電通・女性社員過労死–社会の反応 残業割増率を上げることが先決ではないのか

昨年12月25日、電通の女性新入社員(当時24歳)が過労により自殺し、三田労働基準監督署はこの社員が月105時間の残業をし、うつ病を発症していたと判断、労災が認定された。

dentsu
NHK News WEBから

日本の名だたる一流企業で、東大を卒業したばかりの社員に起こった事件ということもあるのだろう、大きなインパクトを与え、さまざまな報道がされている。しかし、そのほとんどは日本人のメンタリティや、外国との文化の違いを理由に上げ、日本(人)は独特で、会社に対する忠誠心が高いという風に分析される。また、ブラック企業では、違法なサービス残業が横行しており残業代がまともに払われていないのに、これが当然とされる社風もあると指摘されている。

しかし、このような過労死が起こるのは日本に限られ、諸外国と比べると超過勤務に対する割増率が低いことが大きな原因であるとはほとんど指摘されていない。

以下のリンクの表を見てもらうと、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、韓国いずれも超過勤務の割増率は50%であるが、日本は25%である。それにヨーロッパのイギリス、フランス、ドイツでは、年間の労働時間数にほとんど残業が含まれておらず、残業自体を許さない社会風土があると考えられる。(日本とドイツは年間の平均労働時間が20%も違う。ただし、大企業で1か月あたり60時間を超えると50%の割増となる)

割増賃金の状況等について

日本の割増率25%というのは、業務量が増えた時、新たな労働者を雇用するより、既存の労働者に残業させることの方が得だというインセンティブが働くことを意味している。ましてや違法なサービス残業が蔓延しており、経営者にしてみれば、既存の従業員をこき使い病気に追い込もうと、あるいは病気にならずとも離職されても、タダ働きをさせることができる期間があれば儲けものだ。ブラック企業には、異常な長時間労働をさせながら残業手当を払わず、社員の定着率が異様に低いところがある。これは社員に残業手当を出さずに使い捨てにしても、それでも働く労働者の「歩留まり」を見込んで(労働者の善意や無知を利用して)不当な労働環境で働かせている。最近はあまり聞かなくなったが、「名ばかり管理職」は明らかに残業手当を支払わないための方便だった。この二つ(割増率が低いこととサービス残業という違法状態が見逃されていること)が、他国にはない日本の長時間労働の原因だろう。

大企業の場合、月あたり60時間を超えると確かに50%の割増となるが、60時間までは25%の割増率であり外国へ向けたポーズにしか思えない。多くは25%の割増率が適用されるだろうし、それでは残業を減らすインセンティブにはならないだろう。

この一連の報道では、問題のすり替えが起こっている、もしくは、現象面にだけ囚われた分析が行われている。何故、企業が新規に労働者を雇用するより、既存の従業員に長時間労働をさせる行動をとるのか、この原因をはっきり言わなければならない。

政府が取るべき対策は、まず、1週間の労働時間の上限である40時間をヨーロッパのように守り、残業は原則として認めない社会風土を目指すことだ。当然、残業をさせる場合は割増率をすべて50%にすることだ。当たり前だが、残業の事実があるのに残業代を支払わない企業は、厳しく処罰することだ。

しかし、いったい誰に遠慮して、このようなぬるま湯的な分析ばかりがまかり通るのか不思議なところだ。

ここからはちょっと内容を変え、マクロ経済的な話をしたい。

上のリンクの「割増賃金の状況等について」は、経産省の「経済の好循環実現検討専門チーム事務局提出資料」となっているのだが、どうも政府は踏み込み不足という感じがしてならない。資料の中で割増賃金率を変えた場合に、新規雇用と超過勤務の相関関係がどうなるかを示しているが、分岐点となる割増賃金率がいくらかなのかは明らかにしていない。これでは、政府が現状維持を許すためのアリバイ作りに過ぎないのではないか。

主は、アベノミクスを高く評価している。だが、アベノミクスの第1の矢=金融政策、第2の矢=財政政策、第3の矢=構造改革のうち、第3の矢は掛け声だけだ。そのせいでマーケットの信頼を失い、アベノミクスの最初の成功の先が見えない。

政府は、真っ先にこの残業に対する割増率25%から50%への改定をやればよい。経済界は反対するだろうが、世界水準に持っていくだけだ。

同時に、マスコミでしょっちゅう取り上げられる待機児童の解消(保育所の充足)も大事だが、フランスのように子どもの養育費を政府が面倒を見るというような大胆な政策をすべきだ。

昔、池田内閣が「所得倍増計画」を掲げたが、「所得5割増し計画」「所得3割増し計画」のようなプランを表明すべきだ。高額所得者の所得を増やす必要はないが、低所得者の所得は大幅に増やす政策を取るべきだ。

財源について財務省が脅しをいつもながらかけるが、日銀がお札を刷りヘリコプターマネーをばらまくということで問題ない。現に今やっている補正予算にもヘリコプターマネーの要素がある。

こうすれば通貨の流通量が増え、為替レートに対し円安効果が出てくる。為替レートが110円より下がると、工場を海外移転させるよりも、日本国内で生産することが有利になり、生産が国内回帰へとシフトする。そうすると地方も潤い、人口減少に歯止めもかかるだろう。いいことずくめだ。

ヘリコプターマネーの解説は次のリンクが分かりやすい。

http://www3.nhk.or.jp/news/business_tokushu/2016_0728.html

ちなみに、経済に興味がない人にはわかりにくいかもしれないが、為替レートの表現は、1ドルが何円分になるかで表しており、数字が小さい方が高い(値打ちがある)。

この為替レートの最近の推移のおさらいをすると、民主党政権時代は超円高で80円/1ドルほどの水準だったこともある。企業収益は悪化し、企業の生産拠点の海外移転が進んだ。その後、民主党が自民党に敗北し、アベノミクス、量的緩和が始まると、125円ほどの円安へと進んだ。この水準は、リーマンショックの前のレベルである。この段階で雇用情勢、企業の業績も好転し、アベノミクスの成功が囃し立てられた。ところがその後の経済が上向かないことに対し、日本政府の政策に目立った処方箋が見当たらない、第3の矢に具体策がないと海外投資家に判断された。そして、今年のマイナス金利の導入で、もはやアベノミクスには量的緩和の手段がないと投資家に見透かされると、現在は105円程度の水準の円高になっている。直近では、アメリカ大統領選挙でトランプに勝利の可能性が出てきたが、彼がどんな経済政策をするのか不明なため、ドルが売られ円が買われて102円ほどの円高へと振れている。

 

 

日経新聞 財務省ちょうちん記事でっち上げ 浜田宏一/高橋洋一対談

written on 21.10.2016

ラジオ・ニッポン放送に「ザ・ボイス そこまで言うか」という番組があり、経済学者の高橋洋一氏が隔週で出演している。

この高橋氏はリフレ派(マイルドなインフレにより経済成長を果たすのが経済運営に効果的だと考える人のことをいう)の旗頭の一人で、財務省が主導する財政再建キャンペーンを激しく批判している人物だ。財務省、マスコミは「日本の借金が1000兆円」で「GDPの2倍」と盛んに宣伝している。これに対して、高橋氏は、1000兆円は債務の総額(グロス)であり、一方で日本には資産が650兆円あり、正味債務(ネット)は差し引き350兆円になる、このため、財務省の宣伝は恣意的に危機を煽っているとあちこちで主張している。この主張は、どこかで知った人も多いだろう。

この番組の10月18日の放送で、国際電話で登場した安倍首相のアベノミクスのブレーンである内閣官房参与の浜田宏一氏が、メディアに言っていないことを書かれるとめずらしく、激しく憤慨していた。浜田氏は、イェール大学名誉教授でアメリカを本拠地にしている経済学者で、国際金融論やゲーム理論などが専門だ。

憤慨している内容のリンクと簡単な要約を記すと

(次がラジオ・ニッポン放送のYOUTUBEのリンクだ)

https://www.youtube.com/watch?v=pOwrlDff9sA

(次が問題の日経新聞の記事である)

%e6%97%a5%e7%b5%8c%e6%96%b0%e8%81%9e10%e6%9c%8812%e6%97%a5

 1) 浜田宏一氏が「アメリカのFOMC(連邦公開市場委員会)と日銀金融政策決定会合の開催時期が近くて微妙だ」と発言したところ、外国報道社に「日銀金融政策決定会合をFOMCの前に開催するのはやめるべきだ。」と発言したと書かれて困っている。 

2) 浜田宏一氏が安倍首相に「今がロシアと経済で手を結ぶ最大のチャンスです」と熱弁をふるったと日経新聞に書かれているが、このような(ロシアの発言)ことは全くない。

3) 浜田宏一、高橋洋一両氏などのリフレ派経済学者は、主流の経済学者ではなく異端と読める表現になっている。しかし、日本の経済学の状況が世界とかけ離れている(日本の経済学者は、理論と実証が分離しタコツボにいる)のであり、世界的にはリフレ派が主流である

4) 記事でリフレ派のアベノミクスが敗北したかのように書かれているが、現実を見ていない。雇用状況は大幅に改善しており、極めて低い金利のもとで金融政策(量的緩和)の効果が出にくくなっている状況はあるが、敗北ではない。金融政策と財政政策を合わせ、デフレから脱却し、経済成長するしか進む道はない。

といったところだ。(もっと、中身のあることもたくさん話題に出てくるので、是非YOUTUBEを再生してください)

それよりも何も、主が記事を読んで気づくのは、日経新聞の財務省へのヨイショであろう。消費増税時の関係者として浜田宏一氏をキャプションしているが、浜田氏は消費増税をずっと批判してきた立場だ。知らずに記事を読むと、増税に賛成したのかと思う。

また、(財務省が)『「呼吸がわかってきた」。政府が28.1兆円の大型経済対策を詰めた今年7月。規模は財政投融資で大きく膨らませて見せ、赤字国債は新たに出さない――。財務省の演出を首相も採用した。』と書いている。しかし、これに対し、「私も言いたいことがある」と高橋氏が言っている。すなわち、「財政投融資を使うのは、私が昔の大蔵省で初めて採用した政策(財投債はプライマリーバランスに影響しないルール)で、このアイデアを官邸に伝えたのは自分だ。財務省ではない。記事は全く嘘だ。取材しているのか。」と述べている。

最後の部分もひどい。記事の最後は「本田、浜田両氏ら側近のベスト・アンド・ブライテストたちと首相の協議はあくまでも 非公式な場。長期安定政権には「主流」の力を引き出す懐の深さも求められる。」とある。ここでいう本田悦朗氏、浜田宏一氏は「異端」「傍流」の扱いになっており、それ以外の「主流」を使う「懐の深さ」と言っている。

いったい日経新聞の言う「主流」の経済学とは何なのか。ラジオ放送にも出てくるが、この書きぶりに記者のインテリジェンスを疑う。

ちなみに、誰が書いたか記事の署名がない。書名がなければ、これだけ根拠がないことでもすらすら書けるのだろう。

 

 

 

 

 

恐るべし中国製極安アンプ LEPY LP-2024A+

デスクトップパソコンに接続する安いデジタルアンプを探していた。しばらくググったところ、中国製のLepy LP-2024Aを見つけた。口コミを見るとすこぶる評判が良いのだが、値段が何とわずか3千円!ほどだ。

パソコンの音出し用と割り切って早速購入した。下が写真なのだが、口コミが良いだけあって、値段以上の性能を発揮する。とても3千円とは思えない音がする。

LEPY LP-2024A+
Lepy LP-2024A+

中音域は心もとないのだが、低音域と高音域は自然な音が出ていて立派なものだ。残念なことは入力に、RCA端子というアナログの規格しかないことだ。デジタルアンプなのだから、デジタル入力があればよいと思うのだが装備されていない。値段が安いので仕方がないか。

デジタルアンプで入力にもデジタル入力を備えている機種を探すと、DENONなどのオーディオ機器メーカー製のものがある。大体5万円前後で販売されている。この値段が意味するところは、決して高級品のゾーンではないということだ。デジタル方式でオーディオ向けの良い音を出すのはかなり難しいと言われている。ただ、軽い、小さい、発熱量が少ないというメリットがある。

そのため高級志向のアンプは、アナログ方式となる。アナログ方式というのは、音源の波形を忠実に再現(拡大)しようとする方式だ。スピーカーから出る音が、歪のない正確無比なものであることが肝要だ。このため、歪を最小限にするよう厳選されたパーツで構成する必要があり、値段は高く、重いものになる。

ただ、現在のデジタルアンプは、既に高級品を駆逐する威力を持っている。現にiPodやスマートホンなどには、デジタルアンプが使われている。これは昔のアナログアンプを凌駕しているし、十分に実用的だ。

以下はオマケだが、下の写真がデスクトップパソコンで使っているスピーカーとUSB DACだ。スピーカーのスキャンダイナはデンマーク製らしいが、ユニークなデザインで気に入っている。

スキャンダイナ
スキャンダイナ MICRO POD SE

 

DAC-1000
ONKYO DAC-1000

 

 

 

 

B&W 805D3 購入!

主は、下の写真のB&W CM8というスピーカーを2年ほど使っていた。B&Wというのはイギリスの会社である。秋葉原のヨドバシカメラに高級スピーカーを並べた部屋があり、やはり高級アンプ、高級CDプレイヤーの試聴をする際のリファンレンススピーカーとして店員が勧めていたのがこのB&W CM8だった。店員のこの話を聞き、これを買ったのだが結構気に入っていた。

B&W
B&W CM8

ところが、主がふだん行っているテニスクラブに、やはりクラシック好きでオーディオマニアの爺さんがいる。もちろん主も爺さんだが、このご仁は東京国際フォーラムで行われるオーディオフェアへ毎年欠かさず出かけるという筋金入りだ。

80歳の少し手前で、気の毒なことに現在は心臓病を発病し、いまはテニスを休んでいるのだが、秋には復帰できるらしい。この年齢だが、エドバーグ(この名前を知っている人は昔からのテニスファンですね)が使っていたようなフェース面積の小さい(85インチ!)こだわりのラケットをずっと愛用している。

音楽/オーディオの方は、チェロのミーシャ・マイスキーのファンだがジャズも聴くというオーディオマニアで、主はテニスクラブで音楽談義に話を咲かせていた。次の写真が、彼が持っているスピーカーだ。このスピーカーは1980年代に発売され、その後も大ヒットを続けた。

B&W_matrix801
B&W 801Matrix

B&Wのこのスピーカーのシリーズはその後も改良され、高い人気を保ち続けるのだが、昨年の秋にもモデルチェンジをし、主はその評判を耳にしていた。このB&Wの最高位のラインナップは800シリーズといい、主が購入したのは下の写真の805D3だ。最初は、評判を知っていたが、価格ゆえに躊躇していた。だが、普段聞いているグレン・グールドの協奏曲物とピアノソロ、ちょっと録音が古く音質が良くないものなど取り混ぜて、何度かヨドバシカメラへ持って行き試聴はさせてもらっていた。

B&W_805D3
B&W 805D3

試聴すると、表現される内容の次元が、これまで使っていたスピーカーとは違う。これまでは朦朧として気が付かなかったのだが、例えば、グールドのベートーヴェンピアノ協奏曲3番(指揮:バーンスタイン)は、1959年の演奏(グールド27歳、バーンスタイン41歳)でステレオ録音が始まった時期のものだが、オーケストラの音色、金管楽器と弦楽器がフォルテで全奏するところなど、古式蒼然とした音色だということに気が付く。大仰といってもいいし、歴史的録音という表現もできるだろう。それに、グールドのピアノのトラックが、真ん中に非常に大きな音で強調されており、今の録音ならこう極端なことはしないよなと今更ながらに思う。

主は、これまで器楽曲や室内楽といった小編成のものばかりを聴いてきた。というのは、オーケストラなどを聴くと、普通のスピーカーでは解像力が劣るために、音が混じってしまいいまいち好きになれないのだ。ところが、この805D3ではオーケストラが、オーバーな言い方だが、コンサートホールではこのように聞こえるだろうという再現性を見せる。さらに、このスピーカーに替えて気が付いたのは、チェンバロの音の美しさだ。特に録音が古いチェンバロ、例えばグスタフ・レオンハルトのもの(1972年の録音だった)などはあまり聴きこんでいなかったが、初めてその価値に気づいた。音が正確に表現されると違って聞こえるのだ。レオンハルトおそるべし。

チェンバロに限らず、「このCDには、こんな音が入っていたんだ!」と思うこともたびたびある。(おかげで、ジャズのマイルス・デイヴィスもよく聴くようになった)

この800シリーズのラインナップは次の4種類あるのだが値段がすごい。一番左が、802D3 で¥3,400,000、左から二番目が803D3で¥2,700,000、左から三番目が804D3で ¥1,460,000、右端が主が購入した805D3で¥880,000である。この805D3はブックシェルフ型なのだが、写真の純正スタンドは¥140,000する。

B&W800series

このヨドバシカメラでの試聴の際に、顔見知りになった店員に小声で「ここだけの話ですぜ。即決するなら、スピーカー2台で6万円まけます」と言われるのだ。ここで、最近の円高で輸入品の仕入れ値は下がっているはずだから、値下げされないかなと思っていた主の心は揺れる。ぐらぐら。とりあえず、名刺をもらって帰る。

そこで、奥さんに反対されない方便を考える。前から考えていたのは、古いスピーカを息子に譲り、有効活用を図る。これなら仕方なく認めてくれるかもしれない。

結局、ヨドバシカメラと自宅で同じ音が再現できたか? それは残念ながら、ヨドバシカメラの方が良いようだ。なぜなら、ヨドバシカメラでは純正のスタンドを使い、スピーカーケーブルは最高のものを使っている。アンプも相当、高級品だ。エージング(暖機運転を十分にすること)も十分だ。

オーディオの世界は、壁の電気コンセントとアンプなどの電気機器をつなぐケーブル(電線)や電気コードを差し込むタップに、10万円以上するものが売られているほどキリのない世界なのだ。オーディオにどんどん凝っていくと、究極は、電力会社にオーディオ専用の電柱を立ててもらうところまで行く。間違ってもそういう世界に入らないように、気を付けながら愉しもうと思っている今日である。

 

老親の医療について (その2 父の場合)

主の出身は大阪だ。当然、父母は大阪に住んでいたのだが、母は5年前に83歳で亡くなった。このとき父は85歳で、主と父が一緒に地元の脳神経外科医から聞いた診断では、父はアルツハイマー型の認知症を患っており、普通の人の状態を100点満点とするなら、父の認知能力は35点しかないという説明だった。だが、当時の父の反応は、もちろん頼りない面があちこちにあるものの、当時は一応それなりの反応ができていた。

この脳神経外科医の診察の際、配偶者が直前に亡くなり、息子が東京から父に付き添っていることを説明した。すると医師は父に向って、銀行の預貯金などの管理がどうなっているのか今のうちに息子へ伝えなさいと諭すように言ってくれ非常に助かった。

また、父は内科へも通い、高血圧の薬、睡眠導入剤を貰っており、加えて前立腺癌を患っていた。内科医の説明では、高齢者の前立腺癌は、寿命で死ぬか癌で死ぬかどちらが早いかというくらい進行が遅いとの説明があり、治療の意味がどのようにあるのかと主は疑問を感じたのだが、内科医は「癌なのですよ!!」と主に驚けとばかりに促した。

母の葬儀が済むと、父は大阪のマンションで独り取り残されることになった。だが、認知症に加え、料理・洗濯・掃除などそれまでほとんどやってこなかった男である。主は仕事があり、千葉へ戻らなくてはならない。しかし、父をほったらかしにするのは無理がある。

このため、訪問介護事業者の力を借りることにした。自宅に近い事業者に相談、まず市の介護認定を受けた。認定結果は、要介護1だったように思う。並行して、ヘルパーさんに自宅の訪問をお願いした。この事業者は派遣会社系の事業者だったが、大変お世話になった。非常に親身に対応していただいた。

介護保険の経費面の説明をすれば、受益と負担は、当然、介護度と収入により当然変わってくるが、ざっくり言うなら、その当時は、1か月あたり15万円程度のサービスを1割の負担で受けられた。この制度により、父の場合、週に3~4回程度ヘルパーさんに来てもらい、食事の用意、買い物の同伴、洗濯、掃除などの家事をやってもらい、別に週1回通所のデイケアサービスを受けることができた。

父は大阪でヘルパーさんの力を借りながら、3か月ほど独り暮らしをした。だが、父はすでに85歳で認知症がかなり進んでおり、大阪で独り暮らしをしたまま、千葉の息子が大阪のケアマネージャーと電話で相談しながら進めるのは無理だと感じていた。

このため、まず父を主が住む千葉へ移し、同居をしながら介護付き有料老人ホームを探すのが良いだろうと考えた。ヘルパーさんを通じて千葉への引っ越しをしても構わないかという意向を父に聞いてもらったが、あまり肯定的な返事をしないということだった。このため、父にはヘルパーさん二人から「千葉へ旅行に行って下さい」と騙してもらうようにお願いし、新大阪駅まで見送ってもらい、主が東京駅まで迎えに行くという方法を取った。

父が千葉へ来ても、本人は旅行のつもりなので夕方になると「それでは大阪へ帰ります」と言い出したりする。一方で、父を宥めながら老人ホームの下見に出かけたりした。認知症がある程度進行すると、直前に考えていたことが思い出せなくなる。哀れだが、優しく話をされると何でも肯定的に受け止めてしまう。

父はこのような調子だったが、一方で必要な手続きはいろいろあった。 母の死亡により預貯金が銀行で凍結されてしまった。これを解除するため、相続権のある者の書類を取り寄せ、「遺産分割協議書」を作成して銀行へ提出しなければならなかった。また、父は賃貸マンションに住んでいたのだが、引っ越しをすると家財の処分、原状回復もしなければならない。当然ながら役所の手続きもある。銀行の支払いでどの印鑑が使われているのかわからず、銀行員の好意にすがって印鑑を教えてもらうということも必要だった。母の入院後、父が千葉へやってくるまでの間、主は毎週のように千葉と大阪を往復しなければならなかった。

Bestlife

老人ホームに対して、父はバラ色の幻想を抱いていたようだ。よく「ホームへ入れてくれるか?」と言っており、入居を希望しているように見えた。このため介護付き老人ホーム探しは順調に進み、上の写真のところに入居した。

だが、父が抱いていたイメージと違うことがこのホームに入ってすぐに分かり、他の老人ホームへ移りたいと言い出した。実際に入居してみると入居者同士の会話が全くない。何もすることがない。散歩もさせてもらえない。このあたりが本人が抱いていたイメージとのギャップだと思う。認知症とはいうものの、大阪から突然縁もゆかりもない千葉の老人ホームに入り、周囲は見ず知らずの人ばかりだ。集団生活といいながら、会話もない。(ちなみに、元気な老人の場合は外出も認められていた)

父の意向に従って、他の有料老人ホームの見学を実際にしたのだが、状況は全く同じだった。むしろ、今入居しているホームの方が、毎日の体操(チェアエクササイズ)やお誕生会など入居者同士のコミュニケーションを取ろうとしていた。

ただ、父は何が嫌だと感じたのか、それ自体を忘れてしまう。他の老人ホームの見学に行ったことも覚えていない。無意識の領域に、不快な気持ちがあるのだが意識の端までは上ってこない。そんな状態で、父はこのホームに5年間住んでいた。この間に認知症は非常に進んでしまった。

やがて、父は意識もはっきりせず、意欲も低下していることが外からもわかるようになる。昔趣味にしていたクラシック音楽のことなどは雲散霧消し、朝食が和食か洋食だったかも言えない。家族や親せきの関係も分からなくなり、かろうじて息子である主だけは分かっていたようだが。表情は穏やかだが、昔の気性やはっきりした意識はまったくなくなり、最低限のできることとして食事を取ること、短い距離の歩行ができること、排泄ができるということだけだ。もう生きることに倦んでいたのは、間違いない。

主は見舞いに行き、ホームの近くにある大規模ショッピングセンターによく出かけたのだが、当初、レストランで昼食をとっていた。だが、徐々に食べこぼしが激しくなるにつれて、喫茶店やフードコートでの喫食だけになった。最後は、おしめをするようになるのだが、小便が漏れないかと気にかかる。

入居当時に医者と治療方針を老人ホームへ毎月診察に来る若い内科医と相談する機会があった。このときには、年齢が年齢で昔の面影がすっかり失われており、積極的な治療は希望しない旨を伝えたのだが、それでも約10種類の薬を処方されていた。

また、前立腺がんの権威らしい老教授と相談する機会もあった。この老教授に診察を受けたのは父が85歳の時だったが、「あと5年くらいは生きるでしょう」「(呆けてはいるが)治療を続けて安寧な状態を保つのが、家族、老人ホーム、皆にとって都合がいいだろう」というような意味のことを言った。

どちらの医師も薬を止めたりすることは、毛頭考えないようだった。父にかかるコストは、老人ホームの入居費が月々20万円弱、介護保険の総額が20万円程度、医療費が10万円弱かかっている。介護保険と医療費は本人負担が1割なので、3万円ほどになるため、ホームの入居費と合わせると本人負担は20万円ちょっと超える。だが、コスト全体は月々50万円くらいになるということだ。

今となっては確かめようはないのだが、ホームへ来る若い医師の診察は毎月1回問診がさらっとあるだけなのに、明細を見ると医療費が診療に月3万円程度、薬剤に7万円程度かかっていた。何故そんなに費用がかかるのか疑問だった。

父は、亡くなる直前におむつをしたり徘徊をしたり手がかかる状態になったが、これは亡くなる直前だけだ。それまでは頭がぼけていたが、着替えもできたし排泄もできた。その人物に、毎月50万円の費用がかかり、ホームは介護保険と入居費用の40万を受け取り、医師は月1回の問診で3万円、薬局が7万円受け取る。関係者にとって大きな収入だが、老人の介護費、医療費が大きな問題になるはずだ。

 

 

LITERA 「稲田朋美防衛相に領収書偽造が発覚、なんと520万円分!」

ネットでは、LITERAというところがソースになり多くのニュースサイトに稲田朋美防衛相の領収書偽造が発覚したと流れている。内容を一部コピーする。

————————-以下コピー

安倍首相肝いりの重要閣僚・稲田朋美防衛相に、政治資金を巡る“巨額不正疑惑”が発覚した。本日14日発売(2016/8/14)のしんぶん赤旗日曜日版が「稲田防衛相 3年間で約520万疑惑領収書 自民パー券代“金額は自分たちが記入”『白紙』で領収認める」と題してスクープしたものだ。        記事によれば、稲田氏の政治資金管理団体「ともみ組」の領収書のなかに金額、宛名、年月日が同じ筆跡の領収書が大量に存在することが発覚した。これは、自民党議員らの政治資金パーティの会費支払いの証明として稲田氏側が受け取ったものだが、実は、この領収書は「ともみ組」の収支報告書の担当者が記入したものだったことが筆跡鑑定の結果判明。稲田氏の事務所は赤旗の取材に対し、金額の入っていない「白紙」の領収書に稲田氏側が書き入れていたことを認めた。赤旗の調べでは、この白紙領収書は2012〜14年の3年間で計260枚、約520万円にのぼるという。

————————-引用終了(抜粋)

ここからが主が不思議に思うことだが、スクープしたのが共産党機関紙である赤旗のせいか、ネットではいろいろな媒体が取り上げているものの、新聞各紙は全く追随、報道していない。

唯一それを追いかけたのが、ネットニュースのLITERAなのだが、LITERAというのはネットで調べるとかなり左翼的な位置にあるようだ。そこらへんが、新聞が追随しない理由かもしれない。

だが、この内容にはニュースバリューが十分にあると主は思うのだが、赤旗自身にこれを追求して、さらなる問題にするそぶりが見えない。共産党ならず、民進党が問題視してもよさそうに思うのだが、今のところそのような気配もなさそうだ。

さて、今後この問題はこのまま鎮火するのだろうか。それとも、また週刊文春あたりが取り上げて、大騒ぎになるのだろうか。その成り行きは主には分からない。だが、何かの圧力が働いているのではないかと、下衆の勘ぐりをしてしまう。

2016/8/30 追記 ———- その後、ネットを見ていると、FLASH、女性自身といったところが記事で追求しており、稲田朋美はじめ疑惑をもたれている者が「誰でもやっていることだ」と開き直っているとある。主が一番不思議だと思うのは、やはり、野党がスルーしているところだ。

2016/10/8 追記 ———- その後、6日の参院予算委員会で共産党の小池書記局長がこの白紙領収書問題を追求したようだ。次がそのリンクである。稲田大臣の返答は「どこでもやっていること」で、おまけに政治資金を所掌する高市総務相は「法的に問題ない」と答弁している。

http://www.sankei.com/politics/news/161006/plt1610060052-n1.html

総務省のマニュアルでは領収書への記入について、宛名は発行者の依頼があれば、受領者側が追記することが認められているが、それ以外のことは明記されていないらしい。

そりゃあそうだろう、白紙の領収書に勝手に書くことは許されないだろうというのが、庶民感覚だ。

ただ、今回は大手紙も報道しているが、これ以上に大きくはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

最強は誰? お笑い芸人 > 東大医学部卒

主は、東大卒、京大卒という看板をあまり信用していない。もちろん、優秀だなあとは思うのだが、昔、朝日新聞の記事が彼らを「基礎学力のチャンピオン」と評しているのを見て、そのとおりだと納得したからである。世の中は基礎学力だけでは何も解決できない。基礎学力の先が大事だからだ。それに大学の4年間で学ぶ総量は知れている。大学院まで行ったとすると、今度は専門分野に細分化されており、何でも知っているというのには程遠い。どんなにスタートラインで基礎学力の点で優れていても、社会人になってから学ぶことの方が、量も深さも大きい。

だが、医学部出身者に対しては、ちょっとした畏敬の念を抱いていた。医学部の出身者は、受験において他の学部の出身者と比べると、偏差値が明らかに隔絶している。そのため、勝手に、凡人とは違うエライ人種だと思っていたところがある。

しかし、最近バラエティ番組に彼らが登場する機会がたびたびあり、「我々と同じじゃん」と思うようになった。「そりゃそうだよ」と彼らから言われそうだが、例えば、東大医学部などといえど、バラエティ番組の振る舞いを見ると凡人と同じで、さまざまなジャンルの知識が豊富なのは間違いないのだが、「それがどうしたの?」「プライドが高いだけじゃん」ということを感じさせるように番組は作られている。画面に映る若い彼らの中に、特別な問題意識や目新しい解釈が見出せるわけではないからだ。

ノブレス・オブリージュ(仏: noblesse oblige)という言葉があり、優秀で高貴な立場にある者は、下々の民衆を導く義務があるという意味なのだが、そういう状態は実際にはなくなり、死語になっているのかもしれない。

東大を出て優秀な官僚や民間人として成功して高い報酬を貰うのは、下に従う人間の福祉を高めるのであれば、望ましい。だが、上に立つ人間が、自分の利益だけを追求しているケースが多いのではないか。

next_sp_01 テレビ朝日のHPから

前置きが長くなってしまったが、又吉直樹の「火花」が、主の見方が変わるちょっとした契機になっている。この本は、お笑い芸人の又吉直樹が芥川賞を受賞したベストセラーなのだが、お笑い芸人が、ネタ作りや観客にいかに受けるかということに深く葛藤、苦悩する姿が描かれている。その姿は凡人にはないもので、その葛藤のプロセスが芸人の人間性を成長させるのは間違いない。火花_

そして今、バラエティ番組に限らずドラマやあらゆる番組で、高学歴のアナウンサーや評論家たちを押さえて、お笑い芸人が跋扈、席巻している。彼らの話は面白いし、極論に走らず的確だ。演技もうまい。それはそれまでの苦労を考えると、当然の帰結なのだと思う。お笑い芸人は世界を導くか。

 

親を断捨離!「もう親を捨てるしかない」島田裕巳

幻冬舎新書、島田裕巳の「もう親を捨てるしかない」を読んだ。サブタイトルは「介護・葬式、遺産は要らない」である。

親捨て

帯に「親を断捨離!」というきわめて衝撃的なコピーが書かれている。例によって裏表紙を引用する。

『年々、平均寿命が延び続ける日本。超長寿とは言っても認知症、寝たきり老人が膨大に存在する現代、親の介護は地獄だ。過去17年間で少なくとも672件の介護殺人事件が起き、もはや珍しくもなくなった。事件の背後には、時間、金、手間のみならず、重くのしかかる精神的負担に苦しみ、疲れ果てた無数の人々が存在する。現代において、そもそも子は、この地獄を受け入れるほどの恩を親から受けたと言えるのか? 家も家族も完全に弱体化・崩壊し、かつ親がなかなか死なない時代の、本音でラクになる生き方「親捨て」とは?』

実際にこの本を読んでみたところ、上に書かれたことで内容はほぼ網羅されていると思った。興味がそそられるのであれば、買って読めばよいが、概ねこれ以上の目新しいことは書かれていない。とはいうものの、「よく口にした!」「目から鱗」ともいえる側面が確かにあり、ここに書かれている内容はことさらしっかり意識しておくべきだ。

確かにバブルがはじけて20年、長く続いたデフレにより日本人のライフスタイルは完全に変わってしまった。この本では、お金が許せば、親を介護し、葬式を挙げるという従来のスタイルのままやればよいが、そうでなければそうしたものから逃げろと言っている。

さもなければ、子供の側も沈没してしまう。実際に、子供に縁を切られて孤独死する老人もいるが、経済的に無理な状況で親の介護に乗り出して、尊属殺人を犯す子供を親は望んでいない。テレビなどで、親のために介護離職し、わずかばかりの親の年金で生活する人がよく登場するが、これは非常に危険だ。共倒れになる可能性が高い。経済的にゆとりがないなら、それなりの対処をしなければならない。親の介護は義務だという固定観念に囚われ共倒れになるより、親を見捨てることだ。

間は孤独死を「悪」のように言うが、実際に死にゆく老人にとって孤独死は悲劇でも何でもない。穏やかに死ぬだけだ。

寿命が伸びすぎたのだ。昔は生きている人は、みな健康だった。今は、健康でないのに生かされている現実がある。

60歳を過ぎた老人で生殖機能がなくなれば、基本的に人生に未練はない。元気でも、諦観のようなものが横たわっている。

一方で、親にとって子供の存在は、子が大きくなるプロセスで親に十分に楽しい思いをさせており、それにより親に対する恩義はすでに果たしている。

親の方も、子供に老後の面倒を見てもらいたいという期待は、本気で抱いていないはずだ。金持ちの親ならそういうこともあるかも知れない。だが、貧しい親が、経済的に余裕のない子に面倒を見てもらいたいとは思っていないはずだ。

 

 

 

 

テニスクラブ プレイヤーのスタイル

主は、週のうちかなりの日数を地元のテニスクラブで過ごしている。今回はテニスの格好の話である。

女性会員たちの場合、基本的に日焼けを嫌がるので、頭部は下の写真のようになる。下の写真の女性は目の部分を出しているが、テニスクラブでプレーする女性はたいてい黒いサングラスをかけているので、目の部分も覆われている。

そうするとちょっと想像してほしいのだが、対面しても完全に誰だかわからなくなる。ぱっと見ると、イスラム過激派!覆面強盗!!という感じになる。この格好でコンビニに入れば間違いなく警察への通報ボタンが押されるだろう。

テニスクラブですれ違う際には、挨拶をしてくれるのだが、こちらは誰と挨拶を交わしたのかがわからない。相手が誰かわからずに挨拶するというのは、ちょっと微妙な違和感がある。

cblue

そのような完全覆面状態に加え、彼女たちは色とりどりの最新のテニスウエアを着用しており、ウエアの感じはだいたい下の写真のようになる。このようにカラフルなウエアで全身を包み、顔も覆面状態となると、シルエットからすると20歳代の娘さんなのかなと思ってしまうのだが、多くの場合は孫がいる婆さん!なのだ。

わがテニスクラブの会員の年齢構成には、20歳代、30歳代はほとんどいない。若くて40歳代、多くは60歳代、70歳代なのだ。70歳代でも普段からテニスで体を鍛えているので、ウエアに身を包み、スタイルだけをみれば若い娘に見える。というか年齢不詳である。

model_15fw5 (2)

一方、男性会員の方はどうか。こちらは全身をウエアで覆うということはほとんどない。その代り、めちゃくちゃ日焼けをして真っ黒だ。普通に見ると、日本人には見えない。日本語が上手なアジア人!、または日本に長く住んでいるアジア人としか思えない。

前にも書いたが、テニススクールの方は、錦織圭を目指す小中学生や、体を動かそうとやってくる若者の生徒が多く、平均年齢は低い。一方、テニスクラブの方は、何十年もの経験があるテニスホリックのベテラン高齢者ばかりだ。もし、テニス初心者がクラブにやってきたら、ベテランメンバーにコテンパンにやっつけられる。

このためテニスが上手で、余暇を自由に使える若者でなければテニスクラブで楽しくプレーすることができない。このように恵まれた条件の若者は少ない。したがって、テニスクラブは新陳代謝が行われず、年々平均年齢が上がる運命にある。

 

 

 

 

 

 

安達誠司「円高」になる本当の理由–「日本円=安全資産」神話はウソだった

written on 2016/7/9

今年の1月下旬に1ドル120円程度の為替レートだったものが、急に変調をきたし、円高と株安へと転換が始まった。この時日銀は、マーケットに催促される形で金融緩和の一環として「マイナス金利」を導入する。「マイナス金利」は、最初の一日だけ効果を発揮し、円安と株高が起こるのだが、翌日からはもっと逆に動き円高、株安となる。このとき、日銀は「マイナス金利」は効果を上げており、これがなかったらもっと円高になっていたはずだと説明した。

その後も一向に円高、株安に歯止めはかからず、現在は1ドル100円を割るかどうかという水準で、株価は日経平均が15,000円ほどに低下している。この間には、アメリカ景気の回復遅れによる利上げの延期やイギリスのEU脱退の国民投票などがあり、日本の円高は、世界でリスクが意識(リスク・オフ)された際に安全資産を買おうとする需要がたかまり、安全資産とされる日本円が買われることによって円高が生じたと、マスコミが説明することが一般的だった。

安達誠司

しかし、上記の説明に真っ向から異論を唱えたのが、安達誠司さんだ。2016年7月7日付の現代ビジネスで「「日本円=安全神話」はウソだった!リスク回避局面で「円高」になる本当の理由—-投資家に見透かされた日銀の無能」を書いている。以下がそのリンクである。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49114

安達誠司さんは、主が信用しているエコノミストの一人である。いい加減なことばかり言うエコノミストが多い中で的確な発言をされており、もっと重用され、今後さらにメジャーになってほしい。

この論文の中で、消費税アップの議論の際に「日本は財政的危機の真っ最中にあり、増税をしないならば財政破たんするしかない」としばしば語られてきたことに対し、円が安全資産であるということと全く矛盾するということを指摘している。つまり、このロジックでは、消費増税をしなければ財政破たんの状況になる=円の信認が失われ、円が暴落することになるはずだ。ところが、今度は円高の進行が進むにつれ、その理由は「世界的リスクの際にも、円は最も信用があるから円高になる」と説明しているわけで、完全に矛盾している。

この年初からの円高への推移の原因を、安達さんは日銀の無策のせいだと結論付けている。過去のVIX指数(恐怖指数)が高まった時期の収益率をしらべ、スイスフランや金などに比べても円のみが高い収益率を上げている。この時期の日米の金融緩和の度合いを調べると、アメリカの緩和の割合の方が大きく、日本の割合は少ない。つまり、恐怖指数の高い時期においても日銀は金融緩和をせず、円高へと誘導されている。円を買うことは、さらなる円高により、儲けが見込めるのだ。

つまり、今起こっている円高は、海外の投資家が、今後さらに円高になると考えて円を買っているのであり、円が安全資産だと考えているわけではないことになる。日銀が2月に実施したマイナス金利は、発表されたその日に限っては円安をもたらしたが、その翌日にはそれまで以上の円高をもたらした。これはマーケットが一時的に動揺したものの、海外の投資家に日銀はこれ以上のQQE(量的緩和)の手段を持っていないと見透かされ、「日銀は何もしない。これからは円高だ。いま円を買えば儲かる」と思われたのだ。この説明は非常に説得力があるし、真実に最も近いだろう。

マイナス金利だが、もちろん金利を下げることで投資や消費を喚起したいという意図はわかる。だが、金利がゼロでも今の日本ではなかなか借り手がいないというのが実情だ。その状況で、唯一上昇しているのが不動産価格だ。不動産価格の上昇は、不動産を庶民の手の届かないところへと押し上げるので、住宅投資の減退を招き、望ましくない。金利が下がっても、物件の価格が上がったのでは売れ行きは増えない。むしろ、金融緩和の手段としての「マイナス金利」は、金融機関の儲けを減少させ、保険商品の運用にも悪影響を与えたりして、デメリットの方が大きい。

今すべきは「マイナス金利」ではなく、さらなる量的緩和なのだ。安倍首相のブレーン(内閣官房参与)である浜田宏一さんは、短期、長期の国債の買い上げとともに民間企業の社債を買う、さらに外貨を買うという選択肢を挙げている。外貨の購入は財務省の管轄のようだが、財務省が国債を発行し日銀が引き受け、それを原資に財務省がドルを買えば同じ効果があると述べている。

浜田宏一さんが「マイナス金利」をどのように評価しているのか、残念ながらググってもわからなかった。だが、「2020年世界経済の勝者と敗者」の著書では、「・・・話をヨーロッパに戻すと、スイスは銀行支払い準備金に対してマイナス金利を払っています。スイスフランの10年国債はまだ少しマイナス。5年国債はさらにマイナスです。そのことを見ても、ヨーロッパの経済がいかに弱い状態であり続けているかが分かります」と記述されており、マイナス金利は日本への金融政策の手段として評価していないように思える。