「こけたアベノミクス!」と喜ぶ声は 本当か

written on 02.03.2016

今年の正月が明けてから、好調だった日本の経済、とりわけ株価が変調をきたしている。昨年の暮れに日経平均株価は2万円を超えていたが、今では1万6千円を割る水準にまで下がっている。ただ、今日(3月2日)は、為替が久しぶりに114円の水準にまで円安になり、終値が1万6千500円まで戻している。

アベノミクス

この株価の低調な理由は、次のように言われている。                        ① 1バレル100ドルを超えていた原油が、30ドル程度までに安くなり、さらにイランの経済封鎖が解かれたため、さらに供給が増えると予想されるが、当面は産油国の減産合意は無理だろうと考えられている。                            ② アメリカは、リーマンショック後の景気後退局面からいち早く景気回復宣言し、利上げを昨年末に実施した。だが、実はアメリカの景気回復は非常に弱いもので、今後の引き続く利上げは実現性が薄いと考えられている。                        ③ 中国景気の先行き不安が、昨年から明らかになり、中国政府の統計への不信感も相まって、マーケットが疑心暗鬼となっている。

このように、世界の懸念は日本にはない。日本は財政赤字があるものの、世界中の国に比べると不安要素は少ない。これが安全通貨と言われる円が、買われる理由になる。

この状況で生じた日本だけでなく世界同時不況を想起させる年初の円高・株安によりマーケットが日銀に追加緩和を催促し、日銀はマイナス金利という新手を打ち出した。これが従来の量的緩和の手法ではなかったために、日銀は、もう金融緩和に量的緩和カードは使えないとマーケットに判断された。本来であれば、マイナス金利はアメリカの利上げとあいまって、金利差が拡大するので円安へと作用するはずなのだが、為替相場は安全資産の円を買う動きとなり、125円ほどの円安水準から112円ほどの円高水準へと大幅な円高になった。

ところで、日本の株は、残高、日々の売買高とも、半分は外人が握っている。当然ながら、円高になるとドルベースで見た株価は上がる(ポートフォリオが上がる)ので外人は確定売りをし、円表示の株価は下がることになる。

主が、面白いなと思うのは、アナリストの中には2016年の為替は円高を予想していた人がいたことだ。アメリカの量的緩和の終了と金利上げについてはずいぶん前から、イエレンFRB議長が言ってきたことだ。実際には利上げをしていないにも拘わらず、このことが言われただけで、新興国からアメリカへと資金の還流が始まり、新興国では通貨が下落し、景気が低迷した。一番わかりやすいのはブラジル、ロシアだろう。また、この実際の利上げが行われるまでの間に、円の通貨安は十分に織り込まれ、125円に近づくほどの円安になっていた。だが、実際の利上げが起きると、さらに円安が進むのではなく、織り込み済みの円安を離れて、逆の円高になったというのだ。この説明が、長いスパンで見た時に合致しているかどうかは、別問題だと思うものの、さしあたって、現在の状況はうまく説明できているように見える。

目を転じると、アメリカでは大統領選挙の予備選挙が始まっている。さすがにスティグリッツなどがこれまでずっと言い続けてきた99%の貧困(格差問題)が、広く意識されているようだ。民主社会主義者を標榜するサンダースは、明確にこのことを言っているし、ヒラリー、トランプの両候補もTPP反対を唱えたり、外国製品への関税アップ、各国の景気刺激策を為替安競争だと批判したり、内向きな政策を競うようになってきたのが気にかかる。

日本は諸外国と比較すると相対的に競争力はある。もちろん、原油安によりオイルマネーが日本の投資市場から引き上げられ、中国景気がハードランディングし、中東情勢が混迷を続け、EUの景気が上向かないという最悪のシナリオをたどれば、日本だけが好景気というわけにはいかないのはそうだろう。

ここへきて、消費税も来年の増税を延期しようという新聞の紹介記事も見られるようになってきた。いっそのこと、何人かのエコノミストが言うように、消費税率を5%へ戻せばよいのだ。もともと、民主党政権の時期に、野田総理が財務省に丸め込まれて決めた消費増税だ。ご破算にすれば、分かりやすい。

ここで脱線を一つ。大前研一氏は、日本が、個人資産を1600兆円も持ちながら、お金を使わないような社会に変わり、これを「低要望社会」と命名しているようだ。しかし、正しくないように思う。なぜなら、日本の個人資産の多くは、高齢者が所有しており、若年層や勤労者層が多くの資産を持っているわけではない。この貯蓄を多く持たない層は、別に低欲望なのではない。貯蓄が多くなく、買うことができないため、有効需要になりえないだけだ。経済学で言う需要とは、お金に裏打ちされた需要を言いう。お金がない人が家を欲しいと思うのは、これは需要とは言わない。もし、若者にも十分なお金の裏付けを与えれば、低欲望ではなく欲しいものはいっぱいある、というところを見ていないと思える。要するに、年寄りから若者へ無理やり資産を移動させるわけにいかない以上、景気を本来の姿に戻し、賃金水準を上げる地道な時間のかかる道しか方法はない。(下は、大前氏の週刊ポストの記事)

http://www.news-postseven.com/archives/20141225_294042.html

最初に戻って、アベノミクスが失敗したのかどうか、成功するのかどうか。答えがでるのは、これからだ。必要なことは、個人消費が、消費増税の前の水準を超え、給与所得が増え、さらに消費が拡大し、企業が投資を拡大する。さらには第3の矢で日本の構造改革を進め、潜在成長率を上向かせる、こうした流れになるかどうかにかかっている。ただ、外人投資家が今、株価をとおして表明しているのは、第3の矢を信用していないということだ。効果が出ない、時間がかかりすぎだと言っている。そんなことは気にせず、まずは、デフレマインドの払しょくができるかどうかがポイントだろう。

 

 

 

グールドが否定したコンサートへ行く 福田進一 禁じられた遊び

2016年2月17日(水)13時30分開演、「楽器の秘密 第3回ギター~禁じられた遊び~」というタイトルのコンサートへ行ってきた。まず驚いたのは、聴衆のほとんどが高齢者であるということだ。平均年齢は70歳くらいだろうか。平日の昼間、普通の勤め人は来ることができないのだと納得する。

ギターの福田進一さんは、今年1月、還暦記念リサイタルでJ.S.バッハのリュート組曲全曲演奏をした日本のクラシックギター界の第一人者だ。主は、バッハ・無伴奏ヴァイオリンパルティータ第2番の有名なシャコンヌが入ったCDを1枚持っている。

ところでこのシャコンヌ、調弦を「落ち着いた音色を求めるために通常のA=442Hzより低めのA=439Hzに下げて演奏」されているのだが、やはり、意外と違和感がある。

この日のコンサートは副題のようなものがついており「楽器の秘密 第3回ギター」となっているように、ステージの福田さんが、演奏の間にギターにまつわる話をするという趣向で、もちろん演奏が良かったのだが、専門家による話は刺激的でなかなか楽しかった。福田進一

では、グールドにちなんだトピックへ行こう。

第1ばんめ。グールドはコンサートへ来る観衆が、自分を安全な場所に身を置き、まるでコロッセオで行われる猛獣と戦う剣闘士を見るように、演奏者を見ていると考えていた。「集団としての観衆は悪だ」と言い、そして「コンサートは死んだ」とも言っては、コンサートを否定していた。彼が31歳の1964年以降は、コンサート会場で実際に弾くことはなかった。グールドがコンサートを否定する理由の一つには、彼の完璧主義があるだろう。彼はコンサートでの演奏の後、観衆の大喝采を受けている最中に「今の演奏には気に入らないところがあった。もう一度演奏をやり直したい」と思っていたという。他にグールドがコンサートに出たくない理由として、コンサートツアーで飛行機に乗ったり、列車で長距離を移動したり、快適とは言えないホテルに宿泊したり、行く先々で慣れないピアノを弾かされるといったことが嫌で仕方なかったという現実は当然ある。

心気症でもあったグールドは、コンサートの会場へ親しい知人が来ることにも強い拒否反応を起こした。グールドが26歳から29歳のころ、恋人であるヴァーナ・サンダーコック(グールドのマネージャーであるウォルター・ホンバーガーの秘書)は、コンサートへ行かないという内容の誓約書を書かされている。グールドにとって聴衆は、邪魔な存在だった。多くの音楽家にとって、神がかり的で素晴らしい演奏をするためには聴衆が必要なことを考えると、グールドは珍しいタイプと言えるだろう。

グールドは、20世紀中にはコンサートは録音メディアにとって代わられ、なくなるだろうと予言していた。この予言は当たらなかったと言わざるを得ないだろう。クラシック音楽のコンサートは、今も毎日のようにどこがで開かれている。しかし、クラシックのコンサートの地位は、紛れなく低下している

また、グールドは、クラシック音楽の演奏の一部がキットとして流通し、リスナーが好きな演奏を組み合わせて、自分の好きな演奏を組み立てるようになるだろうとも予言していた。「いくつかの異なる演奏のレコードを売って、聴き手にどれが一番好きか選ばせたい。そして好きなように組み合わせて、聴き手が自分の演奏を作るのです。聴き手に異なるテンポと異なる強弱で演奏されたあらゆる部分とあらゆるスプライス(切り貼り)を与え、自分が本当に楽しめるような組み合わせをさせればよい。ー この程度まで演奏に参加させるのです」と言っている。もちろん、音楽の断片が、このようにキットとして販売されるということは聞いたことがないが、今やパソコン上で同じことをしているマニアはたくさんいる。

クラシック音楽を考えると、世界中でそうだと思うが、ゴールデンタイムにテレビでクラシック番組を放送するというようなことは、1900年代と比べると明らかに減っている。クラシック音楽を聴く人の数そのものが減っていると思う。CDショップでは、往年の巨匠たちの演奏の焼き直しばかりが相変わらず売られているし、家庭へのアコースティックピアノの普及率も下がっているのではないか。昔と比べると、クラシック音楽で身を立てるというのも難しいはずだ。それはとりもなおさず、現在のクラシック音楽自身は徐々に世間から顧みられなくなりつつある。

クラシック音楽の業界の中だけで、クラシック音楽を有難がっているようではだめだ。

第2ばんめ福田進一さんの話に戻るが、第1曲をフェルナンド・ソルの「モーツァルト『魔笛』の主題による変奏曲」で始めたのだが、1曲目ということかかなりミスタッチが目立っていた。ギターは左手でフレットを押さえ右手で弦をはじくのだが、右手で弦をはじく前に左手の準備ができていないとかすれた音が出る。この曲は、最初にテーマがあり、変奏曲が続くのだが、変奏が進むにつれ同じ拍の中の音の数が増え、曲の進行につれかなりの速度になる。ここでうまく音が出ず、荒っぽい演奏となる。この日のミスタッチは、曲目をこなすにつれてなくなっていったように思う。 ここで、グールドのテープのスプライス(切り貼り)を思い出した。当然、福田さんがスタジオ録音を行う際には、気に入らない部分をスプライスするのだろう。録音されたCDにそのようなミスタッチは当然ない。

ただ、1932年に生まれたグールドは、ミスタッチの少ない演奏家だったにも拘わらず、この切り貼りの先駆者であったのは間違いない。当時、15年以上レコーディングプロデューサーを務めたアンドルー・カズディンの書いた「アットワーク」を読んでいると、グールドは、ミスタッチを消すためにスプライスをしたのではないことがわかる。彼は音楽の細部と全体の両方を深く理解しており、全体を完全なものに仕上げるために、細部についても妥協しなかった。細部にフォーカスを当てていながら、同時に、全体を見通す(見失わない)というのは常人にはかなり困難なことだと思うが、グールドはこれができた。

グールドがブリュノ・モンサンジョンと作ったバッハシリーズのビデオは、そのあたりがよく出ている。グールドがバッハを曲の構造をディープに解説しながら同時に弾いてみせるのだが、喋る方と弾く方どちらも破綻することなく実に見事なものだ。

 

本当の姿がわかる「グレン・グールド アットワーク」アンドルー・カズディン

「グレン・グールド アットワーク/創造の内幕」(アンドルー・カズディン/石井晋訳 音楽の友社)

アットワーク_

写真はアマゾンから

本書は、1989年にアメリカとカナダで同時に出版されたものを、1993年に日本語訳で出版したものだ。すでに新刊は絶版となっているので、中古を買うしかない。日本語の副題は「創造の内幕」となっているが、英語では”Creative Lying”であり、直訳すれば「創造的な嘘つき」ということになり、書かれている内容が端的にわかると思う。翻訳は品質が高く、非常に読みやすかった。訳者のレベルにより、原書の内容が正確に読者に伝わるかどうかが左右されるが、この訳者のように訳していればとつい嘆きたくなる本もなかにはある。

それはともかく、グールドが亡くなったのは、1982年10月4日で、死後たくさんの書物がさまざまな角度から出版された。しかし、グールドと実際に長く身近に接した人物が描いたものは極めて少ない。ほとんどの本は、直接取材して聞き取ったものと言うより、グールドの演奏や、発言、著作を元にまとめられている。しかし、この本は、1965年から1979年までレコード・プロデューサーを務めたアンドルー・カズディンが書いているため、他の本にはない説得力のある、臨場感のあるものだ。

グールドは親しくなった友人であっても、異性関係を尋ねられるといった些細なことや、演奏に批判めいたことを言われるだけで、直ちに関係を断ってしまうのが常だった。このため、生涯孤独と言っていいほど親友がいなかった。そうしたグールドの性癖により、プロデューサーが何人も交代している中、アンドルー・カズディンは15年もの長い間40枚を優に超えるレコードをプロデュースしていた。だが、やはり、1979年にあっさり、それまでの関係を切られてしまう。15年も一緒に仕事をしてきた仲間は、「ありがとう」の一言もなしに関係を終わらせてしまう。

この本を読んでいると、「グールド伝説」や「グールド神話」は、グールド自身の演出だったと気付かされる。グールドは、自分のイメージが望む内容になるように、世間に流す情報をコントロールし、きわめて選択的に発信していた。彼はサンタヤーナの小説「最後の清教徒」の主人公に自分を重ね、「最後の清教徒」だとよくいっていたが、実際の彼は自己愛の強いのナルシストと言うべきで、「清教徒」のように自分を見てもらいたかったと考えるのがよさそうだ。

靴下の話も興味深い。カズディンはこの本の中で、グールドが必ず片方は濃紺で、もう一方は灰色か黒の靴下を履いていたことを指摘している。色が同じかどうかをよく見もしないでそのまま履いてしまうというより、確率を考えると二回に一回は揃いの色になって然るべきだと述べ、わざと違う色の靴下を履いていたのではないかとの疑問を呈する。

ただ、一方でこの本は、グールドの天才(異才)ぶりも具体的に記述している。ここでは一つだけだが、絶対音感にまつわる話を紹介しよう。 グールドが自分の車を運転しながらラジオを聴こうとしてスイッチを入れると音楽をやっていたという。少し聴いただけでその音楽はよく耳にする馴染みの曲だと気付いたのだが、誰の何という曲だったかはどうしても思い出せない。そうして悪戦苦闘しているうちに演奏が終わってしまった。そしてラジオのアナウンサーが曲名と作曲者を言ったとき、理由がはっきりする。その日ラジオで流されていた演奏はその曲をアレンジしたもので、しかも調性が原曲とは違っていたのだ。カズディンは次のように書いている。「こうしたことは『普通の』音楽家なら、仮にグールドと同じ経験をしたとしても、第一に曲名だってちゃんと分かっただろうし、ただ楽しんでいただけだろうから、別の調性で演奏されていることにはたぶん気づかなかったと思う。つまりは、問題など起こるはずもなく、ショックを受けることもなかっただろう。そう考えると、この話はなかなか興味深い」 

 

バッハ平均律聴き比べ グールド、グルダ、リヒテル

J.S.バッハ(1685-1750)のクラヴィーア曲に、「平均律クラヴィーア曲集」という有名な曲があり、「第1巻」と「第2巻」がある。クラヴィーアというのはチェンバロやクラヴィコードの鍵盤楽器の総称なのだが、当然ながらこの時代には今のようなピアノはまだなかった。

ちょっと、うんちくめいてしまうが、西洋音楽では1オクターヴ上がると音のピッチ(周波数)が倍になるという性質がある。このオクターヴの中には、鍵盤では白鍵7個、黒鍵5個の12個があり、13個目でピッチが倍になる。ところで、音合わせの基準になるA(ラ)の音は、440Hzだが、これもずっと昔から440Hzだったわけではない。 また、「平均律」の意味だが、バッハの時代に初めて1オクターヴにある鍵盤12個にそれぞれ「調」を割り当てることができるようになった。すなわち、それまでは「純正律」といい「調」ごとに調律しなおしていたのだが、オクターヴを12等分することで、「純正律」ほど完全ではないが、激しく転調をしても違和感のない程度の濁った音に定義することで、あらゆる「調」を扱えるようになった。

こうして「平均律クラヴィーア曲集」は前奏曲とフーガからなるのだが、調が12あり、短調と長調があるために48曲からなる。

今回はこの曲集から、小説家の百田尚樹さんおすすめの第1巻最終曲ロ短調の4声のフーガを、3人の巨匠の演奏で聴き比べてみたい。出だしは次の楽譜のとおりなのだが、この主題で12の音すべてが出てくるという現代曲を想起させる曲だ。

img024-2

 

グレン・グールド(カナダ1932-1982) 3分46秒                まず、ラルゴの指定を守らず、モデラートで演奏している。グルダ、リヒテルと比べると軽快だ。ただ、他の二人と比べると明らかに他の対位旋律の弾き分けはレベルが違う。グールドは、まるで二人で連弾しているような明晰さがある。また、4声が絡み合うところで、特定の声部と他の声部が掛け合うように強調して弾かれる時に、ぞくっとする緊張感が生まれる。彼はよく、ある声部をスタッカートで、ある声部をレガートで弾いたり変化をつけるのだが、この曲では普通に弾いている。グールドは、各声部を対等に扱うところが他のピアニストと決定的に違うところだ。

フリードリヒ・グルダ(オーストリア1930-2000) 8分16秒           速度は、指示通りラルゴである。最初は、小さな音で弾き始め、徐々に音量が大きくなる。二つの旋律がメロディーとして聞えてくるが、それ以上の声部は和音としか聞こえない。複雑なメロディーが聞こえないせいか聴きやすい。(2声プラス和音に聞こえる)

スヴャトスラフ・リヒテル(ソ連1915-1997) 7分33秒             録音が素晴らしいという口コミに負けてSACDの平均律全集を買ったのだが、風呂場で弾いたような音響だ。 速度は、指示通りラルゴである。声部の弾き分けは、グルダより明確で4声がしっかり区別されて聞こえてくる。レガートで非常に美しい演奏だが、グールドのような声部の掛け合いという要素は少なく、常に浮き立たせたい声部にフォーカスした弾き方で、聴きやすいが平板という感じ方もあろう。

まとめ                                       最終的には好みということになるのだろう。グルダは右手と左手の旋律の二つで、それ以上は和音だ。リヒテル、グールドは各声部をはっきりと弾き分けているが、声部の性格や場面により、スタッカートにしたり、レガートにしたり、音色、音量を対比させたりしているのはグールドが違うレベルにあると思う。また、グールドの演奏は全般にイン・テンポ(”正確な速度で”)で、「バッハほどスイングする音楽はない」というほどジャズ的であり、その辺が正統的なクラシック好きの人には好まれない理由かもしれない。

 

米国人観光客が集団レイプ被害、パプアニューギニア

次の記事は、AFPというニュース局(2016/1/15)からの切り抜きだ。

AFPのリンク

——————————–

【AFP=時事】第2次世界大戦(World War II)の戦場となったパプアニューギニアの「ココダ・トラック(Kokoda Track)」を英国人の恋人と一緒にハイキングをしていた米国人女性が、集団に性的暴行を受け、指を3本切り落とされた。地元メディアが13日、報じた。BBoc4Lw

「パプアニューギニアの「ココダ・トラック」の記念碑を除幕したオーストラリアのジョン・ハワード首相(当時、左)とパプアニューギニアのマイケル・ソマレ首相(当時、2002年8月14日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News」

 パプアニューギニアの警察当局によると、被害男女はともに31歳で、11日にパプアニューギニアのジャングルを通るココダ・トラックをハイキング中に襲われ、携帯電話や靴、かばん、現金1万5000キナ(約59万円)を盗まれた。

 地元警察幹部は同国日刊紙ナショナル(National)に「男性は木に縛り付けられ、女性は繰り返しレイプされた後に指を3本切り落とされた。1時間後にようやく2人は解放された」と述べた。事件にはブッシュナイフとやりで武装した容疑者少なくとも2人が関与しており、そのうちの1人は村の住民に捕らえられているという。

 オーストラリア外務省は事件があったことを確認し、被害男女が事件当時、正式な免許を持ったツアーガイドなしにハイキングをしていたと付け加えた。

【翻訳編集】AFPBB News

——————————–

この「ココダ・トラック(Kokoda Track)」の入り口には、主もポートモレスビーから車で3時間ほどかけて行ったことがある。このココダ・トラックというのは、ポートモレスビーとスタンレー山脈を北側に越えたココダまでの道のりを言う。下が、Ower’s Conerというポートモレスビー側にある出発地点を撮った写真だ。

KOKODA Trail

ところで、このオワーズ・コーナーは、第二次世界大戦で日本軍に勝利したオーストラリア軍の戦勝記念碑があるところなのだが、日本軍は、後方支援のない中、人力で大砲を運びながら陸路を山越えをするという無謀な作戦で、食糧補給もなく体力が消耗し、自決を選んだ隊員も大勢いたらしい。日本軍は、このココダ・トラックの山越えだけでなく、映画「永遠のゼロ」で描かれたゼロ戦のラバウル航空隊基地をはじめ、パプアニューギニアの各地で軍を展開していた。太平洋戦争末期の日本軍は戦況が悪化し、救助もない状況で出口のない戦いを続けたため、遺骨が今も広い地域に残されている。

下の写真は、シンシン(sing sing)という踊りのショーのものだ。このシンシンは、オーストラリア人がハイランドで金鉱の採掘をするため、現地人を労働力として使ったのだが、部族同士の喧嘩が絶えず、争いを減少させる方策として、お互いの部族のシンシンを披露させたのがはじまりと言われている。

パプア・ニューギニアには、800部族が暮らしていると言われ(800言語ある)、特に山岳地帯のハイランドにおいては、文明と接してわずか数十年しか経っていない。このため、普段はTシャツなどの衣服を身に着けているのだが、お祭りの時にはこのような格好をする。だが、服を着るようになったのは最近のことであり、すぐ底流には昔のカルチャーが残っているはずだ。

P1020382 (640x480)
部族ごとに伝統的で原始的な衣装がある。彼らは真剣だ。

レイプ事件に戻ると、首都のポートモレスビーをはじめとした州都では、電気も使えるし、携帯電話も使え、スーパーもあるし、文明が浸透していると言って間違いない。だが、伝統的に土地を部族の共有とする文化があるために、国土全体に道路網が未発達で、地方、特に山の中に入った部落では、日常生活の中に、この写真のようなカルチャーが今も残っていると思う。このため、ポートモレスビーから車で3時間離れた山の中で、村の男にアメリカ女性が木に括り付けられ、レイプの挙句に指を3本切られたという野蛮な事件があったと聞いても、それほど大きな驚きとはならない。旅行するのに、注意が足りんかったんやろなあ、という感じだ。

おしまい

グレン・グールド 彼の性格

風変わりな性向には事欠かないカナダ人天才ピアニスト、グレン・グールド(1932-1982)の性格を考えてみたい。 最初に彼の性格を示すエピソードをいくつか書いてみよう。

子供時代は、学校で過ごすことが最悪だった。授業時間よりも、休み時間の方が耐えられなかったという。友達もなく、同級生たちと一緒に遊ぶということはなかった。ボールを投げられると手を守るために背中を向けたという。だが、徐々に、学校でもそのピアノの実力により一目置かれるようになる。いじめられるということもなくなってくる。

母親のフローラが潔癖症で心配性だった。ばい菌の感染を心配し、グレンを屋外で遊ばせたり、人ごみへ出そうとはしなかった。このため、グレン自身も早くから心気症で風邪薬や抗生物質を持ち歩くようになる。睡眠薬や向精神薬なども持ち歩き、あまりに大量の薬を携行しているためにカナダとアメリカの国境で没収されたこともある。

生涯、対面して話すことより、電話をかけることを好んだ。対面して話す場合は、相手の目を見ずに喋ったという。電話は、相手の迷惑を考えず深夜でもかけ、長電話だった。話の内容は、交互に話をするというよりも、グールドが思いついたことを一方的に話し続けていた。

グールドは、デビュー作のバッハ「ゴールドベルグ変奏曲」が発売される前の20才の頃、すでにピアノの恩師ゲレーロの元を出、両親と話し合って大学へ進学しないと決め、トロントから車で1時間ほど離れたシムコー湖の湖畔にある別荘で「弦楽四重奏曲作品1」を一人作曲していた。このリヒャルト・シュトラウスを思い起こさせ、現代的だがロマン派の香りが強く漂う、独特の大曲を2年かけて完成させた。彼は4つの音(C,D♭,G,A)が果てしなく展開するこの曲を書くのに非常に苦労し、一晩にわずか数小節しか出来ないこともあった。

このとき、グールドは7年上の恋人であるフラニー・バッチェンに毎夜、深夜に電話で作品の進み具合を嬉々として聞かせていた。グールドは、このころすでに昼夜逆転した生活を送っていたが、相手の都合を考えるという発想はなく、深夜の3時に長電話することも平気だった。フラニーもプロのピアニストを目指していたが、生活のために翌朝にはアルバイトへ出かけなければならなかった。このため、彼女にとって深夜の電話は負担となる。

映画「グレン・グールド天才ピアニストの愛と孤独」の中で、フラニーは2007年にインタヴューを受けている。この時、彼女は82歳なのだが、美人の面影がはっきりとある。(実際若い時代の写真を見るととても魅力的だ)彼女は、「グールドと結婚を考えましたか?」と問われ「もちろん」と即答している。だが、「グールドは、ある意味ロマンチストでしたが、社会性がなく一緒に暮らすのは困難でした」と語っている。(下の写真は、映画「グレン・グールド天才ピアニストの愛と孤独」のHPから)

h3_img_about

最も有名なエピソードが、「コンサートドロップアウト」だろう。1964年、彼が31歳の時に公開演奏からドロップアウトする。つまり、コンサートに出演しなくなる。コンサートピアニストとして名声が高まり絶頂にあったのだが、何年も前から引退を口にし、ツアーではキャンセル魔で有名だった。聴衆を、闘牛を見に来る観客に例え、『集団としての聴衆は悪だ』と言ったり、聴衆に拍手することを禁じる演奏会を開いたりしたこともあった。ドロップアウト後は、もっぱら、スタジオのみで録音・演奏するようになる。

彼は、父親が作った特製の低い椅子を使い続けた。その椅子がボロボロになり、座面がなくなって木組みだけになり、椅子の軋む音がレコードに入るようになっても生涯使い続けた。

彼は、両親にとって待望の子であり、一人っ子で、甘やかされ放題で育っていく。母フローラは、グレンが音楽で身を立て、彼の音楽を聴く人たちに良い影響が与えられるように常に願っていたが、時間が経つにつれ、これが実現するのを目の当たりにする。一方の父バートは毛皮商を手堅く営んでいたが、グレンが小学校に行く頃には動物愛護の精神から父親の仕事に反発していた。こうした影の薄い父バートに対し、父親代わりの存在となったのが、10歳から9年間ピアノを教えたチリ人ピアニストのゲレーロである。グールド家とゲレーロ家とは家族ぐるみでつきあった。

おそらく、グレンはフローラから正しい愛情を受けられなかった。大きな愛情が注がれたのは確実だが、同じ年齢の子供たちと遊ぶことや協調するということはなかったため、社会性が身に着かなかった。フローラ自身が10歳まではピアノを教えるのだが、それを過ぎると彼女の手に余ってしまい、ゲレーロを師として迎えた。これは、音楽の能力の成長には、必要なことであり大いに貢献したが、人間性の成長という意味では、ダメなものはダメと言われる経験がなく、いびつな人間が生まれたといっていいだろう。

ゲレーロは、グレンが全く他人の助言を受け付けず、君の弾き方は違う」と言われると憤慨してしまうので、グレンにピアノを教える時、自分でなんでも見つけさせるようにしむけていた。おかげでグレンは、フローラとゲレーロにピアノを教わったことを忘れて、生涯、「私は独学でピアノを覚えた」と言うようになる。

愛着(愛情)は、子供の成長に必須のもので、十分に正しく与えられれば安定したパーソナリティーが出来上がるのだが、その後は、甘えさせることだけではなく、甘やかしてはいけない時期が来る。この時期に、両親は甘やかしてしまったのだろう。このため、グールドは統制型の愛着障害パーソナリティを持ってしまった。この統制型の愛着障害というのは、何でも自分の思いどおりにならないと気が済まないというもので、親との愛着の不安定な子供が、4~6歳の頃から親をコントロールすることで自身の安定を得ようとする結果と考えられている。自信過剰で自己愛が強いナルシストとも、自分以外が見えず、対人関係を上手く築けない自閉症の一種であるアスペルガー症候群だったと云うこともできるだろう。

だが、彼は凡人とは違う。確かに社会性のなさや、人間関係を普通に築けなかったということはあるだろう。しかし、音楽の世界において凡人を超越していた。その性格がもとで、グレンの音楽性が常人とは違う、類を見ない領域へ達していたのは間違いない。何より、音楽の解釈において、既成概念にとらわれることなく自分自身の考えを透徹したところに、他のピアニストにはない独創性がある。

例えば、モーツアルトのピアノソナタでは、高音部の旋律だけでなく、低音部に音符を自ら加えて対旋律を強調しながら弾いている。また、過去に演奏されたスタイルと同じ録音をするなら意味がないと考えていたので、すべての曲が従来のスタイルとは全く異なった挑発的な演奏である。トルコ行進曲が付いているK331では、出だしをスタッカートでまるで近所の幼児がピアノを弾いているようなスタイルで始め、変奏の度に速度を上げ、アダージョの指定がある変奏をアレグレットで弾く。既成概念に挑戦した演奏と言っていいだろう。既存のクラシック界の常識に従うのではなく、グールドは、「作品と作曲家の内面に侵入し、その反対側に突き出た」「作曲者に対する共感を通り越し、作品を完全に乗っ取っていた」と映画「グレン・グールド/天才ピアニストの愛と孤独」でチェリストのフレッド・シェリーが語っているが、核心を衝いていると思う。

 

グレン・グールド ショパンとドビュッシー

カナダ人ピアニスト、グレン・グールド(1932-1982)は、没後33年経つのだが、正規録音78枚のすべてがリマスターされたCD、ハイレゾファイルLPレコードが、今秋、再発売されたりして人気が衰えない。

彼は、特にバッハにおいて絶対的な評価があるのだが、バッハの他にはベートーヴェンやモーツアルト、ハイドン、ヒンデミット、シェーンベルグ、ブラームス、シュトラウスなどを録音している。しかし、こうしたレパートリーの中には、ロマン派のショパンや印象派のドビュッシーなどの作曲家がほとんど入っていないことでも有名だ。一般的なピアニストのレパートリーには、少なくともショパン、ラフマニノフはかならず入っているだろう。

chopin

こうしたショパンやドビュッシーを毛嫌いして弾かなかったグールドであるが、この二人の作曲家の1曲ずつが、レコードという形ではなく、CBC(カナダ放送協会)ラジオとテレビ向けに残している。1970年7月のラジオ放送でショパン「ピアノソナタ第3番ロ短調作品58」を、1974年2月のテレビ放送向けにドビュッシー「クラリネットとピアノのための第1狂詩曲」を残している。グールドは、1964年32歳の時に公開の場で観客に向けて演奏をしなくなり50歳で没するのだが、これらはコンサートドロップアウト後の38歳と42歳の時にラジオとテレビ向けに演奏したものだ。

下はYOUTUBEの二つの曲のリンクだ。ショパンの方は、演奏に合わせて楽譜が画面に表示され、リズムを崩さないのがよくわかる。

https://www.youtube.com/watch?v=arfYFtc7hlw (ショパン)https://www.youtube.com/watch?v=5btcgRcbZ4s (ドビュッシー)

いずれも、普通に演奏されるスタイルとは全く異なった、グールドらしい演奏を聴くことができる

ドビュッシーやショパンの演奏は、テンポを自由に変えながら、高音部のメロディーを陶然と歌わせるのが普通だ。左手は、あくまで伴奏であり強調しない。だが、グールドはテンポを崩さず一定のリズムを刻みながら右手と左手の旋律を同等に扱う。時に、低音部の伴奏の方が主役になる。正確なリズムは、行進曲を彷彿とさせる。

ドビュッシーの方は、クラリネットのジェームズ・キャンベルとの合奏であるが、他の奏者と比べると、主客が転倒している。クラリネットはひとつの旋律しか出せないが、息の続く限り同じ強さの音を長く出すことができる。音量もピアノより大きい。それにひきかえ、ピアノの音はすぐに減衰してしまう。YOUTUBEで見つけたほかの演奏では、クラリネットがはっきりと主で、ピアノは伴奏だ。ところが、グールドの演奏は、ピアノへの集中度が半端ではない。ピアノの存在感が違う。大きい。

だが、これら二つの演奏が成功しているかというと、グールド自身も認めているように甚だ疑問だ。

グールド研究の第一人者である宮澤淳一が、ショパン「ピアノソナタ第3番ロ短調作品58」が入ったCDのライナーノーツの中で、カナダ人音楽学者のケヴィン・バザーナの見解を次のように引用している。

「グールドがこれまでショパンを避けてきた大きな理由のひとつは、リズムに対する自分の考えがショパンにそぐわないという事実だった。ショパンの音楽はその場で自然にわき起こるものが、つまり自由なリズムやルバート(「自由な速度で」)が求められるのだが、これはリズムの継続性を強く好むグールドの姿勢は、個々の個所においても、楽曲の構造全体のレヴェルにおいても対立するのである。グールドが好むのはオーケストラを指揮するときのようなリズムの捉え方である。ほどんどのピアニストが、殊にロマン派の音楽において、リズムにおける自由をむさぼっているということをグールドは苦々しく思っていた。グールドは自分のピアノ演奏におけるリズムの哲学についてはっきり述べている。”指揮ができなければ、誤りである”と」

また、1981年のティム・ペイジとのインタヴューで、このショパンの演奏を「あまりうまくいかなかった。2度とショパンを弾く気にならない」と言ったと書かれている。

たしかに、グールドの演奏の特徴の一つは、リズムを自由に崩さないという点がある。複雑なポリフォニーをリズムを崩すことなく、まるでコンピューターのような正確なリズムで弾きとおすところに魅力がある。このリズム感に、リスナーはドライヴ感を感じる。

グールドは、楽曲の構造を明らかにすることを主眼に置き、ルバートすることで曲の構造が見えにくくなることを嫌ったのだろう。これは結局のところ、ロマン派の多くの音楽とは相容れないということを意味する。同時に、逆説的だが、グールド自身があまりにロマン派的人間のため、彼も同じように感情のままにリズムを崩し、あまりに強い主観の泥沼を人様に見せることは、選択として初めからなかったのではないかという気がする。

 

 

これだけ予測が外れても 浜矩子

written on 12.12.2015

経済学者たちの世界ほど、混沌としている分野は少ないだろう。人文科学は科学ではないのだろうか。

エコノミストと言われる人の中に浜矩子がいる。ウィキペディアによると一橋大学を卒業後、三菱総研に入社、今では同志社大学大学院教授である。次が、毎年の経済予測をした著作の題名である。(ウィキペディアには、「世界恐慌の予言を毎年行っている」と書かれている!)

  • 2011年 日本経済 ―ソブリン恐慌の年になる!
    • 2012年 資本主義経済大清算の年になる!
    • 2013年 世界経済総崩れの年になる!
    • 2014年 戦後最大級の経済危機がやって来る!
    • 2015年 日本経済 景気大失速の年になる!
    • 2016年 日本経済複合危機襲来の年になる!
浜矩子3年

以下は、2015年11月21日(土)浜矩子がゲスト出演した『田勢康弘の週刊ニュース新書』(テレビ東京)から。安倍晋三総理の経済政策「アベノミクス」を「アホノミクス」と批判し続ける“ブレない経済学者”である。

1万円

2016年の株価予想では、「1万円割れ」とボードを出しているが、去年も同じことを書いていた! 参考までに、今週末の株価は19,000円あたりである。この状況で、来年の株価を1万円割れとテレビで予想するのは、その根性に感服する。世界大戦が起こると考えているのかもしれない。

50yen

持論の「1ドル=50円」! この1ドル50円は、民主党政権の時に1ドル80円を切る円高が起こっており、大センセイは円高はさらに進行し50円になると予想していた。実際のマーケットは、2012年11月の衆議院解散後に安倍政権が登場し、金融緩和が行われ円安が進んだ。現在の水準は、1ドル122円ほどである。一時は、125円ほどの円安になっていたのだが、中国経済の懸念などで、リスクヘッジのために少し円が買われている。

アホノミクス(本)

この大センセイ、マスコミで結構もてはやされている。アホノミクスは、毎日新聞の連載記事だし、朝日系列、東洋経済などにも記事が載っている。

こういうことって、ありなのか?と正直思う。書いている本を実際に読んだわけではないのだが、おそらく経済を数学的に説明せずに、主観的な議論を展開しているだけだろう。マスコミが、こういう主張を喜んで取り上げるのは見識を疑う。

マスコミは、売れて読まれ(見られ)なければ始まらないということかも知れないが、何でも出せばいいというものではないだろう。受け手の側の多くが、その気になるのだから。

グールド ハイレゾFLAC リマスターCDよりいくぶん高音質!

リマスターされたCD版とこのUSB版の両方を購入したので、違いなど感想を書いてみよう。


CD版の方は、CD81枚と結構豪華な24cm×24cm大416ページのブックレット(ジャケット写真やライナーノーツ、グールドの写真、解説が入っている。こちらは、グールドとジョン・マックルーアやティム・ペイジとの対話CDなどが含まれており、USB版はCD78枚分と3枚分少ない。(どちらも「早期購入特典付き」のものには、日本語訳された曲目リストや解説が書かれた小冊子がついてくる)

USBピアノに象られた左の写真はUSBメモリーで、上の部分のキャップを外すとパソコンのUSBソケットに差し込むことが出来る。USBメモリーは容量が128GBあり、FLACファイルに約30GB、MP3ファイルに約10GB使われている。

 

ランチャー2それとは別にアプリケーションが入っている。アプリケーションソフトをインストールすると、左のような画面になり、CDの楽曲をパソコン上から選択し、CD版に付属するブックレットをアクロバットリーダーで読める機能もついている。パソコン上で好きな楽曲を再生しながら、解説書も参照でき、なかなか気が利いている。表示言語は英語のみ。物理的なCDと解説書を選ぶか、PCに入れたFLACファイルとPC画面で見るPDF、どちらを選択するかは好みの問題のように思う。

ただ、このソフトは常に全画面表示になるようで、パソコン上で他の作業をすることができない。この点は、使い勝手が悪い。(後程、PDFを表示させる際にタスクバーが現れることに気付き、他の作業をすることができると気付いた)もちろん、foobar2000などで直接FLACファイルを再生できるので、困るということはないが。

さて、肝心の音質であるが、FLACファイルとリマスターCDを比べると、若干、FLACファイルの方が音質は良いように感じる。今回のリマスターは、アナログマスターテープをまずDSDでリマスターしその上で、PCM方式の24bit 44.1KHzへとコンバートしてFLACファイルが作られている。CDの規格は、16bit 44.1KHzなので、大幅に違うとは言えないだろう。ダウンロードサイトの一般的なハイレゾ音源は、DSDを別にして24bit 192KHzというものが多い。それと比べると 16bit が 24bit になった8bit(256倍)の差というのは少し物足りない。とは言うものの、リマスターされる前に発売されたCDを再生するときの、多数の音が同時に発声される際の聞き苦しい混然とした歪感は、はっきりと改善されている。マスターテープに録音されている音が、余すことなく再現される。

しかし、いずれリマスターしたDSDのオリジナルデータが発売されるだろう。また、そうあってほしいものだ。

以下追記(2019/5/18)– 

PCで聴く時は、FLACをDAC経由で聴いており、CDを再生する時には、YAMAHA CD S-3000というプレイヤーで聴いているのだが、どちらも従来のCDより、ずっと良い音がする。これは、上にも書いたが、オリジナルのアナログテープをDSDでリマスターしているからだ。これをFLAC、CDへとダウンコンバートして、売られている。ダウンコンバートされたと言っても、もともとのアナログテープに入っていた内容は余すことなくデジタルでコピーされているということだ。

グールドが録音した時期は、LPレコードの時代で、LPレコードのマスターテープには音楽として十分な情報量が含まれているのだが、これをアナログのまま忠実に再生しようとすると、非常に高額なオーディを機器をそろえる必要があった。ところが、昔のアナログのマスターテープの録音は、最終的にCDの基準へとコンバートされ、気軽に WALKMAN や iPod などで良い音で聴けるようになったのだが、技術は進歩していて、古いものより新しい技術の方が、一般的に良いということだろう。

いずれにしても、DSDでリマスターしたそのものを、SACDなり、ハイレゾ音源として、SONYは発売して欲しい。

おしまい

 

 

 

スマホ 格安SIM(MVNO)契約

EXPERIA左は、ソニーのEXPERIA Z3。パプアニューギニアから日本へ帰国した後、ちょうど良い機会と考え、ガラケーから格安スマホに切り替えた。

きっかけは、大手キャリアのスマホは通信料だけで毎月5000円以上かかり、スマホ本体の支払いを入れると7000円以上になると知り、なんとかならないかとあれこれ考えた。

ネットで調べると、SIMフリーの開始が報道されていたが、結局、MVNOと白ロムのスマホ本体の組み合わせに行き着いた。(AEONなどのショッピングセンターやYAMADA電器などの大手電気店でも、格安SIMを使ったスマホを販売している。これとまったく同じなのだが、個人で好きなスマホを買った場合に、どうするかという観点で読んでもらえるとありがたい。)

http://kakuyasu-sim.jp/merit-and-demerit

詳しいことは、上のリンクを見てもらえるだろうか。似たような解説サイトや宣伝サイトはたくさんあるが、分かりやすい。

リンクの内容を引用しながらMVNOを解説すると、「読み方はエムブイエヌオー、英語だとMobile Virtual Network Operator、日本語だと仮想移動体通信事業者。何のことを言っているのかというと、格安SIMを提供している会社のことをMVNOといいます。例えばDMM mobileやIIJmioなどをMVNOといいます。MVNOは基本的にドコモの回線と設備を使って携帯電話サービスを提供しています。(auの回線を使っているMVNOも2つだけあります)」とある。

http://kakuyasu-sim.jp/shirorom

白ロムについての解説は、やはり同じサイトの上のページに詳しく書かれているが、簡単に言えば、大手キャリアが販売するもので、SIMフリースマホより安い。海外でSIMカードを購入して使う場合は、SIMフリースマホでないとならない。

要するに、従来の大手キャリア(こちらはMNOと略される。すなわちMobile Network Operator で Virtual がないであるドコモ、AU、ソフトバンクのスマホの契約内容は、制限のないフルスペックなものとなっている。言い換えると、通信量の少ない契約者が、通信量の多い契約者を支える料金体系になっている。また、キャリアを変える乗り換え割の財源を、キャリアを変えない契約者が負担しているということもある。

そんなこんなで、従量制の格安SIMに乗り換えることにした。参考までに、主の契約プランは、音声付き、3GB/月、1600円/月だ。以下は、具体的な手順である。

① 使いたいスマホの機種を決める。 スマホを選ぶ際には、格安SIMの会社(大手量販店の格安スマホもこのカテゴリーに入る)が販売しているスマホを選ぶか、好きな白ロムの本体をネットで買うかの2種類がある。格安SIMの会社が販売しているスマホは、全般に安い機種が多い。白ロムを通販で買う場合は、新しい機種や人気機種を選ぶことが可能だ。しかし、本当の最新機種、iPhone6s や Experia Z5 などの白ロムは、ある程度時間が経たないと購入できないようだ。また、白ロムを選択するときは、格安SIMの会社でそのスマホが対応しているか確認することが必要だ。のちのち、電話サポートなどを依頼するときなどに動作確認リストに入っていないと厄介だと思われる。

② 格安SIMの会社を選ぶ。 格安SIMの会社はたくさんある。同時に、調達するスマホ本体に合わせて、SIMのサイズを選ぶ。

③ 音声付きか、データのみのプランにするかを選ぶ。 音声なしを選ぶと電話番号をもらえず、インターネット電話(LINEやSKYPE)で済ませるというのであれば、その分安いプランを選べる。月あたりの通信量が問題となるが、動画をあまり見ずに、ネット、メールと電話くらいといった使用方法であれば、2GB/月でも十分だと思う。不自由を感じればプランを変更できるはずだ。

④ MNP(Mobile Number Portability)の手続きをする。 電話番号を変えない場合は、転出元のキャリアでMNPの手続きをして、番号を発行してもらう。この番号が③の申し込みの際に必要になる。量販店などでは、即日MNPできるようだ。

⑤ 電話帳や写真を移行する。 今は、ガラケーをスマホに機種変更する場合に、ショップは「データ移行は、個人情報保護法の制限があるので、自分でして下さい」と言うようだ。主は、ドコモショップに置いてある機械で、AUガラケーからスマホへ移行しようとしたところ文字化けしてしまい、しばらく使い勝手が悪かった。後で判明したのだが、AUのホームページにはデータ移行について書かれたページがあり、ソフトをPCへダウンロードして無事移行することが出来た。

⑥ その他必要条件など。 格安SIMの申し込みに、本人名義のクレジットカード、身分証が必要だ。白ロムを買う場合、スマホ以外にパソコンなどインターネット環境があると、トラブルなどの調べ物ができるので何かと便利だ。また、自宅にWIFI環境があれば、格安SIM会社との契約で安いプランを選べる。白ロムの場合、キャリアが販売元になるので、街角のドコモショップやAUショップで、初期不良や相談に乗ってくれる。

こうして考えると、すでにスマホをキャリアで契約している場合でも、格安SIMに切り替えれば、月々の使用料が安くなる。

安倍首相が9月11日の経済財政諮問会議において、携帯電話料金の引き下げを検討するよう指示したのだが、炯眼と言わねばならない。現在のキャリアの料金は、実に大きな矛盾をはらんでいるからだ。