この経済状況で消費税を上げようというのは間違った判断だ

アベノミクスが始まって約2年、この経済政策は成果が上がっているといって良いだろう。長年のデフレから抜け出せるかもしれない。アベノミクスのブレーンは、政府で参与をされている浜田宏一氏だ。この先生は、アメリカのコロンビア大学で研究し、金融論(マネタリスト)の分野で最先端を行く研究者だ。

民主党と政権を争った2012年末、安倍晋三が「輪転機をぐるぐる回して、日本銀行に無制限にお札を刷ってもらう」(2012年11月20日朝日新聞)と発言した。主はこの発言を知ったとき、裏にはきっとブレーンがいると感じ、何十年も読んでいない経済学書を改めて読みたいと思った。わかってきたことは、日本の経済学者は世界の先端理論からすでに取り残されており、数学的に考えない昔ながらの観念論主体、旧態依然とした御用学者の集まりになっているということだ。世界の経済学は、ノーベル賞も受賞したクルーグマンやスティグリッツなどアメリカの経済学者が先頭を走っていた。(もちろん、彼らも日本同様、アメリカでもいつまでたっても過ちを認めようとしない学者たちの存在に苛立っている)

クルーグマンは10年以上前に、ちょっと難しい表現だが「日本は『流動性の罠』に嵌っている」といい、その処方箋を述べていた。「流動性の罠」と言うのは、不況の時に政府は景気刺激策として金利を徐々に下げていくのだが、金利は当たり前のことながらゼロ以下にすることができない。日本はその時デフレだったのだが、デフレ下では金利がゼロでも、実質的に手持ちの現金の価値は上昇していくことになる。そのような状態では、お金を使うより、時間が経てば価値を増していく手元の現金を持っている方が有利な判断となる。そのような時(『流動性の罠』の状態)には、通貨の供給量を増やせと言ったのだ。そうすることにより、供給量が増えた通貨のために通貨安(円安)になり、日本の産業が国際競争力を回復し、緩やかなインフレ(インフレ期待)により負のスパイラルから抜け出せるというものだ。

反対論者は、この方法はハイパーインフレが起こり、国債は暴落、金利が急上昇するといって警告することが常である。しかし、こんなことは起こらない。太平洋戦争の時にそうなったからといって、現在の状況は全く違う。通貨供給量も金利も政府が決定することができるのだ。

やがて、浜田宏一氏を知ることになった。安倍首相のブレーンとして金融の量的緩を主張した人物である。日本銀行総裁候補にも上がったが、高齢を理由に固辞された。この浜田氏が、今年4月の消費増税の時に、当然ながら反対論を唱えられていた。消費増税は「風邪で熱のある選手に、体を鍛えるために運動場を走ってこいと言うようなものだ」と主張していた。一方、先のクルーグマンは、もし景気にマイナスの影響を与えず増税したというのであれば、毎年1%ずつ上げる方法もあるともいっていた。しかし、世論は1%ずつ上げるのは技術的に困難といい、税率は5%から8%にあげられた。そして、現在の状況は、今年3月末の駆け込み需要の前の状態に戻らず、あきらかに増税の悪影響が出ている。しかし、マスコミは消費増税だけではなく、夏の気候不順を理由にしたりする始末だ。

この停滞状況で谷垣副総裁をはじめ多くの人が、来年の消費増税の容認発言を始めている。彼らの主張は「日本が増税しないことは、財政再建をしようとしない姿勢であり世界から信用を失う」「求められる社会福祉が実行できなくなる」というものだが、これらはほとんど脅しであり、既得権益を持つ財務省の刷り込み、マスコミの間違ったプロパガンダだ。政府の借金を、家計や企業の赤字と同じように例えるのは間違っている。財政再建は景気が回復してからじっくり取り組めばよいのだ。景気が回復すれば、税収の自然増(実際に2013年度は自然増がかなりあった)があり、緩やかなインフレが起これば過去の借金はその分軽くなるのだから。 過去20年の不況を考えれば、日本政府、日銀は景気を冷やす方法ならいくらでも知っている。(これは皮肉です)

9/16 パプアニューギニア 独立記念日

39年前(1975年)の今日、9月16日にパプアニューギニアはオーストラリアの委任統治から独立した。今日は独立記念日で祝日であり、各地で催しが行われた。

主は、ポートモレスビーにいる同僚など男ばかり6人で、自宅のあるマンションの目の前のエラ・ビーチに出かけることにした。ここは、市内でイベントが数か所あるうちのひとつだ。

ビーチの前の道路を1年以上、毎日車で通勤しているのだが、実は初めて歩く。まずは車をメンバーの合流地点であるビーチの上のホテルの駐車場に入れる。最小の現金と会社が貸与している携帯電話(スマートホンではない)だけを持って、5分ほど歩いてビーチに到着した。下は、会場の人混みの様子である。残念ながら携帯電話のカメラで撮っているのであまり写りは良くないが、込み具合がわかるだろう。

人ごみの外側では、ロープを張ってパプアニューギニアの国旗をあしらった服を吊るして売ったり、地面の敷物の上で、貝で造った民芸品などのアクセサリーなどを売っている人なども大勢いた。下の写真には、子供の服、右のパラソルにもパプアニューギニアの国旗があしらわれている。

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下の2枚が、みんなのお目当てのシンシンの様子である。残念ながら、あまりに人が多すぎて間近まで行くことは出来なかった。草などで作った腰みのをまとって、女性たちが踊っている様子がわかるかも知れない。

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こちらは、会場を見下ろすマンションに住む同僚の家(7F)のベランダから撮影したものだ。マンションは山の上にあるので、会場全体が見渡せる。この方からおいしいコーヒーをご馳走になった。

Photo0014最後は、我々日本人が毎日のように食事をしているレストラン「大黒」のメリーたち。(『メリー』はこちらでは女の子という意味だ。時に奥さんをメリーということもある)普段は、彼女たちがウエイトレスをしてくれる。左の小柄な女の子は、頭がいいのか常にレジを担当している。右の女の子が手に持っているのは、多分、請求書だ。写真を他の男たちもとったのだが、彼女たちははじける笑顔で、実に嬉しそうだった。

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グレン・グールド考 再No.2(PCオーディとお勧め曲)

グールドに熱中するようになったのは、ここ2、3年ほどの事です。私は現在60才ですが、20代の頃は、ピンクフロイド、オールマンブラザーズバンドなどのロック、キースジャレットなどのジャズに熱中していました。1980年代にレコードからCDへとメディアの世代交代があり、ちょうどそのころからクラシックも聴くようになりました。

グールドは、亡くなる直前に録音されグラミー賞も受賞した「ゴールドベルク変奏曲」(1981年発売)を出始めのCDで聴いて、いいなと思っていたのですが、彼の他の録音は1950年代から始まっており、初期のものは、録音状態が悪く敬遠していました。

3年ほど前から(実際はもう少し前だと思います。)、PCオーディオという聴き方が流行ってきました。PCオーディオというのは、CDプレイヤーを使わず、CDの内容をパソコンに書きだし(あるいはインターネット経由でデータをダウンロードして)、デジタル・アナログ・コンバータ(DAC)という機器をつないで聴くのです。この方法ですと、音質の劣化が少なく、安価でも高音質な音楽を楽しめます。もともとCDの規格は30年以上前に定められたもので、かなり以前から、録音時に高音質で録音したデータを、30年前の規格に合うように低品質にダウンコンバートしてCDが売られているのです。

ハイレゾ(High Resolution)という言葉をご存知の方も多いと思います。これはデータ量が多くなり、CDには収まりきらなくなるのですが、インターネットからデータをダウンロードすることで、CDの規格をはるかに超える高音質が手に入ります。ソニーなどはハイレゾウオークマンを発売し、人気が出てきたようです。

このPCオーディオで音楽を聴くと、過去の録音であっても、当時の最高のレベルの機器で再生された音質を簡単に手に入れることができるようになります。安物のステレオ機器の値段で、最高音質の演奏を聴くことができるようになるのです。ざっくり言ってしまうと、録音されたデータとスピーカーから出てくる間には、さまざまなボトルネックが存在するのですが、これらの間をスピーカー以外はデジタル接続することにより、音質の低下を抑えることができるのです。

こうしたことで、「昔の録音でもいい音じゃん!」と思うようになり、グレングールドの音楽の世界に深く足を踏み入れることになりました。昔の録音で、音質が悪くて聴く気がしない、と思っていた音楽も十分に楽しめます。

さて、グールドの魅力の続きです。
普通の音楽はどんなものであれ、主旋律と伴奏という形をとるのが一般的です。クラシックも例外ではありません。ポピュラー音楽もそうですね。かの小澤征爾さんさえ「音楽はメロディー、ハーモニー、リズムから成り立っています」とNHKで言っていました。

ところがジャズやロックを思い浮かべてください。これらの音楽では、異なったミュージシャンが時に主役になったり、脇役になったり、同時に競ったりしています。ジャズやロックは、メロディーもさることながら、この楽器同士(ヴォーカルを含め)の掛け合いが楽しいのだといってよいと思います。

これをグレングールドはクラシックの世界でやってのけた、唯一といっていい人物です。普通ピアノは右手でメロディー、左手は伴奏を受け持ちます。特にモーツアルト以降のロマン派の作品(ショパンやドビッシーなどを思い浮かべてください)はそうなっています。これに対し彼の場合、バッハやベートーヴェンが主なレパートリーですが、10本の指を自在にコントロールしながら、違うパートのメロディーを同時に歌わせるのです。しかもその時、一番重要なメロディーをレガートで強調しつつ、脇役となるメロディーをスタッカートで弾きちょっとコミカルな雰囲気をだしたりします。少しの小節ごとに奏法を変え、音の長さを変え、音量も変えているので聴き飽きるということがなく、常に新発見があります。

この同時に奏でられる複数の旋律のことをポリフォニーといい、ハーモニーとは少し違います。グールドはモーツアルトの曲などでは、主旋律の他に違う旋律(音符)を自分で加えたりしています。このことで『再作曲家』と言われることがあります。また、聴く人を作曲家の気分にしてくれると言われたり、曲の裏側から光をあてたなどと言われます。

では、今回も曲の紹介をしましょう。

1曲目は、バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」です。彼はこの曲でデビューし、死の直前にこの曲を再録音しています。まさに「ゴールドベルグ変奏曲」で始まり「ゴールドベルグ変奏曲」で終わったのです。この曲はアリアで始まり、30の変奏曲の後で再びアリアに戻ります。30番目の変奏曲は他の変奏曲とは趣が異なり(クオドリベット)、当時の俗謡が二つ入っていて非常に聴きやすく、終曲直前にふさわしい楽しい曲です。最後のアリアは静かで非常に美しい。
バッハは、この曲をカイザーリンク伯爵が安眠するため作曲したという逸話があります。この逸話は現在否定されているようですが、弟子ゴールドベルグが伯爵の寝室の隣の部屋で伯爵が眠る前に演奏したというのです。

グールドが最初にピアノ録音をリリースするまで、この曲はチェンバロで演奏するのが通例でした。チェンバロはピアノに比べ表現力という点では劣る楽器です。チェンバロは魅力的な音色を持っていますが、音の強弱、音の長さをコントロールできません。これに対してピアノは、全く次元の違う表現力を持っています。バッハの時代になかったピアノの豊かな表現力でこの「ゴールドベルグ変奏曲」を彼が弾き、バッハを生き返らせ、彼に続くピアニストたちがこぞってバッハをピアノで弾くようになったのです。

以下は、バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」のYOUTUBEのリンクですが、再生回数がなんと2百万回を超えています!!

https://www.youtube.com/watch?v=N2YMSt3yfko

2曲目は、モーツアルトのピアノ協奏曲24番です。グールドは、モーツアルトの曲に対位法的(ポリフォニーの)要素が少ないので、非常に低い評価をしか与えていませんでした。このため、唯一録音されたピアノコンチェルトです。

ピアノソナタ(ピアノ独奏)の場合、彼は普通のピアニストが弾くような弾き方でも素晴らしい演奏ができたのですが、彼は、旧来と同じ演奏をするなら意味がないと考えており、常に新しい解釈を求めていました。このため、かなりエキセントリックなモーツアルトのピアノソナタばかりです。例えば、最後に「トルコ行進曲」が含まれるK331は、最初まるで近所の子供が弾いているかのようなポツポツとした弾き方で始まり、徐々にスピードを上げ、アダージョの変奏曲をなんと『悪魔的に』アレグレットで弾きます。

さて、肝心のピアノ協奏曲24番はそうしたエキセントリックな演奏ではなく、そういう意味では流麗で、リリカルな、堂々としたノーマルな演奏をしています。(ベートーヴェンのピアノコンチェルトをはじめ、協奏曲を弾くグールドは、全般にノーマルな解釈をしています。彼の頭の中では、ピアノ協奏曲はピアノ伴奏付交響曲であるという考え方があり、ピアニストがオーケストラを凌駕し、圧倒し、ねじ伏せるという昔の考え方ではなく、ピアノを含めたオーケストラ全体が一体となった演奏を望んだのです)ノーマルとはいっても、天才ぶりが十分に発揮された素晴らしい演奏です。

指揮者で、バイセクシャルのレーナード・バーンスタインが、観客がいる演奏会でこの曲を指揮し、第1楽章のカデンツァ(ピアノ協奏曲でオーケストラが休止し、ピアニストが名人芸を披露する独奏部)を聴き、「思わずズボンの中でイキそうになった」とコンサート後のパーティーで打ち明けたという話が伝わっています。(ちょっと下ネタになってしまいました)

以下は、モーツアルトのピアノ協奏曲24番のYOUTUBEのリンクです。この上のリンクはバーンスタイン指揮、ニューヨークフィルとのカーネギーホールでのライブ盤(1959)をリンクしました。こうした録音が今もあることを初めて知りました。下のリンクは、発売されているCDの方で1961年、サスキント指揮、カナダ放送協会交響楽団のものです。録音状態はやはこちらがはるかにいいですね。オーケストラもいいと思います。もし、どちらかひとつだけ聴くなら、下の方をお勧めします。

https://www.youtube.com/watch?v=qV_lnAtLYkU

https://www.youtube.com/watch?v=kNV1icyCTt4

つづく
 

錦織圭 / USオープンベスト4 悲しいNHK海外放送!

錦織圭が2014年全米オープンでベスト4!

衛星のおかげでNHKをパプアニューギニアでも見ることができる。グランドスラムでの錦織の勝利は、やはり他のATPのツアーと比べてずっと大きく報道される。ATPのツアーでは優勝してもニュースのトップに来るということはなかった。

現在続いている、USオープンでは錦織が勝ち進むにつれNHKプレミアムの扱いが徐々に大きくなっていく。とうとう準々決勝で世界ランク第3位のワウリンカに勝利した夜、NHKニュースセンターナイン(NC9)は、トップニュースとしてかなりの時間をあてて錦織勝利を報道した。翌日の準決勝の前のニュースでは、練習風景が放送されていた。

だが、NHKプレミアムは海外のスポーツ報道の大半を見ることができないのだ。海外でのスポーツの動画が始まった途端、静止画に切り替わってしまい、音声だけが流れることになる。NHKは海外から放送権を日本国内向けに買っており、海外に向けては電波を送信できないのだ。日本国内のコンテンツであっても、著作権がNHKがないものも海外で放送できない。

NC9の番組のトップで放送された錦織の勝利は、小学生時代を過ごした故郷松江のテニスコーチや小学生時代の先生へのインタビューがはさまれており、4回にわたってUSオープンの動画が静止画に切り替わっていた。要するに現地USオープンの動画は全く見ることができないのだ。女子ダブルスで勝ち進んでいた伊達公子も同じだ。

実際のプレーをNHKで見たいよう!涙!(^^);; 静止画しか見れないが、日本でも期待が大きく高まっているのは伝わってくる。

幸いなことにパプアニューギニアでもケーブルテレビがありCNNなど多くのチャンネルを見ることができる。EUROSPORTSがUSオープンの放送をしている。今日は土曜日で明日は休みということもあり、深夜2時、ランキング1位ジョコビッチとの試合開始を待っているところだ。祈る、勝利!

 

デタラメ翻訳! 「グレン・グールドシークレットライフ」(書籍について その6)

【グレン・グールドシークレットライフ】マイケル・クラークスン著 岩田佳代子訳 道出版 (3200円税抜)

この本は、デタラメだ。あまりにひどい。しっかり訳していないということもあるし、段落単位で翻訳していないところがある!

ひととおり読んだところで、意味が全く分からない部分がこの本にはあった。54ページ5行目に「興奮した『ゼクエンツ』」と書かれた部分がそうだ。『ゼクエンツ』」とは、なんなのか? 意味が分からなかったので、GOOGLEなどで検索してみたが該当するものがなかった。このため誤植かタイプミスなのだろうかと、その時は思っていた。

その後、原書(英語版)を手に入れ、この部分を日本語版と比べてみた。該当部分がある章は分かっているので、章の頭から比べていった。そうすると、びっくりするような脱落を発見する。段落丸ごと、何十行も翻訳されていない段落があるのだ。原書の28ページ、2番目の段落(16行ある)、29ページの2番目の段落(29行ある)も同様だ。びっくりする!!!!

この章は主に最初のグールドの恋人フラニー・(バッチェン)バローについてページを割いて書かれている。翻訳されていない段落は、トロント音楽院の2歳年上、ソウルメイトのアンジェラ・アディソンについての記述だ。全体の流れを損なわないと考えたのだろうか、バッサリと削られている。

意味が分からなかった「興奮した『ゼクエンツ』」がでてくるところは、原文では、”the jacked-up sequence…”だった。『ゼクエンツ』って何だろうか?と考えてみた。ふと思いついたのが、”sequence”の意味が取れずにカタカナ読みし『ゼクエンツ』と訳したのではないか? と思い至る。

“sequence”を『ゼクエンツ』と訳すのもひどいが、段落を飛ばして販売する、これはあまりに読者を馬鹿にした行為ではないか。グレングールドを聴く人は多いが、さらに踏み込んで書籍を買おうとする人たちは、かなりグールドにハマっている。オタクというのは語弊があろうが、マニアと言ってもいいのではないか。そういう信者たちを騙す、正しい情報が欲しい読者を騙したといわれても仕方ないだろう。

ところが、消息通にいわせると翻訳書にはこうしたことが結構あるそうだ。日本語版を買って、さらに原書にあたろうという人は稀だ。原書で読めるなら、原書を買うからだ。脱力。とほほだ(;一_一)

また、出版社は翻訳の版権を海外から買っているので、他の会社が同じ書籍の翻訳本を出すのは難しいらしい。ますます読者は取り残される。グールドの没後32年、未だに人気の衰えないグールドならではの現象だろう。

 

シークレットライフ

 

グレン・グールド考 再No.1(お勧め曲)


私がここ数年来ハマっているカナダ人クラシック・ピアノ奏者グレン・グールドGlenn Gould(1932-1982)を紹介しましょう。「えっ、グレン・グールドって誰?」と言う人に読んでもらい、もし聴いてみたいと思ってもらえれば、これほど嬉しいことはありません。


グレン・グールド(以下GGと略記します。)は、今から遡ること何と32年、1982年に亡くなっており、過去の人なのですが、日本のクラシック音楽においては、おそらく今でも一番売れているでしょう。これだけ時間が経っているのに、どこのショップの売場でも、GGの録音、録画がずらりと並んでいます。新録音は増えませんが、組み合わせを変えた企画ものが次々と発売されています。また、彼に関する書籍もたくさんあり、どれも絶版になりませんし、新刊も刊行されています。映画も結構な数が作られており、一番新しいものは、2011年に日本で封切られました。


ご存知ないでしょうか?映画「羊たちの沈黙」(1991)。牢に捕まえられた猟奇殺人者レクター博士が愛聴曲バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」(GG演奏)を聴きながら警官を襲撃、脱獄するシーンがあります。狂気の博士とあまりに美しいピアノの対比。博士の異常さを際立てていました。また、知る人が少ないかもしれませんが「スローターハウス5」(1972)という映画では、全編にグールドのピアノが使われていました。


地球人の文化紹介のため1977年に打ち上げられた宇宙探査機ボイジャーにはゴールドディスク(旧式のアナログレコード)が乗せられており、知的生命に地球を紹介するための地球上のさまざまな写真や言語、音声などが記録されています。この中にはGGのバッハ曲演奏が乗っています。(このボイジャーはすでに太陽系を脱出しているそうです。)

GGは、演奏に関して完全に「天才」ですが、演奏の場を離れたGGは、若い時分ハンサムで、ジェームズ・ディーン(1931年生まれ。GGより1年早い。25歳で夭折した美青年の代名詞です。)と並ぶアイドルでした 。

グールド(トクサベ)

           ウィキペディアで利用を許諾されたGG

奇行が有名で、夏でもコートにマフラー、手袋、帽子姿で現れました。極度の潔癖症で、指の怪我を心配し、握手を求められても握手をしませんでした。アスペルガー症候群、心気症だったとも言われます。薬物依存があり、精神安定剤など多種の飲み薬を常に持ち運び、不安になると精神安定剤を口に放り込んでいました。あまりに大量の薬を持ち運んでいるので、怪しんだ係官に国境で没収されたことがあります。レコード会社やマスコミは、こうした彼の一面を格好の材料にして取り上げました。


デビュー後、演奏会で演奏すること自体に批判的で、曲を演奏したあと観客から大喝采を浴びている最中でさえ、「今の演奏にはよくないところがあった。もう一度弾き直したい。」と思っていたといいます。「集団としての聴衆は悪だ」と感じ、ずっと引退したいと公言していたのですが、人気絶頂の31歳の時に演奏会から実際に引退します。この後、もっぱらスタジオ録音を行います。1曲を録音するためにテイクを何十もとり、その録音テープを切り貼りしながら部分的に良いところを集め、曲を仕上げたのです。


彼の演奏時の姿勢は、脚の先端を切った椅子(床から座面まで30センチしかない!)に座り、時に顔を鍵盤に触れそうになるほど近づけ、上半身をぐるぐる旋回させます。椅子が異様に低いので、身長180センチのグールドのお尻より、膝が高い位置に来ます。手首より指が上に来ます。椅子をこれ以上低くすると無理な姿勢になってしなうため、スタジオ録音ではピアノを数センチ持ち上げていました。この椅子はGGのシンボルと言えるほど有名で、GGはこの椅子を亡くなるまで何十年もずっと持ち歩いていました。晩年の演奏時には座面の部分がなくなり、お尻が載るところには木の枠だけが残っていました。録音にはこの椅子の軋む音がかすかに入っています。三本足(ピアノのこと)、マイクを愛した男と書かかれたこともあります。


彼の姿勢は、他のピアニスト達とはまったく反対です。正統派の奏法は、背筋を伸ばし、腕を下にした良い姿勢から、上から大きな腕力を一気に鍵盤にかけ、爆発するような大音量を出すことが可能です。GGはこのような弾き方が出来ないことを認めています。ですが、彼のピアノの音色は非常に美しい。4声あるフーガを10本の指が自在に独立して動き、すべての音がコントロールされ、頭の中にあるイメージが直接音になって表れて来る、そんな演奏です。非常にゆっくり弾いた場合でも超速弾きでもパルスを正確に保てるので、ドライヴ感があると言われます。いったん演奏を始めると、天才的な集中力を発揮し、一瞬のうちにトランス(エクスタシー)状態に入ってしまいます。トランス状態に入り込んでも、冷静さ、明晰さは常に保っています。右手だけで弾ける時は、空いた左手を振り回し指揮をします。右手が空けば、右手です。子供時代から常に歌いながらピアノを弾いていたので、大人になってもこの習性が抜けず、ピアノを弾くと、無意識にハミングしてしまいます。このため、彼の演奏には鼻歌が演奏とともに録音されています。


売り物の録音にはハミングが邪魔なプロデューサーが、スタジオに第二次世界大戦で実際に使われた毒マスクを持ってきて、ハミングが録音されないよう『これを被って演奏したら?!』と半ば本気で言っています。


かたやオーケストラとの共演では、オーケストラが全奏(トッティ)している間、週刊誌を見ている若い時代のGGの衝撃的な写真があります。


SMAPの木村拓哉が、ドラマ「ロングバケーション」でピアニスト志望の役を演じた際にグールドを知り、女性向けの雑誌クレア(96年5月号)へ向けて次のように言っています。「友達が『えーっ、クラシックぅ?ピアノぉ?』って言ってる人にもスンナリ聴けるピアニストを教えてくれたんです。それがグレン・グールドのおっちゃん。あの人って、弾き方もバカにしてるみたいでしょ。猫背で、すごい姿勢も悪くて。それが、いいなあと。」いろんな評論家が様々にGGを評していますが、キムタクの発言が一番うまくGGを表しているでしょう。正統派クラシック音楽をずっと聴いていた人より、興味のなかった層に受け入れられやすいことは間違いないと思います。私もクラシックを聴いているというより、単に音楽を聴いていると思っているだけです。


以下は、実際の曲を集めたYOUTUBEのリンクです。普段クラシックを聴かない人、GGを知らない人でも楽しめる曲を集めてみました。こうしてみるとGGの演奏がYOUTUBEにはいっぱい網羅されていて驚きます。


最初は、ベートーベンンのピアノソナタ「月光」です。非常に有名な曲ですので、どなたもよくご存じだと思います。普通のピアニストは、心の中の激情を秘めながらも、その激情が時々表に出るように、この曲の第1楽章を弾きます。ところが、彼の演奏は、曲のリズムを一定に保ち抑揚を抑えているので、その激情をさらにもっと心の奥底に隠したように、潔癖な感じがします。(YOUTUBEで“Gould moonlight”と検索しても出てきます。)


https://www.youtube.com/watch?v=HoP4lK1drrA

次は、バッハの「マルチェロの主題による協奏曲BWV974」です。協奏曲という名前がついていますが、ピアノ独奏曲です。原曲がバッハではないので、当然バッハらしくないですが、非常に美しく聴きやすい魅力あふれる曲です。第2楽章のアダージョをリンクしていますが、第1楽章、第3楽章と合わせた全曲通しても楽しめます。(YOUTUBEで“Gould 974”と検索しても出てきます。


https://www.youtube.com/watch?v=C2zix8yTY_Y

次は、バッハの「イタリア協奏曲」です。これもバッハらしくなく、軽快、華麗です。気持ちいいです。リンクは最初の1楽章だけですが、2楽章、3楽章は雰囲気が変わり、3楽章は疾走し、GGのテクニック全開でこれまたとても楽しいです。是非聴いてください。(YOUTUBEで“Gould Italia”と検索しても出てきます。

https://www.youtube.com/watch?v=sq1TPi4aJWc

最後は、私がベストだと思っている曲です。バッハの「フーガの技法」の最終曲です。バッハはこの曲を完成せずに死亡しましたので、絶筆です。曲の途中で突然終わるのですが、それでもベストです。おとなしい曲ですので、この曲だけ聴くとちょっと物足りないかもしれません。そのかわり、このリンクはGGが弾いている映像が流れますので、ハミングや体の旋回、低い椅子、エクスタシーの様子がよく分かります。(YOUTUBEで“Gould Art of fugue”と検索しても出てきます。

https://www.youtube.com/watch?v=iDSAXtsDB5k

つづく

 

 

 

村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

2013年4月に発売された村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読んだ。村上春樹の作品なので多くの人に読まれているだろう。

主は村上春樹の小説は結構好きだったので、彼の作品の多くを読んだ。最初の2作「風の歌を聴け」(1979)「1973年のピンボール」(1979)は、主が社会人になって早々の頃出版され、その瑞々しさに驚いた記憶がある。「羊をめぐる冒険」「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」「ねじまき鳥クロニクル」の3作は、村上春樹の目玉ともも言える作品で、抽象的、非現実的、SF的な設定と、見事な暗喩と示唆に非常に富んだ作品だ。

同時に「羊をめぐる冒険」は1982年に出版されたのだが、話中には「誰とでも寝る女の子」(実は記憶になくて、Wikipediaに出てきたことをそのまま書いている。汗;;)や普通の女性である魅力あるコールガールなどが登場し、それ以前の性に対する観念を破るものがあったと思う。(気がする。はっきり内容を覚えていないので断定的に書けない。汗;;)。当時の世相は、テレクラ援助交際のはしりの時期に一致しており、村上春樹の小説も、こうした少女たちを大量生産したのではないか、批判的に主は感じた。

他には「ノルウェイの森」「海辺のカフカ」「1Q84」などもある。

主は反省するのだが、若い時分にはいつも駆け足で小説を読んでしまっていた。もっとじっくりと咀嚼しながら読むべきだったと反省する。(「海辺のカフカ」「1Q84」は比較的最近読んだので、結構覚えているが・・)

村上春樹の小説には、ちょっと社会から距離を置き、社会に迎合しないタイプの主人公が必ず登場する。また、彼は二人以上の魅力的な女性の間で葛藤する。二人の女性は、大体、ちょっと病弱な白雪姫タイプと健康そのものの女性が出て来るパターンが多い。加えて、ちょっと年上で社会からドロップアウトしたような不思議な性格の女性も登場することが多い。登場人物は10代後半から登場し、30過ぎで終わることが多いのではないか。

批判的に書いているが、村上春樹の描写力は半端ではなくて、冒頭にあげた。「羊をめぐる冒険」「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」「ねじまき鳥クロニクル」では、完全に非日常、あり得ない設定にも拘わらず、読者はその説得力に物語へと惹きこまれることになる。また、暗喩のオンパレードで、それがまた気が利いている。たとえば、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」では、始まってすぐに次のようなフレーズが出て来るー「(その四人から遠く離れることで、つくるの感じる痛みは逆に誇張され、より切迫したものになった。)疎外と孤独は何百キロという長さのケーブルとなり、巨大なウィンチがそれをきりきりと絞り上げた。そしてその張り詰めた線を通して、判読困難なメッセージが昼夜の別なく送り届けられてきた。その音は樹間を吹き抜ける疾風のように、強度を変えながら切れ切れに彼の耳を刺激した。」ーこういう文章が随所に出て来るのだが、なかなか書けないと思う。

どんな小説でも、必ず読者が先を読みたくなるような仕掛けが施されている。この仕掛けが気になって読者は読み進むのだ。この仕掛けのことを「推進力」と言うことにしよう。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の推進力について書いてみたい。

この小説は他の作品と同様、10代の主人公つくるの青春時代から始まる。突然、結束を誇っていた5人のグループから理由も知らずはじき出され、男(赤松、青海)女(白根、黒埜)4人の親友を失う。喪失感から自殺したような状態になるのだが、この拒絶の理由をつくるは明らかにしないまま関係の断絶を受け入れ、その後の人生を生きていく。この理由がわからないことが、この小説を読ませる最大のの推進力になっている。主人公は半年の間の死んだも同然の生活の後、「薄い膜のようなもので感情を幾重にも包み込み、心を空白に留め」めることで、食生活を改善し、体を鍛え上げ生活を立て直す。4人の親友を失った1年後、同じ大学の2年後輩(灰田)と非常に親密な親友関係を築く。この親友とはあまりに親密になるので、同性愛者ではないのかとの疑問がわく。この疑問が第2の推進力になっている。他にも優性遺伝の多指症(6本指)のエピソードや、ピアニスト緑川が言う『知覚の扉』のトークンなど小さい推進力がいくつかある。

つくるは何度かガールフレンドを持つのだが、「心を全開にしなくて済む女性としか交際しなかった」。36歳の時に2歳年上の「心を全開にしたい女性」沙羅と知り合う。二人が親密になる中、沙羅から「あなたの背中に今でも張り付いている人たち」がいて、心の中での過去の清算が済んでいないと言われ、それが解決するまで深い付き合いは出来ないと言われる。つくるは、青春時代の突然の拒絶の理由を明らかにするべく、アカ、アオ、シロ、クロに会いに出かける。この邂逅が読者を種明かしの愉しみを与えてくれる。また、つくるが考えている自己の像と友人が考えているつくるの像もずいぶん違う。簡単に言えば、自己評価は小さく、周囲の評価の方が大きい。第3の推進力としては、沙羅は、中年の男性とも付き合っていることが匂わされる。ここのところは最後まで明らかにせず、余韻を残したところで終わっている。

全体を通しての感じるのは、やはり村上春樹の上手さだろう。同じストーリーでこの小説を違う人が書けば、こういう迫真力は生まれないと思う。陳腐にならないところがすごい。もちろん優劣を付けがたいが、最近主が読んでいる林真理子、百田尚樹が書く小説とは趣が異なっている。芥川賞(村上春樹が芥川賞を受賞していないことが、賞の評価を下げているらしい!)と直木賞の違いなのだろう。表面上はシニカルでそうは見えないが、読者に考えさせ、しかも我々が抱く様様な葛藤を意味あるものとして考え、人生を肯定的に考えさせる。

村上春樹の私生活を知る由はないが、彼は若くして学生結婚し、奥さんの厳しい書評に晒されているようだ。主人公がいろんな女性と簡単にセックスするというストーリーと彼の実生活は、様相がかなり違うような気がする。もちろん、どうでもいい話だが。

 

 

STAP細胞 小保方晴子さん(その2)

STAP細胞論文ねつ造事件。若き美人女性科学者小保方晴子さんは、ES細胞を使って、万能細胞であるSTAP細胞を作ったというインチキをしたのだろうか。ネットでは、偽ベートーヴェン佐村河内守氏と小保方晴子さんが並んだ写真がコラージュされて出ているほどだ。

この事件では、小保方さんの論文作成に大きく力を貸した笹井副センター長が8月5日首つり自殺されるという痛ましい事態が起こっている。彼は再生医学の分野でノーベル賞を受賞した山中伸弥さんと並ぶほど評価の高い科学者だった。この事件が起こった理化学研究所は、筑波の産総研と並ぶ権威ある日本最高の研究機関だ。この事件を契機に、理研のなかでも笹井さん、小保方さんが研究をしていた再生科学総合研究センター(CDB)の解体を求める声が出るほどだ。

2014年7月27日に放送されたNHKスペシャル「STAP細胞不正の深層」はタイトル通り、STAP細胞は存在せず、でっちあげだという放送内容だった。STAP細胞があるかも知れないという観点はゼロだった。見ていて分かり易く、NHKもさすが凄いなあと思わせる。小保方さんが作ったとされるSTAP細胞は、若山教授が提供したマウスを弱酸性の液につけて作ったものではなく、他のマウスのES細胞から作られた万能細胞を若山教授に小保方博士が送り返し、若山教授がその細胞を見て「万能細胞が出来ている。」と判断したというものだ。笹井さんは、科学論文作成の天才といわれるほど論文の書き方には長けており、小保方さんの論文に不足する点の実験データを加えさせていた。こうして作られた論文は共著者に笹井さんなど名の通った科学者が加わることにより、NATUREなどに掲載された。だが、小保方さんが付け加えたデータも、実に7割が、不正を疑われていると放送されていた。

このNスペでは、特許との関係にも触れられていた。今年の春に、ねつ造疑惑が最初に出てきたときに、小保方さんが詳しい説明をしなかった。これは特許取得の前に詳しいレシピを公表することにより、特許が他の人たちに取られてしまうことを危惧したのだろうという憶測があった。だが、これも論文の取り下げで、特許が認められる可能性はなくなった。

理研は、小保方さんを入れてSTAP細胞の再現実験を行い、STAP細胞がやはりないということを明らかにしようとしている。だが、科学者にとってこの「ないということを証明する」のは困難なのだそうだ。池上彰さんが、日経新聞でこの小保方さん事件は、「ブラックスワン(黒い白鳥)がいないことを証明する」ことと同じだと書いている。ある方法でやってみて、うまくいかなかったからといって、ないことを証明したことにはならない。このため良心的な科学者は、ないことが証明できたということには口ごもるのである。

小保方さんは「自己中の虚言壁で病気!」ということだろう。科学者も人の子、インチキしてでも世間に成果を示したいという欲望(誘惑)は理解できる。だが、このインチキに有力な科学者達がまんまと騙されたら、スキャンダルだ。

 

ヒトのセックス (愛の耐用年数)について考える

人は異性(同性愛者なら同性でもいいわけだが)の人間性を認めて好意をもち、好きになり、うまく両者が同じペースで高まっていけば、愛しあうようになり、セックスへと続いていく。これが基本形。必ずしもこうしたプロセスを踏まず、短絡的だったり、見せかけ上だけで、内実は騙し、騙され、むしろ打算的、愛がないまま進むパターンも当然あるだろう。どちらのケースであっても、セックスをするようになるとそれまでとは様相が変わり、セックスが目的となり、大抵の場合、本末転倒する。好きだった人間性や、うわべを取り繕っていた(騙していた)ことなどが、脇へ置かれて、なかったも同然のこととなり、どこかへ忘れられてしまう。よく「手段と目的を間違える」という言い方をするが、セックスは、愛=コミュニケーションの手段で、出発点だったはずが、いつの間にやらそれ自体が目的となってしまう。結果として、目的となったセックスに、手段である愛=コミュニケーションがオマケのように小さくなる。

ここで果たして人間性を認めてセックスをするなら、何年たっても飽きないのだろうかという疑問がわく。人間性を認めて初めてセックスするとき、その時が最高点と言っていいだろう。だが、果たしてその最高点はずっと維持されるのだろうか。

「永遠の愛」などと言う表現があるが、何の努力もせずに愛が永遠に続くと考えるのは、甘ちゃんだと言われても仕方ないだろう。ネットで検索していると、恋愛感情はホルモンの分泌(フェニルエアチミン)と関係があり、恋愛の最初2,3年間は分泌され、その後減少してしまうとあった。

愛も、根本のところではGive and Takeだ。人間の欲望は果てしなく、手に入れたものは当たり前となり価値は減少する。このため、新たな価値を次々補給しないと、同じ愛情の大きさを長い間保ち続けられないだろう。

プラトニックな関係が続くのであれば、人間性を認めた付き合いが長い時間続きそうに思う。もちろん、時間の経過に伴い徐々に相手の評価は逓減するだろうが、急激には下がらないだろう。例えば同性同士の友情を考えると、分かり易い。)ところが、セックスを始めてしまうと、減価償却のスイッチが入る。延命措置を施さないと耐用年数が来たところで残存価値が1割しか残らない。(会計学に詳しい人は、この言い方に納得してくれるかもしれない。)

おそらく、パートナーが変わらない場合、人間性に魅了されて毎回高まってセックスするという状態が続くことは稀だろう。だが現実には、多数の夫婦関係が生涯にわたって続く。理由の多くは、子供の存在が原因だったりする。パートナーへの愛情が減少しても、子供のために離婚しない「子は鎹(かすがい)」現象もあるだろう。また、離婚したくとも経済的な事情で選択しない、世間体を気にするケースも多々あるだろう。勿論、パートナーがベストだと思い続ける場合もあるだろう。「私はパートナーに隠れて不倫し、その罪悪感がパートナーへの愛情を高めている。」という人がもしいれば、それは矛盾ですぞ。

ここから先は、生物学的分析だ。もともと、人間の「好きになる」という状態から「セックスする」という流れは、文明や教育からインプットされたもので、動物として生まれつきのものではない。セックスを始めると、その動機を忘れてしまうというのも、生物学的にプログラムされたものではないからだ。当たり前だが、人間性を認めることとセックスの間には絶対的な関係はない。もう少し緩い関係だ。むしろ、主が住んでいるこの国、豚何頭かを提供すれば奥さんを貰えるというパプアニューギニアの村を考えると、人間性を認めてセックスするというより、セックスするようになって別の人間関係が開始されるように思う。

ラバウル マスクフェスティバル

2014年7月16日(水)~7月20日(日)、ココポで行われたマスクフェスティバルを紹介しよう。主は17日18日の1泊2日で出かけた。ココポはもとのラバウルが1994年の火山爆発で大打撃を受けたため、東へ20KMほど離れた場所に新しく作られた。このフェスティバル、初日の朝、夜明けとともにトーライ族が舟で現れるところが有名で、水木しげる「ゲゲゲの鬼太郎」のモデルにもなっている。この地域には海で暮らすトーライ族と高地で暮らすバイニン族がいる。かつて、トーライ族がバイニン族を山に追いやったのだそうだ。ガイドをしてくれたトーライ族の青年によると、トーライ族は一つの言葉を、バイニン族は村ごとに違う言葉を使っているとのことだった。また、村の平均的な規模は人口800人ほどだそうだ。

マスク1上は、マスクフェスティバルのひとこま。シンシンのグーループが次々と登場する。

マスク2

上も同じ。

マスク3

上が、観客スタンドとカメラマン。我々外人は1日あたり80キナ(4000円弱)を支払っているので、特等席で見ることができる。

夜に入って、マイクロバスで40分ほど離れたカイナグナン村へファイヤーダンスを見に行った。このバイニンマンのファイヤーダンスも有名だ。FIRE2

写真では、音が伝わらないのが残念だ。実際は太鼓などに合わせて、色んな装束をした妖怪(?)が現れ、踊る。ファイヤーダンスと言うのは、火の回りを踊るだけではなく、素足でその火の上を歩いたり、蹴っ飛ばしたり、勇気のあるところを示す成人の儀式の様だ。結構盛り上がる。マスク7色んな装束があり、おそらく様々な意味があるんだろうと思う。その辺がわかれば、きっと違った面白味を発見することができるだろう。

マスク8

だが、一か所に腰かけ、同じ姿勢で同じダンスを2時間近く見ているとやはり、飽きてくる。音楽もダンスも繰り返しなのだ。だが、こうしたシンシン(singsing)を世界中のどこの場所でも見ることは出来ない。現地の彼らは、こうしたお祭りに誇りを持っているに違いない。この伝統をずっと持ち続けて欲しい。

主がパプアニューギニアに赴任したのは2012年だったが、女性はすでにオッパイをシンシンのときにたいてい隠すようになっていた。しかし、その5年ほど前あたりまで女性も男性と同じように上半身裸で踊っていた。さすがのパプアニューギニアも世界のカルチャーが押し寄せ、遅ればせながら文化も変化している。

ちょうどこの頃、安倍総理がこの国を訪問され、パプアニューギニア政府の歓迎式典でシンシンが披露されたとき、同僚によると女性たちはオッパイを隠していなかったということだった。単に友好国の元首に対するもてなしとして、インパクトのある方を選んだだけなのかもしれないが、オッパイを出して踊るのが、伝統としては正式なのかもしれない。

おしまい