もうこうなると、弁護士が知らない情報を、検察側がマスコミへリークしているということだ。

ネットで見ていると、このリークに対して、例えば、政治家の鈴木宗男が抗議していたり、国会で人権侵害だと抗議声明を出していたりするのだが、マスコミ側は情報ソース(リーク元)をあくまで秘匿するので、マスコミと検察側は、「持ちつ持たれつ」の関係である。

次は、元特捜部にいた弁護士の前田恒彦さんが、捜査当局がそうしたリークをする理由をヤフーニュースに述べたものだ。

この記事の中で、『記者も現場の捜査官にはストレートに聞かず、「遅くまでお疲れ様です。今日は激励のごあいさつに参りました。○○の件、いよいよ××を事情聴取するようですね。大変でしょうが、がんばってください。応援しています」といった言い方をする。』と書かれているのだが、記者と検察のポジションが良く出ている。

なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか

https://news.yahoo.co.jp/byline/maedatsunehiko/20131116-00029664 →その1

https://news.yahoo.co.jp/byline/maedatsunehiko/20131203-00030300 →その2

https://news.yahoo.co.jp/byline/maedatsunehiko/20131231-00031031 →その3

〈結論〉

結論は、マスコミは自分の足と目を使って、正しい記事を書いていない。公権力を持つ捜査機関が出す情報を右から左へ出しているだけだ。

警察と検察は、そうしたマスコミを利用して、世間の空気を誘導する。最終的に、裁判官がそうした世論の空気を読んで、ありがたいご宣託をえらそうな口調で下す。

マスコミは、捜査機関の言うなりの記事を書いていると言ったが、捜査機関に限らない。政府、総理大臣だったり、官房長官、財務省だったり、厚生労働省だったり、地方公共団体もそうだろう。マスコミの記事は、為政者の発言を代弁しているだけだ。

為政者だけではない。強者だ。決して、弱者を代弁していない。無知な大衆が、違和感なく読みたいもの、聞きたいものだけを流し、実際の世間で起こっている貧者の窮状を訴えたりしない。

真実を見極めるという姿勢がまったくない。あるのは、忖度、忖度、忖度ばかりである。

次回は、マスコミが骨抜きになった「情報公開法」「個人情報保護法」と、官僚のつけるネーミングの上手さについて書きたい。

おしまい

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