エブリバディ・ノウズ【日本病】その4 日本の医療のすりこみ

日本は病気だと、主は確信している。「日本の医療水準は世界のトップクラスだ。健康保険制度はどこの国より優れている」というのはどうやらそうでもなく、我々は間違った情報を与えられているようだ。

主は、近藤誠さんの「医者に殺されない47の心得」「クスリに殺されない47の心得」の2冊の本を読んだ。近藤誠さんは医師で、元慶応大学医学部の講師、現在は近藤誠がん研究所長である。肩書が定年まで勤めて、慶応大学の講師というのにも医学界における立ち位置が表れている。次がYOUTUBEのご本人の講演で、冒頭を見るだけでどのように過激なのかわかる。

とにかくこの本の内容はすごい。この2作の全編を貫いているのは、日本の医療は、患者不在で、ビジネスを動機にして行われている。様々な医療界で使われるデータは、効能が不明であるにも拘らず、明白で大きな副作用がある。主は、この2点に要約できると思う。結局のところ、我々が抱いている日本の医療のイメージの全否定である。ビデオを見るのが面倒だと言う人のために、この本の「章」タイトルを6個紹介しよう。こういう内容が、2冊の本で94個ある。

  • ① 「とりあえず病院へ」は、医者の”おいしい”お客様
  • ② 医者によく行く人ほど、早死にする
  • ③ 「血圧130で病気」なんてありえない
  • ④ がんほど誤診の多い病気はない
  • ⑤ 「乳がん検診の結果は、すべて忘れないさい」
  • ⑥ ポックリ逝く技術を身につける

もちろん、こんなことを言う近藤医師は、前記のとおり、既存の医学界から総スカンされているのは間違いないわけで、もちろん反論もさまざまある。参考に、2つだけリンクを貼っておく。

ただ、主が両者の主張を比べると、反論は弱く、近藤医師の主張の方に分があるように感じられる。どの反論でも、近藤医師の主張を真っ向から否定していない。否定できているのは部分的であり、かなりの割合で無駄な治療が現実に行われていることが、いずれの論からでも窺える。

話が転換するが、主は母親の死の際に、医療の奇妙さを実感した。死に際になっても、出来る限りの医療措置をするのが、日本社会の社会常識(共同幻想)で、医師はとことん延命させることが役割と思っているようだった。だが、主は腑に落ちなかった。

高齢の母は、ちょっと認知症が始まった父と二人で暮らしをしていたのだが、風呂場で倒れ、呼吸不全を起こし、意識不明になり救急車で救急病院へ運ばれた。主が、千葉から関西の救急病院へ駆けつけたとき、意識がない状態で酸素呼吸のマスク(気管挿管)をされていた。このとき医師は、このあと気管切開して人工呼吸器をつけたいと言った。当然ながら、医師に「前のような生活に戻れるのか?」と聞くと、「そのような可能性はほぼない」という答えがかえってくる。やるせなさはもちろんあるが、母親が元に戻らないというのは素人目にも見てわかる。それならばと積極的な治療に難色を示すと、救急医は「救急車で救急病院へ患者が運ばれてきた以上、我々としては何もしないわけにはいかない。人工呼吸器をつけさせてほしい」と選択の余地がないと説明する。その説明に違和感は感じるものの、母が危篤なのは現実であり、少しでも生かしてやりたいと思う気持ちは当然ある。同意書にサインし、母には気管切開をして人工呼吸器がつけられた。その高度な医療が可能な救急病院は、患者が次つぎと運ばれ、ベッドを回転させる必要があり、1週間ほどで違う病院へ転院させられる。転院した先の病院では、意識が戻らないままでの延命措置はいくらでも可能だと説明を受けた。結局、母は1か月ほどで亡くなったのだが、傍らで見ていて、意識がないといっても、苦しい思いをしているのはわかる。栄養は点滴で注入され、麻酔も含まれているらしいが、意識が全くないわけではなく、無理に生かされている状態で苦しんでいるのが横にいてわかる。

一方で、医者たちは高額の治療報酬を手にし、公的なお金はさらにもっと多く使われたはずだ。こんなことを日本中でしていたら、医療制度が破たんするのは当然だ。それに加えて、それより先に、我々は安らかに死にたいではないか。

つづく

エブリバディ・ノウズ【日本病】その3 「『半分、青い。』でわかる日本経済の無策」でわかる平均的経済評論家像


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以前は下のように考えていたのだが、MMT(現代貨幣論)を知り、考えが間違っていたと気づいた。

つまり、主は、黒田日銀の金融政策である量的緩和によるアベノミクスを支持していたのだが、これではうまくいかないと思うようになった。 つまり、この量的緩和政策の具体的なことを言えば、政府が大量の国債を発行し、市中銀行が引き受け、これを日銀が買い入れることで国内の通貨供給量を増やし、低金利への誘導と相まって、銀行の貸し出しが増えることで、投資が増え景気が良くなるという考えである。

しかし、MMTを勉強すると、このように通貨の供給量を増やしたところで、投資環境が改善しないと、民間企業は借金して投資しない。通貨が、銀行の残高として「ブタ積み」の状態になって留まるにすぎない。デフレの状態では、手元の現金の価値が自然に上がっていくので、企業は投資しようとしない。投資するより、しない方が得だからだ。

ところが、このMMTでは、実際に国債を使って政府が支出をする。実際に国民の手にお金を渡すことが、肝である。同時に、政府は民間とは違い、インフレにならない限りにおいて、いくら国民にお金を渡しても問題が起こらない。そこが根本的に違うところだ。(細部は、他のMMTの項目を見てください。)

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日本は病気だと、主は確信している。経済評論家が語る経済の内容があまりにも貧弱だ。素人同様の評論家が多すぎる。

MSNニュースに小宮一慶(以下、敬称略)が書いた「「半分、青い。」でわかる日本経済の無策」というプレジデントの記事が転載されている。朝ドラの話でもあり、興味を持ってさっと楽しく読める。

半分青い

このドラマは、高度成長期の終わり1971年に生まれたヒロインのすずめが、少女漫画家を目指す。日本経済は、彼女が高校生の時にバブル期に突入、これは5年ほどで終わり、その後25年間続くデフレの現在へといたる、挫折や波乱を経験しながら成長する物語だ。

小宮一慶は、NHKから経済面の時代考証である『経済考証』を依頼され、内容をチェックしているということで、経験に裏付けられたバブル時のエピソードなどが面白い。また、時代の変遷が要領よくまとめられている。

だが肝心の、結びの部分が駄目だ。多くの経済評論家同様、彼はこう書いている。

  • 現在は、バブル期など比べ物にならないほどの超金融緩和政策アベノミクスでなんとか景気を維持していますが、しょせんはカンフル剤でしかありません。
  • 人口減少や高齢化がますます進み、対名目GDP比での財政赤字が先進国中で最悪という状況下で、「本物の成長戦略」が望まれますが、なかなかこれといった処方がでてきません。
  • またドラマの経済考証担当として、今後、日本が得意とする製造業やおもてなし上手のサービス業などがその技に磨きをかけ、さらには規制緩和により農業などを「強い」産業にしていく、といった施策が必要だ、とつくづく感じています。

アベノミクスの金融政策の処方箋が「カンフル剤」と表現されることは、よくあるものだが、カンフル剤とは、要は一時しのぎなので、早く正常な軌道に戻せということになる。カンフル剤とは、何時までも使えないという認識を示している。異次元の量的緩和は、過去20年間の日銀の無策と比べると異次元ということであって、経済の成長に市中の通貨の流通量が不足すると、経済成長の足を引っ張る。実際に日銀は、金融政策ではずっと無策で、プラザ合意の円高不況後のコントロールに失敗し、バブル崩壊とともに日本経済はハードランディングしてしまい、為替が原因の不況がずっと続いている。その間、政府は”Too small, Too late”と言われる景気対策を何度も打ち出すのだが、効果は上がらず、現在の財政赤字が積みあがった原因である。

2008年のアメリカ発のリーマンショックによる世界的な不況は、世界中を覆ったが、不良債権が一番少なかった日本が、一番遅くまで景気回復できなかった。これはアメリカとヨーロッパがいち早く、市場へ通貨供給量を増やしたのに対し、日本は、安倍政権と黒田日銀が登場する2012年まで、通貨供給量を増やさなかったためだ。金融緩和政策は、アメリカもヨーロッパも日本以上に緩和をしてきたのであって、実際に経済が上向くまで続けなければならない。

下は、日経新聞に載った世界の通貨供給量のグラフだが、日本はこの通貨供給供給競争に乗り遅れたことが読み取れる。このグラフを見ると、世界中の通貨供給<緑線>がGDP<青い部分>を越えてしまいカネ余りが起こりっているのが分かる。リーマンショックの2008年を見ると、GDPが下がったのに対し、世界は通貨供給量を増やしたことが読み取れ、何もしなかった日本が取り残された。

ちなみに2014年の低下は、原油価格の下落によるロシア、ドイツなどの低下が要因だ。

世界の通貨供給量
2017/11/14日経新聞「世界のカネ1京円、10年で7割増 実体経済と乖離鮮明」

量的緩和は「カンフル剤」だからといって、もし量的緩和を急にやめれば、日本は確実に死亡するだろう。日銀は買えるだけの日本国債だけでなく、日本株や不動産投資信託と言われるリートなども大量に引き受けている。この量的緩和により、一定程度の円安が実現できている。日本の景気が十分回復し加熱しはじめる前の段階で、量的緩和を止めると表明したら終わりだ。この政策は、ノーマルだと考えるべきだ。

人口減少や高齢化は間違いなく大問題だ。だが、財政赤字の問題は別次元の問題だ。一つには家計や企業と、政府の借金を同一レベルで考える愚が、世間に蔓延している。しかし、「日本に財政問題はない」と正面からいう学者に高橋洋一もいる。

高橋洋一

高橋洋一はこの本の帯に次のように書いている。

  •  □国債は日本の借金。だから、少なければ少ない方がいい。
  •  □国債は、発行されればされるほど、国民の負担が増える。
  •  □国は出来るだけ「節約」して予算を減らすべき。
  •  この中に、1つでも「そのとおりだ」と思うものがあっただろうか。もし、あったならば、あなたは「一国の経済」というものを間違って理解している。

巨額の財政赤字の原因だが、過去の財政政策(公共事業や減税)は、いずれも小出しで、かつタイミングが遅れ、適切な金融政策(量的緩和)を取らなかったた。このために、一向に経済が上向かずに失敗し、ずるずる借金だけが積みあがった。アベノミクスの開始で、ようやく金融政策の舵取りを変更し、1年目に為替安と株高が起こり大成功した。しかし、生みの親の浜田宏一があれほど反対したにもかかわらず、2年目に消費税を5%から8%に上げた。その結果、低成長が続きデフレ脱却もはっきりしなくなった。いずれの施策も、ドカンと徹底的にやらないとだめだ。

同じ意味あいだが、来年10月に消費税を10%に上げると法律で決まっているが、実際にそうなれば、マイナスの影響は大きく致命的だろう。リフレ派(安倍首相や浜田宏一、高橋洋一などのマイルドインフレ肯定派)に対し、反対派(=財政再建派、多くの政治家、マスコミ)の方が多く、反対派は、アベノミクスを止める出口戦略を語りたがる。アベノミクスは社会のインフレ「期待」へと変化させるところに目的があるのに、出口戦略を語ること自体がベクトルが逆だ。

小宮一慶の話に戻ろう。日本の今後の施策として「日本が得意とする製造業」「おもてなし上手のサービス業」というのは、従来の固定観念に縛られていて陳腐だ。

小宮一慶は、バブル崩壊の端緒としてプラザ合意に触れている。その後の日本の製造業の不振に、エルピーダメモリの倒産、シャープ、東芝、サンヨーなどの白物家電の身売りなどがぱっと頭に浮かぶが、これらはずっと続いている円高の影響が大きい。日本の製造業にとって、国際競争力という観点から為替レートが一番影響が大きい。「日本が得意とする製造業」は、もちろん新しいアイデアや技術革新も重要だが、基本的に円安であることが前提だ。

「おもてなし上手のサービス業」は、日本のどこにあるのかと主は思う。日本には「おもてなし」などない。オリンピックの招致で、滝川クリステルが「オ、モ、テ、ナ、シ。オモテナシ」と言うシーンが何度も流れたが、あれは日本人の自己満足だ。日本にあるのは、せいぜい安全、清潔といったところだ。

コンビニで客が代金を支払った瞬間、店員が客に小銭を渡そうとし、「たいへんお待たせしました!」と心をこめずにイヤイヤ頭を下げる。客は、財布に釣銭を戻すのに大慌てになり、四苦八苦する。この店員のどこが、おもてなし精神なのかと思う。主はブラジルで生活していたが、レジでは、お金のやりとりに急ぐところがなく、女性の店員が、心の底からにっこりと微笑んでくれて気持ちが良かった。これが本当のおもてなしだ。

デービット・アトキンソンが、日本人の多くが、温泉旅館の接遇をおもてなしだと誤解していると書いている。日本旅館で女将が正座して頭を下げ、女中が運んだ懐石料理を食べて日本人は満足しているかもしれないが、欧米人は違う。彼らは、1か所に何泊もしたい。また、家族全員が一部屋に泊まる風習はない。何日も同じ懐石料理を食べたくない。また日本の温泉地は、夜に出かける魅力的な場所がない。料理を食べて温泉に入ったら、寝るしかない。これをおもてなしと思えと言うのでは、外国人理解が足りていない。

新観光立国論

最後だが、「規制緩和により農業などを『強い』産業に」と書かれているが、これ自体には異論がない。しかし、『強い』産業というからには、国際競争力があることが前提であり、一定の円安基調が必須だ。日本はプラザ合意後の円高を、涙ぐましい努力で乗り越えようとしてきたが、その努力には限度がある。むしろ、その努力(節約志向)はデフレマインドを招く。このためにも金融政策が必須である。

結局のところ、小宮一慶は法学部出身であることもあり、その後も金融機関を経て経営学や会計学の畑を歩んできている。このため、従来の一般常識や固定観念の域を出ていないと思う。もちろん悪いことではないが、マクロ経済を語るのであれば、その後にしっかり勉強すべきだ。

ちなみに、もし主が日本の処方箋を書けと言われたら、こう書くだろう。

 

  • ① 40代、50代の経営層の一掃(不況をいつまでも脱せないのは、この層が投資をしないからだ。儲けを新規投資ではなく、楽なM&Aにつぎ込み失敗する例が多い) 
  • ② 財務省の財政赤字キャンペーンの公式訂正(これは国民全体で真剣に議論すべきだ。あらゆるところで足枷になっている) 
  • ③ 消費税の5%への減税。同時に、高所得者、企業への累進税率のアップ 
  • ④ ベーシックインカムの国民的議論 
  • ⑤ 医療の見直し(あまりにも日本の医療が島国化し、めちゃくちゃ無駄遣いされている。介護費の増加にもつながっている) 

そんなところかな。

つづく

「もやもや病」と診断された!

主には、ここ1年以上顔面けいれんの症状があり、頬がぴくぴくするようになった。それほど不便ではないのだが、人と話をしているとぴくぴくとひきつる感があり、何とかならないかと思っていた。症状も進んでいる気がしたので、脳神経・内科、耳鼻咽喉科、神経内科と1年ほどの間に3か所の医者をわたり歩いてきた。

ようやく最後の神経内科で顔面けいれんが診療内容に入っていて、脳のMRIと脳の血管を調べるMRAという2種類の画像診断を受けた。結局、顔面けいれんの原因は分からなかったのだが、この神経内科で「もやもや病」が疑われるので、専門病院で診てもらった方がいいのでは言われた。この時、主はあまりよく考えず、神経内科の医師の説明が丁寧で好印象を持ったこともあり、勧められるままに、MRAの画像(CD-R)と紹介状を持って、地元にある大学病院へ行ってしまった。

最後に行ったのは、大学病院の脳神経外科である。脳神経外科という専門が細分化され、主が初めて行った診療科の40歳くらいのバリバリ壮年の科長(准教授)から『あなたは「もやもや病」だ』と告げられた。この診断や治療方針の説明には20分以上を要し、3分診療に慣らされている身としては、それだけで何か得をしたような気分になる。これまでに1000例以上の手術経験があり、95%は成功する手術だと言う。痛いとかありますかと聞く主に、医師は「子供でも受けているので、安心しなさい。まずはさらに細かいことが分かる検査をしましょう」と精密検査のための検査入院を勧められる。

その検査の目的なのだが、人間の脳の血流というのはさまざまな事態に対応できるよう、かなりの余裕をもっているらしいのだが、正常な人と比べて、その余裕がどの程度失われているのかを調べることによって、手術が必要か経過観察で済むのか判断がつくという。フムフム。

一応、検査入院には同意して自宅へ帰ってきたのだが、「もやもや病」とはどんな病気なのか、ということをネットでざっと調べてみた。脳へ繋がる血管は、下の図の左側のような状態が正常なのだが、もやもや病の患者の場合は、右側のように太い血管が梗塞(詰まり)して機能が弱くなり、その機能を代替する細い血管が、他のルートから「もやもや」と現れて来るらしい。また、頭蓋骨の外側からも血液が供給される代替ルートができたりもするらしいのだが、いずれも本来のルートに比べると血液の供給量が少なかったり、無理しているので出血する可能性、詰まってしまう(虚血)の可能性が高いらしい。このもやもや病は、東アジアに多く、他の地域では少ない。また、子供から幅広い年代に見られ、男性よりも女性が多い。Wikipediaによると、年間発症率が10万人に0.3人から0.5人である。また、難病指定されている。

名古屋第二赤十字病院のHPから

ここをクリックすると、もやもや病のいろいろな写真が出ます

 

主は、検査入院3泊と聞いて、夜には隣接する公共施設のジムでトレーニングするかとか、新しい経験ができて気分転換になるだろうとか軽く考えていた。しかし、そう甘くはないようだった。病院に3泊するのだが、ネットの体験記などを読むと検査といいながら大変そうだった。

初日は、血液検査、レントゲン撮影、心電図、呼吸器検査(肺活量の測定)、心臓エコー、再度のMRI、認知症のテストなどを行う。二日目は、「核医学」という聞きなれない名前なのだが、脳血流シンチグラフィー検査というらしく、放射性医薬品を2回注射し、2回目には負荷薬剤を加えて注射し、SPECTという機械で撮影するということだ。血流量を見ることができる。この時、頭部を1時間固定しなければならない。三日目は、股の付け根の大腿動脈からカテーテルを刺して、ヨード造影剤を頭の下あたりから放出して、脳内の血管をX線撮影する。麻酔医がつき、検査後4時間固定。二日目、三日目の検査は合併症(トラブル)があるので、同意書に3枚署名する必要がある。

ところで、主は、前に「大往生をしたけりゃ医療とかかわるな」(中村仁一・幻冬舎新書)を読んで「死ぬなら、だんぜん自然死だよね」と思っていた。健康診断は、60歳を過ぎてからは受けていない。どうもこのポリシーに反する気がしてきた。同時に、主は、「医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法」(近藤誠・アスコム)を読みはじめた。この本は、中村仁一さんの本よりも、さらに過激だ。この本を読んでいると、感染症以外の病気に、医学は無力ではないのかと思えてくる。これまで、日本の医療は世界の最先端を行き、健康保険制度は極めて優れていると思っていたのだが、間違った刷り込みをされてきたようだ。ただ、出版社の名前が怪しい。「アスコム」、初めて聞く名前だ。医学界から総スカンを喰っているに違いない。

この本の中には、検査の造影撮影1回で、福島原発の事故で避難を余儀なくされている地域の放射線被ばく量の1年分くらいを浴びることになり、これが癌の原因になってもおかしくないとあった。そうだよなあ。それに主は、腰痛(脊柱管狭窄・すべり症)があり、四苦八苦している。こんな体を固定しなければならない検査を何度もしたら、ダメージでQOL(生活の質)が下がるに違いない。

そして、2回目の診察時に入院検査を断ったのだが、医師からはせめて1年後にMRIだけでも受けて、その後の変化を見てはどうかと勧められる。だが、こちらは「知らぬが仏ということもありますし」と言った。医師からは、ありがたいことに「じゃあ、具合が悪くなったら、気持ちが変ったら来てください」と言われた。実際のところどうなるか分からないが、主に脳梗塞や脳出血が起こったら、自分で判断して、救急車に乗らないようにしたいと考えている。

頭部血管造影:岡山大学脳神経外科のHPから
頭部血管造影:岡山大学脳神経外科のHPから

おしまい

 

エブリバディ・ノウズ【日本病】 その2 米山新潟県知事女子大生買春事件

日本は病気だと、主は確信している。日本の若者の6人に1人は、若者同士で恋愛できないほどの貧困にある。

米山新潟県知事が、2018年4月27日、出会いサイトで知り合った有名私大女子学生を買春していたと週刊文春にスッパ抜かれ辞職した。文春オンラインの次のリンクで冒頭の部分を読むことができる。「女子大生が告白 新潟県知事・米山氏「買春」辞任へ」

ネットの文春記事には、米山新潟県知事が、知事に当選する以前から1回3万円で女子大生の買春を始め、当選後には、知事当選を報告して、当選祝いとして単価を1回4万円へアップをしていたと書かれていたように思う。その米山知事なのだが、灘高から東大医学部を出て、在学中に弁護士資格もとり、医師資格も持っているとのことで、庶民からするとスバラシイ頭脳の持ち主なのだろう。(もちろん皮肉だが)

他方、このスキャンダラスな辞任会見と後のワイドショーなどを見た人は、3万円出せば有名大学の女子大生を買春出来ること、それが違法ではないことを知った人は多いだろう。「買春」は「売春」に該当するものの微妙に違うらしい。

同時に、主が驚いたのは、弁護士資格のあるこの男、新潟県知事に当選したことで嬉しくなり、それを女性に打ち明け、手当てを3万円から4万円へ増やしていることろだ。これは、知事の公職にある素性を買春相手に明らかにしていることを意味し、公人としての責任や社会的影響が理解できていないことを示している。また、その甘えが、週刊誌へのリークの動機になっていることは間違いない。

その後のメディアの報道は、他に大きな事件である北朝鮮の非核化、米朝対話、モリカケ事件、財務事務次官セクハラ事件などが続いたこともあり、深く掘り下げるむきは少なかったように思う。買春された側の女性の世間の受け止め方は、2チャンネルのような媒体をざっと見た感じでは、売春婦だのAV嬢だと単純な非難調なだけのようだし、主は、女性が被害者という報道は目にしていない。

だが、主が思う最大のポイントは、バブルがはじけて25年。格差が広がったことと、そのしわ寄せが若者にいっていることだと思う。

今の若者の中にも、当然格差があり昭和の時代と同様に、楽しく暮らしている若者も多いとはいえ、経済的な理由で若者同士で恋愛したり、あるいは、恋人と結婚することができないくらい、悲惨な状況におかれている若者も多いのだ。

大学生だけではない。とくに、地方から都会へ単身で働きに出てくる若者も、同じような状況がある。自分の出身地を離れて、都会で単身生活を送る学生や若者は、自宅通学(通勤)の学生(社会人)に比べると、月あたり10万円程度、家賃や光熱水費などで余分にかかる。ところが、学生の場合であれば、親からの仕送りが、親の世代の収入が昔より減っているため、ほとんどないかわずかのことが多い。社会人の場合は、給料水準が20万円以下ということがかなりある。この収入レベルだと、家賃などの支出に10万円かかるのは、大きく生活にのしかかる。

日本の貧困率は、少し前は7人に1人と言っていたが、今では、6人に1人と悪化している。例えば、1学級が30人のクラスなら、貧困状態にある生徒の数は5人である。この日本の貧困率はOECD加盟先進30か国の中で、下から4番目の悪さである。お隣の韓国よりも悪い。貧困率とは、ざっくり言うと、平均所得の中央値のさらに半分を言い、次のリンクが分かりやすい。【悪化する日本の「貧困率」】このリンクの説明によると、この貧困率は相対的貧困率なので、平均所得自体がバブル崩壊後の20年間以上低下しているので、名目値(絶対値)も下がっているはずだ。

多くの大学生は『奨学金』に頼るのだが、『奨学金』とは名ばかりで、実態は学生ローンだ。返済義務のない給付型の奨学金は絶望的に少ない。学生ローンを借りると、卒業時に数百万円の借金を背負うことになる。借りる奨学金を減らそうとすると、いきおい、学業よりアルバイトを優先することになる。これの同じ延長線上にあるのが、女子学生の「援助交際」だ。

「援助交際」を生活のためではなく、好んでやっているという見方があるのかもしれないが、それは偏見に満ちた考えだろう。時給の低いアルバイトより、割の良いアルバイトと考えていることはあるかもしれないが、「援助交際」という選択は、好んで選択しているのではなく、余儀なくされているのだ。若い女性が、好んでクソ親爺に抱かれたくはないだろう。

こうした異様な事態の背景に、日本中の就労形態でボーナスの出ない派遣社員だったり、官公庁や大学で働きながら「期限付職員」だったり「嘱託」が増えたという現状がある。公的セクターの施設の運営などで、コンセッション方式と言われる民間委託が導入されて久しい。しかし、その場所で働く労働者は、年功序列の恩恵を全く受けられない同じ賃金が続く。たとえば、市町村の図書館の運営は、コンセッション方式でTSUTAYAがやっていたりするが、契約は一定の期間ごとに入札されるので、働いている人の給料が上がることは期待できない。教員や研究者も、似たような状況が多く、正規雇用のシニアの教員や研究者は年功序列があるが、若者は期限付きの契約が多く、こうした契約の場合は、年限が来るとキャリアがリセットされてしまう。

コンセッション方式、PPP(Public Private Partnership)、PFI(Private Finance Initiative)などと言うと、なにやらもっともらしく響くが、実態はぜんぜん違う。公的セクターで行っていた切り取りやすい仕事を、民間のビジネスチャンスへと分け与え、儲けているのは請け負った会社の経営者であり、経費節減をしたと胸を張る官公庁の幹部だけだけだ。そこで働いている労働者は、同じことの繰り返しでスキルアップすることもないし、働き続けてもずっと低賃金のままだ。こうした低賃金で働く若者の存在は、正規で働く職員の賃金上昇にもブレーキをかける効果があるだろう。

結局のことろ、世の中はまやかしで蔓延している。25年間続いてきたデフレは未だに解消していない。現金を含む資産の値打ちは、25年前より上昇しているわけで、資産を持っている権力者や金持ちはデフレで困ることは一向に何もない。むしろ、値打ちの上がった資産効果により、女子学生を容易く合法的に妾にできる。「パパ活」という言葉もある。こうした金持ちは、大勢いるのではないかと透けて見えてくる。

NHKのテレビ小説「花子とアン」では、花子(吉高由里子)の華族で友人の「白蓮」(仲間由紀恵)が年の離れた好色な夫・伝衛門(吉田剛太郎)に苦しめられる様が描かれる。しかし、考えようによっては、明治の当時も今も、権力者や資産家が妾を囲っていることは暗黙の了解であり、ある意味責任と義務を果たしていた気が、主はする。女性の面倒だけではなく、子供の面倒などすべてを見ていたからだ。

日本病というにはインパクトがなかったかな?!(^^);;

ただ、今起こっているのは、ちょっと違うのではないか。1回3万円払って女子大生を買春するのと、妾を囲うのとでは、どこか趣が違う気がする。FACEBOOKが出会いアプリを始めたという報道がある。この違和感に近いものがある。「新しい恋愛」を「実名を出さず」、「友達に知られず」、「タイムラインに流れず」テンポラリーな恋愛を繰り返す事態は、これまでの家族観や家庭観が変る過渡期へと突入しはじめたのかもしれない。

つづく

 

エブリバディ・ノウズ【日本病〕 その1 「モリカケ問題」

日本は病気だと、主は確信している。その局面をこれからぼつぼつ書いていきたいと思っている。

主は、安倍政権のアベノミクスを高く評価している。しかし、安倍首相の「モリカケ問題」の対応を見て、日本に限りないインチキがまかり通っていると思っている。佐川前国税庁長官の国会での証言、セクハラ辞任の福田前事務次官、大田理財局長、矢野官房長官、柳瀬経産審議官など、公僕であって国民に説明責任を負っている意識など微塵すら感じられないが、その疑惑の頂点にいる安倍首相が、我がことであることを感じず、まるで他人事のように「徹底解明してウミをだしきる」とほざいていて、日本の政治もここまで劣化したのかと主は驚いた。

この二つの件は、官邸の指示だったのか、官僚の安倍政権に対する忖度だったのかが白日のもとに曝されることがないのかもしれないが、仮に忖度だったとしても、安倍首相は責任を負うべきだ。

週刊東洋経済4/28号に海上自衛隊の特殊部隊におられた伊藤祐靖さんという方が「上に立つものが部下の忖度を責めるのは禁物」というタイトルで寄稿されている。要旨を紹介すると、忖度は日本特有の心配りではなく、世界中のどこにでもある、部下が上司から指示を貰ったときにするミッションアナリシス(任務分析)だという。部下は上司の直接の命令そのものだけではなく、背景や真意などを含めて任務を遂行しなければならない。そして、彼はこう結んでいる。- 「それは部下が勝手に忖度(任務分析)してやったことだ」とはならず、「それはいつも私が求めたことであり、だからこそ部下は任務分析(忖度)してやったのです」ということになる。部下の行った忖度を責めるなど、上に立つものとして本末転倒の態度である。

仮に、直接指示を出していないからと、安倍首相が責任を取ることなく政権が続いたり、霞が関の高級官僚たちにも実質的な処罰が下されないのなら、日本に計り知れないほどのダメージをもたらすだろう。上に立つ者を表して「ノブレス・オブリージュ」という言葉が20世紀にはあった。この言葉は、財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを言い、こうした者は自分だけいい目をしてはいけない、下々の人たちに配慮しなければならないといことだった。ところが、この言葉は死語になってしまった。さまざまな苦労に喘ぐ下々を下敷きにして、上に立つものが憚(はばか)る状況になっている。

芥川龍之介の小説に「蜘蛛の糸」があり、小学校の教科書にも載っているようなので、誰もが知っているだろう。この話は、自分だけ助かろうした泥棒の男が、その蜘蛛の糸を上ってくる大勢を蹴落とそうとしたら糸が切れてしまうという話なのだが、今の日本をよく象徴している。例えば、いつまでたっても克服できないデフレは明らかにそうだ。自分だけ助かろうと、競って販売価格を下げた結果、日本全体がデフレになってしまった。「モリカケ問題」は、この蜘蛛の糸を上る政治家や官僚を思わせる。ともすれば、彼らはその糸を登り切ってしまいそうで、恐ろしい。

つづく

アマゾン凄すぎ!! ジェフ・ベゾス凄すぎ!!

主は、数年前からAMAZONが、便利で値段も安く、使い勝手も良いので、日本の小売業が、巨人を前にした小人のように駆逐されないかと心配している。AMAZONは、ありとあらゆる商品を扱いながら、その価格が安いだけではなく、ビデオプログラムや音楽の配信、電子書籍のKINDLEなども手掛けている。AMAZONは、アメリカの小売業に壊滅的な悪影響を与えているとトランプ大統領が噛みついているが、主はトランプ大統領を評価しているわけではないものの、この指摘は正しい。もっとも、AMAZONのCEOのジェフ・ベゾスは、トランプ大統領に批判的な記事を掲載するワシントン・ポスト紙も持っていて、このためにトランプが噛みついているとも言われている。

ところで、主はパソコンの組み立てが趣味で、さまざまなパソコンパーツをあちこちから買っている。昔は、秋葉原まで足を運んだものだが、今はネット通販で買うことがほとんどだ。この値段なのだが、ほとんどの商品で、AMAZONが最安なことが多い。こうしたパーツは、秋葉原に店を構える専門店のパソコンショップが得意なはずなのだが、値段では両者が拮抗しており、AMAZONがプライスリーダーで、パーツショップは追随しているように見える。実際のところ、その販売力にものを言わせ、AMAZONは、価格と品揃えでAMAZONが不利にならない「最恵国待遇(MFN)条項」を付けた契約を納入業者に求めてきたし、公正取引委員会が是正を求めたこともあるのだが、ずっと後手にまわっており、長い時間放置されてきた。

ドスパラ

主のパソコンの組み立てなのだが、昨年1月、秋葉原にリアルな店舗を構える”ドスパラ”というショップから、通販でマザーボードを買った。このマザーボードを使って新しいパソコンを組み立て、動き出したのだが、ネットに繋いだら、新しいBIOS(バイオス)というプログラムが出ていることを知り、こちらにバージョンアップした。そうしたところ、うんともすんとも、電源も入らなくなってしまった。そこで、ドスパラへ電話し、オペレータに事情を話したら、あっさりマザーボードを交換してもらえることになった。このとき、宅配業者が買い手である主のところまで動かなくなったマザーボードを取りに来てくれ、その時の対応に感心した。

アマゾン

似たようなことが、AMAZONでもあった。購入したのは、ソフトのWINDOWS10である。主は、値段が安い代わりにサポートを受けられないDSP版をいつも買うことにしている。ところが、この商品が届いた時に、間違えて注文したと思って、一度返品手続きをしたのだが、しばらく考えて間違っていなかったことに気づき、返品手続きの取り消しを行った。この一連の、届いた商品の返品と、返品の取り消しをネット上で行ったのだが、この画面上の操作が、実に行き届いており、この面倒でややこしい取引にもかかわらず、メールを書いたり、オペレーターと話しをすることもなく、スイスイできるのだ。

今回再び、同じような感覚を持ったことが起こった。

KINDLE

主は、グレングールドの女性関係にを書いた”the secret life of Glenn Gould”という本を読むのに、PC版 KINDLEを使っている、KINDLEは知らない英単語にカーソルを合わせると、日本語訳(プログレッシブ英和辞典)が表示されて、ユーザーは辞書を引く手間が省ける。ところが、最近のバージョンアップで、バグ(プログラムのミス)があり、日本語訳が表示されなくなってしまった。

主が、この現象をAMAZONのカスタマーサービスに問い合わせたところ、1回目は「バージョンアップでバグがあり、次回のバージョンアップまで待ってください」と返事があった。次回のバージョンアップは何時なのかと再度メールを送って照会したところ、「古いバージョンを送るので、次のバージョンアップまでこちらを使ってください。次回のバージョンアップは、1~2か月かかる見込みです」と返事があった。この間のメールのやり取りは、非常にレスポンスが良いのだ。メールを書いた翌日には、返事が返ってくる。その内容も、ユーザーの立場に立ったもので、木で鼻を括ったお役所仕事的なものではない。AMAZON恐るべし!

本の購入でもAMAZONには、凄いところがある。検索すると絶版になっている中古の本を買うことができる。主はグレングールド・オタクなのだが、没後36年も経っているので人気があるとはいえ、絶版になった書籍も多い。この中古本は、人気がある本を別にすると、大抵の本は人気がないので、送料だけで買えることが多い。設定されている送料と実際の送料には差があり、それが中古書店の儲けになるらしい。これをググって、通販のAMAZONでタダ同然で買えるということは、こんなに有難いことはない。

このように消費者志向を徹底的に極めているAMAZONだが、既存の小売店にとっては、脅威以外の何物でもないだろう。マーケットで高いシェアを誇るAMAZON抜きで、商売はできないだろう。だが、その取引を行うためには、最安の価格で、最高の品揃えで納入しなければならない。値引きをして売り上げを計ろうとすると「協力金」をAMAZONから求められるという報道もある。消費者には、便利でありがたい存在なのだが、競合する小売業者にとっては、販売利益を確保できないようにする、自分で自分の首を締めさせるような巨人だ。

おしまい

 

「夫のちんぽが入らない」こだま / 扶桑社

何で見つけたか忘れてしまったが、「夫のちんぽが入らない」という本があり、話題になっているということでネットで購入して読んでみた。もともと近所の書店で探したのだが見当たらず、パートと思しき女性店員にさすがこの書名を口に出して訊ねるのは、主といえど出来なかった。

表紙は次のようなもので、活字が薄く、「大きな声で言うのは世間様に申し訳ない」という感じを多少、出しているのかもしれない。だが、帯には映画と漫画にもなるとあった。

次が扶桑社のホームページからのコピーである。このコピーには「私小説である」と書かれているが、読んでみてけっこう普遍性があり、私小説を読んでいる矮小な感じはなかった。

“夫のちんぽが入らない”衝撃の私小説――彼女の生きてきたその道が物語になる。2014年5月に開催された「文学フリマ」では、同人誌『なし水』を求める人々が異例の大行列を成し、同書は即完売。その中に収録され、大反響を呼んだのが主婦こだまの自伝『夫のちんぽが入らない』だ。同じ大学に通う自由奔放な青年と交際を始めた18歳の「私」(こだま)。初めて体を重ねようとしたある夜、事件は起きた。彼の性器が全く入らなかったのだ。その後も二人は「入らない」一方で精神的な結びつきを強くしていき、結婚。しかし「いつか入る」という願いは叶わぬまま、「私」はさらなる悲劇の渦に飲み込まれていく……。交際してから約20年、「入らない」女性がこれまでの自分と向き合い、ドライかつユーモア溢れる筆致で綴った“愛と堕落”の半生。“衝撃の実話”が大幅加筆修正のうえ、完全版としてついに書籍化!

主は、この本を読みながら「そんな悩みがあるなら、医者に行って相談すればいいのに。じれったい!」と思っていた。しかし、著者のこだまさんは、「人間には他人から見ると不合理な悩みで、解決策を探そうとしないのは本人の怠慢に思えるかもしれないが、必ずしも合理的に行動できない不条理があることを描きたい」という趣旨のことを言われていた。

そう考えると、この本に書かれていることは、すべてが筋道立てて繋がっている。結構小さいことでも、本人には大きく、その小さな障害を乗り越えるのが困難な場合がある。若いと経験が少ないし、考え方も世間に毒されているかも知れない。年を取っていれば躓かないようなことに、若い人は色んなことに必要以上に躓いてしまいがちだ。それを自己責任と評論家のように言うのは、野次馬とかわらない。人間はそういう意味で壊れやすい。

なお、こだまさんは次作、「ここは、お終いの地」も出されている。こちらも、独特で面白い。ブログに感想を書かせていただいた。

おしまい

「グレン・グールド、音楽、精神」ジェフリー・ペイザント 訳:宮澤淳一 音楽の友社2007年

上の写真の「グレン・グールド、音楽、精神」(ジェフリー・ペイザント 宮澤淳一訳 音楽之友社)は、グールドの生前に書かれた、世界最初の単行本である。これは非常に良い本だった。内容の方は、あまりに盛りだくさんなため紹介しないが、主には新しい発見が山のようにあった。加えると、遅まきながらで申し訳ないが、おそらく、グールド好きならまず押さえるべき最初の本だと思う。

ここでは、この本の出版と再版の経緯や、気づいたことを書きたいと思う。

FACEBOOKから

ジェフリー・ペイザント(1926-2004)は、本書の裏に書かれている略歴によると、カナダ東部のハリファックス生まれで、トロント大学で博士号をを取得し、長年同大学哲学部で美学を講ずるとある。グールドとは、ゴールドベルグ変奏曲が発売された1956年の秋にグールドに論文を依頼したことが、二人の交流の最初である。その後は、会えば挨拶を交わす程度で、密接な関係ではなかったようだが、おひざ元のトロントでグールドの活躍を間近で見ていたはずだ。

次に、ペイザントがこの本を書こうと思った動機。彼は、第6版(第6版はグールドの死後になる)の前書きに次のように書いている。「・・・当時のグールドは、自分の(ときに奇妙な)考えをエッセイや各種メディアの台本の形で公表し始めてから、すでに20年を費やしていた。著作は恐るべき量にのぼっていたわけだが、数名の評者に嘲弄されたのを除けば、ほとんど無視されてきたし、著作全体が厳密に検討されたためしは一度もなかった。このギャップを埋めたい。それが本書を書いた動機である」

グールドの死は1982年だが、初出版は、生前の1978年春である。ペイザントが着手した時期は、宮澤淳一氏のあとがきによると1974年9月からで、ペイザントは、執筆にあたって自ら4つの制約というか条件を課していた。すなわち、①執筆は公にされたものを題材にする ②グールドと出版まで会わない ③グールドは原稿を見ることができ、中止させる権利がある ④事実関係の確認にグールドが応じる というのがそれだ。

この4条件の結果、グールド自身が驚くほどの明晰な分析となっており、グールドが亡くなる直前に「あなたの本が私を変えた」と語るほど、読者のみならずグールド本人に、影響を与えたということが非常に興味深い。宮澤氏は、あとがきで次のように書いている。「(グールドが)分析され、肯定され、高められた自分と対峙することで、何かに気づいてしまったのであろうか」

グールドの演奏は、ほとんど常に高く評価された。ただし、もちろん『正統派』の人たちは常に批判したのだが、グールドの演奏に心酔し、救われたファンのほうが圧倒的に多い。

他方、彼の発言や著作がメディアで取り上げられた場合、それには、時として厳密な一貫性がなかったり、部分的に冗談があったり、奇妙だったり常識外れな面が、一部とはいいながら、あるのは間違いなかった。このため、専門家や評論家からは、良くてバッシング、ほとんどの場合は無視されるのが常だった。一方で、ヒポコンデリー(心気症)で薬物依存症のグールドには、そうした批判や無視は耐えがたかったはずだ。そうした位置に置かれたグールドを、ペイザントが一から丁寧、真剣に、是々非々、かつ大局的にこれまでの発言や著作を解釈し直したことにより、彼自身が整理できていなかった矛盾点を、整理できたのではないか。

ペイザントは原稿を書き上げた時に、二つの出版社と交渉する。一つは、アメリカの大学の出版局、もう一つは一般向けの出版社だった。ペイザントは一般向けの出版社を選ぶのだが、「これは原稿に手を入れて、哲学や心理学の調子を抑えることを意味していた」と書いているように、編集者から、哲学や心理学は一般向けではないと判断され、省かれているからだ。おかげで、最初の出版は、読みやすいものとなっている。そのせいがあるのかもしれないが、この本はベストセラーとなった。

その後カナダでは、出版社が何度か潰れたこともあって、1984年に新版が出されることになり、これまで割愛されていた部分が補遺Aとなって、新版に加えられた。日本では1981年に「グレン・グールド – なぜコンサートを開かないか」というタイトルで音楽之友社から翻訳出版されロングセラーとなるのだが、2007年に翻訳者が宮澤淳一氏に代わり、氏が集められたペイザントの論文を新たに加えた補遺Bも加わり、新訳・増補版が出された。

こうしたことから、この本は「日本の読者へ」で始まり、「前書き」が3つあり、「後書き」が2つ、「訳者あとがき」があり、本文の他に、補遺A、補遺B、注、文献目録、ディスコグラフィーA,B、があるという盛沢山さである。注釈など非常に厳密なものであり、これを辿っていけば原典に容易にあたることができるだろう。本文もさることながら、補遺もとても読みごたえがある。帯に書かれているとおり、「今なおグールド研究の最良の基本書」だ。

おしまい

グレン・グールド・ギャザリング その4 宮澤淳一さんのトークショー

12月15日(金)に行われたグレン・グールド・ギャザリング(Glenn Gould Gathering = GGG)の一環で行われた宮澤淳一さんのトークショーのことを書いてみたい。宮澤さんは、ライブに先立ち、13日~14日にカナダ大使館で上映されたグールドに関連する映画5本すべての解説をされた。ご自身でも、吉田秀和賞を受賞した「グレン・グールド論」(2004年 春秋社)を書かれている。また、今年でグレン・グールドに関する書物は、85冊が刊行されているとのことだが、日本語に翻訳されたものの半分は、宮澤さんが翻訳されていると思う。また映画など映像の字幕の翻訳は、ほぼすべて宮澤さんが監修されているのではないか。日本のグールド研究の第一人者であるだけではなく、世界の第一人者だ。

では、メインイベントの宮澤さんから伺ったお話の主なところを紹介しよう。下が、トークショーが行われた会場の様子だが、開始時には満席になっていた。

まず最初に、おっしゃっていたのは、クラシック音楽の特殊性あるいは伝統のことだ。つまり、クラシック音楽は、ずっと作曲者が一番偉くて、演奏者は下。聴衆はさらに下という歴史があった。(この言い方は、ちょっとデフォルメがあると思うが、喩えとしては分かりやすい)。作曲者が王で、演奏者は家来、聴衆は臣民という位置づけで、仮に作曲者がなくなっても、演奏者は作曲家のことを尊重するのは自明のことだ。(そういう教育が音楽大学でずっと行われてきたはずだ)。それが、曲の言い表し方に端的に表れている。クラシックでは、誰が演奏しようと作曲者と曲名が表記される。例えば、「ベートーヴェンの交響曲第5番」と言われる。付随的に、バーンスタイン指揮、ニューヨークフィルというのが説明的に出てくるが、曲名はあくまで「ベートーヴェンの交響曲第5番」だ。これが、ポピュラーやジャズ、歌謡曲であれば、「マイルス・デイヴィスのカインド・オブ・ブルー」がタイトルになり、そのものズバリである。

ところが、グレン・グールドは正統的なクラシックの演奏家とはまったく違った。ケヴィン・バザーナが「グレン・グールド演奏術」で明らかにしているように、グールドは音程と長さは守っているものの、それ以外のテンポ、強弱、アーティキュレーション(フレーズの作り方)、装飾音、反復記号など、作曲家の指示があっても自分の考えを優先し、囚われていない。さらには、モーツァルトのピアノソナタなどで低音部に音符を足して、低音部に別のメロディーラインを作っている。これが、「再」作曲家と言われる所以だ。

映画「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」で、不倫関係にあったコーネリア・フォスが、グールドのバッハ演奏を次のようにいう。 : 「グレンの演奏は、いわば楽曲を組みなおした感じね。分解した時計を元どおりでなく別の形にしたのよ。時計は動くけど全く異質のものになった。音楽に対する前例のない画期的なアプローチだったわ。私はあまり好きじゃない。バッハの良さが台無しだと思った。でも音楽家は衝撃を受けたでしょうね。演奏技術はすばらしかったわ。見事だった」

同じ映画でチェリストのフレッド・シェリーはいう。 : 「作品と作曲家の内面に侵入し、その反対側に突き出た。作曲者に対する共感を通り越し、作品を完全に乗っ取っていたと思う。自分の個性に塗り替えたんだ」

グールドが、このような演奏態度をとった理由をいくつか宮澤さんは上げられていた。そのうちの大きなものとして、グールドは作曲家でもあったことを指摘されている。すなわち、グールドがニューヨークでデビューし、コロンビアレコードと専属契約した1955年は当時22歳で、「ゴールドベルグ変奏曲」を録音した時期でもあるが、「作品1番 弦楽四重奏曲」を完成した時期でもあった。こうした彼は、他の作曲家が書いた楽譜を作曲家である自分の目で見ていた。こうした態度をとるクラシックの演奏家は、他にまったくいないわけではないが、ここまで徹底した態度をとり、それが説得力を持ったのはグレン・グールドだけだろう。

そうしたグールドは、レコードが爆発的に売れ、一夜にして世界一流のピアニストになった。そのため、世界中を演奏旅行する期間が1964年(32歳)まであった。その後は、よく知られているようにスタジオから自分の「再」作曲家としての試みで挑戦を続け、彼本来の作曲活動は、結果的に十分にできなかった。

こう言われると、彼の特異な演奏については「やっぱり、そうだったんだ!!具体的な証拠があるのね!」という風に感じる。

ところで、カナダ大使館は巨大だった。上の3枚の写真は、カナダ大使館の外側から撮ったもの、4階のロビーへ向かうエスカレータ、地下2階にある、GGGの映画が上映されたオスカー・ピーターソンホールの入り口受付の写真だ。カナダ大使館は実にでかい!欧米の大使館は、ずいぶん立派だと思う。日本の海外の大使館と、比べ物にならない。いろいろ税金を使っている関係で、あれこれ言われるのだろうが、この大使館をみていると日本ももう少し頑張ってもいいような気がする。

おしまい

グレン・グールド・ギャザリング その3 ライブ(坂本龍一、フランチェスコ・トリスターノ)

12月13日(水)~12月17日(日)、グールドへのオマージュ(尊敬)というべきグレン・グールド・ギャザリング(Glenn Gould Gathering = GGG)という催しが開かれている。そのメインとなるのが草月ホール(青山一丁目)で行われている坂本龍一、フランチェスコ・トリスターノ、アルヴァ・ノト、リクスチャン・フェネスによるライブである。

この催しは、グールドの関連映画の上映や、グールドにまつわるトークショーとライブがあり、キュレーター(展覧会を企画する人)が、坂本龍一氏である。主は、9月頃に先行予約のチケットをとろうとしたのだが、抽選にはずれて全く取れなかった。そのため、一般販売が始まる時刻をカウントダウンしながら待ち、宮澤淳一氏によるトークショー(1,500円)とライブ(8,500円)のチケットをようやく1枚ずつだけ手に入れることができた。3日あるトークショーの他の日のチケットも取りたかったのだが、次につながった時には、すでに売り切れで買えなかった。グレン・グールドは没後35年で、主はこれほど人気のあるプログラムだとは思っていなかった。

ところで、下の写真は草月ホールの入り口すぐのGGGのパネルを撮った写真だ。

こちらが12月15日(金)、草月ホールのライブ会場の様子。写真では空席があるが、実際は満席になった。スクリーンにグールドが生きた時代のカナダの様子などが写されていた。演奏が始まると、抽象的な画像になるのだが、昔懐かしい大阪万博を思い出した。リーフレットには、「還元主義」「実験音楽」「ビジュアル」「独特な世界観」「概念的」「クラシックと電子音楽の融合」という言葉が並び、全くその通りなのだが、こうした種類の音楽は何十年も前からある音楽で、主は一言で言えば、「環境音楽」という言葉を想起した。

冒頭は、バッハの「フーガの技法」から未完となった最終第14曲、主がとても好きな部分を、坂本龍一が照明の落ちたステージで静かに演奏した。これでいやがおうにも主の期待が高まったのであるが、約2時間ずっとだらだら演奏が続き、途中、バッハ以前の作曲家であるバードだったか、ギボンズだったかの曲がアコースティックピアノで演奏された時と、現代ジャズ風に盛り上がった時だけ、「いいな!これからどうなるのだろう!?」と思ったが、基本的に誰かのオマージュ(芸術や文学において、尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事)というのは難しいものだと感じさせられた。CDでもグールドのオマージュ作品が、何点か出ているのだが成功しているものは少ない。なお、氏はオマージュという言葉は使わないで、「リモデル/リワークを披露する」という表現をしている。

また、主はこのライブに先立ち宮沢淳一さんのトークショーを聞いたのだが、その中でグールドの作曲したものを何曲か披露するとの情報があった。そのためそれを期待をしていたのだが、実際のライブではそのようなことはなく非常に残念だった。

ただ、この一連の催しは、坂本龍一氏の人気や評価に大いにあやかっていることは間違いない。これだけ人を集められたのは、彼の功績だ。また、演奏後には観客の非常に大きな拍手が起こり、この種の音楽を好きな人には良い演奏会だったのだろう。

また、同じ3日間の日程で、草月会館の入り口のプラザでカナダ人でグールドに影響を受けたコンポーザーのLoscilが、スペシャルライブを行った。写真はその様子である。このプラザは非常に大きな空間なのだが、草月流の生け花を感じさせる、巨石で構成されたバブリーな作りで、近くに行ったならこれだけでも見に行く価値のある場所だ。

写真に写っている観客は少なく見えるが、実際はかなり盛況だった。主がおそらくグールドの映画の中で見たのだと思うが、彼に影響を受け、新しいものを作っているLoscilの姿を見たことがある。結構ユニークな人だったように思う。惜しむらくは、時間の都合で主がちらっと前を通り過ぎただけだったことだ。

おしまい