グレン・グールド考 お勧め作品(その2)

グレン・グールドを描いた映画に「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」(2009年。日本公開は2011年。)がある。このなかで、グールドが初めて弾く曲を練習する時の様子を、数年間不倫関係にあった画家のコーネリアが語っている。グールドは36歳ころから40歳ころまでコーネリアと二人の子供と一緒に過ごしている。グールドが演奏家として一番充実していた時期と言って良いだろう。(グールドの女性関係は、別に書きたいと思っている。)

グールドが初めて曲を弾く様子は、他のピアニストと全く違っている。練習を始める前に女中に部屋で掃除機をかけさせ、同時にテレビとラジオの音量を最大にする。つまり、自分が弾くピアノの音が聴こえないようにするのだ。初めて弾く曲にとりかかる時は、すでに楽譜は頭の中に入っており、曲のイメージもすでにあった。そのようなときに不慣れな指使いから出る音が、自分の抱いているイメージに影響することを嫌ったのだ。 グールドは、「ピアノは指で弾くんじゃない。頭で弾くんだ。」と言っている。『当然だろう!』と言われるかもしれないが、彼の言っていることは、身体的な制約を受けずに頭の中にある音を直接出すことを言っている。実際、彼の演奏は指(手)の存在を感じさせない。彼の演奏は、直接音楽に触れているようだ。

プロは、テクニックを保つために毎日4時間も5時間も練習練習するというが、様相が全く違う。同じような意味だが、「演奏に技術的な困難を感じることがありますか?」とインタビュアーから質問されると「僕は戦場を見ないようにしているんだ。」と答えている。この場合の『戦場』とは、鍵盤のことだ。つまり、彼は意識を技術的な指使いなどのテクニックのことから逸らし、もっと重要なこと、たとえば曲の構成や、旋律ごとの強弱、どのような表現方法をとるべきかかなどを、陶酔の中にありながら常に計算している。彼は「もし、演奏家が意識を演奏技術に向けたら、困難さはさらに増すだろう。」と言っている。 また、子供時代を別にすると練習をしないピアニストで有名だ。1週間以上ピアノを弾かないことは普通にあったようだ。さすがに1か月弾けないと心理的にピアノを弾くことを渇望し、ピアノが弾けると嬉しくなるという事を言っている。

例により、前置きが長くなっってしまったが、おすすめ作品を続けよう。No.2はやはりこれ、J.S.バッハの「フーガの技法」だ。これだ。グールドの演奏は35分である。

「フーガの技法」は、バッハ(1685-1750)の最晩年である1740年代後半に書かれており、最後のフーガが未完のままで終わっている。シュバイツァーは、この曲を“静粛で厳粛な世界、色も光も動きもない”と言っている。確かに、静謐で宇宙的な深遠さがある。また、心的に穏やかな充足感が感じられ、宗教的な統一感を感じることができる。

この曲は楽器の指定がないこともあり、ピアノ、チェンバロ、オルガン、弦楽四重奏、オーケストラなど様々な形式の演奏が行われている。チェンバロやオルガン単体では音色の変化や強弱などの表現力が乏しい。一方、合奏形式のものは、各楽器が個性を主張しまとまりが感じられなかったり、逆にまとまっている場合も、伝えたいものが何なのか分からなかったりすることがある。合奏に比べるとピアノ独奏の場合は、一人で演奏するため、演奏者の伝えたいものが等身大で伝わってくる。やはりピアノ独奏の場合に、曲の統一感が一番よく出る。

名前が「フーガの技法」と言うだけあり、最初の主題が次々と対位法的に展開する。対位法は、複数の独立した声部(パート)からなる音楽をポリフォニーといい、ポリフォニーである対等な関係の最大4声の旋律が奏でられる。異なる旋律が同時に奏でられるので、必然的に和声(ハーモニー)も形成されるが、各声部の旋律(メロディー)が中心となる。グールドは単純な和音にならないように和音を崩しアルペジオにして旋律の違いが分かるように演奏するところが特長だ。そういう意味では逆に、オーケストラのお互いの楽器が主張しあう旋律の重なり自体を楽しむという聴き方もできる。DVDのベルリン古楽アカデミーの演奏は、最初主はまとまりがないと思っていたが、数十人の演奏者による様々な弦楽器、管楽器による旋律がそれぞれ行きつ戻りつする様子に着目すると楽しい。また、ピアノなのだが、コンスタンチン・リフシッツというピアニストはピアノ1台だが多重録音している。明らかに4手で弾いている。

だが、グールドのこの曲の演奏は、他の演奏家のどれとも全くレベルが違う。最初のテーマのテンポの遅さ。強い緊張感を保ちながら、この遅さで演奏できる奏者を知らない。テーマの終わりで2度休符するのだが、グールドの演奏は、完全な何秒かの無音を奏でる。初めて聞いた主は、ステレオ装置が具合悪くなったと思ったほどだ。最初のテーマの後、テーマを様々に変形させたフーガやカノンが続く。これらをグールドは旋律を弾き分け、あたかも全体を一つの構築物を見せるかのように演奏する。その演奏は、誰より明晰で、押しつけがましさがない全く自然なものだ。ついに終曲。シュバイツァーが“静粛で厳粛な世界、色も光も動きもない”と言ったのはこの曲だろう。この曲を聴いていると、普遍性、宇宙、抑えた愉悦、幸福、善といった表現が浮かぶ。ところが、そうした落ち着いた幸福感が虚空に突然ストップする。絶筆なのだ、この曲は。それでもこの曲の価値は失われることがない。

つづく

 

 

 

刺さる動画 — 3.11

『祈りにも悲鳴にも異なる声をあげて、今すべてが止まるようにと願いを心から言った』http://dout.jp/305

Face Bookを通じて知人にこの『刺さる動画』を教えてもらった。3年目となる3.11の映像なのだが、いまさらながらあまりの悲惨さに言葉がない。合掌。

ただ、思うところが一つあった。このリンクをクリックして是非実際に見て貰いたいのだが、多くの写真に人が写っている。亡くなった人の手足だったり、救助する自衛隊員や消防隊員、幸い生き延びる事が出来た人が、とても現実とは思えない背景のうちに写っている。人が写っていることで、被災した人、自衛隊員、消防隊員が見たであろう惨状が目に浮かぶ写真がある。おかげでこれを見て、初めてこの災害が我がこととして実感できたような気がした。

何故なんだろう?『刺さる動画』に刺さったのか。

前から気になっていたのだが、日本のマスコミの自主規制のせいだ。日本のテレビ局の報道では、死体や血の流れる映像は削除されて報道される。当然ながら、その分リアリティが失われる。瓦礫の山だけをいくら流しても、人間が写っていなければ他人事だ。人間が写っていて初めて自分のこととして共感する。

なお、こういうリンクの仕方がアリなのかよく分からないのだが、うまくTweet出来なかったので、このようになってしまった。

3.11

グレン・グールド考 お勧め作品(その1)

ブログの主のお気に入り、カナダ人クラシック・ピアノ奏者グレン・グールド(1932-1982)のおすすめCD、DVDを挙げてみよう。グールドって誰?、と言う人に読んでもらえれば幸いである。

グレン・グールドは、今では没後32年という事になる。カナダ人ピアニストなのだが、人気絶頂の31歳の時にコンサートに出なくなる。(コンサート・ドロップアウト。コンサートに来る集団としての聴衆は「悪だ」といっている。)その後、スタジオでレコードの制作を行った。亡くなって30年以上たつが、HMVやタワーレコードなどの大型店のクラシック売り場では、グールドのCDがずらりと並んでいる。また、バッハやベートーベンなどのシリーズものが次々形を変えて発売されている。

主がグールドにハマったきっかけは、ツタヤで借りたレンタル映画2枚「エクスタシス」「アルケミスト(錬金術師)」の2枚だった。映画の中で、グールドがいかに素晴らしいかを絶賛する声とグールドの演奏の二つを同時に見聴き出来る。聴覚と論理の両方から攻められるわけだが、この2点攻撃は強い。

確かにCDで聴くだけより、見る方が強烈だ。脚の一部を切った椅子(床から座面まで35センチしかない!)に座り、時に顔を鍵盤に触れそうになるほど近づけ、また、ハミングしながら上半身を旋回させる。椅子が異様に低いので、身長175センチのグールドの膝がお尻より高い位置に来る。椅子をこれ以上低くすると無理な姿勢になってしなうため、ピアノが数センチ持ち上げられている。この椅子はグールドのシンボルと言えるほど有名で、グールドはこの椅子を亡くなるまで何十年もずっと持ち歩いていた。後年の演奏時には座面の部分がなくなり、お尻が載るところには木の枠だけがあった。グールドの演奏時の姿勢は、巨匠と言われるピアニスト達とは真逆だ。良い姿勢では、上から大きな腕力を鍵盤に一気にかける事が出来、何千人も入る大ホールに響き渡る大音量を出すことが可能だ。グールドはこのような弾き方が出来ないことを自身で認めている。だが、彼のピアノの音色は非常に美しい。録音では、この椅子が軋む音がかすかに入っている。彼がいったん演奏を始めると、天才的な集中力を発揮し、陶酔・恍惚となったトランス状態と自己を超越した状態に同時に入ってしまう。トランス状態にありながら、非常な冷静さ、明晰さを失わない。メロディーを右手だけで弾ける時は、空いた左手をまるで指揮をするように振り回す。子供時代からピアノを弾く時は常に歌っていたので、この習性が大人になっても抜けなかった。このため、彼の演奏には鼻歌が録音されている。ピアノを弾く、イコール無意識にハミングなのだ。映画の中ではコロンビアレコードのプロデューサーが、第二次世界大戦で使われた毒マスクをスタジオに持って来て、ハミングが録音されないよう『これを被って演奏したら?!』と半ば本気で言っている。

かたやオーケストラとの共演では、オーケストラが全奏(トッティ)している間、週刊誌を見ているグールドの姿が衝撃だ。

SMAPの木村拓哉が、グールドのことを女性向けの雑誌クレア(96年5月号)で次のように言っている。「友達が『えーっ、クラシックぅ?ピアノぉ?』って言ってる人にもスンナリ聴けるピアニストを教えてくれたんです。それがグレン・グールドのおっちゃん。あの人って、弾き方もバカにしてるみたいでしょ。猫背で、すごい姿勢も悪くて。それが、いいなあと。」と語っている。いろんな評論家が様々にグールドを評しているが、キムタクのこの発言が一番うまくグールドを表している。正当的なクラシック音楽をずっと聴いていた人より、興味のなかった層に受け入れられやすいことは間違いない。

前置きが長くなっってしまったが、おすすめ作品をはじめよう。まずは、CDから。No.1はやはりこれ、J.Sバッハの「ゴールドベルグ変奏曲」だ。これは後回しに出来ない。デビュー作(23歳。1954年録音)と、遺作(49歳。1981年録音)の2種類がある。(正確にはライブ録音が別に2回ある。)亡くなる直前に、若いころに弾いたこの曲の解釈に不満を感じ、再録音をしたのだ。もちろん、両方の演奏にグールドらしさが溢れているが、この2枚は趣が全く違う。一言で言えば、デビュー作は、溌剌としているが、遺作は深遠だ。どちらも、驚くべき明晰さですべての音がコントロールされており、このことはグールドの演奏すべてに当てはまる。デビュー作の「ゴールドベルグ変奏曲」が世界中で大ヒットし、一躍トップピアニストの仲間入りをした。

グールドは22歳当時、すでにカナダでは人気を博していたが、この人気はカナダ国内にとどまっていた。カナダの次は当然アメリカだ。1954年1月ニューヨークでデビューコンサートを開く。この時、コロンビアレコードのディレクター、オッペンハイムがこれを聴き、翌日には専属契約を申し込んでいる。コロンビアは、バッハの平易な曲である「インベンションとシンフォニア」を専属契約を結んだ最初のレコーディングにしようと考えていた。しかし、グールドは「ゴールドベルグ変奏曲」を主張し、コロンビアが譲歩した。

この曲は、演奏時間がデビュー作で42分、遺作の方は52分だ。冒頭のアリアに続き30の変奏曲が演奏された後、再びアリアに戻る。30番目の変奏曲、つまり最後から2曲目はそれまでの変奏曲の形式とは違っており(『クオドリベッド』という形式で当時の流行りの複数の俗謡が同時に出てくる。)、非常に親しみやすく高揚すると同時に、大曲の終わりも感じさせる。そして最後に、穏やかで美しいアリアに戻る。

真偽は定かでないが、寝つきの悪いカイザーリンク伯爵のためにバッハの弟子ゴールドベルグが寝室の隣室で演奏したという逸話がある。しかし、あまりに素晴らしい曲なので、この曲を聴きながら安眠するのは無理だろう。グールドが登場するまでは、バッハの鍵盤曲はチェンバロやオルガンで演奏することが当然とされていた。それをグールドのピアノが変えてしまった。ピアノはチェンバロやオルガンに比べ格段に表現力が優れており、音色、強弱、音の長短を自由にコントロールできる。このため難解で退屈と言われていたこの曲の評価を、親しみやすいフレーズが続き、曲全体の一体感が楽しめる曲に一変させたのだ。

つづく

 

 

 

胸くそ悪いパプアニューギニアのカレンダー

胸くその悪いカレンダーを紹介しよう。パプアニューギニア政府とユニセフ、家族・性的暴力行動委員会というところが制作したものだ。

表紙こちらが、表紙。「子供に対する暴力をやめろ」と書かれている。描かれている男は大人だが、子供の方は、子供というより幼児に見える。

結婚

1月。「子供の結婚」とある。本文には多くの共同体で若い女の子がかなり年取った男と結婚させられると書かれている。絵に描かれた長い棒に挟んでいるのは紙幣だ。

部族抗争

3月。「部族衝突」とある。弓矢を持った大人と改造銃らしき銃を持ちブッシュナイフを脇に挟んだ少年が描かれている。後ろには、燃える藁葺の家である。

性的虐待

11月。性的虐待。「性的虐待は犯罪で警察に通報しなければならない。」と書いてある。

この他にも「暴言」、「体罰」、「薬物の子供への使用」、「誘拐」、「育児放棄」、「女の子に対する差別」などがありオンパレードだ。

そもそも、このようなカレンダーが自宅に飾られて喜ばれるという事態が理解できない。普通の日本人ならこのカレンダーを見ると不愉快になるだろう。カレンダーに書かれた文章には、子供が教育を受ける機会が失われるとか、虐待を受けるとその後の人生に傷を負うとか当然のことが書かれているのだが、パプアニューギニア人は「そうだったのか!!」と納得して、改心するのだろうか?

この国が、現代文明に初めて触れたのは1930年代と言われている。それ以前は、石器時代の生活を送っていた!!!そんな彼らが、タイムマシンに乗って突然現代へやってきたのだ。

それ故に、先ほどの疑問に対する答えはYESなのだ。彼らは驚くほどストレートな人種であり、彼らはこのカレンダーを見ると学習するだろうと主は思う。

 

グレングールド考 その6 奏法

ブログの主お気に入りカナダ人ピアニストグレン・グールド(1932-1982)の演奏が、普通のピアニストと違うところは、右手の主旋律だけに重きを置くのではなく、左手の旋律が、右手の旋律と全く対等にに扱われるところだろう。対等に扱うというより、対旋律をある意図をもって効果的に演奏することで、元の曲とは違う曲になると言った方がいいのかもしれない。おかげで、曲が持っている魅力を、新発見できる。

他の演奏者と対比するために、ベートーベンのピアノソナタ第1番などを題材にグールドの演奏と、フリードリヒ・グルダ(1930-2000)の演奏と比べてみた。フリードリヒ・グルダはジャズに傾倒したり、素っ裸で舞台に出たり物議を醸す時期もあったので、クラシックの世界で異端児扱いされることがあり、不当に評価が低い面がある。しかし、クラシック音楽の中心地ウイーンに生まれ育った正統派の巨匠である。(主はグールドにハマる前にフリードリヒ・グルダに熱中していた。)二人は同時代のピアニストでありながら、発言にお互いの名前は全く出てこない。どちらも天才なのだろう。

ピアノソナタ第1番は、当然、ベートーベンの初期の作品だ。初期の作品はモーツアルトの影響が濃いと言われる。フリードリヒ・グルダの演奏は一般的に世間で弾かれるとおり、右手中心に弾いていて、そのメロディーを中心に演奏する。左手は、控えめに弾かれ彩を添える脇役だ。テンポも主旋律に合わせ早くなったり、遅くなったり、緩急を常につける。確かにモーツアルトの影響を強く感じる。しかしこの演奏は、そのメロディーが冴えないときやメロディーが休みの時は、曲がつまらないし、聴いていても楽しくない。発見がないのだ。フリードリヒ・グルダは名ピアニストだが、この人が演奏するベートーベンのピアノソナタで面白いのは、「月光」や「悲愴」や「熱情」と言った有名な曲だけに値打ちを感じることになる。副題のついていない曲は、聴きごたえがない。

一方、グールドの演奏は、常に左右の手のメロディーが拮抗していて、往々に左手の方が強調され、非常に変化に富んでいる。また、グールドはテンポを「どうして?」と思うほど一定にキープし、その一定のテンポの中で、右手と左手をまるで他人が弾いているように独立して演奏し、主旋律、対旋律ごとに強弱を明確につけ、スタッカート、テヌートなど演奏方法を変える。また、その低音部は全曲を通し第1楽章から第4楽章まで通奏低音のように意識させるので、曲のつながりを聴く者に気付かせる。 その曲が持っている全ての価値を伝えるべく、あらゆる旋律が考え抜かれたうえで、聴き手に提示されている。

きっと、作曲したベートーベンもグールドの演奏のような意図はなかっただろう。その作曲者も意図しない魅力をグールドは引き出している。 この複線の旋律を意識しながらグールドの演奏を聴くと、ベートーベンのピアノソナタ32曲すべてが聴きごたえがあることに気づく。ベートーベンの初期の作品は、モーツアルトに似ていると思っていたが、グールドの演奏では、ベートーベンは初めからモーツアルトとは全く違い、むしろ、最初の段階からベートーベン以降のロマン派の作曲家の方法論を先取りしていることに気付く。

グールドは唯一無二というか、違う。 売れないピアニストの「青柳いずみこ」が、「グレン・グールドー未来のピアニスト」という本を書いている。彼女は、グールドにかなりネガティブなのだが、「未来のピアニスト」という副題がどういう意味なのか気になっていた。グールドは、楽譜にない音符を勝手に付け加え、何通りも録音したテイクのうちの最良の演奏が出来たテープを切り張りし、伝統的な表現方法と全く違う方法(彼はすでにある演奏と同じ演奏をするなら、意味がないと言っている。)で弾き、コンサートを否定しスタジオに何日もこもりながらレコードを作っていた。こうしたことは、普通のピアニストである彼女の価値観に収まりきらないのだ。それで、「未来のピアニスト」と言う言葉が浮かんだのだ。

 

 

RAID0 ULTRA FASTで起動成功!

主のPCがULTRA FASTでBOOTできるようになった。

Windows8 (64bit)をWindows8.1にアップグレードしたのち、BIOS(UEFI)をバージョンアップしたら、RAID0が起動しなくなった。Windows8.1で作ったシステムイメージがあったので、これを使って最終的に回復したのだが、この奮闘記を書いてみる。何かの参考になれば幸いだ。なお、マザーボードは、Asrock Z77 Extreme7-M、CPUは i7-3770Tだ。(今後のためにUSBメモリにUEFI起動Windows8.1回復システムを作成した。)

BIOS(UEFI)をアップデートするとデフォルトにリセットされるので、RAID0に障害が起こり、Windowsが起動しなくなることは前回述べた。これを再インストールする際、DVDメディアからインストールすると必ずBIOSでしかインストール出来ない。UEFIでインストールするためには、USBメモリーに入れたWindowsシステムを準備し、インストールする際にUEFIモードのUSBメモリを指定する必要がある。このためまずは、Winodws8のUSBシステムを作成、RAID0を再構築したドライブにUEFIモードでインストールした。次にWindows Updateを何度か繰り返し、Winodows8.1にアップグレードする。この段階で、ようやくWindows8.1で作ったシステムイメージが認識されて、もとに戻すことが出来た。このシステムイメージは、BIOSで作られたシステム、UEFIのWindows8のいずれからも認識されないのだ。悪戦苦闘することになった原因を上げると、次のようになる。

① DVD-ROMインストールは、UEFIでインストール出来ない

Windows8(Windows8.1でも)をUEFIでインストールするには、DVD-ROMからインストールすることはできないので、インストール用USBメモリを作り、UEFIを選んでブートしなければならない。間違えてAHCIを選ぶと、UEFIにはならない。

② Windows8のシステム回復は、Windows8.1で作ったシステムイメージを認識しない

Windows7では、サービスパックがSP3まであったが、OSとしては同じだったので、システム回復が同じように使えた。だが、Windows8とWindows8.1は違うOSのようだ。

③ ライセンスがWindows8アップグレードの場合は、クリーンインストールできない。 

主は、Windows7から8へ移行する際に、安価なアップグレード版をダウンロードして使っていた。これを使って新規(カスタム)インストールすると、ライセンス違反というエラーメッセージが出て、ライセンス認証が出来ない。だがこの現象は、必ずしもWindows7をインストール後にWindows8へアップデートしなくとも、Windows8を2回インストールすれば可能だ。

④ ビデオカードはGOPに対応している必要がある

対応していない場合は、CPU内蔵のVGAを使えば可能だ。

 

 

 

 

RAID0 BIOSのアップデートで再インストールするはめに

半年ぶりに日本に帰ってきたら、マザーボードのBIOSの新バージョンがリリースされているのに気が付いた。

主の使うPCは、レスポンスを良くするためにSSD2枚を使ってRAID0を組んでいる。RAIDは、BIOS(UEFI)のハードディスクの起動オプションででIDEやAHCIではなく、RAIDを選択したうえで、さらに別の設定画面でRAIDドライブを指定しなければならない。しかし、何も考えずにBIOSをバージョンアップすると、BIOSのバージョンアップはデフォルトの状態へと戻る。すなわちAHCIになり、再起動後、RAIDドライブはエラーを起こして、Windowsは永遠に立ち上がらなくなってしまう。

この失敗を元旦にしてしまった。(^^);;

BIOS(UEFI)のアップデート自体は簡単に終了するのだが、Windows8.1は立ち上がらない。仕方ないので、DVDトレイに入れたWindows8のシステムから起動し、システム修復を試みる。システムイメージがあるので簡単に修復できるとたかをくくっていたが、やってみると何故か「システムイメージを復元できませんでした。ファームウエアが異なるコンピュータにシステムイメージを復元できません。このシステムイメージはBIOSを使用するコンピュータで作成されましたが、このコンピュータはEFIを使用しています。というエラーメッセージが出て、システムイメージは使えない。(涙)

結局、Windows8を再インストール、Windows Updateを繰り返し、Windows8.1も再インストールする羽目になる。データは、Cドライブに入れていないので大きな被害はなかったが、元旦早々、半日がつぶれた。

システム修復の際に、修復対象を選択する「ドライブの除外」という項目があり、除外するドライブをしっかり指定しないと、Cドライブ以外のドライブも消えてしまうので注意が必要だ。

その後、Googleで検索したら、エラーメッセージの原因について、価格コムの口コミで次の書き込みを見つけた。http://bbs.kakaku.com/bbs/K0000383962/SortID=15170871/

記事を見て気が付いたが、以前、UEFIブート用のUSB Windows8を作った記憶がある。だが、パプアニューギニアへ持って行ってしまって手元にない。必要な時に手元にないとは、全くとほほだ。

GLENN GOULD 中毒 (書籍について その2)

グレン・グールドに関する書籍をさらに読んだので、感想第二弾。

【グレングールド孤独のアリア】ちくま学芸文庫 1,100円 2014/1/5追加

著者のミシェル・シュネーデルはフランスの官僚であり、精神分析の専門家である。そのためか非常に抽象的な内容である。翻訳であることも相まってストレートに理解するのは難しいが、なかなか興味深い。シュネーデルが書いているように、ここに書かれているグールドの逸話は彼自身が調べたものではなく、他の書物からの引用であり、目新しいものはない。だが、音楽をどのように意味づけ、どのように捉えるかということを掘り下げて考えてみる時、この本は面白い。

意外だと思ったのは、訳者あとがきの次に岡田敦子の解説があり、この解説が実にグールドの演奏にネガティブだ。Googleで調べると、音楽大学でピアノ教えているようだが、「グレン・グールド未来のピアニスト」の著者である青柳いづみこと同じ視点であり、懐疑的だ。青柳いづみこは、日本のピアニストだ。岡田は書く。「ふつうに演奏されるバッハやベートーヴェンやヴァーグナーやシェーンベルクやストラヴィンスキーを聴くときには、それがどういう音楽で、どう感動すべきなのか、私たちはおおよそのガイドライン(鑑賞の手引き)を教わって知っており、おおよそそのとおりに感動してしまう。(それが教養というものだ)。ところがグールドについてはそれがない。グールドがいかに能弁であり、本がこれだけ書かれていても、グールドの演奏に感激することが、はたして個人的な問題なのか、もっと歴史的、文化的に広がりのある事象なのかさえ、もうひとつ確信が持てない。・・・」

この二人は、日本の教育システムの中でクラシック音楽を学んできており、グールドの演奏は異常に映るようだ。どうも音楽の価値についての考え方が、主のようなファンと本格的に音楽教育を受けてきた彼女たちとは、根本的に違っているようだ。

主は、グールドの演奏が非主流とか伝統的でないとか考えたことは全くない。聴いていて楽しいし、示唆に富んでいるから聴いているのだ。楽譜どおりでなく、スタッカートの多い演奏。しかもピアノを弾きながら唸り声を発し、死ぬまで使った椅子が軋み、演奏はテープを切り張りしている。このようなことは、彼女たちにとって許しがたいのだろう。 だが、良いものは良いのだ。切り張りされた結果、演奏はベストなものになっている。ここを理解しないと、グールドを評価できないだろう。

主も若いころは時々クラシックのコンサートへ行った。しかし、感動できる演奏会は2割くらいの率である。残り8割はお金を使って失敗。一度、国内ではテレビのコマーシャルに出ているくらい有名なので、それほど悪くはないだろうと思って或るピアニストの演奏会に行ったことがある。10年ほど前のステージで、冬ソナの話を聞いた記憶があり、トークは面白かった。確かショパンのピアノ協奏曲だったと思うが、演奏は最悪。冒頭を聴いただけで嫌になるというか腹立たしくなり、我慢しながらその曲が終わるのを待ち、帰宅した経験がある。それでも「ブラヴォー」と叫ぶ観客がおり、これには普段どんな演奏を聴いているのかと驚いた。 ピアニストの演奏会では、シューマンを弾いたイエルク・デームスは素晴らしかったが・・。

この本が出版された1991年、この評論で岡田敦子は、グールド存命中に盛んになる古楽器演奏と対比し、この取組についてグールドが論評していないことを指摘している。だが明らかに、グールドはピアノが自分の解釈を最大限に表現できる楽器であると考えたのであり、古典の曲であってもオルガンやチェンバロを使うことは、表現力に劣ると考えたのだ。 古楽器演奏は、現代の大ホールにおける大オーケストラによる演奏への懐疑や反省から、作曲者の時代に戻り、その時代の楽器、楽器編成を使おうというものだ。その方向性とグールドが示した演奏の方向性は、全く違う。グールドが示した曲の解釈は、主にとって恣意に富んだポピュラー音楽のようなものだ(これを神の使いという人もいる。)し、作曲家の意図を忠実に再現しようとするムーブメントとは全然違う。

【グレン・グールドは語る】ちくま学芸文庫 1,100円 2013/12/25追加

著者のジョナサン・コットは、1942年ニューヨーク生まれのノンフィクション作家。グールドの10歳年下である。グールドとの関わりを本書の中で語ってているが、デビュー作「ゴールドベルグ変奏曲」を13歳の時に聴いて以来ファンとなり、ニューヨークで行われる公演をすべて聴きに行く。ファンレターも書いて、返信を貰うこともあったと書いている。コットは、その後「ローリング・ストーン」誌の中心的なライターになり、1974年に3日間6時間にわたる電話インタビューをもとにして、同誌へ2回にわたって記事を連載する。グールドの映画を見ていると、長電話、それも明け方や深夜の普通でない時刻にもグールドは話をする相手がいたことがわかるが、コットも生涯にわたって、その一人だった。

個人的には、ジョージセルによるグールドの良く知られた逸話がでっち上げだったこと、ワーグナーの「マイスタージンガー」前奏曲、ベートーヴェン「第5番交響曲」(ピアノ版)で多重録音していることを知った。

ジョージ・セルの逸話というのは、1957年(グールド25才)にクリーヴランド管弦楽団との共演のリハーサルの際に、準備万端の楽団員の前で、グールドが生涯持運びつづけた特製の椅子(座面が床から35センチしか離れていない!)の調整に時間を費やし、苛立ったセルが「君のお尻を16分の1インチ削ったら、リハーサルを始められるのだがね。」「あいつは変人だが天才だよ。」と言ったと言うものだ。この記事は、雑誌『タイム』に載ったものだが、記者にもっとユーモアのある逸話がないかと聞かれたセル自身が創作したものだった。 他に主が感心した点は、椅子をこれ以上に低くすると無理な姿勢になってしまうため、自宅で実証済みの方法、ピアノを持ち上げるというグールドのこだわりだ。映像を見ていると、実際彼のピアノは何センチか持ち上げられている。

本書は、コットが「ローリング・ストーン」誌のインタビュー記事にジョージセル事件を付け加えたかたちで1984年に出版され、邦訳が晶文社から1990年に「グレン・グールドとの対話」として出版されていた。2010年にそれを出版社と訳者が変わり出版されたものだ。最後に訳者の宮澤淳一の分かりやすい「解説」に、「付録」としてレーパートリーなどのデータが載っている。

グールドの書籍の中では、昔から刊行されているもので、定番と言える書籍だろう。「ローリング・ストーン」誌は、その名の通りクラシック愛好者向けの雑誌ではない。ロックや、政治を取り上げる雑誌で、日本でも翻訳が売られているほどのメジャーな雑誌だ。この本で、彼のインタビュアーへの(ユーモアのある)真剣な回答、彼らしさが多面的に分かるし、読者層を意識してかビートルズに対するネガティブな評価なども語っている。クラシックを聴かない層にもインパクトを与えた。◎だ。

 

薬剤師という職業 & 医療費の膨張

ブログの主は、処方薬を買う薬局でたいてい憤慨してしまう。

医者に行ったあと、処方箋にしたがって薬局の薬剤師が処方薬を販売するのだが、薬を渡す際に「調子はいかがですか?」「前回と違う薬ですが大丈夫ですか?」的なことを聞いてくる。ここで彼らを専門家だと思って、薬について質問したりしてはダメだ。知識があっても、無難なことしか言わない。

医師の診察でじっくりと話を聞けることは少ないので、薬剤師から病状などを質問されると、ついこちらも質問してしまうのだが、結局のところ素人とたいして変わらない無難なことを言うだけだ。当然だが、医師の診察分野は、細分化されている。その細分化された分野で医師が処方した薬について、薬剤師がそれ以上の詳しい知識を持っているはずがないし、慢性病の場合は患者もそれなりに詳しくなっている。それでもし薬剤師に聞けば、最終的に「相談は医師にしてください。」となる。

主はアレルギー体質で、長年アトピー性皮膚炎を患っている。大学病院の皮膚科の教授から「アイピーディーという薬を体質改善のために2,3年飲みましょう。」と言われたことがあった。その後、大学病院へ行きつづけるのは大変で、町医者に通っている。このように長く飲む薬というのは、どのように評価したらよいのか(効果の判断がわからない、どうなったらやめるのか?)疑問に思ったので薬剤師に質問すると、大学病院の医師に聞いてくれと言われる。このような時、せめて次回までに調べてくれてもよさそうに思う。それぐらいの勉強はしているはずだ。

医療費は、診察より薬剤費のほうが何倍も高い。薬剤以外に、薬局にかかる費用もあるはずだ。薬を受け取る際には、薬の説明書などや、「お薬手帳」に貼るシールなどを受け取るが、これらは調剤基本料や薬学管理料として上乗せされている。医薬分業になって久しいが、医薬分業の狙いは、薬価差(昔、医院は薬を処方する際に、薬代の仕入値と患者が支払う差額で儲けを出していると言われていた。)をなくすことだった。これが院外処方により医療費の削減につながったかというと、薬剤師は医師の処方通り調剤するのみで、そのような効果は上がっていない。むしろ、医薬分業により調剤コストは増えており、節減には薬価基準の引き下げが大きい。

この調剤薬局の多くは、MR(Medical Representative=製薬会社の営業社員)が起業したものなのだそうだ。MRは、自社の製薬会社のために営業活動で医院を回っている。この営業で生まれる医師とのコネクションを生かし、医院の門前薬局という形で調剤薬局を開店する。 

薬剤師の働きぶりを見ていると、6年間勉強する割には、せっせと薬を棚から取り出し、詰めているだけだ。混ぜ薬も少なくなっているし、処方箋の内容どおり正しく薬を詰めるだけなら、機械でも可能だ。テレビの報道では、実際にコンピューター制御された機械が、薬を多くの棚からピックアップするところがあるらしい。なんで、薬局にはあんなに多勢薬剤師が働いているのか。薬局は、コンビニより数が多いという。

また、最近薬学部は、4年制から6年制へと変更されたが、薬剤師の供給過剰が背景にあるのだろう。多くの薬剤師は、専門家であるという幻想をすでに抱いていなさそうに見えるが、専門的なことを言わないのであれば、矛盾が多い、おかしな職業だと思う。

また、こうして見ると、医療費が高い原因が透けて見えてくる。

日本の薬の値段は、世界水準では異常に安いという。つまり、医療費が老人医療のせいで膨張し、その膨張を抑えるため、政府は診療報酬と薬価を上げないばかりか、むしろ、下げて、医療費を抑制しようとする。しかし、国民皆保険制度は、75歳以上の老人は基本的に1割負担である。こうした助成は、確実にマーケットの需給を歪ませる。 つまり、必要がないのに医者へ行く患者が多数現れ、医療費を膨張させる

こうした老人を優遇する医療制度と、生きてさえいれば成功とする医師の条件反射のような救命マインド。安楽死を否定する司法の判断。延命を常に唱えるマスコミの報道。一般大衆は、いつまでも生き続けたいという無理な願望を持つように洗脳されているのではないか。

そして、必要がないのに医者へ行って治療を始め老人たちは、やがて死期が近づいても、体中にチューブをつけられて生かされる。天井を向いて、生きているのか死んでいるのかわからない老人がチューブにつながれて碌に意識もない、というのは本人も望まない、尊厳を踏みにじる虐待でしかない。

おしまい

 

消費される音楽 グレングールド考 その5

音楽は、本来消費されるものではないはずだ。良い音楽は、いつまでも良いし、時代とともに進化し続けるというものでもない。 ところが、音楽雑誌、新聞の音楽欄、各種音楽紹介本などでは、音楽評論家の諸先生がもっともらしく次々と新しく素晴らしい演奏、演奏者を紹介して下さる。何処で、誰々が至高の演奏、今世紀最大の精神性を発現した演奏をしているので買いなさい!といった具合だ。新しい演奏に特別の価値があろうとなかろうと、音楽ファンは評論家の皆さんのご意見に従って、これを有難がって手に入れようと思う。音楽評論家は値打ちのないものを、いかに値打ちがあるように音楽ファンに思わせる。音楽ファンの方は、評論家の言葉に踊らされ一種の洗脳状態、自己暗示にかかり、蒐集欲を満たさないとならないという強迫観念に陥る。もちろん、音楽も一つの産業だし、音楽評論家も立派な職業であり、この分野もほかの分野と同様、次々と新しく生産し、古いものは廃棄しなければ、経済が回っていかない。消費のためには、人々に幻想を植え付けることが必要なのだ。

だが、音楽の価値は、この経済サイクルとはもちろん違うところにあり、こうした評論家の意見に踊らされるのは、愚かだ。

ブログの主は、カナダ人ピアニスト、グレン・グールド(1932-1982)の熱心なファンだ。彼の奇抜ともいえる演奏スタイルや彼の生き様がよく知られているが、他のピアニストと本質的に違っているところは、対位法的に弾く点だろう。普通のピアニストは右手の旋律に左手で伴奏を付ける。ところが彼は、右手、左手だけではなく、3つ、4つの旋律を同時に明晰に弾き分ける。多くのピアニストは、和声(和音)を楽譜通りに弾いて、そのうちの主旋律のみにフォーカスする。ところが、グールドの関心は、対位法的な表現をすることにあり、和音は複数の旋律の重なり合いだ。普通のピアニストは、このように複数の声部を同時並行しながら明晰に弾けない。このために『一人で、まるで連弾しているようだ』、『曲の構造が明晰にわかる』、『再作曲している』などと評される。 グールドは結婚をしなかったが、友人の指揮者ルーカス・フォスの妻で画家のコーネリアと不倫関係になり、彼女の子供たちと一緒に数年間、家族生活を過ごしている。このコーネリアが映画「天才ピアニストの愛と孤独」の中で「(グールドは作曲家が作った曲を)時計の様にいったん分解して、もう一度組み立てるのだけど、元の時計とは違ったものになっている。」と言っている。

こういう手法は、対位法の大家ともいえるバッハに特に向いている。このため、バッハ演奏に関するグールドの評価は非常に高い。主は、時々、グールドの演奏と他のピアニストのバッハ演奏を比較するのだが、他のピアニストの演奏は、つまらないと思ってしまう。(ただ、モーツァルトなど対位法的要素が少ない作曲家の作品は、一つのメロディーをさまざまに装飾したり変形させたりするもののため、グールドのアプローチは、他の演奏者がやっていない独創的な演奏方法を目指すことになり、これが成功しているかどうか、好悪が分かれるところだ。)

グールドの録音の姿勢は、スタジオに何日間もこもりながら、何通りもの演奏方法のアプローチの中から最終的に選択した演奏のうちから、なおかつ、もっとも上手く弾けた演奏をつなぎ合わし、彼の考える曲の構成に合致する納得のいく演奏に仕上げるというものだ。グールドは、バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」でデビュー(1956年)し、2回目の録音が遺作(1981年)となったが、デビュー盤のアリアはテイク21、遺作の変奏曲は、テイク26になったものがあるそうだ。(ピアニストに神がかり的な演奏ができる瞬間があると信じる人々にとって、こうした作為的な行為が一番反感を買う点だろう。) 他のピアニストが、スタジオでこれほどの集中力を見せているのか正確なところを知らないが、ここまでの集中力は発揮出来ていないだろう。また、グールドの「ゴールドベルグ変奏曲」デビュー以前は、バッハの鍵盤曲は、チェンバロで演奏するのが正しいとする音楽界の通念があった。だが、彼の演奏が、難解で楽しくないとされていたこの曲の評価を全く一変させ、バッハの鍵盤音楽を表現力豊かなピアノで演奏することがふさわしいことを証明した。彼の録音の後にこの曲を弾いた演奏者は、全員グールドの演奏から影響を受けていると言っても過言でない。(出だしのテーマから多くのピアニストがグールドの弾き方に倣っている。)

誰の演奏に限らず音楽は、イージーリスニング的に聞き流していては、正しい評価はできない。(これが、結構困難なのだが。)

特にグールドの音楽に対する集中力は、異常なレベルまで高い。彼は、すべて暗譜で演奏する。シェーンベルグなどの抽象的な曲は、ピアニストにとっても暗譜すること自体が困難だと言われている。また、すべての歌曲や交響曲のスコアを頭脳にインプットしており、音楽DVDでは、バッハの平均律のフーガを例に挙げながら、4声あるなかからバスを選び、曲の途中から歌いながら弾いてしまう。

また、多くのピアニストは、リズムを揺らすのだが、意図したものではなく演奏の技術的制約から来ていることが多い。どんな曲にも、演奏が困難な個所があり、演奏者はその部分を弾きこなせるように曲全体の構成を変更し、逆算しがちだ。

グールドは、インタビュアーから「演奏に困難を感じることはないか?」という質問に「技術的な困難さに意識を向けると、ますます演奏は困難なものになっていくでしょう。表現するために、エクスタシーの中でも常に明晰な意識を保ち続けることです。」と言っている。グールドの弾く曲は、全体の構成が一種の構築物のように明確だ。その構成の中で、リズム、音量、ペダルの使用などを効果的に決定している。彼の演奏を聴いていると、テクニック上の問題は微塵も感じられない。