「世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠」スティグリッツ 平等とは何か

「世界に分断対立を撒き散らす経済」                   (ジョゼフ・E・スティグリッツ 原題は”The Great Divide”)

”The Great Divide”という簡潔な書名が日本語に訳されるとき、どうして「世界に分断対立を撒き散らす経済」と意訳されるのだろう。主は、うまい翻訳に思えず、少し疑問を感じる。主なら「世界に分断と対立を撒き散らす犯人はコイツだ」とするだろう。(文字を一部赤くしたのは、この本のタイトルが一部赤字で印刷されているからだ。写真はアマゾンから)

スティグリッツ(世界に分断と対立)

スティグリッツは、アメリカの経済学者で、「情報の非対称性」の理論でノーベル経済学賞を2001年に受賞した。クリントン政権で大統領経済諮問委員会委員長をつとめ、世界銀行のチーフエコノミストだったこともある。要するに、各地で発言する影響力のある経済学者だ。

スティグリッツの「情報の非対称性」を少し説明すると、経済主体のうち特に買い手のほうに情報が少ない「情報の非対称性」があるために、合理的な行動が出来ず、結果として最適な資源配分が実現できないということを数学的に証明した。この現象はどんな商品にも当てはまることが、容易に理解できるだろう。我々が保険を掛けるとき、保険会社は保険のことをよく知っているが、我々はすべてを知って保険をかけるわけではない。商品を買うとき「情報の非対称性」は広く存在する。ちょうど今、フォルクスワーゲンのディーゼル車が、実は非常に空気を汚していたということが発覚した。これなどは、事実が消費者に知らされていれば(「情報の非対称性」が、もしなければ)、誰もこの会社の車を買わなかっただろう。

さて、内容を要約するためにこの本の帯のコピーを引用すると 「格差は冷徹な資本主義の結果ではない。1%の最上層が、自分たちの都合のいいように市場のルールを歪め、莫大な利益を手にし、その経済力で政治と政策に介入した結果なのだ。だが格差の拡大は、経済や社会の不安定と混乱をもたらし、やがてはすべての人々を危機へと導くーーー」とある。

40年前、主が大学生の時に学んだ新古典派の経済学では、経済主体が合理的に行動するという前提条件を満たせば、最適な資源配分が実現される(有名な「神の見えざる手」が働き、需給は均衡し失業は起こらない)としていた。非常にシンプルで楽観的だが、もしそうなら、政府が介入することなく、市場が最適解を与えてくれるということになる。こうした考えが、「小さな政府」、規制緩和やグローバリズムのトレンドの根本にある。

第二次世界大戦のあと、市民社会が広く実現し格差が縮小した時代が続いたように見えた。だが、1980年代のレーガン大統領の登場あたりの時期を境に、規制を撤廃し、民間会社の競争が社会資源を効率的に配分するとさかんに言われるようになり、アメリカ国内だけではなく、地球規模でグローバリズムが言われるようになり、格差が拡大し始める。

今のアメリカでは、1%の超富裕層とそれ以外に別れてしまい、99%のほうはこの30年間!所得がほとんど伸びていないのに対し、1%の超富裕層が富の4分の1を持つまでになっている。リーマンショック後の経済成長のうち、なんと97%は上位1%が手にしたとある!

過去30年間で、アメリカで順調なのはこの1%の層だけで、残りは停滞しており、中間層から下層への移行が起こっている。この不平等に対し、スティグリッツはさまざまな角度から、吠えまくる。大声で警鐘を鳴らす。アップルやグーグルなどの巨大企業が生まれた一方で、デトロイトなど過去の製造業の中心地は、いまでは廃墟のようになっている。一方、富裕層は、下位の層を「怠け者」と考え、自分の税金が低所得者層に使われることを激しく嫌っている。スティグリッツは、このような社会の分断は、全体として資源が効率的に使われていない状態だという。貧しい層の能力が、十分の発揮されていない。また、この激しい社会格差は、経済成長を減速させ、社会を不安定にすると繰り返し述べている。

金持ちは、自分たちが高い報酬を手にし、多額の財産を持っていることに対して、それは努力や能力の結果で、当然だと考えている。しかし、この本で繰り返し述べられているように富者と貧者の経済格差は、正常な経済活動の結果ではなく、各種の社会政策、税制、教育の機会不均等などの人為的な介入により生み出されたものだ。

アメリカに比べるとマシだが、こうしたことは日本でも起こっている。言わずもがなだが、離婚した片親(特に女性)家庭の貧困、その子供への貧困の連鎖、20年続いたデフレによる非正規就労者の貧困、結婚できない層の増加、出生率の低下など、「一億総中流」と言われた高度成長期には見られなかったような惨状が、そこかしこに広がっている。一刻も早く、経済を立て直し、広がった格差の是正が必要だ。

ところが、政府は格差解消に真剣に取り組む気配がない。財務省やマスコミは、財政赤字にフォーカスし、国の財政を家計のように考え、財政赤字の解消には、増税と歳出削減しか他に方法がないという誤った観念に囚われ、財政危機を煽るばかりだ。公共事業は、効果のない非効率の代名詞のように言われる。しかし、公共事業は、社会資本の整備を行うもので必要なものだ。デフレが20年も続いたため、デフレにかき消され効果が出なかったのだ。一部で非効率的な公共事業があったので、すべてが悪いとの印象を社会に与えている。高齢化に伴い増加する社会福祉費用。これも財務省は増加率を削減しようと躍起だが、必要な福祉は国が負担すべきだ。

巨額の財政赤字が日本国の信用を失わせ、やがて国債の暴落とハイパーインフレが始まると言われることがあるが、これはデマだ。アベノミクスが始まって2年、大量の国債を日銀が買っているが、国債価格は安定し、金利も史上最低の水準で安定している。

今年6月、年金の支給額が少ないと訴え、老人が新幹線の車内でガソリンを被って焼身自殺するという象徴的な事件があった。誰でも、生活保護程度の金額を手にできるよう国が面倒を見るべきだ。

主は定年退職したばかりだが、老後を安心して過ごすためには、現在の平均的な年金の水準では、退職時に最低限持ち家と3000万円の現金が必要だと言われている。

このような条件を満たす高齢者がどれだけいるというのか。週刊誌の見出しではないが、夥しい下層老人が社会を漂流するだろう。また、何十年もあくせく働いた後、やっとて建てたマイホームとやっと貯めた貯金を取り崩しつつ、不安な老後を細々と過ごすのが、国民の理想の姿だとは思えない。老後は国が最低限の生活を保障することにより、若い勤労者層も安心して結婚し、子供を作り、活力ある社会となるだろう。機会均等の観点から、教育費も無料を基本にすべきだ。

アメリカの考える「小さな政府」は反面教師だ。答えははっきりしている。「小さな政府」を是とするのをやめ、北欧型の高福祉、高負担へ明確に転換するべきだ。

 

 

 

 

 

brasileiro365 について

 ジジイ(時事)ネタも取り上げています。ここ1年、YOUTUBEをよく見るようになって、世の中の見方がすっかり変わってしまいました。   好きな音楽:完全にカナダ人クラシック・ピアニスト、グレン・グールドのおたくです。他はあまり聴かないのですが、クラシック全般とジャズ、ブラジル音楽を聴きます。  2002年から4年間ブラジルに住み、2013年から2年間パプア・ニューギニアに住んでいました。これがブログ名の由来です。  アイコンの写真は、パプア・ニューギニアにいた時、ゴロカという県都で行われた部族の踊りを意味する≪シンシン(Sing Sing)≫のショーで、マッドマン(Mad Man)のお面を被っているところです。  
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