グールドが100回見たという映画「砂の女」を主が3回見た後で、阿部公房の原作「砂の女」を読んだ。忘れないうちに、ブログに書いておこう。
小説「砂の女」のあらすじは次のようなものだ。
同僚との関係に倦み、家庭にも倦んだ大学で昆虫を研究する教師が、行方も告げずに、真夏の砂丘へと昆虫採集に出かける。シュールなのだが、そこで、村人に騙され囚われの身となる。宿と言われた海辺の家は、砂を20メートルほどの穴を掘った底にあった。その家は防風林の役割を果たしていおり、家が壊れないよう落ちて来る砂を毎晩砂かきをして、砂を外へ出さなければならない。その男はそこで囚われてしまうのだ。その家には、女が独りで住んでいた。男はありとあらゆる方法で脱出しようと試みるのだが、蟻地獄のような砂の底の家から脱出することができない。外界から全く遮断された生活。砂の底の家から外の景色をも見ることができない生活。やがて、男は脱出することをあきらめ、男と女は交わるようになり、砂かきに協力するようになる。8か月たったころ、女は子宮外妊娠による激しい腹痛をおこし、村人に布団にくるまれモッコに乗せられ病院へ連れていかれる。縄梯子が残されたままになっており、男はその梯子を上り約1年ぶりに外の海の様子を見る。だが、「逃げるのはいつでもできる」と、穴の底へ戻っていく。その後、7年経ち、家庭裁判所が失踪者としての審判を下し、とうとう、その男が戻らなかったことが読者にわかる。
この小説で描かれているのは、誰もが求める自由とはどんなものなのかを考えさせるものだ。家庭と職場を行き来し、電車に乗り、新聞を読み、あれこれ批評する自由。それがいったいどういう価値のあるものなのか。男は自由を奪われ、囚われた男が言う『サルでもできる』砂かきを行う。空を見上げることができるだけだ。そうした中で、砂の下で毛細管現象により水が貯留する現象が起こることを発見するのだが、これを最初に報告するのにふさわしいのは、ここの村人たちだと考える。価値観が徐々に変わっていくさまがうまく表されている。
映画の方は1964年に公開され、カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞している。主人公仁木順平を岡田英次、女を岸田今日子が演じており、いわゆる不条理劇なのだが、エロチシズムをはらみながらリアリティのある作品だ。原作の方も英訳が1964年に行われたのをはじめ、20数か国語に翻訳されている。
また、この映画の音楽は作曲家・武満徹が作っており、オリジナルな現代音楽で、場面にふさわしい、場面にすっかり溶け込んだ魅力に溢れている。グレン・グールドはこの映画を100回見て、プロットのすべてを理解したといわれるが、武満徹の音楽の素晴らしさもあったのは間違いない。
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グレン・グールドの映画「ヒアアフター(時の向うへ)」で、次のように語るくだりがある。
「僕は刑務所の囚人になってみたい。もちろん潔白の身であることを条件にしてだ。なぜならアルコールの消費やすべての競争を拒む清教徒として、西洋では優越視されている自由の概念に僕は賛成できないから。ある運動が自由を得た時、しばしば無益な大騒ぎになり、社会から容認された言論の暴力に終結する。だから禁錮は自己の内部の可動性を測るのに適している。とはいえ、魂が自由に呼吸できるように、僕は看守にいくつか注文をつける:独房の壁の色は灰色に塗ること、煖房と換気のシステムは僕自身が調節できること。僕は気管支炎にかかりやすいから」
グールドは大衆が嫌いだといっている。アスペルガー症候群で他人の心が理解できなかったのかもしれない。大勢でいると居心地が悪くなり、二人を好んだ。また、直接話すことより、電話で話す方が好きだった。芸術家の特権は、世俗と距離を置けることにあるとも言っている。
おそらく彼は大衆が好む『自由』は、無益な大騒ぎをするだけの値打ちしかなく、言論の暴力に向かうのみで、何も生み出していないと看破していたのではないか。逆説的だが、自由を奪われた時にこそ、どのような精神的活動ができるのかはっきりとわかると考えていたのだろう。