退職するなら会社都合でしよう!! 失業給付の話

今の労働法では、65歳まで企業側は雇用義務がある中で、定年延長の恩恵にあずかる主は、何も知らず、64歳10か月のところで、契約期間を満了して退職した。この2か月の差により、失業保険で手厚い給付を得ることができた。

詳しく書くならば、主は非常勤の嘱託として週に3日働いていた。もう1年勤める権利があったのだが、今年の年度末で退職した。実際のところは、職場の人間関係に嫌気を指し、即刻辞めようと思ったのだが、有給休暇も使えるし、期間を満了して契約更新しないスタイルの方が、体裁がいいかなと漠然と思ったのだ。

失業保険の仕組みは、退職の年齢、被保険者だった期間と、会社都合の退職か自己都合の退職かの別により、上の表のとおり給付額や給付期間に差が出る仕組みになっている。65歳以上になると、そりゃそうだと思うが、ゼロではないものの、対象外のような扱いとなる。また、自己都合で辞めると、下の表のとおり給付日数が減ることに加え、給付開始までに2か月の猶予期間があるため、金が手元に入るまで時間がかかり、厳しい。

「https://president.jp/articles/-/8804」から
「http://taisyoku.style-space.com/archives/jikotugo.php」から

ネットには、会社都合になる条件などが詳しく出ている。自分の意思で辞めるにしても、ちょっとした知識があれば、不都合を避けられる。自己都合であっても、できるものならば、会社の人事にお願いして、円満に会社都合にしてもらうのが得策だ。

おしまい

厚生年金はどのように計算されるか

主は、厚生年金を受給する年齢となり、何度か年金事務所へ足を運び受給額をシミュレーションしてもらっていたのだが、実際にエクセルをつかって細部を計算してみた。計算方法などは、年金機構のホームページで知った。

サラリーマンの年金である厚生年金は、老齢基礎年金(国民年金)と老齢厚生年金(厚生年金保険)の2種類が支給される。

まず、老齢基礎年金(国民年金)分はシンプルで、20歳から60歳まで480か月分掛けた場合の満額(年額)が、780,100円である。22歳の4月から働き始めた主は、60歳の誕生月まででは、446か月だ。この場合だと、支給額は、780,100×446/480を計算すればよい。(この式では、満額支給されないように思われるのだが、差額は、次の老齢厚生年金の「経過的加算」により支給される)

65歳から支給される老齢厚生年金(厚生年金保険)は、「報酬比例年金額」、「経過的加算」、「加給年金額」の3要素からなる。経過的加算は、前述の国民年金額の不足分に相当し、加給年金額は配偶者手当のようなものなので、説明を省略し、報酬比例年金額だけを書いてみる。

報酬比例年金額を求めるには、働き始めた(保険料を納付しはじめた)時から、現在に至るまでの標準報酬を知る必要がある。これは、年金定期便の詳細バージョンに書かれている。このあたりの詳しい仕組みや経緯を主は知らないが、年期定期便は、ラフなものと根拠が分かる細かいものがあり、ラフなものは計算結果しか表示されていない。年金事務所で、本部へ電話で依頼すると詳細バージョンの最新のものを作ってくれると教えてもらった。ネットのマイページでも、詳細データを見ることはできるが、まとめてデータを書きだすような機能はないようなので、出力依頼する方が確実である。(ただし、3か月ほど待たされるが)

平成15年4月以降、年金保険の掛け金は、ボーナスに対しても納めるように制度が変更になった。また、給料がいくら多くとも、最高の標準報酬月額は62万円に設定されており、それ以上の給与をもらっていても62万円に見合う掛け金しか納付しない。やはり、ボーナスにも上限額があり、一月あたり150万円の設定である。このようなことから、仮に1000万円以上の年収を得ていても、掛け金を納められる上限が決まっているため、支給額は一定のところで頭打ちになる。(もちろん、上限に満たない場合は、報酬に比例して支給額が少なくなる)

実際にエクセルで計算するには、支払い月の標準報酬額に「再評価率」を乗じる必要がある。つまり、過去の給与には、物価の変動や金利の動向などの影響があり、年度ごとの「再評価率」が決められており、これを乗じる必要がある。これを見ていると、世相を反映しているなと思うのだが、昭和の時代を昔へ遡るほど数字は大きくなり、昭和32年の掛け率は14倍である。これは、昭和32年に10万円の給与をもらった場合、140万円として計算することを意味する。この率は、徐々に下がり、平成元年には1.2倍、それ以降はデフレを反映して、掛け率は1を下回る0.9台になっている。

「最評価率」が別ページで開きます

つまり、報酬比例年金額は、過去に働いて納めた掛け金に相応する標準報酬額に再評価率を乗じて求めた加重平均に、さらに被保険者期間の月数を乗じて求める。 ところがこの再評価率は、前述したように、高度成長期に貰った給与は掛け率が高く、平成以降のデフレ期の給与は掛け率が低いので、世代間格差が出てくるのはここに原因がある。トータルで、同じ金額の給与をもらっていたとしても、働いた時期が古いほどもらえるが額が多くなる。

NAVERまとめから

現在のトピックとして、厚生年金で生活しようとすると、生涯で2000万円が不足し、その分の貯金が必要という金融庁の報告に対し、野党などが年金は「100年安心!」と言っていたのではないかと、世間を騒がせている。ほとんどの人は、漠然とにしろ、そのような状態になるだろうと思っていると思われる。実際に主が計算した例でも、昔の世代の勤労者であれば、月額給与上限の62万円に達していたことが多いはずだが、現在では、非正規で働いている人を含め、昔ほどの高給を貰っていない人の比率が高いだろう。その場合、当然ながら、将来もらえる年金額は比例して下がる。

金融庁の思惑は、そのような事態に備えて、個人に投資を進めるところにあったが、これまた、元本自体を目減りさせるリスクが大きい。

無責任な発言かもしれないが、ここは、国民全体でコンセンサスの転換をして、ベーシックインカムの導入を本気で考えるしかないと思う。3000年紀に入り、2000年紀と社会自体が変わってしまっているのだから。また、消費税を計画通り上げそうな気配だが、さらなる不況に陥る可能性が高い。

おしまい

エブリバディ・ノウズ【日本病】「国債を刷れ 廣宮孝信」& MMT (現代貨幣理論)

「通貨発行益」のことを知ろうと、よく行く図書館で「国債」をキーワードに検索してみた。そこで、8冊出てきたのだが、そのうちの1冊に「国債を刷れ」(廣宮孝信 彩図社)という本が出てきた。

何を知りたいのかというと、日本では借金の残高1300兆円を超え、財政再建のために税金を集めて、借金返済をしなければならないというのが緊急の課題と、マスコミや政府が言うからだ。

一部であるが、「そうではない、日本の財政は健全だ。国債発行残高が高すぎるということはない。財政再建よりも、景気浮揚が先決だ」という経済学者もいる。具体的気に名前をあげれば、高橋洋一、森永卓郎の名が浮かぶ。

高橋洋一や森永卓郎が、日本はそれほど借金漬けでないという根拠として、政府と日本銀行のバランスシートと統合すると、資産の部の方が大きいという。下の図は、高橋洋一の「99%の日本人がわかっていない国債の真実」(あさ出版)という本から写したものだ。画の上段が、政府だけのB/S(バランスシート)であり、下が日銀を統合したB/Sである。(クリックしていただくと、見やすくなります)

上図からわかることは、政府の資産が900兆円、国債の負債がが1350兆円である。日銀を統合すると下の図になり、日銀の分が赤字で囲ったところだと思われる。日銀が保有する国債が400兆円で資産の部、それに対して日銀券(お札)を400兆円渡しているのが負債の「銀行券等」だ。緑で囲ったのが、徴税権750兆円となっているのだが、残念ながら高橋洋一は詳しくここのことろを説明していない。おそらく、政府には毎年の税収とは別に、徴税する権利を750兆円持っているということだろう。

ここで留意すべきは、下図の統合B/Sの負債の部、「銀行券等400兆円」に矢印のついた線が引かれており、「●実質的に債務でない ●利子負担なし ●償還負担なし」と書かかれている点だ。要するに、資産の部である「国債400兆円」に対し、負債の部に計上されている「銀行券等400兆円」(=国債購入のために刷ったお札)の実態は、返済を意味する性質のものではない、というのだ。

一方、主の危機感として、平成を振り返るトピックのNHKのニュースで、約30年前と現在の平均的家庭の所得を比較したものがあった。内容は、平均的家庭の所得水準は、30年前も今も約600万円で、報道の主眼は、貧困層(300万円以下)と1200万円を超える高所得者層が30年間で増え、中間層が減って格差が拡大しているというものだった。

このニュースを聴きながら、主は、格差のこともさることながら、30年間、平均所得が横ばいだったということの意味をNHKが、報道しないことに驚いた。30年間経過すれば、ほとんどの先進国の平均所得水準は、軽く倍以上になっているはずだ。中国やアジア諸国であれば、何十倍にもなっているだろう。そうしたなか30年間日本は全然変わらない、ここ数年人口減少しているとはいえ、30年前という長いスパンで比べると人口は若干増えているだろうから、その割合だけGDP(=一人当たりのGDP×人口)は微増ということだろう。この現象は、外国と比べると異様だ。

話を元に戻すと、高橋洋一も「国債を刷れ」の廣宮孝信も、言っている内容はほぼ近いものがある。ただ、高橋洋一は東大の理学部数学科を経て、経済学部の出身の元大蔵官僚である。経済を専攻して、言いにくいことをズバッというのがセールスポイントなのだが、数学的な説明を別にすると、やはり歯切れが悪い。逆に、廣宮孝信は、阪大の工学部電子工学科出身で、経済学の学位を持っていない。しかし、よく勉強しているようで、こちらの方が説得力がある。

かれが言うには、政府でも日銀でも、不換紙幣(兌換紙幣の反対で、政府なり日銀が紙幣発行に対し、義務を負わない紙幣)を発行するのは、江戸時代の通貨の改鋳、明治政府の太政官札発行など、普通におこなっていることで、すべて通貨発行益になる。悪性のインフレさえ起こさなければ、不換紙幣を刷って、景気を回復させよ、これがかれの主張だ。日銀や政府、学者は通貨の過剰発行は、第二次大戦敗戦後のハイパーインフレ同様になると、しきりに警告するのだが、その率は、たった300%で、ジンバブエやブラジル、ベネズエラなどの何万%というハイパーインフレと比べると極めて少なく、むしろすぐに日本はデフレ傾向になっているという。要するに、太平洋戦争のあとのインフレ率でさえ、300%で、困ったことになったのは、金持ちと企業が持っている債権の値打ちが1/3になったということで、大衆は、所得が増えればどうということもない。

この本を読んでいると、他の経済学者が書いたような、歯にモノが挟まった物言いではなく、明解だ。「通貨発行益」は、造幣局が発行する硬貨のみだと考える学者と、日銀が所有する国債や株式の利子や配当が国庫納付されるために、国庫納付金が「通貨発行益」と考える学者がメジャーだ。森永卓郎は、はっきりと通貨の発行自体を、「通貨発行益」と言うのだが、経済学者のなかでは、マイノリティーである。

いま日本で行われている国債発行は、政府が国債を発行し、日銀が直接引き受けると「国債発行が際限なくできる」という理由で、直接引き受けは認められていない。このため、政府が発行した国債を市中の金融機関が買い入れし、それを日銀が買い集めている。やっている中身は、日銀が直接引き受けているのと何も変わらない。

こうしてみると、日銀はマーケットが必要としている通貨供給しているのか、怪しい。こういう言い方をすると、通貨供給を増やしても、ヘリコプターからばら撒く訳には行かない、お金の借り手がそもそもいないのだ、という議論になる。そうではなく、それでは、この本のように政府が財政支出をもっとすればよいのだ。一部やろうとしているが、子育て、保育所もそうだし、何より、科学研究、社会福祉、ぼろぼろの学校校舎の建て替えなど課題は山積だ。直接の財政政策ではないが、最低賃金の大幅アップをやれば、公務員や、勤労者の給与も上がるだろう。廣宮孝信が言うように、極端なインフレさえ起らない範囲で、国債を刷って、貧困から抜け出さないとマズイ。

この本が書かれたのは2009年で、10年前だが、病状は徐々に悪化している。主が危惧するのは、日本がこのまま、財政再建を念仏のように唱えていると、国債を外人が買うようになる時代がくる。もうかなり来ているだろう。

そうなると、海外でハイパーインフレを起こした、ジンバブエやギリシャ、ブラジルのようになりかねない。バカな経済学者たちは、国債と為替がが暴落して、金利が暴騰するという。日本が、国力を今の調子で失えば、最後の最後はそうなる。その時に、主流派の学者が「それみたことか」となるのが恐ろしい。

単純に国債の残高だけを見て、「1350兆円もあるから、すぐに減らさないと」などといっているようではだめだ。例えば、ソフトバンクの負債が何兆円もあるのに、世間は高い評価を与えている。その理由は、負債の残高だけを見ているのではなく、相手科目の資産と、収益を見ているからに他ならない。負債の残高をグロスで見て、1350兆円と騒ぐのは、財務諸表の見方を知らない議論だ。 国の負債は、国民の資産のはずだ。 おまけに、国の借金は、企業よりさらに条件が良い。すなわち、通貨の発行権を持っているからだ。

こんな「基本のキ」の話、主流派の経済学者も気がついているんだろうが、言わないのだろうと思えて仕方がない。デフレ状況で、持てる者にとっては、資産の保全には何もしないことが一番良い方法だからだ。

廣宮孝信の分析に説得力があるのは、学位がないということが、それが妙な経済学の先入観やしがらみがないというメリットなのだろう。

世の中で幅を利かせているのは、法学部出身者、それも東大法学部出身者だろう。財務省のキャリアには法学部と経済学部出身者で差があり、法学部出身者が出世する。その経済オンチたちが「借金を次の世代に背負わせるな!」と間違った経済を語る。そう語ることで、かれらが握る「予算」のありがたみがまし、誰も逆らえなくなっている。

おしまい 参考:2013年に「国債を刷れ」の新装版が出ていた。

2019/5/25追記

最近の経済学の動向で、MMT(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)をよく耳にするようになった。MMTとは、端的に言えば、通貨を自国で発行している国では、国債の残高がいくらになろうと問題がなく、インフレになる前に、税額をアップさせればよいというドラスティックなものだ。

以下のリンクは、安達誠司がMMTを解説をしているものである。安達誠司は、リフレ派で主は高く評価している人物であり、著作も多いが非常に信用できるものを書いている。このMMTは、従来の経済学の枠組みから逸脱するものであり、当然ながら、安達誠司も懐疑的である。しかし、昨今、消費税を10%に上げるかどうか、政治の世界ではせめぎ合っており、幼稚園、保育園の無料化、低所得者層の大学奨学金の無償化などは、消費税のアップがこれらの財源とされており、消費税を上げずに財政出動する根拠にMMTが急浮上しているらしい。

本当におしまい

従兄と「元気なうちに」会ってきた 「クラス会」行ってきた

いろいろ書いているが、主もよい年になってきた。定年は4年前に済ませ、再任用だったり、嘱託で4年経過し、3月に退職していよいよ「サンデー毎日」の生活がはじまった。(親父ギャグすいまへん)

昨年より前から、大阪と千葉で離れて30年会っていない従兄と会いたいと話をしていた。主の女房は高校の同級生で、昨年、大阪へ我が家を代表してクラス会に出席していた。それで今年は、従兄の件もあるし、主の出番と思って旅費を払って大阪まで行ってきた。

大阪のクラス会は2年ぶりなのだが、ホテル代が異様に高騰していた。2年前に高いホテルへ泊まろうとした難波の「スイスホテル」のシングルは、2万5千円ほどと倍以上する。他も似たようなもので、アパホテルでさえ場所によって2万円近い。実際に新大阪駅についてみると、おおさか東線というのが開業していた。日本橋で入った地下街で、近鉄線が阪神なんば線を経由して神戸方面とつながっていた。京阪線は、淀屋橋が終着ではなく、中之島まで伸びていた。

定年退職した身、なるべく倹約しようと持っている切符だけで済まそうと、天王寺~難波間、翌日は淀屋橋~難波間を歩いた。この道中で、新世界のあたりも、外人旅行客が多く町もきれいになっていたし、日本橋は、東京の秋葉原のようなメイドカフェが立ち並び、コスプレ姿のメイドと中古のPCショップの客で賑やかだった。戎橋付近では、心斎橋筋のメインストリートより、脇道にそれた方が賑やかで人も多く、大阪を離れて10年ほどになる主は、すっかり方向感覚がなくなっていた。この賑やかさの何割かは、外人旅行客のおかげだろう。

30年ぶりの従兄との再会は、時間を感じさせないくらいに話も盛り上がった。従兄はマメに他のいとことも連絡を取っていたので、親戚の消息を詳しく知ることができた。従兄は78歳、主は64歳なのだが、最近のことはあまりうまく思い出せないくせに、昔のことなら記憶が蘇るものだと感心した。従兄と話をすると、出るわ、出るわ、昔のエピソードである。

クラス会の方も同じで、こちらは「病気自慢」の様相を呈した。主は、言わなくていいこと、むしろ、言わない方がよいことを、いろいろ言ってしまったのだが、いつものことである。

千日前あたりで宮根誠司の番組に使う《街頭インタビュー》を、ADらしき人のよさそうな一人の若者が、カメラを担ぎながら答えてくれる通行人を探していた。彼が放送したい内容は、「平成の失敗トーク」に対するコメントが欲しいようだった。「失敗トーク」には、石田純一の「不倫は文化」、森喜朗の「あの子、大事なときには必ず転ぶ」など20種類あるのだった。

若いADはなかなかインタビューに応じてくれる通行人を見つけられず、困り顔をしていた。酔っ払いである同級生の面々のうち男たちは「わし、宮根誠司、嫌いやねん!」とか「そんなんゆうたら、放送されへんやろ!」言っていたのだが、マドンナたち二人がマイクに向かって、どういう話の文脈かわからないのだが、「べったこでもええねん!頑張っただけで!!」と思いっきり大阪弁で力説するのが主の耳に入り、「ええこというやん!」と、納得したのであった。

おしまい

 

Sonyノイズ・キャンセリング・イヤホン or AKG K812 で聴く マリンバ奏者 加藤訓子 J.S.バッハ

主はすっかり《グレン・グールド親父》であるが、通勤の途上でソニーのスマホXperia Z3というちょっと古い機種を使い、2015年に購入したSONY ノイズキャンセリング搭載カナル型イヤホン(下の写真・4000円ほどだった)を使ってグールドを聴いていたのだが、なかなかいけると思っていた。これを使ってジュリアード弦楽四重奏団によるシューマンのピアノ五重奏(バーンスタイン)、ピアノ4重奏曲(グールド)を通勤途上で、聴き比べし結構感動した。電車のなかとか、歩きながらになるのだが、自宅のように気持ちよくなって寝てしまうことがない。

自宅では、Luxman L-550AXというアンプに、B&W 805D3というスピーカーというまあまあの値段の製品を使っているのだが、明らかにヘッドホンのAKG K812で聴く方が良い音がする。

これまで主は、どうもヘッドホンは、頭に圧迫感を感じるためあまり使っていなかったのだが、ヘッドホンの方がスピーカーより確実に良い音がすると思うようになってきた。このヘッドホンは、オープンエア型というタイプだ。ソニーのカナル型イヤホンは耳の穴に突っこむタイプであり、音源がその分が鼓膜に近い。距離が近い分、少ないパワーで駆動でき、その分安くても性能が良いのだろう。

主は、基本的にバッハは大好きなので、グールド以外の演奏もよく聴く。この加藤訓子はマリンバ奏者なのだが、このアルバムは、ビックリの芸術性の高さ!完成度の高さ!で、あの有名な平均律第1巻第1曲のプレリュード、無伴奏チェロ組曲第1,3,5番、リュートのための前奏曲、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1,2,3番が入っている。(ちなみにこのハイブリッドSACD・CDは、ホームページに「2017年リリースの「B A C H」は、リンレコーズの年間ベストアルバムに輝き、第10回CDショップ大賞2018クラシック部門を受賞する等、世界的にも大きな話題を呼んだ」と書かれている)

この演奏、おそらく叩き方を変えているのだろう。音色を変えたり強弱、アクセントを変えることでニュアンスをだし、飽きさせず、音楽性が高くてとてもいい。添付のライナーノーツには「エストニア、タルトゥ、ヤンニ教会にいる。相変わらずしつこい私は納得のいくまでレコーディングができることを幸せに思う。勿論苦しいのだが・・・」とあり、録音日を見ると、2015.9.1-11と2016.3.14-24とかなり長い日数をかけて録音しているのが分かり、「ああ、このひとはグールドと同じタイプなのかもしれない」と思ってしまった。というのも、グールドは、気が済むまでテイクをとり、つなぎ合わせて作品を完成させていたからだ。

この演奏だが、最初スピーカーで漫然と聞いたとき、実は、それほど良いとは思っていなかった。だが、ヘッドホンで聴いてみて、その良さを再発見した。恐縮なたとえで申し訳ないが、「生の演奏で聴けない演奏はない。下手でも生なら聴ける」と主は思っている。生の演奏には、スピーカーにない、楽器自体がだす音色の魅力が確実にあると思っている。

グールドは、「コンサートは死んだ」と言ったのだが、実際にはクラシック・コンサートは無くなっていない。クラシック音楽はあまり流行らなくありつつあるが、原因は他のところにあり、クラシック・コンサートは相変わらず盛況だ。とくに小中学生、アマチュア、市民楽団など草の根のコンサートは続くだろうし、根っこには、生の楽器のだす音色の魅力があると思う。

ところで、この加藤訓子の演奏、やはり音色の魅力が半分を占めており、イヤホンでもヘッドホンでもスピーカーでもよいが、ある程度のレベルの再生装置でないとその魅力を実感できないだろうと思う。安っぽい再生装置では、この良さはなかなか実感できないだろう。これは、他の演奏者にも言えることだ。商業化されている演奏の場合、良い音で再生して聴くと、その良さに感動する。だが、安物の再生装置ではなかなかそうはいかないと思う。

ホメているのか、けなしているのか?!ありきたりの結論になってしまったような・・・

おしまい

夏目漱石「草枕」に傾倒したグールドの芸術観 その2

主の手元にグールドが愛好した、漱石の「草枕」のアラン・ターニーの英訳本があり、そのイントロダクションの部分にグールドが「草枕」を手にした経緯が書かれていた。かなり長いのだが、概ねこんなもんだろうという翻訳をした。

「草枕」By 夏目漱石 アラン・ターニー訳 イントロダクション(天才から天才へ)から
十分に皮肉なことに、「草枕」が、全員が同じ水準になるという近代の原動力を大いに哄笑しており、落日の列車に乗っていると考えられるが、その列車には、漱石の折衷的な大作に精通したいと願う、たぶんその小説をもっとも賞賛する西洋の熱烈なファンが乗っていた。さらには、この熱烈なファンは、芸術の形式と音楽の第一人者であり、その小説のナレーターは、- おそらくは、すべての人の上に位置する、この芸術という形態だけが、我々に穏やかで超越した状態を達成できるとためらいなくなく認める一方で -「草枕」についてからきし何も知らないことを認めている。
 1967年、その世界的に有名なピアニスト、グレングールド(1932-1982)は、ノヴァ・スコシア州のアンチゴアニッシュでの休暇から戻る列車旅行をしていた。グールドは22歳で彼の革命的なバッハのゴールドベルグ変奏曲の解釈で名声を獲得し、9年間の間、世界のコンサートホールをピアノ演奏の異端的なスタイルでまぶしく幻惑してきた。レーナード・バーンスタインのようなクラシック音楽界の巨人たちは、ちゅうちょなく彼を天才と認めた。
 グールドは、行動においてだけではなく、思想においても完全に独創的だった。彼は、ショパンとモーツアルトの多くの作品をあざ笑い、モーツアルトが、そのオーストリア人が手早い称賛のために本質をいつも犠牲にする単に派手で「ぼくを見て」的な子供でありながら、批評家からそのような尊敬を集めたことに驚かされると主張する。グールドは、その支配者層を無視し、彼自身の道を追求することが完全に心地よかった。彼は、彼自身を音楽家だけではなく一人のオールラウンドな創造的な芸術家と見なして、音楽の演奏同様、著述と記述された言葉を演じることに興味を抱いていた。尊大さとクラシック音楽の世界のうぬぼれを揶揄するために、彼は想像上の性格の過度さを創作し、彼は興味を持っているテーマのラジオ放送に注意を向けた。
 1967年に、グールドは列車のラウンジに一人座っている時に、聖フランシス・シャビア大学の化学の教授であるウィリアム・フォレイに見つかる。彼はグールドの音楽の録音物への彼の称賛を表明する勇気を奮い起こし、会話に引き込んだ。二人の男は、意気投合した話をし、その会話の間に、フォレイは最近読んだ「草枕(三角の世界)」と呼ばれる魅力的な本に言及した。二人の男たちが別れる時、グールドは自身のベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」の演奏のレコードをフォレイにプレゼントし、そして、後にフォレイは、ピーター・オーウェン版の「草枕」の版をグールドに送ることで好意に報いた。
 行き当たりばったり出会った本がそれほどのインパクトを読者に与えるのはまれなことだ。「草枕」は、たんにグールドの好きな本になったというだけではなく、彼の人生の残りの15年間で彼が夢中になりとり憑かれたものの一つになった。日本に特別な興味を持っているわけでもなく、その国を訪れたわけでもないのに、最後にはその本の版を4冊所有し、2冊が英語版で、驚くことには2冊はオリジナルの日本語版だった。彼は、他の小説家の手によるものよりも多く彼の書棚に並んでいる、漱石の売られている小説の全ての翻訳を購入したと思われる。彼の従妹のジェシー・グレイグ、彼の人生を通じて彼にもっとも近かった人物へ、彼は、「草枕」への愛を、電話口でその全部を二晩かけて読むことで表明した。
 彼がフォレイから受け取った版に激しく注釈を書き込んだだけではなく(残念なことに、これとその他の素材は1988年に行われたパリでのグールドの展覧会での運送で失われた)、グールドは実際に37ページの別のノートを小説として生み出した。彼は第1章を凝縮し、それを1981年11月にCBCラジオ「ブックタイム」で、15分のラジオ放送番組として朗読した。(同じ月に、彼は、26年の歳月を経て、ゴールドベルグ変奏曲を改めて解釈し直し再録音した)また、彼は、翌年の死の間際まで、「草枕」に基づくラジオ劇を書き、公演する準備をしていた。彼が亡くなった時に、たった2冊の本しか枕元になかった。1冊は聖書で、もう1冊は「草枕(三角の世界)」だった。
 その「草枕(三角の世界)」が1965年に刊行されたとき、その若い翻訳者もその刊行者も、その文学史上の重要性の観点からなんの真の理解をしていなかった。当時のスタイルに適合させるために、その本のカバーは日本に言及されることはなく、上品で最小限主義の黒地に中心を外れた小さな円の絵があった。それは、ピンクパンサーかゴールドフィンガーの一連のタイトルと同種なものに見え、その小説は東洋的な作品の一つとして印をつけられ、その著者は世界中の主要な、あるいは主要でない才能の大勢のひとりとして、ひとくくりにされていた。
 グールドにとって、それは本当に単純に20世紀のもっとも偉大な大作の一つだった。以前には、グールドのお気に入りの本はトーマス・マンの「魔の山」だったが、今や彼が愛情を注ぐもののなかで、これ「草枕(三角の世界)」が完全にとって代わっていた。実に、グールド自身が指摘したように、多くの親和性が二つの小説の中にあった。マンの小説もせかせか立ち回る資本主義の世界から、穏やかなアルプスの風景への後退を描いているが、漱石の小説のなかの大量殺戮の引力同様、ここの若いヒーローのハンス・カストープが世界大戦を逃れられない。
 何がグールドの興味をそれほど漱石の小説が呼び起こしたのか。それは、彼にとってほとんど彼のために書かれた一つの小説がここにあったと見えることに違いない、あるいは、彼によってでさえ、それほど完全に彼の芸術的な信念を例証していた。グールドは、音楽と芸術が非常に感情主義になっていることに飽き飽きし、悪態をつき、それから自由になることを求めていた。すなわち、彼の願いは個人へ向かい、超越することと静穏さだった。さらに、グールド自身の(従来の観念から)切り離したクラシック音楽の再解釈よりも、漱石の芸術の区分以上に、主題物と単なる雰囲気を定義するものはなかった。漱石はいかにすべてものが解釈され、ふたたび違う解釈をされるか、聴かれ再び違うように聴かれるか、書かれ再び違うように書かれるかを示し、創造性と芸術は文化的なパースペクティヴと精神的な状態から生まれるだけではなく、たえず、再発明と再解釈されるものだと示した。
 実のところ、グールドは、「草枕(三角の世界)」を自分のラジオ劇に書きなおしたいという彼自身のアイデアがあった。もし、ターニーが「草枕(Pillow of Grass)」を「三角の世界(Three-Cornered World)」へ変えることを決めたのであれば、グールドは他のタイトルを使うことを計画していた。彼が持つその本の表紙と彼が書いた37ページのノートの両方に、グールドは傑出している志保田の娘を描いた。誰もが無慈悲な早すぎる心臓発作が、芸術の天才たちの間のこのもっとも魅力的な衝突の世界を奪ったことを残念に思うだけだ。もし、グールドがさらに生きたとしたら、「三角の世界」が、カルトなクラシックと高い評価を受けている英語圏の世界の名声の状態を、打ち壊してしまっただろうと信じるに足るかなりの理由はある。END

このように、グールドがこの本に愛情を注いだことについて、3つの理由を考えてみた。

① 漱石は、非人情を重んじた芸術観を持っていた。現世は煩わしいことで満ちているが、これらから距離を置き、突き放した(=「非人情」)ところに芸術があり、芸術の尊さは、「人の世を長閑にし、人の心を豊かにする」「・・・して見ると、四角な世界から常識と名のつく、一角を摩滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう」というと考えていた。「則天去私」(小さな私にとらわれず、身を天地自然にゆだねて生きて行くこと。「則天」は天地自然の法則や普遍的な妥当性に従うこと。「去私」は私心を捨て去ること)との漱石晩年の思想は、グールドの芸術観に一致していた。

ところで、「非人情」を翻訳者のアラン・ターニーは”detachment”と訳しており、グールドも”detach”(切り離す、距離をおく)ということを重要視しており、奏法はデタシェ(フランス語の”detache”)で、ノンレガート、セミスタッカートな奏法を基本にしていた。グールドは、デタシェを用いることで、レガートが生み出す緊張を緩和させると考えていた。レガート奏法は、はクラシックの世界の感情重視の奏法であるが、これを嫌い、理性的な演奏をおこなった。もちろん、理性的とはいえ、むしろエクスタシーが溢れるロマンチックな演奏だったが、感情的ではなかった。

② この小説は、主人公である30歳ほどの画書きの目から見た、自然や西洋の詩、日本、中国の詩歌、彼の芸術観と、出戻りのヒロイン那美と取り巻きのストーリーが交互に語られるという構成になっている。漱石の知識の深さと見識に圧倒されるが、よく読んでみるととても奥深い。

主人公の画描きは、俳句や漢詩を作るばかりで、なかなかヒロインの絵を描くことができない。ヒロインは那美という魅力的な出戻りの女性で、画描きが書いた俳句を添削するほどの知性もあり、突如風呂に入って来て裸体をしめし、完璧な美貌を感じさせ、当時の女性らしからぬ強靭なところもあるのだが、「御那美さんの表情のうちには、この憐れの念が少しも現れておらぬ。そこが物足らぬ」といい、憐れを「憐れは神の知らぬ情で、しかも神に尤も近き人間の情である」という。そのまま話は、最終盤へと進み、御那美さんが、満州の戦場へ志願兵として出兵する従弟の久一をステーションに送り、蒸気機関車が出発する時、三等列車に乗った離縁された前夫が窓から顔を出し、二人が顔を合わせる。御那美さんの顔に、憐れがそこで初めて浮かぶ。それを見て、絵描きの主人公が「それだ!それだ!それが出れば画になりますよ」と那美さんの肩を叩きながら小声で言い、「余が胸中の画面はこの咄嗟の際に成就したのである」と結ぶ。ここに至って、漱石が、非人情だけを重視したのではなく、同情や憐みの大事さも、最重視していたことが読みとれる。

③ 西洋中心ではない価値観が読み取れる。西洋の詩などが中国の漢詩などと対比されながら語られるが、東洋の詩歌には、西洋の価値観を解脱、超越したものがあると読み取れる。西洋文化は「滑った転んだ」ことばかりを問題にするが、東洋の文化は、そうしたことを超越している場合が描かれているのではないかと読める。いつも世界の中心にいると考える西洋人(さらには今の日本人にも)には、これは目新しく感じられるだろう。

最後に、この小説に出てくる「不人情」「非人情」と、「憐れ」という言葉を、アラン・ターニー版、キンドルのメリディス・マッキンニー版の二つで、どのような英単語を使っているのか調べてみよう。

アラン・ターニーは、不人情を “inhuman” との単語を使い、非人情は、”non-human” 、”detachment”、さらには “objective way” 、 “detached manner”と使い分けながら訳している。次のような具合である。「もし世界に非人情な読み方があるとすれば正にこれである。聴く女も固より非人情で聴いている」→ “If there is such a thing as an objective way of reading, then mine was certainly it.The woman too seemed to be listening in a completely detached manner. “ 何通りもの言い方をしているために、英語になっても理解しやすいのではないか。 また、「憐れ」は “compassion”(同情、哀れみ)と訳している。

他方、メリディス・マッキンニー版は、不人情を “un-emotional”、非人情を “non-emotional” で通している。「もし世界に非人情な読み方があるとすれば正にこれである。聴く女も固より非人情で聴いている」は、”If there were ever a “nonemotional” way of reading, this is it, and she too, of course, will be hearing it with a “nonemotional” ear.” と訳している。 なお、「憐れ」は “pitying love”(同情する恋心?)と訳している。

もちろんだが、他の文章をとってもいずれも翻訳者でかなり違っている。

おしまい

グレン・グールド 楽譜の理解の仕方 & ベートーヴェンを弾く前

グールドに関する本を読めば読むほど、グールドって変わった音楽家だったんだと思う。グールドとグールド以外と言っていいくらいに、グールドは違っている。

彼は「再作曲家」と言われることがあるのだが、音高とリズムだけはおおむね守ったものの、それ以外は楽譜を重視しなかったようだ。「グレン・グールド演奏術」(ケヴィン・バザーナ著、サダコ・グエン訳、白水社)に書かれているのは、グールドが「印刷された楽譜のページに記載されたすべてのもの、つまり音符とそれを補足するための音楽用語や記号など、演奏するさい、作品の輪郭をはっきりさせるものすべて」をどのように演奏するかについて、演奏者の自由裁量に委ねられるべきと考えていた。主は、グールドが批判的に考えていたモーツアルトに限ったことだと思っていたが、バッハでも他の作曲家でもそうらしい。グールドは曲(楽譜)を絶対視せず、曲に改善の余地があると考えると積極的に手を加えていた。

そうした彼のエピソードを二つ紹介したい。
一つは音楽を学ぶ学生に向けて語ったもので、もう一つはまだコンサートを開いていた時分、ベートーヴェンのピアノコンチェルトを弾くにあたっての、彼の態度である。

ひとつめ。先に引用した「グレン・グールド演奏術」に、1964年トロントのロイヤル音楽院の卒業生のための講演や、1980年のインタビューで、「お互いの意見や演奏をききあうのは止めなさい」「自分でよく理解し、それなりの見解を持つ前に、あるいは自分の見解をもたずに、同輩の意見や演奏をきくことは、ピアノ演奏の伝統において継続してきた事柄を無反省に受け入れることになってしまうと思う。そして個人としての価値を強く主張するのが困難になるのは確かである」というグールドの発言を紹介している。

おなじく同書で、グールドは「心の耳」(the innner ear of the imagination)ということを言い、「これの『創造のための着想すべて』を生み出す『背景となる、計り知れないほど大きな可能性』の重要さを強調し、演奏者は、知識その他学習によって獲得したものに抑制されぬよう、そして新しい可能性を発見するために、常に現存しないもの、および潜在するものを意識しつづけなければならないと考えていた」と書いている。

バザーナは別のところでこうも言っている。「グールドは、演奏者はスコアに書かれたことに忠実でなければならぬという前提をいとも簡単に拒否したが、それは過去二世紀にわたるクラシック音楽の習慣を支配した価値を拒否したことになるのである」

ふたつめ。「グレン・グールド変奏曲」(ジョン・マクリーヴィ編・木村博江訳、東京創元社)は、グールドの死後間もない1983年に友人たちがグールドの記事を寄せたものだ。このなかに、ニューヨーカー誌のライターであるジョセフ・ロディが、グールドがまだコンサート公演を行っていた1950年代、カーネギーホールで行われたバーンスタインの指揮によるニューヨークフィルとのベートーヴェン・ピアノ協奏曲2番のコンサートの様子を書いている。

ジョセフ・ロディが、午前中のリハーサル後にグールドがホテルへ戻る様子を描いている。「今晩はホールへは9時半近くまで入らないつもりだという。これは演奏予定時刻の数分前であり、コンサートの前半を聴きたくないというのだ。ベートーヴェンのピアノ協奏曲を弾く時には、その前にオーケストラで別の曲は絶対に聴きたくないというのがその理由だった。」「バッハを弾く場合は、その前にシュトラウスでも、フランク、シベリウス、ジュークボックス ― 何でも聴けるんですけどね。でも、ベートーヴェンの前には何もだめです。弾く前に自分を繭(まゆ)みたいなものの中に閉じ込めないと。目隠しをした馬のような感じで出て行くんです。午後は、ベッドで過ごしますよ。風邪をひきそうなんでね」

そして、7時30分、「グールドはベッドから起き上がると、それまで着けていた二組のミトンをはずし、協奏曲の二度目の演奏にとりかかった。部屋にはピアノがあったが、触ろうとはしなかった。その代り、歩き回りながらソロのパートを指で弾き、オーケストラのパートをあごで指揮し、その両方を声高く歌った。これより騒がしくない、手を(お湯に)浸す儀式が8時半頃に始まり、およそ1時間続いた。グールドの出番の1、2分前に、彼はカーネギーホールに着いた。そのいでたちは、まるで北極の氷原を抜けて長期旅行に出かけるようだった。三重、四重のえり巻やコート、毛皮製品の下から現れた彼は、いつものだぶだぶの礼服姿だった。白いチョッキの下に、グールドは分厚い縄編みのセーターを着ていた」

音楽への献身の徹底ぶりは、あまりにも凄いですよね。

おしまい

 

 

 

 

2019年1月 伊豆へ行ってきた

1月14日(月)から1月16日(水)の日程で伊豆へ大人3人の家族旅行をしてきた。行程は、初日が熱川温泉、二日目が修善寺温泉の二泊三日で行ってきた。有難いことにうまい具合に休暇を取ることができ、正月を外して平日に行けば、料金も安くなるだろうという魂胆だった。

車で行ったので、最初は熱海で昼食を取った。一番上は、道路のマンホールのフタを写したものだ。なかなか、マンホールのフタにしてはしゃれている。午後に着いた熱川温泉の旅館では、料理が美味しかった。次の3枚が、伊勢エビ、アワビ、金目鯛の煮つけで、普段食べない豪華なものが出て来て、味もとても良かった。5枚目の写真は、日の出を取ったものだ。熱川温泉は伊豆半島の東側に位置し、オーシャンビューの部屋だと、日の出を見ることができる。けっこう朝日って、すぐに上ってしまうものなんですね。

 

次は翌日行った、旧天城トンネル、浄蓮の滝と旅館の様子である。旧天城トンネルは舗装されていない林道を走って行かないとならないし、トンネルは幅が狭く対向車とすれ違えられないので、ちょっとスリルがあった。そんなに長いトンネルではなく、直線で入り口から出口の明かりが見えていたと思う。次の写真の浄蓮の滝の脇には、静岡名物のワサビを育てている水耕栽培のような畑があり、とても美しい。

われわれ家族が泊まった旅館はスタンダードプランだったのだが、平日の3人客ということが理由だと思うが、今は亡くなられた昭和天皇が、子供時代に来られた時に建造したという特別室に旅館側がアップグレードしてくれた。庭を見ることが出来る部屋で、広く落ち着いており有難かった。料理も凝っていて、美味しかった。

今回感じたのは、熱川は伊豆急行で行けるし、修善寺も伊豆箱根鉄道駿豆線で行ける便の良いことろである。きっと、関東から足が良いので人気のスポットだと思うのだが、伊豆半島は、全体が観光地と言っても良く、その分競争が激しくサービスも良いのかなと思った。旅館で働く女性従業員と話したのだが、大勢の外国人観光客が大きなトランクを持ってくるそうだ。中国人が多いとか言っていた。ホテルでは、安ければ家族でマッサージをしてもらいたかったのだが、どちらのホテルも1時間1万円程度の値段設定で、我が家の予算状況では我慢しなければならなかったのだが、金持ちの中国人ならば安いものなのかもしれない。

おしまい

ボヘミアンラプソディー 見てきた!!

テニスクラブで音楽の話をよくする知人から良かったと聞き、「ボヘミアンラプソディー」を見てきた。音楽が最高だった!!ボーカルのフレディー・マーキュリーがすごい。初めて気づいたのだが、歌詞も抜群にいいのだ。セリフと歌があまりに自然なので、この歌は俳優の地声かと思っていたが、ネットで調べると吹き替えで、本物のフレディ・マーキュリーのものを使っていると書かれていた。ブライアン・メイのギターのソロなどもとても感動的で、クイーンの演奏をかぶせて使っているのだろうが、全然違和感がない。

主は、学生時代にツェッペリン、ピンクフロイド、オールマン・ブラザーズバンドなどに熱中していたが、歌詞はほとんど気にせずに聞いていた。ところが、この映画では素晴らしい歌唱力に加えて、屈折したやるせない思いに溢れる歌詞が字幕に映し出され、これにはシビれた。思わず涙が出てきた。主はジムへ行った帰りに見たのだが、バッグからスポーツタオルを取り出し、音楽が始まるたびに泣きながら見ていた。筋の方は、ベタと言えばベタだが、その分分かり易いし、2時間で過不足なく理解するにはちょうどよい。また、映画のメッセージがわかりやすく、共感を呼ぶのだろうと思う。

映画館では普通、声を出したりできないように注意が流れる。しかし、映画館によっては、客席でスクリーンと一緒歌えるところがあるらしい。そんな仕掛けで、何度も足を運ぶ客が多く、動員数を伸ばしているらしい。

「映画.COM」には、次のように書かれている。- 第91回アカデミー賞で5部門にノミネートされた映画「ボヘミアン・ラプソディ」が、1月22日までに累計興行収入100億4168万7580円、観客動員727万904人に到達した。2018年公開作では唯一、興収100億円という“天井”に穴をあけた作品に。国内の音楽・ミュージカル映画で歴代1位を誇る「美女と野獣」(124億円)を超えるか

主が見た映画のベスト10に入る!

おしまい

メルカリ 、アマゾンどちらも SDXCカードの粗悪品をつかむ!メルカリの対応はヒドイ!

昨年末、メルカリでSDXCカード512GBを見つけ、3000円程度でバカ安だ!と喜んで購入したところ、粗悪品だった。

商品が届き、スマホに挿したら500GBのUSBメモリーとして認識し、「ラッキー!」と思った。512GBと500GBの差はあるものの、ハードディスクでも単位の違いで容量が小さく表示されることがあるので、さっそく「受取評価」してしまった。「受取評価」というのは、購入者がこれをすることで、メルカリでは出品者は代金を受け取ることができ、取引成立となる。

ところが、このSDカードへ音楽データ約400GBをコピーしようとしたら、エラーが起こってコピーできなかった。ネットでググったところ、インチキ品が出回っていることを知る。ネットの記事で見つけたSDカードが本物かどうかを検証するソフト(H2testwとCrystalDiskMark)で、実際に書き込めるか、速度は正常かを試してみた。そうすると「不良品」の可能性が高い(”The media is likely to be defective”)と表示され、速度もこの世代の製品と比べると1/10ほどしか出ていなかった。下のスクリーンコピーでは、リード、ライトとも一桁の速度しか出ていないが、最新のメディアは100MB/sに近いスピードが出るようになっている。表面に印刷されているプリントを見ると、規格などが不鮮明で読めないし、裏面をよく見ると台湾製となっている。HUAWEIは言わずと知れた中国のメーカーである。

 

この旨をメルカリに伝えたところ、「受取評価」後のクレームは売主と買主でまず協議し、協議が不調になったら再度連絡を取ってくれと言われる。ただし、最後の連絡から2週間が過ぎると、連絡できなくなるシステムの仕様になっているという。

返金交渉するためには、相手の氏名や住所を知る必要があり、そのためには当然こちらの氏名、住所を知らせる流れになる。素性を知られた状態で、「偽造品でしょう」とは言う気にならない。

返金は協議が成立し、かつ、売主がメルカリに売上金やポイントを持っている場合だけに、メルカリを介して返金される。そうでない場合は、買主と売主で直接返金してもらうように交渉しなければならない。つまり、メルカリが売主と交渉してまで返金してくれることはしないし、メルカリが返金額をたて替える、あるいは賠償することをしない。さらに、売主と買主が勝手に返金交渉したものは、メルカリの責任の対象外と強調する。

このポリシーは理解しがたい。今回の件で、「買主様(主のこと)がもし法的手段を取られる場合には、メルカリは全面的に当局に協力します」という返事があったのだが、この当事者意識のなさには驚いた。

メルカリのキャッチフレーズに「偽造品追放」「メルカリが補償」とあるのだが、実際にこのように「受取評価」したものは対象にする気がないとしか思えない。今回のようにスマホに挿したら巧妙に500GBと表示されるものの、実は粗悪品というようなケースでは、最初に不具合を見抜くのは難しく、気づく人は少ないだろう。このように「受取評価」した後は自己責任、売買の場所だけ提供しているというスタンスは、顧客志向とは言えないだろう。粗悪品を掴まされた人のコメントを見ると、「大切なデータがなくなった!」と憤慨する一方で、「今後のいい勉強になった」などとその後の交渉を諦めている人が多い。

しかしながら、外国人は日本人のような敗北主義者ばかりではない。メルカリは、海外進出したものの成果が上がっていないらしいが、こうした犯罪的なことで日本人のように簡単に引き下がるはずがなく、こんな基本的なことを海外でおざなりにするのは、商売において大っぴらに無責任を表明しているのと一緒で、逆効果だ。

他方で、主はアマゾンでもメルカリよりも少し早く、同じように512GBのSDカードを購入していた。こちらも相場よりずっと安く、8000円ほどだったのだが、実際に届いた時にアダプターに挿してパソコンに認識させようとしたことろ認識しなかった。

アマゾンはこのような場合、アマゾン自身が販売したもの、マーケットプレイスで販売したものを問わず、1か月までの間、簡単に返品可能だ。購入履歴の返金ボタンを押し、短い理由を書けば、返送用の宛先を印刷することができ、原因が不良によるものであれば、受取人払いで返送することができる。

このSDカードは、(かなり昔に主が購入した)アダプターに挿した際に反応しなかったのだが、実は後になってSDカード自身が世代交代していることに気がついた。512GBはSDXCという新しい規格の製品で、前の世代のSDカードはSDHCという規格で32GBまでである。主は、古いSDHC用のアダプターを使っていおり、SDXCはそもそも認識しないのだ。そのことに気づいたのは、アマゾンに返品手続きをした後だったので、実は動作したのかも知れない。

主はアマゾンを宣伝するつもりはまったくないし、むしろ、アマゾンがやがて日本の小売業を駆逐してしまうのではないかとさえ懸念している。

しかし、アマゾンの顧客志向は徹底している。何回か、問い合わせやクレームしたのだが、速攻で問題を解決する。まずは何といっても、HPのインターフェースがよくできている。例えば、商品を購入しても、発送前であれば気が変わってキャンセルすることも可能で、承認されるプロセスの進み具合が画面でわかる。

PC版 Kindleでは、バージョンアップをした際にバグがあり、単語の訳が表示されなくなったことがあった。この時連絡したら、すぐに一時しのぎとして古いバージョンのプログラムを送ってくれた。

動作可能なノートPCのリストが書かれたUSB3.0のアダプターやLANアダプターを、自作パソコン用に購入した時にうまく動作せず返品したのだが、その後アマゾンのHPの書きぶりが細かく書き改められていた。

メルカリの話に戻ると、今日時点で、SDカードのバカ安い商品の出品はずいぶん減っているようだ。おそらく、メルカリが何らかの対応をしたのだろう。だが、SDカードを購入した人の評価を見ていると、単に不良品を掴ませられた被害だけではなく、コピーが出来ずに大切なデータを大量に失った人の存在が見えて来て、このようなことが起こるとショックの大きさは計り知れないだろうと思う。ご同輩、メルカリの「受取評価」はくれぐれもご注意を。

というか主は、メルカリでテニスボールのニュー缶を購入したのだが、こちらも「気が抜けていた」。確かに新品だったのだが、商店で並んでいるものより弾力がないものだった。缶は開けていないのだが、たぶん、製造後の時間がそうとう経っているのだろう。たいていのアマチュアは気が付かないかもしれないが、主のようなテニスフリークは大事な試合では新品のボールを使い、その弾力の違いを知っている。こういうのは、文句の言いようがないと思う。値段はさほど安くなかったのだが。

おしまい