NHK BSスペシャル リアルボイス 「韓国 大衆食堂から韓国の本音が聞こえる」

【NHKのホームページから番組案内の引用】

  • 日本と韓国の間には従軍慰安婦問題や徴用工問題など、難しい問題が横たわる。日本の書店には嫌韓本が並び、韓国を「優遇措置の対象国」から除外する輸出管理強化措置がとられ、韓国では猛烈な日本製品の不買運動…、日韓関係は悪化の一途を辿る。そんな中、韓国の人々の「本音」を探るため訪れるのは韓国各地の食堂。地元の食材を使った特色ある料理を仲間と囲みながら本音を語り合う場所で、両国関係の未来に向けたヒントを探る。【語り】宇崎竜童

https://www4.nhk.or.jp/bs1sp/x/2020-02-14/11/32453/3115800/

NHK HPのスクリーンコピー

デリケートな問題に真正面から取り組んだ番組があるんだなあと思った。

主は、今日の日韓関係を生み出した原因は、朝日新聞にあると考えている。朝日新聞は、慰安婦報道をねつ造だったと2014年に公式に謝罪したこと、これまでの村山、河野談話などの政府見解は、学者もそうだが朝日新聞が形成した世論の影響が大きいからだ。朝日新聞が自社の金で韓国に賠償すべきと思うし、自分で韓国と交渉してこいと言いたいくらいだ、そんな風に思っている。

だが、今回の日韓の問題は、韓国内の保守とリベラルの極端な対立、韓国人の儒教からくる潔癖性などの性向などがあると思う。しかし、なにより韓国人は日本に対して植民地支配への消えない恨みを持っている。ほぼ経済面では日本を抜いたと思っている韓国民は、いつまでたっても謝罪しない日本を許せないというのが、根底にありそうだ。

もちろん、日本人の一般的な考えは、韓国の賠償権は請求権協定で解決済みであり、個人賠償を日本に求めるのは国際法違反だというところにある。また、もし個人の請求権を認めると、韓国のみならず、中国や北朝鮮から何十万という請求が起こる可能性があり、到底認められないという事情もある。

しかし、慰安婦問題だけではなく、南京事件をはじめとする戦争責任自体の評価を政府が十分に行ってきたとは思えない。学者がそれぞれの立場で勝手なことをいうのは仕方がないことだとしても、そもそも太平洋戦争が侵略戦争だったのか、我々は総括された評価を教育されず、あいまいなままだ。毎年、終戦の8月には、日本が原爆投下の被害者だったという報道が大きくなされるが、侵略戦争をしたという観点からの報道は少ない。

WIKIPEDIAの日本の戦後賠償の項目を読むと、戦後賠償は複雑な外交交渉を経たことが分かる。中国はサンフランシスコ講和条約の対象にならず、賠償権を放棄したと書かれており、韓国は戦勝国ではないので、どちらにも、経済援助(ODA)の名目で支払って解決してきたはずだ。太平洋戦争は悪くなかったのか?

この番組を見た感想だが、韓国はアメリカ、中国を重視している(50%以上?)ものの、日本をまったく重視して(1%未満)いない。今回の日本側の輸出規制は、韓国が日本に頼っていた製品の内製化を促す良い機会と考えられている。大衆食堂で食事をする韓国人たちは、許せないのは日本人ではなく、日本政府だと多くが口にし、問題は政権同士のプロパガンダだと理解している。しかし、韓国人はすでに反日感情を露骨に表明することなく、むしろ、余裕を持って静観している。

もちろん、こうした韓国の姿勢の背後には、戦後の反日教育があり、日本が戦争の評価をあいまいな玉虫色のままに放置してきたことが大きいだろう。

「銃・病原菌・鉄」でピューリッツァー賞を受賞したジャレド・ダイヤモンドという生物学者のジャーナリストがいる。進化生物学の権威でもある彼は、「文明崩壊」、「人間はどこまでチンパンジーか?――人類進化の栄光と翳り」などのゼストセラーを次々に書いている。彼の近著「危機と人類」で、日本の過去の、明治維新と太平洋戦争後の復活を称賛する一方で、30年間成長できない現状にフォーカスし、「日本の危機」だとしてを取り上げ、日本の歴史観に辛らつな批評をしている。

この「危機と人類」のアマゾンの読者レビューには、次のように書かれている。

  • 「(ジャレド・ダイヤモンドは、)日韓併合は非道な行いと捉え、南京大虐殺の被害者が数十万人いて、写真にしっかりと記録されているとし、朝鮮や他国の女性を性奴隷にし、多数の朝鮮人に対し事実上の奴隷労働を強要したと叙述しているが、反日新聞をソースとしたのか、韓国の新聞をネタにしたとしか思えない。日韓請求権協定や日韓慰安婦合意についての言及はない。それでいて誠意ある謝罪がないとも言い、韓国の主張を丸呑みしている。ホロコーストについてはドイツは謝罪をしたが、賠償に応じていないことも無視している。 歴史家として失格だ。朝日新聞は英文で慰安婦事件の訂正文を出すべきだ。

主は、この読者と同感なのだが、ジャレドダイヤモンドのような、世界的にもっとも影響力のあるジャーナリストさえ、このように書くという事実に驚く。日本人の平均的な意見を踏まえたうえで、彼の著作に正しく反映されているとはとても思えない。外国からは、日本人の考え方とは全く違う、日本に対して否定的な捉え方が一般的にされているではないかと思う。

韓国では、若者の失業率が10%を超え、経済運営も失敗していると日本では報道されることが多いが、文在寅大統領が4月に再選される可能性がないとは言えないだろう。主は、文政権が政権から落ちて、野党が政権をとることを望んでいるが、それにもまして、日本の政権は慰安婦を始め、徴用工についても、南京事件についても、朝日新聞ともども、歴史の再評価と見解を、外国に対しても、自国民に対しても改めて表明すべきだろう

おしまい

 

82年生まれ、キム・ジヨン (追記:2019/12/30)

「82年生まれ、キム・ジヨン」(チョ・ナムジュ 斎藤真理子訳 筑摩書房)を読んだ。

最後に、アマゾンのコピーを貼り付けたので、概要はそちらを見ていただけるとありがたい。以下は主の感想である。

文大統領が登場し、慰安婦問題に加え徴用工賠償の判決が出て以来、冷え込んだ日韓関係は、似た者同士の近親憎悪、内ゲバではないかと思っていたが、韓国は日本とは異なる根深い問題を抱えていると初めて知った。もちろん、日本女性が置かれている立場を考えると、欧米など先進国から比べるとはるかに劣悪だが、韓国はもっと悪いのではないかと感じた。

韓国の大学進学進学率は、男女とも80%を超える。大学に入っても、日本の大学生ように遊び惚けることなく、不景気もあり、良い就職に向けてずっと努力を続けている。父親世代の中高年はリストラを迫られ、若者には良い就職口がほとんどない。法的に男女平等を建前のとする社会だが、実際のところ(儒教社会で)出来ない男たちでも優遇され、家庭でも女である母親、娘たちは、男である父、息子たちを、食べもの、教育などあらゆる面において優遇しないとならない。

女は、社会に出て男より実績を残しても、安い給料しかもらえない。おまけに、年頃の娘が電車に乗れば痴漢に会い、会社では、自分の会社、取引先と昔ながらのセクハラが横行している。会社で、女子トイレの盗撮事件が起こり、その映像を知った男の社員たちは、それを告発することなく、社員同士で映像を共有していたことが発覚する。警察に取り調べを受けた男性社員たちは、女子社員たちの気持ちを考えるどころか、保身だけを考えている。うわべはフェミニストのように見える男は、過去に他の男と付き合った女を「他人が、噛んで捨てたガム」と喩える。息子を生まなかった嫁は、周囲から評価されずに絶望する。育児に疲れた母親が150円のコーヒーを公園で飲んでいたら、近くにいた男のサラリーマンたちに、「夫の給料で暮らして、公園でのんびりコーヒーを飲みやがって!『害虫』が」と罵倒する声が聞こえてくる。

世界中で、#METOOとか言っているときに、日本で#KUTOO(靴が苦痛)といっているようでは、日本は遅れていると思っていたが、女性のおかれている立場というのは、この本が示しているように、程度の差こそあれ、普遍的な問題があるのかもしれない。

アフリカでは、ISISやボコハラムなどが、人さらいしてきた若い女性を兵士と強制結婚させ、中近東では、顔写真をつけた女性をアプリで人身売買をしている。インドでも21世紀と思えないような悲惨なことが起こっているみたいだ。欧米などの先進国などでは、そこまでの虐待や殺人に近いことは少ないのかもしれないが、有名人や金持ちが、少女たちをレイプしている記事に類するものは山のようにある。

180度話が変わってしまう!が、女優の剛力彩芽さんは、前ZOZOTOWNの社長前澤友作さんとごく最近別れたのだが、その破局の原因と思われる、前澤さんが秘書の採用面接にやってきた女性を口説こうとした様子が週刊「文春」に載っていた。こういう生々しい文章が暴露されることは昔ならなかなかなかったはずだが、現代はこういうことが簡単に起こるのですね。

「82年生まれ、キム・ジヨン」は真面目なテーマで、前澤さんの方は笑えないドジな話で、軽々しく比較すべきではないかもしれない。

「82年生まれ、キム・ジヨン」は、社会が男女平等を謳いながら、実は男の都合のいい時にだけに男女平等で、その裏には欺瞞が充満していて、相変わらず女のみが、育児や家事を含めて重労働に明け暮れている。ところが、お金や権力のある前澤友作さんのような男を、非難する資格は男にはない。男全員が、前澤さんのようなお金と権力を持つなら、同じになってしまう性質を持っているからだ。前澤さんを非難可能なのは、女のみだ。

つまり、男女平等といっても、生物学的な差があり、1回の射精で1億匹以上の精子を放出する腕力のある男と、一生に最大産める子供の数が数人のか弱い女性では、遺伝子を残すための戦術が違ってくる。

つまり、現代社会では、イスラムや未開の民族を別にすれば、一夫一婦制が宗教、法律や倫理における最優先の枠組みだ。これとて、キリスト教などの宗教などがルーツであり、人類の歴史から見るとその歴史は浅い。子の成長には10年以上の長い年月が必要で、子を育てる女性は、男の協力か、社会の協力が必須だ。他方、産める子の数に限りがある女性にとっては我が子を殺されることは遺伝子を残する機会を失うことだ。

こうして何人でも子供を作れる男と、そうでない女が平和に共存するには、一夫一婦制が多勢が満足できるという折り合いの意味から、近年の宗教や民主的な倫理観が発達したのだろう。

人類がアフリカで誕生してから700万年。ホモサピエンスが登場して5万年。農耕がはじまったのが、1万年前。宗教や書き言葉が登場したのは、わずか数千年の歴史だ。ほとんどの時代において、一部の有力な豪族や部族が、残りの民の生殺与奪の権利を気ままに握っていたはずだ。今のような、一夫一婦制や女性参政権をはじめとする民主的な社会の成り立ちができたのは、せいぜいここ100年、男女同権に限っては50年ほどだろう。

このため、夫婦の形は、雑婚や一夫多妻婚の時期の方が、一夫一婦制の時期より長いと考えるのが自然だろう。なぜなら、男のなかには、多くの獲物をとってこれない男がいたはずで、女はそうした男の遺伝子を残そうとはせず、獲物をいっぱい取ってくる優秀な男の遺伝子を残したいと思っただろう。また、既に子供を産んだ女性が新しい夫と暮らす社会では、後の夫は往々にして、自分の存在を脅かす前の夫の子を殺すことが起こる。

誰が夫か妻か区別がつかない雑婚の社会では、こうした子殺しを避ける意味から、進化の過程で、女性は排卵の時期を隠すようになったという説がある。つまり、つねに男を受け入れることで、回りの男たちに子供の父親である可能性を残して、子殺しを避けたというのだ。

つまり、動物学的なオスとメスで考えると、あちこちで種をまきたいオスと、優秀なオスの遺伝子を確実に残したいメスが、平和に暮らすためには、宗教や倫理の力を借りて、オスの気ままな欲望を押さえさせる一夫一婦制が、社会全体の成員の福祉を一番大きくすることを考えると一番良い。しかし、人間の歴史の中で、動物のオスの欲望はなかなかコントロールできず、特に現在でも、金持ちや権力者にそれを望むのは難しい。

一方で、女性自身もこれまでの倫理観に囚われず、不倫をするようになったという現実もある。ただし、この小説「82年生まれ、キム・ジヨン」のテーマは重く、男が作った社会の欺瞞がいつになったら消えるのだろうかと主は途方に暮れる。

—-追記:2019/12/30—-

最近、堀江貴文氏のYOUTUBEをよく見ている。その番組の中で、司会者に日韓問題を問われて、彼がコメントをしていた。色々な角度でセンシティブな問題なので注意して発言していたが、面白いことを言っていた。曰く、「韓国は、整形大国なんですけど、他では考えられないくらい『清廉潔白』を求められる国なんですよ。だから、悪いとなったら、徹底的に叩かれる。自分の国で生きていけないくらい叩く。K-POPの歌手が自殺したけど、彼女も韓国で再起できずに、日本で活動しようとしていたんですね。SNSの罵詈雑言なども、凄いらしいみたいですよ。だから、気の弱い人はそれだけで生きていけなくなる。」

主が、この本を読んだときにはそういう風には感じなかったが、たしかに日本以上に韓国社会に「キツさ」があることを感じた。男女とも大学進学率が80%以上あり、大学に入っても真剣に就職に向けて努力し続けるというのは、いくら不景気になったといえ、日本にはないだろう。日本の大学の本質は、プレイランドだ。そう考えると、日本人にもいいところがあるのかもしれない。(ホリエモンは、炯眼なので「日本の座学の教育は、従順な人間を育てるだけで意味がない」とでかい声で言っている!)

慰安婦問題は、朝日新聞がすでに事実無根と謝罪した、でっち上げが大いに影響していると主は思う。徴用工の問題は、日本政府が植民地支配は合法だったとの立場から、賠償名目ではなく経済援助名目で支払いをし、植民地支配を非合法と主張する韓国政府は、不法行為による植民地時代の個人請求権は消滅していないとのロジックらしい。日本政府は、植民地支配が合法だったか非合法だったかにかかわらず、「請求権は解決済み」と請求権協定に書いてあると主張している。朝日新聞は、例によって大衆迎合シンパシー的な記事で左派?進歩派?の読者を掴む記事を書き、韓国は与党・野党とも、国民の結束に都合の良い材料として使っているように見えて仕方がない。

何より、あまり大きな声でテレビでは言わないが、徴用工は、韓国以外にも、北朝鮮や中国に同じ境遇の徴用工が何十万人もおり、日本政府は最初の堤防が壊れることを意味し、何としても譲れない。

バランスをとるつもりはないが、朝日新聞の責任は大きく、「韓国へ行って交渉してこい!」と思う一方で、他の新聞を読む気になるかというとそうはならない。他は日本政府の広報紙に思える。

おしまい

 

 

 

  • 《以下、アマゾンのコピー》
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  • 韓国で100万部突破
    チョン・ユミ、コン・ユ共演で映画化決定
    社会現象を巻き起こした大ベストセラー小説
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    異例の大ヒットで、たちまち14万部突破!!
  • 「女性たちの絶望が詰まったこの本は、未来に向かうための希望の書」――松田青子
  • ひとつの小説が韓国を揺るがす事態に
    K-POPアイドルユニットのRed Velvet・アイリーンが「読んだ」と発言しただけで大炎上し、少女時代・スヨンは「読んだ後、何でもないと思っていたことが思い浮かんだ。女性という理由で受けてきた不平等なことが思い出され、急襲を受けた気分だった」(『90年生まれチェ・スヨン』 より)と、BTS・RMは「示唆するところが格別で、印象深かった」(NAVER Vライブ生放送 より)と言及。さらに国会議員が文在寅大統領の就任記念に「女性が平等な夢を見ることができる世界を作ってほしい」とプレゼント。韓国で社会現象にまで発展した一冊は台湾でもベストセラーとなり、ベトナム、アメリカ、カナダ、イギリス、イタリア、フランス、スペインなど18カ国・地域で翻訳決定。
    本書はもはや一つの<事件>だ。
  • ある日突然、自分の母親や友人の人格が憑依したかの様子のキム・ジヨン。
    誕生から学生時代、受験、就職、結婚、育児……キム・ジヨン(韓国における82年生まれに最も多い名前)の人生を克明に振り返る中で、女性の人生に立ちはだかるものが浮かびあがる。
  • 「キム・ジヨン氏に初めて異常な症状が見られたのは九月八日のことである。(……)チョン・デヒョン氏がトーストと牛乳の朝食をとっていると、キム・ジヨン氏が突然ベランダの方に行って窓を開けた。日差しは十分に明るく、まぶしいほどだったったが、窓を開けると冷気が食卓のあたりまで入り込んできた。キム・ジヨン氏は肩を震わせて食卓に戻ってくると、こう言った」(本書p.7 より)
  • 「『82年生まれ、キム・ジヨン』は変わった小説だ。一人の患者のカルテという形で展開された、一冊まるごと問題提起の書である。カルテではあるが、処方箋はない。そのことがかえって、読者に強く思考を促す。
    小説らしくない小説だともいえる。文芸とジャーナリズムの両方に足をつけている点が特徴だ。きわめてリーダブルな文体、等身大のヒロイン、ごく身近なエピソード。統計数値や歴史的背景の説明が挿入されて副読本のようでもある。」(訳者あとがきより)

「身体を売ったらサヨウナラ」 著者の鈴木涼美さんご本人からコメントを

「おじさんメモリアル」(鈴木涼美)につづき、「身体を売ったらサヨウナラ」の感想文を1週間前にアップした。驚いたことに、ご本人がツイッターで取り上げてくださりコメントをいただいた。それも率直で非常に長いコメントだった。ツイッターは140文字の制約があるため、実に11回!に分けてご本人が振り返りつつ分析されていた。お陰で、ビュワーの数が普段の10倍くらいになり大いに驚いた。

このようなお作法は良いのかどうか正直心もとないのだが、鈴木涼美さんの実際のツイートと主の返信、リツイートをコピーして、後半にアップさせていただいた。

おかげで、深く考えるきっかけを与えられたと思う。おそらく、女性の側からの体験をベースにしたこのような類書は極めて少ないと思う。AVやデリヘル、援助交際などを語った本は多数あるが、ほとんどすべてが男性の視点で書かれたバイアスがかかったものだ。その点、鈴木涼美が書くものは、さらに隠していることがあるのかどうかはわからないが、率直で正直に語っているように感じられ、新鮮だったのは間違いない。もっと、女性の視点が分からない男性の為にも、これから「夜の世界」へ行こうとしている女性への忠告としても、さらに掘り下げていってもらいたいと思う。

ただ、主が感じたことは幾つかあるので、以下に書いてみたいと思う。

順不同だが、最初に思うのは、鈴木涼美の経験の物語は、何と言っても恵まれている。「・・・さらに言えば、人間はポイント制なのであって・・」という彼女にしてみれば、学歴と顔面偏差値とFカップというポイントの高い私は、高い報酬をもらって当然と考えているのかと皮肉りたくなるし、現在、風俗関係の世界に乗り出そうという女性の環境は全く違うのではないか。

彼女は今33才で、15才のブルセラ売りに始まり、キャバ嬢、AV嬢となったわけだが、その間18年経っているわけで、景気はずっと長期低迷してきた。ようやく、デフレから脱出できるかどうかの萌芽が出てきたかというのがここ2、3年のことである。このデフレ脱出の芽の恩恵も、一部大企業の正社員に限ってあるかどうかという段階で、貧困層の低落傾向は少しも変わっていない。

AV出演料はずっと下がっていると思う。キャバ嬢の収入も当時と比べると、今ではずっと下がっているのではないか。それに大きな差は、鈴木涼美の場合、AV作品はモザイクの入った合法品だろう。インターネットによる海外経由、モザイクなしの裏ビデオの出演料は、1本5万円と言われる。この搾取100%の裏ビデオの深刻さは、鈴木涼美の苦悩とは異質なもので、個人の親バレ、会社バレにより社会的制裁を受けた生きにくさの問題というだけでなく、はるかに社会問題ではないか。社会からリベンジされても、文句をいうことができない。恋人によるリベンジポルノは、文句を言う相手がいるが、5万円で出演を承諾した裏ビデオは、自分で自分を切り刻んでいるようなものだ。せめて、大金が得られるのであれば逃げ道があるが、その道もないのではないか。

かたやで、食事デートだけで月50万円 NHKが若い女性の「パパ活」に迫ったという記事もあり、そうした現実もあるのだろう。しかし、多くの女性の売春(援助交際)のリアルな相場は、1万5千円~2万円あたりであり、鈴木涼美が本で書く値段(1時間5万円とかオショックス〔お食事とセックス〕6万円)とは雲泥の差だ。女性を買う男性の年収が2000万円で、1月に20日間働くとすれば、日給は8万3千円となり、彼にとって売春の相場は大した負担ではない。会社の経営者や役員であれば、もっと収入は多いだろうし、その場合、もっと負担感は少ないだろう。

そして、売春する側の女性の収入は1日に2人客をとったとして、3万円という計算になるものの、毎日コンスタントに客を見つけるのは難しいだろう。この場合はデリヘルなどの風俗の従業員として働くのだろうが、手取りは、客が支払う額の半分ほどにしかならない。このため、倍の人数を相手にしなければ収入にならない。確かに、パパ活や高級交際クラブなど、高額で昔と相変わらず囲われている女性もいるだろうが、格差が広がった今、地方から都市へ出てきた女子学生、正社員であっても賃金が低い女性、シングルマザーやフリーターなど、それぞれに事情を抱えた女性が、生活のために売春したり風俗で働く時代だ。こちらは、心理分析している場合ではなく、未曽有の不平等社会の被害者ではないか。

それに価値観や相場観のまったくない未成年がもっと安い対価で、身体を売っているということも聞く。SNSを使って出会い系へと繰り出す少女もいるはずで、ハードルは限りなく下がっている。

主は、「人間は弱い存在であり、頭(理性)を保ちながら、AV嬢になったり、ホスト狂いしたりはできないということだ。特に20歳未満ではそうではないか。セックスの手練手管がうまいのは、AV男優、ホスト、ヤクザが浮かぶ。AV出演に支払われる対価は、基本的に、魂を男優に奪われたふりをすることか、実際に奪われた姿を撮影されるところにある。キャバ嬢・風俗嬢として男たちから得た収入や、多額のAV出演料は、よくある話のように、ブランド品の購入と、シャンパンタワーの泡となってホストに貢いで消える。ホストは、『夜の世界』に生きる嬢にとって不特定多数の男に体を開いた空虚感や屈辱を、はたまた、お金で埋めてくれる存在ではないのか。」と書いた。

だが、鈴木涼美がツイッターでいうように、「魂を男優に奪われる」という表現はたしかに曖昧で、食い違っていたようだ。

主が、「魂を男優に奪われる」と書いた意味は、画面を見る多くの男が感じている(錯覚している)もので、単純だった。すなわち、見ず知らずの男との性交にエクスタシーを感じる、あるいは、感じたように見せる、篭絡される、篭絡されたように振舞うのは、人間の尊厳を奪われ、自分を失うことであり、魂を奪われることではないか、そういう風に捉えていた。ホストについても、お金で雇った恋人モドキだと思っていたのだが、違うのだろう。

つまり、女性の鈴木涼美の側からの思いは全く違うようで、ツイートは、AVの現場で働く人やホストは悪い人ではなく、むしろ魂を削って仕事をしているのは彼らだと言う。「魂を奪ったり汚したりするのはホストや男優なんていうものよりずっと大きいものだと思う。まず、男優さんってAV職人さん(制作スタッフさん)の一部という印象が強く、彼ら自身がある意味で魂を削って現場にいる当事者でもあり、とても私は彼らに魂を売り渡していたとは思えないんですよね。では売り渡した先は誰だったのでしょうね。AV業界?視聴者?もっと広い世間?どれもある意味では正解ですが、それほどピンとくる答えではありません。」

むしろ、彼女はツイッターに「奪われた魂は今どこにあるのかはよくわかりませんが、わたし自身は、それを嘆き悲しむというよりは、あの狂騒は一体何だったのか、どうしてあんなに苦しいほど惹かれたのか、1ミリでいいからわかりたい、という気持ちの方が少し強い。ので、色々なアプローチでその作業をしていきたいと思ってます。」と書く。魂を奪われたという感覚はなく、「狂騒」に駆り立てられたのは「一体何だったのか」と訝しがり、「苦しいほど惹かれた」理由が1ミリも分からないという感覚らしい。この理由は、本人のアプローチで見つけて発信してもらうしかないが、男が見ているものとは違うということだろう。

彼女は「おじさんメモリアル」で「100円玉で買えるぬくもりは100円ないと買えない」と面白い表現をしているのだが、結局、売り手の女(と仲間たち)と買い手の男が売買しているのは、同じようでも、双方で違って解釈されるものであり、値段分の「錯覚」や「幻想」のような気がする。

飛躍するが、生物学的に考えると、ヒトは隠れてセックスする動物であり、公然とセックスする動物であればAVという商売は成立しない。ゴリラやチンパンジーのペニスは3センチしかない。ヒトは、生殖だけの機能だけでない、不必要な長さのペニスやヴァギナを持つように進化してきた。子孫を残すという観点から考えると、発情期以外にセックスするという、無駄にエネルギーを消費する生物はヒトだけだ。遺伝子を残すというプログラムは生き物全般にインプリントされているのは間違いないが、そこに「快楽」という余剰を伴っているのはヒトだけだ。

この余剰は余剰ではなくなってきて、生殖よりも快楽の方が本来の目的のようになったのが現代だと思う。ヒトの歴史がアフリカではじまり700万年、文明がメソポタミアで始まってわずか7000年ほどだが、飢餓状態から脱したのは何百年か前、文化的な生活ができるようになったのは、ここ数十年前からのことだろう。

このセックス(結婚)の形態だが、一夫一婦制というのは明らかに歴史が短く、人類史から見るとごく最近のことである。何百万年の間、人間の性は試行錯誤を繰り返し、乱婚や一夫多妻などの時代を経ている。そうした中で、女性と男性にとっても、遺伝子を残したいという本能は同じでも、女性が一生のうちに産める子供の数は多くて10人だが、男性が産める数は、千人の子供を作った王がいるほど多い。この違いは次の矛盾を常にはらむ。男は遺伝子を残すため、広く乱婚し精子をあちこちへとばら撒きたい。女は、優秀な男の遺伝子を選んで残したい。ところが、ヒトの子供の養育には10年以上、庇護を必要とする期間を要するという問題、前提がある。

こうした長い歴史の中では、夫が他の男に殺されるということはしばしばあった。自分の遺伝子を残すという観点から、新しい男にとって、妻が産んだ前夫の子供を新しい夫が殺し、後に妻に自分の子供を産ませるのは正しい戦略となる。だが、この男の戦略は、子供を産める数に制限がある妻にとっては、許容できない。このため、生物進化学者のジャレド・ダイヤモンドは、ヒトの女性は排卵を隠すことで、子供が誰の子供かを男にわからなくし、男の性行為を普段から受け入れることで、男にとって子供が自分の子供だと思わせることで、子殺しを防ぎ、養育に協力させるという進化の過程をたどったと考えている。

この余剰を、不倫をしている男女やAV俳優だけが多く享受していると思われているならば、一夫一婦制で満足している、満足しているふりをしている大衆には、認めがたいし、許しがたいだろう。なにしろ、一夫一婦制は歴史がごく浅く、我々の本能に染みついているというより、教育で刷り込まれた(共同幻想の)効果に頼っているだけであり、人間の長い歴史の生物としての本能が、時として顔を出す。そうした抑圧された気分が隠されている限り、AV嬢に対するバッシングは続くだろう。そしてそのバッシングは、出演料の中に対価として含まれているのだろう。だが前に書いたように、希少性が薄れたことで、対価が見合っていないほど安くなった今、出演者の女性は後悔先に立たずで哀れな気がしてならない。それを利用する側も心無いが。

いや、この結論は男の論理であり、女性にとってはいくら対価が安くても、AV出演自体は、後悔などするという性質のものではないのかもしれない。後悔するのは、社会からリベンジされた場合だけということなのかもしれない。

思いっきり歯切れの悪い結論になってしまったが、 おしまい

 

→魂を奪ったり汚したりするのはホストや男優なんていうものよりずっと大きいものだと思う。まず、男優さんってAV職人さん(制作スタッフさん)の一部という印象が強く、彼ら自身がある意味で魂を削って現場にいる当事者でもあり、とても私は彼らに魂を売り渡していたとは思えないんですよね。

→では売り渡した先は誰だったのでしょうね。AV業界?視聴者?もっと広い世間?どれもある意味では正解ですが、それほどピンとくる答えではありません。ブルセラでパンツを買ったのはマジックミラーの向こう側のおじさんたちですが、わたしの魂を奪ったものがあるとしたら、彼らだったのでしょうか?

→それは主さんの言葉を借りれば私がからめとられた夜の世界の吸引力とも関係する問題でしょう。確かに私は一般的な意味での善悪の区別や、越えるべきでない一線が見えなくなるくらいには、そちらの世界の価値観に侵食されていたと思うし、それは魅力と言うこともできるけど、罠や怖さでもあります。

→奪われた魂は今どこにあるのかはよくわかりませんが、わたし自身は、それを嘆き悲しむというよりは、あの狂騒は一体何だったのか、どうしてあんなに苦しいほど惹かれたのか、1ミリでいいからわかりたい、という気持ちの方が少し強い。ので、色々なアプローチでその作業をしていきたいと思ってます。

「AV女優の社会学」のようなストレートな論文アプローチが届く箇所もあれば、ひたすら空気感を再現しようとした「身体を売ったら〜」が届くこともあると幾ばくかは信じます。「愛と子宮〜」「おじさんメモリアル」のように親や客なの女の子の内面以外の周縁から攻めるのも私としては面白い作業です。

もちろん、ヤクザ的なものに騙されただけ、と言ってしまえる部分もありますが、それだけで自分がピンとくるほど説明できないところがまだある、というのが一つの執筆動機であるわけです。最初の撮影の次の月に、事務所の二階で手渡された90万円の封筒の重みは何の重みだったのか。

その答えは毎秒変わります。可愛いから100万円もらえると思った時期も、勇気があるから100万円もらえると思った時期も、一生「元AV女優」としてしか生きるのを許されないことに払われたとも、親を傷つける代償と思った時も、彼氏に殴られることへの100万円だったと思ったこともあります。

少なくとも、私は私があの日に事務所の二階で桃の天然水のペットボトルを灰皿にしながら片手で100万円受け取ったことで、今、自分を愛してくれたり自分が傷つけたくないと思ったりする相手に、嫌な思いをさせたり恥ずかしい思いをさせたり悩ませたりするかもしれないという事実と共に生きています。

その事実は忘れた瞬間に思い出されるし、常に思っているようでしょっちゅう忘れてますが、そういったことへの責任として気づいたことは書き留め、書くことでまた考えることはやめないでいようと思ってます。私が今いる場所は、当初の能天気な私が想像していたよりも厳しいけれど、意外と幸せだし、

自分の記憶を起点にして何か言葉を探していく人生は、それほど辛いことではありません。 今の所、AV出たいんです、と相談してくる後輩たちに対して、それを引き止める言葉を私は持っていません。10年後の彼氏に、ごめんねって言いながら出なね、くらいは言えるけど。

 

 

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