9月20日にエマニュエル・トッド*¹の新刊「なぜ日本が世界に必要なのか」が文春新書から発刊された。親爺は、「西洋の敗北」*²が2024年11月に出てから、次は何を言うのかと首を長くして待っていた。
親爺が感じるのは、トッドの世界観と分析があまりに的確だと思われるからだ。西洋だけではなく、世界全体を冷静で固定観念のない、フラットな目で見ていると思っている。
親爺は、彼をひとことで言うなら穏当で常識のあるヒューマニストだと思っている。
エマニュエル・トッドがこの本について、文芸春秋からインタビューを受けて答えるYOUTUBEが公開されているので、最後にリンクしました。
こちらも見てください。
1.トッドの分析手法は
トッドの分析手法の特徴は、世界各地域の家族形態に着目する点にある。各地域ごとの伝統的な家族形態が、その国の政治体制や価値観の深層と深く関連すると考えるところにある。
主な分類として、親と同居せず兄弟が平等に相続する「平等主義的核家族(フランスなど)」、子どもが成人すると親を離れて独立する「絶対主義的核家族(英米など)」、長男が家を継ぎ親と同居する「直系家族(日本、ドイツなど)」、兄弟が平等で親と同居する「共同体家族(ロシア、中国など)」と分類する。
この中で、一番歴史が古い形態は、「共同体家族」で、新しい(歴史が浅い)のが、「絶対主義的核家族」だと言う。つまり、大陸の中央部分の歴史が長く、周縁部は歴史が浅い。彼は、直系家族は秩序と階層を、共同体家族は権威と平等を重んじるなど、家族構造がイデオロギーの土台になると考える。
宗教の消滅プロセスも重要な分析手段にしており、カトリックとプロテスタントに区分したうえで、消滅過程を3段階に分けている。
第1段階は、人々が神を信仰している「宗教の活動的状態」である。
第2段階は、信仰は失われたものの、宗教に由来する道徳的・社会的習慣が依然として残っている「宗教のゾンビ状態」で、個人は依然として道徳的であり続け、価値観の体系に枠づけられ、集団として行動する能力を維持している。つまり、宗教は、「国民意識」や「階級意識」といった「イデオロギー」に代替され、当初の宗教集団は、「国民」や「階級」といった「イデオロギー集団」に置き換わる。
第3段階は、宗教的価値観が完全に消失する「宗教のゼロ状態」である。宗教ゼロの状態になったと判断する時期は、各国が同性婚を認める法律を作ったときだと考えている。(大体2001年のオランダから2017年のオーストラリアまでの間に、欧米各国は法制化している。)
同時に、識字率や乳児・成人死亡率などの人口動態データ、経済動向、政治動向で分析し、既存の政治学とはまったく違ったアプローチで社会の地殻変動を予測している。
2. トッドの世界観 西洋の没落とウクライナ、イラン戦争
1 現状認識(まとめ・結論)
アメリカは、ベトナム戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争で実質的に敗北を喫したが撤退は出来た。しかし今のウクライナ人を代理人に立てて遂行しているあまりに余計で不必要なウクライナ戦争は、一つの『罠』のように襲いかかり、兵器在庫を枯渇させつつある。
おまけに、トランプ大統領はイランというべき「第2の戦線」にまで戦争を拡大した。イスラエルという代理人を全面的に活用しながらも、イラン戦争への関与はウクライナ戦争よりも直接的なものになっている。
侵略するアメリカと侵略されるイランの人的被害は、18人と3,500人と圧倒的に「非対称」だが、イランはホルムズ海峡を封鎖し、湾岸諸国を弾道ミサイルの脅威の下に置いた結果、ウクライナ戦争ですでに枯渇しつつあった米軍の兵器在庫はさらに浪費され、米軍は打つ手のない状況に追い詰められている。
ロシア、イラン、中国はアメリカを雁字搦めにするために、「連合」を組んでいる。「帝国」としての崩壊過程にあるアメリカは、現在進行中の「世界大戦」で「勝利」することはできないが、完全に「撤退」することもできない。「撤退」は「敗北」を意味するからだ。
アメリカ社会の上層部で権力争いをしているホワイトハウス、ペンタゴン(国防総省)、CIA、NATO、カネで政治を動かす超富裕層は、対外的には一致団結して、「自由」の美名のもとに、世界の人々の「自由」を抑圧する戦いを続けている。
ドイツの首相がメルツ首相に変わったことで、ウクライナ戦争でドイツを「再動員」することが可能になった。軍事部門への大規模な産業投資によって、ドイツはいまや西欧最強の軍事大国をめざすに至った。ウクライナ戦争が終結して、ロシアが西ヨーロッパに軍隊を差し向けるような事態が全く起きなければ(欧州の指導者層は「ロシアはウクライナの後はさらに西側に侵攻する」と騒いでいる。)、西ヨーロッパは、再び「ドイツの新たな軍事的脅威」に晒されることになる。
ドイツは、ウクライナ戦争の”毒”がまわって不安定化する一方だ。主人としてのアメリカ、とりわけドナルド・トランプの振る舞いが、直系家族型(長子相続で親子関係は権威主義的で兄弟関係は不平等)のドイツ社会をかつての”狂気”に導きつつある。
西洋諸国の指導者の言動が予測不可能であるなかでも、私が予測できるのは次の2点だ。
第一に、「戦争は不可避だ」というナラティブを世界に流布させているアメリカは、実際に戦争を引き起こそうとすること。
第二に、局所的な最適化に固執するあまり大局を見失いがちなドイツは、歴史の重大な岐路に立たされた際、「良い選択」と「悪い選択」のうち、往々にして「悪い選択」を選びがちであること。
2 何故、今のような世界になったのか
● 1992年共産主義が崩壊し、冷戦が終結したとき、世界は「楽観的」で、「西洋のリベラルな価値観」が支配していた。生産、繁栄、自由、平等(男女平等、米国の白人と黒人の平等)、何より平和への希望に満ち溢れていた。
● しかし、今日我々が西洋に見出すのは別物で、理想や価値観を誰も語らなくなったのが今日の「西洋」で、現実は国内産業の空洞化、生活水準の低下、自由の後退だ。不平等と格差の拡大である。人種対立が再び激化している。
● 西洋はかつて植民地統治というあまりに傲慢な振る舞いで世界を不当に支配していたが、今再び非西洋のその他の世界に対して信じがたいほど傲慢な態度をとっている。その帰結がウクライナと中東の戦争である。
● 西洋が敗北した最大の問題は、西洋が自らの力を信じがたいほど過大評価し、ロシアの力を過小評価していたことだ。ウクライナ戦争の直前、ロシアとベラルーシのGDP(国内総生産)は、西側諸国(アメリカ、カナダ、欧州、日本、韓国)のわずか3.3%だった。
しかし、西側諸国はウクライナに十分な兵器を供給できなかったのに対し、3.3%の方がより多くの兵器を供給できた。西洋の生産力不足という現実を露呈させた。
● トッドに言わせると、西洋においては、「ウクライナ戦争はロシアがウクライナに侵攻したから始まった」と理解されている。ロシアがウクライナに侵入したのは事実だ。しかし、ウクライナを取り込んでロシア国境にまで迫る「NATOの東方拡大と、ウクライナ人自身による(ウクライナの)ドンバス地方のロシア系住民に対する武力攻撃」こそが、ウクライナ戦争の原因である。
ロシア人の「この戦争は防衛戦争である」という理解は、完全に正しい認識だ。
「西洋、すなわち(ウクライナに武器を提供して戦争を誘発した)アメリカと欧州こそが侵略者であるというのが客観的な事実だ。私が何より驚かされるのは、侵略者側が自分たちこそ攻撃された被害者であり、自分たちは防衛しているのだ」と思い込んでいることだ。
これほど明らかな現実を否認する西洋の精神状態には、「狂気」と呼ぶほかない要素を感じる。
● GDPという指標がもはやモノを生産する「真の生産力」を示していないことが露見した。生産力の衰退の原因は、西洋の国のエンジニア養成の能力の欠如に由来する。これがウクライナ戦争でロシアがアメリカに勝利した最大の要因だ。(ただし、日本とドイツはロシアに近い状況がある。)
3 プロテスタンティズムの消滅と教育の崩壊
● アメリカにおいて、世代ごとの高等教育履修者の低下(量的低下)と学生の学力低下(質的低下)の両面の低下によるアメリカの教育水準が低下した。
● この背景には、プロテスタンティズム(読み書きを重視し、大衆の識字化に貢献)という宗教の力が消滅し、教育の崩壊をもたらした。
● 宗教(キリスト、ユダヤ教の一神教)の3段階の消滅が起こり、道徳や倫理観が失われた。その結果、ニヒリズム(虚無主義)が台頭し、事物の破壊、人間の破壊、現実の破壊へと向かう衝動に西洋は駆られている。
● (最初の説明と重複するが)宗教消滅の3段階は、①宗教の活動状態②宗教のゾンビ状態③宗教のゼロ状態に分けられる。
②のゾンビ状態は、信仰が失われたものの宗教に由来する道徳的・社会的習慣が依然として残っている状態を意味する。
今の③のゼロ状態は、宗教から受け継がれた価値観を喪失し、もはや集団として行動を起こすことができない。
● 個人はこの宗教ゼロの状態で「自由」を享受するとはならない。むしろ人生の意味、この世界で自分は何をしているのか、自分の存在の目的は何かといった難題に一人で直面し、ニヒリズムが登場する。
虚無への不安が、虚無の神格化、虚無の賛美へと変貌し、事物の破壊、人間の破壊、現実の破壊へと向かう衝動が生じる。これが西洋の精神状態である。
西洋諸国の戦争の衝動の根底には、ニヒリズムが存在している。これが西洋が戦争を好むようになった道徳的背景である。
3 トッドの見るウクライナとイラン戦争分析
1 ウクライナ戦争からイラン戦争へ
アメリカのウクライナ支援の目的は、「ウクライナを救うこと」ではない。戦争に勝利することは不可能となったなかで、「ロシアにできるだけ多くの犠牲を強いること」「ロシアを可能な限り弱体化させること」が目的になっている。ゆえに、アメリカは「ウクライナ人が最後の一人になるまで」、ウクライナに戦わせるだろう。ウクライナは”支援”を続ける西洋によって事実上”死刑”を宣告されている。
こうした状況をロシア指導層は冷静に把握している。表向きはアメリカとの対立を避けているが、本音ではアメリカとの交渉など当てにしていない。信用できないからだ。
ロシアは大規模動員による「短期決戦」という選択肢を避けて、兵士の犠牲を最小限に抑え、国民の日常生活を維持しつつ人的資源を温存することだった。加えて、ロシアは、アメリカがイランを奇襲攻撃して以降、ウクライナ戦争とイラン戦争という2つの「戦線」のつながりを冷静に見極めようとしている。現在、アメリカは欧州、極東、ペルシア湾岸の同盟国(というより「属国」と呼ぶにふさわしい)のすべてを危険にさらしている。
とくにロシアが注視しているのは、ホルムズ海峡の封鎖が欧州経済を破壊しつつあることだ。石油、肥料、アルミニウムの供給不足は、ロシアからのエネルギー供給が絶たれ、すでに弱体化している欧州経済をさらなる危機へと追い込んでいる。
ロシアにとって唯一の合理的戦略は、ウクライナの戦場に大量の兵士を送りこみ、無駄に消耗させることではない。彼らがじっと待っているのは、ウクライナを支援する欧州経済が自ら崩壊するその瞬間だ。欧州が音を上げれば、必然的にウクライナ戦争は終わる。
ロシアにとって重要なのは、ウクライナの前線での消耗戦ではなく、南部戦線でイランを支援することで、西洋を揺さぶり続けることだ。
アメリカは、イランの権力構造を見誤っている。同じ「イスラム」だということで、「アラブ」と「ペルシア(イラン)」、「スンニ派」と「シーア派」の違いが見えていない。スンニ派のアラブ諸国の特徴は、男系の親族ネットワークの強さにある「男系の一族(クラン)が「国家」よりも強力であるために、「国家」の建設が困難だ。
それに対して、イランは、ペルシア帝国の末裔で、2500年にわたる「国家建設」の伝統と歴史を引き継いでいる。1979年の「イラン・イスラム革命」の意味をアメリカは理解できていない。「民主化革命」で「王政」を打倒した「共和国」であり、フランス革命やロシア革命のイトコである。イラン革命は「宗教的革命」だったが、イギリスのピューリタン革命も神の名において王政打倒に至った点で同様である。
2 どの国も「撤退」も「総動員」もできない戦争
ウクライナ戦争の実際の死者数は、正確にはわからないが、ウクライナ側の死者数は相当数に達していると思われるが、第1次、第2次世界大戦とは比べ物にはならないだろう。
ロシア側の死者数は西側メディアが流している情報よりはるかに少ないはずだ。イラン戦争にしても同様で、「世界大戦」としては、極めて小規模な死者数にとどまっている。
我々は今、「奇妙な世界大戦」の渦中にいる。軍事的にはそれほど厳しくない戦争が、これほど重大な歴史的意味を帯びているのが、この戦争の特異な点だ。どの国も人口減少の局面にあり、全面戦争に突入するための十分な資源も明確な意思もない。
つまり、どの国も戦争から抜け出すことができない一方で、どの国も完全な形で戦争を遂行することもできないという、一種の膠着状態に陥っている。
4 中国、ロシア、イランの合理性
● トッドは広島大学の講演で次のように言った。「私たちが目にしているのは、新たに生まれた『西洋の非合理性』です。トランプやメルツだけでなく、マクロン大統領やスターマー英首相(2026年7月辞任)の頭の中も支離滅裂です。そして奇妙なことに、プーチンや習近平といった人物のほうが、彼らなりの論理に基づいて予測可能で一貫した言動をとっている。最も権威主義的なシステムの方が、リベラルなシステムよりも、『合理的』であるのを目の当たりにして、いま私は恐怖を感じています。」
● 「理性的な独裁」と「非合理的なリベラル」
西洋が敗北を迎えつつある今、世界で奇妙なことが起きている。地に足がついた長期的な視点から、自らの国益に沿った戦略的思考に基づいて合理的に振る舞い、その言動が予測可能で信頼できるのは、イランやロシアや中国といった「権威主義体制の国家」の方だ。
他方、近視眼的で戦略的思考を欠き、自らの国益に反する場合もそのことに無自覚で、忙(せわ)しなく非合理的に動き回り、その言動が予測不能で信頼できないのは、「リベラル」を自称してきたアメリカと欧州の方だ。
● これは究極のパラドックスで、理性的であるのは「独裁者」の方で、「リベラルであるはずの指導者」の方が思慮を欠き、日々、気まぐれに意見を変え、欧州の指導者が自国民を苦しめ、アメリカが自分の同盟国を破壊しているのは、まるでSF小説の世界だ。
いま両陣営が激突している「第三次世界大戦」を目の前にして、私は「独裁国家がどうか冷静でいてくれることを願おう」と、なんとも奇妙な心理状態にある。このSFのような世界の中心にいるのは、トランプ氏だ。彼が世界最強国の大統領であること自体が、SF作家ですら想像できないほど奇妙な現実だ。
長くなってしまった。まだまだ、トッドは目を見張るようなことを言っているが、すべてを紹介するわけにはいかない。
彼が、タイトルにある日本に何を期待して必要だと言っているのか、ということについても触れていない。そのため、これについてと、高市政権に対する危惧と期待について、親爺の意見を、次回頭を整理してから述べたい。
5 トッドのYOUTUBE ぜひご覧ください!
トッドがこの本についてのインタビューに答えています。今起こっているドイツの脅威、日本がとるべき方向など、驚き満載です。ウクライナ戦争、イラン戦争が、終結の兆候が見えてきて、あと1年以内に解決するかも知れないとも語っています。
おしまい
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*¹ エマニュエル・トッド 1951年生ユダヤ系のフランス人。歴史人口学者、家族人類学者、統計学者。国、地域ごとの家族システムの違いや人口動態に着目する方法論で分析。ソ連崩壊、米国初の金融危機(リーマン・ショック)、アラブの春、BREXIT(ブレグジット)、トランプ当選を予測したと有名である。
*² 「西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか」(仏語版は2023年10月発刊、日本語版は2024年11月大野舞訳 文藝春秋) 世界15カ国以上で翻訳されベストセラーになる。内容が欧米の国にあまりにも批判的な内容のため、唯一英語版の出版を引き受ける会社がなかったが、2年後、2024年5月にイギリスの出版社から出た。













