ヒトのセックス (愛の耐用年数)について考える

人は異性(同性愛者なら同性でもいいわけだが)の人間性を認めて好意をもち、好きになり、うまく両者が同じペースで高まっていけば、愛しあうようになり、セックスへと続いていく。これが基本形。必ずしもこうしたプロセスを踏まず、短絡的だったり、見せかけ上だけで、内実は騙し、騙され、むしろ打算的、愛がないまま進むパターンも当然あるだろう。どちらのケースであっても、セックスをするようになるとそれまでとは様相が変わり、セックスが目的となり、大抵の場合、本末転倒する。好きだった人間性や、うわべを取り繕っていた(騙していた)ことなどが、脇へ置かれて、なかったも同然のこととなり、どこかへ忘れられてしまう。よく「手段と目的を間違える」という言い方をするが、セックスは、愛=コミュニケーションの手段で、出発点だったはずが、いつの間にやらそれ自体が目的となってしまう。結果として、目的となったセックスに、手段である愛=コミュニケーションがオマケのように小さくなる。

ここで果たして人間性を認めてセックスをするなら、何年たっても飽きないのだろうかという疑問がわく。人間性を認めて初めてセックスするとき、その時が最高点と言っていいだろう。だが、果たしてその最高点はずっと維持されるのだろうか。

「永遠の愛」などと言う表現があるが、何の努力もせずに愛が永遠に続くと考えるのは、甘ちゃんだと言われても仕方ないだろう。ネットで検索していると、恋愛感情はホルモンの分泌(フェニルエアチミン)と関係があり、恋愛の最初2,3年間は分泌され、その後減少してしまうとあった。

愛も、根本のところではGive and Takeだ。人間の欲望は果てしなく、手に入れたものは当たり前となり価値は減少する。このため、新たな価値を次々補給しないと、同じ愛情の大きさを長い間保ち続けられないだろう。

プラトニックな関係が続くのであれば、人間性を認めた付き合いが長い時間続きそうに思う。もちろん、時間の経過に伴い徐々に相手の評価は逓減するだろうが、急激には下がらないだろう。例えば同性同士の友情を考えると、分かり易い。)ところが、セックスを始めてしまうと、減価償却のスイッチが入る。延命措置を施さないと耐用年数が来たところで残存価値が1割しか残らない。(会計学に詳しい人は、この言い方に納得してくれるかもしれない。)

おそらく、パートナーが変わらない場合、人間性に魅了されて毎回高まってセックスするという状態が続くことは稀だろう。だが現実には、多数の夫婦関係が生涯にわたって続く。理由の多くは、子供の存在が原因だったりする。パートナーへの愛情が減少しても、子供のために離婚しない「子は鎹(かすがい)」現象もあるだろう。また、離婚したくとも経済的な事情で選択しない、世間体を気にするケースも多々あるだろう。勿論、パートナーがベストだと思い続ける場合もあるだろう。「私はパートナーに隠れて不倫し、その罪悪感がパートナーへの愛情を高めている。」という人がもしいれば、それは矛盾ですぞ。

ここから先は、生物学的分析だ。もともと、人間の「好きになる」という状態から「セックスする」という流れは、文明や教育からインプットされたもので、動物として生まれつきのものではない。セックスを始めると、その動機を忘れてしまうというのも、生物学的にプログラムされたものではないからだ。当たり前だが、人間性を認めることとセックスの間には絶対的な関係はない。もう少し緩い関係だ。むしろ、主が住んでいるこの国、豚何頭かを提供すれば奥さんを貰えるというパプアニューギニアの村を考えると、人間性を認めてセックスするというより、セックスするようになって別の人間関係が開始されるように思う。

ラバウル マスクフェスティバル

2014年7月16日(水)~7月20日(日)、ココポで行われたマスクフェスティバルを紹介しよう。主は17日18日の1泊2日で出かけた。ココポはもとのラバウルが1994年の火山爆発で大打撃を受けたため、東へ20KMほど離れた場所に新しく作られた。このフェスティバル、初日の朝、夜明けとともにトーライ族が舟で現れるところが有名で、水木しげる「ゲゲゲの鬼太郎」のモデルにもなっている。この地域には海で暮らすトーライ族と高地で暮らすバイニン族がいる。かつて、トーライ族がバイニン族を山に追いやったのだそうだ。ガイドをしてくれたトーライ族の青年によると、トーライ族は一つの言葉を、バイニン族は村ごとに違う言葉を使っているとのことだった。また、村の平均的な規模は人口800人ほどだそうだ。

マスク1上は、マスクフェスティバルのひとこま。シンシンのグーループが次々と登場する。

マスク2

上も同じ。

マスク3

上が、観客スタンドとカメラマン。我々外人は1日あたり80キナ(4000円弱)を支払っているので、特等席で見ることができる。

夜に入って、マイクロバスで40分ほど離れたカイナグナン村へファイヤーダンスを見に行った。このバイニンマンのファイヤーダンスも有名だ。FIRE2

写真では、音が伝わらないのが残念だ。実際は太鼓などに合わせて、色んな装束をした妖怪(?)が現れ、踊る。ファイヤーダンスと言うのは、火の回りを踊るだけではなく、素足でその火の上を歩いたり、蹴っ飛ばしたり、勇気のあるところを示す成人の儀式の様だ。結構盛り上がる。マスク7色んな装束があり、おそらく様々な意味があるんだろうと思う。その辺がわかれば、きっと違った面白味を発見することができるだろう。

マスク8

だが、一か所に腰かけ、同じ姿勢で同じダンスを2時間近く見ているとやはり、飽きてくる。音楽もダンスも繰り返しなのだ。だが、こうしたシンシン(singsing)を世界中のどこの場所でも見ることは出来ない。現地の彼らは、こうしたお祭りに誇りを持っているに違いない。この伝統をずっと持ち続けて欲しい。

主がパプアニューギニアに赴任したのは2012年だったが、女性はすでにオッパイをシンシンのときにたいてい隠すようになっていた。しかし、その5年ほど前あたりまで女性も男性と同じように上半身裸で踊っていた。さすがのパプアニューギニアも世界のカルチャーが押し寄せ、遅ればせながら文化も変化している。

ちょうどこの頃、安倍総理がこの国を訪問され、パプアニューギニア政府の歓迎式典でシンシンが披露されたとき、同僚によると女性たちはオッパイを隠していなかったということだった。単に友好国の元首に対するもてなしとして、インパクトのある方を選んだだけなのかもしれないが、オッパイを出して踊るのが、伝統としては正式なのかもしれない。

おしまい

 

ラバウル 日本軍戦跡

2014年7月17日(木)-18日(金)の日程でココポのマスクフェスティバルに行ってきた。ココポというのは町の名前で、昔日本軍の基地があったことで知られるラバウルのが、度重なる火山の爆発で灰に埋もれてしまったので、ラバウルの隣に新しく作られた街だ。ラバウルは、ポートモレスビーがある本島の北側、東ニューブリテン島にある。マスクフェスティバルというのは、毎年7月に行われるシンシンショーのことだ。この機会にラバウルへ行き、日本軍の戦跡も回ってきた。

ちなみに旅行手段であるが、主が住むポートモレスビーにPNGジャパンという旅行会社があり、その代表者は日本人で現地人と結婚され、ハーフの子供もいる。そこへホテルの予約と空港の送迎、現地ガイド付きツアーをあらかじめ申し込んだ。パプアニューギニアには、多くの日本人が住んでいる訳ではなく、進出している企業の数も少ない。そうした中で、日本語でいろいろ相談できる旅行会社があるということは我々にとって非常にありがたい。

ラバウル2

上は、ラバウルの街を見下ろしたところ。右正面の山が噴火しているのがわかるかも知れない。山のふもとがかすんでいるのは噴火した灰だ。ラバウルの街は、美しい海に面しており、コンパクトで魅力的だ。こんな日本から遠いところに、日本軍の主力基地があったとはなかなか実感できない。

ラバウル7上は、山の上からふもとへ降りた際に撮った、市場の写真。新鮮な野菜を安い値段で売っている。この写真は親子だ。顔が似ている。

ラバウル8

売られていたピーマン。色つやが良い。1キナと書かれており、一山5個で日本円で40円になる。ポートモレスビーではもっと高い値段で売られているだろう。

ラバウル1

上は、大発洞窟(Barge Tunnel)という名前だが、日本軍が洞窟に大型発動機艇を隠していたところとのことだ。地面にはレールが敷設されおり、海から引き上げ、山中に隠していたようだ。奥行きが400メートルとか説明され、奥に向かって数台の船が連なっているという説明だったが、中へ進むと真っ暗で、最初の1艘を見ただけで引き返して来た。このため、本当に400メートルあるのか真偽のほどは分からなかった。このトンネルは、海からは100メートルくらい離れた山をくりぬいており、船を出し入れするのも大変だったろうと思う。

ラバウル6

上が、南東方面軍前線指揮所跡(Admiral Yamamoto Bunker)。写真の左が地下の司令室の入口。右奥には高射砲が見える。ミッドウェイ海戦とガダルカナル島の戦いで敗れ、戦況が一気に悪化した日本軍。山本五十六連合艦隊司令長官は、前線航空機基地の将兵をねぎらうため、ここラバウルからブーゲンビルに向かうのだが、既に暗号は米軍に解読されており敵機に撃墜された。 写真に二人の男が写っているが、彼らはどうやらこの土地の所有者らしく、我々は見学料金を支払わなければならなかった。

ラバウル9

中の様子。写真に写っているのがトーライ族のガイドをしてくれた青年だ。手に持った懐中電灯で照らしながら中を進む。

ラバウル3

上は、ココポ市内にある戦争博物館の兵器。詳しくないので分からなかったが、これはゼロ戦なのだろうか。「永遠のゼロ」を思い出す。兵器は、連合軍のものもあったがほとんどが日本軍のものだった。

ラバウル10上は、日本軍の戦車。地上戦もあったのだと思い知る。それほど大きくなく、おもちゃの如くにも見える。

さて、マスクフェスティバルの様子は次をクリックしてください。「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な水木しげるがパプアニューギニアで従軍した時に、数々の着想を得たシンシンショーを見ることができます。

ラバウル マスクフェスティバル

おしまい

 

 

 

 

 

 

GLENN GOULD 中毒 (書籍について その5)

グレン・グールドに関する書籍をさらに読んだ。感想第5弾。

【グレン・グールドシークレットライフ】マイケル・クラークスン著 岩田佳代子訳 道出版 (3200円税抜)

本書は、グレン・グールド(以下GG)の女性関係を追う形で書かれている。GGは、生涯独身を貫き、自分のことを「最後の清教徒」と評しており、ホモセクシュアルが疑われるほど異性関係はまったくないと考えられてきた。GGは、自宅に残された大量の書き物から細心の注意を払って女性関係の手掛かりを完全に消していた。だが、本書でそうした先入観は完全に覆される。

百人を超える人をインタビューをして本書は書かれたとあり、英語名で次々と名前が出て、男性名か女性名かすぐに判別できなかったり、地名にも注意を払わないとならない。このため、細心の注意を払いながら読み進めた。

この本の「はじめに」で、著者は映画”Genius Within : The Inner Life of GG”(日本名:天才ピアニストの愛と孤独 http://www.uplink.co.jp/gould/ )の制作に協力してきたと書いている。また、帯にも「現在、グールド映画の脚本脱稿を目前に控えている。」と書かれている。どうやら、この本はこの映画のネタ本そのものではないのかもしれない。没後30年以上が経ち、別の新しい映画が作られるのであれば嬉しい。

GGは、素晴らしい天才で、音楽そのもののみならず、その背景にある思想や感性はどんなものだったのか主は興味を持っていた。GGの薬物依存や、アスペルガー症候群や心気症、あがり症であったり、対人恐怖であったり。だが、グールドは生涯、私生活を表にすることはなかった。特に女性関係については、生前はもちろん、1982年に没するまで、2007年にコーネリア・フォスがグールドとの恋愛関係を認めるまではそうした女性関係はないものとして語られてきた。だが、実際は違った。

少年期、父母から厳しいキリスト教の教えの元で厳格に育てられた彼だが、ティーンエージャーの最後あたり、トロントで芸術家仲間と奔放な時間をすごし、遅まきながら性に目覚める。GGは、人付き合いや社交性はなかったが、男性よりどちらかといえば女性とは打ち解けることができた。14歳のピアノソロデビュー直後から、カナダ国内では天才と騒がれていたし、23歳でのニューヨークデビューに成功、その翌日にはコロンビアレコードから専属契約を申し込まれ、バッハのゴールドベルク変奏曲の録音で世界一流のピアニストへと駆け上がる。彼の成功は音楽誌だけではなく、一般誌でも取り上げられる熱狂ぶりで、その容姿はジェームズ・ディーンによくたとえられた。精神的に様々な問題を抱えていたものの、その演奏は素晴らしい魅力に満ち溢れており、男女を問わず誰でもその魅力の前には、彼との交際を望み、彼の役に立ちたいと思うのだった。

彼の私生活の中には、エゴイスティックで理不尽な面があるのは事実だ。また、同時に何人もの女性に心惹かれ不実なようにも見える。だが、彼は音楽については、まだまだやりたいことがあり、妥協を許さないワーカホリックだ。そんな彼を女性たちも理解していたのだろう。 

シークレットライフ

 

GLENN GOULD 中毒 (書籍について その4)

グレン・グールドに関する書籍をさらに読んだ。感想第4弾。

【グレン・グールドの生涯】オットー・フリードリック著 宮澤淳一訳 青土社 (4800円税抜)

グレングールドの生涯本書は、グールドの死後、グレン・グールド・エステイト(グールドの遺産を管理する法律事務所)が「公式」の伝記を作るためにアメリカ人ジャーナリストである著者に依頼したものだ。

さすがに「公式」の伝記だけあって、誕生から死亡まで網羅されている。読み物としても、グールドのファンならはずせないだろう。事実が網羅され掘り下げられていること、様々なエピソードを紹介しながらも、読み物風に書かれており読みやすい。

500ページ以上あるので要約は難しい。また、落ち着いて再読しようと思っている。このため、二か所を引用したい。

(デビューアルバムのバッハ「ゴールドベルグ変奏曲」発売後の大反響について)   しかし、大切なのは、グールドの《ゴルトベルク変奏曲》が大変な名演であり、名盤であったこと、この録音がレコード史上最高傑作のひとつであったという事実である。タウン・ホールでの演奏会を聴かなかった私たち多くの者は、この録音によってグレン・グールドを発見する最初の機会に恵まれたのである。しかも、バッハの変奏曲は(それはバッハの全作品をも暗に意味するが)一歩退いて敬意を示すような、ある種の知的構成物ではなく、強烈な情熱とはかり知れない美の創造物であることを初めて知った。そしてまた、グールドピアノの演奏は世界中の誰のものとも違うことを。彼は欠くべからざる才能をすべて持ち合わせていた ── 歌うような音色、きわめて正確なアーティキュレーション、巧みにコントロールされた強弱。だが、独特なものでないにしろ、稀有な天賦の才がさらにあと二つあった。ひとつは、このような柔和な音楽のリズムに、信じられない推進力のあるドライヴ感を与える能力だった。グールドは速いスピードであれだけ正確な演奏ができるおかげで、バッハの作品を跳ね上げ、突進させ、また宙に舞わせることができる。こうしてグールドは作品に強い生命力あふれるエネルギーを注ぎ込んだ。そして、もうひとつの非凡な才能とは、三声の対位法のすべての声部を、ほつれぬようしっかりと織り合わせつつ、完全に独立を保たせる能力だった。《ゴルトベルク変奏曲》のカノンは宗教的な意味を秘めている。このいくつものカノンはバッハの頭の中に会ったものに違いないが、つまり、ひとつが三つに、三つが一つに、という三位一体の考え方である。

(もうひとつ、驚きの才能の一端を)                        グールドはいくつもの事柄を同時に考えることを生涯にわたって実践し続けた。あるときファンであった友人が、グールドが演奏中の曲に「信じられないほどの集中力」をみせていると指摘すると、グールドはこう反論した。「それは全く見当はずれだ。つい先日、シカゴ交響楽団と共演したけれど、協奏曲の終楽章の演奏中、僕が考えていたのは、僕が呼んだハイヤーは終わったときに楽屋裏にやって来てくれて、すぐに退散できるだろうか、それだけだったよ。」

 

林真理子「星に願いを」

林真理子の小説「星に願いを」(1984年)を読んだ。林真理子は、主と同じ1954年生まれ。この本は発刊されてちょうど30年が経っているので、内容的に古く、今となっては当たり前なことが書かれていると思われるだろう。バブルは1980年代後半から1990年代初頭と言われる。この本が発刊された1984年は、日本経済が好調に坂を上っている真っ最中で、この頃は賃上げが毎年二ケタあったように思う。就職できない主人公キリコが、植毛をする医院へ転職し、月給が12万円へと倍増、この増えた給料をどのように使うか「うれしい誤算」の様子が描かれている。今の若者には実感できないような、昔の話だ。

文庫本の裏カバーには次のように書かれている。簡単なあらすじにもなっているので、引用しよう。「冴えない女子大生キリコは就職試験に失敗し、アルバイトに明け暮れている。ひょんなことからコピーライターを目指した彼女に成功の女神が微笑む。一夜にして「マスコミの寵児」となったキリコ。世間を知り、男を知り、成功を知り、女の子は女になっていく ──。全女性に贈る自伝的デビュー小説。」

率直なことろ、主は林真理子を読もうとは思わなかった。写真やテレビで見ると美人ではなかったからだ。

不美人の作者がそれをテーマにしながら小説にしているが、普通に考えると、女性には辛い行為だろうと思える。それに性描写は非常に露骨だ。帯には自伝的とあるが、ほぼ真実なのではないかと疑ってしまう。それほどにリアルなのだが、ユーモアに満ちている。しかし、出来上がった小説は、普遍的な内容になっており、すごい。

Wikipediaで「林真理子」を検索すると、「林の功績は、 1980年代以降において、『ねたみ・そねみ・しっとを解放』したことであるとも評される。」と書かれ、斎藤美奈子・『文壇アイドル論』(2002年、岩波書店)と注釈されている。たしかに、人に言いたくないようなコンプレックスでも、これを客観的に表現してしまえば、そうしたコンプレックスから逃げれるようになる。

すなわち、林真理子の小説は、本人が持っている弱点も他の点で価値があれば、弱点が相対的で、まるでなかったように社会の認識が変わることを示唆している。

「ねたみ・そねみ・しっと」は、もちろん、他でも起こる感情だ。自分より成功している者に対して「ねたみ・そねみ・しっと」する。自分の持っていないものをもっている他人へ投映し「ねたみ・そねみ・しっと」するなど。だが、こうした感情は冷静に分析できれば、解放できるということだろう。(そのうち、『文壇アイドル論』を読んで、真偽のほどを書きたい。)

だが、コンプレックスを逆転するほどの優位性を自分に見つけられない場合、どうなんだろうという疑問は残る。要は、本人の受け取り方次第なんだろう。

小説の働きは、こうした認識の変化を起こすことなのだと思う。さまざまな固定観念、社会常識やタブーをひっくり返し、社会の共同幻想が変化する、そうしたきっかけになるのが良い小説の役割なのだと思う。

 

 

 

 

メラネシアン・フェスティバル

2014年7月6日(日)、4年に1度開かれるというメラネシアン・フェスティバルに行ってきた。日曜日の今日、意外なことに、何の行事もやっていなかった。平日に下見をした同僚によれば、その日はずっと賑わっていたとのこと。日曜日の朝はみな教会に行くので、閑散としているのだとか。とほほ。(^^);;;;

P1060825上は、会場の看板。この国の国会の裏側に位置し、日本なら霞が関という場所なのだが、広大で利用されていない土地が広がっており、その一部が会場になっていた。4年に1度開催され、第5回という事は20年前からやっているという事になる。メラネシアなので、フィジーやバヌアツ、サモア、ソロモンなどのブースがあった。

P1060826上が、会場の様子。やはり、閑散としている。

P1060830子供のワニを持っている男がいた。口を縛っているので、可愛く見える。売ってくれと言えば、きっと売ってくれるはず。

P1060847会場でコーヒーを売っていたおじさん。隣では女性が生豆からローストされた豆まで焙煎のプロセスがわかるように豆をお皿に並べていた。残念ながらコーヒーを飲まなかったが、きっと、本格的なコーヒーが飲めるだろう。

P1060853会場からの帰り道で、道路脇の野菜の直売所に立ち寄った。新鮮な食料品が手に入ると考え、皆で買い物をすることに。

P1060851何を売っていたのか忘れてしまったが、直売をしていたおじさん。声をかけて写真をとらせてもらったら、「イエーィ!」サイン。どこの人々も同じだ。 (日本のおじさんなら、こんな風に簡単に乗ってくれないかもしれない。)

カリタス職業訓練校文化祭 ポートモレスビーのシンシンショー

2014年7月5日(土)ポートモレスビーのボロコという地区にあるカリタス職業訓練学校で行われた文化祭を見る機会があった。職業訓練学校なのだが、在籍する生徒の年齢は、日本で言えば高校生ぐらいの年齢だろう。だが、その様子は日本の高校の文化祭のイメージとは全く違う。ここで行われている文化祭は、パプアニューギニア各地のシンシンの紹介が主なものだ。”Unity in diverse culture”とある「多様な文化の統合」が、意味するのはパプアニューギニアが多様な文化から成り立っており、それらを統合したいという意味合いだと思う。また、この学校では、フィリピン人の先生が多いようで、その先生たちのシンシンも披露されていた。同じく、韓国人の先生の指導による空手のような武術の披露もあり、道着を着たパプアニューギニアの生徒による、板を割ったりする演目もあった。

P1060800上の写真は、横断幕と下に設けられた来賓席。来賓席の前で、登場するチームの司会者が紹介を行っていた。真ん中の女性は、ハイランド(高地地方)のシンシンチームの紹介をしていたように思う。顔のペインティングといい、頭の飾りは迫力がある。この女性の前のグラウンドでシンシンチームが次々に登場する。

P1060779上は学生たちの演技。男女がパフォーマンスを披露する。みな弓を手にして勇ましい。ごく最近まで女学生は乳房をポロンと出していたらしいが、さすがに押し寄せて来た文化のせいだろう、女学生は胸を隠している。 

P1060793上の写真は登場するチームの様子。毎年同じ文化祭があり、前の写真でも書いたが、昨年は乳房を露わにした女子がいたのだが、今年は居ないようだった。乳房をお祭りにの時に出すということも、ここ数年で完全になくなったのだと思う。もし、女性が乳房を露わにしていれば我々にもっとインパクトを与えるのは間違いない。

P1060729上の写真の二人は、シンシンに登場する直前にリハーサルを後ろの方でやっており、その際に撮らせてもらったもの。こちらの人はみんなフェイスペインティングが大好きだ。

P1060770逞しい男。 頭を飾っているのは鳥の羽だろう。首から下がっているのは貝殻で造った首飾り。貝は昔、通貨だった。男が手にしているのは弓だ。

P1060720

こうして見ると、この国は平和な南洋の国なんだと知らせてくれる。なかなかの美人がいることに気付く。

P1060797ハイランドのシンシンチーム。ハイランドは、このような濃いフェイスペインティングが多いように思う。

こうして見るとインパクトもあり、刺激があるように見えるかもしれない。だが実際は、1時間くらい見ていると飽きて疲れてしまう。踊りは単調で、大体、バックで奏でられる音楽も打楽器だけでワンパターンなのだ。おそらく、自分が踊って、周りの人たちに見て貰う方が楽しいだろう

でも、写真で見るととても綺麗!一杯写真を、撮ったからなあ。(^^)!!だが、こういった写真をアップすることは個人情報保護法の観点からまずいのだろうか?

ポートモレスビーの生活 ブッシュナイフもったラスカルに車を強奪される!

ポートモレスビーはかなりあぶない。危ないというのは、ラスカルという強盗に襲われることがあるのだ。ラスカルは、若者数人(少年が多いらしい。)がブッシュナイフ(かなり刃渡りの長い刃物)や拳銃で武装し、我々を襲ってくる。無抵抗に徹すれば殺される事はないようだが、あまりにじっとしているとイラッと来た犯人に鈍器で殴られ怪我をさせられたり、こういう目には会いたくない。パプアニューギニアは、近年資源ラッシュで好景気なのだが、どこの国でもそうであるように、経済成長が国民に均等にいきわたるわけではない。したがって、一部の金持ちはいるものの、大半は好景気の恩恵を受けている訳ではない。

この国にはワントクといシステムがあり、ワントク(one talk)は同じ言葉を話す仲間のことだ。このワントクどうしは助け合うのが暗黙の了解だ。極端な話、犯人が同じ部落の出身の場合、警察は罪を許してしまったりすると言われている。同じ発想で、首都ポートモレスビーで成功したワントクを頼って、地方から人がやってくる。だが、生活の地が貨幣経済が未発達、狩猟採集生活や農耕生活を中心とした自給自足の状態なら、ワントクシステムによる助け合いが成り立つのだろうが、大都会は完全な貨幣経済であり、自分の生活に加えてワントクたちの面倒を見る額の貨幣収入を得ることは難しい。恵まれた金持ちのパプアニューギニア人も多勢いるが、全く所得のない人で、あてにしていたワントクに面倒を見てもらえない人多いはずだ。所得のない彼らが、ラスカルに変身する素地はあり、我々外国人は、どのワントクにも属さず格好の獲物になる。

A tribesman with a traditional sharpened bush knife in Madang Province

ラスカルは、セトルメント(スラム)の近くで、車がスピードを緩めたところで車を襲い、車と所持品を奪うと言われていた。だが、セトルメントの近くに限らず、高級マンションが建つ地域で、強盗が行われることも多い。また、ラスカルが車を止めて強盗するだけではなく、我々がスーパーマーケットへ行った帰り道、強盗団の一味が車で我々の車の後をつけ、自宅へ帰ったところを狙い、車庫でガードマンを殴り倒し、車や金品を強奪するという手口もある。周囲こうした被害を受ける割合が、結構高いのだ。三分の一くらい人が、被害にあっているように思える。ショッピングセンターの中などを別にして、街中でも襲われる可能性があるので、基本的に歩けない。そのため、移動は必ず車を使うことになる。これは歩く例だが、主が道路の向かいの100メートルほど離れた航空会社のオフィスへチケットを買いに行くときでさえ、一人で歩くのは危ないので、現地人ドライバーをボディガードとして連れていく。

G4s という車によるエスコートサービス。車で出かけるときに、伴走してもらう。

危険な目に合う確率は、現地の言葉をどれほど喋れるかという事ともちろん高い相関がある。こちらでは、英語以外ではピジン語が広く使われるが、これとて西欧文化がもたらした混成語で、例えばポートモレスビーでは地元の言葉としてモツ語がローカルな言葉として別にある。主は、英語もままならず、残りの二つは全くダメなので、行動に制約があるのは仕方のないところだ。

また、パプアニューギニアは資源ブームでここ数年外国人が大勢押し寄せたために、住宅需要が急増し家賃やホテル代が高騰した。そのため、我々外国人が住める安全な物件は、非常に高額だ。おがげで、囲われた敷地の中で、快適な生活を送れるという副産物もある。この南洋熱帯の地のオーシャンビューの部屋の中で、カナダ人ピアニストのグレン・グールドが弾くクラシック音楽を聴き、気に入った本を存分に読むことができる。通勤は車で5分。遠くに出かけても車で15分あれば、ほとんどの目的地に着く。

だが、夜の街に気楽に出かけるのは危険があり、困難だ。このため、結構自炊をすることになる。ただし、他の会社の駐在員たちは、危険を承知で夜の街でも活発に活動しているようだ。

パプアニューギニアの気候はもちろん熱帯だが、ポートモレスビーだけサバンナ気候と言われている。海抜が低い割には、暑さがそれほどではない。今は6月下旬だが、日中は熱いが、夜は涼しい。こちらに来て1年経過したが、主はかなりの寒がり屋なので、この時期タオルケットの上に布団を1枚重ねている。8月はさらに寒い夜があり、昨年はさらに布団を2枚にした。

主は日本の高度成長期にアメリカ文化を刷り込まれて育ったせいだと思うが、パプアニューギニア人はあまり美男美女には見えない。彼らはアジア人の顔ではないし、アフリカ人とも違っている。女の顔もいかつく、偏った食生活のせいで年齢を経ると年齢が不詳になる。多くの人は、食事の摂りすぎでいかにも太りすぎの体型をしている。太った体型が、金銭的に豊かで飽食できるというシグナルになっていると感じる。

しかし、人の審美眼はそれぞれ。こちらで妻を娶った日本人も一定数ある。子供にも恵まれ、彼らは完全にこの国に定着している。人間(じんかん)到る処青山あり。住めば都だ。

おしまい

買ってがっかり 映画「グレン・グールドをめぐる32章」

相変わらずグレン・グールドにハマっている主だが、映画もほとんど見てしまった(と思う)。残るは、「グレン・グールドをめぐる32章」(1994年)ぐらいしかない。32章と言うのは、もちろんゴールドベルグ変奏曲が、最初と最後のアリア、その間にある30の変奏曲を合わせると32曲あるつけられたタイトルだ。英語名は「32 SHORT FILMS ABOUT GLENN GOULD」で、エピソードが32個描かれている。この映画、本人ではなく、他の俳優がグールドを演じていて、「グロテスクだろうな。」と思ってずっと買わなかったものだ。

実際に買ってみて、後悔した。最低と言っていいだろう。子供時代のグールドも出てくる。ピアノのキーを人差し指でバーンと力いっぱい叩き、まるで悪夢だ。あんなに乱暴に鍵盤を叩いてどうだっちゅうのだ!そんなん、ただのガキのすることやろ!繰り返し鍵盤を押さえ、出された音が減衰して聞こえなくなるまで耳を傾けないでどうする。当たり前かもしれないが、母親も子供も他に書籍で知っている人物とまるで違っており、非常に違和感がある。

大人になったあとの俳優は、やはり無理がある。それっぽくふるまっているのだが、やっぱりグロテスク。共感できるのは身長だけだ。

最悪なのは使われている音楽も良くなかった。流れる音楽。1曲目にゴールドベルグ変奏曲のアリア。これは理解できる。2番目は「シムコー湖で」で、ワーグナーのオーケストラ曲「トリスタンとイゾルデ」。いきなりグールドの演奏ではない。最後のクレジットをよく見ると「ピアノの演奏は全てグールド」と出てくる。ピアノが出てこない演奏は、ソニーの音源を使っているとあり、必ずしもグールドと関係するものではないようだ。3番目は、「45秒と椅子」。これが意味が分からない。グールドには部屋の中央で椅子に足を組みながら座ってカメラのレンズを見据えているインパクトの強い有名な写真がある。これを真似しているのがわかるのだが、グールドの有名な「椅子」が出てこない。有名な「椅子」とは、父親が椅子の足を切り落とし、手作りした折り畳み椅子で、床から35センチしか高さがないもので、一生涯どこへ行くにも持ち歩いたものだ。

椅子

「ハンブルグ」ここに描かれているグールドは完全に変質者だ。ヨーロッパ公演の最中、ハンブルグのホテルからカナダのウォルター・ホンバーガー(グールドのマネージャー)へ宛てて、慢性の気管支炎で来週のコンサートをキャンセルするという電報を電話でグールドが依頼しているシーンだ。グールドは電話機を片手で持ちながら、部屋を掃除しに来た美人のメイドが帰らないように空いた手で引き止める。同時に、電話しながら自分が演奏するベートーベンのピアノソナタのレコードの一節を聞かせる。部屋にはグランドピアノがあるのだ。レコードのジャケットに写された自分の姿をメイドに見せて、有名人ぶりを知らせるより、自分でピアノを弾けばよいだろう。おまけにベートーヴェンのピアノソナタは13番の第2楽章のところが唐突に流れ、格別に良い選曲とは思えない。時間の長さで選んだのではないか。

この映画は本人が語る形式で作られているが、内容はいろいろな書物に書かれているものの域を出ない。これだけ陳腐な内容の映画が、いまだに絶版にならないのは、グールド人気がいかに根強いかを物語っているかと思う。「グレン・グールド」と書かれているだけで、ファンは買ってしまうのだ。ちなみに、この映画の感想をGOOGLEで検索したところ、一つも見つけることができなかった。きっと、これが最初だ。何かを書こうという気にはならない、そんな映画だ。

ただ、ラッキーだったのは、従妹のジェシー・グレイグが出ていたこと。映像はともかく音楽は楽しめたし、特にエンドロールで流れるバッハのフーガの技法は、オルガンを使った演奏で一般に高い評価とは言えないのだが、聴きやすい演奏で再発見した気分になった。

(以下は、ネットからペーストした映画の内容。)http://movie.walkerplus.com/mv16454/

 1「アリア」雪原の彼方から近づく人影。 2「シムコー湖」鍵盤を叩く幼いグールド。ラジオから流れるワーグナーに涙する。 3「45秒と椅子」肘掛椅子に座る成人したグールド。 4「ブルーノ・モンサンジョン」『ゴールドベルク変奏曲』を記録した映像作家・ヴァイオリニストが語る。 5「グールド対グールド」スタジオで2人のグールドが対論する観念世界。 6「ハンブルク」演奏旅行の途中で、病気となったグールドがメイドに自分のレコードを聞かせる。 7「変奏曲ハ短調」フィルムのサウンドトラックを映写したもの。 8「練習」控室で頭の中の音楽を指揮し、舞うグールド。 9「L.A.コンサート」舞台係の男のプログラムにサインするグールド。64年のロサンゼルスでの最後の演奏会でのエピソード。 10「CD318」グールドが長年愛したピアノCD318のアクション。 11「ユーディ・メニューイン」名ヴィオリニストの回想。 12「グールドの情熱」スタジオでの録音風景。 13「弦楽四重奏曲作品1」グールド唯一の本格的作曲作品の演奏。 14「出会い」メイド、マネージャーなど関係者の証言。 15「ドライブイン」行きつけのドライブインの食堂で周囲の雑談に耳を傾けるグールド。 16「北の理念」同題のラジオ・ドキュメンタリーの制作場面。 17「孤独」ラジオ・ドキュメンタリーに関する質問に答える。 18「答えのない質問」批評家、作家たちに質問を浴びせられるが、答えはない。 19「手紙」ある女性に恋していることを友人に告白する手紙。 20「グールド対マクラレン」『平均律』第1番に基づいてノーマン・マクラレンが製作したアニメ「球体」の収録。 21「秘密の情報」グールドが株で大儲けをしたエピソード。 22「個人広告」怪しげな募集広告を書き上げるグールド。 23「錠剤」グールドが服用していた様々な薬。 24「マーガレット・パテュ」友人の回想。 25「ある日の日誌より」日誌の血圧値などのメモ書きとレントゲン撮影。機能障害でピアノが弾けなかった時のものらしい。 26「モーテル・ワワ」湖岸のモーテルで電話インタヴューを受けるグールド。 27「49」49歳の誕生日の前日、従妹のジェシーに電話をかけ、4+9が13である不安を話す。 28「ジェシー・グレイグ」その従妹の回想。 29「旅立ち」車を降りて電話ボックスに駆け込むグールド。カーラジオがグールドの訃報を知らせる。 30「ヴォイジャー」ロケットの発射。 31「アリア」惑星探査機ヴォイジャー1号と2号にはグールド演奏のバッハ『平均律クラヴィア曲集』第1巻の前奏曲第1番ハ長調が搭載された。グールドは雪原の彼方へ消え去る。 32「エンドクレジット」