MMTを批判する人たちが見ようとしない点 その2 反論編 《貨幣理論と通貨発行益の違い》

(2022/7/30 長かったのでこのトピックを分割しました)

《自称経済評論家》の主のコメント

ここから《自称経済評論家》のコメントを述べてみたい。最初は、現在の主流派経済学である新古典派の教科書に載っている、信用創造と通貨発行益を見ていく。

まず、新古典派経済学者たちが間違ったのは、金本位制度から管理通貨制度へ、固定相場から変動相場へ移行したにもかかわらず、貨幣観を改めなかったことにある。

新古典派経済学で説明される信用創造(Money Creation=通貨発行)は、下のように説明される。つまり、銀行が、顧客から預かった預金を連鎖的に貸し出しを繰り返すことで、お金(預金通貨量)が増えていくしくみをいう。 これを管理通貨制度になっても変えなかった。

《まずは、新古典派の貨幣理論、乗数理論と通貨発行益とは》

1.《乗数効果による通貨発行》

以下が、新古典派の乗数理論による信用創造である。出典は、https://www.findai.com/yogow/w00321.html 「金融大学」から引用させてもらった。

(https://www.findai.com/yogow/w00321.html 「金融大学」から引用)

新古典派経済学の信用創造(通貨発行)は、預金者の預金に見合う法定準備金を日銀当座預金に市中銀行が預け、残りの額を連鎖的にいろんな市中銀行が貸出すことで、100円の預金が、1,000円の貸し出しを生むという。これを信用乗数という。この例は、法定準備率が10%の場合なので、現在の準備率は2%で考えると、もっと莫大な貸し出しを理論的には生める状態にある。

参考に付け加えると、今の日本の準備通貨制度は、黒田総裁の異次元の金融緩和により、以前に100兆円程度だった準備預金=日銀当座預金が、500兆円ほどに膨れ上がっており、準備預金制度は有名無実化している

2.《通貨発行益》

もう一つ、通貨発行益(シニョリッジ)という考え方を紹介する。新古典派経済学では、造幣局が発行するコイン(硬貨)と、日銀が保有する国債や貸付金が生む利子のみを、通貨発行益というのが一般的だ。下が、https://gentosha-go.com/articles/-/6487 佐々木 浩二さんの記事から引用したものだ。

https://gentosha-go.com/articles/-/6487 佐々木 浩二さんの記事から引用

この説明によると、日銀のバランスシートの「負債に計上される銀行券と日銀当座預金はほぼ無利子であり,資産に計上される日本国債や貸出金は有利子です。通貨を発行する日本銀行の利益は,無利子の負債の見合いに有利子の資産を持つことから生じます。」と書かれている。

 また、通貨発行益については、造幣局が発行するコインは、政府や日銀の「負債」ではなく、鋳造費用を差し引いた金額が「利益」になる。同様に、日銀が保有する国債は利子を生むので、利子が「発行益」だと説明する

《MMTが考える信用創造と通貨発行益について》

一番端的に違う点は、国債は一般的に「負債」と表現されるが、政府は、民間と機能が根本的に異なっており、「負債」ではなく「資本」的性質と考えられる。つまり、返済の義務がないのである。

実際問題として、償還期限がきた国債は、借換債を発行することで繰り延べている。いつまで経っても償還していないのである。これはどこの国も同様である。経済の主体は、《国》と《民間(企業と国民)》と《海外》といわれるが、とにかく《国》の果たす役目は特殊で、《民間(企業や国民)》とは全く違う。

政府が発行する国債は、「負債」に位置づけられる。しかし、「負債」を消すために、一つの方法として、国民からの徴税額を増やして償還する方法がある。ただし、そうして「負債」を減らすと、消費税を増税した場合のように、市中で流通する通貨量が減り、不況を招く。

国の借金、国債残高という「負債」を、国の通貨発行で返済すれば良いというような発言を聞くことがあるが、これはあり得ない。簿記の考え方では、貸方にある「負債」を通貨発行という「負債」で消すことは出来ない。負債を消すためには、資産を手にしないと負債を消去できない。

金本位制であれば、通貨はそれに見合う金との交換を保証しているので、金の保有量以上に通貨を発行できない。ところが、世の中の技術進歩で経済が成長し、自動車、ロケット、人工衛星など過去になかった財が登場し、従来の貨幣価値では足りなくなった。もし通貨を発行できないのであれば、その財の対価を払えない。そこで金本位制を離脱した。

為替レートも固定相場から、経済の実力に合った市場で決定される変動相場制へ移行した。

この二つの作用で、各国は自由に経済政策をとることができ、しかも、それらの政策が市場で評価され、《見えざる手》が働くという需給理論はここに限っては正しい。国が放漫経営をすると通貨安を招き、輸入物価が上がり国民は苦しむ。ただ長い目で見ると、経済的に弱い国の通貨は、為替レートも弱くなるが、それが貿易面での交易条件を有利にし、時間が経つと経済が成長するベクトルが働く。

ところが、新古典派派経学の貨幣論は相変わらず通貨自体に値打ちがあるという。

新古典派経済学の信用乗数論の貨幣観は、準備預金を一定確保していれば、預金者全員が銀行へ引き下ろしにいかないという経験則を説明のよりどころにしている。

しかしMMTは、中央銀行も市中銀行もどちらもが、貸し手側は、「貸付金」という資産と「預金」という負債を負い、借り手側は、「預金」という資産と「借入金」とういう負債が生じることで、信用創造(通貨発行)しているという。つまり、無から有を生む》のがMMTの通貨発行の考え方だ。MMTの信用創造では、会計学的には違うが、全額が通貨発行益と言えるかもしれない。

具体的な例を挙げる。マイホームのためにAさんが銀行ローン3000万円を借りるときのことを例に挙げて説明する。銀行がAさんにローンを実行するとき、銀行は「貸付金3,000万円」という資産を持つと同時に、「預金3,000万円」という負債が生じる。この「預金3,000万円」という負債は、Aさんに対してではなく、銀行が社会に対して3,000万円の負債を抱えたという意味だ。Aさんが、もしローンを返済しなければ、今度は銀行は3,000万円の負債を処理する必要があるからだ。

この時、銀行など貸付業務を行う主体にとって、「預金3,000万円」は負債になるので要注意である。一方、Aさんは、「預金3,000万円」という資産を手元に得て、同時に「借入金3,000万円」という負債を負う。つまり、Aさんは預金を手にしたかわりに、返済義務を負ったわけだ。 これがMMTの信用創造(通貨発行)である。これは、キーボードマネーとか万年筆マネーと言われるもので、誰か他人の預金を又貸ししているのではなく、キーボードを叩くだけで与信が行われる。すなわち、通貨が発行される。

日銀が行う信用創造(通貨発行)もまったく同様である。「預金」が「日銀当座預金」に代わるだけだ。 つまり、新古典派が考えるように、預金者の預金が連鎖的にぐるぐる回って貸付金が増えたりしない。

結局のところ、通貨自体は、バーチャルで抽象的な約束であり、実態は金銭の貸借関係、債権債務ががあるだけだ。市中銀行と国民の間の貸借は、倒産や破産の場合に返済されないリスクがあり、返済されないときは、市中銀行は「引当金」を償却したり、「損金」を計上して対応しなければならない。

しかし、日銀と市中銀行の関係は、日銀に倒産のリスクがない。そこが決定的に違う。日銀(と政府)が、極端な放漫経営(5000兆円の国債発行して需要を喚起するとか)をせず、程よく通貨を供給し、バランスよく財政支出し、バランスよく徴税と分配政策をとれば、日本国民は幸せな生活を送れる。

「悪貨は良貨を駆逐する」(19世紀にイギリスの貿易・為替・金融業者であるトーマス・グレシャムが提唱した、『グレシャムの法則』)という表現は、通貨自体に値打ちがあると考える分かりやすい商品貨幣論である。新古典派経済学はこのような貨幣観を持ち続けている。

ぼくたちは、昔教科書で、幕府は通貨が足りなくなった時に、改鋳で希少金属の含有量を減らしたと習ったが、あれも嘘だ。改鋳することで、たしかに通貨の供給量が増え、価値が下がり物価が上がったのかもしれないが、金本位制のように通貨自体に値打ちがあるから、希少金属の含有量を減らすインチキをしたと道徳的に非難されるべきとのニュアンスがある

つまり、希少金属の含有量は問題ではない。通貨自体に求められる条件は、擦り減らなくて偽造されないものであれば、貝殻であろうと何でもよい。幕府は、幕府が定めた《何とか通宝》《何両》を年貢として収めろ、納めないと《死罪》だと言えば、、農民も商人も《何両》かを手に入れて幕府へ払おうとする。それが、通貨に対する信認が生じる原因である。現在でも同じで、日本政府は日本円で納税することを求めており、それが《円》が信任される理由である。

ここまでは、通貨発行について述べてきたが、対をなす大きな問題が一つある。つまり、それは供給力の問題と円の海外への流出の問題である。その3へつづく。

おしまい

MMTを批判する人たちが見ようとしない点 その3 反論編 《供給力と日本円海外流出》

(2022/7/30 長かったので、反論の部分を2つに分けました。)

《供給力と日本円海外流出の問題》

田内学さん著 情報工学専攻だが、経済学専攻よりよほど核心をついている

不況が続く日本ではほとんど生産できていないように見える。例えば、100円均一ショップに行けば、ほとんどが中国製などで日本製はほぼない。衣料品もそうだ。スーパーでもユニクロ、GUでも、ゾゾタウンでも、売っているのは日本の会社でも、生産国は中国やバングラデシュ、ベトナム製などで日本製ではない。

もちろん一部で、自動車や工作機械などに国際競争力があって、日本国内で生産しているものがある。しかし、生産拠点が海外にあり、財務諸表上だけ連結決算により、日本企業の利益として計上されている場合には、そうした企業の利益の多くは、生産国の中国などで再投資され、地理的な日本にメリットがほぼないという状況もある。

MMTは、「変動通貨制で、自国通貨建てで国債を発行する場合、供給力を超えなければインフレにならず、なんの問題もない。むしろ、2%のインフレを起こすほどに国債発行して、財政支出をするとほどよく経済成長する。」と言っている。

つまり、日本が供給力や生産力を失ってしまうと、かりに消費税をなくして国民の所得を上げたり、給付金を配って需要を喚起しようとしても、買うものがなければインフレになる。もし、大阪万博の会場を日本のゼネコンが作れなくて、中国企業が建設を請け負えば、国債を発行して資金を調達しても、海外流出してしまうので日本国民には裨益しない。つまり、最初に戻るのだが、日本で売られている多くの財(=商品)は、中国製などの外国製であれば、円が流出する。

最近では、投資信託やREITなどの投資資金も、日本国内のファンドより、過去の利回り実績が海外のファンドの方が大きいので、かなり海外へ流出している。持ち主は日本人とはいえ、そのお金は海外で運用されることになり、少なくとも機会損失は生じている。

こうしたことで、MMTの理論は正しいのだが、供給力に制約があると、その範囲内でしか通貨供給を増やした財政支出はできない制限がある。今のように海外製品をどんどん輸入している状況は、日本の生産力をアップしないし、昔は日本で生産したものを生産しなくなっているので、行きづまる状況が来ようとしている。

つまり、どの国も成長している間は、どんどん通貨供給量を増やしても問題ない。むしろ、ある程度通貨供給量を増やし、マイルドなインフレになっている方が、所得(=需要)も生産(=供給)も伸び、国民は豊かになれる。これをうまくやったのが、何といっても中国であり、年率二桁の成長を続けてきた。そこそこ成長してきたのが、欧米などである。日本は、財政赤字を恐れ、国債発行して通貨供給量を増やさず、ほぼゼロ成長である。

あと1点、《有効需要》と《潜在需要》を混同している人がいる。「良いものを作れば売れる」、「すごく良いものを作れば高くても売れる」とかいう人がいる。しかし、財布にお金の入っていない人が「欲しい」と思うのは需要ではない。《潜在需要》でしか過ぎないので、どんだけよいもので買いたくても売れない。

例えば、日本人の6人に一人が貧困で、生理になってもナプキンを買えない女性が6人に一人いるとする。ナプキンは必需品である。しかし、貧困な女性は買いたいという気持ちを持っていても、財布にお金がなければ、《潜在需要》にしか過ぎない。つまり、この6人に一人の女性の貧困が解消されたときに初めて、必需品のナプキンが《有効需要》になり、購入される。つまり、現状のナプキンの販売は6分の1、需要が減っている状態で、貧困が解消されれば、その分販売が増える性質のものだ。このとき、ナプキンの製造会社に生産余力があれば、単純に販売額が増えるのだが、生産が限界であれば、ナプキンの販売価格は上昇する。

この点も、新古典派は供給重視なので、よいものを安く提供すれば需要を喚起するというような言い方をするが、所詮ない袖は振れないのである。そこを日本人は勘違いして、国民全員が良くて安いものを作ろうと強迫観念にかられ必死であるが、この作戦は間違っている。

《コロナと戦争による最近の高率の欧米のインフレ》

最近の欧米の高いインフレ率が良く報道される。アメリカでは10%近いインフレ率で、ヨーロッパも同じようなものだ。これに対して、日本では2%程度である。

このインフレの原因は、コロナに対する財政支出とウクライナ戦争によるエネルギー価格の上昇が主な原因である。だが、欧米と日本では財政支出の規模がまったく違う。

アメリカでは、コロナが始まってから400兆円とも言われる財政支出をしたとも言われ、失業した労働者に月4,000ドル(その時点のレートで44万円)を支給したという。このため、職に就いている者が職をやめて給付金を貰ったという。その結果、労働者不足が顕著になり、レストランで働く大学生の時給がチップを入れると50ドル(6,500円)、ウォルマートの大卒初任給が年収で20万ドル(2,600万円)、アマゾンの基本給の年収上限が35万ドル(4,000万円)に達したという。

ところが、日本の場合は、こうした政府の国民に対する真水と言われる一般会計からの財政支出は、安倍政権の時にまずまずやったものの、菅総理、岸田総理と代わるにつれ、ほとんど出していない。そのため、日本の場合は、エネルギーや穀物価格、円安の影響による2%ほどのインフレになっている。

そして、欧米や中国はコロナ前の水準の経済成長に戻っているのだが、日本だけがコロナ前の水準に戻っていない。ところが、日本のマスコミはこうした海外の賃金の上昇は一切報道せず、物価の上昇すなわち、インフレ率だけを取り上げ「海外は10%、日本は2%でよくやっている」報道し、賃金上昇については触れない。その結果、国民は「海外より日本はマシ。」と思っている。

ここで、思うのは欧米などは、コロナや戦争という緊急事態が生じたため財政規律を棚上げにして財政支出をしたということだ。つまり、MMTの政策理論を採用して、実施したその結果、高率のインフレ率をひき起こしたが、今のところ多くの国民の賃金は上昇した。「経済は失速せずにソフトランディングできるか、ハードランディングになるかという事態になっている」というような報道になっているが、これは違う。イエレンさんはそんな見方ではない。

つまり、サンダースやオカシオコルテスが主導するMMTによる社会実験は、やりすぎたかもしれないが、効果は確認された。ドルの信用もユーロ、ポンドの信用も失われていない。今後、やり方を上手に工夫し、勉強する余地は大いにある。

オカシオコルテス

ビビり虫の日本、あるいは、東大法学部出身者が実権を握る経済オンチで石頭の財務省に逆らえない国民は、何もせず沈没を続けている。

おしまい

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