GLENN GOULD 中毒 (書籍について その3)

グレン・グールドに関する書籍をさらに読んだので、感想第三弾。

【グレン・グールド演奏術】ケヴィン・バザーナ著 サダコ・グエン訳 白水社CD付   税抜き5,400円

演奏術今回は大著だ。値段も高いが、ちょっと大き目の単行本で、グレン・グールドの演奏を楽譜とともに説明するためにCDがついている。原書は、ケヴィン・バザーナ(カナダ人。音楽ライターで音楽史と文学の博士号を持っている。)がカリフォルニア大学で書いた博士論文に手を加える形で1997年に出版され、日本語版初版は2000年に出版された。本書は、その新装版であり2009年に出版された。グールドの演奏の特徴や音楽に対する思考を中心にしたこれまで読んだ本の中で最大の大作だ。

ケヴィン・バザーナは、映画「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」でグールド研究者として登場し、グールドの様々な姿を紹介している。グールドは生涯独身をとおし、私生活を一切明らかにしなかったので、この映画が作られるまでグールドの女性関係は全くの不明だった。だが、この映画でケヴィン・バザーナは「女性観は、他の男と全く同じだ。」と何故か揶揄するように言っている。(もう少し、詳しく説明してほしいのだが、残念ながらそれはない。)

 書かれている内容は一言で言ってしまうと、非常に深く掘り下げられていながら、バランスがうまく取れている。グールドの評価には常に賛否両論があるのだが、どちらの意見もうまく取り入れており、公平に書かれている。特にグールドの発言や意識は演奏と違い、本人が思っているほど彼自身のオリジナルでなかったり、レベルが高いものではなかった。また、グールドの演奏を具体的に楽譜で示し、オリジナルの楽譜とどのように違うのかを説明している部分もある。(この部分を理解するには楽譜が読めることが必要だ。残念ながら、CDをパプアニューギニアに持ってこなかったので、聴きながらこの本を読めなかった。もう一度読み返したいと思っているので、その時にじっくり吟味したい。)

他のメディアでも明らかにされているが、この本はグールドが他のピアニストと異なる点を非常に深く考察している。例えば、対位法に対するグールドの考え、すななち、複数の旋律を弾き分け、曲の構造を明らかにしようとする姿勢。どのような曲に対しても従来の演奏スタイルとは全く違うアプローチを検討し、独創的な演奏法を見出そうとする姿勢。(強弱やスピードなどの音楽記号を無視し!、反復しなかったり、独特の装飾法であったりする。)しばしば元の曲に手を加え、対位旋律を付け加えててしまうこと。演劇と映画の対比のように、コンサートとスタジオ録音を対比し、スタジオ録音では映画の編集をするようにテープを編集すること。

また、グールドの音楽の原点を次のように考察している。(ちょっと長くなるが容赦してほしい。)「・・その中のある二人の作曲家が、グールドのレパートリーで最も重要であり、音楽的価値のモデルと考えられている。バッハとシェーンベルクである。この二人はグールドの若いころから重要な作曲家であり、その作品はグールドの音楽の好みの中心を成していたのである。バッハはルネサンスとバロック期の正統な対位法の核であり、シェーンベルクは二十世紀の構造的に密度の高い音楽の核であった。しかし、この二人は重なり合ってもいたのである。つまりバッハは構造的に密な音楽の典型でもあり、シェーンベルクは対位法の模範でもあった。そして両者とも音楽に対する観念主義的姿勢の手本なのだった。」と書き、「数からいえば、バッハの作品の方がレパートリーの中心をなすものであるし、演奏習慣にも強い影響を与えたが、十代にゲレーロ(グールドを教えたチリ人ピアニスト)から学んだシェーンベルクの音楽と思想は、知的見地から言えば、より重要だったかもしれない。」「・・つまりグールドの考え方と演奏に非常に大きな影響を与えたバッハは、シェーンベルクの目を通して見たバッハという事になる。」たしかに、一理ある。 

ところで、グールドは、モーツァルトの演奏は多くの批評家から酷評されるのだが、これについてもこの本で触れている。 具体的に紹介する前に、グールドのモーツァルト演奏をざっと説明すると次のようなものである。グールドはモーツァルトに対する評価をメロディーに対位法的な要素が少ないために、非常に低い評価しかしていない。モーツァルトの曲の展開部は展開していないなどといい、また、有名な曲ほどエキセントリックに弾く傾向がある。たとえば、トルコ行進曲で有名なピアノソナタK331では、近所の幼稚園児が弾くようなスタッカートで弾き始め、アダージョの指定のところをアレグロで弾いてみせる。トルコ行進曲は異常なゆっくりとしたスピードだ。こうした演奏を本書は次のように書いている「・・・ところがグールドの演奏といえば、音楽批評に挑戦、いや音楽批評を挑発しているのである。グールドは自らにふさわしいことは、モーツァルトを弾くことではなく、グレングールドのモーツァルトを弾くことだ、と他のどの演奏者よりも自分の役割を強く主張したのだった。そしてグールドの賛美者は、そうした態度に関心を寄せる人びとなのである。(グールドのレコーディングを聴いて、モーツァルトが「どう弾かれるべきか」を知ろうとするものはいない。)」「なぜグールドは、スウェーリンク( 1562年ー1621年。オランダの作曲家。バッハ直前の作曲家である。)やクルシェネック(1900年ー1991年。オーストリアの現代作曲家。)を称賛しながら、その作品をあまり演奏しなかったのか、そしてしばしば非難しながらもベートーヴェンやモーツァルトの作品を多く演奏したのか。これは後者はよく知られた、権威のある作品で、それゆえ挑戦すべき伝統や機会が多くあるからなのだった。」「私は、演奏者としてのグールドの業績は、単なる個々の演奏の集積以上の重要性があると信じる者である。なぜなら、グールドのさまざまな演奏の総体が論述と挑戦を意味するのであって、それは個々の演奏自体やそれぞれの演奏で具体的に表現してみせた知的な立場に対する評価とは、別個になされうるものだからである。たとえば、実に複合的なモーツァルトのレコーディングのような企画は、もちろんそれぞれのソナタや、作曲家についてピアニストが暗示する見解を吟味し、批評的な結果に達することが可能である。しかし同時に、それぞれのソナタの評価とは別に、あのモーツァルトの企画全体が演奏における拡大された批評的論述だと解釈できるのである。いや、それどころか、あの企画は、実際的な表現方法を用いて、このような論述が可能であることを示すモデルだと考えられるし、またそう考えた方が実りも多いのである。・・」非常に説得力のある分析だ。グールドが演奏する力は有り余って、自分が考えた正しいと思う演奏のほかにも、アンチテーゼともいえる演奏をも披露できたのだ。

ここで主は、モーツァルトのピアノソナタではなくピアノ協奏曲を1曲だけグールドが録音しているのを思い出した。どのように演奏しているのか気になって、改めてピアノ協奏曲26番を聴いてみた。

いやーすごい演奏だ!最初のピアノの導入こそおとなしいが、途中から低音のメロディーをガンガン鳴らし、ソロの部分はいろんな音を加えているようで、モーツァルトの協奏曲には聞こえない。悪くいえば破壊的、普通にいってエキセントリック、良くいって刺激的である。高音のメロディーより、中音部さらに異常な存在感の低音部が暴れまわる。途中で、思わず吹き出してしまった。他のピアニストのモーツァルトのピアノ協奏曲を知っていれば、驚愕するだろう。(クラシックファンでない人のために付け加えると、モーツァルトのピアノコンチェルトは、流れるような高音部のメロディーを美しく、哀しく楽しむのが普通。)だが、グールドのテクニックには他のピアニストにない気持ちの良いリズム、自由自在な音の長さと音の大きさからくる素晴らしさがあり、説得力がある。グールドの技量があまりにすごいので、荒唐無稽ともいえる演奏が曲の持つ新たな魅力を引き出している。この後、比較のためにYOU TUBEでアシュケナージの演奏を聴いてみた。アシュケナージはピアニストだけではなく指揮者としても有名な巨匠だ。しかし、こちらの演奏はいたってノーマルだが、退屈して途中で止めてしまった。今再び、グールドの演奏を聴いている。はるかに刺激的でこれはこれで面白い。寝た子も起きる新しいモーツァルトだ。 

(ここからは、おまけ)                            グールドは10歳まで母親からピアノを習っていた。10歳からはチリ人ピアニストのゲレーロに習っていたが、ゲレーロにとってグールドはUnteachable な生徒だったという。このため、次のように本書に書かれている。「ゲレーロはかつて、グールドを教える秘訣は、何事でもグールド自身に発見させることだ、といったことがある。グールドに、ありふれた考えを、いかにも自分で考えついたように思わせるのはむずかしいことではなかった。しかしそうさせたからこそ、グールドはその考えを活性化できるのだった。」グールドは両親の教育方針でコンクールに出場するという事がなかった。コンクールに出場するという目標を与えられることなく、のびのびとピアノを弾かせたのである。この成果は非常に大きかった。先生のいう事を絶対視し、コンクールに出場するために型にはめられることがなかったのだ。(一方で、このことが、グールドの倫理観から競争という概念を排除した。コンサートを開かなくなったのもこの「競争」が関係している。)

ゲレーロはグールドにフィンガータッピングという奏法を教えている。フィンガータッピングというのは、指がピアノの鍵盤をはじいた時に自然に跳ね返る、この原理を利用してすべての指が独立して動かせるようになるまで修練するのだ。フィンガータッピングは他のピアニストで聞いたことがない、ゲレーロ独自のものだ。ゲレーロも非常に低い椅子に座って演奏したが、グールドもそうだ。一般的なピアニストは高い椅子に座り、姿勢を正しく背筋を伸ばし手の重みで弾く。フォルテは肩から腕に力を入れ、上の方から指を鍵盤に激突させて大きな音を出す。こうした奏法は、何千人も入るホールの後ろの客にも聞こえるようにするには必要なテクニックなのだ。しかし、フィンガータッピングではこのような衝突するような大きな音は出せない。しかし、非常に粒がそろった美しい音がだせる。また、自在に音量をコントロールすることもできる。グールドのフォルテは、このような爆音を出せないため、段丘状に音量を上げていき、フォルテを表現している。主は、グールドを聴きだしてから、他のピアニストの演奏を「何と乱暴な演奏だ!」と感じてしまう事が多くなった。他のピアニストは必ずこの指の落下により爆音をとどろかせる、これが原因だ。この奏法は確かに強烈な印象を与え、効果的な場面が実際にあるのだが、その効果は一時的で下手なピアニストはその後たいがいバランスを崩す。指を振り下ろした場合と鍵盤に指を添わせて弾く場合で、ギャップが大きいため中間的な音を出すのが難しいことと、曲全体の構造をよく考えていないのだ。また、感動の押し売りという感じがする。

グールドは、18歳で高校を中退している。しかし、彼の活動分野はピアノの演奏家だけでなく、著述業、指揮者、作曲家、ブロードキャスターとしても才能を発揮した。グールドは常に自分の意見を発信し続けたが、ピアノを離れるとやはりそこには限界があり、アマチュアといっても良かった。そうした方面でも才能は大きくあったのだが、評論家から強い反論やバッシングを受けていた。グールドはライナーノーツなども自分で書いていたし、音楽家として様々な著作を発表していたが、これらが否定されるとき、ピアノの演奏までも否定されることもあった。これに対し、グールドは主張を撤回するどころかますます強く主張し続けたが、メディアに対して徐々にひきこもるようななる。また、子供時代から薬を持ち歩いていたがこれが高じて、複数の医者から同じ薬を処方してもらい、薬物依存が進んでいく。また、ほとんど食事をとらず、睡眠もとらなかったという。

トカゲ?がベッドの上に! & 美味!カブトムシの幼虫

トカゲ?らしきものがベッドの上にいた!なんか、ちょっと子供っぽい。赤ちゃんのようにも見える。だが、可愛いと思う余裕はない。主は、こういう生き物が苦手なのだ。

とかげ(遠景)

一匹いたら、何匹も隠れているかもしれない。こいつを生かしておいたら、何十匹にも繁殖するかもしれない、と思うのが人情だ。主はこういう生き物が怖いので、手で捕まえるという発想はない。以前、ベランダの蛍光灯を夜間にうっかり着けていたら、ちょうど大量発生していた何十匹もの羽蟻が、網戸の網をくぐって室内に侵入したことがあった。一匹一匹捕まえるのは大変なので、その時は、電気掃除機で羽蟻を吸い込んだ。今回もその方法だ! と考え隣室の電気掃除機を取りに行く。電気掃除機を持って戻ってみるとあいつがいない。エイやっ、とベッドのマットをずらすと、ちょうど頭が来る板の部分にいた。ブーンと掃除機のノズルを近づける。ところが、すばしこく横へ逃げてしまう。ベッドサイドテーブルもずらすとそちらにいた。また、ノズルをエイッと近づける。掃除機のノズルに吸い込まれたか確信はないのだが、吸い込んだような気もする。何より、姿が見えない。(だが、後日シャワールームで発見。まだ、生きていた!)

そういえば、職場の同僚が、パプアニューギニアの地方出張でカブトムシの幼虫を食べたそうだ。ずっとパプアニューギニアに住み現地人と結婚もした日本人から「これは美味いですよ!」と勧められ、断れなかったそうだ。頭の部分と胴体の部分で食感が違い、呑み込むのに勇気がいったそうだ。カブトムシ幼虫

 

「こけろ! アベノミクス」と陰の合唱

今回は、ちょっと硬い話をなるべく柔らかく語りたい。

日経新聞は、株価が少し下がると相変わらず日本の産業力の低下を憂いて見せる。円高によって日本株で利益を出した海外の投資家が、ポートフォリオを一定に保つために売っているとは決して言わない。(「日経新聞の真実」のトピックがカテゴリー『経済学』にあるので興味のある人は見てね。) ヒステリックとも言えるほど、啓蒙主義的で、常に読者に警告を発しようとする。アベノミクスの成功で、20%以上円安になり株価は大幅に上昇、企業収益も改善、その果実を労働者にも分配する傾向が見え始めてきた。日本の産業構造は、昔のように輸出一辺倒ではないが、依然として輸出産業のウエイトが高く、円安は有利に働く。現在の為替レートは102円/ドル程度。民主党政権時の80円/ドルに比べると大幅な改善だが、バブル崩壊時以降は120円/ドルの水準が長く続いた。それを考えると、まだ昔の円安水準にまで戻っているわけではない。(なお、経済オンチの人のために付け加える。1ドル80円が1ドル100円になったら、円高になったと思う人が結構いる。しかし、表現を変えると1円あたり0.0125ドル/だったものが1円あたり0.0100ドルになったということで、値打ちが下がっているので、円安だ。)

安倍政権の発足に伴う黒田日銀総裁の「異次元の量的緩和」により、円安と株高が同時に起こりデフレ脱却の希望が見えてきた。しかし、世界を見るとリーマンショック後、ヨーロッパの通貨危機、中国経済の減速、アメリカの金融引締めを発端にする新興国不安、現在はクリミア半島の欧米・ロシアの対立が起こっている。こうした要因は円安の阻害要因であり、円高の原因である。(信頼を失った国の通貨は売られ、信用のある国の通貨が買われる。)アメリカの金融引き締め(量的緩和の中止)は、ドル安政策の転換を意味し、本来であれば相対的に円の価値を下げ、円安になるはずだ。だが、実際にはアメリカの新興国への投資資金が引き上げられ、新興国経済が失速するという懸念から新興国で通貨安が起こった。日本はそうした不安材料が少ないために、相対的に安心感があり円は上昇傾向になる。もちろん、日本は財政赤字という大きな問題を抱えているが、世界から致命的な問題と見られていない。

アベノミクスの最大のブレーンのイエール大学教授浜田宏一は「アメリカは日本経済の復活を知っている」の中で、白川日銀前総裁とそれまでの金融政策を激しく非難した。この浜田の提唱する政策を掲げた安倍政権が経済政策の転換を行った。日本の「失われた20年」と言われるデフレから脱出できるかどうか、ようやくこの成果が出るかどうか期待されるところだ。浜田の書名のとおり、日本経済の底固さは世界中が思っていることなのだ。

第二次大戦後、経済学の主流は新古典派と言われる学派だった。この新古典派はケインズの理論を発展させ、「合理的経済人」を仮定する。すなわち、人間は合理的で常に正しい決断が出来ることを前提にすれば、市場を通じて資源が最適配分されると考える。その後ミルトン・フリードマンが「選択の自由」を発表し、大きな影響を与える。マネタリストであるフリードマンは財政支出に反対(=ケインズ経済学の否定。公共事業の否定。)し、景気循環を貨幣供給量と利子率により説明した。彼は同時に「小さな政府」を提唱したため、レーガン、父ブッシュ、クリントン、子ブッシュ、オバマ大統領とアメリカの経済政策に大きな影響を与える。すなわち、国内向けには減税、規制改革、民営化、対外的にはグローバリズム宣伝の根拠となる。

しかし、2001年、スティグリッツが「情報の非対称性」によりノーベル経済学賞を受賞する。「情報の非対称性」と言うのは、需要者と供給者で情報が非対称であること、例えば学生ローンを借りる学生は銀行ほどの情報量を持っていないことを言う。そのような状態で資源が最適に配分されないことを証明した。この学生ローンの場合は、社会全体でゼロサムではなくマイナスサムが生じているという。スティグリッツの著作には「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」もある。 2008年、クルーグマンが次のことを証明しノーベル経済学賞を受賞する。生産規模が拡大するほど費用が低下する「収穫逓増」の産業は、歴史的な偶然によって国際競争力が決まることをモデルで説明した。例えば米国の航空機産業は、ベトナム戦争に伴う生産拡大で競争力が高まったという。(従来の経済学は「収穫逓減」を謳っていた。)

この二人の研究は新古典派の学者の経済理論を葬り、フリードマンの市場至上主義の誤りを指摘したはずだ。「勝者総取り」という現代最大の問題が透けて見えてくる。「勝者総取り」は、主の最大の問題意識である。)しかし、スティグリッツやクルーグマンも書いているが、旧来の経済学者はなかなか自分の非を認めようとしない。それは日本も同じだ。

日本の書店に並んでいる経済学の書籍は、浜田宏一をはじめとする金融政策によるリフレ派(インフレターゲットを設定し、デフレから脱出しようとするグループ)はマイノリティーだ。相変わらず新古典派経済学者やフリードマンを崇拝する学者が主流だ。当然ながら、従来型の学者はアベノミクスの金融政策について国債の暴落と金利の上昇を声高に警告し、財政健全化を至上命題にしている。決して、日本の財政赤字はお札を輪転機で刷れば解消するというようなことは言わない。

1年前の消費税引き上げ論議を思い出してほしい。浜田宏一はじめとするリフレ派は消費税増税に反対だった。デフレから脱却できるかどうかという大事な時期の消費税増税は、「風邪をひいている患者に、体力をつけるために『グラウンドを走ってこい!』と言うようなものだ。」と時期尚早を説いていた。しかし、財務省の「財政再建」宣伝が行き届いているため、世論は「消費税増税せよ!」の大合唱だった。野田前首相は財務官僚に完全に丸め込まれた。 前述のクルーグマンは、日本がどうしても消費税を上げたいという場合でも、経済への影響を最小にするためには、消費税を毎年1%づつ上げたらよいと発言していた。ところが、この案は技術的に困難であると一蹴されてしまう。その結果、5%から8%、10%へと上がることが決まる。(おかげで今、駆け込み需要の後の反動が心配されている。そやから1%ずつ上げ言うたやろ!)ここに日本人の性癖がよく表れている。事の本質より、小銭の扱いが面倒とか煩わしいという枝葉末節を優先する発想が出てくる。景気への影響より、技術論が優先したのだ。もっとひどいことには、増税により景気が良くなると真面目に主張した経済学者もいた。かくして、マスコミをはじめとする消費増税キャンペーンは奏功する。 安倍首相は、世論とブレーンであるリフレ派の板挟みとなり、消費税増税を決定するが、経済の落ち込み分を財政支出で補うという折衷案を採用する。

ところが、マスコミや御用学者たちは消費増税が昨年秋に決定したとたん、発言内容が180度転換し、消費の冷え込みによる不況の懸念を声高に言い始める。常に世間に向かって危機を煽っている。(そんなことを言うなら、最初に消費税を増税すべきだと言うべきでないだろう。)

主の学生時代(40年前)、経済学の講義で一番最初に教わったのは「賃金の下方硬直性」だった。「賃金の下方硬直性」というのは賃金が生産性の向上に関係なく、上がることはあっても下がりにくいことを言う。しかし、日本はバブル崩壊後、ずっと名目賃金が下がり続けた。企業は収益の落ち込みに対して、生産性を上げることより費用を小さくすること、すなわちリストラや賃下げを競って行った。

ここで、名目賃金の解説を少ししよう。もしインフレ下で賃金水準が同じ場合、インフレ分だけ実質賃金は下がっている。逆に、デフレの場合、実質賃金は上がることになる。このため日本のデフレを、まことしやかに「良いデフレ」と言った学者がいたほどだ。同時に為替レートのことも考慮する必要がある。名目賃金が同じでも、円高になるとドルで換算した賃金は増加することになる。すなわち、民主党政権では急激な円高が起こったが、ドルで換算した日本人の賃金水準は、円高にに比例して上昇した。これは国際競争力を失うことを意味する。為替レートの変動(円高)で国際競争力を失い、実際に倒産したエルピーダメモリーのような企業がある。

話を元に戻すと、「賃金の下方硬直性」は確かにあり、欧米では名目賃金は下がっていない。不況で名目賃金を下げたのは、唯一日本だけなのである。欧米では不況は起こっているが、デフレになっていない。日本のデフレは世界の不況とは様相が異なっており、かなり特殊だ。この原因の一つは、国民性にあるのではないか。他の国では、企業の利益が出なくなった時にも、名目賃金を下げることは出来なかったのだ。もちろん、ペイオフや人員整理はやっているだろうが、賃金水準は保たれた。ところが、日本の労働者はリストラとともに賃金水準の低下も受け入れたのだ。日本人は、外国人に比べ真面目なのだ。こうしたスパイラルの結果、デフレになった。

現在日本の新古典派学者も表立って、私は新古典派だと名乗っている訳では勿論ない。フリードマン信奉者はそれより、分かり易く敬意を表明している。しかし、その両者の理論はあり得ない前提が必要だ。彼らは根拠を明らかにせず、表向き様々な学派の意見を公平にくみ取っているかのような発言をする。だが、彼らは心の中で思っている。「こけろ!アベノミクス。」

 

 

グレン・グールド考 お勧め作品(その2)

グレン・グールドを描いた映画に「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」(2009年。日本公開は2011年。)がある。このなかで、グールドが初めて弾く曲を練習する時の様子を、数年間不倫関係にあった画家のコーネリアが語っている。グールドは36歳ころから40歳ころまでコーネリアと二人の子供と一緒に過ごしている。グールドが演奏家として一番充実していた時期と言って良いだろう。(グールドの女性関係は、別に書きたいと思っている。)

グールドが初めて曲を弾く様子は、他のピアニストと全く違っている。練習を始める前に女中に部屋で掃除機をかけさせ、同時にテレビとラジオの音量を最大にする。つまり、自分が弾くピアノの音が聴こえないようにするのだ。初めて弾く曲にとりかかる時は、すでに楽譜は頭の中に入っており、曲のイメージもすでにあった。そのようなときに不慣れな指使いから出る音が、自分の抱いているイメージに影響することを嫌ったのだ。 グールドは、「ピアノは指で弾くんじゃない。頭で弾くんだ。」と言っている。『当然だろう!』と言われるかもしれないが、彼の言っていることは、身体的な制約を受けずに頭の中にある音を直接出すことを言っている。実際、彼の演奏は指(手)の存在を感じさせない。彼の演奏は、直接音楽に触れているようだ。

プロは、テクニックを保つために毎日4時間も5時間も練習練習するというが、様相が全く違う。同じような意味だが、「演奏に技術的な困難を感じることがありますか?」とインタビュアーから質問されると「僕は戦場を見ないようにしているんだ。」と答えている。この場合の『戦場』とは、鍵盤のことだ。つまり、彼は意識を技術的な指使いなどのテクニックのことから逸らし、もっと重要なこと、たとえば曲の構成や、旋律ごとの強弱、どのような表現方法をとるべきかかなどを、陶酔の中にありながら常に計算している。彼は「もし、演奏家が意識を演奏技術に向けたら、困難さはさらに増すだろう。」と言っている。 また、子供時代を別にすると練習をしないピアニストで有名だ。1週間以上ピアノを弾かないことは普通にあったようだ。さすがに1か月弾けないと心理的にピアノを弾くことを渇望し、ピアノが弾けると嬉しくなるという事を言っている。

例により、前置きが長くなっってしまったが、おすすめ作品を続けよう。No.2はやはりこれ、J.S.バッハの「フーガの技法」だ。これだ。グールドの演奏は35分である。

「フーガの技法」は、バッハ(1685-1750)の最晩年である1740年代後半に書かれており、最後のフーガが未完のままで終わっている。シュバイツァーは、この曲を“静粛で厳粛な世界、色も光も動きもない”と言っている。確かに、静謐で宇宙的な深遠さがある。また、心的に穏やかな充足感が感じられ、宗教的な統一感を感じることができる。

この曲は楽器の指定がないこともあり、ピアノ、チェンバロ、オルガン、弦楽四重奏、オーケストラなど様々な形式の演奏が行われている。チェンバロやオルガン単体では音色の変化や強弱などの表現力が乏しい。一方、合奏形式のものは、各楽器が個性を主張しまとまりが感じられなかったり、逆にまとまっている場合も、伝えたいものが何なのか分からなかったりすることがある。合奏に比べるとピアノ独奏の場合は、一人で演奏するため、演奏者の伝えたいものが等身大で伝わってくる。やはりピアノ独奏の場合に、曲の統一感が一番よく出る。

名前が「フーガの技法」と言うだけあり、最初の主題が次々と対位法的に展開する。対位法は、複数の独立した声部(パート)からなる音楽をポリフォニーといい、ポリフォニーである対等な関係の最大4声の旋律が奏でられる。異なる旋律が同時に奏でられるので、必然的に和声(ハーモニー)も形成されるが、各声部の旋律(メロディー)が中心となる。グールドは単純な和音にならないように和音を崩しアルペジオにして旋律の違いが分かるように演奏するところが特長だ。そういう意味では逆に、オーケストラのお互いの楽器が主張しあう旋律の重なり自体を楽しむという聴き方もできる。DVDのベルリン古楽アカデミーの演奏は、最初主はまとまりがないと思っていたが、数十人の演奏者による様々な弦楽器、管楽器による旋律がそれぞれ行きつ戻りつする様子に着目すると楽しい。また、ピアノなのだが、コンスタンチン・リフシッツというピアニストはピアノ1台だが多重録音している。明らかに4手で弾いている。

だが、グールドのこの曲の演奏は、他の演奏家のどれとも全くレベルが違う。最初のテーマのテンポの遅さ。強い緊張感を保ちながら、この遅さで演奏できる奏者を知らない。テーマの終わりで2度休符するのだが、グールドの演奏は、完全な何秒かの無音を奏でる。初めて聞いた主は、ステレオ装置が具合悪くなったと思ったほどだ。最初のテーマの後、テーマを様々に変形させたフーガやカノンが続く。これらをグールドは旋律を弾き分け、あたかも全体を一つの構築物を見せるかのように演奏する。その演奏は、誰より明晰で、押しつけがましさがない全く自然なものだ。ついに終曲。シュバイツァーが“静粛で厳粛な世界、色も光も動きもない”と言ったのはこの曲だろう。この曲を聴いていると、普遍性、宇宙、抑えた愉悦、幸福、善といった表現が浮かぶ。ところが、そうした落ち着いた幸福感が虚空に突然ストップする。絶筆なのだ、この曲は。それでもこの曲の価値は失われることがない。

つづく

 

 

 

刺さる動画 — 3.11

『祈りにも悲鳴にも異なる声をあげて、今すべてが止まるようにと願いを心から言った』http://dout.jp/305

Face Bookを通じて知人にこの『刺さる動画』を教えてもらった。3年目となる3.11の映像なのだが、いまさらながらあまりの悲惨さに言葉がない。合掌。

ただ、思うところが一つあった。このリンクをクリックして是非実際に見て貰いたいのだが、多くの写真に人が写っている。亡くなった人の手足だったり、救助する自衛隊員や消防隊員、幸い生き延びる事が出来た人が、とても現実とは思えない背景のうちに写っている。人が写っていることで、被災した人、自衛隊員、消防隊員が見たであろう惨状が目に浮かぶ写真がある。おかげでこれを見て、初めてこの災害が我がこととして実感できたような気がした。

何故なんだろう?『刺さる動画』に刺さったのか。

前から気になっていたのだが、日本のマスコミの自主規制のせいだ。日本のテレビ局の報道では、死体や血の流れる映像は削除されて報道される。当然ながら、その分リアリティが失われる。瓦礫の山だけをいくら流しても、人間が写っていなければ他人事だ。人間が写っていて初めて自分のこととして共感する。

なお、こういうリンクの仕方がアリなのかよく分からないのだが、うまくTweet出来なかったので、このようになってしまった。

3.11

グレン・グールド考 お勧め作品(その1)

ブログの主のお気に入り、カナダ人クラシック・ピアノ奏者グレン・グールド(1932-1982)のおすすめCD、DVDを挙げてみよう。グールドって誰?、と言う人に読んでもらえれば幸いである。

グレン・グールドは、今では没後32年という事になる。カナダ人ピアニストなのだが、人気絶頂の31歳の時にコンサートに出なくなる。(コンサート・ドロップアウト。コンサートに来る集団としての聴衆は「悪だ」といっている。)その後、スタジオでレコードの制作を行った。亡くなって30年以上たつが、HMVやタワーレコードなどの大型店のクラシック売り場では、グールドのCDがずらりと並んでいる。また、バッハやベートーベンなどのシリーズものが次々形を変えて発売されている。

主がグールドにハマったきっかけは、ツタヤで借りたレンタル映画2枚「エクスタシス」「アルケミスト(錬金術師)」の2枚だった。映画の中で、グールドがいかに素晴らしいかを絶賛する声とグールドの演奏の二つを同時に見聴き出来る。聴覚と論理の両方から攻められるわけだが、この2点攻撃は強い。

確かにCDで聴くだけより、見る方が強烈だ。脚の一部を切った椅子(床から座面まで35センチしかない!)に座り、時に顔を鍵盤に触れそうになるほど近づけ、また、ハミングしながら上半身を旋回させる。椅子が異様に低いので、身長175センチのグールドの膝がお尻より高い位置に来る。椅子をこれ以上低くすると無理な姿勢になってしなうため、ピアノが数センチ持ち上げられている。この椅子はグールドのシンボルと言えるほど有名で、グールドはこの椅子を亡くなるまで何十年もずっと持ち歩いていた。後年の演奏時には座面の部分がなくなり、お尻が載るところには木の枠だけがあった。グールドの演奏時の姿勢は、巨匠と言われるピアニスト達とは真逆だ。良い姿勢では、上から大きな腕力を鍵盤に一気にかける事が出来、何千人も入る大ホールに響き渡る大音量を出すことが可能だ。グールドはこのような弾き方が出来ないことを自身で認めている。だが、彼のピアノの音色は非常に美しい。録音では、この椅子が軋む音がかすかに入っている。彼がいったん演奏を始めると、天才的な集中力を発揮し、陶酔・恍惚となったトランス状態と自己を超越した状態に同時に入ってしまう。トランス状態にありながら、非常な冷静さ、明晰さを失わない。メロディーを右手だけで弾ける時は、空いた左手をまるで指揮をするように振り回す。子供時代からピアノを弾く時は常に歌っていたので、この習性が大人になっても抜けなかった。このため、彼の演奏には鼻歌が録音されている。ピアノを弾く、イコール無意識にハミングなのだ。映画の中ではコロンビアレコードのプロデューサーが、第二次世界大戦で使われた毒マスクをスタジオに持って来て、ハミングが録音されないよう『これを被って演奏したら?!』と半ば本気で言っている。

かたやオーケストラとの共演では、オーケストラが全奏(トッティ)している間、週刊誌を見ているグールドの姿が衝撃だ。

SMAPの木村拓哉が、グールドのことを女性向けの雑誌クレア(96年5月号)で次のように言っている。「友達が『えーっ、クラシックぅ?ピアノぉ?』って言ってる人にもスンナリ聴けるピアニストを教えてくれたんです。それがグレン・グールドのおっちゃん。あの人って、弾き方もバカにしてるみたいでしょ。猫背で、すごい姿勢も悪くて。それが、いいなあと。」と語っている。いろんな評論家が様々にグールドを評しているが、キムタクのこの発言が一番うまくグールドを表している。正当的なクラシック音楽をずっと聴いていた人より、興味のなかった層に受け入れられやすいことは間違いない。

前置きが長くなっってしまったが、おすすめ作品をはじめよう。まずは、CDから。No.1はやはりこれ、J.Sバッハの「ゴールドベルグ変奏曲」だ。これは後回しに出来ない。デビュー作(23歳。1954年録音)と、遺作(49歳。1981年録音)の2種類がある。(正確にはライブ録音が別に2回ある。)亡くなる直前に、若いころに弾いたこの曲の解釈に不満を感じ、再録音をしたのだ。もちろん、両方の演奏にグールドらしさが溢れているが、この2枚は趣が全く違う。一言で言えば、デビュー作は、溌剌としているが、遺作は深遠だ。どちらも、驚くべき明晰さですべての音がコントロールされており、このことはグールドの演奏すべてに当てはまる。デビュー作の「ゴールドベルグ変奏曲」が世界中で大ヒットし、一躍トップピアニストの仲間入りをした。

グールドは22歳当時、すでにカナダでは人気を博していたが、この人気はカナダ国内にとどまっていた。カナダの次は当然アメリカだ。1954年1月ニューヨークでデビューコンサートを開く。この時、コロンビアレコードのディレクター、オッペンハイムがこれを聴き、翌日には専属契約を申し込んでいる。コロンビアは、バッハの平易な曲である「インベンションとシンフォニア」を専属契約を結んだ最初のレコーディングにしようと考えていた。しかし、グールドは「ゴールドベルグ変奏曲」を主張し、コロンビアが譲歩した。

この曲は、演奏時間がデビュー作で42分、遺作の方は52分だ。冒頭のアリアに続き30の変奏曲が演奏された後、再びアリアに戻る。30番目の変奏曲、つまり最後から2曲目はそれまでの変奏曲の形式とは違っており(『クオドリベッド』という形式で当時の流行りの複数の俗謡が同時に出てくる。)、非常に親しみやすく高揚すると同時に、大曲の終わりも感じさせる。そして最後に、穏やかで美しいアリアに戻る。

真偽は定かでないが、寝つきの悪いカイザーリンク伯爵のためにバッハの弟子ゴールドベルグが寝室の隣室で演奏したという逸話がある。しかし、あまりに素晴らしい曲なので、この曲を聴きながら安眠するのは無理だろう。グールドが登場するまでは、バッハの鍵盤曲はチェンバロやオルガンで演奏することが当然とされていた。それをグールドのピアノが変えてしまった。ピアノはチェンバロやオルガンに比べ格段に表現力が優れており、音色、強弱、音の長短を自由にコントロールできる。このため難解で退屈と言われていたこの曲の評価を、親しみやすいフレーズが続き、曲全体の一体感が楽しめる曲に一変させたのだ。

つづく

 

 

 

胸くそ悪いパプアニューギニアのカレンダー

胸くその悪いカレンダーを紹介しよう。パプアニューギニア政府とユニセフ、家族・性的暴力行動委員会というところが制作したものだ。

表紙こちらが、表紙。「子供に対する暴力をやめろ」と書かれている。描かれている男は大人だが、子供の方は、子供というより幼児に見える。

結婚

1月。「子供の結婚」とある。本文には多くの共同体で若い女の子がかなり年取った男と結婚させられると書かれている。絵に描かれた長い棒に挟んでいるのは紙幣だ。

部族抗争

3月。「部族衝突」とある。弓矢を持った大人と改造銃らしき銃を持ちブッシュナイフを脇に挟んだ少年が描かれている。後ろには、燃える藁葺の家である。

性的虐待

11月。性的虐待。「性的虐待は犯罪で警察に通報しなければならない。」と書いてある。

この他にも「暴言」、「体罰」、「薬物の子供への使用」、「誘拐」、「育児放棄」、「女の子に対する差別」などがありオンパレードだ。

そもそも、このようなカレンダーが自宅に飾られて喜ばれるという事態が理解できない。普通の日本人ならこのカレンダーを見ると不愉快になるだろう。カレンダーに書かれた文章には、子供が教育を受ける機会が失われるとか、虐待を受けるとその後の人生に傷を負うとか当然のことが書かれているのだが、パプアニューギニア人は「そうだったのか!!」と納得して、改心するのだろうか?

この国が、現代文明に初めて触れたのは1930年代と言われている。それ以前は、石器時代の生活を送っていた!!!そんな彼らが、タイムマシンに乗って突然現代へやってきたのだ。

それ故に、先ほどの疑問に対する答えはYESなのだ。彼らは驚くほどストレートな人種であり、彼らはこのカレンダーを見ると学習するだろうと主は思う。

 

グレングールド考 その6 奏法

ブログの主お気に入りカナダ人ピアニストグレン・グールド(1932-1982)の演奏が、普通のピアニストと違うところは、右手の主旋律だけに重きを置くのではなく、左手の旋律が、右手の旋律と全く対等にに扱われるところだろう。対等に扱うというより、対旋律をある意図をもって効果的に演奏することで、元の曲とは違う曲になると言った方がいいのかもしれない。おかげで、曲が持っている魅力を、新発見できる。

他の演奏者と対比するために、ベートーベンのピアノソナタ第1番などを題材にグールドの演奏と、フリードリヒ・グルダ(1930-2000)の演奏と比べてみた。フリードリヒ・グルダはジャズに傾倒したり、素っ裸で舞台に出たり物議を醸す時期もあったので、クラシックの世界で異端児扱いされることがあり、不当に評価が低い面がある。しかし、クラシック音楽の中心地ウイーンに生まれ育った正統派の巨匠である。(主はグールドにハマる前にフリードリヒ・グルダに熱中していた。)二人は同時代のピアニストでありながら、発言にお互いの名前は全く出てこない。どちらも天才なのだろう。

ピアノソナタ第1番は、当然、ベートーベンの初期の作品だ。初期の作品はモーツアルトの影響が濃いと言われる。フリードリヒ・グルダの演奏は一般的に世間で弾かれるとおり、右手中心に弾いていて、そのメロディーを中心に演奏する。左手は、控えめに弾かれ彩を添える脇役だ。テンポも主旋律に合わせ早くなったり、遅くなったり、緩急を常につける。確かにモーツアルトの影響を強く感じる。しかしこの演奏は、そのメロディーが冴えないときやメロディーが休みの時は、曲がつまらないし、聴いていても楽しくない。発見がないのだ。フリードリヒ・グルダは名ピアニストだが、この人が演奏するベートーベンのピアノソナタで面白いのは、「月光」や「悲愴」や「熱情」と言った有名な曲だけに値打ちを感じることになる。副題のついていない曲は、聴きごたえがない。

一方、グールドの演奏は、常に左右の手のメロディーが拮抗していて、往々に左手の方が強調され、非常に変化に富んでいる。また、グールドはテンポを「どうして?」と思うほど一定にキープし、その一定のテンポの中で、右手と左手をまるで他人が弾いているように独立して演奏し、主旋律、対旋律ごとに強弱を明確につけ、スタッカート、テヌートなど演奏方法を変える。また、その低音部は全曲を通し第1楽章から第4楽章まで通奏低音のように意識させるので、曲のつながりを聴く者に気付かせる。 その曲が持っている全ての価値を伝えるべく、あらゆる旋律が考え抜かれたうえで、聴き手に提示されている。

きっと、作曲したベートーベンもグールドの演奏のような意図はなかっただろう。その作曲者も意図しない魅力をグールドは引き出している。 この複線の旋律を意識しながらグールドの演奏を聴くと、ベートーベンのピアノソナタ32曲すべてが聴きごたえがあることに気づく。ベートーベンの初期の作品は、モーツアルトに似ていると思っていたが、グールドの演奏では、ベートーベンは初めからモーツアルトとは全く違い、むしろ、最初の段階からベートーベン以降のロマン派の作曲家の方法論を先取りしていることに気付く。

グールドは唯一無二というか、違う。 売れないピアニストの「青柳いずみこ」が、「グレン・グールドー未来のピアニスト」という本を書いている。彼女は、グールドにかなりネガティブなのだが、「未来のピアニスト」という副題がどういう意味なのか気になっていた。グールドは、楽譜にない音符を勝手に付け加え、何通りも録音したテイクのうちの最良の演奏が出来たテープを切り張りし、伝統的な表現方法と全く違う方法(彼はすでにある演奏と同じ演奏をするなら、意味がないと言っている。)で弾き、コンサートを否定しスタジオに何日もこもりながらレコードを作っていた。こうしたことは、普通のピアニストである彼女の価値観に収まりきらないのだ。それで、「未来のピアニスト」と言う言葉が浮かんだのだ。

 

 

RAID0 ULTRA FASTで起動成功!

主のPCがULTRA FASTでBOOTできるようになった。

Windows8 (64bit)をWindows8.1にアップグレードしたのち、BIOS(UEFI)をバージョンアップしたら、RAID0が起動しなくなった。Windows8.1で作ったシステムイメージがあったので、これを使って最終的に回復したのだが、この奮闘記を書いてみる。何かの参考になれば幸いだ。なお、マザーボードは、Asrock Z77 Extreme7-M、CPUは i7-3770Tだ。(今後のためにUSBメモリにUEFI起動Windows8.1回復システムを作成した。)

BIOS(UEFI)をアップデートするとデフォルトにリセットされるので、RAID0に障害が起こり、Windowsが起動しなくなることは前回述べた。これを再インストールする際、DVDメディアからインストールすると必ずBIOSでしかインストール出来ない。UEFIでインストールするためには、USBメモリーに入れたWindowsシステムを準備し、インストールする際にUEFIモードのUSBメモリを指定する必要がある。このためまずは、Winodws8のUSBシステムを作成、RAID0を再構築したドライブにUEFIモードでインストールした。次にWindows Updateを何度か繰り返し、Winodows8.1にアップグレードする。この段階で、ようやくWindows8.1で作ったシステムイメージが認識されて、もとに戻すことが出来た。このシステムイメージは、BIOSで作られたシステム、UEFIのWindows8のいずれからも認識されないのだ。悪戦苦闘することになった原因を上げると、次のようになる。

① DVD-ROMインストールは、UEFIでインストール出来ない

Windows8(Windows8.1でも)をUEFIでインストールするには、DVD-ROMからインストールすることはできないので、インストール用USBメモリを作り、UEFIを選んでブートしなければならない。間違えてAHCIを選ぶと、UEFIにはならない。

② Windows8のシステム回復は、Windows8.1で作ったシステムイメージを認識しない

Windows7では、サービスパックがSP3まであったが、OSとしては同じだったので、システム回復が同じように使えた。だが、Windows8とWindows8.1は違うOSのようだ。

③ ライセンスがWindows8アップグレードの場合は、クリーンインストールできない。 

主は、Windows7から8へ移行する際に、安価なアップグレード版をダウンロードして使っていた。これを使って新規(カスタム)インストールすると、ライセンス違反というエラーメッセージが出て、ライセンス認証が出来ない。だがこの現象は、必ずしもWindows7をインストール後にWindows8へアップデートしなくとも、Windows8を2回インストールすれば可能だ。

④ ビデオカードはGOPに対応している必要がある

対応していない場合は、CPU内蔵のVGAを使えば可能だ。

 

 

 

 

RAID0 BIOSのアップデートで再インストールするはめに

半年ぶりに日本に帰ってきたら、マザーボードのBIOSの新バージョンがリリースされているのに気が付いた。

主の使うPCは、レスポンスを良くするためにSSD2枚を使ってRAID0を組んでいる。RAIDは、BIOS(UEFI)のハードディスクの起動オプションででIDEやAHCIではなく、RAIDを選択したうえで、さらに別の設定画面でRAIDドライブを指定しなければならない。しかし、何も考えずにBIOSをバージョンアップすると、BIOSのバージョンアップはデフォルトの状態へと戻る。すなわちAHCIになり、再起動後、RAIDドライブはエラーを起こして、Windowsは永遠に立ち上がらなくなってしまう。

この失敗を元旦にしてしまった。(^^);;

BIOS(UEFI)のアップデート自体は簡単に終了するのだが、Windows8.1は立ち上がらない。仕方ないので、DVDトレイに入れたWindows8のシステムから起動し、システム修復を試みる。システムイメージがあるので簡単に修復できるとたかをくくっていたが、やってみると何故か「システムイメージを復元できませんでした。ファームウエアが異なるコンピュータにシステムイメージを復元できません。このシステムイメージはBIOSを使用するコンピュータで作成されましたが、このコンピュータはEFIを使用しています。というエラーメッセージが出て、システムイメージは使えない。(涙)

結局、Windows8を再インストール、Windows Updateを繰り返し、Windows8.1も再インストールする羽目になる。データは、Cドライブに入れていないので大きな被害はなかったが、元旦早々、半日がつぶれた。

システム修復の際に、修復対象を選択する「ドライブの除外」という項目があり、除外するドライブをしっかり指定しないと、Cドライブ以外のドライブも消えてしまうので注意が必要だ。

その後、Googleで検索したら、エラーメッセージの原因について、価格コムの口コミで次の書き込みを見つけた。http://bbs.kakaku.com/bbs/K0000383962/SortID=15170871/

記事を見て気が付いたが、以前、UEFIブート用のUSB Windows8を作った記憶がある。だが、パプアニューギニアへ持って行ってしまって手元にない。必要な時に手元にないとは、全くとほほだ。