本当の姿がわかる「グレン・グールド アットワーク」アンドルー・カズディン

「グレン・グールド アットワーク/創造の内幕」(アンドルー・カズディン/石井晋訳 音楽の友社)

アットワーク_

写真はアマゾンから

本書は、1989年にアメリカとカナダで同時に出版されたものを、1993年に日本語訳で出版したものだ。すでに新刊は絶版となっているので、中古を買うしかない。日本語の副題は「創造の内幕」となっているが、英語では”Creative Lying”であり、直訳すれば「創造的な嘘つき」ということになり、書かれている内容が端的にわかると思う。翻訳は品質が高く、非常に読みやすかった。訳者のレベルにより、原書の内容が正確に読者に伝わるかどうかが左右されるが、この訳者のように訳していればとつい嘆きたくなる本もなかにはある。

それはともかく、グールドが亡くなったのは、1982年10月4日で、死後たくさんの書物がさまざまな角度から出版された。しかし、グールドと実際に長く身近に接した人物が描いたものは極めて少ない。ほとんどの本は、直接取材して聞き取ったものと言うより、グールドの演奏や、発言、著作を元にまとめられている。しかし、この本は、1965年から1979年までレコード・プロデューサーを務めたアンドルー・カズディンが書いているため、他の本にはない説得力のある、臨場感のあるものだ。

グールドは親しくなった友人であっても、異性関係を尋ねられるといった些細なことや、演奏に批判めいたことを言われるだけで、直ちに関係を断ってしまうのが常だった。このため、生涯孤独と言っていいほど親友がいなかった。そうしたグールドの性癖により、プロデューサーが何人も交代している中、アンドルー・カズディンは15年もの長い間40枚を優に超えるレコードをプロデュースしていた。だが、やはり、1979年にあっさり、それまでの関係を切られてしまう。15年も一緒に仕事をしてきた仲間は、「ありがとう」の一言もなしに関係を終わらせてしまう。

この本を読んでいると、「グールド伝説」や「グールド神話」は、グールド自身の演出だったと気付かされる。グールドは、自分のイメージが望む内容になるように、世間に流す情報をコントロールし、きわめて選択的に発信していた。彼はサンタヤーナの小説「最後の清教徒」の主人公に自分を重ね、「最後の清教徒」だとよくいっていたが、実際の彼は自己愛の強いのナルシストと言うべきで、「清教徒」のように自分を見てもらいたかったと考えるのがよさそうだ。

靴下の話も興味深い。カズディンはこの本の中で、グールドが必ず片方は濃紺で、もう一方は灰色か黒の靴下を履いていたことを指摘している。色が同じかどうかをよく見もしないでそのまま履いてしまうというより、確率を考えると二回に一回は揃いの色になって然るべきだと述べ、わざと違う色の靴下を履いていたのではないかとの疑問を呈する。

ただ、一方でこの本は、グールドの天才(異才)ぶりも具体的に記述している。ここでは一つだけだが、絶対音感にまつわる話を紹介しよう。 グールドが自分の車を運転しながらラジオを聴こうとしてスイッチを入れると音楽をやっていたという。少し聴いただけでその音楽はよく耳にする馴染みの曲だと気付いたのだが、誰の何という曲だったかはどうしても思い出せない。そうして悪戦苦闘しているうちに演奏が終わってしまった。そしてラジオのアナウンサーが曲名と作曲者を言ったとき、理由がはっきりする。その日ラジオで流されていた演奏はその曲をアレンジしたもので、しかも調性が原曲とは違っていたのだ。カズディンは次のように書いている。「こうしたことは『普通の』音楽家なら、仮にグールドと同じ経験をしたとしても、第一に曲名だってちゃんと分かっただろうし、ただ楽しんでいただけだろうから、別の調性で演奏されていることにはたぶん気づかなかったと思う。つまりは、問題など起こるはずもなく、ショックを受けることもなかっただろう。そう考えると、この話はなかなか興味深い」 

 

「グレン・グールド論」 宮澤淳一

「グレン・グールド論」(宮澤淳一 春秋社)

宮澤淳一は、グレン・グールドに関する海外で刊行された著作や、LPレコードのライナーノーツなど多くを翻訳をしており、日本のグレン・グールド研究における第一人者である。この「グレン・グールド論」は、2004年に出版され吉田秀和賞を受賞している。(吉田秀和は日本の音楽評論家の草分け的存在だ。)また、この「グレン・グールド論」により博士号を取得し、現在は青山学院大学総合文化政策学部教授である。

グレン・グールドはカナダ人ピアニストだ。それはわかっている。クラシック音楽の中心地ヨーロッパから離れていたことが、グールドを形作った。ただし、カナダ人はアメリカ人とほぼイコールだろう、というくらい単純に主は考えていた。

だが、カナダ人であるということは、アメリカ人とアイデンティティが全く違っていることにこの本を読んで初めて気づいた。カナダ人は、アメリカ人とは違う。カナダ人は、二つのモンスターにはさまれている。自然とアメリカである。カナダの北には北極へと続く広大な自然が広がっているが、日本人が抱く自然観とはほど遠い、厳しい自然である。南にはアメリカンドリームの国アメリカ。カナダ人はアメリカを常に意識しながらも、アメリカを単純に肯定することはない。両者のメンタリティーの差は、『アメリカ人は、どこかに陰謀でもない限りは負けるとは考えない。カナダ人は、気候や距離や歴史によって抑圧されているため、勝つと思っていない。』といわれるくらいに違う。カナダ人は、アメリカ人に対し劣等感を持ちつつも、アメリカ人を賛美することはない。日本人が日本人であることを常に意識しているように、カナダ人はアメリカを過剰に意識しながら、厳しい自然と共存し、サバイバルすることを常に意識してきたというのだ。

そういう意味では、グレン・グールドは典型的なカナダ人だった。アメリカデビューを成功させた後、最初のうちはニューヨークを録音の根拠地とするのだが、やがてトロントへ根拠地を移す。アメリカでの経済的な成功は少しも頭にない。むしろ、カナダへの恩返しがある。

彼は、20歳を過ぎたころから昼夜逆転する生活を送るようになる。太陽を憎み、モノクロの世界を好む。「静寂で厳粛な世界、荒涼として厳しく、色も光も動きもない」世界を理想と考えていた。(この表現は、バッハ「フーガの技法」についてのシュヴァイツアーの表現だ。グールドは、この「フーガの技法」を最高の音楽であると評価していた)

グールドには、彼の発明の「対位法」ラジオ・ドキュメンタリーがある。カナダ独立100周年記念の1967年に放送された「北の理念」がそれだ。4人の登場人物と1人の語り手を用意し、「北」についての意見を対位法のように同時に語らせる。テープを切り貼りし、フェードイン、フェードアウトなどの遠近法を用いながら、鉄道が線路を走る音を背景にさまざまな意見や思いが語られる。その後も10年にわたって、「孤独三部作」といわれる「対位法」ラジオ・ドキュメンタリーを作り続けた。当時は、ラジオの全盛期であり、新しい分野を開いたと評価を受ける。グールドは、リスナーが「同時に喋る言葉を理解できないという理由はない」という。だが、主は、「ラジオで複数の人が同時に喋ったら理解しづらいよな」と思う。普通の人にとって、こうした語り手が同時に喋るという手法の番組を聞くことは、理解が追い付いていけないものだ。だが、どうやらグールドはこういうこと、すなわち、対位法のように複数の旋律、会話を同時に理解することが当たり前のようにできたようだ。

グールドの言う「聴衆」も自分自身が基準になっていた。音楽の面では彼は特殊で、異常なまで高いレベルにいた。普通、語りが三人同時に喋りながらテーマに向けて話をするのを理解できないし、それよりも先に、そのような努力は放棄するだろう。だが、グールドは、それが可能だった。

グールドの考えでは、将来コンサートはなくなるだろうと言っていたし、リスナーは、異なった演奏家の録音の断片を集め、自分で曲を好きなように再構成して、楽しむだろうとまで言っていた。この発言は、グールドの見通しが間違っていたということではなく、聴き手(大衆)のレベルがグールドほど高くないということを示している。

彼自身の対位法的性格をあらわす逸話をいくつかあげよう。グールドは、友人で指揮者/作曲家ルーカス・フォスの奥さんのコーネリア・フォスとの間で、約10年間三角関係にあった。二人の子供たちも一緒に団らんしながらテレビドラマを見ているとき、グールドはピアノの楽譜を暗譜している。コーネリアがドラマの筋をグールドに尋ねたら、しっかりグールドはドラマの筋をすらすら答えたという。また、まだグールドがコンサートに出て演奏をしていた時代、素晴らしい演奏を讃えられるのだが、彼自身コンサートが終わり次第いかに早くタクシーを呼んで帰るかということに演奏しながら策略をめぐらしていたと述懐している。

宮澤のグールド評は正確だ。グールドが世間に向かって標榜していた「清教徒像」と、グールドの見えにくい現実(プライベート)を区別し、混同することがない。グールドは、晩年自分を「最後の清教徒」と言い、周囲に禁欲的イメージを与えることに成功していた。だが実際のところは、女性関係がいろいろあったと今ではわかっているのだが、その内実まではわかっていない。グールドは私生活を詮索されることを極端に嫌い、社会に向けて自分の意図する像を発信していた。

グールドのバッハに対する評価が取り上げられているが、宗教家としてのバッハ像と呼べるものはなく、音楽に限定された一面のみを捉えて評価している。グールドはバッハを時代遅れの頑固者という捉え方をし、宗教家としての評価や、宗教観についてはまったく気に留めていない。

こうしてみると、グールドは常に「結果にこだわっていない」と言えるだろう。「対位法」ラジオ・ドキュメンタリーも、これまでにない新しい手法を編み出してはいるが、何か主義を声高に主張していたり、押し付けようとする意図は全くない。バッハについても、バッハの精神が崇高であったとか言う気はさらさらない。書かれた音楽があくまで、対位法的によくできており、しっかりした構造を持っていたから、シェーンベルグもそうだが、グールドの知的水準にマッチしたのだ。言い換えれば、プロセス重視の人なのだ。 それでも、彼の演奏は神が宿っているようでもある。

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