グールドの演奏の秘密 驚く椅子の低さ! 角野隼人さんのコメント NHK《孤独のピアニストの肖像から》

2023年2月26日、NHKのFM放送で3時間という長時間にわたる「アート・オブ・グールド ~ 孤独のピアニストの肖像」というグレングールドについて特集した番組の再放送があった。

この放送の中で、グールド好きのリスナーにとって非常に興味深い《グールド体験》がレポートされたのでこれを報告したい。

宮澤淳一氏

この番組は3時間あったため、グレン・グールドについてかなり掘り下げたものになっていた。彼の演奏をわりと長くオンエアしつつ、日本のグレン・グールド研究の第1人者である宮澤淳一氏と、漫画家のヤマザキマリ氏のお二人がメインスピーカーだった。宮澤氏は、グールドを1980年頃からずっと研究されてきた青山学院大学教授で、グールドに関連する書籍の翻訳や映画の字幕監修、多くの評論などを手掛けておられ、この人なしでグールドは語れない。

ヤマザキマリ氏は、親爺は単純にテレビにも出られる人気漫画家だと思っていたが、なによりそれ以前に画家、芸術家であり、芸術と芸術家に対する洞察力はたいへん素晴らしく大いに感銘を受けた。

ヤマザキマリ氏

他に2名のゲストとして、ピアニストを目指していた時期にトロントで実際にグレン・グールドに会われた熊本マリ氏と、2021年のショパン・コンクールでセミ・ファイナルまで進まれた角野隼人氏が登場された。

角野隼人氏は、クラシック音楽だけでなく他のジャンルのピアノも弾かれ、「Cateen かてぃん」という愛称のYOUTUBEでも人気のピアニストである。また、東大の情報工学系のAIなどの研究者でもある。

グールドの演奏は、低い椅子に座り指だけでピアノを弾くもので、何千人も入る大ホールで演奏されるショパン、リスト、チャイコフスキーなどロマン派の作曲家の大曲は、鍵盤を打ち下ろして大音量を出すことが必要だが、彼はそもそもこうした作曲家を評価していなかったし、実際に弾けなかったと思われる向きがある。

角野隼人氏

というのは、彼はピアノを弾くときには、脚を10センチほど切り取った低い椅子に座り、おまけにピアノの3本の脚を3センチほどの高さの木のブロックに乗せ、ピアノを持ち上げて弾いていた。

写真の椅子は、グールドが生涯使い続けたもので、グールドを語る上でのある種のシンボルになっている。この椅子は、グールドの父バートが作ったもので、脚を切った後、真鍮のネジで高さを微調整出来るようになっている。グールドはこの椅子が気に入り、アクシデントに備えるためにスペアの椅子を作り、音楽については、すべてに入念で妥協することない性格のグールドは、この椅子とスペアの椅子の二つを持ち運んでいた。やがて、スペアの椅子は持ち運ぶ必要がないと気づくのだが、最初に作った椅子を生涯使い続けた。この椅子の他に、他の椅子も作るのだが、結局のところ気に入ったものは出来なかったという経緯がある。

この椅子も、もちろん最初のうちはお尻のところにクッションが入った座面があった。しかし彼は、ツアーへ行くにも、スタジオにこもって録音するようになっても死ぬまで使い続け、座面のクッションは、やがて内容物がやがてはみ出すようになり、晩年には座面が無くなって、とうとう木の枠組みだけになってしまった。おかげで、演奏するグールドの写真に写る椅子の傷み具合を見ると、おおよその年代を推察できる。

おまけに、彼は低い位置でピアノを弾くだけでなく、彼が好むピアノは、即応性に富んだ軽いタッチの鍵盤を持つピアノだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この日の放送では、レプリカの椅子を使って角野隼人さんに弾いてもらい、一般的なピアノと比べたときの違いについて感想を語ってもらうというのが、実験の内容だった。

いよいよ、角野隼人さんがスタジオのピアノで《グールド体験》をする。

角野「はい、グールドの気持ちを味わっております。」

角野「でもなんか、座って見たら思ったより低くはないというか、まあ、気持ちは理解できるかもぐらいの・・・もっと、低いときもあったんでしょうか。」

宮澤「椅子としてはそうなんですが、ピアノの脚の下にブロックを入れて、鍵盤を高くするから、相対的にはもう少し低い椅子になるんですよ。・・・角野さんとしては、どうなんですか。はっきり言って弾きやすい、弾きにくい?」

角野「・・・この状態だと、これで弾きやすくなるという表現はある気がします。・・・これより低くなると、鍵盤に体重をかけることが難しくなるので、大きな曲は難しくなるのではないかと思います。・・・それは、グールドのレパートリーとも絶対に関係していると思いますが。」

角野「自分の体が下に行くということは、すべてが体が、下に行く、手首が下に行くわけですが、鍵盤を押し下げるときのエネルギーというのか、おそらく、必要な体を動かす量が最小限でおそらくすむので、そういうところは絶対演奏に影響してきますよね。」

ヤマザキ「余計な負荷がかからないための工夫だったんですね。」

角野隼人氏、パラパラとピアノを鳴らしながら、考える。ジャズ的な和音も鳴らす。

角野「あと、ピアノとかピアニシモの絶妙な表現とかは、まあ、ぼくもグールドほど低くはないですが、姿勢を下げることで細かな表現はしやすくなるという印象は持っています。」

宮澤「生演奏(ツアー)をしていたグールドの誉め言葉としては、『ピアニシモが美しい』という指摘はあったんですよ。」

ヤマザキ「『あと姿勢よくして弾いたらどう』って感じなんですけど、しょうがないんですよね。そうすると弾けないんですもの仕方ないですよね。」(笑い)

角野「あと、疲れないですよね。疲れたときにピアノ弾きたいときには、こんぐらいの方がいいですよね。」

宮澤「あと、グールドのピアノの鍵盤はもっと軽い鍵盤だったと思うんですよ。そうするともっと快適だったかも知れませんね。」

角野「鍵盤を軽くすると、高い椅子で弾くことは難しいでしょうね。低い椅子じゃないと鍵盤を極端に軽くする意味はないように思います。・・・上からだと自分の体重をコントロールしなければならない訳だから、椅子が低いと重心が下にあって指を下に下げるだけで弾けることになって、そして軽いとなって、指先でのコントロールを望んでいたんですかね。どうなんですかね。」

宮澤「鋭い指摘だと思います。」

おしまい

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。