ジャンヌ・ダルク高市早苗で日本再生の希望が見えるか?

親爺は、高市早苗がジャンヌ・ダルクになれるかと思っていた。ジャンヌ・ダルクは、英仏の百年戦争で、フランスを勝利に導いた愛国心に燃えた少女である。しかし、彼女はイギリスに囚われ火刑の刑に処された。 ジャンヌ・ダルクではなくサッチャー元首相を手本にしたいという高市早苗は、苦難の末に総理大臣に就任し、今までの菅、岸田、石破内閣とはまったく違う有能な閣僚を揃え、マスコミの記者たちを寄せ付けないレベルの応答をしており、様相が全く違う。高市自身も、公明党が離脱した後、維新との連立を手早く組み、アメリカ大統領、韓国大統領、中国国家主席との会談を大成功させた。

もちろん、反対勢力も足を掬おうと虎視眈々と狙っている。テレビ、新聞はもとより、裏で手をひく財務省がおり、自民党の内部にも権力闘争に敗れた反高市派がいる。社会にはLGBTや多様性のポリコレを声高に主張するウォークの連中もいる。戦争反対を叫び、対話で紛争を解決できると考える『お花畑の住民』もいる。アンタはガンジーか、キング牧師か。

この後、高市がどの程度の成功するのかわからない。しかし、ガソリン税の暫定税率の年内廃止に目途を立て、外交手腕を見て株価が5万2千円ほどになっているのをみるとマーケットも彼女を肯定的に見ているのがわかる。株価は景気の先行指標の性格もある。実体経済が回復し、国民の懐が温かくなるだろうか?日本は復活するか?その観点で、親爺が考えているところを書いてみる。

1.親爺が期待するプライマリバランスの放棄

 彼女の経済に対する主張は、つまるところプライマリバランスの当面の放棄である。プライマリバランスというのは、毎年度の収支(歳入と歳出)を均衡させるというものだ。この基準が日本の経済成長を妨げてきた。 高市も財務大臣の片山さつきも財源が足りなければ国債を発行する、国債発行で経済成長すれば問題はないと言い切っている。また、財務省は日本のGDPと比べた国債残高が外国より高いと危機感をあおるのだが、高市、片山は「それはグロスの話でしょ。ネット(純負債)で考えると問題ない」と考えている。つまり、財務省は負債の絶対額だけを見ているが、負債から資産を引いた額で考えることができるというのだ。このネットの額で負債を見ると、日本は日本はカナダに次ぐ健全財政の国ということになる。

2.親中政策から転換

公明党の存在が、中国に対する遠慮につながっていた(媚中)と言われる。例えば、ウイグルでの人権侵害、日本人がスパイ容疑で拘束されたり、南京事件の日に駐在員の子弟が惨殺されたりしても満足に抗議できなかった。多くの国会議員や記者がハニートラップに引っかかっているともいわれる。公明党の離脱で、遠慮する必要がなくなった。

3.再生エネルギーからの方向転換 

太陽光パネルが山を切り開き自然破壊をしながら敷き詰められている。東京都の小池知事は住宅の新設に合わせて、屋根に太陽光パネルを設置するよう条例を定めた。この太陽光パネルのほどんどは中国製である。最初のうちは日本のメーカーが先行していたが、中国製が価格で圧倒し日本製は太刀打ちできない。このパネルは経年劣化し、年月が来ると産業廃棄物になる。また、発電コストが高く、再エネを推進するために「再エネ賦課金」として電気料金に上乗せされている。こうしたデメリットだらけの太陽光パネル推進を止めようとしている。こうした中国製パネルで儲けている国会議員の名前がネットでは簡単に出てくる。

4.馬鹿げたトランプのノーベル平和賞推薦

高市が、トランプをノーベル平和賞に推薦すると言ったことは、会談での唯一の失敗だろう。ウクライナ戦争にしろ、ガザのハマスとイスラエルの紛争にしろ、原因はそもそもアメリカにある。ウクライナ戦争は、アメリカが約束を破ってNATOを東方拡大させてきたからロシアが危機感を抱いたのが原因だし、ガザは根本的に、選民思想のイスラエルが度を越した暴力主義で領土拡大に走ったものであり、世界中がイスラエルを非難する中、アメリカだけが資金源のイスラエルを是認しているからだ。自分が起こした戦争を止めて、ノーベル平和賞をもらうというのはあまりに虫が良すぎる。恥を知れというレベルの欺瞞だ。(というか、ノーベル平和賞自体が特定のプロパガンダである。ノーベル経済学賞も、主流派経済学者であるフリードマンの系譜の学者しか受賞できないし、・・・。)

5.最終ゴール 消費税の全廃

高市の経済政策の成功により、次のステップとして消費税の廃止をしてもらいたい。今回の総裁選の公約では、消費税の減免について触れていなかった。だが、高市は消費税の減免も検討すると言っているのだから。

おしまい

『ブラックアウト』(キャンディス・オーウェンズ)から《ポリコレ》と《構造主義》を考える

親爺が「今の世の中、何か変だな。」と思うようになって、しばらく経つ。ヨーロッパでは、アフリカの旧植民地だった国から貧しいイスラム系の移民が押し寄せ、受け入れた国で少女をレイプしたり、その国の文化に溶け込むことなく移民同士が住む地域を作り治安が悪化し、元々の住民は歓迎していないのに、政府やマスコミは、差別主義者と呼ばれることを恐れ、多様性やヒューマニズムの看板をいつまでも下ろすことなく、移民対策に本腰を入れようとしない。そのせいで、移民受け入れに反対する右派が勢力を拡大し、国家が分裂しそうな様相を呈している。そのとこについては、前に「西洋の自死」という本を読みブログに書いた。以下をクリックすると出てきます。

クリックしてもらうと、ジャンプします

どうやら、これはアメリカでも同様で、元祖はアメリカなのかもしれないと親爺は思うようになった。

例えば、アメリカ各地の大学などにある建国の英雄たちの像が引き倒されり、真偽のほどを詳しく知らないが、白人が衆人環境の下で、「白人で悪うございました。」と自己批判を迫られたりすることがあるという。実際問題として、国連代表や広報官は黒人だし、政府の広報官もそうだ。勿論人種を理由にした差別は許されないというのは正しいが、「ポリコレ」[1]とも言えそうだ。

人種によって《下駄を履かせて》入試の合格点などを変える制度を『アファーマティブ・アクション』(affirmative action=積極的差別是正措置)というのだが、先日、アメリカの連邦最高裁で、これが憲法違反だという判決が下りた。バイデン大統領は、直ちに反対を表明した。つまり、「逆差別」政策が公然とこれまで取られてきたわけだが、こうした「逆差別」は、正しいのかどうか。公平性をゆがめたり、当事者の能力向上に逆効果だったり、社会の合理性を欠くのではないかという疑問が当然ある。

他方で、LGBTQがアメリカではブームになっているという。アメリカの小学生の子どもたちの多くが、「ぼく(わたし)は、本当に男(女)なんだろうか?」と疑問を持ちながら暮らしているという。

ワシントンに住む国際政治アナリストの伊藤貫さんという方がYOUTUBEで言われているが、第二次大戦前には、LG(レズビアンとゲイ)の比率は1.7%、1945年から1965年のベビーブーマー世代の時期は、2.7%だった。ところが、その比率は8~9%になり、ここ5,6年で2倍になったという。特にひどいのが、UCLA法学部の調査で40%に達すると言われ、CDC(アメリカ疾病予防センター)の調査では、高校生の24%(男約10%、女40%)がLGBTQの問題を抱えていると言われるようになっている。 ここまで《性自認》に対する疑問が高率になると、何かのバイアス(世間の宣伝操作とか)が働いた流行が広がっているとしか思えない。

方やで、学校教育も腐敗しており、アメリカの公立学校では、差別を助長するとして、学生たちの成績をつける試験をしなくなっていると伊藤貫さんは言う。

[1] 「ポリコレ」というのは、”Political Correctness”から来たもので、直訳すると「政治的正しさ」という意味だが、これが行き過ぎている。つまり、アメリカでは「Black(黒人)」と表現していたものを差別感があるので、「African American(アフリカ出身のアメリカ人)」に変えたが、アフリカから来た人たちばかりではないという問題が残っている。他の例として、女性を表す冠詞「Mrs.」と「Miss」が統一され「Ms.」になったり、「看護婦」が「看護士」、「スチュワーデス」が「キャビンアテンダント」になったり、「痴呆症」から「認知症」への用語変更などもそうである。問題は、この「ポリコレ」が行き過ぎ、些細なことや本質と関係ないところを批判され、炎上させる手段として使われることだ。

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さて、ここからはこの『ブラックアウト』(キャンディス・オーウェンズ)の内容を見ながら、考えたい。東京女子大学学長の森本あんりさんの記事がこの本の内容をうまく要約されている。

https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20220620-OYT8T50059/ ☜ 読売新聞(森本あんり(神学者・東京女子大学長))の記事から

  1. 「ブラックアウト」の題名は、普通なら「停電」という意味だが、本書では黒人にリベラルメディアという偽りの灯からの脱出を呼びかける言葉になっている。
  2.  著者によると、アメリカの黒人が直面している問題は、人種差別ではなく家庭の父親不在であり、それを奨励する大きな政府であり、自立と勤勉さを阻害する福祉制度である。
  3.  2016年にトランプが勝利すると、リベラルは投票に行かなかった黒人たちをなじった。ジョンソン政権以来、黒人を便利な無言の票田としか見ていなかったからである。リベラルが黒人を自律的な能力主体とみなさなかったため、格差は増大し、失敗を社会や差別のせいにする安易な被害者意識だけが積み上がった。
  4.  著者は昨今のBLM運動にも手厳しい。黒人が警察官に殺されるより、警察官が黒人に射殺される方がよほど多く、シカゴでは殺人事件の7割が黒人同士によるものという。#MeToo運動も、男らしさや夫への依存を 蔑さげす むリベラルな白人女性のもので、家族と信仰と教会を大切にする黒人の友にはならない。
  5.  今日、父親不在で育つ黒人は75%に上るが、この数字は家族がバラバラに売られた奴隷制時代よりも悪い。政府も、父親のいない家庭だけに貧困給付金を配る。かくて国家予算最大項目の福祉は、父親の役割を期待されない無責任男性を生産し続ける。これが黒人「再奴隷化」の仕組みである、と著者は解説する。
  6.  こんな主張をするのは目立ちたがり屋の例外だ、と言うのは容易である。だが、現在の比率で黒人票が共和党に流れ続ければ、今秋の中間選挙だけでなく、次の大統領選挙も民主党に勝ち目はない。その帰結を、全世界の人々が 否応いやおう なく受け取ることになるのである。我那覇真子訳。

上の文章で、「リベラル」と書かれているのは、民主党あるいは民主党支持者と読んで差し支えない。つまり、民主党の福祉政策によって、長年、黒人が民主党へ投票するシステムが出来上がっているが、これが黒人の置かれている問題の大前提としてある。

その上で、キャンディス・オーウェンズが支持するトランプ前大統領が演台で、過去60年以上にわたる大きな問題の黒人社会における貧困、教育の欠如、家庭崩壊について、次のように語っているという。

「アメリカの黒人が直面している最悪の問題は、白人至上主義ではなく、《堕落してしまった学校制度》であり、警察による人種差別ではなく、《家庭での父親不在》であり、人種差別的な雇用市場ではなく、《勤勉さと自立への道を阻害する福祉制度》である。」

彼女が言うには、黒人は本来、「黒人はお行儀のいい、悪いなんてことに反応しないのです。私たち黒人は、アメリカでも最も《ポリコレ》の真逆をいく集団です。ヒップホップを生み出し、アメリカ文化を堅苦しいものから遠ざけた集団なのです。」

ところが、長年の民主党の政策によって、黒人はずっと被害者の立場に置かれて来たし、黒人は甘んじてきた。おかげで、「黒人社会は、《ポリコレ》によってゆっくりと死を迎えようとしていました。長い間、私たちはオープンで正直な対話よりも、事なかれと見かけを気にした対話をしてきました。私たちは、真実を見つめることによって勝者になることを学ぶよりも、都合のいい噓や被害者であり続けることを受け入れることのほうを学んだのです。・・」

だから、この本の結論は、「黒人は民主党が作った奴隷農場から抜け出さないとならない(ブラックアウト)。」となる。

親爺の結論

この《ポリコレ》の正体を考えるには、現代の思想である哲学の発展があるのではないかと親爺は思っている。つまり、現代哲学をテコにして導き出された《ポリコレ》を使い、発言者を徹底的に批判して社会的生命を奪うことで、対立する勢力を打倒しようする別の勢力があり、彼らは現在主流の哲学を上手に利用しているのではないかと感じている。

この哲学の流れのことは、ごく最近親爺が知ったことで、YOUTUBEはかなり見たが、実際の本を読んだのはごくわずかで、ほぼほぼ親爺の感想というか、想像の域を出ない。あらかじめ断っておきます。

近代へ至る世界史を考えると、西洋人は自分たちだけが世界の中心にいることが許される人種で、黒人や黄色人種は人間ですらないと考えてきた。だから、先住民を皆殺しにして、世界中を植民地にして、アフリカの黒人奴隷を人間のカテゴリーに入れずに西洋諸国は発展したが、反省せずに済ましてきた。 この思想の背景には、西洋思想が他の思想よりも優れ、西洋思想がもたらした科学技術の進歩が、世界の発展をもたらし、西洋人が頂点に立つ資格があるという様なものだ。この考えは、キリスト教(カトリックとプロテスタント)の考えと非常に密接だった。

西洋人は資本主義を作り、フランス革命では、自由、平等と博愛をスローガンに掲げると同時に、ユダヤ人を虐待しながら発展してきた。果たして、自由、平等を謳う民主主義は普遍的価値なのか。資本主義の歴史も長くない。資本主義で商取引をするためにはグローバリズムが必要で、世界が同じ金融のルールに従わなければならない。グローバリズムは格差を生むだけでなく、環境を破壊し、競争が心の平和を失わせるエンジンである。

ところが、こうした西洋を中心とした進歩主義の考えはひっくり返る。否定し「止揚」(=矛盾する諸要素を、対立と闘争の過程を通じて発展的に統一)することで高次の段階へ進むという弁証法を唱えたヘーゲル(1770-1831)。キリスト教を否定し、「神はいない。自分に従って生きよ。」と言ったニーチェ(1844-1900)。「実存は本質に先立つ。」、「社会へ積極的に参加し、自由を自ら拘束していくことが、自由を最も生かす方法だ」という実存主義を唱えた共産主義者のサルトル(1905-1980)がいた。サルトルはベトナム戦争でも反戦を訴え、世界中で非常に大きな影響力があった。ところが、彼の主張は否定された。

レヴィ・ストロースは、「近親相姦のタブー」について、ブラジルの先住民族のフィールド調査を行い、このタブーが人類共通のものであり、それが「弱い遺伝子を持った子供が生まれるから」という従来の説を覆し、人類は、生来、いろんな部族と交流することで知識を獲得する性質を持っており、その具体的な方法として、《娘》の嫁入りにはどの種族にもタブーがあり、この《娘》の嫁入りは、極めて高いレベルの知識を使って行われていることを明らかにした。

構造主義と言われるレヴィ・ストロースらは、これまでのサルトルたちの《主体》を中心にする哲学に対し反駁し論争になる。しかし、サルトルは有効な反論が出来なかった。 文化人類学者で哲学者であるレヴィ・ストロースが、「近親相姦のタブー」[2]を研究し、この新たな発見によって主張したのは、世界を席巻している西洋の進歩主義は、正解ではないということだ。西洋文明も、世界中にある少数民族の文化と同一のレベルに過ぎない。人類の知恵のレベルは、《いわゆる未開》の民族も西洋人のレベルと同じで、彼らはサステナブルで発展可能な世界をつくる知恵を持っていると明らかにした。

その後構造主義は、ポスト構造主義といわれる主張へと変わっていくのだが、根底には、西洋思想が正解ではないといだけにとどまらず。絶対的な正解はないとか、言語や社会構造が、人間の思考そのものや、その人間の責任に帰すことが出来ないさまざまな制約条件になっているといい、既存の価値観をひっくり返した。

西洋が手に入れた『ダーウィンの進化論』を含む科学技術に対する信仰は、西洋を唯一無二の優れた文明だと考える思想から、西洋と他の少数民族の文明の間に優劣はないという構造主義にたどり着いた。それがキリスト教を否定し、先住民虐殺、植民地支配や黒人奴隷への西洋諸国の原罪意識を遅ればせながら生み出した。 そして同じく西洋中心の進歩主義の過ちに気づいた《ポリコレ》は、これを利用した。

テニスフリークの親爺は大坂なおみを批判する気は全くない。

しかし、現状で、実際に起こっていることは、『行き過ぎ』である。この本で言うように、アメリカで起こる殺人事件の7割は、黒人同士の間で起こり、白人警官が黒人に射殺される方が圧倒的に多いにもかかわらず、黒人が白人警官に殺されたという極めて少ない事件がクローズアップされ、過剰に報道される。それがBLM(ブラック・ライブス・マター)の報道であり、LGBTQの報道である。

また、アメリカで強く主張されるのが、《批判的人種理論[3]》(Critical Race Theory)というものである。これは、社会の仕組みが悪いから、黒人が貧困で社会的地位が低いままだというような単純化された理論である。この理論をもとに、小学校で偏向教育が行われ、南部の白人の多い州では「まるで白人が悪者になったような」教育が行われていたりする。こうした批判的人種理論に則った政策は、民主党が推進し、共和党が反対するという構図になっているが、親爺も行き過ぎだろうと思う。

そして、最初に戻って考えると、同じエルサレムで生まれ、同じ神を崇めるユダヤ教もイスラム教も変わらない(ように見える)が、さんざん他民族に暴虐を働いたキリスト教(カトリック、プロテスタント)は大いに変質した。

親爺は思う。《ポリコレ》派は、人間が言語と社会構造から逃れられないという構造主義の思想を使って、差別に苦しむごく少数者の苦しみを大きく取り上げて騒ぐことで、無関係の大多数を巻き込み、社会を分断・対立させ、あげくに多くの人(とくに一般の庶民であるキリスト教徒)を黙らせようとしていると思えてきた。

長くなってすいません。😨

おしまい

[2] 「近親相姦のタブー」 レヴィ=ストロースは、20歳を過ぎほどなく、ブラジルの新設サンパウロ大学で教授となる。休暇を利用して、カデュヴェオ族、ボロロ族の地に足を踏み入れるようになり、その後、ブラジルのナンビクワラ族やトゥピ諸族の現地調査を行うようになった。近親の女性と性交渉(結婚)の禁止は、女性の他集団への移動を促進する。

男性から見て、母方交叉イトコという結婚規則が存在する場合、女性は、A→B→Cという順に、循環的に交換される。(説明省略)

こうした縁組ルールは、女性を他集団へ送りだし、自集団に他集団の女性を迎え入れるという交換である。自集団だけで性交渉(結婚)していたのでは、やがて、集団は閉じてしまう(社会環境は成立しなくなる)。別の集団の間で性交渉(結婚)を行うことは、人類にとって、最も重要な次世代を生み出す女性の確保と交換を行う社会環境を成立させる。「結婚は女性の交換である」。インセスト・タブーは、社会を閉じて消滅させる不利な行為を禁止し、社会環境を人類社会にまで発展させることを可能にした。いいかえれば、インセスト・タブーの原理こそが、人類社会を成立させたのである。家族とは;はじめから交換する主体として家族があるのではない。禁止することによって、交換する主体としての家族がつくり出される。婚姻規則によって組織化されたその出自集団は、近隣の家族・親族集団と友好な関係を結んで、経済的資源の獲得をめぐって起きる争いを未然に回避し、平和的な秩序を維持しようと努める。(立教大学の【第8回】レヴィ=ストロースの縁組理論から)

[3] 批判的人種理論 人種差別は差別的な考え方を持つ個人の「心の問題」以上に、「社会そのものにある」と考え、長年の公民権運動やその後の諸改革にもかかわらず、人種的な差別や格差が根強く残っているのは、制度や構造が生み出しているという見方である。ところが、この理論が授業に持ち込まれ、白人が数的に圧倒的に多い南部や中西部の多くの州の人々は「自分たちがいつの間にか悪者になっている」「白人差別だ」と感じる。保守派のフロリダ州のデサンティス知事の言葉を借りれば「国家公認の白人に対する人種差別」「子供たちに読み方を教えるよりも、お互いを憎むことを教えたがっている」ということになる。(Yahooの上智大教授、前嶋和弘さんの記事から抜粋)

あるユダヤ人の懺悔「日本人に謝りたい」 その1

親父は、ここんところキリスト教国が変調しているとずっと感じ始めている。

例えば、ヨーロッパのキリスト教国にイスラム教徒のアフリカ難民が押し寄せ、押し寄せた難民が移住してきた国の社会に一向に溶け込まずに、キリスト教徒の少女をレイプしたりする事件が頻発している。しかし、警察は事件に目をつむり、どのマスコミも政治家たちも、レイシストと非難され、社会生命を失うことを恐れて、たいした問題にしようとしない。

一方、アメリカでは、共和党のトランプと民主党の対立、分断が行き着くところまで行っている。いつ内戦が起こってもおかしくないと言われるほどである。この国のマスコミは、エスタブリッシュメントが支配する民主党にほぼ完全に押さえられており、仮に、もしトランプに投票していると表明すれば、マスコミは軽蔑観をあらわに報道するほどになっている。

同じ流れなのだが、BLM(Black Lives Matter)運動、LGBTQといったマイノリティに対する共感を求める世界的な運動もある。こうした背景には、人種差別の学問的な分野に「批判的人種理論」(Critical Race Theory)がある。この理論は、白人至上主義の遺産が、米社会形成の根幹をなす法律や制度を通じて現代社会になお組み込まれていると主張するものだが、この理論を学校で教えるか否かでアメリカは激しく分裂している。(次が、ウォールストリートジャーナルに掲載された、概要である。申し訳ないですが、一部分しか表示されません。)

https://jp.wsj.com/articles/critical-race-theory-what-it-means-for-america-and-why-it-has-sparked-debate-11625214981

結局のところ、こうした先進国であるキリスト教国のヨーロッパは、その発展過程でアフリカを植民地として収奪してきた。アメリカは、やはりその発展過程でインディアンなどの先住民や、黒人のアフリカ奴隷を人間扱いせずに収奪してきた歴史を持つ「原罪」を背負っているという主張に収斂する。こうした考えは、ずっと前から(第二次大戦後の早い段階から)あったものだが、ここ近年明らかにその認知度や肯定度合いが、欧米社会で高まり、それが日本にも当然のごとく輸入されているように思えてならない。

ここにはいったいどのような力学が働いているのか? という疑問をずっと親父は持っていた。

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そこでこの本が出てくる。

要約すれば、4000年の歴史を持つユダヤ人が、ローマ帝国時代、ディアスポラ(民族離散)で、地中海周辺地域に散り散りになった。これが端緒である。このユダヤ人は、国への帰属意識より、ユダヤ教への信心の方が強い。つまり、世界各国に散り散りになったユダヤ人は、その国で虐待され、蔑まれながらも、選民思想が信仰の中心にあるため逆境をものともせず、信仰心を糧に生き延びる。ユダヤ人が正式に許された職業は、キリスト教徒が蔑んだ金融業(高利貸し)だけだった。お金を蓄積するにつれ、ますます蔑まれる度合いが高まった。それが極まったのが、ナチスの民族浄化政策である1933年のホロコーストである。 

他方で、19世紀末からエルサレムのシオンの丘へ祖国を打ち立てようとするシオニスト運動も始まる。

他方、北米大陸に渡ったユダヤ人たちは、石油精製、航空産業、映画産業など新しく勃興した産業で莫大な資産を持つようになる。しかし一方で、それがユダヤ人以外の国民の反感を招くようになる。

金持ちになり、政治力も持つようになったユダヤ人は、国境よりも大事な、自分たちが生きやすい状態を作り出すために策略を巡らせる。「そうだ。自分たち以外に、庶民の敵を作って目を逸らせばいいんだ!!」

最初、ユダヤ人がターゲットにしたのは、ヨーロッパの国民を支配していた国王(君主)たちだった。ユダヤ人は、第1弾として、フランスに「自由」「平等」「博愛」をスローガンに、1789年のフランス革命を成功させる。

フランス革命の成功で、かなり生きやすくなったユダヤ人が次に企んだのが、マルクス主義である! マルクス主義による1917年の共産主義革命よって、ロシアの皇帝ツァーを滅ぼし、ソ連を成立させた!! 日本に1941年に戦争をするように仕向けたルーズベルト大統領と取り巻きの連中は、ユダヤ人で共産主義者だった。

(2022/12/4 一部修正しました。)

その1 お終い 

その2へ

出版の話 《YOUTUBE》青汁王子・三崎雄太と幻冬舎・箕輪厚介の対談

じじいの《紹介》欄にも書いたが、地上波のテレビに見るところはないが、YOUTUBEやニコニコ動画などを見ていると知らなかったことがたくさんあり、時間がいくらあっても足りず、見飽きない。

今回は、青汁王子と呼ばれる三崎雄太さんのチャンネルから、箕輪厚介さんとの対談を紹介する。

この対談を通じて思うのは、三崎雄太氏、箕輪厚介氏どちらも、こせこせしたサラリーマンと比べると、振り切れていて雑念がない。人へ責任転嫁することなく、目的地へわき目も振らず疾走する人物の潔さがある。

ウィキペディアによると、青汁王子は高校卒業後、アフィリエイト(ブログなどで商品を紹介し販売した時に一定の報酬をもらったりする仕組み)で儲け、アプリを作ったりする会社を経営したりして、インターネットで美容通信販売の後に青汁を売って大成功する。ところが、脱税により逮捕され、世間からバッシングを受け転落。その転落を契機に、焼き鳥屋になったり、彼女に振られたりの一部始終を公開し反響を呼んだ。また、NO1ホストになったり紆余曲折をへて、単に会社経営で金儲けするより、世間に言いたいことを言うほうが楽しいと言って、ユーチューバーをして成功。ガーシーやホリエモン、ヒカルなどと活動している。

一方の箕輪厚介氏は、幻冬舎のカリスマ編集者で、幻冬舎自体が見城社長という強烈な個性のもとで、わずかな時間で大成長した会社である。氏はその幻冬舎で、何冊もベストセラーを生み出した。その本を売ることに関しての彼の語り口は、極めて明快だ。ただ話を聞いていると、例えばホリエモンであれば、ホリエモン自身は1文字も書いていないらしく、氏がゴーストライターの役目をしている場合もありそうだ。

そんなで、青汁王子こと三崎裕太氏が、角川から出版した「時を稼ぐ男」が重版されたのを機に、10万部を越え、さらにもっと売るための戦略を箕輪厚介氏に相談するというのが内容だ。

これに対する箕輪厚介さんの回答の要約はおおむねこんな感じである。

  • ジャンルごとに「池」の大きさが決まっていて、《健康》なら100万部、《神社》なら7000部、《お金のビジネス書》は30万部。本の中身の良し悪しに関係なく、これが上限。
  • 売り上げを増やそうとすれば、著者のコミュニティ(三崎雄太氏であれば、ホリエモンやヒカルなどの著名人)とコラボし、対談したり帯に推薦文を書いてもらう。そうすることで、対談した人のフォロワーにもリーチできる。
  • 本屋さんへドブ板営業する。イベントやったりサイン会やったりする。
  • 広告を異常なレベルでやる。中途半端では効果がない。 新聞広告の大きなものをやる。電車の中づり広告のジャックをする。電車の動画広告を1日中流す。タクシー広告をやる。広告は、ユーチューバーの三崎雄太には、認知を上げるのでムダ金にはならない。
三崎優太 青汁王子

箕輪厚介氏がいうのは、最初に火をつけられる(1~2万部売れる)のは実力があるからこそという。火がついたものを大きくする方法はある。火がつかない本を売ろうとしても、お金の力で本は売れない。

さらに興味深い、納得するようなことをビシバシいろいろ言われている。

  • 頭おかしい人、ネジがぶっ飛んでいる人でないと本は売れない。
  • 本を出したいと思っている時点でダメ。側から「本を出してください」と頼まれるほど、新しい考えなどがないとダメ。
  • SNSでバズっている。バズる兆しがある。SNSで話題にならないものが本で売れるわけがない。
  • アナログの本屋で売れるのは奇跡。ほとんどの人が本屋へ行かない。それほど難しい。いいタネを持っていないとダメ。

ここからは、おまけである。

前提条件として、YOUTUBEにしろTWITTERにしろ、SNSのプラットフォームというものは本来、誰に対しても平等に開かれているからこそ、プラットフォームと呼ばれるのだが、現実は違っていて特定の権力に反発するようなものは、バン(禁止、アカウント停止)され、公表の機会は奪われている。 具体的に説明すると、コロナで反ワクチンの主張やWHOや政府に異議を唱えるとBANされる。小林よしのり氏や尼崎の長尾医師などが該当する。また、参議院議員に当選したガーシーチャンネルは、楽天の社長や官房副長官を名指しで批判していたのだが、選挙の終盤戦にいつアカウントがバンされるか、投票日まで見れるか競争になってスリリングだった。また、もう一つ上げると、トランプ元大統領はそこらじゅうのSNSでバンされて、対抗措置として自分でSNS、《TRUTH SOCIAL》というものを立ち上げて発信している。

つまり、既存のSNSは、政治的に無色透明なプラットフォームではなくかなりなバイアスがかかっている。

とはいえ、いまのところYOUTUBEは、操作性もいいし、ユーチューバーにとって多くの視聴者を稼げるので、誰もが力を入れておりさまざまな新発見ができる。

おしまい

EU・ユーロ危機 スティグリッツとエマニュエル・トッドから

written on 4th /February /2017

イギリスのBrexit(EU離脱)以降、EU危機があちこちで言われるようになってきた。NHKに登場する批評家も、EUの今後に懸念を表明し始めている。アメリカのトランプは大統領就任を目前の今年1月、「イギリス以外にもEUを今後離脱する国があるだろう」と発言し、フランスオランド大統領、ドイツメルケル首相が余分なことは言うなと反発していた。記事は、こちら→ http://www.jiji.com/jc/article?k=2017011700079&g=int

もう一つ、記事があった。「トランプ政権が貿易不均衡でドイツに宣戦布告、狙いはEU潰しか」→ http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/eu-56_3.php

何が背景にあるのかを書いてみたい。

 EUの歴史は古く、欧州統合のアイデアは第2次世界大戦以前からあり、戦後実際に欧州統合が今日に至るまで徐々に拡大してきた。度重なる過去の戦争の反省からヨーロッパを政治統合し、戦争のない繫栄した世界を目指そうとした。ここでは、素晴らしい理念を掲げてスタートしている。この統合のプロセスにおいて、政治統合だけではなく、経済統合もしようとするのは自然な流れだろう。EUは高く掲げた理念へ向け、政治、経済を統合し理想的な社会を作ろうとした。

 加盟各国の中には経済だけではなく、教育、文化、福祉制度などあらゆる面で当然ながら、実際には違いがあり、起こった現実は理想ともちろん違っていた。EUが掲げる理想は、時間の経過とともに、各国の差が収斂していくだろうという淡い期待しかなかった。しかし、この期待は実現しないことが、壮大な実験の結果はっきりした。すなわち、EUの首脳たちは、国境をなくし、政策、経済を統合するプロセスにより、各国の経済的な格差は時間とともに平準化し、よい状態へと収斂していくと考えていた。それは間違っていたのだ。

 2002年に単一通貨のユーロを導入するのだが、これはなにより、参加各国が金融政策を放棄することを意味する。通貨を発行できるのは欧州中央銀行(ECB/ドイツのフランクフルトにある)だけだ。例えば、日本は長引くデフレから抜け出すためにアベノミクスを行っているが、これは日銀が通貨の供給量をかつてないレベルに増やし、金利もマイナス金利になるほど低下させ、需要や投資を喚起しようとしている。このような経済刺激策や、逆に景気が加熱した場合には、現在のアメリカがやっているように、金利を少しづつ上げ、金融引き締めを行うのであるが、参加国はこのような金融政策を独自に行えない事態が起こっている。

 この結果、EUでは何が起こったか? ユーロは域内では固定相場(域外に対しては変動相場)のため、ドイツにとっての為替レートは国力に比べるとEU域内で有利な比率のまま、その比率は固定される。もしEU各国が独自の通貨を使い続けていれば、仮にドイツのように貿易黒字をため込む国があると、ドイツの為替レートは自動的に切り上げり、やがて国際競争力を失い、黒字が減るという調整が市場を通じて行われる。しかし、単一通貨のユーロを使っているとEU域内の為替レートはいつも変わらない。この結果、EU域内でドイツだけが貿易黒字をため込み、周辺国が貿易赤字に苦しむ、ドイツ独り勝ちの状況になっている。

 ちょっと長いが、トッドの著書からドイツの特殊性について引用すると

「ドイツはグローバリゼーションに対して特殊なやり方で適応しました。部品製造を部分的にユーロ圏の外の東ヨーロッパへ移転して、非常に安い労働力を利用したのです。  国内では、競争的なディスインフレ政策を採り、給与総額を抑制しました。ドイツの平均給与はこの10年で4.2%低下したのですよ。  ドイツはこうして、社会文化的要因ゆえに賃金抑制策など考えられないユーロ圏の他の国々に対して、競争上有利な立場を獲得しました。  ユーロのせいでスペイン、フランス、イタリアその他のEU諸国は平価切下げを構造的に妨げられ、ユーロ圏はドイツからの輸出だけが一方的に伸びる空間となりました。こうしてユーロ創設以来、ドイツとそのパートナーの国々との間の貿易不均衡が顕在化してきたのです。  よく吹聴されていることに反して、ヨーロッパのリアルな問題はユーロ圏の内部の貿易赤字です。貿易赤字を遠因とする現象にすぎない歳出超過予算ではないのです。」「ドイツについて語るのを控え続けることは、とりもなおさず、ユーロの危機についての良い診断書を提出すること自ら禁じることです・・・」

 また、トッドは自由貿易に対し否定的だ。「自由貿易は諸国民間の穏やかな商取引であるかのように語られますが、実際にはすべての国に対する経済戦争の布告なのです。自由貿易はあのジャングル状態、今ヨーロッパを破壊しつつある力関係を生み出します」「私の選択はヨーロッパ保護主義によるユーロの救出ということになります。必要なことはしたがって、フランスがこの解決策を提示してドイツと交渉する勇気を持つことです。」

 この本の最終盤は次のように締めくくっている。

「しかし今日、経済問題の討議がわれわれの周辺に欠落しています。オルタナティブはない、この道しかない、と吹聴されています。あり得る解決策に対するこのような否定の態度は、我らが旧大陸のメンタルな化石化を露見させるものです。エキスパートたちが、老人コーラスさながらに声も枯れんばかりに歌っている。『そんなことは不可能だ!』とね。  このありさまは本当に、生命、現実、歴史、物事をじわりと動かす人間の能力などの否定を押しつける全体主義的言説さながらにおぞましい。われわれはかつて、ナチズムというかたちで人種への服従を経験しました。人民民主主義というかたちで自称社会主義の教義への服従を経験しました。  今は、緊縮財政プランへの服従の時代になっています。そのプランは自動的に不況を招来してしまうのに。  以上に述べたところが、かつて全体主義へと行き着いた精神病理にも匹敵する、現代の精神病理です。全体主義は、若さがまだリソースであり続けていた社会に依拠していました。高齢化の今日、われわれはそれの耄碌バージョンを生み出しているのです。ユーロ(の通貨的意味における)全体主義と言えましょう!」

ところで、「オルタナティブはない、この道しかない」という表現は、TINA(There in no alternative)というメルケル首相がギリシャ危機の際に使った高圧的な言葉だ。

トッドがこの本を書いたのは、Brexit の前なのも驚くが、これらのことをトランプ大統領の登場、EUから Hard Brexit したイギリスメイ首相とトランプの会談などを考えると、興味が尽きない。はたして世界に変化がはじまったのだろうか。

 

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写真はアマゾンから(上下とも)

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