PCオーディオ その2(日本オーディオメーカーの衰退)

2014年10月現在、大手メーカーのソニーやテクニクスなどのハイレゾ参入など、事情がかなり変わってきました。以下の記事は、2013/12/20に書かれたものですので、ご承知ください。

プアニューギニアから日本へ休暇一時帰国している。相変らずカナダ人ピアニストのグレン・グールド(1932-1982)ばかりを繰り返し聴いている。向こうでは仕方なく手軽な機器で聴いているので、自宅のPCオーZODIAC.jpgディオの音の良さを改めて再発見することになった。 自宅にはオーディオセットが3組!(女房が使っている物を入れると4組!)あり、どの部屋もネットワーク経由でハードディスクに入った音楽データを再生することが出来る。そのうちメインに使っている機器は、100万円以上費用ががかかっている! 左が50万円以上するDAC(デジタルアナログコンバーター。アメリカ製)写真の右側が電源部、左側が本体である。右側は単なる電源アダプターなのだが、低ノイズを謳っておりこれだけで10万円!する。オーディオの世界は、値段の高いものがいくらでも売られているので、これより高いDACもあるが、この値段は高額な部類に入ると言っていいだろう。さすがに我が家にある他のDACとは全く違うレベルで、原音を忠実に再現する。グレン・グールドはマイクをいろんな距離において、ピアノの音を録音をしている。今回我が家に帰って気づいたのだが、近くに置いたマイクと遠くに置いたマイクを違うチャンネルに録音している!この両方の音が聞こえるのだ。かなり静かな曲のインベンションとシンフォニアを聴いてその二つの音を聴き分けれることに気付いた。この現象はヘッドホンの場合に気付くことができた。

下はスピーカーとアンプ。こちらは、両方で50万円ほど。この値段くらいだとマニアックとまでいかないだろう。スピーカーはイギリスのB&Wという会社の製品。

B&W遙か昔のブログの主の青春時代、40年前は広くオーディオブームだった。若い男は決まってオーディオマニアだった。どこのスピーカーが良いとか、レコードのターンテーブルがいかに正確に回転するとか性能に皆うるさかった。当然ながら、オーディオ分野に多くの日本のメーカーが存在した。スピーカーに限ると、タンノイやJBLの海外スピーカーがジャズ喫茶(おー、何と懐かしい響き!!)で名声を馳せていた。しかし、部屋で聴くスピーカーは日本製品だった。 ところが時間がたつにつれオーディオはじり貧になり、死語になったかというくらいに売り上げが落ちていく。ウオークマンがヒットし、その後iPodなどに取って代わられるが、高級アンプやスピーカーを部屋に置いて音楽をじっくり聴くというスタイルは、限りなくマイナーな存在となる。

40年前、履歴書に無難な趣味として「音楽鑑賞」と書いたものだが、今は音楽を「鑑賞」すると表現しないのではないか。「鑑賞」という言葉には、対象を幾分有難く思う雰囲気がある。突然だが、ピアノもそうだろう。高度成長期、猫も杓子もピアノの存在が教養の証のように思われ、有難がってピアノが売れた時期があった。時代は変わったのだ。生活が貧しくなった、余裕がなくなったと解釈することもできるだろう。そうではなく、「音楽鑑賞」やピアノの向こうに有難いものなどないのだと化けの皮がはがれたのかもしれない。

オーディオは特殊な存在となり、いつの間にやらミニコンポに取って代わられた。ミニコンポは、中学生、高校生あたりをターゲットにした値段の安い値段のものが中心で、大人向けに少し高級志向の製品が僅かに並んでいるばかりだ。 

こうした凋落の歴史があり、高級オーディオの分野は、今では欧米の製品がほとんどを占めている。スピーカーは、欧米メーカーの名前で売られているが、実際の組立は中国でやっており、コストパフォーマンスが非常に高い。海外には特長のあるメーカーがたくさんあり、昔と比べるとコストパーフォーマンスが上がっている。小さなスピーカーでさえ、びっくりするほど良い音がする。スピーカの形もずいぶん変わったものが出ている。

日本メーカーはテクニクス、ダイヤトーンがなくなり、残っているのはONKYO、パイオニア、ビクター、ヤマハといったところで、幅広くオーディオ製品を作っているのはONKYOだろう。だが、このONKYOも買いやすい値段の商品を主流にしている。国内市場の縮小が原因で、日本メーカーは技術開発で海外勢に後れを取っていると感じる。また、コスト競争もまずいが、何より魅力のある品が日本製品には少ないことが、一番大きな問題点だろう。

アンプも同様だ。日本製はONKYOなどが頑張っているが、多く売れるところを狙っているのLUXMAN_thumb.jpgで、高級品の定番製品はない。高級品では、ラックスマンやアキュフェーズといったマニアックなメーカーが従来の路線で支持されている。日本製は重さで勝負(これまでの常識では、高級品には電源に余裕を持たせるために大きなコンデンサーを使ったりヒートシンクも巨大になるので、必然的に高級品は重かった)、真空管方式もありますぜといったスタンス。

ところが、近年海外勢はユニークなデジタルアンプを次々発表している。時代の先端を行くユニークな高級デジタル製品が出ているのだ。日本製は少ない。

主は結局のところ、日本製で評価の高いアンプ、ラックスマン。ラックスマンは昔ながらの重量(30KG)があり、この重さで音質を稼いでいるアンプだ。

このデジタルの技術革新に伴い、PCオーディオのブームがやってきた。パソコンとネットワークを使うとCDプレイヤーのような回転装置が不要になる。というより、何十万円もする超高級CDプレイヤーと同等のレベルの音質で聴くことが出来る。また、CDの規格は30年以上前に作られたもので、今は高品質で録音をしたものを、わざわざダウンサンプリング(品質を落と)してCDが作られている。この矛盾をインターネット経由でPCへとデータを取り込むことで解消し、品質の高い音楽データが手に入る。また、DAC(デジタルアナログコンバーター)とヘッドホンさえあれば、最高の音質をコストをかけずに楽しめる。昔は、アナログ接続が基本で、高級パーツを揃えてもたった1本のケーブルがボトルネックになったのだが、今や接続方法に無線や光などという手段もあり、事情が変わってきた。

これがきっかけで、主の「音楽鑑賞」の趣味が復活した。安い値段の装置でも、アナログと比べると非常にいい音で再生できるのだ。主は、古い録音(1950年~1960年代に録音されたCDなど)は、音質が悪く、いくら演奏が優れていても感動を呼び起こさないものと諦めていた。しかし、PCオーディでは昔の録音が、その当時の最高級アナログ再生装置を使ったかの如くリアルに再生できるのだ。

手軽に昔のCDを高音質で聴けることが、皮肉な現象を引き起こしている。主と同じようなオールドファンは、昔の巨匠の演奏ばかり聴き、タワーレコードなどのショップでも現代の演奏家より昔の演奏家のCDが多く並んでいる。理由の一つは、現代の演奏家の新譜は値段が高いことだ。また、現代の演奏家の新譜にどの程度価値があるのかわからず、冒険しづらいというのも理由だろう。片や若者は、レンタルやYOUTUBE、iTUNESなどで曲を手に入れており、CDはまったく売れなくなっている。

演奏のレベルは時代の経過に必ずしも比例しないのだ。今や録音技術が進歩していても、コンテンツのレベルが上がっている訳ではない。昔の方がハイレベルな場合も十分にあるのだ。こうして埋もれていた音源(ソース)が生き返えったのだ。

 

もてない男 1 (親友/昔話)

(2022/8/18)一部修正しました。

じじいが中学の時、同級生に目茶苦茶女子生徒にもてる男がいた。 彼が高校に入学したとき、彼の性格とルックスに惹かれた全校の高1、高2、高3の女子数十人が交際を申し込んだ。彼は、放課後、交際したい女子高生を教室の廊下に順に並ばせ、彼は教室の真ん中で一人、全員の交際希望者を順番に面接をした。そして、最終的に同じ学年で、面接で一番気に入った目鼻立ちのはっきりした、ちょっとグラマラスな彼女と交際していた。

じじいとは、中学は同じだったが高校は別だった。当時(昭和40年代)子供の数は多く、中学校は1学年に17クラス、約700人いた。生徒が多かったので、3年間同じクラスにならなかった。 唯一、中学で彼の記憶があるのは、グラウンドで野球部が試合をしていた時だ。大勢の女子生徒のキャーキャー言う歓声がしているので、そっちを見ると、彼がバッターボックスに入っていた。彼はその女子生徒の大歓声の中、バットを力一杯振るとボールは外野の間を抜け、スリーベースヒットを放つ。さらに大きくなる女子生徒の歓声。満塁の塁上からホームへ帰ってくる選手たち、土煙、三塁ベース上で大きく腕を突き上げて笑う彼。(「何やねんこれ!」とニヒリストだったじじいは思った。)

じじいたちが卒業した中学校

高校は、違う高校に通うことになったじじいと彼だが、当時流行っていたフォークソングが縁で二つの高校の間で同じ学年同志の交流が始まり、一緒にコンサートを開いたりするようになった。「おんなじ中学やん!」と友人づきあいが始まった。フォークソングと言いながら、吉田拓郎や井上陽水は商業主義でダメだった。加川良や高田渡という世間では知られていないアンダーグラウンドな歌手評価していた。

彼が入学した高校には野球部がなかったので、彼はラグビー部に入り、3年間は、その彼女と付き合っていた。高校卒業時、彼は大学受験に失敗し浪人になる。この浪人が延々と続く。一浪から二浪になるとき、その彼女とは別れるが、浪人生活は実に、五浪まで続いた!!!

その彼の予備校生時代の話である。やはりというか、予備校に入っても彼は、大勢の女子から次々交際を申し込まれる。彼が女子に声をかける訳ではない。つねに、女子から交際を申し込まれる。じじいは、大学にストレートで進学したが、中学、高校、大学とずっともてたことがなく、勉強なんかより、彼の様にもてたいと切実に思っていた。勉強なんかより、女にもてたい!!!!

そんな彼だが、ある日、同じ予備校に通う女子と、彼女の家で昼間ベッドに入っていた。その時、旅行に行っているはずの彼女の両親が、突然帰ってきた。玄関で鍵を外す音がガチャガチャと聞こえる。彼女も予定外の出来事に必死になりながら「こんなとこ、うちのお父ちゃんに見られたら、あんた!殺されるで!!と彼女。彼はベッドからはじけるように飛び降り、ベッドの周りに放り出された衣服をかき集め、裸のままパンツ1枚、窓から外へ脱出した。(なんか青春ドラマで見たことあるような。デジャヴか?)

やはり、彼の浪人生活中、もう一人の男の友人と民宿に泊まり山陰へ海水浴に出かける。現地で同じく旅行でやってきた大阪の女子大生3人と意気投合し、夜は花火と酒で盛り上がる。相当酔っぱらい、最後は乱交状態になったという。あげくに酔いつぶれて寝てしまった。翌朝、「昨日は酒も飲んだし、女とやったし、ええ夜やったあ!!」と布団で伸びをしながら目を覚ますと、枕元に服を着た昨日の女子学生が3人並んでおり、「大阪に帰ったらわたしと付き合ってください。」と全員からお願いをされる。

つづく

もてない男 2 (親友/昔話)

つづき

その彼が、高校のラグビー部の合宿でやはり海に行った。厳しい練習を終えて部員たちが銭湯へ行く。行った銭湯は、どうやら工事中らしく、男湯と女湯の境が薄い板1枚になっていた。その時、壁のところにいた部員の一人が「おっ! 穴から女湯がみえるで」と声を上げた。すぐに彼を含む周りのラグビー部員が反応し、「何や、何や!俺にも見せろ!」とその第1発見者の後ろに覆いかぶさっていった。「おーすごい!」「早よ代われ」「俺にも見せろ」と喚きながらその穴に向かって部員たちが重なり合った。するとやがて、その壁は、ラグビー部員たちの重量に耐えきれず女湯の方にばったりと完全に倒れてしまう。男湯と女湯の境がなくなり、女性たちの悲鳴。ラグビー部員たちはやはり、裸のまま服だけ持って、だーっと旅館へと一目散に走った。

彼の母親は、百貨店でマネキンさんと呼ばれる店頭販売員を派遣する会社を経営していた。いわゆる派遣会社の草分け的存在である。当時は日本の高度成長期だった。百貨店でマネキンさんが食品を販売すると飛ぶように売れた。また、百貨店の売り場は、今のように中高年社員やパートの主婦がまばらに売り場に居るという感じではなく、若い女性がてんこ盛りで、花園のような職場だった。その彼の母親がマネキンさんの派遣を仕切っているのだが、やりくりがつかず、息子の彼が、マネキンさんの代わりに売り場に立つこともあった。じじいも何度か狩り出されたことがある。そして、彼が百貨店で販売員のバイトをすると、100%!売り場の何人もの!!の女性社員から「今晩、晩御飯一緒に行ってえ」と誘われるのだ。もちろん、食事の後はホテル。彼より女性社員の方が社会人で給料も貰っている立場なので、すべて女性持ち。 じじいもそのバイトに行き、近くの売り場に居たアルバイトの美人女子高校生に思い切って声をかけたこともある。だが、やっぱり話に乗った子はいない。(とほほ)女性も人数がいると、美人がいるものだと思ったのだが、もてる男、もてない男、何事にも偏りがあるのだ。

彼の人となりの一端を紹介すると、女性と話をする時は、かならずファーストネームで呼ぶ。「xxちゃん」か「xx」と呼び捨て。苗字で呼んでいるのは聞いたことがない。若いころ、主を含めた男の多くは、それぞれに何か過激なこと、毒のあることを口にしていたが、彼はあまりそのようなことを言わなかった。主は、「微温的」とか、「ちょっとじれったい」と感じていた。もちろん仲間内の友人をけなしたり非難したりはするのだが、聞き手に同意を求めるようなところがあり、強く断定することがなかった。一方、常に気配りができる。そつがない。ユーモアがある。運動センス抜群である。女性にとって、頭が凝り固まっていと男は敬遠される。

だが、今還暦を迎える年になってようやく分かる。その「じれったい」こともある「微温的」な、人を否定しないところがもてる秘訣なのだ。人間だれしも否定されたくない。女性は男よりずっと、否定されることが許せない。鈍感な男はそのことに気が付かない。何か言われて、もちろん彼が断ることもある。だが、相手を傷つけるような言い方はしない。それがきっと女性にもてる絶対条件だ。

武蔵野ゴルフクラブ | 東京都八王子 | 【アルバ公式】ゴルフ場予約ALBA.Net(アルバ)

じじいは社会人になり郷里を離れ、彼の方は浪人生活5年でとうとう大学進学を諦め、母親の人材派遣会社の経営を手伝っていた。たまに主が郷里に帰った時に、他の友人と何度かゴルフに出かけた。ちょうどバブルの最中で、「自腹でゴルフするのは、こんな具合に友達同士でするときだけや。」と言う。懐かしい時代だ。じじいも彼も30を過ぎて結婚していた。派手な女性関係が相変わらず続いているのか聞きたいところだったが、普通の結婚生活をしているようだった。ゴルフ場の芝生に腰かけて男同士で昔話に盛り上がったが、女房とのセックスについて「ずっとセックスしてたら、何遍でもイキよる。」という。『さすがや』『俺はあかん』と納得した。

つづく

もてない男 3 (親友/昔話)

つづき

そのもてる男に最近また再会した。1泊する高校時代の同窓会が関西であり、じじいがはるばる関東から出席した時に、近くに住む彼が旅館まで訪ねて来てくれたのだ。高校の同窓会と言うが、来年1年のうちには全員還暦という年齢である。

彼は、マネキンさんを派遣する会社をずいぶん前に母親から引継ぎ、社長になっていた。最近、知的障害のある児童向けの施設を始めたと言った。「こうした施設は一人資格のある人を置いておけば、他の人は資格がいらんから、うちの派遣社員をそのまま使えるメリットがあるわけよ。それに運営費の大部分が自治体の補助金から出て、残りは児童の親が負担するから、金が確実に入ってくる。赤字になる心配がないんや。これは大きいで。府会議員さんは、みんなこうした福祉事業をやってはるわ。」

彼の話は、北新地(高級クラブで有名な梅田の一画)の話になる。「最近、高校時代の同級生と北新地へ行ったんやんか。そいつらは、公務員とかサラリーマンとかで、普段そんな高級な店に行ってないわけや。いつも、居酒屋とか赤ちょうちんで飲んどる。そのへんわしら自営業とはちょっと金銭感覚がちゃうやろ。そやけど、そういうクラブのホステスと話してたら、話も上手やし、どんな話にもついてきよる。それで、結構盛り上がったんや。当然、最後に会計になるわけや。一人あたりにしたら結構な金額になるけど、そんな額をそいつらから取れへんやろ。そやから、一人一万円ずつ集めて、残りは俺が払ろうたんや。そしたら、『安かった、おもろかった。』言うてみんな感激しとった。それでそいつらだけで、別の日にその店にまた行きよったんやな。そんで、会計したら、高い金をとられるやん。そんで、俺のところに『ぼられた』言うて文句の電話がかかってきたんやわ。正直なことばらすのもなんやから、露骨な説明は言わんかったけど、それくらいわからなあかんわなあ。」

その後、ホステスの話になる。「昔は、若い女が良かったけど、この年になると若い女はあかん。もうちょっと、年いったほうがええわ。30代後半やな。そこら辺が、味が出て来て一番ええわ。」

「ほいでや。新地のホステスが、店がはねた後、夜中の3時とか、4時や。毎晩俺に会いたいちゅうてメールして来よるわけや。こっちも女房の隣で寝ながら、メール来てるんは、気ついとった。そやけど、起きるのん面倒やん。それに女房は、亭主の携帯見るような女やないし、その辺はしっかりした女や。ところがや、あんまり毎日深夜にメールが来るもんやから、最後に女房が俺の携帯を見よったんやな。ほんなら、ホステスからぶわーっと一杯メールが来てるわけや。それ見た女房、どないしたと思う? その携帯に『xxの女房です。あんた、うちの旦那に何ぼメール送っても無駄や。あきらめなさい。』ちゅうて、返信しよったんや。その後女房に起こされて、布団の上でこんこんと説教されたがな。」「それで、大人しいに謝ったんかいな?」「謝ったがな。女房に金の管理すっかり任してて、俺は小遣い貰てる身や。全部事情説明させられて、もうしません言うて、謝ったがな。」

つづく

もてない男 4 (親友/昔話)

つづき

我々の友人の間に、そのもてる男を表す伝説があった。もてる男、小学校高学年、放送室での話。もてる男は、放送室に同級生の女の子と二人きりだった。女の子がなにやら真剣な表情になり「うち、あんたのこと好きやねん。そやからうちと付き合うて欲しいねん。」もてる男。「わかった。付き合うて欲しかったら、パンツ脱げ!」

!!。この伝説をもてないじじいが、同類の友人から聞いた時、もてる男はさすがに早熟やなあと思った。じじいが小学校の5,6年生の頃はずいぶん幼稚で(今も幼稚だが)、告白された女子に「パンツ脱げ!」という発想はほぼなかった。(主が大人になるにつれ、この妄想に大いに悩まされる。)

(松本人志, 高須光聖 松本人志の放送室 1)から

実際の話だったのかどうか真偽がわからないまま、とうとう約40年が過ぎた。本人にこの話の真偽を確かめたいと昔から思っていたので、この機会に本当かどうか聞いてみた。もてる男「俺もそういう噂があるのは、知っとった。」しかし、もてる男に説明しながら、じじいはどうしても笑ってしまう。どうも力が入らない。こういう肝心なところで、照れて脱力してしまう。肝心なところでダメなじじいだ。

結局のところ、真剣に質問する事が出来ず真相は藪の中のまま、他の話題になってしまった。申し訳ない。

もてない男ともてる男の一番大きな差は、もてない男は人格まで否定してしまうところだろう。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と簡単になるようでは人間が出来ていない。じじいはぜんぜん人間がなっとらん。もてる男も結構いろんなことに憤慨していたが、相手の人格を全否定することはなかった。

 おしまい

部活

日本の学生は、クラブ活動に参加していることが多い。勿論、小学校、中学校、高校、大学と年齢的な差があるが、高校、大学あたりのクラブ活動への参加の仕方がその後の人生への取り組み方に大いに関係してくるように思う。

ブログの主は、残念ながらちゃんとしたクラブ活動をやってこなかった。

これまで海外生活は、ブラジルとパプアニューギニアだが、どちらの国もクラブ活動などが広く行われているようには思われない。ブラジルはサッカーが人気だが、サッカー選手は学校のクラブ活動でサッカーがうまい選手ではなくて、プロの二軍チームから選抜されている。パプアニューギニアでは、就学率が低いという事もあるが、小学校に20歳を超えた人物が通っていたり、クラブ活動をしている余裕は全般にないと思う。

日本の場合は全国津々浦々、学校のクラブ活動は盛んで、体育系、文科系いずれも熱が入っていてレベルも高い。そうしたところでは、おのずと部長になったり、副部長になったり、マネージャーになったりして、人間関係に苦労しながら一つの目標に向かって進む困難を克服する術を自然に身に付けることになる。

文部科学省を賛美するつもりはないが、日本の学校のクラブ活動が、日本人の協調性や、団結力、問題を解決する力を大きく育てていることは間違いない。個人を見ても、実際にクラブ活動に熱心に取り組んだ者は、その後の人生においても問題解決力が大きいだろう。こうした日本のクラブ活動の広がりが、これまでの日本を築いた一因だと主は思っている。

有名大学卒でクラブ活動をやっていた者が、就職戦線で企業に一番人気があるというのは、将来的にこうした人材が会社で頑張ってくれると思われているからだろう。

もちろん、こうした見方は一面的で、大事なことは協調性や地道な努力の積み上げというよりむしろ、他に大事なことがある場合もある。それは、独創性であったり、大局観であったり、ある種の独裁が必要な場合があるのかもしれない。ただ、言えるのは、クラブ活動など全くせずに予備校にせっせと通い、有名大学を出て役人になったという人物は、ダメだろう。バブルがはじけてよく聞くサクセスストーリーは、元パートの主婦が店長に抜擢され、業績を目覚ましく回復するというものだ。この主婦は、昔クラブ活動を熱心にやっていたに違いない。(^^)

ポートモレスビー日本人会ロロアタツアー

ポートモレスビーには日本人会がある。会員数は、100人にはならないだろう。1年に2回ほど行事が催され、今回は、30名ほどでロロアタ島へシュノーケリングやスイカ割りをする日帰り小旅行をしてきた。

下の島がロロアタ島。ポートモレスビーから車で30分ほど東へ走ったところから、結構立派な船でロロアタ島に向かう。20分くらいで着いたのだろうか。(手前がロロアタ島に向かうための船で、正面にロロアタ島の桟橋が見えている。ロロアタ島に向かわずに近くでダイビングも出来るそうだ。)ロロアタ島へロロアタ島

ロロアタ島にはレストランやゲストハウスがある。ここが最終目的地で、ここで泳ぐわけではない。下は泳いだり、スイカ割りをしたライオン島という無人島。ここまでは、船外機がついたボートで来る。10人乗りくらいの大きさで一番後ろにエンジンがついているボートだ。このために、全員がライオン島に行くには、ボートが3往復するのを待たないとならない。この日は珍しく波が高く、ボートは波に上下に揺られ、子供たちがキャーキャー声を上げる。波しぶきをじゃんじゃん頭からかぶり、写真が撮れなかった。サングラスと日焼け止めは必須。日差しが半端ではなく強烈。ライオン島では、テントを張って、シュノーケリング、子供たちとスイカ割りをした。この無人島では、我々日本人だけでなく、インド人やパプアニューギニア人のグループも気づくと一緒だった。テントを張って、スイカ割りをする準備の良いグループは日本人しかいなかったが。ロロアタ島山頂から下は、再びロロアタ島に戻り、食事をした時のレストランに飾られていた彫り物。ビールを飲み、食事をして、日陰で風に吹かれのんびりしていると、周り360度、上も下も自然しかなくて、世の中にはこんなにのんびりできる場所があるものだと実感する。

ロロアタ島マスクロロアタ飾り下はロロアタアイランドリゾートのリンク。詳しくは、こちらを見てもらえるとよく分かる。http://www.divenavi.com/png/port/resort/loloata.html

一夫多妻の現地人ドライバー

現地人ドライバーには、奥さんが二人いる。セツルメントと言われるスラムに2軒家を持ち、子供が二人と三人いるそうだ。どの程度の本気度で言うのか分からないが、こういう男をBIG MANと呼ぶようだ。

パプアニューギニアは、約800部族があり部族ごとにかなり違いがあるが、全般にハイランダーと言われる高地族は、男尊女卑が烈しく、このような一夫多妻の話をよく聞く。ハイランダーは気性が荒く、女性よりも豚の方が大事という比喩があるくらいだ。殺人事件や強姦、児童虐待(近親相姦)などが新聞を賑わしている。一方、海に面した場所に住む部族は全般に顔つきも穏やかだ。父親が育児に専念し、子供が独り立ちをすると母親の元に帰っていくという母系社会があったりする。

現地人女性スタッフが、男に暴力を振るわれかなりの傷を負って出勤することがある。顔に殴られた跡があり、足も引きずっている。他にも、若い女性スタッフが、午前半休を上司に請求するのだが、パートナーの暴力沙汰に巻き込まれ警察へ行くと大っぴらに書いてくる。

パプアニューギニア人は文明に接してわずか80年、もともとアルコールに接してきていないので、アルコールの飲み方を知らないというか、飲み始めると徹底的に飲み、狂暴になる。アルコールの分解酵素がないという説もある。我がアパートの階下のベランダで現地人が酒を飲みながら楽しく過ごしているのだが、夜が更けてくると、最後は喧嘩が始まる。並大抵の喧嘩でなく、すごい迫力。

婚姻制度がどうなっているのか知らないが、重婚がダメとは聞いたことはない。そもそも、そうした制度が村々まで浸透しているとは思えない。生活力のある男は、多妻なのだろう。選挙の投票率が100%以上と言われたりするが、どこにどれだけ住んでいるのかはっきりしていないのだ。仲間のことをワントク(one talk)と言うのだが、同じ部族の場合、親戚の一人の成功者(ワントク)を頼って大勢が田舎から上京してくる。警官はワントクに便宜を図り、政治家もそうだと言われている。身の回りでも生活に余裕のある人物は、養子をよく育てているようだ。

ちょっと、フォローのしようがない。(^^);;; ワイルドなパプアニューギニア。

パプアニューギニア ネット環境

パプアニューギニアのネット環境は世界中でかなり悪い方だろう。

YouTubeを見ることは非常に厳しい。ダウンロードが再生に追いつかず、ぶつぶつ切れる。YouTubeを録音するフリーソフトがあるようなので、そういうものを使えば良いのかもしれない。

インターネットテレビはどこか違う星の話に思える。完全に無理。日本では錦織圭のATPの試合をテニスTVで見れたが、PNGでは試してみる気にもならない。

料金が高い。自宅では、ケーブルテレビの回線を使った一番早いインターネット接続を契約しており、1か月2万円支払っている。スピード測定サイトで調べたら、40KB/Sだった。日本の光回線1000KB/Sと比べると25倍スピードが遅い。JAVAのアップデートに30分かかったりする。1か月でダウンロードの上限2GBと定められた従量制だ。 リンなどの音楽ソフト供給サイトからHigh Density(高密度)のデータを日本でダウンロードしていたが、こちらでは何日かかるか見当がつかない。そもそも上限2GBに引っかかってしまう。Windows Update も料金と時間が気になるので無効にしている。

一番苦労したのは、NIFTYなどのプロバイダーが、PNGから日本へメールを送れない設定になっていること。日本から来るメールはPNGで開けるのだが、PNGから送信できない。どうやら、PNGからNIFTYを使ってメールを送信する日本人がいるとは想定されていないらしい。こちらに来て原因がわからず焦った。これは、WEBメールを使うようになってやっと解消できた。(^^);;;

ポートモレスビーの警官

ポートモレスビーの警官は、市民の安全を守る存在ではない。人口に占める警官の割合は他の外国と比べて少ないこともあって、街で警官の姿を見かけたことはない。部族抗争や貧困問題から治安は悪いのだが、凶悪事件があっても捜査能力が低く現行犯以外はなかなか逮捕されないと言われている。カージャックにあっても犯人が逮捕されることはまれなのだそうだ。

そんな警察だが、日中、道路を走る車両を対象にロードブロックと言われる検問をしょっちゅうしている。主にフロントガラスに法律で定めれたシールの期限が有効で、登録税が払われているかどうかチェックしていることが多いのだが、それらに問題がなくとも、明らかに外国人(東洋人)はターゲットにされる。路肩に車を止めるように言われ、あれこれ言われて罰金を請求される。後部座席の乗客がシートベルトを締めていないとか、ウインドウォシャーが出ないとか、シールの有効期限があるのに間もなく期限が切れるとか、路肩にすぐに停止しなかったとかなどと言いがかりをつけられる。それに口答えすると「警官に攻撃的な態度を取った。」として罰金額が増えたりする。

の際の対応は非常に難しい。免許証を差し出しこちらの名を名乗ったうえで、警官の名前を聞く。違反切符を貰い、現金で払わない。これは勿論、彼らの小遣い稼ぎにならないようにするためだ。

警官の給料は、5万円程度。優秀な者は、給与の高い民間会社に流れるという。ポートモレスビーには大型のスーパーなどがあり、様々な品が売られているが、ほとんどが輸入品なので、値段は日本以上に高い。5万円の給料では、そのような品を買うことは困難だろう。一方で、我々外国人以上に裕福なPNG人も多い。パプアニューギニアは近年LNG、金などの鉱物資源が発見され、資源ブームに乗った一部の現地人とそうでない人との較差が大きいので、このような現象も仕方がないのかなと思う。