グールド リマスタード – The Complete Columbia Album Collection

今年9月11日、グレン・グールドのコロンビア時代の正規録音81枚のLPが、リマスターされ、CDで発売された。これが、実に素晴らしい音なのだ。同時に、1955年版と1982年版ゴールドベルグ変奏曲のレコード!が再発売された。また、12月にUSBメモリーに入った24bit、44.1KHzのハイレゾ・バージョンも発売される予定だ。

グールドが亡くなって33年が経つのだが、これらの発売は、彼の人気が如何に未だ衰えないかをよく表している。

このコレクションは、グールドがコロンビアマスターワークス(のちにCBSマスターワークス)に発売を許可した正規録音をすべて含んでいるグールドは、1955年1月のアメリカニューヨーク、タウンホールでのデビューの翌朝!に、コロンビアレコードの重役オッペンハイムに専属契約を申し込まれる。これに従い契約を結ぶのだが、生涯他のレコード会社へ移籍をしなかった。同年にバッハのゴールドベルグ変奏曲を初めて録音してから、2度目のゴールドベルグ変奏曲を再発売すると同時に亡くなる1982年まで、ずっとコロンビアからレコードが発売された。最初の5枚目までは、モノラルのLPレコードだった。若い人のために説明すると、当時のレコードは、直径が30cmの溝が切られた黒いLP(Long Play)と呼ばれる円盤で、ターンテーブル上を1分間に33回転し、レコード針がその溝を擦りながら音を拾い上げるというアナログな仕組みだった。録音技術は徐々に進歩し、6枚目からステレオで録音されるようになり、1980年以降の5枚は、現在のデジタルであるCD規格で録音された。

このリマスターは、レコードを製造するために使用した既存のアナログ・マスターテープを、現在のDSD(Direct Streaming Digital)というデジタル技術で置き換えるものだ。このデータをもとにCD規格に再変換している。同時にリマスターしたデータから、何とLPレコードでも発売された!!最近、先祖返りのブーム(懐古趣味)で、レコードが見直されているのは確かだが、新発売するというのは凄い。

このCD、ハイレゾUSBとアナログレコードの発売だが、前述したとおりアナログ・マスターテープをDSD方式でサンプリングしたものを使っている。DSDというのは、CDの高音質バージョンであるSACDプレイヤーで使われている録音方式だ。今では、この方式にもSACD以上の高品位規格があり、こちらはメディア(円盤)ではなく、インターネットのダウンロードにより、手に入れることになる。12月に発売されるUSBのハイレゾは、ハイレゾと言いながらCDの規格が16bitのところが24bitになっただけで、同じPCM規格であり、非常に良いというわけではない。ところが、DSDは録音方式自体がPCMとは違い、自然に近い音だと言われている。これの意味するところは、今回リマスターされたもっとも高音質なDSDのオリジナルデータは、まだ発売されていないということだ。こちらの発売もやがてあるだろう。早く売れっちゅうねん。

残念なのは、バッハのフーガの技法のピアノ版やイタリア協奏曲の新録音などが含まれていないこと。逆に、CDショップでは手に入らない「20世紀カナダの音楽」と題するモラヴェッツやエテュの作品、R.シュトラウスの≪朗読とピアノ伴奏のドラマ≫「イノック・アーデン」やヒンデミットの「金管とピアノのためのソナタ全集」などこれまで聴いたことがない曲を初めて知ることができた。これら正規レコード81枚分が、良い音で蘇ったというのは非常に大きい。どの曲を聴いても、素晴らしい。びっくりする。やはり、最低限この程度の音で聴かなくては良さが伝わらない。

下が、 CDで発売されたもの。24,000円。CD1枚あたり300円と考えるとバカ安だ。CD81枚だけでなく、24cm×24cm大の立派なブックレットがついており、当時のジャケット写真とライナーノーツと解説(すべて英語)が載っている。早期購入特典ありとなっているものには、日本語の小冊子がついている。また、初めて見るグールドの写真も多く、非常にお買い得だ。

グールドリマスター(CD)

こちらは、12月発売予定のUSBハイレゾ・バージョン。53,000円。FLAC形式のものとMP3形式のもの2種類が入っている。インタビュー3枚分が含まれていないので、78枚分ということになる。

グールドリマスター(USB)こちら2枚がアナログレコードで発売されたゴールドベルグ変奏曲。上が1955年、下が1982年盤である。あー、懐かしい! 昔は、30cm×30cm大のジャケットを眺めたり、ライナーノーツを読みながらレコードを聴いたものだ。(写真はいずれもアマゾンから)

ゴールドベルグ1955(LP)

ゴールドベルグ1981(LP)

 

 

 

クラシックに狂気を聴け

主は、なぜクラシック音楽を聴くか? ほとんどカナダ人ピアニスト、グレン・グールドしか聴いていないが、クラシック音楽を聴いているという意識はない。貴族趣味でクラシックを聴いている意識はもちろんなく、単に音楽を聴いているという意識のみだ。なぜ、グールドのみを聴くかというのは、彼の音楽が、あらゆる音楽の中で最も刺激が強い考えているからだ。

ところで、ブログのタイトル「クラシックに狂気を聴け」は、森本恭正さんの「西洋音楽論」(光文社新書)の副題からとっているのだが、この本はさまざまな観点で示唆に富んでいる。森本さんは、1953年生まれの作曲家・指揮者でヨーロッパで活動されている。

ヨーロッパ音楽であるクラシックは、破壊と創造の超克の長い歴史があるが、今クラシックと呼ばれる音楽も、初演された当時は時代の先端を行くものだったはずだ。中世の音楽に始まり、ルネサンス、バロック、古典派、ロマン派、現代曲へと音楽史は進み、様式は進化していくのだが、その時々において最新曲だった。だが、古い様式が破壊され、新しい様式が創造されるにつれ、古い様式は「クラシック」になっていく。ロマン派には、シューベルトやシューマン、ブラームスなどがいるが、彼らはひとつ前の古典派のモーツアルトやベートーヴェンの音楽の様式を壊し、新しい様式を創造してきた。だが、このロマン派の作曲家は、シェーンベルグなど現代曲の作曲家に乗り越えられる。現代曲は、新しく12音音楽や無調の音楽となって久しい。

この過程を、進歩というのは間違いではない。だが、現代の作曲家にとって、すべて新しいことはやりつくされており、何をやっても新しいものがない、知っているという状況まで辿り着いてしまった。進歩の功罪は半ばし、現代の「クラシック」は停滞してしまい、黄昏ている。コンサート会場では、過去の遺物を繰り返すのみだ。

この本の中で作者の友人の著名ヴァイオリニストが、ブラームスのヴァイオリンコンチェルトを題材に、現代のクラシック音楽の置かれている現状を語るくだりがある。「・・・胸がどきどきして、息苦しく、思わず大きく深呼吸したくなる様な、あの、震える様な興奮を、私達はブラームスの音楽に忘れてきてしまったのではないでしょうか。否、ブラームスだけではありません。現代まで生き残ったクラシックの作品には恐らく、すべてあるのです。信じがたいようなあの興奮が。それらがすっかり忘れ去られて、クラシックといえば、敬老会の為の音楽のようになってしまった。・・・」

そうなのだ。今のクラシックは、本来のみずみずしさを失い、骨とう品を有難がっている敬老会のようなものだ。

森本さんは書いている。音楽史において、フランス革命以前、音楽は、一部貴族のものだった。だが、フランス革命後に女性を含む一般市民の手にも渡った。この端境期を生きた作曲家がベートーヴェンであり、「革命の中から生まれ、旧体制社会の決まり事の殻を叫びながら破いているのが、彼の音楽の本質」だという。ベートーヴェンに続くロマン派の作曲家たちの本質は、「狂気」だという。「今までの規範、世間の常識では計り知れないもの、人智の遠く及ばないもの、想像を超えるほどの狂気」である。ところが、現代の演奏家はこれを表現せず、敬老会の出し物へと骨抜きされている。

話が変わるが、すべての西洋音楽はアフタービート(一拍目に弱拍、二拍目に強拍がくる。ワンツーワンツーで、ツーが強い)だと言っている。一般にジャズやロックがアフタービートといわれるが、クラシックも弱強弱強のアフタービートだというのだ。「スウィングしないクラシックなんてありえない」。日本の音楽教育では、こういう風に教わらないのだが、クラシックもジャズやロック同様、アフタービートであり、これが曲進行の推進力になっているという。

同じようなことだが、ヴァイオリンの弓を例にあげて、すべてのヨーロッパ音楽は、音が出る一瞬前に弓が撓む(たわむ)瞬間があるという。弓を下げながら音を出す一瞬前に、弓を上にあげる動作があり、それを「撓む」というのだ。この一瞬の準備は、日本にはないという。日本では、動と静、或いは静から動への突然の移行がある。しかし、ヨーロッパ音楽では、このような突然の移行はないという。

2010年のショパンコンクールで、審査員が「アジア系の参加者の演奏は音楽を何も感じず、ただ上手に弾いているだけ。頭で考えるのでなく心で感じてほしい」と語った。このコンクールでは81人中17人が日本人で、アジア系といわれたのが誰のことか明白だ。こうしたことは、何十年も前からヨーロッパの音楽大学のレッスン室、演奏コンクールの審査員室で囁かれてきたのであるが、公式の場でとうとう言われてしまったということだ。

たしかに現代の演奏において、技術的なレベルや楽器の性能は高くなっているのだろう。オーケストラもピアニッシモではより繊細な音を出し、フォルテッシモでは爆発的に大きな音を出す。だが、何かがつまらない。オーケストラの団員の多くはあまりの大音響にさらされるため、耳栓をしながら演奏をしているという。きっと何かが、本末転倒している。

ところで、この本を読んで正しいクラシックの聴き方を教えられた。この本には、ロマン派の音楽を聴くなら、それ以降の音楽の存在を忘れることだと書かれている。バッハを聴くなら、モーツアルトやベートーベン以降の存在を忘れること、そうすることで「狂気」が見えてくる。「新発見」がある。

ちょうど今月、グレン・グールドのコロンビア時代(今はソニーレーベル)に出された81枚の正規録音がリマスターされ、発売された。グールドの没後33年にあたるが、人気ぶりがわかる。このリマスターはDSDでサンプリングされており、非常に高音質だ。これを良いステレオ装置を使い、良い音でじっと集中して聴くことだ。音楽に耳を澄ます、それ以外の作業は、勿論何をしてもだめだ。

ただし、グールドなら話は別かも知れない。グールドは「日常生活でも聖徳太子のようなアネクドート(逸話)が伝わっている。人と会話をしながらベートーヴェンの楽譜を勉強し、電話をしながら雑誌を熟読し、シェーンベルグの≪組曲作品23≫を譜読みしながらAMラジオでニュースを、FMラジオで音楽を聞くことができる、等々。」(グレン・グールド 青柳いづみこ)と書かれているくらいの対位法的(マルチタスク)人間なのだから。だが凡人には、主には、とうてい無理だ。

 

 

 

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