「西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか」 エマニュエル・トッド その1

親爺はエマニュエル・トッドの本が大好きで、かなりかぶれている。彼は、ソ連崩壊、リーマンショック、アラブの春、ブレグジット、第1回トランプ当選を予言した歴史人口学者・家族人類学者である。親爺は、昨年11月に発刊された「西洋の敗北」を紹介しようと思う。これは彼の著作の中でも、もっともストレートな表現で書かれており分かりやすい。しかし、15カ国で翻訳されているにもかかわらず、英語版だけは出版されていないという、過激で説得力のある内容であり、今後世界に何が起こるのかの預言書である。そして、その予言は、西側諸国にとって極めて悲観的である。

まずは、この本のアマゾンのコピーを載せる。その後、親爺の感想を述べる。

1.概要(アマゾンのコピー)

ロシアの計算によれば、そう遠くないある日、ウクライナ軍はキエフ政権とともに崩壊する。
戦争は〝世界のリアル〟を暴く試金石で、すでに数々の「真実」を明らかにしている。勝利は確実でも五年以内に決着を迫られるロシア、戦争自体が存在理由となったウクライナ、反露感情と独経済に支配される東欧と例外のハンガリー、対米自立を失った欧州、国家崩壊の先頭を行く英国、フェミニズムが好戦主義を生んだ北欧、知性もモラルも欠いた学歴だけのギャングが外交・軍事を司り、モノでなくドルだけを生産する米国、ロシアの勝利を望む「その他の世界」……
「いま何が起きているのか」、この一冊でわかる!

・ウクライナの敗北はすでに明らかだ
・戦争を命の安い国に肩代わりさせた米国
・ウクライナは「代理母出産」の楽園
・米国は戦争継続でウクライナを犠牲に
・米情報機関は敵国より同盟国を監視
・NATO目的は同盟国の「保護」より「支配」
・北欧ではフェミニズムが好戦主義に
・独ロと日ロの接近こそ米国の悪夢
・ロシアは米国に対して軍事的優位に立っている
・モノではなくドルだけを生産する米国
・対ロ制裁でドル覇権が揺いでいる
・米国に真のエリートはもういない
・米国に保護を頼る国は領土の20%を失う
・日独の直系社会のリーダーは不幸だ
・日米同盟のためにLGBT法を制定した日本
・NATOは崩壊に向かう 日米同盟は?

2.親爺の日ごろの疑問や問題意識

親爺は明らかに日本はおかしい、変調していると思っている。世界の中で日本だけがまったく経済成長しないことが第一であるが、毎日起こる殺人や傷害事件、若年者の自殺も昔はここまでなかった。昨年、能登で地震が起こり大災害で、秋には水害も起こった。同じ時期に、台湾で同じ規模の地震が起こり、こちらは回復しているだろうが、両者の対比は一向に報道されない。

他にもいろいろある。カルロス・ゴーンに刑務所から逃げられ、逃げた理由は日本の司法制度の下で無罪になることはまったく期待できないからだという。昨年、羽田空港で自衛隊機と民間ジェット機が滑走路上で衝突したが、管制官を含め原因がはっきりしない。ゴーンにしろ、航空機事故にしろ、こういうことが日本の信用を失墜させるんだよなと思っていた。

BBCの放送が契機(BBCより先にこの問題をガーシーがYOUTUBEにアップしていた)で、ジャニー喜多川氏の少年たちへの性犯罪が常習的に行われていたことが明らかになった。ところが、同じ穴のムジナのテレビ局はジャニーズ事務所だけの問題として、自分の責任を一切、報道しなかった。東京都知事選では、SNS人気を足場にした石丸信二氏が、オールドメディアの予想を覆し、蓮舫氏を押さえ2位に入った。名古屋市長選では、自民、立憲、公明、国民が押した候補が、オールドメディアの圧倒的な下馬評を覆し、日本保守と「減税日本」が押した前副市長に敗れた。さらに兵庫県知事のパワハラ疑惑による出直し選挙では、背後に反知事派県議と職員が企んだクーデターがあったという情報を立花隆氏がYOUTUBEで流し、オールドメディアが思いもよらないほど予想を覆し、斎藤知事が再選した。

今は中居正広氏が、フジテレビの女性社員相手に性加害を起こし、慰謝料9千万円を支払ったと明るみに出た。この事件は、フジテレビ幹部社員のお膳立てで、会社ぐるみだと週刊誌が報じた。多くの人が、テレビがジャニーズ事件で自分を反省しなかったのは、女衒のようなことをしていたからだと思った。フジテレビは物言う外人株主(アクティビスト)の要請に応え釈明会見をしたが、多くのスポンサーが降り存亡の危機にある。中井氏は芸能生活からの引退を表明した。ここでも、フジテレビ以外の放送局は同じ穴の狢でありながら、フジテレビだけの責任というスタンスで放送している。

親爺は、日本中がいつの間にか総不道徳、総無責任、おまけに知的レベルも下がったと思っている。ところが、この「西洋の敗北」を読むと、こうした道徳の喪失、責任感の喪失は、日本だけじゃないんですね。西洋の世界で広く起こっている「自分さえよければいい」という事態が広がっているということが分かる。

2.1 ウクライナ戦争に関する10の驚き

エマニュエル・トッドは、ウクライナ戦争について驚いたことを10個上げている。そのいくつかを紹介したい。

1.1991年12月、ソ連議会がソ連という国の「消滅」宣言をした。連邦を構成する共和国が独立し、ウクライナも独立を宣言した。その後は、人口流出と出生率の低下で5,000万人のうち1,100万人の人口を失い、オルガルヒ(少数富裕層権力者)に支配され、常軌を逸した汚職水準にあり、国家も国民も売りに出されているような状態の「破綻国家」だった。ウクライナ戦争前夜、この国は安価な「代理母出産の地」になっていた。だれも予想できなかったことに、ウクライナは戦争そのものに自国の生存理由と生存の正当性を見出した。

2.敵対する二国がアメリカとロシアだった。アメリカは10年以上、アメリカにとって主な敵国は中国だと示していた。ところが、アメリカ以外の国に住む我々が立ち会っているのは、ウクライナを介したアメリカとロシアの対立である。

3.西洋諸国は経済制裁にSWIFTから排除することで、ロシアがすぐに降参すると考えていた。SWIFTは、世界貿易の決済に使われる通貨の相互送金システムである。ところが、ロシアはクリミア戦争を契機に西側にG8から追い出されるとともに、経済制裁された2014年以来、独自の通貨交換システムを作っていた。SWIFTからの排除という制裁は、西側諸国が考える効果がなかった。

4.20年前のイラク戦争では、ドイツ、フランス、ロシアがアメリカに対し異議を唱えた。しかし、ウクライナ戦争では、エネルギーをはじめとする貿易パートナーであるロシアを切り離すという激しいペナルティを西欧自身に課した。とくにドイツは、アメリカとノルウェーによる天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」の破壊を抵抗もせずに受け入れた。

5.最大の驚きは、圧倒的な軍事大国と思われてきたアメリカが、ウクライナに対し砲弾をはじめ、何も確実に供給できなくなっていることだ。GDP比で、西洋諸国(アメリカ・カナダ・ヨーロッパ・日本・韓国)の3.3%しかないロシア・ベラルーシの方が、兵器を生産する力がある。これは、物資不足でウクライナが負けることと、GDPの概念が時代遅れであることを意味し、見直さなければならない。つまり、政治経済学のインチキである。

6.西洋の思想的孤独と、自らの孤立に対する無知である。この戦争が始まったとき、西側諸国は世界中が自分たちの味方になるだろうと思っていた。開戦1年以上の間、中国すら味方になると期待していた。ところが、中国はロシアにつき、インドは関与を拒否した。イランはすぐさまロシアにドローンを供給し、EU加盟国のトルコはロシアと密接な関係を築こうとしている。イスラム諸国もイデオロギー上の敵国より、経済的な協力国とみなしていることがはっきりしてきた。

7.西洋はロシアに攻撃されているのではなく、むしろ、自己破壊の道を進んでいる。われわれは、グローバリゼーションが完成し、最高潮に達し、完了した時代を生きている。(加えると、トッドはグローバリズムに批判的な立場である。)地政学的にロシアをみると、人口が減少傾向で、国土が広すぎるため、ロシアは地球全体のコントロールするのは不可能で、望んですらいない。ロシアは通常規模の勢力で、その発展には何の謎もない。ロシアのいかなる危機も、世界の均衡を脅かすことはない。ロシアではなく、西洋の危機、とりわけアメリカの末期的な危機こそが地球の均衡を危うくしている。その危機の最も外部の波が、古典的で保守的な国民国家ロシアの抵抗の壁に突き当たったというわけだ。

2.2 米国経済の虚飾へ

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おしまい

グローバリズム(新自由主義)についての報道は正しいのか?正しくないのか?

27/August/2017

前にグローバリズムのことを否定的に書いたのだが、グローバリズムと言っても、そこには一定のルールがあり、全く規制がないということはないだろう、制約や制限があるのではないかという趣旨の質問をもらった。

たしかに全くないということはないだろう。輸出国、輸入国の双方に法律や慣習、社会の共同幻想といったものが当然あり、それらの制約を受ける。だが、基本的に途上国は、先進国からの投資を呼び込むことと、比較優位にある農産物などの輸出をすることを切望している。輸入国は、相手国の法律、商慣習に従う制約などがあるが、自国と比べて安い労働力を手に入れることを目的としている。この時、双方の国に存在する不平等を是正するような働きや仕組みはない。

国際機関も存在する。GATT(関税及び貿易に関する一般協定)があり、WTO(世界貿易機関)が目を光らせている。UN(国連)もある。COP21・パリ協定(温暖化防止条約)もある。IMF(国際通貨基金)、World Bank(世界銀行)、IDB(開発銀行)も監視している。犯罪関係の監視機関もあるだろう。確かに不正や腐敗を監視し、それらに立ち向かう体裁や仕組みはあるといっていいし、間違いではない。

だがこれらは、いずれも自由貿易にとって不都合なことが行われていないかを監視しており、現状の格差の是正についてはまったく関心がない。いずれも既存勢力の利益(先進国と途上国の支配階層いっていいだろう)を守ることに専念し、理論武装し、「世界の99%を貧困にする経済」*政策をとっていることを気にしていない。

*「世界の99%を貧困にする経済」というのは、アメリカ人ノーベル賞経済学者のスティグリッツが2012年に著した著書のタイトルだ。

主は、特に経済的な側面をつかさどるIMFやWorld Bankは、もっと平等や分配に関心を持ってしかるべきだと思うが、実際は、債権者の利益や損失ばかりを気にかけており、これまでの通貨危機などで債権の保全を重視し、債務国(例えば、ギリシャ、韓国、アルゼンチン)の景気回復に対して逆効果なことばかりを強いてきたと考えている。

なぜ、このようなことが起こったのか。近代経済学は、アダム・スミスを祖としており、その先にケインズ経済学がある。その後に「新古典派」経済学が出てくる。この新古典派は、人間が合理的に行動しさえすればというわずかな前提条件下で、アダムスミスの国富論に書かれている『自由市場では「まるで見えざる手に導かれるように(中略)[各人が]自分の利益を追求すること』が一般にとってよいことを促進するという命題を数学的に証明して見せた。と同時に、新古典派が登場する1950年代の10年間は、経済成長が世界的に大きく起こり、成長の取り分が金持ちより貧乏人の方が多いという奇跡、黄金の時代だった。このことが、貧乏人に対し対策をとらずとも格差は縮小していくので、経済学者は、分配問題を切り離し、経済成長だけを考えるようになってしまった。

だが、この1950年代の10年間は一世紀以上の期間の例外であり、この10年間を除くと、格差は縮まず、拡大を続けた。実際に、自由貿易やグローバリズム、新自由主義が実践され始めたのは、198年代のサッチャー政権、レーガン政権以降だが、経済学者ミルトン・フリードマンの「選択の自由」という有名な本が理論的な背景になっている。その後の30年間で、格差は異常なまでに高まり、前にも書いたが、世界のトップ8の金持ちの資産の合計額が、下位半分の人口(36億人)の総資産の合計額と同じという程度まで広がった。

そこで、登場してきたのが2017年アメリカ大統領選挙のサンダースであり、トランプだった。フランスでは国民戦線のルペンだ。彼らは、これまでの自由貿易やグローバリズムを続けていると1%のエスタブリッシュメントだけが得をするといったのだ。

だが、世はトラップバッシングの大合唱だ。主は、トランプを擁護するつもりはないが、エマニュエル・トッド同様、このバッシングの大合唱は、1%のエスタブリッシュメントの勢力の息がかかった連中がバックにいると考えている。

報道をネットで見ると、極度の貧困層(一日の生活費が1.9ドル以下)が減少したという記事やニュースを見つけることが出来る。へー、めでたいと思う。

だが、これはおためごかしだ。絶対に格差は拡大している! 地球全体で見たジニ係数は拡大しているはずだと主は考えた。だが、ことはそう簡単ではなかった。

まず、一つ目は日経新聞で2017年の経産省が発行する通商白書の要約を載せている。この記事で、『「自由貿易は人々が懸念するような格差の要因ではない」と反論。所得格差を示すジニ係数を分析した国際通貨基金(IMF)の調査を引用し、「自由貿易は教育政策や労働政策と同様に格差縮小に寄与している」とした。』と書き、ジニ係数は縮小している(格差が縮小している)と書かれている。

日経新聞 通商白書の記事(自由貿易、格差縮小に貢献)

通商白書のデータ「貿易による所得格差への影響」

二つ目は、夕刊フジに掲載された経済学者高橋洋一氏の記事。ジニ係数のことが書かれており、ジニ係数には、課税前・社会保障給付前の「当初所得」、課税後・社会保障給付後の「再分配所得」の2種類があること、当初所得で見ると時の経過とともに悪化しているが、再分配所得で見るとほぼ横ばいで、「国際的に見て日本の所得の再分配機能は必ずしも弱いわけではなく、平均的であり、傾向としては再分配機能が強化されているというのが事実である。」と書かれている。

高橋洋一「夕刊フジ 日本の所得格差拡大は本当なのか 再分配機能は強化の方向にある」

上の二つは、どちらも間違っているわけではない。正しいのだが、地球規模でジニ係数が改善したのは、中国とインドの改善の影響が大きい。この後述べるが、先進国ではジニ係数が悪化、格差が拡大している。

こちらは、環境省が 2010年に発表した「環境白書」である。下のリンクは、白書の「序章 地球の行方 -世界はどこに向かっているのか、日本はどういう状況か-」なのだが、この一番下の部分にOECD加盟国(先進国)のジニ係数の推移が書かれている。下の方までスクロールしなければ出てこないので、図表を貼り付け、主の意見を下に書いてみた。

序章 地球の行方 -世界はどこに向かっているのか、日本はどういう状況か-

OECD加盟国ジニ係数

この表は、OECD加盟国(先進国)の1980年代半ばから2000年代半ばまでのジニ係数の変化をグラフにまとめたものだ。この表の見方だが、中心より右に棒があるときに格差が拡大していることを示し、棒が長いほど拡大の程度が激しいことを示している。見るとわかるように、先進国のうち、トルコ、ギリシャ、アイルランド、スペイン、フランスで格差が縮小している。それ以外の国では、格差が拡大している。日本は、OECD加盟国平均よりは低いものの、やはり格差は拡大している。

これを見て気付いた人もいると思うが、この表は2010年に作られており、格差を縮小した国(トルコ、ギリシャ、アイルランド、スペイン、フランス)は、2008年に起こったサブプライムローンが引き起こしたリーマンショックで大きな被害が出た国だ。これらの国で、金持ちたちが大きな被害を被ったのが良く分かる。おかげで、格差が縮小した。他国では、20年間の間に格差は広がったことを示している。リーマンショックがもしなければ、すべての先進国で格差が広がっていただろう。

【結論】自由貿易により格差が縮小したと言われているが、非常に貧しい国の人々の生活がわずかに改善したことが原因だ。縮小の原因が、自由貿易にあると結論付けるのは無理だ。「縮小の原因が貿易にある」というのであれば、いいかもしれない。1ドルで暮らしていた貧しい人が2ドルで暮らせば、倍だ。人数が何億人ともなれば、統計的な影響は非常に大きい。何故ならジニ係数は、1人1票としてカウントされるからだ。

だが、先進国ではジニ係数(格差)が拡大していることが見える。生産や輸出入の金額のウエイトを、両国の企業と貧しい人々の生産高で比べると、両国の企業のウエイトの方が圧倒的に高いだろう。それを考える時、その企業は自由貿易でさらに儲けを大きくし、先進国内での企業家と労働者の格差を拡大しながら、途上国の国民を広く極めて浅く、豊かにしたということだろう。前にも書いたが、これは地球全体で見て、幸せ度が増えたということは言えない。先進国で格差が広がることが、本来のもっと高い潜在成長率の実現を妨げ、途上国ではもっと大きな賃上げが実現されて然るべきだ。この差が儲けとなってエスタブリッシュメントに行っている、というのが主の考えだ。

また、日本のデータを見るとき、高橋洋一氏の指摘にあるように、課税後・社会保障給付後の「再分配所得」のジニ係数はほぼ横ばいだが、課税前・社会保障給付前の「当初所得」のジニ係数は拡大していることを指摘されている。これは何を意味しているか?

これの意味するところは、統計に捕捉されている人(年金生活の老人、生活保護受給者など)は、格差の拡大に対し社会のセーフティーネットがカバーし、その額が大きくなっていることを意味する。だが、統計に表れない子供、学生や特定産業従事者(風俗関係、暴力団員など)、社会保障にアクセスできない人、社会から取り残された人などにとっては、相対的貧困度(格差)が年々、増しているはずだ。

おしまい