ヒトのセックス (愛の耐用年数)について考える

人は異性(同性愛者なら同性でもいいわけだが)の人間性を認めて好意をもち、好きになり、うまく両者が同じペースで高まっていけば、愛しあうようになり、セックスへと続いていく。これが基本形。必ずしもこうしたプロセスを踏まず、短絡的だったり、見せかけ上だけで、内実は騙し、騙され、むしろ打算的、愛がないまま進むパターンも当然あるだろう。どちらのケースであっても、セックスをするようになるとそれまでとは様相が変わり、セックスが目的となり、大抵の場合、本末転倒する。好きだった人間性や、うわべを取り繕っていた(騙していた)ことなどが、脇へ置かれて、なかったも同然のこととなり、どこかへ忘れられてしまう。よく「手段と目的を間違える」という言い方をするが、セックスは、愛=コミュニケーションの手段で、出発点だったはずが、いつの間にやらそれ自体が目的となってしまう。結果として、目的となったセックスに、手段である愛=コミュニケーションがオマケのように小さくなる。

ここで果たして人間性を認めてセックスをするなら、何年たっても飽きないのだろうかという疑問がわく。人間性を認めて初めてセックスするとき、その時が最高点と言っていいだろう。だが、果たしてその最高点はずっと維持されるのだろうか。

「永遠の愛」などと言う表現があるが、何の努力もせずに愛が永遠に続くと考えるのは、甘ちゃんだと言われても仕方ないだろう。ネットで検索していると、恋愛感情はホルモンの分泌(フェニルエアチミン)と関係があり、恋愛の最初2,3年間は分泌され、その後減少してしまうとあった。

愛も、根本のところではGive and Takeだ。人間の欲望は果てしなく、手に入れたものは当たり前となり価値は減少する。このため、新たな価値を次々補給しないと、同じ愛情の大きさを長い間保ち続けられないだろう。

プラトニックな関係が続くのであれば、人間性を認めた付き合いが長い時間続きそうに思う。もちろん、時間の経過に伴い徐々に相手の評価は逓減するだろうが、急激には下がらないだろう。例えば同性同士の友情を考えると、分かり易い。)ところが、セックスを始めてしまうと、減価償却のスイッチが入る。延命措置を施さないと耐用年数が来たところで残存価値が1割しか残らない。(会計学に詳しい人は、この言い方に納得してくれるかもしれない。)

おそらく、パートナーが変わらない場合、人間性に魅了されて毎回高まってセックスするという状態が続くことは稀だろう。だが現実には、多数の夫婦関係が生涯にわたって続く。理由の多くは、子供の存在が原因だったりする。パートナーへの愛情が減少しても、子供のために離婚しない「子は鎹(かすがい)」現象もあるだろう。また、離婚したくとも経済的な事情で選択しない、世間体を気にするケースも多々あるだろう。勿論、パートナーがベストだと思い続ける場合もあるだろう。「私はパートナーに隠れて不倫し、その罪悪感がパートナーへの愛情を高めている。」という人がもしいれば、それは矛盾ですぞ。

ここから先は、生物学的分析だ。もともと、人間の「好きになる」という状態から「セックスする」という流れは、文明や教育からインプットされたもので、動物として生まれつきのものではない。セックスを始めると、その動機を忘れてしまうというのも、生物学的にプログラムされたものではないからだ。当たり前だが、人間性を認めることとセックスの間には絶対的な関係はない。もう少し緩い関係だ。むしろ、主が住んでいるこの国、豚何頭かを提供すれば奥さんを貰えるというパプアニューギニアの村を考えると、人間性を認めてセックスするというより、セックスするようになって別の人間関係が開始されるように思う。

「セックスはなぜ楽しいか」(ジャレド・ダイヤモンド)と林真理子

(2022.8.24追記しました)

進化生物学者のジャレド・ダイヤモンドは、パプアニューギニアでフィールドワークを行い、現代の西洋中心の世界観の成り立ちを明解に分析した。彼の著作「銃、病原菌、鉄」や「文明崩壊」は、これまで霧がかかっていた主の人類史観、文化史観から霧を晴らすような影響を与えた。同時に彼は「セックスはなぜ楽しいか」というちょっと興味をそそるタイトルの本も書いている。

動物と比べて全く奇妙な人間の性が考察されているのだが、セックスそのものの味半分で、この本を読むと失望する。つまり、なぜ人間だけが、のべつまくなく無用なセックスする方向へと進化したのかを考察するのが、この本のテーマである。

WHY IS SEX FUN ?

人間以外の生物は、ごく簡単に要約してしまうと、種の保存のために交尾し、交尾が終わるとオスもメスも死んでしまう。また、その交尾の時期は、排卵期(=子孫を残すことが可能な時期・発情期)に限られており、人間のように妊娠中のメスとオスがセックスすることや、オスと閉経を迎えたメスがセックスするという無駄なエネルギーの消費はしない。

こうした人間と他の動物と差は、人間が成長に長い時間を要するという点にあるとジャレド・ダイアモンドは考える。すなわち人間も他の動物と同様、自分の遺伝子を将来に残すことが最終目的である点は同じだが、人間の子供は大人になるまでに10年以上かかる。子供は10年以上の間、大人の庇護が必要だ。また、メスが生涯に産める子どもの数が最大に見積もっても10人、オスは生殖能力は逆に、一夫多妻の形態をとった社会で1,000人の子供持った王がいるほど多い。同時に人間のオスは、生殖能力が長く続くが、メスは50才前後に閉経を迎え子供を産むことが不可能になる。つまり、生殖に関係のない生存期間が人間にはある。

進化の過程で、人間がゴリラやオランウータンなどから枝分かれをしたのが700万年前、その後人間は一夫一婦制で暮らしてきたわけではなく、一夫多妻の時代や、乱婚の時代の方が長い。そうした場合に新しく夫の座に就いたオスは、メスがすでに生んだ昔の夫の子供を殺すことがしばしばおこった。これは生める子どもの数に限りのあるメスの取って避けたい結果だ。つまり、オスとメスの生殖能力が非常に異なっている中で、子供を一人前の大人になるまでに育てるためには多くの投資が必要で、メスにとって食料を運び脅威から守ってくれるオスの存在が不可欠だ。(このオスは必ずしも子供の生物学的な父親でなくても構わない。)このため、人間の進化の戦略は、メスが排卵を隠し、常にセックスに応じることでオスを自分の元にとどめるという戦略を選択した。

つまり、遺伝子を確実に残す方法として、オス、メス双方に、生まれた子供がそのオスの子どもだと思わせることは、有効な手段だ。オスは自分の子どもを殺そうとする確率は低い。そうすると、一夫一妻性や、それに近い形態が有力なな選択肢となる。すなわち、メスは常にオスを受け入れるようにし、子供が自分の子どもだと思わせつつ、身近なオスに子供の養育の大きな部分を担わせる。また、生まれた子供が自分の子供かどうか確信を持てないオスにとり、常にメスの近くにいることで自分の子供である可能性の高まりを信じることができる。

他方、ジャレドダイアモンドは人間の老化について、進化の過程で、人間の体の機能の一部を修繕するか断念するかということを考察している。すなわち、人間の寿命はながく、メスの閉経という現象がなぜ起こるのか考えると、閉経を起こさず出産しつづける能力を維持する進化の選択もあり得たにもかかわらず、実際の進化の過程ではメスは閉経する道を選択した。これは老化により健康でない子供が生まれる確率の増加に対し、閉経という進化の方向を選び、閉経後のメスが孫の養育に協力することが、自分の遺伝子を確実に残すための有利な戦略だったと分析する。

人間の性の進化が動物と比べて極めて違っている象徴的な事象として、オスのペニスのサイズを指摘している。人間より体の大きなゴリラやオランウータンでさえ、ペニスは3センチしかない。人間は進化により13センチもの、生殖に不必要な大きさのペニスを持っている。人間はゴリラやオランウータンから枝分かれして700万年、農耕生活(文明)を始めてわずか1万3000年しか経っていない。

こうしてみると、「セックスがなぜ楽しいのか?」という問いに対する答えは、人間が種を維持するために、男にも女にも「快楽」という動機をセックスに与え、しかも排卵を隠すことで、男に「俺の子どもだろうね。」と思わせることが、子殺しをしなくなる方策だとジャレドダイヤモンドは考えている。

一方で、(かなり強引だが)主は最近林真理子の小説にハマっている。結構、あけすけに性を語る部分があり、人間の見栄や欲望について語られる。しかし、小説の根幹には、遺伝子をばらまきたい浮気性の男と、優秀な遺伝子を得て優秀な子を残したい女の葛藤がある。この葛藤は、有史以来試行錯誤を繰り返してきたのヒトの性そのものだ。

テレビでも芸能人の不倫が良く取り上げられる。この手の不倫騒動はかなりの率で男性が起こすもので、女性が不倫をしたというのは目立たない。女性もの不倫は多いようだが、女性は夫に不倫を上手に隠すので、なかなかバレない。不倫が世間にバレるのは、男の芸能人が多く、厳しく責任追及され、芸能人生命を失うこともある。

基本的に、男は一夫一婦制にガマンできない播種本能があって、機会が許せば浮気を繰り返す。女の方は、男を何人も求めるより、基本的に生まれた子供(自分の遺伝子)と家庭が最も大事だ。何かの拍子で、女が不倫するなら上手に男に隠すはずだ。

林真理子の小説に「不機嫌な果実」という楽しい小説がある。いろんな男や、刺激が好きな大好き麻也子という主人公が、やがて男との浮気にも飽き、自分に欠けているものは何か考え、「子供だ」と結論を出す。前の不倫相手が今の夫と同じ血液型であることを知っていた麻也子は、排卵誘発剤を飲みながらこの男と避妊せず不倫するという話だ。 

これ小説は、男と女の性に対する違いが端的に書かれている。男の方は、世界中に自分の遺伝子をバラマキたいのに対し、女の方は出来るだけ優秀な自分の遺伝子の成長をちゃんと見届けたい。そこで、男も女も演技やら嘘やらさまざまに努力して、折り合いをつけつつ、騙し合いながら自己を実現しようと葛藤する。

おしまい 

800言語ある! パプアニューギニア人の算数力

パプアニューギニアは、世界中から文化人類学者が集まる場所だ。アマゾンの奥地と並んで現代の今でも石器時代の暮らしが残っているためだ。

パプアニューギニアの公用語は英語だが、共通語としてピジン語が使われる。ピジン語はもともとからある現地語と思われがちだが、ソロモンやバヌアツなど太平洋州で広く話されており、現地の言葉と欧米の言語が接触した際に生まれた混成語だ。

パプアニューギニアは、もともと800とも1,000ともいわれる部族があり部族ごとに違う言葉を使っていた。大航海時代、1526年にポルトガル人がパプアニューギニアへ到来し、その後、オランダ、ドイツ、英国の植民地を経てオーストラリアに承継される。その間も多部族が乱立した石器時代の状態だった。1930年代にオーストラリア人が金鉱床を求めてハイランド高地)にやってくるのだがのが、当時ハイランドに人は住んでいないと思われていた。ところが実際は百万人が住んでいた。これがハイランダーにとっての「ファーストコンタクト」だ。だが、そこは統一された国家ではなく、部族はさまざまに乱立しており、違う言語を話していた。

下の写真は、映画「ファーストコンタクト」から。映画は1982年に作られたものだが、過去を回想しながら進むので1930年代の様子が実写されている。最初の写真は、「蓄音機」。2枚目と3枚目は、初めて金属を目にし「これは宝物だ!」と直感したパプアニューギニア人が自分の飾りにしたものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=2Y5rC7kDx3o   ← YOU TUBE

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この地ででフィールドワークを行い「銃、病原菌、鉄」など多くの優れた著作を書いた進化生物学者のジャレド・ダイアモンドは、文明の発展段階を、移動生活をする「小規模血縁集団」、定住生活をする「部族社会」、「首長社会」、「(中央集権)国家」の4段階に分類した。パプアニューギニアでは農耕は行われていたものの、「部族社会」の発展段階で現代社会に遭遇したことになる。鉄器も銅器もなく、身に付けている物は森林や海から取った自然のもので、人工的な繊維もない。部族が統一されていず、言葉も違った

欧米人がパプアニューギニア人を労役に使おうとすると、部族が違う場合、彼ら戦いを始めてしまう。こうした状態を引き起こさないようにピジン語を共通語にしたのだ

大航海時代の西暦1500年以降、欧米人に多くの文明が滅ぼされる中、なぜパプアニューギニア人が現代まで生き延びtたのかということは大きな疑問だが、この回答を知りたい人はジャレド・ダイアモンド「文明崩壊」を読んでくださいね。(^^)

こうして現代文明に遭遇したパプアニューギニアだが、文化人類学者が大勢やってくるだけあって、興味深いことがさまざまある。最近、シニアボランティアをされている方からお話を伺うことができた。このシニアボランティアは、現地の大学生を対象に教員養成をされている。日本の高校で数学を教えられていたので時間があるときには、数学の問題を持って行き、その問題を考えていればいくらでも時間をすごせるそうだ。このシニアによると、学生たちの出身の村では必ずしも10進法が使われているとは限らず、5進法、2進法の部族もあるとのことだった。また、ココポと言うラバウルに近い町のトーライ族は、もとは5進法で、(正確には5か6か分からないが)5で桁上がりをするということを聞いたことがある。

余談だが、コンピュータは「ゼロ」「1」で表される2進法だが、2進法だと桁が非常に多くなるため「0000」から「1111(10進法で16)」までの4ビット単位の16進法で「0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,a,b,c,d,e,f」を使って表現する。

村で必ずしも10進法が使われていなかった生徒もいる。「出来はどうですか?」と質問すると、やはり日本の学生とは比べようもないようだ。割り算は相当の生徒が正確にできない。割り算が出来るためには引き算が正確にできる必要があり、引き算が怪しいのだ。違う場所で高校生の理数科教師として活動している青年ボランティアの話も聞くことができ、4ケタの引き算を次のようにするものがかなりいるという。

 7234                                    -5368                                                                                                        _______                                                                                                             2134

要するに上の数字と下の数字を比べて大きい方から引いているだけだ。ところが、彼らはこの国のトップレベルの教育を受けているエリートたちだ。ゴールへの道は近くない。

 

 

 

 

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