はじめに

クラシック音楽の世界に、グレン・グールドという人物がいた。彼は、カナダ人のピアニストで1932年に生まれ、1982年に死んだ。つまり、生誕90年、没後40年ということになる。

普通のピアニストは、まっすぐな姿勢で指を鍵盤に振り下ろすように叩いて音を出すのに対し、彼は手首を平らにして指で鍵盤を引っ張るように弾くので、非常に美しい音を出す。爆発するような弾き方はできないが、リズムが明瞭で粒が揃って天国へいざなう説得力がある。

人気は、今なお根強く、放送局に眠っていたテープなどを使ってCDが新たに発売されたり、曲の組み合わせを変えてCDが発売されたり、音楽雑誌でピアニストの特集があれば、必ず取り上げられる人気を保っている。

この本は、音楽について素人で、クラシック音楽に精通しているわけでもない作者が、グールドの音楽について語ろうというものだ。このため至らぬ点や間違いがあるに違いない。また、グールドは、全般に率直な人だったが、素の自分を語らず、隠していた部分が多かった。このため、グールドに関する伝記や評論は非常に多数ありながら、核心部分を知るのは難しい。だが、これまでに書かれた著作を辿ることで、彼の本性にかなり近づけたと自負している。

ただ、これを書こうと思った動機は、何といっても彼の音楽を知らなかった人にもグールドを聴いて欲しいということだ。

このため、グールドの事について、あまりに音楽の専門的なことを詳しく語ると、多くの人は気楽に読めないだろうし、逆にそうしたことを全く語らないと、説得力の弱いものになってしまう危惧があった。そのため、本書は誰にとっても読みやすいものにしながら、細かい専門的なことやこれまでの研究家の研究結果は、なるべく脚注や別の参考資料に書く形にした。こうすることで、もっとグールドを深く知りたい人は、そちらを読んでいただければ深く理解できるように心掛けた。

彼の演奏は、他のピアニストと大きく違っている。

どこが違っているのかというと、一般のピアニストは、高音部のメロディーと伴奏の低音部の二本立てが普通だ。しかし、彼は、その中間にある内声と言われる部分にスポットライトをあて、別の旋律を浮かび上がらせる。まるで連弾しているかのように弾き、どの旋律にも対等に主役の座を与える。

また、演奏の基本を、音を短く区切るスタッカート奏法においている。一般のピアニストは、ピアノはレガートに弾くものだと教わるが、ずっとレガートの演奏を聴かされると飽きるし、疲れる。レガートは緊張、スタッカートは弛緩と考える彼は、ここぞという場面に美しく緊張感のあるレガートを取っておく。

彼は、一般のピアニストと違って、ペダルをほとんど使わず指を持ち替えながら弾く。このため、音が混じらず出てくる音がクリアで非常に美しい。

また、最大の違いは、作曲家が書いた楽譜に手を加えることをためらわないことだ。彼は、楽譜に書かれた音楽記号に囚われない。正統派のクラシック音楽界は、作曲家の意図の再現を最重要視するのに対し、彼は、どうすればベストな曲になるかを考えて、再作曲をする。これをもっとも過激にやったのがモーツァルトである。

彼は、[1]ジェームズ・ディーンの再来といわれるほどの美男子だった一方で、ずっと独身で私生活を隠してきた。グールドは、潔癖症の大富豪ハワード・ヒューズのように生きたいと言い、私生活を徹底的に隠した。そのせいで長い間ゲイとか、ホモセクシュアルだと言われ、女性関係がまったくないと思われてきた。だが、近年、ゲイどころかプライベートな生活では、実に多くのロマンスがあったことが分かった。

この多くのロマンスを明らかにしたのは、映画「[2]グレン・グールド《天才ピアニストの愛と孤独》」の原作本である「[3]グレン・グールド・シークレットライフ《恋の天才》」だ。彼の女性関係は、この原作に基づいている。

彼は、母親の不安症が影響し、子供のころから薬物に依存していた。その依存症は、年月を経るほどに激しくなり、やがて、幻影や被害妄想に憑りつかれるまでになる。

だが、彼は芸術家としての責任をつねに感じていた。見せたい自分を生涯にわたって演じ続けた。音楽にすべてをささげていた。それが原因で、結婚しなかったし、強迫観念によって薬物依存にもなった。

他方、日本ともゆかりが深く、彼が後半生に熱中した夏目漱石をはじめ、阿部公房原作の映画「砂の女」、音楽を担当した日本の現代作曲家武満徹、そして実際に親交があった小澤征爾が登場する。

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[1] ジェームズ・ディーン:(James Dean、1931年- 1955年)は、アメリカの俳優。孤独と苦悩に満ちた生い立ちを、迫真の演技で表現し名声を得たが、デビュー半年後に自動車事故によって24歳の若さでこの世を去った伝説的俳優である。

[2] 映画「グレン・グールド天才ピアニストの愛と孤独」監督:ミシェル・オゼ、ピーター・レイモント 角川書店、2012年発売

[3] 《The Secret Life of Glenn Gould: A Genius in Love》 Michael Clarkson ECW press, KINDLE版

第1章 ゴルトベルク変奏曲のビッグセールス

1956年1月、カナダ人ピアニストのグレン・グールドは、J.S.バッハのゴルトベルク変奏曲でレコード・デビューを果たした。

このレコードはすぐさま、ジャズやポピュラーを含めた[1]北米の新盤の中でベストセラーになった。

彼は、このゴルトベルク変奏曲を死ぬ直前に再録音した。どちらも、楽譜通りに反復はせず、1回目とは対照的に2回目は非常にゆったりと、形容しがたいほど瞑想的で穏やかな演奏をした。もし仮にCDショップのバッハのコーナーへ行けば、一番目立つ場所に並べられているはずだ。

[2]ゴルトベルク変奏曲は、不眠に悩むカイザーリンク伯爵が眠るとき、ゴルトベルクに隣室で弾かせたという有名な逸話がある。アリアで始まり、30もある変奏曲の最後に、[3]クオドリベットという俗謡を二つ合体させ、その気楽で楽しい曲が演奏されたあと、再び、静かで美しいアリアに戻る。最初のアリアに戻るので、もう1回始まってもおかしくない。始まりも終わりもない曲といわれる。

グールド以前に、女性鍵盤奏者の[4]大御所がこの曲をチェンバロで演奏し、教養と謹厳さを感じさせる重々しい演奏だったが、楽しいものではなかった。グールドはこの曲をピアノで演奏し、まったく違ったアプローチをとった。それは、快活で、現代的なドライヴ感が(みなぎ)った過去にまったく例のないバッハだった。

このレコードの発売である翌月の2月には、グールド自身が作曲した現代曲の弦楽四重奏曲作品1を、モントリオール弦楽四重奏団がCBCテレビ(カナダ放送協会)で初演した。この弦楽四重奏曲は、主題の[5]上昇する4音の構成するたった一つのモチーフを楽想にして、すべての旋律、和声を作り出した調性がある現代曲だった。この曲はすべての音楽家から高い評価を受けたわけではなかったが、ゴルトベルク変奏曲ヒットのセンセーションが起こった直後だったので、23歳のグールドは一夜にして、作曲もできる国際的なスターになった。

ただ、その成功の裏にはグールドのさまざまな奇癖があった。この奇癖をレコード会社をはじめとするメディアが大々的に宣伝した。

彼が出かけるときは、30℃ある真夏の暑い盛りでも、オーバーコートを着てウールのベレー帽を被り、マフラーを巻き手袋をはめて歩いていた。父が作った折り畳み式のピアノ椅子をいつも持ち歩き、その椅子の脚の下部は10センチ切りとられ、そこへ金具をはめて高さを微調節できた。彼は演奏を始める20分前から肘から先を熱いお湯の中に浸け、血行をよくする儀式が必要で、電気湯沸かし器も運んでいた。抗不安薬や鎮静剤、血液の循環を良くするための処方薬をしょっちゅう飲み、大量の薬剤を携行していた。

ピアニストにはあり得ないような悪い姿勢でピアノを弾き、ピアノを弾き始めるとすぐに恍惚としたトランス状態に入り、上体をぐるぐる旋回し、鼻歌ともハミングともつかない声を出すことを止められなかった。

グールドのレコードが驚異的なほど売れるにつれ、前年に24歳で自動車事故で亡くなった映画俳優の[6]ジェームズ・ディーンと比べられ、音楽誌だけでなく一般誌でもセンセーションを引き起こした。

ジェームズ・ディーン
グレン・グールド

ファッション誌の[7]グラマー』は4月号で特集し、やはり女性向けの『[8]ヴォーグ』は5月にグールドを特集した。さらに、報道誌の『[9]ライフ』は4ページにわたる写真を中心にした特集を組んだ。

そうした記事や写真のどれにも、格式ある伝統的なクラシック演奏家の姿はなかった。175センチの痩身のグールドが、流行に無頓着な服装で、乱れた長い髪で写り、ピアノに向かう彼の指は長く細く痩せて、その表情は完全に心ここにあらず恍惚として、ピアノの音の向こうに心があるように見えた。

とくに女性誌はグールドがどこか雌鹿のようで男性を感じさせず、中性的で、女性ファンに強い母性本能を感じさせる、同性愛者に強烈なセックスアピールがあると書いた。

のちにグールドは、自虐的なユーモアでこの時をこう書いている。—「[10]あれがわたしの人生で最も困難な年の始まりだった」

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[1] 当時、北米で、一番売れていたのは、ポピュラーで女優・歌手のドリス・デイだった。ジャズでは、ルイ・アームストロングだった。アフリカ系アメリカ人のジャズ・ミュージシャンで、 サッチモ (Satchmo) という愛称で親しまれた、20世紀を代表するジャズ・ミュージシャンの一人でトランペット、コルネット奏者である。

[2] ゴルトベルク変奏曲:J.S.バッハが1741年に出版。カイザーリンク伯爵(ザクセン宮廷駐在のロシア大使)の委嘱と考えられるが証拠がなく、バッハの弟子、ゴルトベルクは当時まだ14歳であり、演奏技術を考えると困難で、この逸話は懐疑的といわれる。

[3] 30番目のカノン変奏をクオドリベット(Quod libet)という。クオドリベットは、ラテン語で「好きなものをなんでも」という意味で、大勢で短いメロディの歌を思いつきで歌い合う。

[4] ランドフスカ:ワンダ・ランドフスカ(1987-1959)ポーランド出身のチェンバロ奏者、ピアニスト。忘れられた楽器となっていたチェンバロを20世紀に復活させた立役者である。(Winkipedia)

[5] 上昇する4音 フーガの主題の最初の4音(嬰ハ-ニ-嬰ト-イ) (「神秘の探訪」P.150)

[6] ジェームズ・ディーン(1931年 – 1955年)アメリカの俳優。「エデンの東」「理由なき反抗」などが代表作。

[7] 『グラマー』4月号は、「あなたに会わせたい男たち」という見出しで「華奢でしなやかな体つき、豊かな明るい茶色の髪をしたカナダ人は、その特異な振る舞いで伝説につつまれている。その振る舞いを構成しているのは、どこにでも持って行く何種類もの薬、ミネラルウォーター、特製の椅子である。また食生活に関する独特な考え方もそうだ。「友人は言う、『グレン、何か君にあわないものでも口にしたのかい?まさか食べ物じゃなかろうね?』」と書いた。

[8] 『ヴォーグ』は、「グレン・グールドは・・・・今年アメリカの批評家の間で祝いのかがり火を真っ赤に燃やした。緊張し、やつれた容貌をもつ、ブルーベリーの目をしたグールドは、調教されていない馬のようにピアノに向かい、強力かつ抒情的な音を生み出すのである・・・・・」

(グラマーとヴォーグの記事:「グレン・グールドの生涯/オットー・フリードリック/宮澤淳一訳」青土社96頁)

[9] 『ライフ』は、スタンウェイ社の地下室にいる姿、コートを着て、例のピアノ椅子を抱えてニューヨークの通りを歩く姿、ミルクとクラッカーの軽食をとりながら、スタジオの技師たちと冗談を言い合う姿、靴を脱いでペダルを踏む足、革の手袋を脱いでその下のミトンをはめた手を見せる姿、洗面所で腕を湯に浸している姿、ピアノを弾いていない方の腕で、空(くう)を指揮する姿などを掲載した。

[10] 《グレン・グールド神秘の探訪》ケヴィン・バザーナ第3章寄席芸人 P172

第2章 バハマ休暇旅行

グールドは、1956年1月、ゴルトベルク変奏曲のビッグセールと2月、自作の弦楽四重奏曲の初演で、作曲もできるピアニストとして、世界レベルの音楽家の仲間入りを果たした。一方で、3月24日から4月5日までの2週間、カリブ海のバハマへ休暇旅行へ行った。

この旅行は、表向きは、アメリカデビューとゴルトベルク変奏曲の録音、自作の弦楽四重奏曲が初演され、これらが一段落を迎えた骨休みということになっていた。しかし実際のところは、グールドは17歳のときから5年間付き合っていた恋人[1]フラニー・バッチェンにプロポーズを断られた感傷旅行だった。グールドは一人っ子で親からの愛情を一身に受けて育ち、大人の中に混じってトロント王立音楽院で学び、コンクールへ出れば大人たちを差し押さえて優勝する神童で、挫折を経験したのは初めてだった。新進の世界的ピアニストの階段を上りはじめたスターが、プロポーズを断られるとは彼自身、思ってもいなかった。

バッチェンと知り合ったのは、グールドが17歳のとき、彼女は7歳年上だった。バッチェンは、グールドと同じロイヤル音楽院で、グールドと同じピアノ教師についていた。

グールドのピアノの演奏技術は完成していたが、性的なことは何も知らないナイーブなままだった。バッチェンは、はじめてグールドに性的な世界もあることを教えた。

グールドのプロポーズの言葉は、”We should get married.”(結婚しようよ。)だった。だが、このセリフは、まるでぼくたちは役場へでも行かないといけないというニュアンスで、結婚するのが当然であり、断られるなんて頭にまったくないものだった。つまり、自分のどこが悪いのか、結婚生活に不向きなのかを全く理解していなかった。

彼女は、世界一有名な若いピアニストの夫人になるか、ずいぶん長い間考えた。しかし、彼にはあまりに社会性がない、世界を股にかける新進の大スターでも、結婚して一緒に暮らすのは割が合わないと結論を出した。

グールドのセンチメンタルジャーニーには、グールドの複雑な性格をよく表す事情が背後にあった。

この旅行には、カナダの雑誌《ウィークエンド・マガジン》社の記者である[2]ジョック・キャロルが同行して、彼は、世界を股にかける新進の大スターが、休暇でどのような息抜きをするのか、その複雑でエクセントリックな性格を解き明かす切れ味のよい物語を書き、写真も撮って来いと言われていた。

もちろん、この旅行中、グールドはキャロルにバッチェンに振られたことはおくびにも出さなかった。付き合っているガールフレンドがいることすら隠していた。

しかし一方でこの旅行では、キャロルに、かなりありのままの素のグールドを見せていた。

しかしながら、最終的にグールドは考え、キャロルに旅行の時の様子をそのままに記事にすることは認めなかった。写真の掲載は認め、記事は自分で書き、キャロルの名前で発表させた。そして発表されたのが、《[3]ジョック・キャロルのフォト・ルポルタージュ》である。

旅行からトロントへ帰ってからも、グールドはキャロルと友人のように電話で率直に話をしていた。しかし、キャロルが電話の内容をメモに取っていたことに気づき、グールドは、すぐにキャロルとの交際を断った。グールドは、人間関係に気に入らない兆候を見つけるとすぐにその関係を絶った。

グールドにとって、たとえ友人たちとの交友関係であろうと、何か許しがたいことがあるとすぐにその関係を解消した。彼は、あらゆるものをコントロールしようとした。それができないと不安になるのだった。そのため、周囲の関係をいくつかの小さなサークルに分け、コントロールできない相手は、関係をいきなり断ち切ってしまうのだった。関係を断たれた方は、心当たりもなく何が原因なのかさっぱりわからなかった。

これは、グールドが生涯続けた人間関係の避けがたいポリシーだった。彼は、自信家で、ユーモアのある誰にも好かれる人物だったが、小さなことで交友関係を断ち、死ぬときに親しい関係があったのは、父親も除外され五指に満たなかったと言われる。

キャロルは、バハマ旅行の様子を公表しないという約束を守り、グールドが生きている間、旅行記を発表しなかった。しかし、死後である1995年に『[4]グレン・グールド光のアリア』でその時の様子をようやく明らかにした。

この時に、ちょっとした事件が起こった。というのは、グールドの死後設立されたグールド財団が、キャロルと出版社を著作権違反で訴えた[5]。キャロルが、この旅行で撮った写真とインタビューに使ったテープとメモから書いた記事が、保護すべき著作権を侵害していると訴えた。プライバシー侵害か、パブリシティ権が優先するのかが控訴審まで争われ、最終的に、キャロルの死後の1998年に著作権の侵害よりも公開することの公益性の方が大きいと結論付けた。

この時の被告側(キャロル)の主張は、こうだった。

ここでも、誰もいないマッシー・ホール、グールドの母親の家、バハマでの休暇といったインフォーマルな場で行われたインタビューの性質は、グールドがリラックスしているときの自然な姿をとらえるためのカジュアルなものであった。二人の会話は、グールドが友人と交わすようなものであった。実際、グールドとキャロルはその後しばらく友人として付き合うことになる。グールドは、講義をしたり、キャロルに指示を出したりしていたわけではない。むしろ、キャロルはグールドと気楽に会話を交わし、その中からグールドの性格や私生活を見抜くようなコメントが出てくるのである。グールドは、公の場に出ることを承知で、何気ないコメントをしていたのである。これは、著作権法が保護しようとする会話とは異なるものである。

控訴審の判決はこうだった。

キャロルは、写真、テープ、グールドとのインタビューのメモを持っていた。キャロルは、自分の記憶をたどり、グールドに初めて会った場面を再現できる唯一の人物であった。その結果は魅惑的である。この本は、天才音楽家の人物像に説得力を与えてくれる。キャロルの芸術的創造物を保護することで、法律は、そうでなければ否定されるであろうグールドの初期の時代への洞察から、公衆が利益を得ることを許可している。

つまり、『キャロルのフォト・ルポルタージュ』は、彼が世間に見せたかった面を自分で書き、『グレン・グールド光のアリア』こそが、キャロルが見た、グールドの普段の自然な姿が表れている。

《ジョック・キャロルのフォト・ルポルタージュ》

まずは、旅行直後に発表された《ジョック・キャロルのフォト・ルポルタージュ》を紹介しよう。

《「ぼくはエクセントリックじゃない」右隅にweekend magazine vol.6 No.27, 1956 と書かれている》

前に書いたように、こちらは、キャロルが撮った写真を使いながらグールドが語っている。書かれた内容は刺激的で、彼の自信とエクセントリックさに対する弁解が、ユーモア交じりに語られていて面白く読める。だが、この旅行の事はほぼ出て来ない。グールドの音楽に対する姿勢が、願望とともにオーバーに書かれている。

この記事は、ウィークエンド・マガジンにキャロルの記事として発表されていて、グールドが記事を書いたとは明記されていない。なぜ、グールドは、キャロルに記事を書かれるのが嫌ったのだろうか。

グールドが、休暇を取ってその休暇に記者が同行するということは、生涯このバハマ旅行しかない。グールドは、365日音楽に身を捧げているところがあり、クリスマス休暇でも音楽に没頭していた。そのため、2週間の休暇を取ったバハマ旅行のようなことは他になかった。

グールドは、北米で名を上げた後、ソ連公演とヨーロッパへの演奏旅行をして、ソ連では通訳が同行している。ヨーロッパでは、この後出てくる恋人グラディス・シェンナーが同行して記事を書いているが、バハマ旅行は、記者と過ごす初めての経験だった。

つまり、グールドは、休暇を取るのが初めて、記者の同行も初めてで、率直に素の姿をキャロルに見せていたが、その姿を世間に公表することを選択しなかった。きっとさまざまな影響を考え、怖気づいたのだろう。彼は、女性関係を徹底的に秘密にするだけでなく、ホモセクシュアルではないかという噂を否定も肯定もしなかった。しかし、それ以外の、例えば処方薬の摂取の問題やばい菌への不安などは初めから公表していた。つまり世間に対し、見せたい自分は見せ、見せたくない自分は隠すという印象操作を明らかにしていた。

他方、キャロルが書いた1995年の『グレン・グールド光のアリア』に、音楽に「[6]私は門外漢で、『フーガ』はおろか、『フォルティッシモ』の意味すらわからなかった」と書いている。彼は、クラシック音楽について深い知識を持っていなかった。

《グレン・グールド光のアリア》

では、次に『グレン・グールド光のアリア』に書かれている内容を順に見てみよう。

グールドとキャロルは、バハマの首都ナッソーの飛行場に降り立った。グールドは、この南国のリゾートに来ても、相変わらずの服装だった。丈の長い黒のオーバーコート、目深に被ったいつものベレー帽、ぐるぐると首に巻き付けたウールのマフラー、黒い手袋、オーバーコートからわずかに先を覗かせた茶色のデザートブーツという恰好だった。

ナッソーがあるニュー・プロビデンス島は、マイアミからは南方へわずか200KMほどしか離れていない。東西が30キロ、南北が10キロほどの小島である。さらにバハマのすぐ南にはキューバがある。

グールドたちは、海に面したフォート・モンタグ・ビーチホテルに泊まった。人口が10万人程度のこの島で、このホテルは一番大きなホテルだった。

グールドは、到着してから数日間、部屋のドアに「Do not Disturb.(入らないで)」という札をぶら下げ、ずっと部屋に籠りっぱなしだった。

キャロルが、旅行の前、グールドの実家に打ち合わせに行ったとき、母親のフローラが、グールドの姿が見えなくなる瞬間を捉え、こういったのを思い出した。フローラは、グールドを41歳の直前に出産していたから、この時すでに63歳だった。彼女は、女性としての魅力に乏しく、草臥れ世間の常識に囚われたおばさんにしか見えなかった。

「この旅行にご同行願えるのであれば、洗濯物をしっかり出すようにグレンに言ってくださいませんか。あの子は何度も言わないと、いつも同じ服ばかりを平気で着ているのです。ですので、あの子にきちんとした服を買うように言ってくださいませんか。それと、太陽の光を浴びるように言ってくださいませんか。体が心配なんです。」

しかし、グールドは、あいかわらず部屋から一歩も出てこなかった。キャロルは、意を決してグールドの部屋をノックした。意外にも、グールドは返事をすぐに返して、しぶしぶながらに、彼を部屋に招き入れた。戸外は太陽がギラギラ照りつけていたが、部屋は厚いカーテンがしっかり引かれ、ほぼ真っ暗だった。

「ぜんぜん出てこないから、死んでいるんじゃないかと思ったよ。」

「まさか…。仕事をしていたんですよ。オペラを3小節書きました。このオペラは、完成させるのに3年はかかるでしょう。テーマは、トーマス・マンから取ったものです。『創造的な芸術家が、作品を生み出すには、いかに反社会的にならなくてはならないか』というのがテーマです。」

グールドは、2台のベッドをくっつけ、交差するように寝そべっていた。化粧台には、薬瓶がいくつも置かれ、血圧の薬、抗ヒスタミン剤、ビタミン剤、睡眠薬があった。

グールドは、有名な作家が、音楽の知識を小説にどのように生かしたかを話し始めた。やがて、フーガの技法における全音音階や不協和音の進行に話が及びはじめ、音楽に深い知識のないキャロルは、話についていけなくなった。

グールドは、発表したゴルトベルク変奏曲の演奏だけでなく、ジャケットの裏面のライナーノーツの解説も書いていた。こうした解説を演奏者自身が書くことはこれまでになく、これも話題を呼んでいた。キャロルは、このライナーノーツを旅行前に読んでいた。しかし、それは何度読み返しても理解できない代物だった。楽譜を掲げながら音楽理論を展開するのだが、文章も長文で、言い回しが難しく理解不能だった。

キャロルは、我慢しながら3度この文章を読み返した。しかし、彼が理解できたことは、その曲を作曲者J.S.バッハの不眠症のパトロンであるカイザーリンク伯爵が入眠儀式に用いたこと、それと、その曲が「終わりも始まりもない音楽であり、真のクライマックスも、真の解決もない音楽であり、[7]ボードレールの恋人たちのように、『とどまることのない風の翼に軽々ととまっている』音楽である」というところだけだった。この比喩は、よく考えると意味深でエロチックだとキャロルは思った。

グールドは、つなげた2台のベットを横切るように寝るのをやめ、机の椅子に座りなおした。そこは、ホテルのマッチが、箱から取り出されて山のようになっていた。彼はその一本を手に取り、火をつけると、目から15センチほどのところへ持って行き、燃え尽きるまで炎をじっと見ながら言い始めた。

「逃げなくちゃだめだ、って思うんです。」

「この前のコンサートの時も、本番の数分前まで今日もできるのだろうかととても不安でした。」

「いったい、何が問題なんです?」

「病気なんですよ。」病気という言葉をグールドは、強調して言った。

「痙攣性の腹痛、下痢、喉を締め付けられるような感覚。今、3人の医者にそれぞれ診てもらっています。もちろん、どの医者も残りの2つの症状については知りません。他の医者にかかっていることは、知らせていないのです。でもこの病気のせいで、他人と一緒に食事ができない。家族とだってダメです。ああ吐くぞ、吐くぞ、といつも考えている。今度は精神科ですね。」

キャロルは、この告白に非常に驚いた。

「もちろん記事には、一言も触れちゃダメですよ。何か書かれでもしたら、私の演奏家生命は一巻の終わりになりかねませんからね。」

「演奏家活動はどんな具合ですか?」

「去年は6000ドル(2020年一人当たりGDP比で、149,689ドル=1650万円)ほど稼ぎました。それでもいつもお金に困っています。これまでの出演料は、一晩750ドル(230万円)から1,000ドル(300万円)でした。来年は、1,250ドル(同380万円)になります。でも、お金のことは書かない方がいいですね。マネージャーが嫌がりますから。」

キャロルは言った。

「だんだん考えがまとまってきたんですけどね。今回の記事は、普通、記録に残らないような内容に絞ろうかと思うんです。」

グールドは声を出して笑い、言った。

「いいんじゃないですか。どんな神経症患者を相手にしているかわかるでしょう。」

グールドは、相変わらずマッチに火をつけ、燃え尽きるまで炎をじっと見ていた。キャロルは、催眠術をかけられているような気持になり言った。

「一山に一度に火をつけたらどうですか?」

「それはとっておきの方法なんですよ、一人でいるときのね!…でも母には内緒ですよ。この癖を直させようと必死ですから。」

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翌日、キャロルは、グールドを部屋から出すことに成功する。キャロルは、男二人よりも若くて美しい女性がいれば、グールドの会話も弾むだろうと踏んで、ホテルの副支配人の婚約者である女性に来てくれるように依頼していた。婚約者は、聡明ですらりとしてスタイルがよく、髪の毛を後ろで束ね、ショートパンツを穿いた魅力的な女性だった。

グールドは、彼女とのたわいのないおしゃべりにすぐに夢中になり、上機嫌で言い始めた。

「ぼくはいつまでも演奏会活動をやるつもりはないんです。作曲と、それから出来れば指揮者に転向したいんですよ。」

「70歳になるまでには、オペラが2,3曲、交響曲が数曲あるといいですね。ああ、もちろんレコードだってどっさりできています。」

この婚約者が、マリーナでモーターボート借りられると言い、マリーナまで車で送ってくれた。この車を運転しながら、婚約者が、海水浴をしないのかと訊いた。グールドは、答えた。

「海水浴はしたいけど、海水が腕に悪影響を及ぼさないかが心配なんです。海水浴するなら、肘より上まで包み込むようなゴム手袋を嵌めなくちゃだめでしょうね。」

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グールドとキャロルは、沖へ向かって全長4メートル半のモーターボートを出した。

キャロルは、グールドが、別荘がある[8]シムコー湖でモーターボートに乗り込み、自然保護派を標榜する彼が、湖面を左右にカーブを切り波を起こしながら爆走して釣り人の邪魔をするのが趣味だ、と聞かされていた。

それで、グールドが同じ爆走をするのではないかとキャロルは気が気ではなかったが、その不安は現実のものとなる。グールドは沖に大型船が停泊しているのに気づくと、そこを目標に定め爆走を始めた。沿岸部が穏やかでも、沖へ外洋へと出ると、小舟は大きく揺れ、キャロルは、船外に放り出される恐怖にかられ叫んだ。

「このままでは海に放り出されてしまう!スピードを緩めてくれ!!」

しかし、グールドは聞こえないふりを続けた。

やがて、大型船の下まで到着し、乗客が見下ろす中、何やら熱狂的な衝動にかられた様子のグールドは立ち上がり、指揮者のポーズをとりながらオーケストラのメロディーを大声で歌いだした。

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グールドは、ピアノの練習のため深夜の2時から4時まで、ナイトクラブのグランドピアノを自由に使えるようキャロルに頼んでいた。二人がそこへ行くと、ピアノは舞台の隅に置かれていた。

キャロルが、そのピアノを照明がよくあたる舞台の中央へ移動させようと動かしたところ、突然、舞台の床の一部がバリっと音を立てて破れ、ピアノの脚の一つが舞台の下へめり込み、ピアノが斜めに傾いてしまった。

これを見たグールドは、意地の悪い笑いを浮かべたまま、このありさまとキャロルの狼狽ぶりをじっと見ていた。彼は、吹き出しそうになるのを懸命にこらえながら、真面目くさった顔でこう言った。

「あのね、ぼくはわずかに角度をつけて弾くのは好きなんだけど、これじゃちょっと角度のつきすぎだね。」

と言って、自分の冗談にけらけら笑うと、楽譜を持ってさっさと部屋に戻って行った。

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次の晩、二人は改めて同じ時刻にナイトクラブへ向かった。

ピアノを弾き始めるグールド。グールドの写真を撮るキャロル。

キャロルは、グールドの様子に驚く。キャロルは、巷間言われている、[9]オランウータンのような姿勢で、歌を歌いながらピアノを弾くとか、空いている手で指揮をするということに半信半疑だった。しかし、グールドは誰もいないこの空間で、言われている伝説のまま、大きな声でハミングしながら、歌いながらピアノを弾き、片方の手が空いているときには、想像上のオーケストラを指揮しながら恍惚となってピアノを弾いていた。

脚を切った低い椅子に座ったグールドが、猫背になって前に屈みこむと、指の方が手首より上にあり、長い髪が鍵盤に触れた。彼はピアノで、頭の中に響く音楽と一体になっていた。アコースティックな生のピアノの音は圧倒的で、キャロルは、グールドを現世とどこか神の世界とつなぐ伝道師かシャーマンのように感じた。

キャロルは、クラシック音楽のことはよく知らなかった。しかし、グールドの演奏の強烈さに圧倒され、ときおり写真を撮るのを忘れ見惚れてしまった。グールドは、普段ピアノを弾いていないときでも美男子で、フォトジェニックだった。しかし、ピアノを弾き始めると、現実の世界から別の世界へと行ってしまい、現世を飛び越え、エクスタシーの中に入り込み、別の世界へ行ってしまったようだった。

ナイトクラブを閉めて出るとき、他の宿泊客から昼間言われたことを、キャロルは、グールドに何気なしに質問した。このホテルに女性の宿泊客がいて、娘がジュリアード王立音楽院のピアノ科の学生で、娘がグールドさんの演奏を見学できないかとキャロルは言われていた。

「グレン、そのジュリアード王立音楽院の娘に練習を見せても構わないか?」

グールドはそれを聞いた瞬間、真っ青な顔をして、いきなり人が変わったようにすごい剣幕でキャロルを怒鳴り始めた。

「いったいぼくが練習しているということを、その婦人に伝える権利が、きみのどこにあるんだ!?」

「ごめんよ。わかったよ。悪気はなかったんだ。明日その人に会ってだめだって言っておくよ。」

「どうして、黙っていられなかったの?」とグールドは、キャロルをなじり、最後にぴしゃりと捨て台詞を吐いた。

「気を付けて行動するんだね。ぼくの写真が撮りたいのなら。」

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翌日、グールドの運転で、二人は赤いオープンカーで島を巡った。

グールドが運転するそのオープンカーは、ギアを入れるなり、がくんと揺れ、キャロルは前につんのめった。次の一瞬、エンジンをふかしたその車はタイヤの金切り音をあげ、猛ダッシュをはじめた。スピードの出しすぎではすまないスピードをだして、グールドはわき道を抜けてナッソーの市外へ向かった。キャロルがスピードを落とせといくら喚いても、グールドは聞く耳を持たなかった。

いなか道には、現地の人の住む粗末な小屋がいくつかずつまとまって見えた。オープンカーは、小さな丘を勢いよく登った。そして、鶏や犬や子供たちを追い散らしながら、この丘を猛烈な速さで駆け下りた。グールドはゲラゲラ笑っていた。彼には、こんな運転をしていたら、事故を起こしかねないと理解できていないようだった。キャロルは、「前に子供がいるぞ、速度をおとすんだ!」「カーブだ、左側を走って曲がるんだ!」と何度も叫んだ。

途中、グールドは何度か車を降りて、キャロルはグールドの写真を撮ったが、この時だけが心休まるときだった。

キャロルの我慢も限界に近づいていた。やがて、ホテルへ帰るという道で、キャロルが横を見ると、グールドは、両手を宙に浮かせ、指揮をしていた。

「バカヤロー、ハンドルを握れ!」とキャロルが大声をだすと、グールドはハンドルを握ったが、顔はニヤニヤと笑っていた。

「この運転のことを母には言わないでね。いつも、止めろとうるさいんだ。内緒だよ。」

この1年後、案の定グールドは、トラックに追突する事故を起こし、それまでの事故と合わせ4回の事故により、裁判所から自動車学校へ通うべしという判決が下りる。グールドは、生涯しょっちゅう交通事故を起こしていた。

グールドは、その後も危険運転を止めず、キャデラックのような一番大きなサイズの自動車を運転する。このような大型車は、事故にあっても自分が負傷する可能性が低く、無謀な運転をしても対向車が道を譲ってくれることが多いからだ。

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休暇の時間もいよいよなくなってきた。

グールドは、キャロルが映画の機材とフィルムを持って来たと知り、それで映画を撮ろうと言い出した。

シナリオは、いかに自分が性的誘惑に無縁かを描くことにしようという。

グールドが、浜辺で読書をしていると、褐色でエキゾチックな現地女性ダンサーがグールドのオーバーコートを羽織って現れる。彼女がグールドの正面にやってきて、オーバーコートを脱ぎ、ビキニ姿になって、腹と腰を交互に突き出すバンプというディスコの踊りを激しく踊って彼を挑発する。ビキニのお尻にピンクの貝殻が多数ついていて、楽し気に揺れている。

それでも、グールドは読書をやめず、ダンサーは悲しげに再びレインコートを羽織って、椰子の木立に帰っていく。そこで、グールドが読んでいた本が、《決断をためらうことの美徳》を語る[10]ツルゲーネフの随筆だとわかる。

これが、シナリオだった。キャロルは内心、ずいぶん妙なシナリオだなと思っていた。

ところが、準備が整い、さあ撮影というばかりになって半ば予想されたことだが、グールドが出演したくないと言い出した。その理由は、熱があって、頭が痛いという些細なものだった。

キャロルは、憤懣やるかたなかったが、主役が嫌だというのではどうしようもない。しかたなく、自分がグールドの役になって、映画を撮り始めることにした。彼にとって、演技は簡単だった。激しく腹と腰をゆするバンプを踊るダンサーの挑発に乗らず、浜辺で読書に集中するふりをすることは難しいことではなかった。

映画のフィルムが残り半分になったときに、グールドが「ぼくも出たい。」と言い出した。

グールドは、海辺のディレクターズチェアに向かって歩く。長いオーバーコートを着て、マフラーを首に巻き、デッキシューズを穿き、ベレー帽を横向きに被り、サングラスをずらして鼻にかけ、葉巻を手にしている。手袋を脱ぎながら、チェアに座ったグールドは、振り返る格好で話し始める。

もう一つの撮影で、グールドは、浜辺に落ちていたビールの小瓶を振り回しなはら、ビキニのダンサーに対抗するように熱狂的に踊り始める。ついには、海の中へ入って奇妙な手ぶりで自分の頭の中にあるオーケストラを指揮した。

グールドは、振り返る格好で社会的な貧困問題を声色を使って話し始める。

次のシーンでは、降り注ぐ太陽の下で海水パンツをはいたキャロルが浜辺で、《ためらうことの美徳》を語るツルゲーネフの随筆を読んでいる。

そこへグールドのオーバーコートを羽織った褐色の若いダンサーがやって来て、オーバーコートを脱いでビキニ姿になり、キャロルの周りを誘惑しながら踊り始める。バックの音楽には、カリブ海の軽快なサルサがずっと流れている。

魅力をふりまくダンサーが、キャロルの気を惹こうとするのだが、無視するキャロル。

今度は、場面が変わって、グールドが憑りつかれたように踊っている姿と、ビキニ姿のダンサーの踊りが交互に切り替わり、二人が向かい合って踊っているようにフィルムが繋がれている。

ついには、グールドは海の中に入り、奇妙な手ぶりで、オーケストラを指揮をしているのかのように踊り続ける。最後のシーンで、キャロルはとうとうツルゲーネフの随筆を顔に乗せて、浜で寝てしまう。

エンディングは、口惜し気に、ダンサーがキャロルを誘惑するのを諦め、オーバーコートを再び着て、トボトボと林の方へ帰っていく。

実際に出来上がった短編映画《ためらいの美徳》は5分ほどの長さで、たいした意味のないバカバカしいものだったが、クラシックピアニストの巨匠のイメージを拭うには十分だった。

つぎへ


[1] バッチェン:フラニー・バッチェン(Frances Batchen Barrault)注釈21と同じ。

[2] ジョック・キャロル Jock Carroll (1919 – 1995) カナダのトロントテレグラムを含むメディアで働いたライター、ジャーナリスト、写真家。キャロルはこの時、37歳だった。

[3] 雑誌に掲載:『ウィークエンド・マガジン』第6巻第27号(1956年)ジョック・キャロルのフォト・ルポルタージュ。この記事は、『ぼくはエクセントリックじゃないグレン・グールド対話集』(音楽の友社ブリューノ・モンサンジョン編粟津則雄訳)で読める。

[4] 『グレン・グールド光のアリア』(筑摩書房ジョック・キャロル宮澤淳一訳)原書は、”GLENN GOULD some portraits of the artist as a young man”Jock Carroll, 1995, Stoddart, Toronto

[5] この裁判の概要は、https://en.wikipedia.org/wiki/Gould_Estate_v_Stoddart_Publishing_Co_Ltd から引用している。また、参考資料として、巻末に張り付けている。

[6] 私は門外漢で:『グレン・グールド光のアリア』(筑摩書房ジョック・キャロル宮澤淳一訳)5P

[7] ボードレールの恋人たち:ボードレール(1821年 – 1867)は、フランスの詩人、評論家。韻文詩集。象徴主義詩の始まりとされ、「近代詩の父」と称される。唯一の韻文詩集「惡の華」は、反道徳的であるとして、多くが罰金を科され、削除を命じられた。ボードレールの恋人たちとは、娼婦を含む、彼自身の生涯にわたる多くの恋人たちの意味。

[8] シムコー湖 注37参照

[9] オランウータン:グールドのアメリカデビュー後、ブリュッセルの万国博覧会(1958年)で、指揮者ボイド・ニールとバッハのピアノ協奏曲第1番ニ短調を演奏し、『ル・ソワー』紙は米国の新聞報道を真似て、グールドの「オランウータンのようなスタイル」に不満を示した。

[10] ツルゲーネフ(1818 – 1883):ドストエフスキー、トルストイと並ぶ、19世紀ロシア文学を代表する文豪。人道主義に立って社会問題を取り上げる一方、叙情豊かにロシアの田園を描いた。


 [*]オストウオルドの伝記には、キャロルの書いたものとして、エキセントリックさに対する弁解が出てくる。つまり、オストウォルドは、この記事をキャロルの原稿ととらえていたはずだ。

国債発行による国民へのバラマキとMMTのまとめ

世間では、国債発行で国民にお金をバラまくのは、国の借金を増やし子孫の代がこの借金を返済しなければならないという誤解がひろく信じられている。しかし真実は真逆で、国債発行をして、国民にバラまくのが通貨発行であり、これが30年来足りていない日本は経済成長が出来ず、そのためにGDPに対する国債残高の比率が世界中で一番大きな国になってしまった。

しかし、諸外国の国債発行残高の絶対値は、経済成長と同じ率で増えている。日本は、「異次元の金融緩和」と言い、中央銀行に「ブタ積み」しているだけで、国債発行で国民へお金を手渡すことをしなかった。この30年経済成長をしなかった。国債残高の比率が世界と比べてもっとも高い値になったのは、成長しなかったせいだ。

これを多くの主流派の経済学者や財務省それに追随するマスコミは、日本の国債残高の比率がGDPの2.5倍を超え、破綻寸前だとか煽るのだが、経済成長していないからこのように比率が高くなっている。諸外国の国債の残高はこの30年で2倍以上増えており、同時に、経済成長も2倍以上しているので、比率は増えていない。つまり、GDPの何倍までなら許容できるかという議論自体が無意味だ。日本のように経済成長できない国の比率はあがる。経済運営は、貧困さえ国民に強いれば何倍でも許容できる。

ところが、主流派の経済学者と財務省は、相変わらず経済運営を「入るを計って出ずるを制す」とまるで二宮尊徳がいうように、家計の台所と政府の台所を混同している。これまで、書いてきたように国債による資産の国民への移転は、日本という国に対する通貨の供給である。これが足りなかったばかりに、日本は成長できず、世界から落後しようとしている。

二宮尊徳、倹約が美徳のシンボル。政府が倹約しちゃあいけません。ほどほどが旨です。

《ここからは国債発行による資産の国民の移転が、通貨の供給だと正しく世間で認識されたとき、どのようなことが大事で、どのような制約があるのか考えたい。》

まず、大前提として国債の発行をして国民の資産を増やすにも当然限度がある。前に書いたが、日本という国の供給力(生産力)の範囲でしか可能でない。この30年間で、日本は供給力をかなり失った。日本企業は生産拠点を海外に移したし、日本で売られている製品のほとんどは日本製ではない。コロナで日本のGDPは500兆円ほどである。現在の需給ギャップ(生産力と購買力の差)が20兆円と言われているのに、岸田政権の当初予算に占める経済対策の規模は、1.2兆円と言われ、少なすぎる。

もし、国債発行が国民への通貨発行であり、それが経済成長に不可欠だと認識が改まったら、日本は蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、「金よこせ」との大合唱が起こるだろう。「税金なんか取らなくてもいいじゃん」という声も出るだろう。だが、税金は格差をなくし、公平を保つために必須だ。

このため、とりあえず国債発行が通貨発行であり、適度にされることが必須だと認識が変わった時に、最初にすべき政策は、減税と社会保障費控除額の減少だろう。減税は、消費税の減税もしくは廃止が一番である。税の機能は、好景気が行き過ぎたときに徴税で景気を冷やし、不景気のときに税率を下げて景気を刺激するという働きのモノである。ところが、消費税は、好景気不景気に関係なく、消費に対する罰金であり、景気を悪化させる働きがある。また、消費税は、所得税や法人税のように景気が良いときに税率が上がり、不景気のときに税率が下がる「景気安定化装置(ビルトインスタビライザー)」とは真逆の働きをする。つまり、貧乏人に重い、金持ちに軽いという逆進性があり、不景気化、格差拡大のおおきな原因である。

また、社会保障費も30年間で、恐るべきほどに高負担になっている。こちらも、社会保障費の負担には所得の上限が決まっており、年収1000万円当たりの負担が一番大きいが、1000万円辺りをこえると、負担率が下がっていく逆進性がある。こちらも、まず税金のカバー率を上げ、国民の負担率を下げることだ。

そこから先の話と話として、科学技術に対する支援、インフラ整備、防災対策、教育支援、とくに学生ローンをやめて、給付型の奨学金、文化振興など、やるべきことは山のようにある。

ところが、政府がやろうとしているのは、特定の分野のみに裨益する政策、例えば、GOTOトラベルのような施策をやりたがる。これでは貧乏人には、一向にメリットがない。儲かるのは、大手旅行会社、プログラム開発のベンダー、大手旅館などだけだ。為政者は、いつまで、利権を眼中に置いているのかと思う。

そして、一番大事なことは、円を海外へ流出させないことだ。日本国内で生産することである。海外から何でも輸入して、良い暮らしを続けられると思っていたら大間違いである。今は、高度成長期の貯えで経常収支が良いが、エネルギー価格の高騰で貿易収支は悪化している。これに加えて生産がこれ以上落ちるとヤバイ。海外でも稼げない、国内でも生産できなないとなると死ぬしかない。やはり、海外展開している工場を日本へ呼び戻し、生産力を回復しながら新しい技術も自前で開発するしかない。そのために自由貿易とか、グローバリズムとか寝言を言っていてはダメだ。保護主義義的な政策へ転換すべきだ。いま世界は、グローバリズムの失敗のツケをどう処理しようかとせめぎ合っている最中だ。

おしまい

国債発行が国民を豊かにする

(2022/8/3, 2022/8/4 & 2022/9/15 一部、追記しました)

まず最初に、「国債発行が国民を豊にする」という説明の根拠をお伝えする。ここでは、2人のおっしゃっていることをお伝えする。私が書いているのは、お二人がおっしゃっている内容を、表現方法を少し変えて(分かりやすく)伝えているだけである。お二人に感謝申し上げる。

一人目は、どんぶり勘定事務所の神田知宜(かんだとものり)さんである。神田さんは、会計事務所を経営されている方で、こうした通貨発行の旧来の社会通念をひっくり返すような動画もさることながら、中小企業経営相談などの動画も多数アップされていてなかなか楽しい。通貨発行のプロセスについては、日本銀行と、日本銀行金融研究所がそれぞれ、信用創造(通貨発行)の手順を公表しており、そこから会計取引を簿記の仕訳で表したということである。 

二人目は、「目からウロコが落ちる奇跡の経済教室」著者中野剛志さんである。中野さんは、イングランド銀行の記述と、建部正義さんの「国債問題と内生的貨幣供給論」をもとに論述されている。中野剛志さんは、経済学者なのだが現在は経産省に勤めておられるMMTの中心人物のおひとりである。

中野剛志さんの本

お二人が言われる説明の具体的な根拠の部分は、最後に掲げた。読んでみようと思う方は是非、参照してください。

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それでは、国債の発行は通貨発行であり、国民を豊かにするということを説明する。

これを理解し、世間でも理解されるようになると社会の問題のほとんどが改善する。問題のほとんどがお金がらみだから。

日銀は、国債を発行、市中銀行に引き受けさせる際、日銀当座預金を信用創造(通貨発行)により市中銀行に供給し、それを元手にして市中銀行が国債を購入する。市中銀行にとっては、利子のつかない日銀当座預金の形で預金を持っているより、国債の形で資産を持っている方が利子がつくし、国債は元本割れのリスクもないので、市中銀行は国債を買わないという選択肢はない。必ず、国債を買う。こうしたこと、日銀が信用創造により市中銀行に資金を与えることでやっているという事実は、世間では全く知られていないと言っていいほどだ。 この国債発行と購入のプロセスを何故、日銀の人たちは世間に向かって大きな声で言わないのか。それをホームページに書いたり本で出版しているのに、なぜ言わないのだろうか。 おそらく通説と、驚天動地というか、地動説と天動説ほど違う事実を言うのは、その後の世間に与える衝撃の大きさを考えるからだろう。 しかし、この事実が、広く経済学者の間で理解されれば、経済の世界は180度変わる。すでに、欧米はそれを理解して、経済政策に取り入れている。 日銀の実務担当者よ、通貨発行、国債発行の真実を述べてくれ。

なおこの事実は、自民党の参議院議員西田昌司氏が、国会で取り上げ、日銀の担当者も、財務省の担当者も、さらには、鈴木俊一財務大臣も、国債の発行が国民に資産をもたらすということを認めている。ぜひ、皆さんもネットなどで、調べてみてください。


ここから、一連の具体的なプロセスを説明する。まず第1番目に、日銀がB銀行に、「国債」を購入するための「日銀当座預金」を通貨発行(信用創造)する。このとき、日銀は、「日銀当座預金」をB銀行にくれてやるのではなく、「貸付金」という債権の形で「資産」をもち、B銀行は「借入金」という形で「負債」をもつということに注意してください。

次に2番目に、政府が「国債」を発行して、B銀行が「国債」を日銀を経由して購入する。3番目として政府はその代金で、C企業から「スーパーコンピューター」(=「固定資産」)を購入する。「スーパーコンピューター」という例えにしたが、IR施設の建設でも何でも構わない。

なお、一連の取引を終了した後で、左右(借方と貸方)に同じ勘定科目が出てくる場合に相殺すると何が起こっているのかが一目で分かる。そのため、最初の段階から最後に消える勘定科目は、前もって抹線した。しかし、取引の時点では、勘定科目は生きている。最後に消し込んだという前提で見てもらいたい。

1-1 B銀行が、日銀の通貨発行(信用創造)により、日銀当座預金を手にする。

この部分が、日銀がB銀行に対し「日銀当座預金」を信用創造(通貨発行)する部分である。日銀は、日銀の中にあるB銀行の日銀当座預金口座に、1000億円振込むと同時に、「貸付金」という債権をもつ。B銀行は、1000億円の「日銀当座預金」という資産を手に入れると同時に「借入金」という債務を背負う。

B銀行(対日銀) (日銀当座預金)1,000億円 (借入金)1,000億円

日銀(対B銀行)  (貸付金)1,000億円   (日銀当座預金)1,000億円

これです!右端の部分です。日銀が、市中銀行に国債を買うお金を渡しています!それが国債と交換されています!

1-2 B銀行が国債を購入。代金を政府へ直接払えないので、日銀へ支払い。

B銀行(政府) (国債)1,000億円

B銀行(日銀)             (日銀当座預金)1,000億円

B銀行は、日銀当座預金を使って国債を購入した。日銀当座預金1000億円を手放し、国債1000億円という債権を手にした。(上の説明。以下同じ。)

日銀(B銀行) (日銀当座預金)1,000億円

日銀(政府)               (政府預金)1,000億円

日銀は、B銀行にある負債の日銀当座預金を消し、政府預金の口座に入金した。日銀は、B銀行から振り込まれた1000億円を政府の口座に振り替えた。

政府(日銀)  (政府預金)1,000億円

政府(B銀行)             (国債)1,000億円

政府は、B銀行に対し国債1000億円という負債を負い、政府預金1000億円という財源を手に入れた。

1-3 政府がスパコンを日本のC企業発注。支払いを日銀、B銀行を経由し、C企業へ支払い。

政府(C企業)(スパコン=固定資産)1,000億円

政府(日銀)              (政府預金)1,000億円

政府は、日銀の口座にある政府預金を払い出し、スーパーコンピューターを手に入れる。

日銀(B銀行)             (日銀当座預金)1,000億円

日銀(政府)  (政府預金)1,000億円

日銀は、政府から預金を受け取ったので、政府預金を増やすとともにB銀行の日銀当座預金を増やす。

B銀行(政府) (日銀当座預金)1,000億円

B銀行(C企業)  信用創造 →→→→→→(普通預金)1,000億円

B銀行は、日銀から日銀当座預金を受け取ったので、C企業の普通預金を増やす。つまり、政府が支払ったスパコンの代金1000億円を日銀経由で支払い、B銀行がC企業の口座に1000億円を記帳した。これも、世の中に存在していなかったお金が生み出されたという意味で、信用創造(通貨発行)であることに注意してください。

C企業(B銀行)(普通預金)1,000億円

C企業(固定資産)         →→→(スパコン=固定資産)1,000億円

C企業は有形固定資産であるスーパーコンピューターを国に渡し、対価を受け取った。

1-4 B銀行が、手にした日銀当座預金を元手に、借入金を日銀に返済する。

B銀行(日銀)(借入金)1,000億円    (日銀当座預金)1,000億円

日銀(B銀行)(日銀当座預金)1,000億円 (貸付金)1,000億円

2.これらの取引を相殺消去する。

政府(B銀行)              (国債)1,000億円

政府(C企業)(スパコン=固定資産)1,000億円

B銀行(政府) (国債)1,000億円

B銀行(C企業)             (普通預金)1,000億円

C企業(B銀行)(普通預金)1,000億円


(結論) 

政府は国債を1,000億円発行し、スーパーコンピューターを手に入れた。B銀行は、国債1,000億円の債権を手にし、他方、C企業に対し普通預金1,000億円という負債を手にした。C企業は作ったスーパーコンピューターを政府に売り(その分の固定資産が減少し)、普通預金1,000億円を手にする。政府には、単に、国債を1,000億円発行したという履歴が残るだけだ。

前にも書いたが、この国債の残高は償還する必要はない。時期が来れば、借換債を発行して、償還を繰り延べるだけだ。誰も困らない。国民は豊かになった。この時、日本全体で見ると、国債発行で1,000億円の資産が形成されている。つまり、国債発行は国民に対する通貨発行そのものである。

注意しなければならないのは、国債の発行による通貨発行は、その国の供給力の範囲でしかできない。供給力を超えてやると、インフレになってしまう。(逆に言うと、これまで日本は国債発行が足りなかったから、成長できなかった。国債をもっと発行してい入れば、少なくとも欧米並みに成長していただろう。そうすれば、国債残高のGDP比率が世界最高とはならなかっただろう。)

日本の供給力は、年々怪しくなっている。日本で売られている商品の殆どが、中国製や、その他の途上国で作られてものを輸入して販売している。この状態が今よりひどくなれば、国債を発行するとインフレになるので、この手は使えない。つまり、チャンスは日本に国力のある今しかない。

おしまい

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以下、お二人の根拠となる事項。

最初はどんぶり勘定事務所の神田知宜さんが、根拠として示していただいたものだ。 日銀は、ホームペーの《決済・市場》《日銀当座預金取引・当座貸越取引》《日中当座貸越基本要領》の3.の2同時担保受払の「(2)取引先が、日銀ネットを利用して新規に発行される国債(以下「新規発行国債」という。)を取得する場合において、当該取引先が希望するときは、当該取引先に、新規発行国債の取得と同時に3.に定める根担保として差入れさせる。この場合において、新規発行国債の取得にかかる資金の払込みのために必要なときは、日中当座貸越を行うものとする。」と書いている。また、日本銀行金融研究所が「日本銀行の機能と業務(日本銀行金融研究所編、有斐閣、2011年刊)」の第4章第4節「決済と日本銀行の役割」で、「国債の買い手である金融機関が,売り手から受け取る国債を担保に日本銀行から日中当座貸越を受け,同時にその資金を当該国債の買入代金の支払いにあてることができる仕組みで,流動性の節約に有効であることから広く用いられている。」と書いている。

二人目は、「目からウロコが落ちる奇跡の経済教室」著者中野剛志さんである。中野さんは、イングランド銀行の記述をもとに次のように論述されている。こちらは、とても読みやすい。

   ① 銀行 が 国債( 新規 発行 国債) を 購入 する と、 銀行 保有 の 日銀当座預金 は、 政府 が 開設 する 日銀当座預金 勘定 に 振り替え られる    ② 政府 は、 例えば 公共事業 の 発注 にあたり、 請負 企業 に 政府 小切手 によって その 代金 を 支払う    ③ 企業 は、 政府 小切手 を 自己 の 取引 銀行 に 持ち込み、 代金 の 取立 を 依頼 する    ④ 取立 を 依頼 さ れ た 銀行 は、 それ に 相当 する 金額 を 企業 の 口座 に 記帳 する( ここ で 新た な 民間 預金 が 生まれる) と 同時に、 代金 の 取立 を 日本銀行 に 依頼 する    ⑤ この 結果、 政府 保有 の 日銀当座預金( これ は 国債 の 銀行 への 売却 によって 入手 さ れ た もの で ある) が、 銀行 が 開設 する 日銀当座預金 勘定 に 振り替え られる    ⑥ 銀行 は 戻っ て き た 日銀当座預金 で 再び 新規 発行 国債 を 購入 する こと が できる。

  この プロセス から、 次 の 二つ の こと が 分かり ます。   第一 に、 銀行 は、 日銀 に 設け られ た 日銀当座預金 を通じて、 国債 を 購入 し て い ます。 集め た 民間 預金 を 元手 に し て 購入 し て いる わけ では ない の です。 です から、 銀行 の 国債 購入 は、 民間 預金 の 制約 を いっさい 受け ませ ん。   では、 この 銀行 の「 日銀当座預金」 は、 どこ から 来 た の でしょ う か。 それ は、 もと はと 言え ば、 日銀 が 供給 し た もの なの です。   さて、 そう だ と する と、 銀行 による 国債 購入 という のは、 日銀 が 政府 から 直接 国債を購入し て 当座預金 を 供給 する こと( 日銀 による 政府 への 信用創造)、 いわゆる「 財政 ファイナンス」 と ほぼ 同じ という こと になり ます。 もっとも、 財政 ファイナンス は、 法律( 財政法 第 五条) により 原則 禁止 とさ れ て い ます。 しかし、 銀行 による 国債 購入 も、 結局 の ところ、 日銀 が 供給 し た 当座預金 を通じて 行わ れ て いる の です から、 財政 ファイナンス も 同然 でしょ う。 「財政 ファイナンス は、 ハイパーインフレ に なる から、 絶対 に やっ ては なら ない!」 と よく 言わ れ ます。 しかし、 銀行 の 国債 購入 という 事実 上 の「 財政 ファイナンス」 は、 普通 に 行わ れ て いる の です。 でも、 ハイパーインフレ なんて 起き て い ませ ん ね。   いずれ に し ても、 政府 の 財政赤字 は、 民間 貯蓄( 預金) が ファイナンス し て いる のでは ない の です。   第二 に、 政府 が 国債 を 発行 し て、 財政 支出 を 行っ た 結果、 その 支出 額 と 同額 の「 民間 預金」 が 新た に 生まれ て い ます。 つまり、 政府 の 赤字財政 支出 は、 民間 貯蓄( 預金) を 減らす のでは なく、 逆 に 増やす の です。

中野剛志. 目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】 (ワニの本) (Kindle の位置No.1028-1038). KKベストセラーズ. Kindle 版.

MMTを批判する人たちが見ようとしない点 その2 反論編 《貨幣理論と通貨発行益の違い》

(2022/7/30 長かったのでこのトピックを分割しました)

《自称経済評論家》の主のコメント

ここから《自称経済評論家》のコメントを述べてみたい。最初は、現在の主流派経済学である新古典派の教科書に載っている、信用創造と通貨発行益を見ていく。

まず、新古典派経済学者たちが間違ったのは、金本位制度から管理通貨制度へ、固定相場から変動相場へ移行したにもかかわらず、貨幣観を改めなかったことにある。

新古典派経済学で説明される信用創造(Money Creation=通貨発行)は、下のように説明される。つまり、銀行が、顧客から預かった預金を連鎖的に貸し出しを繰り返すことで、お金(預金通貨量)が増えていくしくみをいう。 これを管理通貨制度になっても変えなかった。

《まずは、新古典派の貨幣理論、乗数理論と通貨発行益とは》

1.《乗数効果による通貨発行》

以下が、新古典派の乗数理論による信用創造である。出典は、https://www.findai.com/yogow/w00321.html 「金融大学」から引用させてもらった。

(https://www.findai.com/yogow/w00321.html 「金融大学」から引用)

新古典派経済学の信用創造(通貨発行)は、預金者の預金に見合う法定準備金を日銀当座預金に市中銀行が預け、残りの額を連鎖的にいろんな市中銀行が貸出すことで、100円の預金が、1,000円の貸し出しを生むという。これを信用乗数という。この例は、法定準備率が10%の場合なので、現在の準備率は2%で考えると、もっと莫大な貸し出しを理論的には生める状態にある。

参考に付け加えると、今の日本の準備通貨制度は、黒田総裁の異次元の金融緩和により、以前に100兆円程度だった準備預金=日銀当座預金が、500兆円ほどに膨れ上がっており、準備預金制度は有名無実化している

2.《通貨発行益》

もう一つ、通貨発行益(シニョリッジ)という考え方を紹介する。新古典派経済学では、造幣局が発行するコイン(硬貨)と、日銀が保有する国債や貸付金が生む利子のみを、通貨発行益というのが一般的だ。下が、https://gentosha-go.com/articles/-/6487 佐々木 浩二さんの記事から引用したものだ。

https://gentosha-go.com/articles/-/6487 佐々木 浩二さんの記事から引用

この説明によると、日銀のバランスシートの「負債に計上される銀行券と日銀当座預金はほぼ無利子であり,資産に計上される日本国債や貸出金は有利子です。通貨を発行する日本銀行の利益は,無利子の負債の見合いに有利子の資産を持つことから生じます。」と書かれている。

 また、通貨発行益については、造幣局が発行するコインは、政府や日銀の「負債」ではなく、鋳造費用を差し引いた金額が「利益」になる。同様に、日銀が保有する国債は利子を生むので、利子が「発行益」だと説明する

《MMTが考える信用創造と通貨発行益について》

一番端的に違う点は、国債は一般的に「負債」と表現されるが、政府は、民間と機能が根本的に異なっており、「負債」ではなく「資本」的性質と考えられる。つまり、返済の義務がないのである。

実際問題として、償還期限がきた国債は、借換債を発行することで繰り延べている。いつまで経っても償還していないのである。これはどこの国も同様である。経済の主体は、《国》と《民間(企業と国民)》と《海外》といわれるが、とにかく《国》の果たす役目は特殊で、《民間(企業や国民)》とは全く違う。

政府が発行する国債は、「負債」に位置づけられる。しかし、「負債」を消すために、一つの方法として、国民からの徴税額を増やして償還する方法がある。ただし、そうして「負債」を減らすと、消費税を増税した場合のように、市中で流通する通貨量が減り、不況を招く。

国の借金、国債残高という「負債」を、国の通貨発行で返済すれば良いというような発言を聞くことがあるが、これはあり得ない。簿記の考え方では、貸方にある「負債」を通貨発行という「負債」で消すことは出来ない。負債を消すためには、資産を手にしないと負債を消去できない。

金本位制であれば、通貨はそれに見合う金との交換を保証しているので、金の保有量以上に通貨を発行できない。ところが、世の中の技術進歩で経済が成長し、自動車、ロケット、人工衛星など過去になかった財が登場し、従来の貨幣価値では足りなくなった。もし通貨を発行できないのであれば、その財の対価を払えない。そこで金本位制を離脱した。

為替レートも固定相場から、経済の実力に合った市場で決定される変動相場制へ移行した。

この二つの作用で、各国は自由に経済政策をとることができ、しかも、それらの政策が市場で評価され、《見えざる手》が働くという需給理論はここに限っては正しい。国が放漫経営をすると通貨安を招き、輸入物価が上がり国民は苦しむ。ただ長い目で見ると、経済的に弱い国の通貨は、為替レートも弱くなるが、それが貿易面での交易条件を有利にし、時間が経つと経済が成長するベクトルが働く。

ところが、新古典派派経学の貨幣論は相変わらず通貨自体に値打ちがあるという。

新古典派経済学の信用乗数論の貨幣観は、準備預金を一定確保していれば、預金者全員が銀行へ引き下ろしにいかないという経験則を説明のよりどころにしている。

しかしMMTは、中央銀行も市中銀行もどちらもが、貸し手側は、「貸付金」という資産と「預金」という負債を負い、借り手側は、「預金」という資産と「借入金」とういう負債が生じることで、信用創造(通貨発行)しているという。つまり、無から有を生む》のがMMTの通貨発行の考え方だ。MMTの信用創造では、会計学的には違うが、全額が通貨発行益と言えるかもしれない。

具体的な例を挙げる。マイホームのためにAさんが銀行ローン3000万円を借りるときのことを例に挙げて説明する。銀行がAさんにローンを実行するとき、銀行は「貸付金3,000万円」という資産を持つと同時に、「預金3,000万円」という負債が生じる。この「預金3,000万円」という負債は、Aさんに対してではなく、銀行が社会に対して3,000万円の負債を抱えたという意味だ。Aさんが、もしローンを返済しなければ、今度は銀行は3,000万円の負債を処理する必要があるからだ。

この時、銀行など貸付業務を行う主体にとって、「預金3,000万円」は負債になるので要注意である。一方、Aさんは、「預金3,000万円」という資産を手元に得て、同時に「借入金3,000万円」という負債を負う。つまり、Aさんは預金を手にしたかわりに、返済義務を負ったわけだ。 これがMMTの信用創造(通貨発行)である。これは、キーボードマネーとか万年筆マネーと言われるもので、誰か他人の預金を又貸ししているのではなく、キーボードを叩くだけで与信が行われる。すなわち、通貨が発行される。

日銀が行う信用創造(通貨発行)もまったく同様である。「預金」が「日銀当座預金」に代わるだけだ。 つまり、新古典派が考えるように、預金者の預金が連鎖的にぐるぐる回って貸付金が増えたりしない。

結局のところ、通貨自体は、バーチャルで抽象的な約束であり、実態は金銭の貸借関係、債権債務ががあるだけだ。市中銀行と国民の間の貸借は、倒産や破産の場合に返済されないリスクがあり、返済されないときは、市中銀行は「引当金」を償却したり、「損金」を計上して対応しなければならない。

しかし、日銀と市中銀行の関係は、日銀に倒産のリスクがない。そこが決定的に違う。日銀(と政府)が、極端な放漫経営(5000兆円の国債発行して需要を喚起するとか)をせず、程よく通貨を供給し、バランスよく財政支出し、バランスよく徴税と分配政策をとれば、日本国民は幸せな生活を送れる。

「悪貨は良貨を駆逐する」(19世紀にイギリスの貿易・為替・金融業者であるトーマス・グレシャムが提唱した、『グレシャムの法則』)という表現は、通貨自体に値打ちがあると考える分かりやすい商品貨幣論である。新古典派経済学はこのような貨幣観を持ち続けている。

ぼくたちは、昔教科書で、幕府は通貨が足りなくなった時に、改鋳で希少金属の含有量を減らしたと習ったが、あれも嘘だ。改鋳することで、たしかに通貨の供給量が増え、価値が下がり物価が上がったのかもしれないが、金本位制のように通貨自体に値打ちがあるから、希少金属の含有量を減らすインチキをしたと道徳的に非難されるべきとのニュアンスがある

つまり、希少金属の含有量は問題ではない。通貨自体に求められる条件は、擦り減らなくて偽造されないものであれば、貝殻であろうと何でもよい。幕府は、幕府が定めた《何とか通宝》《何両》を年貢として収めろ、納めないと《死罪》だと言えば、、農民も商人も《何両》かを手に入れて幕府へ払おうとする。それが、通貨に対する信認が生じる原因である。現在でも同じで、日本政府は日本円で納税することを求めており、それが《円》が信任される理由である。

ここまでは、通貨発行について述べてきたが、対をなす大きな問題が一つある。つまり、それは供給力の問題と円の海外への流出の問題である。その3へつづく。

おしまい

MMTを批判する人たちが見ようとしない点 その3 反論編 《供給力と日本円海外流出》

(2022/7/30 長かったので、反論の部分を2つに分けました。)

《供給力と日本円海外流出の問題》

田内学さん著 情報工学専攻だが、経済学専攻よりよほど核心をついている

不況が続く日本ではほとんど生産できていないように見える。例えば、100円均一ショップに行けば、ほとんどが中国製などで日本製はほぼない。衣料品もそうだ。スーパーでもユニクロ、GUでも、ゾゾタウンでも、売っているのは日本の会社でも、生産国は中国やバングラデシュ、ベトナム製などで日本製ではない。

もちろん一部で、自動車や工作機械などに国際競争力があって、日本国内で生産しているものがある。しかし、生産拠点が海外にあり、財務諸表上だけ連結決算により、日本企業の利益として計上されている場合には、そうした企業の利益の多くは、生産国の中国などで再投資され、地理的な日本にメリットがほぼないという状況もある。

MMTは、「変動通貨制で、自国通貨建てで国債を発行する場合、供給力を超えなければインフレにならず、なんの問題もない。むしろ、2%のインフレを起こすほどに国債発行して、財政支出をするとほどよく経済成長する。」と言っている。

つまり、日本が供給力や生産力を失ってしまうと、かりに消費税をなくして国民の所得を上げたり、給付金を配って需要を喚起しようとしても、買うものがなければインフレになる。もし、大阪万博の会場を日本のゼネコンが作れなくて、中国企業が建設を請け負えば、国債を発行して資金を調達しても、海外流出してしまうので日本国民には裨益しない。つまり、最初に戻るのだが、日本で売られている多くの財(=商品)は、中国製などの外国製であれば、円が流出する。

最近では、投資信託やREITなどの投資資金も、日本国内のファンドより、過去の利回り実績が海外のファンドの方が大きいので、かなり海外へ流出している。持ち主は日本人とはいえ、そのお金は海外で運用されることになり、少なくとも機会損失は生じている。

こうしたことで、MMTの理論は正しいのだが、供給力に制約があると、その範囲内でしか通貨供給を増やした財政支出はできない制限がある。今のように海外製品をどんどん輸入している状況は、日本の生産力をアップしないし、昔は日本で生産したものを生産しなくなっているので、行きづまる状況が来ようとしている。

つまり、どの国も成長している間は、どんどん通貨供給量を増やしても問題ない。むしろ、ある程度通貨供給量を増やし、マイルドなインフレになっている方が、所得(=需要)も生産(=供給)も伸び、国民は豊かになれる。これをうまくやったのが、何といっても中国であり、年率二桁の成長を続けてきた。そこそこ成長してきたのが、欧米などである。日本は、財政赤字を恐れ、国債発行して通貨供給量を増やさず、ほぼゼロ成長である。

あと1点、《有効需要》と《潜在需要》を混同している人がいる。「良いものを作れば売れる」、「すごく良いものを作れば高くても売れる」とかいう人がいる。しかし、財布にお金の入っていない人が「欲しい」と思うのは需要ではない。《潜在需要》でしか過ぎないので、どんだけよいもので買いたくても売れない。

例えば、日本人の6人に一人が貧困で、生理になってもナプキンを買えない女性が6人に一人いるとする。ナプキンは必需品である。しかし、貧困な女性は買いたいという気持ちを持っていても、財布にお金がなければ、《潜在需要》にしか過ぎない。つまり、この6人に一人の女性の貧困が解消されたときに初めて、必需品のナプキンが《有効需要》になり、購入される。つまり、現状のナプキンの販売は6分の1、需要が減っている状態で、貧困が解消されれば、その分販売が増える性質のものだ。このとき、ナプキンの製造会社に生産余力があれば、単純に販売額が増えるのだが、生産が限界であれば、ナプキンの販売価格は上昇する。

この点も、新古典派は供給重視なので、よいものを安く提供すれば需要を喚起するというような言い方をするが、所詮ない袖は振れないのである。そこを日本人は勘違いして、国民全員が良くて安いものを作ろうと強迫観念にかられ必死であるが、この作戦は間違っている。

《コロナと戦争による最近の高率の欧米のインフレ》

最近の欧米の高いインフレ率が良く報道される。アメリカでは10%近いインフレ率で、ヨーロッパも同じようなものだ。これに対して、日本では2%程度である。

このインフレの原因は、コロナに対する財政支出とウクライナ戦争によるエネルギー価格の上昇が主な原因である。だが、欧米と日本では財政支出の規模がまったく違う。

アメリカでは、コロナが始まってから400兆円とも言われる財政支出をしたとも言われ、失業した労働者に月4,000ドル(その時点のレートで44万円)を支給したという。このため、職に就いている者が職をやめて給付金を貰ったという。その結果、労働者不足が顕著になり、レストランで働く大学生の時給がチップを入れると50ドル(6,500円)、ウォルマートの大卒初任給が年収で20万ドル(2,600万円)、アマゾンの基本給の年収上限が35万ドル(4,000万円)に達したという。

ところが、日本の場合は、こうした政府の国民に対する真水と言われる一般会計からの財政支出は、安倍政権の時にまずまずやったものの、菅総理、岸田総理と代わるにつれ、ほとんど出していない。そのため、日本の場合は、エネルギーや穀物価格、円安の影響による2%ほどのインフレになっている。

そして、欧米や中国はコロナ前の水準の経済成長に戻っているのだが、日本だけがコロナ前の水準に戻っていない。ところが、日本のマスコミはこうした海外の賃金の上昇は一切報道せず、物価の上昇すなわち、インフレ率だけを取り上げ「海外は10%、日本は2%でよくやっている」報道し、賃金上昇については触れない。その結果、国民は「海外より日本はマシ。」と思っている。

ここで、思うのは欧米などは、コロナや戦争という緊急事態が生じたため財政規律を棚上げにして財政支出をしたということだ。つまり、MMTの政策理論を採用して、実施したその結果、高率のインフレ率をひき起こしたが、今のところ多くの国民の賃金は上昇した。「経済は失速せずにソフトランディングできるか、ハードランディングになるかという事態になっている」というような報道になっているが、これは違う。イエレンさんはそんな見方ではない。

つまり、サンダースやオカシオコルテスが主導するMMTによる社会実験は、やりすぎたかもしれないが、効果は確認された。ドルの信用もユーロ、ポンドの信用も失われていない。今後、やり方を上手に工夫し、勉強する余地は大いにある。

オカシオコルテス

ビビり虫の日本、あるいは、東大法学部出身者が実権を握る経済オンチで石頭の財務省に逆らえない国民は、何もせず沈没を続けている。

おしまい

MMTを批判する人たちが見ようとしない点 その1 批判派人物紹介

(2022/7/30に3つに分けるため一部修正しました)

ここにあげた人たち成田悠輔さん、ひろゆきさん、高橋洋一さんと中田敦彦さんは、YOUTUBEや、マスコミでの影響力の大きい人たちであり、YOUTUBEの画面を切り抜かさせてもらった。やり方としては、よろしくないかなと思うし、議論をすべて聞いてから判断して欲しいというのもあるだろうから、恐縮だが、議論を簡便にする方法としてお許しいただきたい。

補足したいのだが、ここにあげた4人の方々は、貨幣観をどう捉えるかという点を別にすれば、全員、高く評価させてもらっている。成田さんの政治に対する処方箋は基本的に、「年寄り退場しろ」というもので同感だし、ひろゆき氏は何のトピックでも是々非々で言いたいことを言いながら、どのトピックも的を得ている、高橋洋一氏は、アベノミクスが登場した時に主は、新古典派経済学の一派であるリフレ派の経済理論を勉強していて、高橋氏の本を何冊か読ませてもらった。政府と日銀の《統合政府》の概念を持ち込んだのは氏の功績だと思う。またオリラジ中田氏もいろいろなトピックをよく勉強されていて、よく消化されていて、いつも楽しく見させていただいている。

それだけに、ここに上げさていただいた4名の方はどなたも人気で、それだけに世論に与える影響が大きい。ただし、4名の方と違って、MMTの理論は間違っていないと主は考えている。そのため、3回に分けて、1回目は批判する人で有名人の言説紹介、2回目は新古典派とMMT派の貨幣観と通貨発行益の違い、3回目は供給力と円の海外流出の問題について書きたい。

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まずは、成田悠輔氏。この人は、東大経済学部、東大院経済研究科、MITでPh.D取得、現イェール大学アシスタント・プロフェッサー(助教)で、印象深いメガネとともに、落ち着いた語り口、気の利いた内容の喋りで人気が急激に沸騰した。

しかし、MMTを真っ向から否定する。「MMT論者はバカ」と言い切る。ただ、MMTの貨幣理論のどこが間違っているかという指摘はなく、普通に新古典派経済学を学び、普通に信用乗数で説明する貨幣論をお持ちなのだろうと思う。

心の底からの軽蔑を【成田悠輔】(2022/02/25)

次の動画のキャプションは、成田氏が「この20年以上にわたって、日本が経済成長できないのは何故か」と問われたときに「わからん」と答えたところである。経済学者と言われる人が、日本が経済成長できないことに対して、「わからん」というのはあまりに無責任に過ぎると思う。だが、世間の受け止め方は何故か「正直でよい」と高評価だ。

【成田悠輔】なぜ日本だけ経済成長できないの?・・・わからん(2022/03/01)

次はひろゆき氏。彼はMMT論者を《自称経済評論家》と言い、「日銀がお金をじゃんじゃん刷って国民に配れば、みんなが幸せになる」とMMT信奉者は言うと言う。しかし、MMT論者が言っているのは、日本は欧米に比べると、財政支出の額が少なく経済成長していない、国債の残高は気にすることはない、日本がいい例じゃないか、というのが趣旨で、あまりに雑駁な括り方である。

【ひろゆき】自称経済学者を全員まとめて論破します。MMT論者ってなぜか●●を出さないんですよね(2022/02/14)

次は高橋洋一氏である。キャプションのとおり、「MMT論者が日銀が5,000兆円配っても大丈夫というのを聞いたことがある。」という。そりゃあ、今の日本のGDPが550兆円しかないところに、5,000兆円配ったらハイパーインフレになるだろう。誰が言ったか知らないが、5,000兆円出してもOKと言った人が間違っている。こんなことを根拠にMMTが間違っているというのは、氏こそが間違っている。 

消費増税とコロナの落ち込みが原因で生じた日本のデフレギャップは、政府の発表で20兆円と言われるが、本当はもっと大きいとも言われる。 原油価格高騰などによるコストプッシュインフレなどを加味すると、50兆円以上財政支出しても、欧米並みのインフレ率にならないのではないか。5,000兆円とは常識外れであり、考えられないほど大きすぎる。

第17回 国債は無限に出せる?新経済理論MMTは実は○○○だった(2020/10/24)

次はに中田敦彦氏。中田氏も様々なことをよく勉強されている。だが、彼がMMTを批判するために用いた材料は、太平洋戦争前に高橋是清が国債を乱発し戦争遂行し、戦後ハイパーインフレが起こったとことを説明材料にしている。

しかし、日本の戦後のハイパーインフレは、ジンバブエやブラジルなどのハイパーインフレよりはるかに率が低いこと、また、敗戦で焼土になった日本の供給力はほとんど失われていたので、ハイパーインフレが起こっても当然の状態だった。 現在の日本は、当然ながら、敗戦後の日本ほどひどい状態ではない。ただ、需要不足でデフレが30年続いて、その原因は何なのかというのが問題点である。敗戦後の特殊な状況を説明の材料に使うこと自体が間違っている。

コメ欄荒らしたMMT(現代通貨理論)肯定派に、中田敦彦が猛反論!(2022/01/25)

その1 おしまい

漫画のタダ読みと AVのタダ見と ブロックチェーン

漫画にしろ、AVにしろ、デジタルなものはいくらコピーしても劣化しないし、オリジナルと区別がつかないというメリットとともに、誰の所有物かわからないという大きなデメリットがある。

これは、誰か1名が有料会員になって、コンテンツをダウンロードすると、それを別のサイトへアップすれば、広告収入を財源に新しいサイトを立ち上げるビジネスが出来たり、発信者が特定できなかったり、たとえ見つかって罰金が科されても罰金の額が少額なら、新たに会費を取って別のサイトを運営することすら得策になる可能になる。

このコピーかオリジナルか区別できないという問題は、ブロックチェーンという技術が解決するということを最後に述べる。

まず、漫画タダ読みの実情

最近、漫画のタダ見サイトが摘発されたというニュースが流れた。要約すると、海賊版サイト「漫画BANK」が、日本のマンガを無料で見れるようにしていて、講談社、集英社、小学館の被害額は2000億円以上になる。今回、中国の発信者を特定、サイトは閉鎖され、罰金60万円が課され、日本の関係者は「画期的なこと」「今後、賠償請求する。」というものだ。

https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ6G/blog/bl/pkEldmVQ6R/bp/pqdob79X0P/

NHKのクローズアップ現代から

この著作権侵害事件は、以前にもあった。こちらは「漫画村」という日本人がサイトを運営していた事件で、懲役3年、罰金1千万円、追徴金約6200万円の判決を地裁が言い渡している。

https://www.asahi.com/articles/ASP5054N2P5ZTIPE00H.html

朝日新聞デジタルから

この二つの事件を取り上げたが、いまだにマンガの海賊版サイトはあり、それを紹介するサイトがいくらでもネット上にある。

次に、AVタダ見の実

こちらもとんでもないことが起こっている。日本のAVは、昔レンタルビデオ屋でテープやDVDを借りということが中心だったが、今はネットで会費を払ってみるという方法も一般化している。このとき、日本のAVは法律により性器が映っていてはダメなので、ぼかし(モザイク)が入っている。しかし、これも運営会社が海外にある場合は、ぼかしのないものが配信されている。このぼかしのないものを、日本で売るのは違法なのだが、個人で見る分には違法でない。

現在起こっていることは、マンガと同じ構図で、これらの有料のコンテンツが無料で見れる状態になっている。それも日本だけでなく、世界中で見れるようになっており、儲けているのは海外の海賊サイトである。

前述したように、日本にはぼかしのあるもの、海外の有料サイトが配信するぼかしのないものの両方のサイトが、10社以上は確実にあるのだが、それらが配信するコンテンツが、またたく間に、ほぼ同日のうちに海賊版サイトに流出してアップされている。

バブルの頃は女性が1本AVビデオに出演すれば、100万円ほどにもなったというが、今はすっかりデフレ化し、それよりはるかに安い金額の出演料で、パパ活でAV出演する場合は、もっと安かったりする(数万円)ようである。

そうして安い出演料で撮られたAVが、世界中でタダで見られるということを出演者が知っていれば、生きるのが優先するから、仕方ないかなと思う。しかし、大半がそのような実情を知らないのではないか。いや、今ではスマホで手軽に中高生あたりであれば何でも見ているだろうから、子供たちの方が実情をよく知っているのかもしれない。

大人たち、とくにスマホもろくに使いこなせない大人たちは、AVをダシにして日本人全員がカモにされていることを知るべきだ。インバウンドで多くの外国人が来るようになったが、こうした安い日本の風俗が背景にあり、リスペクトされる国ではなくなったことを知るべきだろう。むかし、高度成長の時代には、日本のサラリーマンが大挙して、東南アジアへ買春に出かけていた。この立場が、長引く低成長で逆転している。

マンガと違って、AVの場合は、日本の警察は著作権侵害の取り締まりに力を入れていないように見える。マンガの供給元は、基本的に大手の出版社であり、告訴する力がある。

ところが、AVの海外の違法サイトはすでに星の数ほどある。中国人やら欧米人が、サイトを運営しており儲けはそっちに行っている。 これらの被害を訴えるには、被害者が、被害を与えた者を特定して訴える必要がある「親告罪」になっていることがあり、これが対策のハードルを上げている。また、AV自体が日陰者の存在の面があり、なかなか撮影者も訴えるということをしないので、これらの現象は、表立って言われることは少ない。

前に、ストーカー小説を読んで驚いたことがあった。驚いたのは、内容よりも、どうやら警察やら司法関係者が、どうもペーパーベースで仕事をしているのではないかとという疑念だった。というのは、この小説では被害者がどこへ行っても最初からプライベートで言いたくない説明を始めからしないとならないのだった。要するに、これらの機関は、手書きが中心だった。今は多少改善しているのかもしれないが、そもそも、日本のデジタルに対する力が貧弱で、この方面の警察の捜査能力も国際水準といえないだろう。情報流出を恐れるあまり、県をまたいで、アナログな情報共有しかしていないような気がする。(これは余分でした。)

ブロックチェーンの話

ブロックチェーンという言葉は、ビットコインなどの仮想通貨の世界で語られることが多いが、インターネットの世界で暗号化され、所有権がしっかりしているため、改ざんされたりせず履歴がしっかり残るという特徴があるらしい。

「らしい」という表現で、弱気で恐縮だが、詳しく語るほど知らない。ただ、今はやりは、WEB3とかである。WEB1.0がインターネットの黎明期であり、WEB2.0が、アメリカの巨大企業であるGAFAMが、個人データ集めまくって儲けた時代という意味で、WEB3になると、データがGAFAMに集中することなく、我々個人ベースでも容易にプロジェクト遂行できる時代が来る「らしい」。

結局、ブロックチェーン技術によれば、誰が作ったAVファイルなのか所有権が明確になる。マンガも、どこの出版社に著作権があるのか、明確になる。そうなると、違法海賊版サイトの運営は難しくなるだろう。

おなじようにSNSなどで、誹謗中傷しても誰の責任なのかすぐにわかる時代がくるかも知れない。

最後は知らないことだらけになってしまった。ひらにお詫び申し上げる。m(__)m

おしまい

「テレビは核兵器に勝る武器、テレビは国民を洗脳する装置」

こちらは、よく見ているお二人。厚労省医系技官をされていた木村盛代さんと風俗関係のルポを数多く出版されていている中村敦彦さんだ。木村さんは、同じく医師の和田秀樹さんやら、京都大学の藤井聡教授らと、コロナ対策の批判やら、経済政策の批判をする動画も数多くあげられている。 中村敦彦さんは、風俗関係だけではなく、介護施設の経営もされたので、介護労働者の劣悪な労働条件などの動画も多数アップされている。

爺臭い説教をするつもりはないのだが、下の動画は、貧困により、若い女性が今や「パパ活」、風俗系に流れている現実はよく知られているだろう。

ここで、主が言いたいのは、貧困な女子が風俗で身を立てるほど日本が貧しくなったということだけではない。

同じ中村さんは、八王子にあまりに多く大学が集まり、その中の親から仕送りのない貧困女子大生が中央線沿線のピンサロで働いていて、待機所がサークルの部室のようになっているという動画もある。ここで中村さんがおっしゃっていたのは、ピンサロというのは、デリヘル、ソープより劣悪な労働環境なのだが、そこで働くピンサロ嬢たちに情報交換を禁止して、他へ移らないように統制する。4年間ピンサロ嬢する子が出てくる。

これはある種の洗脳だなと思う。オウム真理症や統一教会などいろいろあるが、他の世界をうまく見せないようにして、従順に働かせるという話だ。

ところが、我々自身々は情報統制などされていないと思っているが、そうではない。同じことが我々にも起こっている。つまり、テレビで報道される事件は、検察とテレビが決めて報道している。テレビ、マスコミは視聴率、売上とスポンサーしか気にしていない。視聴率を上げるためには、不安を煽ることだ。スポンサーに都合の悪いことは報道しない。ガーシーは、楽天の三木谷社長をぼろくそに言ったが、氏はアメリカのグーグル社まで行って、YOUTUBEのアカウントをバンさせようとしたと言われる。(実際バンされた。)そうしたことはスルーする。

テレビは、99%の場合、取材して事件を報道しているわけではない。検察なり警察が発表する事件を報道している。NHKは、職員の高給(平均賃金1800万円)、余りに多くの電波(地上波2コ、BS2コ、ラジオ中波2コ、FM1コ。もっとあるかも。)を使っているので、高市政調会長から「NHK、見ていなさい。使っている電波の種類をずっと減らします。」といわれ、NHK党の立花党首には「スクランブル放送しろ」といわれて、スタンスが思いっきり時の政権よりである。たまに、独自に事件を手に入れ、モリカケなどの事件が報道されるが、忖度だらけで肝心なところへマスコミは踏み込まない。

最近NHK党の立花孝志党首が「テレビは核兵器に勝る武器です。テレビは国民を洗脳する装置です。」とテレビ朝日の報道ステーションで発言し、つまみ出されることがあった。まさにこれだと思う。

おしまい