お金の成り立ちは?! ② 

〈アイキャッチ画像は、親爺のパプアニューギニア勤務の2013年東ハイランド州の州都ゴロカで行われた建国記念日のお祭り《ゴロカショー》で撮ったものです。ゴロカは1600mの高地にあり常春の気候で、朝晩寒いくらいです。《ゴロカショー》では、全国から100もの部族が集まりシンシンという踊りを順に披露します。

親爺が勤務していた頃にはもう、哲学者レヴィ・ストロースやパプアニューギニアで原住民のフィールド調査をした進化生物学者のジャレド・ダイアモンド(UCLA教授でピューリッツァー賞を受賞しました)らが、未開社会に暮らす人々が、現代人と同等の知力とサステナブルな社会を維持する能力があることを明らかにしていました。〉

わたしたちは、お金を毎日使っていますが、どう生まれたのかは案外誰も知りません。共同体や社会の中で生きる私たちは、人から何かしてもらったら、同等かそれ以上のお返しをしようと思います。お土産をもらったら、返礼をしなくちゃと思います。他者と共存し平和に生きるために無意識にこうしているのです。お金もそうで、貸し借り、債権と債務といったことを考えてみたいと思います。

レヴィ・ストロースは、「構造主義」で人類の種族のほとんどが、夫婦にとって一番大事な娘を嫁にやり、息子に家を継がせ他家から嫁をもらうことをしており、それが共同体全体を平和に維持する仕組みだと考えた。これは、貸し借りの恩義の中で、最高で究極の仕組みだ。近親婚は病気の子どもが生まれる確率が高いというよりむしろ、他家族、他部族との同盟・協力関係を作り出し、共同体の平和を継続的に維持するための禁忌(タブー)だと考えた。

パプアニューギニア(日本の真南の赤道あたり、オーストラリアの北にあります。)のトロブリアンド諸島は、ユニークな母系社会(男性に財産権がない)で、独自の生殖観(男性の精液が受胎をもたらすとは考えられず、子供は死者の島から戻って女性の体に入ると信じられている)、父親と子供は「血のつながりがない」と考えられているが、父親が世話をすることで、子が父に似てくると考えられている。また、子供に対して法的な権利や権威を持つのは、母親の兄弟(母方のオジ)という独特の文化、習俗の島である。

この諸島では「クラ(Kula)」と呼ばれる、文化人類学の歴史において最も有名な儀礼的交易(贈り物のネットワーク)が行われているが、これが非常に興味深く、面白い!!

ニューギニア島の東部沖にある環礁からなる島嶼群で、パプアニューギニアのミルン湾州に属する。先住民が20,000人ほどが住み、大部分が最大の島のキリウィナ島に住む。その他にはカイレウナ島(Kaileuna)、ヴァクタ島(Vakuta)、キタヴァ島(Kitava)などがある。(Wikipedia)

レヴィ・ストロースは、「構造主義」で人類の種族のほとんどが、夫婦にとって一番大事な娘を嫁にやり、息子に家を継がせ他家から嫁をもらうことをしており、それが共同体全体を平和に維持する仕組みだと考えた。これは、貸し借りの恩義の中で、最高で究極の仕組みだ。近親婚は病気の子どもが生まれる確率が高いというよりむしろ、他家族、他部族との同盟・協力関係を作り出し、共同体の平和を継続的に維持するための禁忌(タブー)だと考えた。

パプアニューギニア(日本の真南の赤道あたり、オーストラリアの北にあります。)のトロブリアンド諸島は、ユニークな母系社会(男性に財産権がない)で、独自の生殖観(男性の精液が受胎をもたらすとは考えられず、子供は死者の島から戻って女性の体に入ると信じられている)、父親と子供は「血のつながりがない」と考えられているが、父親が世話をすることで、子が父に似てくると考えられている。また、子供に対して法的な権利や権威を持つのは、母親の兄弟(母方のオジ)という独特の文化、習俗の島である。

この諸島では「クラ(Kula)」と呼ばれる、文化人類学の歴史において最も有名な儀礼的交易(贈り物のネットワーク)が行われているが、これが非常に興味深く、面白い!!

レヴィ・ストロースは、「構造主義」で人類の種族のほとんどが、夫婦にとって一番大事な娘を嫁にやり、息子に家を継がせ他家から嫁をもらうことをしており、それが共同体全体を平和に維持する仕組みだと考えた。これは、貸し借りの恩義の中で、最高で究極の仕組みだ。近親婚は病気の子どもが生まれる確率が高いというよりむしろ、他家族、他部族との同盟・協力関係を作り出し、共同体の平和を継続的に維持するための禁忌(タブー)だと考えた。

パプアニューギニア(日本の真南の赤道あたり、オーストラリアの北にあります。)のトロブリアンド諸島は、ユニークな母系社会(男性に財産権がない)で、独自の生殖観(男性の精液が受胎をもたらすとは考えられず、子供は死者の島から戻って女性の体に入ると信じられている)、父親と子供は「血のつながりがない」と考えられているが、父親が世話をすることで、子が父に似てくると考えられている。また、子供に対して法的な権利や権威を持つのは、母親の兄弟(母方のオジ)という独特の文化、習俗の島である。

この諸島では「クラ(Kula)」と呼ばれる、文化人類学の歴史において最も有名な儀礼的交易(贈り物のネットワーク)が行われているが、これが非常に興味深く、面白い!!

クラ交易用の首飾り(パプアニューギニア、トロブリアンド諸島)
Wikipediaから

「クラ(Kula)」儀礼的交易(贈り物のネットワーク)

1. 2つの「貴重品」が逆方向に巡る
島々をクラで交換されるのは、日常品ではなく「宝飾品(貴重品)」です。これらは首飾りのように身につけることもできますが、実用性はなく、所有すること自体の「名誉」が重視されます。

  • 🟥 ソウラヴァ(Soulava)
    • 赤い貝殻で作られた長いネックレス。
    • クラの円環(ネットワーク)を「時計回り」に移動します。
  • ⬜ ムワリ(Mwali)
    • 白い貝殻で作られた腕輪。
    • クラの円環を「反時計回り」に移動します。

ある島で「赤いネックレス」を受け取った人は、次に別の島の人へそれを渡さなければなりませんが、その見返りとして必ず「白い腕輪」を受け取る、という形で円環が回っています。

2. 「所有」ではなく「一時的な保持」
・一生モノにはできない:
 これらの貴重品を、一人がずっと自分のものにすることは許されません。通常は数ヶ月から1〜2年ほど手元に置いた後、必ず次のパートナーに贈らなければなりません。
・モノに宿る「歴史」が価値: 価値のある古い宝飾品には、過去にそれを所有した偉大な首長たちの名前やエピソード(物語)が記憶されています。有名で歴史のある宝飾品を「一時的にでも自分の手元に置いた」ということ自体が、男性たちの社会的な地位や名誉(ムワリ)を高めます。

3. お返しは「同等以上の価値」で
・
クラは商業的な「物々交換(取引)」ではなく、あくまで「贈り物の交換」です。
・宝飾品を贈られた人は、その場ですぐにお返しをするのではなく、次の機会に「同等か、それ以上の価値がある宝飾品」をお返し(返礼)しなければならないという、強い社会的ルール(互酬性)があります。

4. 社会的な役割:平和の維持と商業の活性化
なぜこのような一見、非効率なことをするのでしょうか?それには重要な社会的理由があります。

  • 戦争を防ぐ外交ルート: かつての島々は言語や文化が異なり、放っておけば敵対・戦争が起きる関係でした。しかし「クラのパートナー」という生涯の友人関係を結ぶことで、海を越えた平和的な同盟が維持されました。
  • 実利的な「物々交換」のチャンス: クラの儀礼的な交換の「ついで」に、島民たちはカヌーに日常品(ヤムイモ、土器、カヌーの材料、石斧など)を大量に積んでいき、島ごとの特産品を交換するリアルな商業交易(ギムワリ)も同時に行いました。

この命がけのカヌー航海を伴う「クラ」は、島々の男性たちにとって人生最大の関心事であり、富と名誉をめぐる一大エンターテインメントでもありました。

まとめ

こうしてみると、人間が生きていくうえで他人と共存、協力しながら生きるというのは、大事なものを他者に与えることと、受け取った者がその恩に報いるというのが、根底に共通すると考えてよいと思う。そのやり取りの究極のものが、婚姻であり、部族によって結婚可能な範囲が異なっている。

日本ではいとこ婚が認められているが、交叉いとこ婚(異性の兄弟姉妹の子ども同士の結婚)は多くの社会で推奨されるのに、平行いとこ婚(同性の兄弟姉妹の子ども同士の結婚)は禁止されたり、逆もあったり、生物学的な血縁の近さだけでは説明できないパターンが世界中に見られます。もし近親交配の危険を避けることが目的なら、いとこ同士の扱いに差が出る理由がありません。

このギブアンドテイク、贈与と返礼の関係はあらゆるものに当てはまる。例えば、日本の封建時代の領主と農民を考えても、領主は領民の安全を保証し、農民は年貢を納める義務がある。(親爺は領主と農民が対等な関係であり、平等に利益を得ているとは言っていません。逆らえば殺される関係が背後にあると思っています。)

旅先の親戚や知人にさえ、お土産を持っていき、受け取った側は心理的にお返しをしようと考えるでしょう。スポーツでもそうでしょう。チームメイトが最大の努力をして頑張っているとき、あなたも最大の貢献をしようと思うでしょう。これは、たった一人で生きている人間ならいざ知らず、協力しあって人と共存する人間には自然なことだと思う。

おしまい

ブラジル ボアッチ(出会い系バー)の話

————-2022.8.24追記しました————

第2弾は、ボアッチ(出会い系バー)の話。

いきなり最近の政治ネタになってしまうが、獣医学部設置をめぐる加計特区問題で、文部省の前川前事務次官が出会い系バーに出入りしていたと、読売新聞が報道し、ソースが官邸のリークだと他のマスコミが叩き、三面記事的な話題なこともあり、菅官房長官も入って両サイドから盛大に報道された。

出会い系バーは、ボアッチの日本版だと考えてもらえばよい。とうとう日本も、ブラジル化したもんだと思った。ブラジルの方は少し明るいかもしれない。下は、ググったら出てきた前川前事務次官が行ったという、出会いバーの紹介ムービー(YOU TUBE)だ。

出会い系バーもボアッチも、女性のところへ客の男性が行き、交渉次第でお持ち帰りができるというところは一緒だ。下の写真の1枚目は、ボアッチの感じが出ている。ソファが並べられ、派手な照明とロックなどのうるさい音楽が大音響で流れている。繁盛する時間帯になると、下の写真のようになる。入場料は女性無料、男性5000円くらいか。(昔の話なので、今は違うかもしれない)銀座や大阪・北新地のクラブのように専属の女性がいて、ママやホステスが話し上手で接待するというシステムではない。キャバクラ同様、女の子が客にドリンクをおごってくれとか言ってくる。ブラジル人はこだわりがないので、断っても何の問題もない。

昔は、南米の美人が多い国を、ABCとか、3Cとか表現した。ABCは、アルゼンチン、ブラジル、チリに美人が多いという意味で、3Cというのは、チリ、コスタリカ、コロンビアだと思う。間違っているかもしれないが、ブラジルを除いて、これらの国はみな、欧米が出自の国の女性たちだろうと思う。

主は、これらの国でブラジル以外で行ったことのあるのはアルゼンチンだけだ。だが、アルゼンチン女性は、日本人のことを黄色の洗濯屋くらいに考えており、おそらく、黄色人種は一段下に見られている。(洗濯屋さん、すみませんm(__)m)その点、ブラジルは混血が進んでいることもあって、多民族、多人種なため、日本人に対してもフレンドリー、むしろ、日系移民のこれまでの貢献により、明らかにリスペクトしてくれる。

主が説明するのは難しいが、何故、ブラジルに混血が多いのか。その混血のせいで、人種へのこだわりが少ないように思える。聞いたところだが、遥か昔、アフリカからつれて来られた奴隷を乳母にしたり、子供の面倒を見させたりして、欧米系の子供たちが黒人を身近に感じて育ち、偏見を持たずに育ったからだという。結果、混血の比率が非常に多い。(外務省のHPによると、欧米系48%、混血43%、アフリカ系8%、東洋系1%、先住民0.4%とある)

ポルトガル人がブラジルを植民地にしようと先住民と戦った16世紀、先住民を奴隷にし、先住民同士を戦わせようとしたのだが、彼らは奴隷にされ、いくら酷い仕打ちをされても働こうとしなかったという。それで仕方なく、黒人奴隷をわざわざアフリカから連れてきたとのことだ。

主が好きな文化人類学者のジャレド・ダイヤモンド*注の著作「銃・病原菌・鉄」のなかに、南米の先住民たちは、欧米人が持ち込んだチフス、ペストなどの病原菌に対し、免疫が全くないためバタバタ死んだとか、欧米人の銃に打倒され根絶やしにされたとか書かれている。結局、ブラジルの場合、先住民はほとんど絶滅に近く、アマゾンの奥地くらいにしか生き延びることができなかった。

*注 ジャレド・ダイアモンドは進化生物学、生物地理学等の幅広い知見を持つアメリカ人で、UCLAの教授。著作の「銃・病原菌・鉄」「文明の崩壊」などオススメだ。パプア・ニューギニアでもフィールドワークをしている。壮大なスケールで「人間とは何か」を問い続ける。彼のおかげで、主のぼんやりしていた文明観がかなりはっきりしたと本人は思っている。

泣ける映画だ。(アマゾンから)

前にも書いたが、ブラジルは格差が大きく、お金に困っている人が多い。男が体を売るケースは少ないが、女性は簡単で多い。金に恵まれない男に多い職業で、最初に思いつくのは靴磨きだ。客の靴を乗せる台を肩に担ぎながら、酒場などを回って客の靴を磨く。主が愛するブラジル映画「フランシスコの二人の息子」は、貧乏な息子たちが、苦労しながらセルタネージョ(カントリーミュージック)で大成功を収めるサクセスストーリーだが、子供時代の主人公は、学校へ通いながら靴磨きをしていた。ブラジル映画なかなか、いいっす! 切ないっす!

ブラジリア当時唯一のゴルフ場と湖に架かる自慢の斜張橋。センスの良さが窺える

主がプレーしたゴルフ場のキャディーも、金に恵まれない男の職業だろう。主のキャディーをよくしてくれた男は、「公務員試験を受けるが、倍率が凄いんだ。会場の周りに何百人も受験者がいるんだ」と言っていた。明るい顔をしているがみんな大変なのだ。

最初に戻って、ボアッチネタに戻りたい。主が日本から赴任する直前、周囲のブラジル通からボアッチのことを教えてもらった。現地へ行き、タウン誌に書かれていた広告を見つけ、期待をふくらませながら実際に行ってみた。だが、お店が回転してしばらくすると、どうもカップルがソファなどで抱き合ったりキスしたりしているのだが、男同士に見える。目を凝らすと、男同士だった。店員に確認したら、やっぱり、ここはホモセクシュアル専用のボアッチだった! とほほ(涙)ブラジルは広い!

VICTORIA HAUSという名のLGBT向けのボアッチ

そういう失敗を重ねて、やがて、ブラジリアにも何件も普通の、今風に言えばストレート向けのボアッチがあるのが分かった。どうやら、ブラジルという国どんな小さな田舎でもボアッチはあるらしい。店の扉のところには、屈強な大男がガードしており、(たいていは警官OBらしい)、中には女性たちがいる。男は入場料がいるのだが、女性は無料だ。ブラジル人たちは、お酒を飲みながら何を話しているんだか、ゆったりとだべっている。もう記憶が定かではないが、彼女たちを連れ出すときにお店に料金を別に払うシステムだったと思う。

下記のリンクにボアッチ噺の続編を書きましたので、よろしければご覧ください。

ブラジル ボアッチの話 その2

おしまい