「グレン・グールドとの対話」ジャナサン・コット(晶文社 高島誠訳)と「グレン・グールドシークレットライフ」再出版の願望

グレン・グールドの本は何でも読みたい思っているため、カバーの絵を見てこれは初めてだ!と思って買ったのが、「グレン・グールドとの対話」ジョナサン・コット(訳:高島誠 晶文社)だ。だが、下に掲げた「グレン・グールドは語る」(ちくま学芸文庫)と同じ本だった。下の方は、訳者と出版社が異なり、グールドの翻訳を多数手がけておられる宮澤淳一さんが訳されている。

ちなみに、ちくま学芸文庫の「グレン・グールドは語る」は、2010年に出版されたものだが、今回紹介する晶文社の「グレン・グールドとの対話」は、1990年出版で、主が古本で購入したものは1998年の第8刷だった。

こんな風に時間が経過して同じ本が違う出版社から出版されるのであれば、「グレン・グールドシークレットライフ」マイケル・クラークスン(訳:岩田佳代子 道出版)も改めて再出版してもらえないのだろうかと強く思う。

というのは、この本は、原書(英語版)のかなりの部分を翻訳しないまま販売されている。主は、日本版、英語原書とキンドル版の3種類を購入したが、この日本版は段落単位で翻訳されないままに出版されており、こんなことがあるのかというくらいいい加減だ。おそらく全部を翻訳すると、もっと分厚い本になってしまうので、適当な分量になるように調整したのではないか。おかげで、翻訳されたものを読んでいるとどうも意味が通じない。これはもう無茶苦茶で、大勢いるグールドマニアは浮かばれない。アマゾンの書評にこの苦情を書いていることもあり、音楽関係者の方からこのブログへ賛同のコメントをいただいたこともある。

仕方がないので、主は、キンドル版をPC上にペーストしたものをGoogle翻訳を使って、少しづつ自分で翻訳している。これはこれで、「自動翻訳もこんなに実用になっているのか」という面白い発見があるので、また別に書きたい。(翻訳家の皆さんに対する批判ではないので、是非翻訳・出版してください)

感想は前に書いた下のとおりだが、あらためて本書の感想を書くなら、やはり6時間もの時間をかけた電話インタビューなので、グールドの個性が良く表れていると感じる。グールドは対面して話すのが苦手だった。このため真夜中に相手の迷惑を顧みず長電話をしたことで有名だ。それも相互に話をするというより、グールドが思っていることをずっと喋りまくったらしい。その分、本心がよく出ているのではないかと思う。例えば、テレビなどのメディアのインタビューや自分の番組では、批評家の批判を嫌ったために、晩年になると必ず入念な原稿を用意し、ユーモアや才気煥発さが出るように準備していた。(原稿を用意することで、インタビューが昔と比べてつまらなくなったと言われる)このインタビューでもそうだと思うが、やはり好きな電話ということで面と向かった対談よりは、彼ののびのびした一面を感じることができる。

  • 以下は、以前に書評を書いたちくま学芸文庫の方のコピーである。
  • 【グレン・グールドは語る】(訳:宮澤淳一)ちくま学芸文庫

【著者のジョナサン・コットは、1942年ニューヨーク生まれのノンフィクション作家。グールドの10歳年下である。グールドとの関わりを本書の中で語ってているが、デビュー作「ゴールドベルグ変奏曲」を13歳の時に聴いて以来ファンとなり、ニューヨークで行われる公演をすべて聴きに行く。ファンレターも書いて、返信を貰うこともあったと書いている。コットは、その後「ローリング・ストーン」誌の中心的なライターになり、1974年に3日間6時間にわたる電話インタビューをもとにして、同誌へ2回にわたって記事を連載する。グールドの映画を見ていると、長電話、それも明け方や深夜の普通でない時刻にもグールドは話をする相手がいたことがわかるが、コットも生涯にわたって、その一人だった。

【個人的には、ジョージセルによるグールドの良く知られた逸話がでっち上げだったこと、ワーグナーの「マイスタージンガー」前奏曲、ベートーヴェン「第5番交響曲」(ピアノ版)で多重録音していることを知った。

【ジョージ・セルの逸話というのは、1957年(グールド25才)にクリーヴランド管弦楽団との共演のリハーサルの際に、準備万端の楽団員の前で、グールドが生涯持運びつづけた特製の椅子(座面が床から35センチしか離れていない!)の調整に時間を費やし、苛立ったセルが「君のお尻を16分の1インチ削ったら、リハーサルを始められるのだがね。」「あいつは変人だが天才だよ。」と言ったと言うものだ。この記事は、雑誌『タイム』に載ったものだが、記者にもっとユーモアのある逸話がないかと聞かれたセル自身が創作したものだった。 他に主が感心した点は、椅子をこれ以上に低くすると無理な姿勢になってしまうため、自宅で実証済みの方法、ピアノを持ち上げるというグールドのこだわりだ。映像を見ていると、実際彼のピアノは何センチか持ち上げられている。

【本書は、コットが「ローリング・ストーン」誌のインタビュー記事にジョージセル事件を付け加えたかたちで1984年に出版され、邦訳が晶文社から1990年に「グレン・グールドとの対話」として出版されていた。2010年にそれを出版社と訳者が変わり出版されたものだ。最後に訳者の宮澤淳一の分かりやすい「解説」に、「付録」としてレーパートリーなどのデータが載っている。

【グールドの書籍の中では、昔から刊行されているもので、定番と言える書籍だろう。「ローリング・ストーン」誌は、その名の通りクラシック愛好者向けの雑誌ではない。ロックや、政治を取り上げる雑誌で、日本でも翻訳が売られているほどのメジャーな雑誌だ。この本で、彼のインタビュアーへの(ユーモアのある)真剣な回答、彼らしさが多面的に分かるし、読者層を意識してかビートルズに対するネガティブな評価なども語っている。クラシックを聴かない層にもインパクトを与えた。◎だ。

東大大学院卒AV嬢 鈴木涼美「おじさんメモリアル」 

日経新聞に鈴木涼美と高橋源一郎氏との対談記事がネットに出ており、面白そうだと思い、鈴木涼美の「おじさんメモリアル」という本を読んでみた。

アマゾンから

例によってアマゾンの要約を紹介しよう。

【著者が出会った哀しき男たちの欲望とニッポンの20年】
元AV女優にして、慶應大学卒業後、東京大学修士課程で社会学を専攻し、その後日経新聞の記者として5年半勤めたという異色の経歴を持つ文筆家・鈴木涼美。
時にはパンツを売る女子高生とそれを買う客として、時には恋人同士として、時には社内不倫の相手として、時には高級愛人クラブの客として……作者がこの20年の間にさまざまなかたちで出会ったおじさんとの思い出を通して「おカネを払うことでしか女を抱けないおじさん」の哀しみを浮き彫りにし、さらには性と消費という視点からこの20年の日本を振り返る。冷徹な批評眼が冴えわたる刺激的エッセイ! 

【アマゾンの読者の書評の一部から】
・・・・会社でいくらデカイ顔をしていても、博士号取得しようが、肩書きが増えようが年収が増えようが、パンツ一枚下ろしたら、男は女にとって、やっかいな赤ちゃんでしかない。本当に面白い。

アマゾンの書評の「パンツ一枚下ろしたら、男は女にとって、やっかいな赤ちゃんでしかない」という表現がストンと落ち、これが購入の一番の動機なのだが、このような表現はこの本には出てこなかった(と思う)。

それはともかく、主のような年配者が今更感心してもどうなるものではないと思うのだが、女性の論理はこうなのかと初めて知ることが、盛りだくさんに書かれており、なかなか面白かった。

AV嬢 佐藤るり

あれこれ言うより、実際の面白かった部分を引用しよう。

「オジサマ方に言いたいのは、水商売や風俗の世界で、客とつきあったり結婚する子がいないわけではないが、それは『そういうときもある』という類のものではなく、『そういうことがある子』と『客は客としてしか見られない子』の二種類がいるのであって、後者にいくら貢ごうが、イケメン客が迫ろうがそのオカネは泡となって消える。ちなみにホスト通いする娘は後者が多いので比喩的な意味ではなく具体的な意味でシャンパンの泡となっている可能性も大いにある。普段は客を客としてしか見られないような娘がごくごく稀に客と友人や恋人になる場合があるとしても、その相手の客というのは同業かヤカラ系の客のどちらかなので、フツウのおじさんにはチャンスは皆無である。」

ふーん。水商売や風俗の世界の女性に対しても多くのフツウの男は、「うまく振舞えば女性の気を惹けるのではないか」と錯覚をしており、それはまったくの無駄ということだ。逆に、客を客としか見られないような娘の方が、ホスト通いでオカネをシャンパンの泡にしているとも読める。鈴木涼美はホスト通いもしており、客から巻き上げたオカネをホストにつぎ込むのはもっともだと考えているように思えて面白い。

次は、キャバ嬢時代の恋人・光ちゃんのことをいろいろ書いている下り。付き合いが長くなってきた光ちゃんが、「俺は俺のことをちゃんと好きになるオンナと付き合いたいわけ。カネを持った途端に寄ってきたオンナとか糞だと思ってるから。お前はそうじゃないと思っていたけど、結局あいつらと同じなのかな」と言い始める。

これに対して鈴木涼美はこう書いている。「正直、けっこう私はカチンカチンときていた。まず、そういった邪心一切なしのオンナと付き合いたいのであればキャバクラを狩場とするなと言いたい。さらに言えば、人間というのはポイント制なのであって、財力、美しさ、学力、性格、筋力、コミュ力など、どれかのポイントが上がればモテ度が上昇するのも、気に留める女が増えるのも当然である。財力は運動神経もコミュ力もない不細工が後から急上昇させやすいポイントであるのだが、私の中では別に、運動神経や顔面偏差値と同等なものであってそれだけを取り出してああだこうだ言う光ちゃんはひたすらうざかった。」

キャバクラで知り合って付き合い始めた光ちゃんが、人間そのものを見てくれみたいなこと言い始める。それに対して、それならキャバクラではないところで彼女を見つけろという。これはおそらく、財力を目当てに近寄ってきたオンナには財力がなくなると見限られるという恐怖が、男にあるのだろう。オンナは男をポイント制で評価しているが、男は、バカなので好きか嫌いかの二元論になってしまうのではないか。

加えてこう書いている。「結局、小学生・中学生をきちんと段階を踏んでモテておく、というのは大切なのであるそんなにイケメンでも運動神経抜群でもなかった光ちゃんは、要するにモテること慣れていなかった。モテることに慣れていないままにオカネを持って急にチヤホヤされだし、それで彼女なんてできても、オカネがなかったころの自分だったら見向きもしなかったクセに・・・という思考回路から抜け出せない。」

同じ含意なのだが、風俗通いする男は、不遇な子供の時の仕返しを風俗嬢(奥さん?)にしているという趣旨のことを読んだことがある。

次は、交際クラブなどに所属する女性(嬢)の話。引用していると長くなるので適当に要約すると、おじさんとつきあう際のお小遣い額がオショックス(2時間の食事デートと2時間のホテル)で6万円なのだが、なかにはちゃちゃっとセックスして1時間で別れる効率的なおじさんがいて、その場合は5万でも可だ。ところが、多くのおじさんが誤解する。セックスなしのデートに何時間も拘束し、おじさんは恋人気分になって、1万円で済まそうとする。セックスせずとも、4時間拘束したら6万円払えというのだ。「だって彼女にとってはおじさんとのデートはおじさんとのセックスと同じくらい不快だから。べつにアレがアソコに入ろうと入るまいと、恋人気分の代償はしっかり払って欲しいのだ。だって彼女にとっておじさんは、友達でも恋人でもなくお客さんであるのだ。」誤解する恋人気分のおじさんの気持ちはわかる。

また、「非・夜のオネエサン」な女子たちの考え方についても面白い。男性誌の企画で「いくらもらったら好きじゃない人とセックスしますか?」と街頭アンケート結果がそうだ。街頭インタビューをしたおミズ系ライターのオネエサンは次のように言う。「びっくりするよ。売春系の経験がない女子たちの自らの値段設定は。一番多いのが100万円。グラビアモデルがバック5万円でデリヘルで働く時代に。もっさい子でも1憶って言ってくる子もいるからね。大手デリヘルに勤めたら、せいぜい2万円クラスの子でも、平気でそういうこと言う。かわいい子で5万とか3万とか答えるのは、明らかに風俗嬢ね」ところが、こうした素人系女子はこういうことも言う。「でもね、じゃあ知らないおじさんとお寿司食べに行くのに抵抗がありますかって聞くと、高いお寿司なら奢って欲しい~とか言ってくるわけ」 要するに、「素人系女子は自らのセックスの値段には自信過剰だが、恋人気分のデートの価格に無頓着である」「玄人嬢は、自らのセックスの値段には現実的だが、恋人気分のデートの価格にシビアである。おじさんたちは、この2つの考え方を都合よく混同し、玄人嬢をデートに誘っては嫌われ、素人女性を5万くらいで抱けると思ってやはり嫌われる

次は、東大デビュー男の話。これは東大卒にも何種類かのルートがあり、麻布や筑駒卒の男に比べ、東大卒男の一類型だが、高校時代にかなり抑圧された環境にあった男の、東大卒が弊害になった忌むべき存在となるというものだ。すなわち、暗黒の高校生時代を過ごした後、めでたく東大に合格し、彼の生活は一転薔薇色に代わるのだが、「東大デビューして無敵になった彼のコンプレックスは、当然、ダサさの中心で愛を叫んでいた高校時代である。その失われた青春時代をどう取り戻すか。」この結果、女性に対して歪んだ性向を示すことになる。この失敗と挫折を知らない、自分の思いどおりに人生を生きてきた東大卒の恋人は、嫌気をさした鈴木涼美から別れ話を切り出され、翻意されない復讐に、鈴木涼美が佐藤るりの名前で出ていたアダルト動画を両親に送り付ける。

最後に男の勘違いを同じだがもう一つ。「なんか男って、他人がホステスにいいように利用されていると『お前なんか金としてしか見られてないぜバカが』とか『お前が相手にされるわけがないだろがバカが』とかとっても冷静な批評を加えられるのに、こと自分が『会いたい』とか言われると何故か店以外の場所でオカネも払わずに会おうという常軌を逸した翻訳をするのでほんとにドン引きである。『おいしいものを食べさせる』ことが会ってくれたお礼になるという素敵な勘違いをしている人もいまだにそのへんに転がっているが、『いい女とご飯を食べる』向こうの快楽と「無料でご飯を食べる』こちらの快楽では、向こうの方が当然大分上回っているので、やはり差額はきっちり払っていただきたいところである」

「おわりに」では、「オカネのために、あるいは生活の安定のため、あるいはプレゼントをもらうため、あるいは妻という座に座るために、抱かれるということがないおじさんにとっては、」ー「必要のないところで股を開き、何に使うか分からない大金を稼ぎ、見知らぬ男に裸を見せる」ー「そうした行為は耐え難く苦しそうに見えるのだろうと思う。彼らはその姿を見てあらゆる想像力を駆使してストーリーを見出し、それを消費してきた」と分析する。

逆に女性の側から見た「おカネをもらってするセックス」で、「おカネを放出し、精子まで放出していくおじさんの姿に浮き上がる文字は、可笑しさとせつなさ以外に何であろうか。彼らがお金を払って手にしているつかの間の自由と幸福は、お金を払わずして手に入ることは絶対にない。100円玉で買えるぬくもりは100円ないと買えない」と結んでいる。

全体に振り返ってみると、女性の方が男性より明らかに現実主義者だ。著者の鈴木涼美は、「人間はポイント制だ」と言い切り、自分はポイント上位にある女性という意識が強いのだろう。家庭環境もとても恵まれている。そうしたことから彼女の場合は、貨幣に換算して、1時間5万もらって当然という思考なんだと思う。一方、男はバカで、少しも実現していない潜在価値まで足し算している夢想家のように思う。

おしまい

 

 

トーク&試聴イベント『目と耳で楽しむグレン・グールド~ゴールドベルグ変奏曲1955』

2017年10月8日、主が愛してやまないカナダ人ピアニスト、グレン・グールドの宮澤淳一さんによるトークと試聴イベントが渋谷のタワーレコードであり、主も行ってきた。

グレン・グールド(1932-1982)は、今年生誕85年、没後35年になる。人気は今なお健在で、彼にまつわるいろいろな録音が発掘され発売されたり、催しが開かれたりしている。

彼は、1955年、23歳の時にJ.S.バッハのアリアと30の変奏曲からなる「ゴールドベルグ変奏曲」でセンセーショナルなレコードデビューを果たす。この録音で何度もテイクをとり、テープを切り貼りしながら、一番いいものを選んで仕上げたことが知られている。このテープの切り貼りは、今では当たり前になっているが、当時、大きな批判や議論が起こった。演奏は1回の通し演奏をすべきで、録音を切り貼りするとは音楽の冒涜だといった批判があがった。

今年はカナダ建国150周年だそうで、カナダ人の誇りであるグールドの記念物を出そうということになったのだろう。デビュー作の1955年の「ゴールドベルグ変奏曲」レコーディング際に使われなかったテイク(アウトテイクというそうだ)全てを含むCD集7枚プラスLPレコード1枚からなる「グレン・グールド ゴールドベルク変奏曲コンプリート・レコーディング・セッションズ1955」が発売された。下の写真がそれである。詳しくは次のリンクを参照してもらえば良く分かる。タワーレコードの商品紹介ページ 重さは5Kgあるそうで、ポスターや分厚い解説も入っており、値段は1万円ほど、マニアには有難い値段だ。

14_1108_01

この発売を記念して、宮澤淳一さんのトークと試聴イベントが行われた。宮澤淳一さんは音楽評論家で青山学院大学教授なのだが、日本のグールド研究の唯一無二といって良い方で、ご自身の「グレン・グールド論」を出版されているほかに、英語で書かれたグールドの出版物の大半を、宮澤さんが翻訳されているほどの第一人者だ。また、グールドを描いた映画「ヒアアフター(時の向こう側へ)」では、数少ない日本人の一人として登場されている。

この日、会場に用意されていた椅子は20脚ほどで、最初「こんなものか、淋しいなあ」と思っていたのだが、時刻になると50人以上の人が立ち見も含めて集まり、けっこう盛況だった。集合時間と比べてかなり早く来られた愛好者は、主と同じような年配者が多かったが、開始時刻間際には若い人たちがぞくぞくと集まってきた。グールド人気が、年寄りだけではなく、若者にも受け継がれているように、主には思われた。

DSC_0119
トークイベントの様子。左が宮澤淳一さん。右はソニーの録音エンジニアの方だったと思う。
DSC_0116
手前に並んでいるのはすべて「ゴールドベルグ変奏曲」のCDで、1955年録音のものと死の直前の1982年録音のもの、自動再生ピアノに演奏させたものなどが並んでいる。

この日面白いなと思ったことを何点か、以下に書いてみよう。

一つ目、グールドは何通りにも録音した演奏を聴き比べて、一番気に入ったものを最終作品としていたとよく言われているが、この日の話によると、グールドは何度も録音を繰り返すのはその通りなのだが、ほぼ最後に録音したテイクを最終作品にしているということだった。つまり、ランダムにいろんな演奏をして、その中から気に入ったものを選ぶというより、気に入った演奏が出来るまで録音を繰り返し、うまくいったらそこでそれでストップしたということだ。ある程度か、明確なのか主にはわからないが、最終形のイメージはあったということだろう。

具体的にいうと、ゴールドベルグ変奏曲は、最初と最後のアリアで2曲、変奏が30曲あるので合計32曲からなるのだが、グールドはそのうち20曲は最後に演奏したテイクを採用しているとのことだ。(当日の宮澤氏のレジュメをPDFにし、次のリンクにさせていただいた)

宮澤淳一氏 レジュメ

二つ目、レジュメにもあるこの日の宮澤氏のお話の中で、グールドの性格をあらわすエピソードだ。グールドはジェフリー・ペイザントの「グレン・グールド、音楽、精神」(宮澤淳一訳)の中で、冒頭のアリアは20回取り直したと回想しているが、「コンプリート・レコーディング・セッションズ1955」から実際は11回目であることが分かるとのことだ。

この差について、宮澤氏は「グールドは20回という数字が恰好いいと思ったんでしょうね」といった旨のことをおっしゃっていた。

グールドの性格は、彼は嘘をついていたということではないが、周囲に写る自分の像をコントロールしていたのは間違いない。実像を隠し、実際と違う像を世間に見せていたし、それは完全に成功していたということだ。

楽しいお話はもっとあったのだが、またの機会に紹介しよう。

特記すべきは、12月にGlenn Gould Gathering(GGG)という催しが、坂本龍一さんがキュレーターとなり草月会館、カナダ大使館で開かれる。チケットの発売はすでに始まっており、早くも残り少ないようだ。関心のある方はググって下さい。主は購入しました。

おしまい

 

 

ブラジル ボアッチ(出会い系バー)の話

————-2022.8.24追記しました————

第2弾は、ボアッチ(出会い系バー)の話。

いきなり最近の政治ネタになってしまうが、獣医学部設置をめぐる加計特区問題で、文部省の前川前事務次官が出会い系バーに出入りしていたと、読売新聞が報道し、ソースが官邸のリークだと他のマスコミが叩き、三面記事的な話題なこともあり、菅官房長官も入って両サイドから盛大に報道された。

出会い系バーは、ボアッチの日本版だと考えてもらえばよい。とうとう日本も、ブラジル化したもんだと思った。ブラジルの方は少し明るいかもしれない。下は、ググったら出てきた前川前事務次官が行ったという、出会いバーの紹介ムービー(YOU TUBE)だ。

出会い系バーもボアッチも、女性のところへ客の男性が行き、交渉次第でお持ち帰りができるというところは一緒だ。下の写真の1枚目は、ボアッチの感じが出ている。ソファが並べられ、派手な照明とロックなどのうるさい音楽が大音響で流れている。繁盛する時間帯になると、下の写真のようになる。入場料は女性無料、男性5000円くらいか。(昔の話なので、今は違うかもしれない)銀座や大阪・北新地のクラブのように専属の女性がいて、ママやホステスが話し上手で接待するというシステムではない。キャバクラ同様、女の子が客にドリンクをおごってくれとか言ってくる。ブラジル人はこだわりがないので、断っても何の問題もない。

昔は、南米の美人が多い国を、ABCとか、3Cとか表現した。ABCは、アルゼンチン、ブラジル、チリに美人が多いという意味で、3Cというのは、チリ、コスタリカ、コロンビアだと思う。間違っているかもしれないが、ブラジルを除いて、これらの国はみな、欧米が出自の国の女性たちだろうと思う。

主は、これらの国でブラジル以外で行ったことのあるのはアルゼンチンだけだ。だが、アルゼンチン女性は、日本人のことを黄色の洗濯屋くらいに考えており、おそらく、黄色人種は一段下に見られている。(洗濯屋さん、すみませんm(__)m)その点、ブラジルは混血が進んでいることもあって、多民族、多人種なため、日本人に対してもフレンドリー、むしろ、日系移民のこれまでの貢献により、明らかにリスペクトしてくれる。

主が説明するのは難しいが、何故、ブラジルに混血が多いのか。その混血のせいで、人種へのこだわりが少ないように思える。聞いたところだが、遥か昔、アフリカからつれて来られた奴隷を乳母にしたり、子供の面倒を見させたりして、欧米系の子供たちが黒人を身近に感じて育ち、偏見を持たずに育ったからだという。結果、混血の比率が非常に多い。(外務省のHPによると、欧米系48%、混血43%、アフリカ系8%、東洋系1%、先住民0.4%とある)

ポルトガル人がブラジルを植民地にしようと先住民と戦った16世紀、先住民を奴隷にし、先住民同士を戦わせようとしたのだが、彼らは奴隷にされ、いくら酷い仕打ちをされても働こうとしなかったという。それで仕方なく、黒人奴隷をわざわざアフリカから連れてきたとのことだ。

主が好きな文化人類学者のジャレド・ダイヤモンド*の著作「銃・病原菌・鉄」のなかに、南米の先住民たちは、欧米人が持ち込んだチフス、ペストなどの病原菌に対し、免疫が全くないためバタバタ死んだとか、欧米人の銃に打倒され根絶やしにされたとか書かれている。結局、ブラジルの場合、先住民はほとんど絶滅に近く、アマゾンの奥地くらいにしか生き延びることができなかった。

* ジャレド・ダイアモンドは進化生物学、生物地理学等の幅広い知見を持つアメリカ人で、UCLAの教授。著作の「銃・病原菌・鉄」「文明の崩壊」などオススメだ。パプア・ニューギニアでもフィールドワークをしている。壮大なスケールで「人間とは何か」を問い続ける。彼のおかげで、主のぼんやりしていた文明観がかなりはっきりしたと本人は思っている。

泣ける映画だ。(アマゾンから)

前にも書いたが、ブラジルは格差が大きく、お金に困っている人が多い。男が体を売るケースは少ないが、女性は簡単で多い。金に恵まれない男に多い職業で、最初に思いつくのは靴磨きだ。客の靴を乗せる台を肩に担ぎながら、酒場などを回って客の靴を磨く。主が愛するブラジル映画「フランシスコの二人の息子」は、貧乏な息子たちが、苦労しながらセルタネージョ(カントリーミュージック)で大成功を収めるサクセスストーリーだが、子供時代の主人公は、学校へ通いながら靴磨きをしていた。ブラジル映画なかなか、いいっす! 切ないっす!

ブラジリア当時唯一のゴルフ場と湖に架かる自慢の斜張橋。センスの良さが窺える

主がプレーしたゴルフ場のキャディーも、金に恵まれない男の職業だろう。主のキャディーをよくしてくれた男は、「公務員試験を受けるが、倍率が凄いんだ。会場の周りに何百人も受験者がいるんだ」と言っていた。明るい顔をしているがみんな大変なのだ。

最初に戻って、ボアッチネタに戻りたい。主が日本から赴任する直前、周囲のブラジル通からボアッチのことを教えてもらった。現地へ行き、タウン誌に書かれていた広告を見つけ、期待をふくらませながら実際に行ってみた。だが、お店が回転してしばらくすると、どうもカップルがソファなどで抱き合ったりキスしたりしているのだが、男同士に見える。目を凝らすと、男同士だった。店員に確認したら、やっぱり、ここはホモセクシュアル専用のボアッチだった! とほほ(涙)ブラジルは広い!

VICTORIA HAUSという名のLGBT向けのボアッチ

そういう失敗を重ねて、やがて、ブラジリアにも何件も普通の、今風に言えばストレート向けのボアッチがあるのが分かった。どうやら、ブラジルという国どんな小さな田舎でもボアッチはあるらしい。店の扉のところには、屈強な大男がガードしており、(たいていは警官OBらしい)、中には女性たちがいる。男は入場料がいるのだが、女性は無料だ。ブラジル人たちは、お酒を飲みながら何を話しているんだか、ゆったりとだべっている。もう記憶が定かではないが、彼女たちを連れ出すときにお店に料金を別に払うシステムだったと思う。

下記のリンクにボアッチ噺の続編を書きましたので、よろしければご覧ください。

ブラジル ボアッチの話 その2

おしまい

ブラジル 人生観が変わるプライア(海岸)の話

ブラジルの話は帰国して10年以上がたち、ライブな話題を提供できないこともあって、ほとんど書かなかった。だが、トピックが全然ないわけではないので、なるべく軽くて、面白い話をしたい。

ブラジルに住んでいたのは、2002年から2006年までの4年間だ。主が住んでいたのは、首都ブラジリアだった。ブラジルと言えば、サンパウロ、リオデジャネイロ(リオ)が有名だが、ブラジリアは人工的に建設された首都で、当時建都45年くらいだった。そのため、人工的に設計された都市も、かなり老朽化が目立ち、近代的なのか、廃れているのか両方がミックスされた雰囲気があった。人口は、サンパウロ2,000万人、リオ500万人に対し、ブラジリアは周囲の衛星都市を合わせて当時200万人くらいだったように思う。他の都市には、立派な教会のある広場を中心としたセントロがあるが、ブラジリアにはこれといったセントロがなく、商業地域しかない。

ブラジリアの写真(WIKIPEDIAから)
ブラジリア(WIKIPEDIAから)

赴任当初の2002年5月に日韓共催でサッカーのワールドカップが開かれ、ブラジルが5度目の優勝した。ブラジル国内は大騒ぎとなり、セレソン(ナショナルチーム)が凱旋パレードをした記憶が少し残っている。このセレソンは、ブラジリアを含むブラジル国内の主要都市を何か所か飛行機で巡ったのだが、パレードの予定時間が大幅に遅れ、最後のリオだかサンパウロでは、明け方、夜が白々と明けるころ行進し、「(時間にルーズな)ブラジルらしいなあ!?」と思ったのが懐かしい。

下の写真の1枚目は、リオのコルコバードの丘の有名なキリスト像。2枚目は、イパネマ海岸かコパカバーナ海岸といった有名な海岸をビキニ姿で歩く女性たちだ。このビキニは、タンガ(ブラジルビキニ)というのだが、上半身、下半身とも最小限の三角形で体を隠している。女性は年齢を問わず、このタイプの水着を着ている。

このような美しい海岸は、リオだけかと思うかもしれないが、ブラジルのこのような真っ白い砂、真っ青な空の美しい海岸は、赤道のあたりから温帯に入るアルゼンチンの手前までの数千キロにわたっている。

女性の服の話をすると、体の線を隠すのはダサく、体の線をはっきり出すのが恰好いいとみんな思っている。したがって、日本で一般的に着られる、体のラインを隠すゆったりした服は好まれない。スカートは、よっぽどでないかぎり普段は履かない。フォーマルなドレスの時には思い切り着飾り、スカートを着てハリウッド女優みたいな姿になるが、普段はGパンが一般的だ。

親爺らしく日本の説教臭い話題へ。外国から日本へ帰国する時にいつも思うのだが、女子高生が短いスカートを履き、化粧をしていると売春婦に見える。アニメの影響らしいが、どうかと思う。外国では、特にブラジルでは、前述したように女性は老いも若きも、体の線がはっきり出る服を好むが、TシャツにGパンという地味な格好が普段の姿だ。日本女性は、衣服と化粧品に対する嗜好やこだわりが非常に強いと思う。しかし、広告が成功しており、ある種の洗脳状態、強迫観念にかられているのだと思う。日本女性の支出の大きな部分はこの二つだろうが、ブラジルでは全体で見れば所得の高くない人が多いので、服装や化粧にかける金額はわずかだろう。

photo by AllPosters.co.jp

photo by YOSHIOKA Noriaki _ 旅いつまでも・・

話を元に戻そう。ポルトガル語では海岸のことをプライアというのだが、このプライア抜きにブラジルを語れない。ブラジリアは内陸の首都のため、プライアがないことに住民は嘆く。だが、人造湖(ラゴ)があり、この水辺がプライアの雰囲気を少しだけ醸し出している。大西洋に面した本当の海岸線は、実に美しい。日本で有名な海岸は江之島だろうが、あんなに砂が黒くない。真っ白なのだ。空も、雲一つない真っ青な快晴のことがほとんどだ。気温もちょうどいい。日本人は赤道の近くは猛暑だと思っている節があるが、アマゾンの河口の州都ベレンであっても、ずっと日本より快適だ。ちょっと緯度が下がったバイア州の州都サルバドール(日本語にすると『救世主』になる)などでは、ブラジル全土でいえることだが、昔ながらのヨーロッパの風情のある建物が立ち並び、プライアで過ごす時間は何物にも代えがたい。

salvador
APPLEWORLDからサルバドールの街

ブラジル人は、日本人のように海で泳ぐというケチなことはしない。プライアではビーチバレーをしたり、家族や仲間とお喋りをしながら、浜に寝そべって体を焼くのだ。パラソルの影の下のリクライニングチェアで、ビールやココナツジュースを飲むこともできる。このリクライニングチェアとビーチパラソルはレンタルなのだが、当時、1回100円くらいの金額で借りることだ出来た。お兄ちゃんが、スコップで砂を掘り、パラソルを立て、リクライニングチェアを設置してくれる。ブラジルは格差の大きな国なので、リクライニングチェアで寝そべっていると、さまざまな商品を売りに来るお兄ちゃんたちが、目の前を左右に行きかう。売られているのは、サングラス、サンオイル、つまみ類、雑貨など何でもありだ。

そのリクライニングチェアに寝そべり、サングラスの奥から、タンガ(ビキニ)姿の女性を何をするともなく、ビールなどを飲みながら半日くらい眺めていると、日本の満員電車で培われた人生観が変わっていくのが実感できる。脳みその構造が、プライアへ行って半日くらいすると組替わる。ケセラセラ、なるようになる、あくせくしても始まらない! と人生観が変わる。

ちなみに、ブラジル人に限らず一般に外国人が海で泳がないのは、一般の公立学校にはプールがないことが多く、水泳を習っていないからだ。ちゃん、ちゃん。

おしまい

グローバリズム(新自由主義)についての報道は正しいのか?正しくないのか?

27/August/2017

前にグローバリズムのことを否定的に書いたのだが、グローバリズムと言っても、そこには一定のルールがあり、全く規制がないということはないだろう、制約や制限があるのではないかという趣旨の質問をもらった。

たしかに全くないということはないだろう。輸出国、輸入国の双方に法律や慣習、社会の共同幻想といったものが当然あり、それらの制約を受ける。だが、基本的に途上国は、先進国からの投資を呼び込むことと、比較優位にある農産物などの輸出をすることを切望している。輸入国は、相手国の法律、商慣習に従う制約などがあるが、自国と比べて安い労働力を手に入れることを目的としている。この時、双方の国に存在する不平等を是正するような働きや仕組みはない。

国際機関も存在する。GATT(関税及び貿易に関する一般協定)があり、WTO(世界貿易機関)が目を光らせている。UN(国連)もある。COP21・パリ協定(温暖化防止条約)もある。IMF(国際通貨基金)、World Bank(世界銀行)、IDB(開発銀行)も監視している。犯罪関係の監視機関もあるだろう。確かに不正や腐敗を監視し、それらに立ち向かう体裁や仕組みはあるといっていいし、間違いではない。

だがこれらは、いずれも自由貿易にとって不都合なことが行われていないかを監視しており、現状の格差の是正についてはまったく関心がない。いずれも既存勢力の利益(先進国と途上国の支配階層いっていいだろう)を守ることに専念し、理論武装し、「世界の99%を貧困にする経済」*政策をとっていることを気にしていない。

*「世界の99%を貧困にする経済」というのは、アメリカ人ノーベル賞経済学者のスティグリッツが2012年に著した著書のタイトルだ。

主は、特に経済的な側面をつかさどるIMFやWorld Bankは、もっと平等や分配に関心を持ってしかるべきだと思うが、実際は、債権者の利益や損失ばかりを気にかけており、これまでの通貨危機などで債権の保全を重視し、債務国(例えば、ギリシャ、韓国、アルゼンチン)の景気回復に対して逆効果なことばかりを強いてきたと考えている。

なぜ、このようなことが起こったのか。近代経済学は、アダム・スミスを祖としており、その先にケインズ経済学がある。その後に「新古典派」経済学が出てくる。この新古典派は、人間が合理的に行動しさえすればというわずかな前提条件下で、アダムスミスの国富論に書かれている『自由市場では「まるで見えざる手に導かれるように(中略)[各人が]自分の利益を追求すること』が一般にとってよいことを促進するという命題を数学的に証明して見せた。と同時に、新古典派が登場する1950年代の10年間は、経済成長が世界的に大きく起こり、成長の取り分が金持ちより貧乏人の方が多いという奇跡、黄金の時代だった。このことが、貧乏人に対し対策をとらずとも格差は縮小していくので、経済学者は、分配問題を切り離し、経済成長だけを考えるようになってしまった。

だが、この1950年代の10年間は一世紀以上の期間の例外であり、この10年間を除くと、格差は縮まず、拡大を続けた。実際に、自由貿易やグローバリズム、新自由主義が実践され始めたのは、198年代のサッチャー政権、レーガン政権以降だが、経済学者ミルトン・フリードマンの「選択の自由」という有名な本が理論的な背景になっている。その後の30年間で、格差は異常なまでに高まり、前にも書いたが、世界のトップ8の金持ちの資産の合計額が、下位半分の人口(36億人)の総資産の合計額と同じという程度まで広がった。

そこで、登場してきたのが2017年アメリカ大統領選挙のサンダースであり、トランプだった。フランスでは国民戦線のルペンだ。彼らは、これまでの自由貿易やグローバリズムを続けていると1%のエスタブリッシュメントだけが得をするといったのだ。

だが、世はトラップバッシングの大合唱だ。主は、トランプを擁護するつもりはないが、エマニュエル・トッド同様、このバッシングの大合唱は、1%のエスタブリッシュメントの勢力の息がかかった連中がバックにいると考えている。

報道をネットで見ると、極度の貧困層(一日の生活費が1.9ドル以下)が減少したという記事やニュースを見つけることが出来る。へー、めでたいと思う。

だが、これはおためごかしだ。絶対に格差は拡大している! 地球全体で見たジニ係数は拡大しているはずだと主は考えた。だが、ことはそう簡単ではなかった。

まず、一つ目は日経新聞で2017年の経産省が発行する通商白書の要約を載せている。この記事で、『「自由貿易は人々が懸念するような格差の要因ではない」と反論。所得格差を示すジニ係数を分析した国際通貨基金(IMF)の調査を引用し、「自由貿易は教育政策や労働政策と同様に格差縮小に寄与している」とした。』と書き、ジニ係数は縮小している(格差が縮小している)と書かれている。

日経新聞 通商白書の記事(自由貿易、格差縮小に貢献)

通商白書のデータ「貿易による所得格差への影響」

二つ目は、夕刊フジに掲載された経済学者高橋洋一氏の記事。ジニ係数のことが書かれており、ジニ係数には、課税前・社会保障給付前の「当初所得」、課税後・社会保障給付後の「再分配所得」の2種類があること、当初所得で見ると時の経過とともに悪化しているが、再分配所得で見るとほぼ横ばいで、「国際的に見て日本の所得の再分配機能は必ずしも弱いわけではなく、平均的であり、傾向としては再分配機能が強化されているというのが事実である。」と書かれている。

高橋洋一「夕刊フジ 日本の所得格差拡大は本当なのか 再分配機能は強化の方向にある」

上の二つは、どちらも間違っているわけではない。正しいのだが、地球規模でジニ係数が改善したのは、中国とインドの改善の影響が大きい。この後述べるが、先進国ではジニ係数が悪化、格差が拡大している。

こちらは、環境省が 2010年に発表した「環境白書」である。下のリンクは、白書の「序章 地球の行方 -世界はどこに向かっているのか、日本はどういう状況か-」なのだが、この一番下の部分にOECD加盟国(先進国)のジニ係数の推移が書かれている。下の方までスクロールしなければ出てこないので、図表を貼り付け、主の意見を下に書いてみた。

序章 地球の行方 -世界はどこに向かっているのか、日本はどういう状況か-

OECD加盟国ジニ係数

この表は、OECD加盟国(先進国)の1980年代半ばから2000年代半ばまでのジニ係数の変化をグラフにまとめたものだ。この表の見方だが、中心より右に棒があるときに格差が拡大していることを示し、棒が長いほど拡大の程度が激しいことを示している。見るとわかるように、先進国のうち、トルコ、ギリシャ、アイルランド、スペイン、フランスで格差が縮小している。それ以外の国では、格差が拡大している。日本は、OECD加盟国平均よりは低いものの、やはり格差は拡大している。

これを見て気付いた人もいると思うが、この表は2010年に作られており、格差を縮小した国(トルコ、ギリシャ、アイルランド、スペイン、フランス)は、2008年に起こったサブプライムローンが引き起こしたリーマンショックで大きな被害が出た国だ。これらの国で、金持ちたちが大きな被害を被ったのが良く分かる。おかげで、格差が縮小した。他国では、20年間の間に格差は広がったことを示している。リーマンショックがもしなければ、すべての先進国で格差が広がっていただろう。

【結論】自由貿易により格差が縮小したと言われているが、非常に貧しい国の人々の生活がわずかに改善したことが原因だ。縮小の原因が、自由貿易にあると結論付けるのは無理だ。「縮小の原因が貿易にある」というのであれば、いいかもしれない。1ドルで暮らしていた貧しい人が2ドルで暮らせば、倍だ。人数が何億人ともなれば、統計的な影響は非常に大きい。何故ならジニ係数は、1人1票としてカウントされるからだ。

だが、先進国ではジニ係数(格差)が拡大していることが見える。生産や輸出入の金額のウエイトを、両国の企業と貧しい人々の生産高で比べると、両国の企業のウエイトの方が圧倒的に高いだろう。それを考える時、その企業は自由貿易でさらに儲けを大きくし、先進国内での企業家と労働者の格差を拡大しながら、途上国の国民を広く極めて浅く、豊かにしたということだろう。前にも書いたが、これは地球全体で見て、幸せ度が増えたということは言えない。先進国で格差が広がることが、本来のもっと高い潜在成長率の実現を妨げ、途上国ではもっと大きな賃上げが実現されて然るべきだ。この差が儲けとなってエスタブリッシュメントに行っている、というのが主の考えだ。

また、日本のデータを見るとき、高橋洋一氏の指摘にあるように、課税後・社会保障給付後の「再分配所得」のジニ係数はほぼ横ばいだが、課税前・社会保障給付前の「当初所得」のジニ係数は拡大していることを指摘されている。これは何を意味しているか?

これの意味するところは、統計に捕捉されている人(年金生活の老人、生活保護受給者など)は、格差の拡大に対し社会のセーフティーネットがカバーし、その額が大きくなっていることを意味する。だが、統計に表れない子供、学生や特定産業従事者(風俗関係、暴力団員など)、社会保障にアクセスできない人、社会から取り残された人などにとっては、相対的貧困度(格差)が年々、増しているはずだ。

おしまい

グローバリズムのどこが悪いのか エマニュエル・トッド Part 2

re-written on 22th /August /2017

つづき

ちょっと激しい言い方になってしまったかも知れない。ここで、もう一つの要点であるグローバリズム(自由貿易)の根幹をなす思想を書いてみよう。

例えばアメリカが、中国からの安い生産物にマーケットを奪われ、アメリカの労働者が雇用を失うことになったとしても、中国では新しい多くの雇用を生み出しており、地球規模で見れば、中国で多数の労働者が豊かになっており、正しい方向なのだとの説明がなされる。アメリカで職を失った労働者は、比較優位な新しい産業へ転換すればよいと言われる。

また前述したように、グローバリズムによる自由貿易(=資本主義。ちょっと概念が違うが、こう言うことにする)のもとでは、保護主義貿易よりも高い成長が実現する、と言われてきた。

だが、この説明は間違っていることが今では証明されている。日本でも非常に大きく脚光を浴びたフランス人経済学者のトマ・ピケティが、証明して見せた。すなわち、以前の経済学が、第二次世界大戦直後の経済発展の黄金期の1950年代をベースに労働分配について分析していたために、資本主義の発展が、自動的に社会の構成員の経済格差を縮小させると考えていた。だが、ピケティは19世紀以降の膨大な量のデータを集め、1950年代の経済成長とともに格差が縮まったという栄光の時期は例外であり、常に資本主義の下で常に格差が広がってきたことを証明して見せた。

同じことだが、グローバリズムを批判的に捉える韓国人経済学者ハジュン・チャンも、経済成長率を、高成長率や完全雇用があった1950年から1975年までの繁栄の時期とグローバリズムが広がった1980年からの30年間を比べ、保護主義の時代の方が高いことを明らかにしている。この傾向はアフリカ、南米で顕著だが、他の地域でもグローバリズムの時代に入ると成長率が低下している。

要するにグローバリズムにより、社会の格差は縮小し、保護主義より高い経済成長が可能になると言われてきたのだが、この両方ともが間違っていたということだ。

この発見は、資本主義の下で格差は、政策的な手段を打たないと拡大し、経済学は分配を倫理や哲学の問題と捉えるのではなく、経済学自身の本来の解決課題にしなければならなくなったということを意味する。

そもそも、中国からの輸入によりアメリカ人が職を失い困窮化する度合いと、中国労働者の生活の向上度合いを比べて、中国労働者の向上の方が大きいので、アメリカ人は我慢しろというのは異常な暴論だ。ここでアメリカ人と言っているが、アメリカ人全体が我慢するのではない。我慢しなくてはならないのは、中国製品に負けた弱小なアメリカ人工場労働者、その家族だけだ。消費者と資本家、その他の金融業などの恵まれた労働者の幸せ度は上がっているはずだ。

また、中国労働者が向上すると書いたが、その向上は最初の時期はそうなのだが、やがて、アメリカ人労働者の雇用の悪化に伴い、アメリカ国内需要が減退するため、中国労働者の賃金は上昇しなくなる。また、中国も周辺諸国(ヴェトナム、ミャンマーなど)との低賃金競争に巻き込まれるために、労働者が本来得られるもっと高い賃金を得ることがない、といったことを次に述べたいと思う。

つづく

パプアニューギニア グルポカ山 村人の儀式

(2021/2/28一部リライトしました。)

ご覧いただいているこのブログは、WordPressというのだが、無料のものを利用している。このため、広告が表示されるし動画を埋め込む機能がない。有料も辛いし、パプアニューギニアで撮ったおもしろい動画をアップできないなあ、と思っていたのだが、YOUTUBEにアップして貼り付ければOKということにようやく気が付いた。

そのため、パプアニューギニア最大のシンシンショーであるゴロカショーの様子と、前日(2013/9/14)に行ったグルポカ山ハイキングの様子をお伝えしたいと思う。ハイキングと書いているが、そんじょそこらの普通のハイキングとは似ても似つかない。

まず、グルポカ山ハイキングから。このハイキングツアーは、PNGジャパンという旅行会社を通じて手配した。

ポートモレスビーの支配人は日本人のKさんで、青年海外協力隊員(青年ボランティア)として派遣された時に、こちらの奥さんと知り合い結婚された方である。主と同じ大阪出身と伺っているが、「大阪とポートモレスビーしか住んだことがないんですよ」と笑っておられた。このような旅行社が現地にあるということは、駐在員とって非常に心強い。日本の放送局がパプアニューギニアで番組を作るようなときにも、力を貸されていることが多い。「人間至る処青山あり」を地で行っておられる。

ところで、パプアニューギニアでは一夫多妻があるために、「何番目の奥さんですか?」という挨拶があるとおっしゃっていた。しかし、パプアニューギニアでは大きく、海岸部と山間部で、部族や文化が分かれており、一般的に一夫多妻は、山間部の部族に見られる文化だ。このためKさんは、「うちの奥さんは海辺の出身なので独りです」と答えると – 複雑な笑いを含みつつ – 教えてくださった。

では、インパクトのある踊りの方から始めたい。下の写真の踊りを、生で見ることができるのだ。この人体ペインティングなかな凄くないですか?

グルポカ山

待望の動画をYOUTUBEにアップしたので見ていただけるだろうか?——- 結局いつの間にやら動画が消えているようなので、PNGジャパンさんがアップしている動画を貼り付けさせてもらった。踊りの方は1分過ぎくらいから出てくる。街の様子も撮られており美しい。

さて、ハイライトを見ていただいた後に、この旅行を順序だって説明したい。

スタートは、ポートモレスビーからゴロカ空港に到着したところからである。ゴロカは東ハイランド州の州都であり、飛行時間は1時間ちょっとだ。パプアニューギニアには4509メートルの万年雪を抱く山ウィルヘルム山があり、ゴロカはその山にも近く、標高1500メートルだ。朝晩は、毛布なしでは寝られない。2011年の人口だが、2万人強と少なく、飛行場には何とターミナルがない!出発地から飛行してきた荷物は、地べたに置かれる。うしろの飛行機は30人乗りくらいだったと思う。(写真は、主だが、タモリさんの顔を使わしていただきました。平にご容赦を! 面倒くさい時代になったものですね。こうして隠しても、テクニックのある人なら、主の顔を暴けるんだろうね)

さて、村に到着した時には、子供たちが集まってきてくれた。パプアニューギニアの子供たちはいつも本当に屈託のない表情でカメラに向かってくれ、こちらの心も和む。後ろの男は、村人の青年だが、先ほどの動画の方が、1時間程度時間が後なので、踊りのメンバーに入っていたかも知れない。下は、彼らの家だ。

家

村に着いたときに右の彼が、迎えに現れた時は本当にびっくりした(上)。彼が、お爺さんの代に実際に使われていた、敵(近隣の部族)を待ち伏せて殺した洞窟などを案内してくれた(下)。

洞窟

これがグルポカ山山頂の写真。写っているのは一方向だけだが、360度、遮るものがない。右が飛行場に迎えに来てくれたIVAN(アイヴァン)さん。将来は自分で、旅行会社をやりたいと言っていた。

こちらが最後の集合写真。右のタモリさんが、会社の同僚だ。こちらは、若者だ。現地の村人たちも、子供同様屈託がなく、サービス精神に横溢している。

電気も水道もない村なので、外国人が珍しいというのはあるかも知れない。だが、写真を見て、金属が写っていないと気付いた人もいるだろう。実際、彼らが文明に接したのは最近で、それ以前は石器時代の暮らしをしており、海からとってきた貝が宝石になったり貨幣に使われていたのだ。

おしまい(次にゴロカショー再びやりたいと思います。)

J.S.バッハを墓場から掘り出した男  「フーガの技法」聴き比べ グールド、シャオメイ、高橋悠治

グレン・グールドが弾くピアノ版の「J.S.バッハ(1685-1750)フーガの技法」は主が最も好きな曲の一つだ。グールド自身、この曲について面白いことを言っている。音楽のスタイルが世紀(100年間)で見ると、流行りすたりがあり、ベストな曲は一番流行っていたスタイルの曲の中にあるのが一般的だが、バッハが活躍した18世紀の最大の名曲「バッハ・フーガの技法」は、その時代の流行スタイルにまったく背を向けた曲だという意味のことを言っている。バッハは時代を先取りするどころか、頑固なまでに時代に取り残され前時代の遺物に拘っていたというのだ。参考までにWIKIPEDIAには、この曲を「クラシック音楽の最高傑作のひとつ」と書ている。バッハの時代は、フーガの様な多声音楽を意味するポリフォニーの時代からから、メロディー重視の和声音楽を意味するホモフォニーの時代へと向かっていた。にもかかわらず、バッハは新時代へと向かう息子たちとは違い、フーガの様な多声音楽にこだわり続けたのだ。

この曲は、バッハがオープンスコアで楽譜を書いており、かつ、楽器を指定していない。オープンスコアというのは、一つの五線譜に全ての声部を書くのではなく、4段になった五線譜に声部ごとに記譜したものを言う。このため様々な解釈があり、弦楽四重奏やオーケストラ、チェンバロ、ピアノ、オルガン、管楽器でも演奏されているし、ジャズバンドが演奏することもある。

バッハ 平均律クラヴィーアのオープンスコア 4段になっている

主もこの「フーガの技法」はいろいろな楽器や編成のもので聴いている。下にリンクしたのは、ヨーヨーマが弦楽四重奏のライブ演奏なので、実際に聞いてもらえると嬉しい。この演奏では最初の主題の1曲目と未完で終わった最終のフーガだけを演奏している。この曲を全曲演奏すると1時間以上になるため、中間の曲をすっ飛ばしているのだが、17曲(自筆譜と初版で曲数は異なるらしい)で構成される曲の中でもこの2つがベストとも言えるので、このように大胆なことをしているのだろうと思う。ちょっと地味な感じがするかもしれないが、主は大好きだ。

ここで独りで演奏するのではなく、アンサンブルで演奏する場合との印象の違いを書いてみたい。主は、音楽家は基本的に楽天主義者の集団だと思っている。間違いなく、音楽家に悲観主義者はいない。演奏をさせると、肯定的にしっかり自分の音を主張する。しかも、控えめという選択肢は多くの場合ない、と思う。このため、一人で演奏したものの方が、曲のまとまりとしては明らかに統一性を持っていると思う。 言い方を変えると、アンサンブルで演奏したものは、自分の担当する声部を常に目立たせようとし、主役にならなくてよい時まで主役になりたがり、フーガの特徴である、声部の声部の「応答」「掛け合い」が減じてしまいがちな気がする。もちろん、違う楽器でこの「応答」の妙技を聴かせるものがあるのは当然だが、独りで演奏すると4人で演奏するように各声部を強い表現で演奏することは絶対にできない。一人でやるとどこに表現の重点を置いて、逆に言うなら、どこを弱く演奏するか自分で判断することになる。 このため、ピアノ演奏は音色、音域、ダイナミズムなどの表現力で他の単体の楽器と比べると図抜けており、ピアノ1台の演奏が、この曲の素晴らしさと、演奏者の狙いや世界観、解釈が最も的確に表現されると思う。

では、具体的に3人のピアノの「フーガの技法」を比べてみよう。比べると言っても、主は、完全に「グールド押し」なので、ベストはグールになるのはご容赦願いたい。比較するためにまず、最初に出てくる主題(1曲目)の演奏時間を調べる。

本当は全曲でも調べたいのだが、この曲は諸説あり、演者によって微妙に全曲数が違うことや、未完の曲(曲の途中で突然終わる!)のために「恐らくこうだろう」という曲を付け足していたり、冒頭にコラール(讃美歌)を入れている例もあり、バラバラなのだ。

  • グレン・グールド(pピアノ.1番は1974年の録音、7曲録音しているうち3曲は1967年の録音):4分51秒  
  • シュ・シャオメイ(p,2014年):2分55秒 
  • 高橋悠治(p,1988年):2分47秒 
  • コンスタンチン・リフシッツ(p,2010年):3分13秒 
  • トン・コープマン(cem =チェンバロ,1979年):3分21秒 
  • グスタフ・レオンハルト(cem,1987年):4分14秒 

あまりに狙い通りなので、アンサンブルも調べてみよう。

  • ジュリアード弦楽四重奏団(1987年):4分10秒 
  • Sit Fast(弦楽四重奏団,2011年 日本人演奏者も入って結構いい)4分29秒 
  • ベルリン古楽アカデミー(弦楽+チェンバロ他合奏,2009年):3分13秒)

以上からわかるように、グールドの演奏が一番古く、また、一番遅い。

グールドはオルガン版(1962年に録音)も弾いており、恐らくピアノを弾けない体調の具合などがあったものと思うが、1番から9番までを非常にあっさりした演奏で弾いている。ピアノ版(レコード向けに1967年と1974年に録音)の方は7曲だが、最大の大曲である14番の未完のフーガが含まれており、緊張感が漲る驚くべき表現力だ。余談だが、1967年に録音された3曲は残念ながらかなり録音状態が悪い。

まず、遅いという点に関して思うところを述べたい。主は、グールド以前にどのような演奏があったのか知らないが、速弾きで有名なグールドは、遅く弾けるということも大きな特徴だ。一定以上に遅く演奏するのは非常に難しい。なぜなら、破綻が耳に聴こえてしまうからだ。リズムを一定に保ち、音をしっかりコントロールしながら緊張を保つのは、非常に高度な技術がいる。これは他の音楽家にはない才能だと主は思っている。グールドが演奏する音は、すべてコントロールされている。アンサンブルは比較的遅いものが多い。アンサンブルは指揮者がいるし、誰かのピッチが揺れたとしてもソロほど大きな問題にならないだろう。しかしソロ演奏では、グールドのように遅く弾きたくとも不可能なのだろうと思う。出来るだろうが、売り物にならない。

次にグールドの演奏が一番古い点について考える。下のリンクによると、グールド以前の録音は、ヘルムート・ヴァルヒャ(cm,1956年)のみだ。実際の初演は1927年、ゲバントハウス管弦楽団なのだが、バッハの没後実に177年経っている。1955年にバッハの「ゴールドベルグ変奏曲」で、彗星のごとくセンセーショナルなデビューを果たしたグールドだが、それまでバッハは演奏されないことはなかったものの、堅苦しい面白味のない宗教音楽だと考えられてきた。この概念をグールドは覆したのだ。バッハを墓場から掘り返したのは、グールドだと言って過言でない。このことを敷衍すると、今のバッハの流行はすべて根本のところにグールドがあると言って良いと思うし、グールドに続いてバッハ演奏する人たちは、真似をしているか、少なからず影響を受けていると思っている。http://classic.music.coocan.jp/chamber/bach/fugekunst.htm

下はYOUTUBEからだが、1979年に映像用に収録されたものだ。グールドは1982年に亡くなっているので、非常に草臥れた姿が映されている。彼の姿勢の悪さや陶酔(エクスタシー)の様子は、音楽に対する特異性が端的に出ていて一見、一聴の価値がある。

ようやくシュ・シャオメイと高橋悠治を登場させよう。高橋悠治の「フーガの技法」は、主が20代終わりの頃(約35年前)に買ったCDでよく聴いていた。主は学生運動が終わって以降の世代だが、高橋悠治はこの運動の闘士達に好まれていると聞いていた。ちょっと屈折したインテリっぽい感じを主は受け、膝を抱えて部屋の隅っこに向かい自分の傷口を舐める、そんな時には最高にフィットする。ちょっと言い過ぎたが、独特の時間スピード、世界観があって気安いところが好ましい。演奏スタイルは、声部が良く分かれているが、グールドは声部でスタッカートとレガートを弾き分けたり、強弱が入れ替わったり変化を常につけている。高橋は全体にどの曲も、同色っぽく、それが好ましく感じる人も多いと思う。

41JW83TD3JL
2004年発売CDジャケットの高橋悠治

819GbyZ-qLL._SL1500_
中国上海生まれのシャオメイ

シャオメイは、ピアノ版のフーガの技法を主が前から買いたいと思っていたところ、たまたま行ったタワーレコードで見つけたものだ。このCDは結構当たりだ。とても良い。まず、2014年の録音なので音がいい。アコースティックな美しい響きは何とも言えない。 声部が非常に上手く分かれており、曲の起伏や強弱のつけ方が自然で、なおかつ、攻守が上手に交代しており、説得力がある。グールドと違うのは、他のピアニストも同様だと思うが、いろんな声部の音が同時に重なっているとき、グールドは基本的に和音として打鍵していないように思う。もちろん、重ねて同時に弾いた方がいい場合は、そのようにしているが、複旋律(ポリフォニー)として独立して聴かせたいときは、別に聞こえるように弾いている。また、フォルテであっても指を鍵盤に叩きつけるような和音を出さない。 だが、この人の弾く「フーガの技法」は何と言っても、曲全体の構成力がある。原曲の魅力を余さず引き出すのに成功している。グールドのコンサートへ行けない今、シャオメイのコンサートへ行ければ幸せだろう。

次のYOUTUBEなのだが、1983年のNHKのラジオ放送で日本人の室内楽団員達による「フーガの技法」を分かりやすい解説とともに生演奏で聴くことができる。とても分かりやすい解説と良い演奏を聴くことができる。演奏者は、徳永ニ男(ヴァイオリン)山崎伸子(チェロ)小林道夫(チェンバロ)他とのことだが、錚々たるメンバーだ。これを聴いて、この曲がバッハの没後実に177年!(1927年)経って初演されたということ知った。

おしまい

グローバリズムのどこが悪いのか エマニュエル・トッド Part 3

ここからは、トッドの説明を簡略化して書いてみたい。簡略化は、彼の言わんとしいることを正確に伝えることに失敗する危惧もあるのだが、なるべくわかりやすく要約したい。

Part 2で書いたが、自由貿易が抱える問題は、例えば中国のような低賃金国の製品が例えばアメリカの市場を席巻するとき、消費国の消費者は安い製品を購入できることで利益を得るのだが、奪われた産業で働く労働者は職を失う。このためやがて賃金の低下が起こり、アメリカでの需要の減少が起こる。需要が減少すると、この場合の中国であれば、輸出数量がやがて減少することになる。このような現象が、いま世界中で起こっている。

ここで儲けを手にするのは、安い賃金を武器に輸出する国の企業家、輸入国の輸入業者が継続的に儲けを手にする。しかし、中国の労働者は、当初賃金の上昇を享受できるものの、やがて輸出数量の落ち込みによる不振のせいで賃上げを享受できなくなる。また、アメリカの消費者は最初、購買力が上がるため利益を手にするが、輸入品と競合する分野で働く労働者が失業したり、低賃金に甘んじなくてはならなくなると、需要も低下してしまう。当然、不景気となる。

自由貿易を批判する際、なかなか共感を得られないのには理由がある。それは、特に貿易が始まった初期の段階では、自由貿易は効果を発揮する上げるという点だ。確かに他国の安い労働力を使うので、企業は非常に有利な価格で商品を生産し、母国へ輸出できるので、競争力を得ることができ、安い価格が消費者に支持されるだろう。しかし、その次の段階まで進むと弊害が大きくなる。

すなわち、輸入される側の同じ産業が敗れ、その企業に従事する労働者が職を失うために、不況を輸出する恰好になる。格差が許容できる範囲を超え、民主主義をも危うくさせる段階へと進む。しかし、国民の間には当初の成功イメージが残っており、なかなか自由貿易を否定することは難しい。

しかしながら、自由貿易が格差を生じさせることは当然の前提条件であり、格差は所得の再分配により弊害を除くことが求められている。だが、政府の介入を最小限にすることを是とする思想と矛盾するため、十分な再分配を政府が格差に対して行うことは少ない。

輸出国が輸入国に対して所得の補填をすることは当然ない。自由貿易で利益を上げている多国籍企業が国内にあった場合でも、政府が貧しい国民に対し所得の再分配を十分に行わなければ、格差は開く一方だ。

2008年のリーマンショックはグローバリズムの内包的な欠陥が表に出たものだが、先進国はその後遺症から未だに立ち直っていない。しかしグローバリズムの欠陥は認識されておらず、相変わらず国際会議ではいつも、「自由貿易を守り、そして保護主義と戦わねばならない」と結論付けて会議が閉幕する。トランプ大統領の登場以来、「保護主義と戦う」という表現が入らないことがあるが、マスコミは大声で不満を大合唱する。しかし、自由貿易を続けている限り、賃金の停滞により需要は不足し、景気は回復しない。

結局、グローバリズム、自由貿易で利益を得るのは大企業、資本家、政治家や金融機関などの特権階級だ。こうしたところは、グローバリズムがなくなれば、大きな利益を得ることができなくなる。

先進国と途上国が全く同じ土俵で戦えば、先進国が勝つに決まっている。企業は安い労働力を利用することで、より高い競争力を実現できる。このため、労働者の労働は近年、単なるコストとしか捉えられなくなった。労働者の生活の質を考えているような資本家は、競争に勝てない。途上国が発展段階へ進むためには、自国産業を保護する段階が必要なのだが、グローバリズムは容赦なく途上国にも市場の即時開放を要求する。先進国の発展段階において、保護主義政策を採っていた時代があったにも拘わらずだ。

話が変わるが、「選択と自由」という本がある。この本の影響は計り知れない。経済学に大きな影響を与えただけではなく、ベストセラーとなり、学者のみならず各方面に大きな影響を与えた。この本を著したのは、アメリカのノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマンという人物である。

AMAZONから

 

AMAZONは「選択と自由 – 自立社会への挑戦」のコピーとして次のように書いている。『生誕百年を記念して刊行する世界的ロングセラーの新装版。経済における自由の重要性をわかりやすく訴え、小さな政府、規制緩和といった政策の実現をとおして現代世界を変えた「革命の書」』『フリードマンが本書で説く「急進的自由主義」は1980年代、レーガン米大統領やサッチャー英首相によって現実の政策になり、経済再活性化の基礎を築いた。この文庫版は長い低迷経済のなかにある日本にとって、ベストタイミングで帰って来たベストセラーだ。』と書いている。主にしてみれば、トホホだが・・・。

フリードマンと同じシカゴ大学の同僚だった経済学者の宇沢弘文(1928-2014)は、「ミルトン・フリードマンを市場万能思想を信仰する経済的自由放任主義者で、アメリカ経済学を歪めた。真に受けて起きたのが2008年のリーマン危機である」と批判しているとWikipediaには書かれている。主は、宇沢弘文に共感する。

だが、現実は哀しいかな、宇沢弘文よりフリードマンの方が今なお経済学の主流なのだ。マスコミや財務省も同じだ。かように経済学の世界では、立場がこれほどまでに違うのだ。合掌!!

おしまい