ベートーヴェン・ピアノソナタ”テンペスト”聴き比べ 辻井伸行 vs グールド vs グルダ 

辻井伸行(29歳・1988~)は、2005年(17歳)にショパンコンクールで批評家賞、2009年(21歳)にヴァン・クラインバーン国際ピアノコンクールで優勝した。この優勝は、全盲のピアニストであることもあり大きく取り上げられ、お母さんがたいそう喜ばれていたのが印象的だった。父親は産婦人科医である。元アナウンサーのお母さんが、全盲の我が子を案じながら、音楽の才能に早くから気付き、英才教育を施した。やがて、猛烈なステージママとなり、有名コンサートの優勝に向かって二人三脚で努力してきたNHKの放送を見た記憶がある。

主は、辻井伸行が、お師匠さんの手ほどきした弾き方を目が見えないため単純になぞっているような印象を放送から持っていた。このため彼の演奏は、完全に「聴かず嫌い」だった。ただ、彼の出すピアノの音色は、シャープで澄んだ綺麗な音だとは思っていた。

だが、たまたまピアノ好きの知人から、ベートーヴェンのテンペスト、ショパンの英雄ソナタやムソルグスキーの展覧会の絵など、とてもいい演奏だということを聞いた。実際にYOUTUBEで聴いてみたら、他の日本人ピアニストとは異質のレベルの高さだとすぐに気が付いた。

コンサート情報などが載っている雑誌を主はよく見るのだが、辻井伸行のコンサート情報は全然宣伝していない。多分、宣伝する必要がないほどに売れているのだろうなとは思っていた。クラシック人気が凋落して久しいが、レンタルCDショップでは、辻井伸行のCDはほとんど並んでるのではないかというほど多数のCDが並んでおり、彼の人気ぶりが窺える。

実際、チケットの売れ行きはすさまじいようで、東京や大阪などの都会ではすぐに売り切れ、プレミアをつけてネットで転売され、地方公演ならやっと取れるかどうかという状況だ。また彼は、毎週のように全国をコンサートツアーで巡っている。コンサートのプログラムを見ると、作曲もするようで、自作曲が相当含まれる。グールドファンの主としては、グールドがコンサートツアーが嫌でツアーを引退し、スタジオに籠った経緯があるので、辻井伸行が全国ツアーをいつも巡っていると音楽生命を消耗してしまうのではないか心配になる。

さて、世界の巨匠(グレン・グールド(カナダ・1932-1982)とフリードリヒ・グルダ(オーストリア・1930-2000))と比べるのはちょっと無理があるとも思うが、ベートーヴェンのピアノソナタ17番”テンペスト”の第3楽章の録音で比べてみたい。いずれもYOUTUBEからリンクだが、この第3楽章は、とっつきやすい曲で、非常に聴きやすく心地よい。

なお、グールドの演奏は、1960年10月にCBCテレビ(カナダ放送協会)で放送されたものと思われる。約60年前のものであり、白黒だし録音状態が良くない分不利だ。別にレコードでは、1971年8月に録音したものが発売されており、こちらはかなり録音が良いのだが、YOUTUBEにはアップされていないようだった。フリードリヒ・グルダの演奏は1968年にアマデオというレーベルから発売されてたもので、こちらもかなり古い。辻井伸行の演奏は、2012年の録音なので、他の二つとは完全に異質の録音のレベルだ。最近の録音は、iPodなど安い機器で聴いても十分に美しい音がする。

まずは、辻井伸行から。彼の演奏を聴いて驚くのは何といっても、曲全体の構成がしっかりしていて、それを貫き通す力があるところだろう。日本人のピアニストの場合、一定の意図したテンポを守れないことが多い。もちろん好きなようにルバート(自由にテンポを変えること)していいのだが、自己陶酔だけではリスナーは不愉快だし、ましてテクニックがないためにリズムが揺れてしまうとすぐわかる。その点、辻井伸行はテクニックに裏打ちされた構成力を見せる。また、曲の表情の変化のつけ方もうまい。強弱、レガート、ノンレガートなど弾き方を意図しながら自在に変え、聴くものを飽きさせず愉しませる。アーティキュレーション(フレージング)も自然で、正統派の弾き方なのだろうと思う。

次は主が一番好きなグレン・グールド。録音が古く、おそらくモノラル録音で、小さい音量で録音されているのが残念だが、グールドの力量は十分に分かる見事な演奏だ。この曲は、バッハ以前の曲のようにポリフォニック(複旋律的)ではないが、彼の演奏は、高音部のメロディのみが目立つ演奏とは違い、他の声部も同様に存在感がある。メロディーと伴奏ではなく、複数のメロディーが入れ代わりながら、並走するところに妙味がある。このために、「低音部を強調しますね」と評される。正確なリズム、一音一音の粒立ちの良さ、コントロールされた強弱、10本の指のレガート、ノンレガートの弾き分け、慈しむようなタッチ、決して爆発し暴力的にならないフォルテッシモ。グールドを普段聴いていると、他のピアニストの演奏は、「乱暴!」とか「楽天主義!」「単細胞!」という風に感じてしまう。

グールドのタッチは、フィンガータッピングという特殊な奏法だ。指が鍵盤を押さえた時に、力を抜くと指は自動的にバネのように戻ろうとする。この反作用を徹底的にチリ人ピアニストのゲレーロに叩きこまれ、先生のレベルを超えたのがグールドだ。だが、この奏法は爆発的な大音量を出せない。現代奏法、特にロマン派の曲の演奏では、この爆発する大音量のフォルティシモは、ピアニッシモとともに不可欠な奏法だが、グールドには出せないものだ。これがグールドがロマン派の曲をほとんど演奏しない大きな理由だろう。

最後にフリードリヒ・グルダ。このピアニストは、裸でステージへ上がったり、ジャズへと走った時期もあるため、格調高いクラシックファンには好かれないのだが、オーストリア生まれで生粋のウイーン正統派どストライクの音楽家だ。ジャズに走ろうが、自作の現代曲をやろうが、どんなに崩しても、体の奥底にはクラシックウイーン正統派の精神が流れている。この流れるような美しい演奏は、何といってもピカイチだ。

だが、やはり高音部のメロディーとそれを支える左手の伴奏という感じがしてならない。また辻井もそうだが、フォルテッシモでは、グールドにはない爆発するような強音を出すことができる。指を鍵盤へと叩きつけるので、表現のダイナミックレンジ(強弱の差)が大きい。ただし、強弱の烈しさによりドキッとさせられ、感動し、美しく聴きやすい。

時代がポリフォニー(複旋律)からモノフォニー(単旋律)へと移ったように、われわれの耳はメロディーと伴奏・和音の組み合わせが聴きやすいのはたしかだ。だが、ジャズバンドのようにいろんなメロディーを同時に聴くのは、メロディーの丁々発止の掛け合いが喚起する非常に楽しい感覚だと思うのだが・・・

おしまい

 

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