エブリバディ・ノウズ【日本病】「国債を刷れ 廣宮孝信」& MMT (現代貨幣理論)

「通貨発行益」のことを知ろうと、よく行く図書館で「国債」をキーワードに検索してみた。そこで、8冊出てきたのだが、そのうちの1冊に「国債を刷れ」(廣宮孝信 彩図社)という本が出てきた。

何を知りたいのかというと、日本では借金の残高1300兆円を超え、財政再建のために税金を集めて、借金返済をしなければならないというのが緊急の課題と、マスコミや政府が言うからだ。

一部であるが、「そうではない、日本の財政は健全だ。国債発行残高が高すぎるということはない。財政再建よりも、景気浮揚が先決だ」という経済学者もいる。具体的気に名前をあげれば、高橋洋一、森永卓郎の名が浮かぶ。

高橋洋一や森永卓郎が、日本はそれほど借金漬けでないという根拠として、政府と日本銀行のバランスシートと統合すると、資産の部の方が大きいという。下の図は、高橋洋一の「99%の日本人がわかっていない国債の真実」(あさ出版)という本から写したものだ。画の上段が、政府だけのB/S(バランスシート)であり、下が日銀を統合したB/Sである。(クリックしていただくと、見やすくなります)

上図からわかることは、政府の資産が900兆円、国債の負債がが1350兆円である。日銀を統合すると下の図になり、日銀の分が赤字で囲ったところだと思われる。日銀が保有する国債が400兆円で資産の部、それに対して日銀券(お札)を400兆円渡しているのが負債の「銀行券等」だ。緑で囲ったのが、徴税権750兆円となっているのだが、残念ながら高橋洋一は詳しくここのことろを説明していない。おそらく、政府には毎年の税収とは別に、徴税する権利を750兆円持っているということだろう。

ここで留意すべきは、下図の統合B/Sの負債の部、「銀行券等400兆円」に矢印のついた線が引かれており、「●実質的に債務でない ●利子負担なし ●償還負担なし」と書かかれている点だ。要するに、資産の部である「国債400兆円」に対し、負債の部に計上されている「銀行券等400兆円」(=国債購入のために刷ったお札)の実態は、返済を意味する性質のものではない、というのだ。

一方、主の危機感として、平成を振り返るトピックのNHKのニュースで、約30年前と現在の平均的家庭の所得を比較したものがあった。内容は、平均的家庭の所得水準は、30年前も今も約600万円で、報道の主眼は、貧困層(300万円以下)と1200万円を超える高所得者層が30年間で増え、中間層が減って格差が拡大しているというものだった。

このニュースを聴きながら、主は、格差のこともさることながら、30年間、平均所得が横ばいだったということの意味をNHKが、報道しないことに驚いた。30年間経過すれば、ほとんどの先進国の平均所得水準は、軽く倍以上になっているはずだ。中国やアジア諸国であれば、何十倍にもなっているだろう。そうしたなか30年間日本は全然変わらない、ここ数年人口減少しているとはいえ、30年前という長いスパンで比べると人口は若干増えているだろうから、その割合だけGDP(=一人当たりのGDP×人口)は微増ということだろう。この現象は、外国と比べると異様だ。

話を元に戻すと、高橋洋一も「国債を刷れ」の廣宮孝信も、言っている内容はほぼ近いものがある。ただ、高橋洋一は東大の理学部数学科を経て、経済学部の出身の元大蔵官僚である。経済を専攻して、言いにくいことをズバッというのがセールスポイントなのだが、数学的な説明を別にすると、やはり歯切れが悪い。逆に、廣宮孝信は、阪大の工学部電子工学科出身で、経済学の学位を持っていない。しかし、よく勉強しているようで、こちらの方が説得力がある。

かれが言うには、政府でも日銀でも、不換紙幣(兌換紙幣の反対で、政府なり日銀が紙幣発行に対し、義務を負わない紙幣)を発行するのは、江戸時代の通貨の改鋳、明治政府の太政官札発行など、普通におこなっていることで、すべて通貨発行益になる。悪性のインフレさえ起こさなければ、不換紙幣を刷って、景気を回復させよ、これがかれの主張だ。日銀や政府、学者は通貨の過剰発行は、第二次大戦敗戦後のハイパーインフレ同様になると、しきりに警告するのだが、その率は、たった300%で、ジンバブエやブラジル、ベネズエラなどの何万%というハイパーインフレと比べると極めて少なく、むしろすぐに日本はデフレ傾向になっているという。要するに、太平洋戦争のあとのインフレ率でさえ、300%で、困ったことになったのは、金持ちと企業が持っている債権の値打ちが1/3になったということで、大衆は、所得が増えればどうということもない。

この本を読んでいると、他の経済学者が書いたような、歯にモノが挟まった物言いではなく、明解だ。「通貨発行益」は、造幣局が発行する硬貨のみだと考える学者と、日銀が所有する国債や株式の利子や配当が国庫納付されるために、国庫納付金が「通貨発行益」と考える学者がメジャーだ。森永卓郎は、はっきりと通貨の発行自体を、「通貨発行益」と言うのだが、経済学者のなかでは、マイノリティーである。

いま日本で行われている国債発行は、政府が国債を発行し、日銀が直接引き受けると「国債発行が際限なくできる」という理由で、直接引き受けは認められていない。このため、政府が発行した国債を市中の金融機関が買い入れし、それを日銀が買い集めている。やっている中身は、日銀が直接引き受けているのと何も変わらない。

こうしてみると、日銀はマーケットが必要としている通貨供給しているのか、怪しい。こういう言い方をすると、通貨供給を増やしても、ヘリコプターからばら撒く訳には行かない、お金の借り手がそもそもいないのだ、という議論になる。そうではなく、それでは、この本のように政府が財政支出をもっとすればよいのだ。一部やろうとしているが、子育て、保育所もそうだし、何より、科学研究、社会福祉、ぼろぼろの学校校舎の建て替えなど課題は山積だ。直接の財政政策ではないが、最低賃金の大幅アップをやれば、公務員や、勤労者の給与も上がるだろう。廣宮孝信が言うように、極端なインフレさえ起らない範囲で、国債を刷って、貧困から抜け出さないとマズイ。

この本が書かれたのは2009年で、10年前だが、病状は徐々に悪化している。主が危惧するのは、日本がこのまま、財政再建を念仏のように唱えていると、国債を外人が買うようになる時代がくる。もうかなり来ているだろう。

そうなると、海外でハイパーインフレを起こした、ジンバブエやギリシャ、ブラジルのようになりかねない。バカな経済学者たちは、国債と為替がが暴落して、金利が暴騰するという。日本が、国力を今の調子で失えば、最後の最後はそうなる。その時に、主流派の学者が「それみたことか」となるのが恐ろしい。

単純に国債の残高だけを見て、「1350兆円もあるから、すぐに減らさないと」などといっているようではだめだ。例えば、ソフトバンクの負債が何兆円もあるのに、世間は高い評価を与えている。その理由は、負債の残高だけを見ているのではなく、相手科目の資産と、収益を見ているからに他ならない。負債の残高をグロスで見て、1350兆円と騒ぐのは、財務諸表の見方を知らない議論だ。 国の負債は、国民の資産のはずだ。 おまけに、国の借金は、企業よりさらに条件が良い。すなわち、通貨の発行権を持っているからだ。

こんな「基本のキ」の話、主流派の経済学者も気がついているんだろうが、言わないのだろうと思えて仕方がない。デフレ状況で、持てる者にとっては、資産の保全には何もしないことが一番良い方法だからだ。

廣宮孝信の分析に説得力があるのは、学位がないということが、それが妙な経済学の先入観やしがらみがないというメリットなのだろう。

世の中で幅を利かせているのは、法学部出身者、それも東大法学部出身者だろう。財務省のキャリアには法学部と経済学部出身者で差があり、法学部出身者が出世する。その経済オンチたちが「借金を次の世代に背負わせるな!」と間違った経済を語る。そう語ることで、かれらが握る「予算」のありがたみがまし、誰も逆らえなくなっている。

おしまい 参考:2013年に「国債を刷れ」の新装版が出ていた。

2019/5/25追記

最近の経済学の動向で、MMT(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)をよく耳にするようになった。MMTとは、端的に言えば、通貨を自国で発行している国では、国債の残高がいくらになろうと問題がなく、インフレになる前に、税額をアップさせればよいというドラスティックなものだ。

以下のリンクは、安達誠司がMMTを解説をしているものである。安達誠司は、リフレ派で主は高く評価している人物であり、著作も多いが非常に信用できるものを書いている。このMMTは、従来の経済学の枠組みから逸脱するものであり、当然ながら、安達誠司も懐疑的である。しかし、昨今、消費税を10%に上げるかどうか、政治の世界ではせめぎ合っており、幼稚園、保育園の無料化、低所得者層の大学奨学金の無償化などは、消費税のアップがこれらの財源とされており、消費税を上げずに財政出動する根拠にMMTが急浮上しているらしい。

本当におしまい

エブリバディ・ノウズ【日本病】その6 いうのもばかばかしいので最後にします

主は、日本は病気だと思っている。ちょっと前に書いていたのだが、これをシリーズの最後にしようと思う。

一時、KYという言葉が流行った。周囲の「空気を読めない人物」という意味なのだが、思っていることをストレートに口に出すことは、「大人げない」「気配りができない」奴と社会では評価されない。逆に上司を「忖度」することが出世に不可欠な要素である。

主もサラリーマンだったので、その辺はよく理解できるが、今の日本は行き過ぎではないか。誰も上司に意見を言わなくなった。逆に不祥事が起こるたびに委縮し、コンプライアンスが厳しくなる方向に向かい、前に(生産性をあげる方向に)進んでいかない。

1980年以前は、世界中が学生運動と労働運動で騒然としていたが、権力者はこれらの二つの運動を弱体化し抑えただけでなく、こうした運動に参加する価値を無力化する雰囲気づくりに成功した。権力に刃向かうことが、スマートでないという雰囲気が、社会にできた。学生運動は完全に消滅したし、労働運動はカッコよくない、ダサいと見なされるようになった。労働組合の弱体化と労働分配率の低下に相関関係があるという経済学者もいる。むかし、ウーマンリブという言葉があったが、もちろん今では死語となり、女性は意見を言わず可愛らしくあることに高い評価が与えられる。男もそうだ。あれこれ、理屈を言うと嫌われる。日本で「大人になる」とは、意見を表明せず、我慢できるということだ。

こうした風潮は、既存の日本社会に広く蔓延した。マスコミの一部は、存在意義を放棄して政権の犬になっていることを隠さないし、公務員も国民の方を向いていないところを大っぴらに見せる。大手企業の不祥事は後を絶たず、経営者には生産現場が見えていない。見えていても、見えないふりをして自分だけは退職金をもらって逃げ切ろうとする。いたるところで、老害が蔓延している。「出る釘は打たれる」と忖度して、全国民がものごとをうやむやにしてきた結果、日本は世界から取り残されるところまできた。

こうした傾向をテレビの番組から二つ紹介したい。

一つ目。池上彰がトランプ、プーチン、習近平を解説した番組(下のリンク)に、アメリカ、中国、ロシア、日本の高校生が出ていて、日本人の劣化がよく見て取れた。日本以外の高校生たちは、流ちょうな日本語で自分の意見をはっきり主張するのだが、日本の高校生は控えめで穏健な玉虫色の発言で、発言してもしなくても値打ちが変らないことしか言えない。

今の日本のスポーツ選手たちは、マイクを向けられたときに上手に答えられるように子供の時から練習するでの、そつのない受け答えができる。スポーツの世界ならそれでいい。政治や経済を語るときは、全く違わないとおかしい。

NTV:池上彰・加藤綾子が世界を動かす3人のリーダーを解説!

二つ目。この夏(8/15)、NHKスペシャルで「ノモンハン事件 責任なき戦争」が放送された。何が責任がないんだろうと主は疑問に感じたのだが、戦争を遂行した上層部に責任がないということだった。ノモンハン事件を簡単に要約すると、太平洋戦争の前、1939年に満州国を防衛していた関東軍が国境のモンゴルとソ連を越境攻撃した結果、双方が戦争状態になり、日本側は死者2万人を出した。この経緯が番組で紹介されていたのだが、二つに要約できる。① 国際情勢を読み違え、敵の戦力の分析が十分でなく過小評価 ② 軍首脳の中での責任体制が敗戦まで不明(形式的な責任体制はあるものの、作戦失敗の責任は常に現地に負わせていた。冷静な総括ができない)

79年前、モンゴル東部の大草原で、日ソ両軍が激戦を繰り広げたノモンハン事件。ソ連軍が大量投入した近代兵器を前に、日本は2万人に及ぶ死傷者を出した。作家・司馬遼太郎が「日本人であることが嫌になった」と作品化を断念した、この戦争。情報を軽視した楽観的な見通しや、物量より優先される精神主義など、太平洋戦争でも繰り返される“失敗の本質”が凝縮されていた。しかし軍は、現場の将校には自決を強要した一方で、作戦を主導した関東軍のエリート参謀たちをその後復帰させ、同じ失敗を重ね続けた。

NHKスペシャル「ノモンハン 責任なき戦い」

日本でもLINE、ZOZOタウン、メルカリのような新興企業が成功していないわけではないが、既存の企業や社会は、相変わらずガラパゴス化し閉塞している。スタートアップと言われる新興企業自体がアメリカや中国よりはるかに少ない。こんな状況の中で、東京地検特捜部がカルロス・ゴーンを逮捕した。すでに20日近く拘置所に拘留されており、先進国から日本の拘留期間は長すぎる(人質司法)、取り調べに弁護士が同席しないのは後進国、まるで中世のようだと驚かれている。日本の刑事事件の有罪率は99.9%と言われる。有罪に出来る案件しか起訴しているという背景があるようだが、逆に言うとかなり悪質で限りなくクロの事件でも立件しないことが多い、えん罪がかなりの率で含まれていると言われる。例が違うが、電車で痴漢と言われて駅務室へ行き、警察に引き渡されると、裁判で否認しても99.9%有罪にされるし、取り調べ段階で否認すればずっと留置され、罪を認めて和解を勧められるという。こんな司法はあり得ない。 主は見ものだと思っており、先進国から集中砲火をあびて司法制度が変われば良いと思っている。

おしまい

エブリバディ・ノウズ【日本病】その6 韓国に負ける日本 - 最低賃金

日本は病気だと、主は確信している。 昨日(2018/7/27)、政府は、今年度の最低賃金を平均26円、3%を上げることを決定し、10月頃から実施するという。この3%のアップは3年連続で、マスコミは、来年度には首都圏の最低賃金が1,000円を超え、中小企業の経営が心配と書いているが、1日7時間、1か月20日働くとして、3,640円の増加。年にすると43,680円の増加にしかならず、上げ幅は小さく思い切りが悪すぎる。過去に円高不況に対する日本政府の財政支出が、海外から”Too small, too late”と批判を浴びたが、同じ愚を繰り返している。

朝日新聞記事:最低賃金 首都圏は1千円目前? 中小企業は悲鳴

日経新聞:最低賃金、なぜ上げ幅最高? 3つのポイント 経済

新聞紙面を読むと、上げ幅が過去にない大きさで例がなく、経営者目線で経営に対する悪影響を危惧する論調になっている。だが、この3%、26円というのは、あまりにもみみっちい。

さまざまな視点から日本経済に警鐘を鳴らすデービット・アトキンソン(小西美術藝術工芸社・社長)は、日本は世界に例を見ないほど最低賃金の低い国であり、現在の不況の原因の一つに、最低賃金の低さを指摘し、本来の水準は1,313円だと言っている。現状は、約5割低いということになる。中小企業経営者にとって最低賃金を上げることは、支払い給与が増え、経営を圧迫し、大企業に比べて死活問題になりがちだ。しかし、アトキンソンは、日本の企業数は多すぎ、過当競争に陥っているという。経営効率の悪い弱小企業が日本全体の生産性の足を引っ張っているのは間違いなく、生産性の低い企業は、速やかに退場した方が日本社会にとって望ましい。

東洋経済:「低すぎる最低賃金」が日本の諸悪の根源だ 2020年の適切な最低賃金は1313円

デービットアトキンソン

このアトキンソンは、長引くデフレ状況下における日本人のマインドについて、「良いものを安く提供することがよいことだとしても」、「例えば、500円以下で弁当を提供したり、50円で味噌汁を提供することは、デフレ状況にある日本経済にとって自殺行為だ」という意味のことを言っている。

だが現実は、コンビニやスーパーで売られている弁当類は、500円以下で売られている場合がとても多い。 主は、前々から思っているのだが、「サイゼリヤ」、牛丼の「吉野家」、「松屋」などのような極端に安い単価で食事を提供するビジネスモデルが、同業のレストランの経営を駆逐している面があると思っている。同様に、メーカーが文房具店などで高い値段で売っている商品を、100円均一ショップ向けに製品の分量を減らして100円で販売している。このようなことをすると、目先の売り上げを確保することはできても、競争激化と販売価格の低下を引き起こし、大きく儲けることはできないだろう。書籍では、「ブックオフ」という中古本の販売店があるが、消費者の選択肢は増やすものの、出版不況の一因になっていることは間違いないだろう。また、社会のトレンドも変わり、「メルカリ」で中古品を個人で売買したりするようになった。自動車も個人が所有する比率は昔と比べると、はるかに下がっているだろう。 こうしてみると、昭和の高度成長のように、日本国民全員が牧歌的な中流意識を持っていた時代環境は、今後もう来ないのかもしれない。

そうは言っても、アトキンソンが言うように、日本は生産性を向上させる以外に生き延びる術はない。日本の少子高齢化が加速するだけだとしたら、収入と支出の両方の単価を上げるしかない。給与所得のアップと、付加価値をつけて高い単価で販売することをしないと、日本経済はさらにシュリンクするだろう。さもなくば、税収も低下し、福祉への負担で破綻するしかないだろう。人口減少の割合以上に単価アップしないと、デフレからの脱却は出来ない。アベノミクスで2%の物価上昇という一定のコミットはしたものの、結果は出ていないわけで、さらに強いメッセージが必要だと思う。(アトキンソンは、生産性の向上に技術革新せよと言っているわけではない。高い値段で売れ、儲けを得よと言っているだけだ)

経済学の世界で「実質実効為替レート」という概念がある。

現在の日本の為替レートは、1ドル=110円あたりだ。だが、1985年のプラザ合意以前に240円程度だった円は、120円へと急激に円高となった。その後、政府は円高不況に対する財政出動をたびたび行いバブルが起こり、その処理に、大蔵省の土地融資の総量規制、日銀による急激な利上げを行い、バブルははじけ長い不況が続くことになった。だが、この長い不況の間、為替レートは、一部の例外的な時期を別にすると、1ドル=110円程度を保っている。この25年間は、デフレのため日本の物価は上がっていないが、世界を見渡すとデフレの国は日本しかなく、海外諸国の物価はインフレにより上がっている。これを考慮すると、日本の為替レートは、不当に円安になっていると言われかねないのだ。競争力を維持しようと血のにじむような節約の努力がデフレを引き起こし、その日本人の我慢してしまう性格が元で、為替レートが不当に安いと言われる結果を引き起こしている。次のリンクによると、1ドル=75円位が妥当ということになる。 今、日本では、インバウンドと言われる外人観光客の波が押し寄せて来ている。これはリーマンショック後の円高から、円安に変化したことに加え、日本国内の物価が上がっていないために、外人観光客にとって日本は物価の安い国になった(実質実効為替レートが安い)ことが原因だ。 先進国の中で、マクドナルドのハンバーガーを日本のように500円~600円で食べられる国は少ないはずだ。

やはり、デフレは金持ちに対する優遇策であり、貧しい大半の国民にとってはマイルドなインフレと円安の方が、経済成長による所得の向上が期待できるので、望ましい。

「実質実効為替レートで見れば円安が進んでいる」とは?

ところで、韓国は日本より大胆で、過激な政策を実行している。

朝日新聞:韓国の最低賃金835円に 10年で2倍、日本に迫る

韓国は、なんと最低賃金を2017年に16.4%上げ、2018年には10.9%上げるということだ!!もちろん、韓国経済がうまくいっているとは、主は思っていない。日本以上に問題があるのかもしれない。だが、一人当たりの多くの経済指標で、日本は先進国中で最低となっており、韓国文在寅(ムンジェイン)政権の方が、安倍政権より心意気を強く示しているのは間違いがない。政権もマスコミも同様だが、最低賃金をわずか3%上げて「高率のアップ」と言うようでは、あまりにも経営者に都合の良い判断で、情けない。日本の指導者は「八方美人で腰砕け」の「自己チュー」だとしか思えない。野党はさらにだめだ。

参考までに補足すると、日本の最低賃金は、この10年間でわずか2割ちょっとしか上昇していない。

おしまい

 

エブリバディ・ノウズ【日本病】その4 日本の医療のすりこみ

日本は病気だと、主は確信している。「日本の医療水準は世界のトップクラスだ。健康保険制度はどこの国より優れている」というのはどうやらそうでもなく、我々は間違った情報を与えられているようだ。

主は、近藤誠さんの「医者に殺されない47の心得」「クスリに殺されない47の心得」の2冊の本を読んだ。近藤誠さんは医師で、元慶応大学医学部の講師、現在は近藤誠がん研究所長である。肩書が定年まで勤めて、慶応大学の講師というのにも医学界における立ち位置が表れている。次がYOUTUBEのご本人の講演で、冒頭を見るだけでどのように過激なのかわかる。

とにかくこの本の内容はすごい。この2作の全編を貫いているのは、日本の医療は、患者不在で、ビジネスを動機にして行われている。様々な医療界で使われるデータは、効能が不明であるにも拘らず、明白で大きな副作用がある。主は、この2点に要約できると思う。結局のところ、我々が抱いている日本の医療のイメージの全否定である。ビデオを見るのが面倒だと言う人のために、この本の「章」タイトルを6個紹介しよう。こういう内容が、2冊の本で94個ある。

  • ① 「とりあえず病院へ」は、医者の”おいしい”お客様
  • ② 医者によく行く人ほど、早死にする
  • ③ 「血圧130で病気」なんてありえない
  • ④ がんほど誤診の多い病気はない
  • ⑤ 「乳がん検診の結果は、すべて忘れないさい」
  • ⑥ ポックリ逝く技術を身につける

もちろん、こんなことを言う近藤医師は、前記のとおり、既存の医学界から総スカンされているのは間違いないわけで、もちろん反論もさまざまある。参考に、2つだけリンクを貼っておく。

ただ、主が両者の主張を比べると、反論は弱く、近藤医師の主張の方に分があるように感じられる。どの反論でも、近藤医師の主張を真っ向から否定していない。否定できているのは部分的であり、かなりの割合で無駄な治療が現実に行われていることが、いずれの論からでも窺える。

話が転換するが、主は母親の死の際に、医療の奇妙さを実感した。死に際になっても、出来る限りの医療措置をするのが、日本社会の社会常識(共同幻想)で、医師はとことん延命させることが役割と思っているようだった。だが、主は腑に落ちなかった。

高齢の母は、ちょっと認知症が始まった父と二人で暮らしをしていたのだが、風呂場で倒れ、呼吸不全を起こし、意識不明になり救急車で救急病院へ運ばれた。主が、千葉から関西の救急病院へ駆けつけたとき、意識がない状態で酸素呼吸のマスク(気管挿管)をされていた。このとき医師は、このあと気管切開して人工呼吸器をつけたいと言った。当然ながら、医師に「前のような生活に戻れるのか?」と聞くと、「そのような可能性はほぼない」という答えがかえってくる。やるせなさはもちろんあるが、母親が元に戻らないというのは素人目にも見てわかる。それならばと積極的な治療に難色を示すと、救急医は「救急車で救急病院へ患者が運ばれてきた以上、我々としては何もしないわけにはいかない。人工呼吸器をつけさせてほしい」と選択の余地がないと説明する。その説明に違和感は感じるものの、母が危篤なのは現実であり、少しでも生かしてやりたいと思う気持ちは当然ある。同意書にサインし、母には気管切開をして人工呼吸器がつけられた。その高度な医療が可能な救急病院は、患者が次つぎと運ばれ、ベッドを回転させる必要があり、1週間ほどで違う病院へ転院させられる。転院した先の病院では、意識が戻らないままでの延命措置はいくらでも可能だと説明を受けた。結局、母は1か月ほどで亡くなったのだが、傍らで見ていて、意識がないといっても、苦しい思いをしているのはわかる。栄養は点滴で注入され、麻酔も含まれているらしいが、意識が全くないわけではなく、無理に生かされている状態で苦しんでいるのが横にいてわかる。

一方で、医者たちは高額の治療報酬を手にし、公的なお金はさらにもっと多く使われたはずだ。こんなことを日本中でしていたら、医療制度が破たんするのは当然だ。それに加えて、それより先に、我々は安らかに死にたいではないか。

つづく

エブリバディ・ノウズ【日本病】その3 「『半分、青い。』でわかる日本経済の無策」でわかる平均的経済評論家像


ーーーーーーー Rewrite 2021/7/8 ーーーーーーー

以前は下のように考えていたのだが、MMT(現代貨幣論)を知り、考えが間違っていたと気づいた。

つまり、主は、黒田日銀の金融政策である量的緩和によるアベノミクスを支持していたのだが、これではうまくいかないと思うようになった。 つまり、この量的緩和政策の具体的なことを言えば、政府が大量の国債を発行し、市中銀行が引き受け、これを日銀が買い入れることで国内の通貨供給量を増やし、低金利への誘導と相まって、銀行の貸し出しが増えることで、投資が増え景気が良くなるという考えである。

しかし、MMTを勉強すると、このように通貨の供給量を増やしたところで、投資環境が改善しないと、民間企業は借金して投資しない。通貨が、銀行の残高として「ブタ積み」の状態になって留まるにすぎない。デフレの状態では、手元の現金の価値が自然に上がっていくので、企業は投資しようとしない。投資するより、しない方が得だからだ。

ところが、このMMTでは、実際に国債を使って政府が支出をする。実際に国民の手にお金を渡すことが、肝である。同時に、政府は民間とは違い、インフレにならない限りにおいて、いくら国民にお金を渡しても問題が起こらない。そこが根本的に違うところだ。(細部は、他のMMTの項目を見てください。)

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日本は病気だと、主は確信している。経済評論家が語る経済の内容があまりにも貧弱だ。素人同様の評論家が多すぎる。

MSNニュースに小宮一慶(以下、敬称略)が書いた「「半分、青い。」でわかる日本経済の無策」というプレジデントの記事が転載されている。朝ドラの話でもあり、興味を持ってさっと楽しく読める。

半分青い

このドラマは、高度成長期の終わり1971年に生まれたヒロインのすずめが、少女漫画家を目指す。日本経済は、彼女が高校生の時にバブル期に突入、これは5年ほどで終わり、その後25年間続くデフレの現在へといたる、挫折や波乱を経験しながら成長する物語だ。

小宮一慶は、NHKから経済面の時代考証である『経済考証』を依頼され、内容をチェックしているということで、経験に裏付けられたバブル時のエピソードなどが面白い。また、時代の変遷が要領よくまとめられている。

だが肝心の、結びの部分が駄目だ。多くの経済評論家同様、彼はこう書いている。

  • 現在は、バブル期など比べ物にならないほどの超金融緩和政策アベノミクスでなんとか景気を維持していますが、しょせんはカンフル剤でしかありません。
  • 人口減少や高齢化がますます進み、対名目GDP比での財政赤字が先進国中で最悪という状況下で、「本物の成長戦略」が望まれますが、なかなかこれといった処方がでてきません。
  • またドラマの経済考証担当として、今後、日本が得意とする製造業やおもてなし上手のサービス業などがその技に磨きをかけ、さらには規制緩和により農業などを「強い」産業にしていく、といった施策が必要だ、とつくづく感じています。

アベノミクスの金融政策の処方箋が「カンフル剤」と表現されることは、よくあるものだが、カンフル剤とは、要は一時しのぎなので、早く正常な軌道に戻せということになる。カンフル剤とは、何時までも使えないという認識を示している。異次元の量的緩和は、過去20年間の日銀の無策と比べると異次元ということであって、経済の成長に市中の通貨の流通量が不足すると、経済成長の足を引っ張る。実際に日銀は、金融政策ではずっと無策で、プラザ合意の円高不況後のコントロールに失敗し、バブル崩壊とともに日本経済はハードランディングしてしまい、為替が原因の不況がずっと続いている。その間、政府は”Too small, Too late”と言われる景気対策を何度も打ち出すのだが、効果は上がらず、現在の財政赤字が積みあがった原因である。

2008年のアメリカ発のリーマンショックによる世界的な不況は、世界中を覆ったが、不良債権が一番少なかった日本が、一番遅くまで景気回復できなかった。これはアメリカとヨーロッパがいち早く、市場へ通貨供給量を増やしたのに対し、日本は、安倍政権と黒田日銀が登場する2012年まで、通貨供給量を増やさなかったためだ。金融緩和政策は、アメリカもヨーロッパも日本以上に緩和をしてきたのであって、実際に経済が上向くまで続けなければならない。

下は、日経新聞に載った世界の通貨供給量のグラフだが、日本はこの通貨供給供給競争に乗り遅れたことが読み取れる。このグラフを見ると、世界中の通貨供給<緑線>がGDP<青い部分>を越えてしまいカネ余りが起こりっているのが分かる。リーマンショックの2008年を見ると、GDPが下がったのに対し、世界は通貨供給量を増やしたことが読み取れ、何もしなかった日本が取り残された。

ちなみに2014年の低下は、原油価格の下落によるロシア、ドイツなどの低下が要因だ。

世界の通貨供給量
2017/11/14日経新聞「世界のカネ1京円、10年で7割増 実体経済と乖離鮮明」

量的緩和は「カンフル剤」だからといって、もし量的緩和を急にやめれば、日本は確実に死亡するだろう。日銀は買えるだけの日本国債だけでなく、日本株や不動産投資信託と言われるリートなども大量に引き受けている。この量的緩和により、一定程度の円安が実現できている。日本の景気が十分回復し加熱しはじめる前の段階で、量的緩和を止めると表明したら終わりだ。この政策は、ノーマルだと考えるべきだ。

人口減少や高齢化は間違いなく大問題だ。だが、財政赤字の問題は別次元の問題だ。一つには家計や企業と、政府の借金を同一レベルで考える愚が、世間に蔓延している。しかし、「日本に財政問題はない」と正面からいう学者に高橋洋一もいる。

高橋洋一

高橋洋一はこの本の帯に次のように書いている。

  •  □国債は日本の借金。だから、少なければ少ない方がいい。
  •  □国債は、発行されればされるほど、国民の負担が増える。
  •  □国は出来るだけ「節約」して予算を減らすべき。
  •  この中に、1つでも「そのとおりだ」と思うものがあっただろうか。もし、あったならば、あなたは「一国の経済」というものを間違って理解している。

巨額の財政赤字の原因だが、過去の財政政策(公共事業や減税)は、いずれも小出しで、かつタイミングが遅れ、適切な金融政策(量的緩和)を取らなかったた。このために、一向に経済が上向かずに失敗し、ずるずる借金だけが積みあがった。アベノミクスの開始で、ようやく金融政策の舵取りを変更し、1年目に為替安と株高が起こり大成功した。しかし、生みの親の浜田宏一があれほど反対したにもかかわらず、2年目に消費税を5%から8%に上げた。その結果、低成長が続きデフレ脱却もはっきりしなくなった。いずれの施策も、ドカンと徹底的にやらないとだめだ。

同じ意味あいだが、来年10月に消費税を10%に上げると法律で決まっているが、実際にそうなれば、マイナスの影響は大きく致命的だろう。リフレ派(安倍首相や浜田宏一、高橋洋一などのマイルドインフレ肯定派)に対し、反対派(=財政再建派、多くの政治家、マスコミ)の方が多く、反対派は、アベノミクスを止める出口戦略を語りたがる。アベノミクスは社会のインフレ「期待」へと変化させるところに目的があるのに、出口戦略を語ること自体がベクトルが逆だ。

小宮一慶の話に戻ろう。日本の今後の施策として「日本が得意とする製造業」「おもてなし上手のサービス業」というのは、従来の固定観念に縛られていて陳腐だ。

小宮一慶は、バブル崩壊の端緒としてプラザ合意に触れている。その後の日本の製造業の不振に、エルピーダメモリの倒産、シャープ、東芝、サンヨーなどの白物家電の身売りなどがぱっと頭に浮かぶが、これらはずっと続いている円高の影響が大きい。日本の製造業にとって、国際競争力という観点から為替レートが一番影響が大きい。「日本が得意とする製造業」は、もちろん新しいアイデアや技術革新も重要だが、基本的に円安であることが前提だ。

「おもてなし上手のサービス業」は、日本のどこにあるのかと主は思う。日本には「おもてなし」などない。オリンピックの招致で、滝川クリステルが「オ、モ、テ、ナ、シ。オモテナシ」と言うシーンが何度も流れたが、あれは日本人の自己満足だ。日本にあるのは、せいぜい安全、清潔といったところだ。

コンビニで客が代金を支払った瞬間、店員が客に小銭を渡そうとし、「たいへんお待たせしました!」と心をこめずにイヤイヤ頭を下げる。客は、財布に釣銭を戻すのに大慌てになり、四苦八苦する。この店員のどこが、おもてなし精神なのかと思う。主はブラジルで生活していたが、レジでは、お金のやりとりに急ぐところがなく、女性の店員が、心の底からにっこりと微笑んでくれて気持ちが良かった。これが本当のおもてなしだ。

デービット・アトキンソンが、日本人の多くが、温泉旅館の接遇をおもてなしだと誤解していると書いている。日本旅館で女将が正座して頭を下げ、女中が運んだ懐石料理を食べて日本人は満足しているかもしれないが、欧米人は違う。彼らは、1か所に何泊もしたい。また、家族全員が一部屋に泊まる風習はない。何日も同じ懐石料理を食べたくない。また日本の温泉地は、夜に出かける魅力的な場所がない。料理を食べて温泉に入ったら、寝るしかない。これをおもてなしと思えと言うのでは、外国人理解が足りていない。

新観光立国論

最後だが、「規制緩和により農業などを『強い』産業に」と書かれているが、これ自体には異論がない。しかし、『強い』産業というからには、国際競争力があることが前提であり、一定の円安基調が必須だ。日本はプラザ合意後の円高を、涙ぐましい努力で乗り越えようとしてきたが、その努力には限度がある。むしろ、その努力(節約志向)はデフレマインドを招く。このためにも金融政策が必須である。

結局のところ、小宮一慶は法学部出身であることもあり、その後も金融機関を経て経営学や会計学の畑を歩んできている。このため、従来の一般常識や固定観念の域を出ていないと思う。もちろん悪いことではないが、マクロ経済を語るのであれば、その後にしっかり勉強すべきだ。

ちなみに、もし主が日本の処方箋を書けと言われたら、こう書くだろう。

 

  • ① 40代、50代の経営層の一掃(不況をいつまでも脱せないのは、この層が投資をしないからだ。儲けを新規投資ではなく、楽なM&Aにつぎ込み失敗する例が多い) 
  • ② 財務省の財政赤字キャンペーンの公式訂正(これは国民全体で真剣に議論すべきだ。あらゆるところで足枷になっている) 
  • ③ 消費税の5%への減税。同時に、高所得者、企業への累進税率のアップ 
  • ④ ベーシックインカムの国民的議論 
  • ⑤ 医療の見直し(あまりにも日本の医療が島国化し、めちゃくちゃ無駄遣いされている。介護費の増加にもつながっている) 

そんなところかな。

つづく

エブリバディ・ノウズ【日本病】 その2 米山新潟県知事女子大生買春事件

日本は病気だと、主は確信している。日本の若者の6人に1人は、若者同士で恋愛できないほどの貧困にある。

米山新潟県知事が、2018年4月27日、出会いサイトで知り合った有名私大女子学生を買春していたと週刊文春にスッパ抜かれ辞職した。文春オンラインの次のリンクで冒頭の部分を読むことができる。「女子大生が告白 新潟県知事・米山氏「買春」辞任へ」

ネットの文春記事には、米山新潟県知事が、知事に当選する以前から1回3万円で女子大生の買春を始め、当選後には、知事当選を報告して、当選祝いとして単価を1回4万円へアップをしていたと書かれていたように思う。その米山知事なのだが、灘高から東大医学部を出て、在学中に弁護士資格もとり、医師資格も持っているとのことで、庶民からするとスバラシイ頭脳の持ち主なのだろう。(もちろん皮肉だが)

他方、このスキャンダラスな辞任会見と後のワイドショーなどを見た人は、3万円出せば有名大学の女子大生を買春出来ること、それが違法ではないことを知った人は多いだろう。「買春」は「売春」に該当するものの微妙に違うらしい。

同時に、主が驚いたのは、弁護士資格のあるこの男、新潟県知事に当選したことで嬉しくなり、それを女性に打ち明け、手当てを3万円から4万円へ増やしていることろだ。これは、知事の公職にある素性を買春相手に明らかにしていることを意味し、公人としての責任や社会的影響が理解できていないことを示している。また、その甘えが、週刊誌へのリークの動機になっていることは間違いない。

その後のメディアの報道は、他に大きな事件である北朝鮮の非核化、米朝対話、モリカケ事件、財務事務次官セクハラ事件などが続いたこともあり、深く掘り下げるむきは少なかったように思う。買春された側の女性の世間の受け止め方は、2チャンネルのような媒体をざっと見た感じでは、売春婦だのAV嬢だと単純な非難調なだけのようだし、主は、女性が被害者という報道は目にしていない。

だが、主が思う最大のポイントは、バブルがはじけて25年。格差が広がったことと、そのしわ寄せが若者にいっていることだと思う。

今の若者の中にも、当然格差があり昭和の時代と同様に、楽しく暮らしている若者も多いとはいえ、経済的な理由で若者同士で恋愛したり、あるいは、恋人と結婚することができないくらい、悲惨な状況におかれている若者も多いのだ。

大学生だけではない。とくに、地方から都会へ単身で働きに出てくる若者も、同じような状況がある。自分の出身地を離れて、都会で単身生活を送る学生や若者は、自宅通学(通勤)の学生(社会人)に比べると、月あたり10万円程度、家賃や光熱水費などで余分にかかる。ところが、学生の場合であれば、親からの仕送りが、親の世代の収入が昔より減っているため、ほとんどないかわずかのことが多い。社会人の場合は、給料水準が20万円以下ということがかなりある。この収入レベルだと、家賃などの支出に10万円かかるのは、大きく生活にのしかかる。

日本の貧困率は、少し前は7人に1人と言っていたが、今では、6人に1人と悪化している。例えば、1学級が30人のクラスなら、貧困状態にある生徒の数は5人である。この日本の貧困率はOECD加盟先進30か国の中で、下から4番目の悪さである。お隣の韓国よりも悪い。貧困率とは、ざっくり言うと、平均所得の中央値のさらに半分を言い、次のリンクが分かりやすい。【悪化する日本の「貧困率」】このリンクの説明によると、この貧困率は相対的貧困率なので、平均所得自体がバブル崩壊後の20年間以上低下しているので、名目値(絶対値)も下がっているはずだ。

多くの大学生は『奨学金』に頼るのだが、『奨学金』とは名ばかりで、実態は学生ローンだ。返済義務のない給付型の奨学金は絶望的に少ない。学生ローンを借りると、卒業時に数百万円の借金を背負うことになる。借りる奨学金を減らそうとすると、いきおい、学業よりアルバイトを優先することになる。これの同じ延長線上にあるのが、女子学生の「援助交際」だ。

「援助交際」を生活のためではなく、好んでやっているという見方があるのかもしれないが、それは偏見に満ちた考えだろう。時給の低いアルバイトより、割の良いアルバイトと考えていることはあるかもしれないが、「援助交際」という選択は、好んで選択しているのではなく、余儀なくされているのだ。若い女性が、好んでクソ親爺に抱かれたくはないだろう。

こうした異様な事態の背景に、日本中の就労形態でボーナスの出ない派遣社員だったり、官公庁や大学で働きながら「期限付職員」だったり「嘱託」が増えたという現状がある。公的セクターの施設の運営などで、コンセッション方式と言われる民間委託が導入されて久しい。しかし、その場所で働く労働者は、年功序列の恩恵を全く受けられない同じ賃金が続く。たとえば、市町村の図書館の運営は、コンセッション方式でTSUTAYAがやっていたりするが、契約は一定の期間ごとに入札されるので、働いている人の給料が上がることは期待できない。教員や研究者も、似たような状況が多く、正規雇用のシニアの教員や研究者は年功序列があるが、若者は期限付きの契約が多く、こうした契約の場合は、年限が来るとキャリアがリセットされてしまう。

コンセッション方式、PPP(Public Private Partnership)、PFI(Private Finance Initiative)などと言うと、なにやらもっともらしく響くが、実態はぜんぜん違う。公的セクターで行っていた切り取りやすい仕事を、民間のビジネスチャンスへと分け与え、儲けているのは請け負った会社の経営者であり、経費節減をしたと胸を張る官公庁の幹部だけだけだ。そこで働いている労働者は、同じことの繰り返しでスキルアップすることもないし、働き続けてもずっと低賃金のままだ。こうした低賃金で働く若者の存在は、正規で働く職員の賃金上昇にもブレーキをかける効果があるだろう。

結局のことろ、世の中はまやかしで蔓延している。25年間続いてきたデフレは未だに解消していない。現金を含む資産の値打ちは、25年前より上昇しているわけで、資産を持っている権力者や金持ちはデフレで困ることは一向に何もない。むしろ、値打ちの上がった資産効果により、女子学生を容易く合法的に妾にできる。「パパ活」という言葉もある。こうした金持ちは、大勢いるのではないかと透けて見えてくる。

NHKのテレビ小説「花子とアン」では、花子(吉高由里子)の華族で友人の「白蓮」(仲間由紀恵)が年の離れた好色な夫・伝衛門(吉田剛太郎)に苦しめられる様が描かれる。しかし、考えようによっては、明治の当時も今も、権力者や資産家が妾を囲っていることは暗黙の了解であり、ある意味責任と義務を果たしていた気が、主はする。女性の面倒だけではなく、子供の面倒などすべてを見ていたからだ。

日本病というにはインパクトがなかったかな?!(^^);;

ただ、今起こっているのは、ちょっと違うのではないか。1回3万円払って女子大生を買春するのと、妾を囲うのとでは、どこか趣が違う気がする。FACEBOOKが出会いアプリを始めたという報道がある。この違和感に近いものがある。「新しい恋愛」を「実名を出さず」、「友達に知られず」、「タイムラインに流れず」テンポラリーな恋愛を繰り返す事態は、これまでの家族観や家庭観が変る過渡期へと突入しはじめたのかもしれない。

つづく

 

エブリバディ・ノウズ【日本病〕 その1 「モリカケ問題」

日本は病気だと、主は確信している。その局面をこれからぼつぼつ書いていきたいと思っている。

主は、安倍政権のアベノミクスを高く評価している。しかし、安倍首相の「モリカケ問題」の対応を見て、日本に限りないインチキがまかり通っていると思っている。佐川前国税庁長官の国会での証言、セクハラ辞任の福田前事務次官、大田理財局長、矢野官房長官、柳瀬経産審議官など、公僕であって国民に説明責任を負っている意識など微塵すら感じられないが、その疑惑の頂点にいる安倍首相が、我がことであることを感じず、まるで他人事のように「徹底解明してウミをだしきる」とほざいていて、日本の政治もここまで劣化したのかと主は驚いた。

この二つの件は、官邸の指示だったのか、官僚の安倍政権に対する忖度だったのかが白日のもとに曝されることがないのかもしれないが、仮に忖度だったとしても、安倍首相は責任を負うべきだ。

週刊東洋経済4/28号に海上自衛隊の特殊部隊におられた伊藤祐靖さんという方が「上に立つものが部下の忖度を責めるのは禁物」というタイトルで寄稿されている。要旨を紹介すると、忖度は日本特有の心配りではなく、世界中のどこにでもある、部下が上司から指示を貰ったときにするミッションアナリシス(任務分析)だという。部下は上司の直接の命令そのものだけではなく、背景や真意などを含めて任務を遂行しなければならない。そして、彼はこう結んでいる。- 「それは部下が勝手に忖度(任務分析)してやったことだ」とはならず、「それはいつも私が求めたことであり、だからこそ部下は任務分析(忖度)してやったのです」ということになる。部下の行った忖度を責めるなど、上に立つものとして本末転倒の態度である。

仮に、直接指示を出していないからと、安倍首相が責任を取ることなく政権が続いたり、霞が関の高級官僚たちにも実質的な処罰が下されないのなら、日本に計り知れないほどのダメージをもたらすだろう。上に立つ者を表して「ノブレス・オブリージュ」という言葉が20世紀にはあった。この言葉は、財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを言い、こうした者は自分だけいい目をしてはいけない、下々の人たちに配慮しなければならないといことだった。ところが、この言葉は死語になってしまった。さまざまな苦労に喘ぐ下々を下敷きにして、上に立つものが憚(はばか)る状況になっている。

芥川龍之介の小説に「蜘蛛の糸」があり、小学校の教科書にも載っているようなので、誰もが知っているだろう。この話は、自分だけ助かろうした泥棒の男が、その蜘蛛の糸を上ってくる大勢を蹴落とそうとしたら糸が切れてしまうという話なのだが、今の日本をよく象徴している。例えば、いつまでたっても克服できないデフレは明らかにそうだ。自分だけ助かろうと、競って販売価格を下げた結果、日本全体がデフレになってしまった。「モリカケ問題」は、この蜘蛛の糸を上る政治家や官僚を思わせる。ともすれば、彼らはその糸を登り切ってしまいそうで、恐ろしい。

つづく