グレン・グールド ドラマ《イノック・アーデン / R・シュトラウス》 朗読:石丸幹二

\\\\\\\\\ 2023.7.24 一部リライトしました。////////////

グレン・グールドは、1962年に、コロンビアレコードから後期ロマン派の作曲家リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)の《イノック・アーデン作品38》を正規版として発売している。正規版と言うのは、グールドが「発売してよろしい」と許可を出したものである。

《イノック・アーデン》は、イギリス人のアルフレッド・テニスン(1809-1892)が1864年に発表した叙事詩で、妻子を残して遠洋で遭難し、生還した船乗りの悲劇であり、メロドラマである。

この物語は好評を博し、書物単体でも発売されているし、ラジオ劇などにもなっており、音楽作品としては、オペラやピアノ伴奏だけでなく、オーケストラの伴奏作品もあるようだ。

もちろん、グールドが録音したこの時の朗読者は、イギリス出身の名優クロード・レインズ(1889-1967)だった。 このアルバムは、コンプリート・コロンビア・アルバムコレクション(下の写真参照)に含まれている。

下が、もともと発売されていたコロンビア・アルバムコレクションである。このコレクションには、コロンビアレコードから出された正規アルバムすべてが入っている。

ところが昨年、グレングールド生誕90年、没後40年を記念して、AIの技術を使ってソニーが、グールドのピアノ伴奏をそのままに、朗読部分を石丸幹二さんの朗読に変えて発売を開始した。

もとの録音はピアノの演奏と朗読が同じトラックに入っていて、別れてなかったそうだ。しかし、それをAIの技術を使って、クロード・レインの声を取り除き、石丸幹二氏の声に入れ替えることが出来たそうだ。 恐るべき技術進歩である。

グールド:コンプリート・アルバム・コレクション

もちろんオリジナルの方は、親爺は英語による朗読のため、チンプンカンプンで敬遠していた。

ところが、石丸幹二さんの朗読でこれ聴いて見ると、感動する。素晴らしい! 手を変え品を変え、ラジオや舞台、音楽劇などにされているはずだ。

まず、この「メロドラマ」なのだが、妻子を残して遠洋で遭難し、生還した船乗りの悲劇であり、戦争で妻子を残して出征した兵士が、戦死したと思われ、やっとの思いで帰国したら、妻は新しい夫と再婚していたというような、よくある筋と言えばよくある筋である。しかしながら、そこには予想される陳腐な結末とは違って、非常に感動的な結末が用意されていて感動する。またとても、説得力がある。

もちろん、朗読によるセリフがドラマのメインだが、やはり伴奏するグールドのピアノが素晴らしい。朗読だけではおそらく陳腐だったりありきたりになってしまうだろうところをピアノがあることで、「メロドラマ」に迫真力を与え、まるで劇をみるような感覚を与えている。

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このCDには、日本のグールド研究の第1人者である宮沢淳一氏がこのCDの解説をされたリーフレットが同封されいる。その解説で、グールドはリヒャルト・シュトラウスを20世紀最大の作曲家と評価していたと書かれている。彼が唯一作曲した大曲の《弦楽四重奏曲作品1》は、リヒャルト・シュトラウス風だとよく評される。グールドは、ショパンやリスト、チャイコフスキーなど前期ロマン派の作曲家などとドイツや北欧以外の作曲家(つまり、イタリアやフランスなどの作曲家)をあまり評価せず演奏しなかった。グールドの演奏は、理性的で感情を排していると言われることがあるようだが、そこはどうしてどうして、グールドの演奏はロマン主義者そのものだと親爺は思っている。 

グールドは、「最後の清教徒」と自分自身を時代遅れだと自虐的に評していた。しかし、親爺はこれをある種の隠れ蓑ではないかと考えていた。ここでグールドが言う「最後の清教徒」という表現は、もちろんアメリカの哲学者サンタヤーナが書いた小説から来ている。

このサンタヤーナの唯一の小説とは、1935年に発表した「最後の清教徒」である。宗教*に囚われる主人公のオリバーとラテン系の血を引く快楽主義者を対照しながら、清教徒的な誇りのために現代社会に適応できないオリバーの姿を,皮肉と同情をこめて描いている。この小説は、とくにアメリカに渡ったピューリタニズムを肯定するものでもなく、複雑に絡み合った現代の様々な価値観や問題点を考察するものである。

  • *(注)この宗教とは、キリスト教・プロテスタントのうちイギリスを発祥とする原理主義的なグループが信仰した宗教で、ピューリタン革命を主張した。ピューリタニズムとは、イギリス国教を否定し、古い慣習を純粋化しようというカルバンが提唱した過激な新教であり、イギリスを追われアメリカへ渡り、アメリカを建国したと言われる。

他方で、グールドは自分の私生活の秘密を守るために、航空王・映画王のハワード・ヒューズのように生きたいとつねづね公言していた。ハワード・ヒューズは、女好きで潔癖症で発達障害であることが知られており、親爺はグールドの「最後の清教徒」という自称は、韜晦(目くらまし)ではないかと思っていた。

しかし、グールドには、ヒンデミットのキリスト教を題材にした歌曲《マリアの生涯》*などの録音もあり、こうしたキリスト教の道徳観に溢れた作品をグールドが取り上げていたことを知り、彼の価値観の中心は、ベトナムの反戦運動やウッドストックに代表される「愛と平和」に代表されるような価値観よりも、欧米中心の宗教観に裏打ちされた倫理観が強いのかも知れない。 今後、そうした彼の宗教観を考えてみたいと思っている。

*(注)グレン・グールドが「史上最高の歌曲集」と評したことでも知られるヒンデミットの『マリアの生涯』は、リルケによる詩を美しく歌いながらも、ヒンデミット流のネオ・バロック的ピアニズムがあふれだす独特の味わいをもたらす作品である。

おしまい

おまけ

以下、YOUTUBEで見つけた「イノック・アーデン」である。

YOUTUBEで開くと「夏目漱石も絶賛した」と書かれている。