ヘッドホン AKG K812 《オーディオ熱》

主は、AKG K812(アマゾンで14万円くらい)というオープンエア型のヘッドホンを約2年ほど前から使っている。AKGは、オーストリアのメーカーで、放送局用の高性能機材で知られている。今ではN90QというDAC内蔵の特殊な製品や、K872という密閉型のさらに値段が高いヘッドホンも発売されているが、このAKG K812がこのメーカーのフラッグシップのヘッドホンといっていいだろう。

AKG K812

以前は、同じAKG社のK701という製品を使っていた。現在2万円弱で売っているが、5年ほど前に買った当時は、もっと高かったはずだ。これをパプアニューギニアまで持って行き、PCに入れた音楽ファイルをDAC経由でよく聴いていた。こちらもけっこう気に入っていたのだが、秋葉原のヨドバシカメラで試しにK812を聴いてみて、その違いに驚かされた。一言で言うなら、本当に自然なのだ。音楽だけを聴くことができ、他の全てを忘れることができる、そんな感じの音だ。

AKG K701

そもそも主は、36年前に没したカナダ人クラシック・ピアニストのグレン・グールドにずっとはまっており、何とか彼の演奏を良い音で聴けないかと悪戦苦闘してきた。彼が生きたのは、1932年から1982年と大昔で、デビュー作のバッハ「ゴールドベルグ変奏曲」の録音は今から63年前の1955年である。当時発売されたLPレコードはモノラル録音で録音状態がよくない。1958年頃からステレオ録音となるが、やはり録音は良くない。また、ラジオやテレビの録音も残っているのだが、レコードより悪い。

ただこの悪い録音であっても、良いオーディオ装置を使って、録音されたデータを余すことなく再生できるとけっこう聴ける。このため少しでもよい音で聴きたいと願って、オーディオ熱、ハイレゾ熱の世界に足を踏み込んできた。

先にも書いたが、このK812は、さすがリファレンス機だけあって最高の音を出す。主は、スピーカーにB&W 805D3を使っているのだが、1組90万円近い値段がするのもあって、こちらも最高の音質だと思っている。この音質だが、何と比べて高音質かというと、つまるところ、コンサートホールの生演奏と比べてということだ。

この805D3だが、器楽曲や小編成のアンサンブル、例えば弦楽四重奏や、ダイナミックレンジの低い古楽器合奏などでは何の文句もないのだが、さすがにオーケストラになると苦しい。オーケストラのフォルテッシモのトゥッティ(全奏)では、モコモコ感が否めない。

B&W 805D3

ところが、ヘッドホンK812は、この上を行く。どの楽器の音も明晰で、オーケストラの配置に奥行きが感じられる。マーラーは、交響曲の中でも大編成で知られるが、その交響曲でティンパニが轟音というべき強音を鳴らした時でも、他の楽器の音がちゃんと聴きとれる。もちろん、弱音であっても、クリアに美しく再現する。その繊細な音に胸がドキドキする。オーケストラが奏でる、何とも言えずに美しい和音の響きのハーモニーに感動する。さまざまな楽器が入れ替わり立ち代わり旋律を奏で、作曲者の曲の構成の妙に驚かされる。この素晴らしい環境が自宅で手に入るというのは、実に素晴らしい。他に代えがたい。たゆたうマーラーのハーモニーの美しさと、耳を澄まさないと聞こえないピアニッシモから、爆発するような轟音とどろくフォルテッシモへの変化に圧倒される。この体感なしに、マーラーは語れないだろう。

スピーカーのB&W 805D3では、オーケストラが弱音のピアニッシモの時には、せっかくの美しいハーモニーが聴きとりにくくなり、轟音が鳴るフォルテッシモの時には、どの楽器が同時に鳴っているのかわからなくなる。中程度の音量の時にのみ、バランスが取れて良い感じだ。

主は、ジャズも結構好きで、一時はキースジャレットをよく聴いた。マイルス・デイヴィスもよく聴く。このヘッドホンでジャズを聴くと、臨場感が半端なく、このCDには「えっ、こんな音も録音されていたの!!」と驚くことがたびたびある。

こうしてみると、クラシック音楽を自宅のオーディオで忠実に再生しようとすると、それなりにお金がかかるのだろう。B&Wの一番高いスピーカーは、1組425万円するが、世の中にはこれよりも高いスピーカーも当然ある。音響を問題にすると、部屋も当然問題になるだろう。結局のところ、そうした問題を避け、良い音を聴く安上がりな方法は、ヘッドホンを使うということだろう。

おしまい

 

B&W 805D3 購入!

主は、下の写真のB&W CM8というスピーカーを2年ほど使っていた。B&Wというのはイギリスの会社である。秋葉原のヨドバシカメラに高級スピーカーを並べた部屋があり、やはり高級アンプ、高級CDプレイヤーの試聴をする際のリファンレンススピーカーとして店員が勧めていたのがこのB&W CM8だった。店員のこの話を聞き、これを買ったのだが結構気に入っていた。

B&W
B&W CM8

ところが、主がふだん行っているテニスクラブに、やはりクラシック好きでオーディオマニアの爺さんがいる。もちろん主も爺さんだが、このご仁は東京国際フォーラムで行われるオーディオフェアへ毎年欠かさず出かけるという筋金入りだ。

80歳の少し手前で、気の毒なことに現在は心臓病を発病し、いまはテニスを休んでいるのだが、秋には復帰できるらしい。この年齢だが、エドバーグ(この名前を知っている人は昔からのテニスファンですね)が使っていたようなフェース面積の小さい(85インチ!)こだわりのラケットをずっと愛用している。

音楽/オーディオの方は、チェロのミーシャ・マイスキーのファンだがジャズも聴くというオーディオマニアで、主はテニスクラブで音楽談義に話を咲かせていた。次の写真が、彼が持っているスピーカーだ。このスピーカーは1980年代に発売され、その後も大ヒットを続けた。

B&W_matrix801
B&W 801Matrix

B&Wのこのスピーカーのシリーズはその後も改良され、高い人気を保ち続けるのだが、昨年の秋にもモデルチェンジをし、主はその評判を耳にしていた。このB&Wの最高位のラインナップは800シリーズといい、主が購入したのは下の写真の805D3だ。最初は、評判を知っていたが、価格ゆえに躊躇していた。だが、普段聞いているグレン・グールドの協奏曲物とピアノソロ、ちょっと録音が古く音質が良くないものなど取り混ぜて、何度かヨドバシカメラへ持って行き試聴はさせてもらっていた。

B&W_805D3
B&W 805D3

試聴すると、表現される内容の次元が、これまで使っていたスピーカーとは違う。これまでは朦朧として気が付かなかったのだが、例えば、グールドのベートーヴェンピアノ協奏曲3番(指揮:バーンスタイン)は、1959年の演奏(グールド27歳、バーンスタイン41歳)でステレオ録音が始まった時期のものだが、オーケストラの音色、金管楽器と弦楽器がフォルテで全奏するところなど、古式蒼然とした音色だということに気が付く。大仰といってもいいし、歴史的録音という表現もできるだろう。それに、グールドのピアノのトラックが、真ん中に非常に大きな音で強調されており、今の録音ならこう極端なことはしないよなと今更ながらに思う。

主は、これまで器楽曲や室内楽といった小編成のものばかりを聴いてきた。というのは、オーケストラなどを聴くと、普通のスピーカーでは解像力が劣るために、音が混じってしまいいまいち好きになれないのだ。ところが、この805D3ではオーケストラが、オーバーな言い方だが、コンサートホールではこのように聞こえるだろうという再現性を見せる。さらに、このスピーカーに替えて気が付いたのは、チェンバロの音の美しさだ。特に録音が古いチェンバロ、例えばグスタフ・レオンハルトのもの(1972年の録音だった)などはあまり聴きこんでいなかったが、初めてその価値に気づいた。音が正確に表現されると違って聞こえるのだ。レオンハルトおそるべし。

チェンバロに限らず、「このCDには、こんな音が入っていたんだ!」と思うこともたびたびある。(おかげで、ジャズのマイルス・デイヴィスもよく聴くようになった)

この800シリーズのラインナップは次の4種類あるのだが値段がすごい。一番左が、802D3 で¥3,400,000、左から二番目が803D3で¥2,700,000、左から三番目が804D3で ¥1,460,000、右端が主が購入した805D3で¥880,000である。この805D3はブックシェルフ型なのだが、写真の純正スタンドは¥140,000する。

B&W800series

このヨドバシカメラでの試聴の際に、顔見知りになった店員に小声で「ここだけの話ですぜ。即決するなら、スピーカー2台で6万円まけます」と言われるのだ。ここで、最近の円高で輸入品の仕入れ値は下がっているはずだから、値下げされないかなと思っていた主の心は揺れる。ぐらぐら。とりあえず、名刺をもらって帰る。

そこで、奥さんに反対されない方便を考える。前から考えていたのは、古いスピーカを息子に譲り、有効活用を図る。これなら仕方なく認めてくれるかもしれない。

結局、ヨドバシカメラと自宅で同じ音が再現できたか? それは残念ながら、ヨドバシカメラの方が良いようだ。なぜなら、ヨドバシカメラでは純正のスタンドを使い、スピーカーケーブルは最高のものを使っている。アンプも相当、高級品だ。エージング(暖機運転を十分にすること)も十分だ。

オーディオの世界は、壁の電気コンセントとアンプなどの電気機器をつなぐケーブル(電線)や電気コードを差し込むタップに、10万円以上するものが売られているほどキリのない世界なのだ。オーディオにどんどん凝っていくと、究極は、電力会社にオーディオ専用の電柱を立ててもらうところまで行く。間違ってもそういう世界に入らないように、気を付けながら愉しもうと思っている今日である。